ボツの部屋
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不安の種は尽きなくて、芽吹く前に潰す毎日だが。年を越すというだけで不安なのは記憶にない。クリスマスから君に会っていない。それはあまりにも2人の時間が平和に視えたから。
(なんか遠慮しちゃったな)
引き離すつもりでいたんだけど、あいつといる莉子ちゃんも、幸せそうに見えて。自分といる時は?それも幸せだと思う、#莉子#ちゃんはいつも俺といる時自然体だ。いきいきしている。そのはずだ。莉子ちゃんのことを考えている時間は延びてしまっている。来年はそんなことをしている余裕はなさそうなのに。
(そんなこと?)
余裕がなくなるのは、よろしくない。俺はいつだって余裕でいなきゃいけない。切羽詰まりそうな時、忙しいのに君に会いたくなる。冬の夜は早くて寒くて、長い。大晦日の今夜、太刀川隊は任務のはずで。本部へ足が伸びる。やすらぎの水を求めて、真っ直ぐに。大丈夫、君と歩く未来は視えている。今夜は、弓場ちゃんは祖父母の家に帰省していていない。帰りに莉子ちゃんを送る人間が必要だ。俺は必要なんだ。星の海を渡る。警戒区域を突っ切って、#莉子#ちゃんより先に本部に着く。終わるまでまだかかりそうだから、カフェラテを自販機で買って、少し温まる。初めて会った時に、ここで紅茶を買っていたのを思い出す。君はコーヒーが飲めない。
(早く終わらないかな)
退屈を埋めて欲しくて。君も怖いと言うけど、退屈が怖いのはなにも君だけに限った話ではないよ。動き回ってないと、息が止まるんじゃないかって不安になる。未来視の上映は終わらない。エンドロールはずっと先で、カーテンコールに自分が立っているかは分からない。永久の平和を、どっかで探し続けている。それは永遠のやすらぎを求めているのに近いだろう。無限に続く未来が、途方もなくて立ち尽くす時だってあるさ。そんな日もある。君と出会ってから、増えたような気もする。昔は1人でも立っていられたような。
「あれ、迅じゃん。どうした?」
太刀川さんは今日も飄々と現れた。任務終わりなのに疲れなんて微塵も感じさせない。強くて頼もしい仲間だ。出水も似たような感じで、意外そうな視線を俺に向ける。2人の背中からひょこっとこちらを見る莉子ちゃんだけ、少しくたびれている。
「迅だ」
太刀川さんの言葉を復唱したんだろう。自然と頬に手が伸びて触れる。お疲れ様、と言えばありがとう、と頬を手に擦り付けた。
「こんな夜更けにどうした?あと小一時間で年も明けるだろ」
「……莉子ちゃんを迎えにきたんだよ」
「へぇ」
太刀川さんは顎髭に手を当てて、訳知り顔で思案している。多分、弓場ちゃんから莉子ちゃんの送迎を頼まれてる。俺が一緒に帰れるかは五分五分だった。
「ま、迅が来たなら俺が行かなくてもいっか。帰って餅食いたいし」
「いや、いいんすか?」
出水がツッコむのに、太刀川さんは振り返って笑う。
「大丈夫だろ。な、莉子」
太刀川さんが莉子ちゃんを見下ろす。莉子ちゃんは不安そうに、少しおどおどとして太刀川さんを見上げた。
「えっと……うん」
「……お前はもう少し、嘘の吐き方を覚えような」
太刀川さんが莉子ちゃんの頭をぽんぽんと叩く。その光景を、どこか悔しくなって見てた。悔しくなって?
