プロトタイプ/蛹
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秋も深まり、風が冷え込んで木の葉が舞う11月。昆虫たちはひっそりと去っていく。夜に虫の声も聞こえなくなってきた。日が短くなって、寒さに街が閉ざされていく感覚。東京で過ごす初めての冬、柄になく心細い。茨城にいた頃は、虹郎くんと雪合戦したりして誤魔化していたけれど。それに、山も近かったから冬眠している虫も観察しやすかった。街中では、虫がどこにいるのかよく分からないし、分かったとしても他人の生活圏の中で立ち入れなかったりだ。そうか、これがメランコリーというやつなのかな。自分を観察しながら、沈みこむ気分で呼吸が苦しく感じている。
「蛍?大丈夫か?」
「大丈夫じゃなさそうに見えていますか?」
「うんと、そうだな……元気はなさそうに見える」
「そうでしたか。ごめんなさい」
「いや、謝ることでもねぇけど」
寒いな、と玲王先輩は呟いて、私を抱き上げて暖を取る。玲王先輩はわりと出会った最初の頃からこうだ。入学したての頃、校内で迷っていた私を案内してくれた親切な人。私のなにが気に入ってもらえたのかはよく分からないのだが、名前とクラスを伝えたら面倒を見てくれるようになって。そのうち、妹と呼んでくれるようになった。変わった人だなと思う。私は出会ってきた人間の数は少ないが、玲王先輩がかなり特殊な人間であることくらいは分かる。だからといって、突き放す理由にはならない。どうせ私もひとりぼっちの人間であるし、変わっているくらいは構わない。一緒にいて楽しくも感じるし、玲王先輩を観察するのは面白い。玲王先輩は私を抱き上げたまま、通学路に生えた街路樹の下を潜っていく。足元に落ち葉が絡んでカサカサ音がする。だから、私はじっと先輩の足元を見ていた。足が大きいな、歩くのも私より速くて、玲王先輩の目線はずっと高いとこにある。
「蛍、辛いことがあるなら言え」
玲王先輩の顔を見る。心配そうな顔だ。この人は、私の元気がないと困るらしい。でも、虫が死に絶えていく季節に元気を出せと言われても、それは困る。玲王先輩にも、そんなことを止めるのは不可能だし。なにも言えずに、玲王先輩の胸に身体と頭を寄せるように倒した。
「またどうでもいい連中に、なんか言われたか?」
「いえ……この季節はいつも憂鬱なんです」
「??……もしかして、虫がいなくなるから?」
頷くと、そっか、と言い、より一層抱きしめられた。木枯らしが吹く。空はどんより重たく曇っている。もう夜も近いというのに、玲王先輩はいつもの通学路を外れて歩き出した。
「どこかいくんですか?」
「いや……なんかしてやれねぇかなと思って」
玲王先輩は空を見上げて、考え事を始める。大きな喉仏をぼんやり見つめて、私は返答を待った。
「俺は元気ない時は美味いもん食うか、寝るか勉強するかって感じだけど。蛍はどうだ?」
「私も似たようなものでしょうか」
「そうか。美味いもんと勉強、どっちがいい?」
美味いもん、と答えたらとんでもないところに連れていかれる気がする。玲王先輩は加減を知らない。
「じゃあ勉強にします」
「おし。なに教えて欲しい?」
「今日授業中に解けなかった数学の問題があります」
「おっけ。一緒に解こう」
玲王先輩は私の頭を撫でて、地面に下ろした。流石に腕が疲れたんだろう。自然に手を繋がれて。また歩き出す。
「俺が教えられる楽しいことは、全部蛍としたいからさ」
「玲王先輩、飽き性なのに?」
「言うなよ……飽きたことでも、蛍とならまたちょっと楽しいし」
玲王先輩は私の手の甲を撫でた。なんでそんなことを言い出したのだろうか。結論があるんだろうから、言葉を待った。
「……その、蛍が困ってることがあるなら、なんでも相談してくれ。迷惑とかじゃねぇから」
玲王先輩を見上げると、目が合う。玲王先輩が微笑むので、微笑み返す。先輩が頼られたいと言うなら、それは叶えていいだろう。Win-Winってやつだ。
「分かりました、お言葉に甘えます」
