掌編/ネオプロトタイプ
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恋なんてのは、まやかしだ。思い込みでしかない。好きになろうと思えば、どんな人間でも好きになれるものだ。確かな好意を相手から感じられれば、同じような気持ちになれたりするものだ。私はそう思い知らされて、10歳から生きてきた。初恋の人は、幼馴染だった。今は遠い隣人。生まれた病院が同じで、誕生日も9日しか違わない。血液型も星座も一緒。いつもお兄さんぶって、手を繋いでくれて、少し意地悪で。私より運動が出来て、勉強は私のが少しだけ出来た。あの時、好きだということを忘れていられるほど、身近で大好きな人だった。どこがとか、なにがとか、今でも説明は出来ない。好きだった。それは、拓磨もきっとそうだったから。だから、ずっと一緒にいられると思っていた。
「莉子とは、今日から絶交だ!!」
突然、そう告げられたのは夏休み明け最初の登校日、その帰り道。まだ陽は高く、じりじりとした日差しが肌に焼きつく日。暑いから嫌がられるかなと、そんな心配もせずに手を繋ごうと指で拓磨の手に触れた時。振り払われて行き場をなくした手と腕が、重力に従って肩にぶら下がる。言葉を失くしてしまった。なんで、どうして。それすら訊けずに黙っていた。拓磨に睨まれて縮こまった。怖くなって自分のつま先を見つめる。拓磨が走って先に家へ帰ってしまう。追いつけるわけない、私は君よりずっと足が遅いから。コンクリートにポタポタと雫が落ちる。涙と認識した瞬間、声を上げて泣いた。目を擦りながら、ふらふらと歩き、一人家に帰る。いつもは向かいの弓場家に遊びに行くが、そんなこと出来るわけなくて、寝室で丸くなって泣き続けた。母が仕事から帰ってくる頃には微睡んでいて、母の顔を見るとまた泣いた。
「そんなに泣いて、どうしたの?」
母にしゃくりあげながら説明すると、そっかそっかと母は私を抱きしめて頭を撫でる。
「そんなこともあるね。仕方ないね」
「どうして、嫌われちゃったのかな」
泣きながら考えるが、心当たりはない。母は背中をとんとん叩き、私の呼吸を整える。
「それは拓磨くんに訊かないと分からないけれど。でも、嫌われちゃったことを心配しなくて大丈夫だよ」
「大丈夫?」
「うん、莉子は莉子のままで大丈夫!これからも友達は出来るし、出来なくても母さんも父さんもずっと一緒にいるから」
母の声は落ち着いていて、腕の中は温かかった。やがて私は泣き止んで、リビングに移動してハト麦茶を飲んだ。目に映る景色が、黄色から青色に変わった気がした。
拓磨がいなくなっても、日々は過ぎていった。普通に学校に行って、帰ってきて宿題をやり、夕飯を食べて眠る。いなくても平気。初恋が終わったことを、くよくよ引きずることはなかった。なるべく拓磨の視界に入らないようにだけして、生活していた。学年が上がると、私のことを好きだと言う男の子が現れた。付き合おうと言うので、言う通りにした。一緒に遊んで、手を繋いで。好意を感じれば、自分も相手のことが好きに思えてきた。好きだから、相手が喜ぶことをしようとお菓子を作ったり、手紙を書いたりして渡した。彼はとても喜んだ。しばらくして、両親が携帯を持たせてくれた。彼氏も同じタイミングで携帯を持ったので、メールアドレスを交換した。
『裸の写真、送ってよ』
脈絡もなくそんなメールが来て、動揺した。それでも彼が好きだったので、一枚だけ送ってしまった。
『もっと送って』
さらに要求されて、怖くなってしまった。ごめん、嫌だと返信すると、最初に送った写真をネットにばら撒くと人質に取られた。これはおかしいと気付いて、母に相談した。すぐに学校と連携がとられて、男の子は厳重に注意された。
「クソ野郎がよ!!」
男の子と最後に自転車ですれ違った時、そう吐き捨てられた。そこでようやく、嫌いになった。そう言われるまでは、好きだったように思う。嫌いになった瞬間、今まで嫌で我慢してきたことがいくつも思い返されて、心底吐き気がした。好きだというのは思い込みで、どんな相手でも好きになることは出来る。好きだからこそ我慢出来ることもある。私を大事にしてくれない人を好きになっても仕方がない。私を本当に愛してくれる人を愛そう。与えられた分だけ、与えよう。小学校を卒業するまでに、私が学んだこと。