「嘘の吐き方?」
「ま、嘘まで吐かなくてもいいけど。黙ってるってのも大事だぜ」
「黙っている……」
「あ。でも気持ちはもっと伝えろよ?」
「……難しいな」
「難しいことないって。ありのままでいろよ」
太刀川さんが莉子ちゃんの肩を叩くと、莉子ちゃんは安心したように笑う。面白くない、ずるい。太刀川さんが教えると、莉子ちゃんは素直に忠実に守ろうとする。理想の上司と部下の関係のはずだけど。胸の下あたりで、モヤモヤ燻るような想いがする。
「莉子ちゃん、帰ろ」
堪らず声をかける。莉子ちゃんが今度は俺を見上げる。トパーズの瞳に見つめられる。逃げ出したくなるのに離れられないような感覚に囚われる。
「うん、帰る」
莉子ちゃんは頷くと、隊室に荷物を取りに入った。すぐに出てきて、あくびをひとつする。
「じゃあ、お疲れ様でした」
「お疲れさん」
「お疲れーっす」
太刀川さんたちと別れて、ボーダー本部の廊下を歩く。静まり返っていて、照明も少し落とされている。莉子ちゃんは半歩俺に身を寄せて、袖の中腹を引っ張る。
「怖い?」
「暗いから……嫌」
「そっか」
左手で莉子ちゃんの手首を掴んで、右腕にしっかりと掴ませた。腕を組んで歩く。
「怖くないでしょ?」
「うん」
廊下に足音だけ響く。莉子ちゃんがなおも俺にひっついてきて、可愛いなぁと思う。本部を抜けると、温もりは離れていってしまう。それだけのことが、こんなにも寂しいと思う。
「地下通路じゃなくて、表の道行こうか」
地下通路だって、本部の廊下と変わらない。提案すると、莉子ちゃんは素直に頷く。
「星が綺麗だよ。初日の出も綺麗かもね」
「そうだね」
夜空を見上げる莉子ちゃんの息が、白くたなびいている。またひとつあくびをするから、伝染った。
「寒いね」
「寒い」
莉子ちゃんは復唱して、ぶるっと身震いした。毛糸の帽子をしているから、頭が撫でづらい。髪の襟足を、指で弄んだ。
「寄り道してもいい?」
「うーん……」
不安そうに迷っているから、冷えて赤くなった頬に触れて親指で撫でる。
「寄り道したくない?」
「したい」
「じゃあ付き合ってよ」
俺の誘いに、莉子ちゃんはしぱしぱと瞬きを繰り返して。
「分かった。いいよぉ」
「うん、そうしよう」
自分がほっとしたように笑みを溢したのに気付く。莉子ちゃんが不安そうにしたのは、夏の俺の行いのせいなのに。なんで莉子ちゃんが不安に思うことを繰り返すの?
(だって一緒にいたいもん)
子供のように、心の中で呟く。それ以上は追求せずに、莉子ちゃんと歩き出した。一緒にいたいんだからいいじゃん。それくらい。頭に触れられないから、そっと手を拐うように握った。莉子ちゃんはちらっと俺を見たあと、やんわりと握り返す。
「あったかいでしょ?」
「迅の手冷たいよ」
「ありゃ。そっかそっか」
でも、離してなんてやらなかった。駅前、いつも待ち合わせに使う公園に入る。なんとなく、ここが莉子ちゃんと俺の居場所な気がしている。莉子ちゃん家に1番近い公園は、弓場ちゃんのテリトリーだ。なんとなく、そんな感じ。高いところ、少しでも月に近いところに行きたいのか、俺はジャングルジムを登る。莉子ちゃんは俺の横まで登ってから、上手く座れなくて降りて。代わりに、滑り台を上がって滑らずに座り込んだ。これだと話が出来ないから、俺もジャングルジムを降りて滑り台に行く。高さは劣ってしまうけど、まぁ。滑り台は狭くて、横並びには座れない。ちょっと考えて、迷って、後ろから莉子ちゃんの首に腕を回して座る。莉子ちゃんは肩を揺らすけど、拒みはしなかった。悩みました、ちゃんと。悩んで、好きな未来を選んだんだ。さっき腕を組んだ時よりも、よほど暖かくて。自分の心音が早いことに気がついて、不安と高揚がないまぜになる。戦闘以外でこんな気分になるなんて、知らなかった。
「今年も終わるね」
「うん、終わる」
「どんな年だった?」
「うーん、いろいろあって大変だったなぁ」
莉子ちゃんが背中を俺の方へ倒すから、嬉しくなる。抱きしめたまま、髪先を弄って頬に触れて。躊躇わずに、莉子ちゃんを不安になんてさせずに、触れたらいいのに。
「しんどいこと多かったから、来年はもう少し落ち着くといいなぁ」
「……そうだね。助けるよ」
「うん、ありがとう。迅もなにかあったら言ってね」
なんだろう、急に切なくて寂しくなった。莉子ちゃんはいつだって優しくて、今もこうしてここにいるのに。
「……瞳が見たいんだけど、こっち見れる?」
「うーん」
