序章/プロトタイプ
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
昔から花とゴミ捨て場が好きだった。視えている左眼の端で、左側窓際のベッドを使う子供の名前を見やる。「染井華」と書いてあるのを見て、話しかける。
「大丈夫かい?」
「……貴方の方が、重傷のように見えるけれど」
「はは、ちょっと医者が大袈裟なんだヨ」
包帯に覆われた右側をさする。包帯を取った時、前のように光を映すかは分からない。別に不安でもない、そんなことは。でも、少女の言葉にボクは自分の本心を見透かされたような気持ちになった。不安だったのは、きっとボクの方で、花を気遣うことで気を紛らわしたかったんだ。
「なんか、大変なことになったネ」
「そうですね」
「どうなるんだか、想像もつかないヤ」
言ってから、大人の自分が子供を不安にさせてどうすると、自分で自分を叱責した。隣を見やれば、華チャンはボクに一瞥もくれずに彼女の膝あたりを見つめていた。なにを考えているのか。なにも考えられないのか。強くも見えるその姿の、真実が気になって。他人のことが気にかかるなんて、きっと疲れている。他人と比べないと自分の正気さを測れないなんて。
「2年くらい前、イタリアからこっちに越してきた」
華チャンが少し興味ありげに、こちらを見た。
「ボクが日本の大学に行きたいって言ったからサ。父さんの卒業した美大が近かったから、三門大学にした」
なにをペラペラと身の上の話なんてしているんだろうか。聞かれてもないし、なんの解決にもならないのに。
「……父さんと、連絡が取れなくてネ」
乾いた笑いが出る。なにを誤魔化しているのかは自分でもよく分からないが。
「不運なもんだよネ、大人しくミラノに住み続けてればこんなことには」
クスクス笑ったあと、大きく息を吐いた。携帯に着信はない。酷く失望する。華チャンはなにかを言おうとして、やめて顔を元に戻す。余所者の話なんて、どうしようもないよな。
「……連絡が取れないだけなら、帰ってくるかも」
「……厳しいと思うけどネ」
「貴方が信じないなら、帰ってこない」
「信じても、帰ってこないヨ」
「そうだとしても。信じることにはきっと、意味があると思う」
華チャンを片側の眼だけで見つめる。なんとなく距離感が掴めない。華チャンは両眼でボクを見る。見透かされているような気がした。まだ幼くて青く見える、子供に。
「…………ま、悪運の強い人だったから。帰ってくることもあるかもネ」
ボクは肩を落とし、身体を脱力させた。ベッドに身体を横たえる。真白な天井が、夕陽で赤に染まっている。空は晴れている。
「……後悔しているの?」
「さァ、どうだろ?どこからが間違いだったのか、分かんないし。分かったところで、やり直せないしね。時間の無駄でショ」
「……そうだよね」
華チャンは窓の外に目をやった。ボクは後頭部を眺める。風が彼女の髪を靡かせる。風が酷く冷たく感じられた。
「たまたま生き残った」
華チャンが独り言のように呟くのに、耳を澄ませる。
「なんでなのか、理由は考えたくない。本当にたまたまだから」
言葉は薄暮の空気の中、紛れて消えていく。
「生きていてよかったと、言えるようになるまで生きてみたい」
「…………生きなくちゃネ」
生きるのに必死なのだと、そう受け取った。生き残ったことがしんどいんだろう、一人で生きていくのが怖いだろう。死は絶対的で、生きるとは不確かなことだ。こんな齢で、取り残されたらそりゃそうだろう。
「手伝えることがあれば、力になるヨ」
華チャンは品定めをするように、ボクを見た。信用出来る大人か、確かめているようだ。ボクは肩をすくめる。
「袖振り合うも多生の縁、でショ?ボクは則本保栄。保栄って呼んで」
「……保栄さん」
「ウン」
それからは、言葉を交わさずに夜の帳が下りるのを静かに感じていた。これから、どうしようか。なにから始めたらいい。船は大嵐の中、灯台を見失った。コンパスは壊れている。再び花咲く大地に降り立つには、なにをすればいい。どんなに夜が長くても、明かりを灯して進まなければならない。暗闇を恐れて怖がっている暇など、ないのだから。