「おう、いつでも甘えてこい」
次の角を曲がったら、いつものファミレスだ。ちょっとだけ憂鬱な気分を忘れている。今年は冬に凍えなくて済むかも。玲王先輩といられる時間が増えるから、案外楽しいかもしれない。未来に期待を寄せている自分を感じて、忘れないように頭に刻む。観察はずっとしていくのだ、これが私の生きる道だから。
「蛍?大丈夫か?」
「大丈夫じゃなさそうに見えていますか?」
「うんと、そうだな……元気はなさそうに見える」
「そうでしたか。ごめんなさい」
「いや、謝ることでもねぇけど」
寒いな、と玲王先輩は呟いて、私を抱き上げて暖を取る。玲王先輩はわりと出会った最初の頃からこうだ。入学したての頃、校内で迷っていた私を案内してくれた親切な人。私のなにが気に入ってもらえたのかはよく分からないのだが、名前とクラスを伝えたら面倒を見てくれるようになって。そのうち、妹と呼んでくれるようになった。変わった人だなと思う。私は出会ってきた人間の数は少ないが、玲王先輩がかなり特殊な人間であることくらいは分かる。だからといって、突き放す理由にはならない。どうせ私もひとりぼっちの人間であるし、変わっているくらいは構わない。一緒にいて楽しくも感じるし、玲王先輩を観察するのは面白い。玲王先輩は私を抱き上げたまま、通学路に生えた街路樹の下を潜っていく。足元に落ち葉が絡んでカサカサ音がする。だから、私はじっと先輩の足元を見ていた。足が大きいな、歩くのも私より速くて、玲王先輩の目線はずっと高いとこにある。
「蛍、辛いことがあるなら言え」
玲王先輩の顔を見る。心配そうな顔だ。この人は、私の元気がないと困るらしい。でも、虫が死に絶えていく季節に元気を出せと言われても、それは困る。玲王先輩にも、そんなことを止めるのは不可能だし。なにも言えずに、玲王先輩の胸に身体と頭を寄せるように倒した。
「またどうでもいい連中に、なんか言われたか?」
「いえ……この季節はいつも憂鬱なんです」
「??……もしかして、虫がいなくなるから?」
頷くと、そっか、と言い、より一層抱きしめられた。木枯らしが吹く。空はどんより重たく曇っている。もう夜も近いというのに、玲王先輩はいつもの通学路を外れて歩き出した。
「どこかいくんですか?」
「いや……なんかしてやれねぇかなと思って」
玲王先輩は空を見上げて、考え事を始める。大きな喉仏をぼんやり見つめて、私は返答を待った。
「俺は元気ない時は美味いもん食うか、寝るか勉強するかって感じだけど。蛍はどうだ?」
「私も似たようなものでしょうか」
「そうか。美味いもんと勉強、どっちがいい?」
美味いもん、と答えたらとんでもないところに連れていかれる気がする。玲王先輩は加減を知らない。
「じゃあ勉強にします」
「おし。なに教えて欲しい?」
「今日授業中に解けなかった数学の問題があります」
「おっけ。一緒に解こう」
玲王先輩は私の頭を撫でて、地面に下ろした。流石に腕が疲れたんだろう。自然に手を繋がれて。また歩き出す。
「俺が教えられる楽しいことは、全部蛍としたいからさ」
「玲王先輩、飽き性なのに?」
「言うなよ……飽きたことでも、蛍とならまたちょっと楽しいし」
玲王先輩は私の手の甲を撫でた。なんでそんなことを言い出したのだろうか。結論があるんだろうから、言葉を待った。
「……その、蛍が困ってることがあるなら、なんでも相談してくれ。迷惑とかじゃねぇから」
玲王先輩を見上げると、目が合う。玲王先輩が微笑むので、微笑み返す。先輩が頼られたいと言うなら、それは叶えていいだろう。Win-Winってやつだ。
「分かりました、お言葉に甘えます」
「おう、いつでも甘えてこい」
次の角を曲がったら、いつものファミレスだ。ちょっとだけ憂鬱な気分を忘れている。今年は冬に凍えなくて済むかも。玲王先輩といられる時間が増えるから、案外楽しいかもしれない。未来に期待を寄せている自分を感じて、忘れないように頭に刻む。観察はずっとしていくのだ、これが私の生きる道だから。