莉子ちゃんが思い切り上を向いて、俺はそれを覗き込む。互い違いの顔。莉子ちゃんの瞳は暗くて瞳孔が大きくなっていて、微かな光を反射して金色に見えた。顎に沿って頬に手を置く。その手に莉子ちゃんが触れる。
「もういい?まだ?」
「ごめん、もういいよ。ありがとう」
莉子ちゃんは恥ずかしそうに、顔を前に戻した。首を左右に伸ばす。
「迅は来年はなにしたい?」
「来年?」
「もうすぐ2013年だよ」
そう言われると、そういえばそうだったと今更確認する。3月には、卒業で。19歳になる。進学はしてないから、ボーダーのことでより忙しくなるだろう。大きく未来が動き出す予感がしている。君に出会うまで、それが恐ろしいとは思ったことなかったのに。いつだって、怖くなるのはその瞬間に出会ってからだったのに。
「なにしようかなぁ」
「またのんびり、2人でいろんなことしようよ」
莉子ちゃんは、なにも疑わずにそう提案してくれる。
「……うん」
自分が涙声になったことに、心底驚いた。怖い、嫌だ。この時間を失うことが。全部かなぐり捨てられたら、なんて出来もしないことが頭をよぎる。
「いつも通りでもいいよ」
「そうだね」
そうだ、このいつも通りを守るために、捨てられないものがあるだけで。俺のこの気持ちが、ちっぽけで取るに足らないなんてことはないはずだ。いつか、莉子ちゃんを裏切るのだとしても。それまでは、傍にいていいはずだろ。もっと抱き寄せたい。滑り台の上が狭くて叶わない。
「来年もよろしくね」
「もちろん。俺の方こそ、よろしく」
遠くで除夜の鐘が鳴る。いっそう、空気は澄んだ気がする。莉子ちゃんが滑り台を滑り降りる。酷く焦って、慌てて俺も後を追う。莉子ちゃんが立ち上がって伸びをしている。たまらなくなって、強く抱き寄せた。莉子ちゃんがもぞもぞと動くので、ゆっくり身体を離して見つめ合う。
「どうした?」
「いや……」
俺が言葉を濁すと、莉子ちゃんは無邪気に抱きついてきた。面食らう。心臓がはっきり脈打つ。おそるおそる、背中に手を回す。やっぱり、離したくないと思う。
「あけましておめでとぉ。今年もよろしく」
莉子ちゃんの顔を見れば、そっと微笑んでいて。胸が締め付けられる。どこかで覚えたような。1番新しくあって、1番古いような。そんな感情に満たされる。
「あけましておめでとう」
顔を見ていたら、キスをしたいと初めて思った。振り払って掻き消した。自分が恐ろしくなって身体を離す。こんなことで莉子ちゃんを裏切りたくない。
「これからもよろしく」
今年もと言わなかったのは、運命だとか神様だとか呼ばれるものへの、ささやかな抵抗だったかもしれない。永遠にしてよ、今も、この先も。やすらぎをくれ、ほんの少しでも構わないから。
「うん」
莉子ちゃんは今日1番大きなあくびをした。そうだよね、眠いよね。帰ろう。俺は笑えていた。莉子ちゃんの額を撫でて、何事もないように手を繋いで。いつものこの時間より人通りの多い街を、ゆっくり歩く。終わりがあるからこそ意味がある旅だ。終わりまで一緒にいて欲しい人だ。一緒に苦しんでなんて言わないから、せめて一緒に笑ってくれ。どこに願えばいいか、俺は知らない。
初詣に行けばいいんじゃないか?と帰ってから思う。1月1日、初日の出よりだいぶ遅れて起きて。いつもより、随分眠れた気がする。伸びをしてあくびをして、携帯に手を伸ばす。『初詣、行かない?』連絡すれば、『今日と明日は東京のおじいちゃん家に行くの』と言う。
(別に3日以降でもいいよ)
そう送ろうとして、『3日は拓磨と行く』と返信が来たのが視えた。混ぜてよって言えなくて。
『じゃあ、落ち着いたら行こうね』
そう返信して、携帯を手放した。3日の莉子ちゃんが視えて。未来視を使えば、近所ならどこの神社に行くのかくらい分かる。しれっと会いに行こうかな。偶然のフリして。無理があるだろうな。でも、俺だって莉子ちゃんと初詣行きたい。心の内で駄々を捏ね始めた自分へ冷や水をかけるように、初詣に会ったら莉子ちゃんの顔色が曇る未来が視える。
(……やめよう)
でもでも、会いたい。あの2人、別れ際が家の真ん前だから困る。攫いに行けないじゃないか。一度起き上がったベッドに、もう一度身体を沈める。是が非でも会おうとしてる自分が可笑しい。なんでこんな、強引なことをしているんだろう?未来が崩れるかもしれない、危ない橋ばかり渡って。危ないと言っても、俺が失恋するってだけの話ではあるけど。弓場ちゃんの幸せそうな顔が視えて、眉間に皺を寄せた。自分が嫌になる。誰かの幸せな顔を見るのが、好きだったはずなのに。お前だけ幸せなのは、ずるい。なんでも莉子ちゃんの1番だなんて、ずるい。ずるいずるいずるい。俺はいつだって2番手だ。ダイヤモンドの代用品だなんて。嫌だ……
