序章/プロトタイプ
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自分で決めたこととはいえ、新天地は不安でちょっぴり憂鬱だった。お世辞にも愛想がよいと言えない自分は、誰を頼ったらよいのかもいまいち分からず、また自分が何に困っているのかの言語化も難しく思えた。家を飛び出したのは、優秀な兄たちから離れたかったからか、いやそもそも兄ちゃん達もう家にはおらんのやけど。なんで、ウチは三門に来たのだろうか。そんな単純な問いにも答えられなくて、夕暮れに泣き出す子供のように、途方に暮れてしまう。なにか取り返しのつかない選択を、してしまったのではないか。ちょっと調子に乗ってしまったのではないか。ちょっと適性があって、人助けになります、貴女の力を街は求めていますと言われて。あまり褒められたことのない私は、舞い上がってしまったのではないか。なんや、プレッシャーってえらい煩わしいもんやな。結果を求められずに、それが歯痒かった頃が懐かしい。
「Ciao。見ない顔だネ?」
ボーダーのラウンジの隅、プランターに花がいくつも植えられていて。あまりに立派で、綺麗に咲いてるもんだから眺めていたら。ジョウロを片手に現れたその人は、花に水をやりながら、私を気遣うように見やる。
「えっと、貴方がこの花育ててるん?」
「ソ。花が好きでネ。大好きな叔父と共同管理」
「叔父さん……?」
「叔父もここで働いていてネ。メディア対策室の室長をやってる」
「はぁ」
「ボクは則本保栄。ボクは回収班の総指揮を任されてる」
「回収班」
「排除したトリオン兵を基地に収容したり、警戒区域内の家に残された荷物を返却したり、民間人の侵入者を保護したり。いろいろやるけど、大体この3つかナ」
保栄さんは水やりを終えると、葉っぱの様子をひとつひとつ見て確認し始めた。ただ近界民と戦うだけではないんだな。表に見えていない部分に想いを馳せる。保栄さんの花の手入れは丁寧だった。この人はきっと、縁の下の力持ちってやつなんだろう。
「君の名前ハ?」
「は、はい!細井真織です」
「真織チャンね。よろしく」
綺麗に愛想笑いをする人だ。思わず見惚れてしまう。喋り方や顔立ちから、もしかするとこの人は異国の血が流れているのかもしれない。
「真織チャンは、どこからきたの?」
「えっと、兵庫から……」
「兵庫!いいところだネ。一度姫路辺りを観光したことがある」
「そうなんですね」
ウチはまともに姫路城、行ったことないけどな……。誤魔化すように笑いながら、なにか話さなくてはと思う。話さないと、この人はどこかへ行ってしまうだろう。
「うーん、こっち来てどう?」
保栄さんは、ウチの心配を他所に話をリードしてくれる。
「どう……なんか漠然とした、不安があります」
「ハハハ、ボーダーは自立性に頼りっきりのとこあるからネ。なにしたらいいのか、分かんないだロ?」
「そうですね……」
「ボクも全員は見切れないから今は黙ってるケド、もう少し改善していくヨ」
ごめんね、とまた揺れる花のように笑うので。自分は表情が固くなる。
「……少しでも心配があるようなら、帰ったっていいんだヨ」
「え」
「ボクは、ずっとこの街を選んだことを後悔してる」
悲しさと苦しさを、抑え込んだような表情だった。言葉が見つからなくて、彼の背景になにがあったのかを、必死で想像して。正解を知りたくなってしまい、そこから動けなくなる。
「それ、は」
「ま、ボクのことはいいんだ。真織チャンは、真織チャンがしたいことに励んでネ」
保栄さんは、名刺を一枚私に寄越す。「回収班総指揮監督」の肩書きの下に、則本保栄と書かれている。
「真織チャンが安心して活動出来るように、出来る限りのことはするヨ。いつでも連絡して」
「え、お忙しいんじゃ」
「真織チャンは、花が好き?」
「え、はい……ここの花とても綺麗ですね」
「ウン。花が好きな子に、悪い子はいないからサ」
ネ、と軽く肩を撫でられて、次の瞬間にはじゃあ、と手を振られた。自然と控えめに自分も手を振る。ウチのしたいこと……。