動かない鳥がじっとこちらを見つめる。クジラ頭の王様が、なにか言葉を待っている。そんなイメージが夢の中で泳ぐ。川なのか海なのか、流れる水の向こう側に見えた背中が、誰なのか分からない。振り向いてくれたらいいのに。そう思った瞬間、その人と目が合って目覚める。小さく泣く。拓磨の顔だったから、何故か冷や汗をかく。君に嫌われたのは、私のせいではないはずなのに。ずっとずっと、申し訳なくて逃げたくて。本当は、どうして置いていったのと、問い詰めたいのかもしれないけれど。些事なことだ。拓磨の気持ちが私にないのなら、訊ねても仕方のないこと。初恋は一度きり。終わったものは戻らない。
中学校に進学してから、徐々に学校に行けなくなった。最初の半年は皆勤賞だったが、寒くなってから行きづらくなり休みが増えて、中学2年の夏休み明けからほとんど行けなくなってしまった。自分でも説明がつかなかった。どうしても行けない。不器用な自分なりに友達もいて、いじめもなく、勉強もそんなに嫌ではない。それでも行くことが出来なかった。毎日、ベッドの上で起き上がることが出来ず、母が仕事から帰ってくるまで朝ごはんすら食べずにいることもあった。憂鬱で、荒んだ時間が過ぎる。
「週末、拓磨くんの家に行ってみる?」
母がそんな提案をした。私は、どうしたいか自分で分からなかった。
「拓磨くんに会わなくてもいいけど、美枝と母さんが話に行くから」
美枝というのは、拓磨の母のことだ。元々、母と拓磨の母さんが産婦人科からの仲なのだ。私は小さく頷いた。
「拓磨くんは、いた方がいい?嫌なら、話しておくけど」
「大丈夫」
「そっか。拓磨くんのお母さんも、莉子のこと心配してるよ」
「うん」
なんとかしなければ。私も、母も必死だった。小さなきっかけでも、掴んで元通りにならなければ。原因の分からない不調の、理由をどうにかして見つけなくては。
「日曜は、晴れていたら動物園でも行こうか!」
母は仕事で疲れているだろうに、土日は私のために気分の晴れそうなことを、あれこれと誘ってくれた。
「なんかあれだよ、おっきな鳥が来たって書いてあったよ。動かないやつ」
「ハシビロコウ?」
「そうそう。莉子はよく知ってるねぇ」
母が笑って私の頭を撫でる。ずっと一緒だと言ってくれたことを不意に思い出し、泣きたくなる。このままでは独りになる。誰かに愛される自分にならなくては。自分のことばかりでなく、誰かのために生きられる人間になりたい。この現状から抜け出したい。拓磨の前に立つのは、怖い。でも、逃げ出したらもう変わることが出来ない気がする。なにを話そう。なにを伝えよう。なにも言いたくないし、なにもかも叫んでぶつけてしまいたい。恋はまやかし。まやかしだけど、初恋は一度きりだけど、やっぱり今でも好きなのは君だけだよ。それだけだよ。ただ、それだけ受け止めて欲しいよ。そっぽを向いても、構わないから。ただ、幼馴染だからたまには、動物園とか行って、遊びたい。幼馴染だから、昔みたいにとは言わないけれど、もう少し仲良しに戻りたいな。言えるかな。期待と不安が掻き混ざって、土曜日の朝が来る。
「莉子とは、今日から絶交だ!!」
突然、そう告げられたのは夏休み明け最初の登校日、その帰り道。まだ陽は高く、じりじりとした日差しが肌に焼きつく日。暑いから嫌がられるかなと、そんな心配もせずに手を繋ごうと指で拓磨の手に触れた時。振り払われて行き場をなくした手と腕が、重力に従って肩にぶら下がる。言葉を失くしてしまった。なんで、どうして。それすら訊けずに黙っていた。拓磨に睨まれて縮こまった。怖くなって自分のつま先を見つめる。拓磨が走って先に家へ帰ってしまう。追いつけるわけない、私は君よりずっと足が遅いから。コンクリートにポタポタと雫が落ちる。涙と認識した瞬間、声を上げて泣いた。目を擦りながら、ふらふらと歩き、一人家に帰る。いつもは向かいの弓場家に遊びに行くが、そんなこと出来るわけなくて、寝室で丸くなって泣き続けた。母が仕事から帰ってくる頃には微睡んでいて、母の顔を見るとまた泣いた。
「そんなに泣いて、どうしたの?」
母にしゃくりあげながら説明すると、そっかそっかと母は私を抱きしめて頭を撫でる。
「そんなこともあるね。仕方ないね」
「どうして、嫌われちゃったのかな」
泣きながら考えるが、心当たりはない。母は背中をとんとん叩き、私の呼吸を整える。
「それは拓磨くんに訊かないと分からないけれど。でも、嫌われちゃったことを心配しなくて大丈夫だよ」
「大丈夫?」
「うん、莉子は莉子のままで大丈夫!これからも友達は出来るし、出来なくても母さんも父さんもずっと一緒にいるから」
母の声は落ち着いていて、腕の中は温かかった。やがて私は泣き止んで、リビングに移動してハト麦茶を飲んだ。目に映る景色が、黄色から青色に変わった気がした。