「大丈夫かい?」
「……貴方の方が、重傷のように見えるけれど」
「はは、ちょっと医者が大袈裟なんだヨ」
包帯に覆われた右側をさする。包帯を取った時、前のように光を映すかは分からない。別に不安でもない、そんなことは。でも、少女の言葉にボクは自分の本心を見透かされたような気持ちになった。不安だったのは、きっとボクの方で、花を気遣うことで気を紛らわしたかったんだ。
「なんか、大変なことになったネ」
「そうですね」
「どうなるんだか、想像もつかないヤ」
言ってから、大人の自分が子供を不安にさせてどうすると、自分で自分を叱責した。隣を見やれば、華チャンはボクに一瞥もくれずに彼女の膝あたりを見つめていた。なにを考えているのか。なにも考えられないのか。強くも見えるその姿の、真実が気になって。他人のことが気にかかるなんて、きっと疲れている。他人と比べないと自分の正気さを測れないなんて。
「2年くらい前、イタリアからこっちに越してきた」
華チャンが少し興味ありげに、こちらを見た。
「ボクが日本の大学に行きたいって言ったからサ。父さんの卒業した美大が近かったから、三門大学にした」
なにをペラペラと身の上の話なんてしているんだろうか。聞かれてもないし、なんの解決にもならないのに。
「……父さんと、連絡が取れなくてネ」
乾いた笑いが出る。なにを誤魔化しているのかは自分でもよく分からないが。
「不運なもんだよネ、大人しくミラノに住み続けてればこんなことには」
クスクス笑ったあと、大きく息を吐いた。携帯に着信はない。酷く失望する。華チャンはなにかを言おうとして、やめて顔を元に戻す。余所者の話なんて、どうしようもないよな。
「……連絡が取れないだけなら、帰ってくるかも」
「……厳しいと思うけどネ」
「貴方が信じないなら、帰ってこない」
「信じても、帰ってこないヨ」
「そうだとしても。信じることにはきっと、意味があると思う」
華チャンを片側の眼だけで見つめる。なんとなく距離感が掴めない。華チャンは両眼でボクを見る。見透かされているような気がした。まだ幼くて青く見える、子供に。
「…………ま、悪運の強い人だったから。帰ってくることもあるかもネ」
ボクは肩を落とし、身体を脱力させた。ベッドに身体を横たえる。真白な天井が、夕陽で赤に染まっている。空は晴れている。
「……後悔しているの?」
「さァ、どうだろ?どこからが間違いだったのか、分かんないし。分かったところで、やり直せないしね。時間の無駄でショ」
「……そうだよね」
華チャンは窓の外に目をやった。ボクは後頭部を眺める。風が彼女の髪を靡かせる。風が酷く冷たく感じられた。
「たまたま生き残った」
華チャンが独り言のように呟くのに、耳を澄ませる。
「なんでなのか、理由は考えたくない。本当にたまたまだから」
言葉は薄暮の空気の中、紛れて消えていく。
「生きていてよかったと、言えるようになるまで生きてみたい」
「…………生きなくちゃネ」
生きるのに必死なのだと、そう受け取った。生き残ったことがしんどいんだろう、一人で生きていくのが怖いだろう。死は絶対的で、生きるとは不確かなことだ。こんな齢で、取り残されたらそりゃそうだろう。
「手伝えることがあれば、力になるヨ」
華チャンは品定めをするように、ボクを見た。信用出来る大人か、確かめているようだ。ボクは肩をすくめる。
「袖振り合うも多生の縁、でショ?ボクは則本保栄。保栄って呼んで」
「……保栄さん」
「ウン」
それからは、言葉を交わさずに夜の帳が下りるのを静かに感じていた。これから、どうしようか。なにから始めたらいい。船は大嵐の中、灯台を見失った。コンパスは壊れている。再び花咲く大地に降り立つには、なにをすればいい。どんなに夜が長くても、明かりを灯して進まなければならない。暗闇を恐れて怖がっている暇など、ないのだから。