(帰ったっていいんだヨ)
声が反芻する。違う、私はずっとそれが嫌だった。真織の好きにしていいのよ、と言われるのが、どこか無責任で嫌だった。ウチだってちゃんとやれる、ちゃんと任されたこと出来るから。それを証明したくて。自分で決めて踏み出した一歩は、踵返さずに進めるから。自分のやりたいことくらい、やり遂げてみせるから。自分の拳を握って、背筋を伸ばした。兵庫には帰らない、ウチは三門で花を咲かせてみせる。
「Ciao。見ない顔だネ?」
ボーダーのラウンジの隅、プランターに花がいくつも植えられていて。あまりに立派で、綺麗に咲いてるもんだから眺めていたら。ジョウロを片手に現れたその人は、花に水をやりながら、私を気遣うように見やる。
「えっと、貴方がこの花育ててるん?」
「ソ。花が好きでネ。大好きな叔父と共同管理」
「叔父さん……?」
「叔父もここで働いていてネ。メディア対策室の室長をやってる」
「はぁ」
「ボクは則本保栄。ボクは回収班の総指揮を任されてる」
「回収班」
「排除したトリオン兵を基地に収容したり、警戒区域内の家に残された荷物を返却したり、民間人の侵入者を保護したり。いろいろやるけど、大体この3つかナ」
保栄さんは水やりを終えると、葉っぱの様子をひとつひとつ見て確認し始めた。ただ近界民と戦うだけではないんだな。表に見えていない部分に想いを馳せる。保栄さんの花の手入れは丁寧だった。この人はきっと、縁の下の力持ちってやつなんだろう。
「君の名前ハ?」
「は、はい!細井真織です」
「真織チャンね。よろしく」
綺麗に愛想笑いをする人だ。思わず見惚れてしまう。喋り方や顔立ちから、もしかするとこの人は異国の血が流れているのかもしれない。
「真織チャンは、どこからきたの?」
「えっと、兵庫から……」
「兵庫!いいところだネ。一度姫路辺りを観光したことがある」
「そうなんですね」
ウチはまともに姫路城、行ったことないけどな……。誤魔化すように笑いながら、なにか話さなくてはと思う。話さないと、この人はどこかへ行ってしまうだろう。
「うーん、こっち来てどう?」
保栄さんは、ウチの心配を他所に話をリードしてくれる。
「どう……なんか漠然とした、不安があります」
「ハハハ、ボーダーは自立性に頼りっきりのとこあるからネ。なにしたらいいのか、分かんないだロ?」
「そうですね……」
「ボクも全員は見切れないから今は黙ってるケド、もう少し改善していくヨ」
ごめんね、とまた揺れる花のように笑うので。自分は表情が固くなる。
「……少しでも心配があるようなら、帰ったっていいんだヨ」
「え」
「ボクは、ずっとこの街を選んだことを後悔してる」
悲しさと苦しさを、抑え込んだような表情だった。言葉が見つからなくて、彼の背景になにがあったのかを、必死で想像して。正解を知りたくなってしまい、そこから動けなくなる。
「それ、は」
「ま、ボクのことはいいんだ。真織チャンは、真織チャンがしたいことに励んでネ」
保栄さんは、名刺を一枚私に寄越す。「回収班総指揮監督」の肩書きの下に、則本保栄と書かれている。
「真織チャンが安心して活動出来るように、出来る限りのことはするヨ。いつでも連絡して」
「え、お忙しいんじゃ」
「真織チャンは、花が好き?」
「え、はい……ここの花とても綺麗ですね」
「ウン。花が好きな子に、悪い子はいないからサ」
ネ、と軽く肩を撫でられて、次の瞬間にはじゃあ、と手を振られた。自然と控えめに自分も手を振る。ウチのしたいこと……。
(帰ったっていいんだヨ)
声が反芻する。違う、私はずっとそれが嫌だった。真織の好きにしていいのよ、と言われるのが、どこか無責任で嫌だった。ウチだってちゃんとやれる、ちゃんと任されたこと出来るから。それを証明したくて。自分で決めて踏み出した一歩は、踵返さずに進めるから。自分のやりたいことくらい、やり遂げてみせるから。自分の拳を握って、背筋を伸ばした。兵庫には帰らない、ウチは三門で花を咲かせてみせる。
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