拓磨がいなくなっても、日々は過ぎていった。普通に学校に行って、帰ってきて宿題をやり、夕飯を食べて眠る。いなくても平気。初恋が終わったことを、くよくよ引きずることはなかった。なるべく拓磨の視界に入らないようにだけして、生活していた。学年が上がると、私のことを好きだと言う男の子が現れた。付き合おうと言うので、言う通りにした。一緒に遊んで、手を繋いで。好意を感じれば、自分も相手のことが好きに思えてきた。好きだから、相手が喜ぶことをしようとお菓子を作ったり、手紙を書いたりして渡した。彼はとても喜んだ。しばらくして、両親が携帯を持たせてくれた。彼氏も同じタイミングで携帯を持ったので、メールアドレスを交換した。
『裸の写真、送ってよ』
脈絡もなくそんなメールが来て、動揺した。それでも彼が好きだったので、一枚だけ送ってしまった。
『もっと送って』
さらに要求されて、怖くなってしまった。ごめん、嫌だと返信すると、最初に送った写真をネットにばら撒くと人質に取られた。これはおかしいと気付いて、母に相談した。すぐに学校と連携がとられて、男の子は厳重に注意された。
「クソ野郎がよ!!」
男の子と最後に自転車ですれ違った時、そう吐き捨てられた。そこでようやく、嫌いになった。そう言われるまでは、好きだったように思う。嫌いになった瞬間、今まで嫌で我慢してきたことがいくつも思い返されて、心底吐き気がした。好きだというのは思い込みで、どんな相手でも好きになることは出来る。好きだからこそ我慢出来ることもある。私を大事にしてくれない人を好きになっても仕方がない。私を本当に愛してくれる人を愛そう。与えられた分だけ、与えよう。小学校を卒業するまでに、私が学んだこと。
動かない鳥がじっとこちらを見つめる。クジラ頭の王様が、なにか言葉を待っている。そんなイメージが夢の中で泳ぐ。川なのか海なのか、流れる水の向こう側に見えた背中が、誰なのか分からない。振り向いてくれたらいいのに。そう思った瞬間、その人と目が合って目覚める。小さく泣く。拓磨の顔だったから、何故か冷や汗をかく。君に嫌われたのは、私のせいではないはずなのに。ずっとずっと、申し訳なくて逃げたくて。本当は、どうして置いていったのと、問い詰めたいのかもしれないけれど。些事なことだ。拓磨の気持ちが私にないのなら、訊ねても仕方のないこと。初恋は一度きり。終わったものは戻らない。
中学校に進学してから、徐々に学校に行けなくなった。最初の半年は皆勤賞だったが、寒くなってから行きづらくなり休みが増えて、中学2年の夏休み明けからほとんど行けなくなってしまった。自分でも説明がつかなかった。どうしても行けない。不器用な自分なりに友達もいて、いじめもなく、勉強もそんなに嫌ではない。それでも行くことが出来なかった。毎日、ベッドの上で起き上がることが出来ず、母が仕事から帰ってくるまで朝ごはんすら食べずにいることもあった。憂鬱で、荒んだ時間が過ぎる。
「週末、拓磨くんの家に行ってみる?」
母がそんな提案をした。私は、どうしたいか自分で分からなかった。
「拓磨くんに会わなくてもいいけど、美枝と母さんが話に行くから」
美枝というのは、拓磨の母のことだ。元々、母と拓磨の母さんが産婦人科からの仲なのだ。私は小さく頷いた。
「拓磨くんは、いた方がいい?嫌なら、話しておくけど」
「大丈夫」
「そっか。拓磨くんのお母さんも、莉子のこと心配してるよ」
「うん」
なんとかしなければ。私も、母も必死だった。小さなきっかけでも、掴んで元通りにならなければ。原因の分からない不調の、理由をどうにかして見つけなくては。
「日曜は、晴れていたら動物園でも行こうか!」
母は仕事で疲れているだろうに、土日は私のために気分の晴れそうなことを、あれこれと誘ってくれた。
「なんかあれだよ、おっきな鳥が来たって書いてあったよ。動かないやつ」
「ハシビロコウ?」
「そうそう。莉子はよく知ってるねぇ」
母が笑って私の頭を撫でる。ずっと一緒だと言ってくれたことを不意に思い出し、泣きたくなる。このままでは独りになる。誰かに愛される自分にならなくては。自分のことばかりでなく、誰かのために生きられる人間になりたい。この現状から抜け出したい。拓磨の前に立つのは、怖い。でも、逃げ出したらもう変わることが出来ない気がする。なにを話そう。なにを伝えよう。なにも言いたくないし、なにもかも叫んでぶつけてしまいたい。恋はまやかし。まやかしだけど、初恋は一度きりだけど、やっぱり今でも好きなのは君だけだよ。それだけだよ。ただ、それだけ受け止めて欲しいよ。そっぽを向いても、構わないから。ただ、幼馴染だからたまには、動物園とか行って、遊びたい。幼馴染だから、昔みたいにとは言わないけれど、もう少し仲良しに戻りたいな。言えるかな。期待と不安が掻き混ざって、土曜日の朝が来る。