(俺はいま、なにをかんがえて)
ハッとなって、飛び起きる。頭を振る。2番手なのは、俺が望んだことのはずだ。俺の代わりに、莉子ちゃんを守ってくれる誰かが必要だったはずだ。莉子ちゃんの未来に責任なんて取れなくて、幸せにきっとしてあげられないから。助けてくれる誰かを求めていたはずだ。それが弓場ちゃんなのが嫌だ。弓場ちゃんだから嫌なのか?多分、太刀川さんでも嫌だし二宮さんでも嫌だ。
(俺が1番じゃなくちゃ、嫌だ)
自分が青ざめていくのが分かる。ダメだって、これ以上好きになったら。あくまで共犯者でいたいだけ。辛い時に、お互いもたれかかれる存在でありたいだけ。そうだったはずだろ。思い出すのは、昨日抱き締めた時のぬくもりで。気付いたら、取り返しのつかないところまで来ているような気がする。
(忘れよう忘れよう。見ないフリしよう)
もがいてあがいても、なんとかして欲しくて今、会いたいのはやっぱり君。会ったら会っただけ、きっと好きになるだろうに。顔を洗いに洗面所へ行く。顔が水に濡れて冷えれば、石鹸と一緒に思考も洗い落ちる気がする。
(俺は莉子ちゃんには、そのままでいて欲しい)
俺のために何かを犠牲にして欲しくないし、俺もしない。その中で1番になれたなら良かったのかもしれないけど、1番になれたらなれたで俺が苦しいだろう。俺が苦しかったら、莉子ちゃんも苦しむ。それは避けたい。俺は、莉子ちゃんが誰を1番に想っていても、それを受け入れてまるごと愛さなきゃならない。きっとそれが、成功への道だ。
(もっと話そう。もっと視ていよう。もっと知りたいから)
それが難しいとしても、なんとか時間も労力も作ろう。無理をすることをよしとしない君でも、それくらいなら許してくれるでしょ。無理してでも会いたいから。それは分かってよ。部屋に戻って携帯を確認すると、返信が来ていた。
『1月5日なら、時間あると思う』
5日ね、了解。返信をして、決まった未来の予習をする。きっと、他の人よりは君がいなくて寂しい時間は少ないんだろう。でも最近は、視えたら視えたでどうしても会いたくなる時があるよ。時計を早回しにしたいなんて、願ったのは初めてだ。初めてのことが多くて、戸惑うけど。君の隣にいる、未来を生きたいと願ってしまうよ。
(なんか遠慮しちゃったな)
引き離すつもりでいたんだけど、あいつといる莉子ちゃんも、幸せそうに見えて。自分といる時は?それも幸せだと思う、#莉子#ちゃんはいつも俺といる時自然体だ。いきいきしている。そのはずだ。莉子ちゃんのことを考えている時間は延びてしまっている。来年はそんなことをしている余裕はなさそうなのに。
(そんなこと?)
余裕がなくなるのは、よろしくない。俺はいつだって余裕でいなきゃいけない。切羽詰まりそうな時、忙しいのに君に会いたくなる。冬の夜は早くて寒くて、長い。大晦日の今夜、太刀川隊は任務のはずで。本部へ足が伸びる。やすらぎの水を求めて、真っ直ぐに。大丈夫、君と歩く未来は視えている。今夜は、弓場ちゃんは祖父母の家に帰省していていない。帰りに莉子ちゃんを送る人間が必要だ。俺は必要なんだ。星の海を渡る。警戒区域を突っ切って、#莉子#ちゃんより先に本部に着く。終わるまでまだかかりそうだから、カフェラテを自販機で買って、少し温まる。初めて会った時に、ここで紅茶を買っていたのを思い出す。君はコーヒーが飲めない。
(早く終わらないかな)
退屈を埋めて欲しくて。君も怖いと言うけど、退屈が怖いのはなにも君だけに限った話ではないよ。動き回ってないと、息が止まるんじゃないかって不安になる。未来視の上映は終わらない。エンドロールはずっと先で、カーテンコールに自分が立っているかは分からない。永久の平和を、どっかで探し続けている。それは永遠のやすらぎを求めているのに近いだろう。無限に続く未来が、途方もなくて立ち尽くす時だってあるさ。そんな日もある。君と出会ってから、増えたような気もする。昔は1人でも立っていられたような。
「あれ、迅じゃん。どうした?」
太刀川さんは今日も飄々と現れた。任務終わりなのに疲れなんて微塵も感じさせない。強くて頼もしい仲間だ。出水も似たような感じで、意外そうな視線を俺に向ける。2人の背中からひょこっとこちらを見る莉子ちゃんだけ、少しくたびれている。
「迅だ」
太刀川さんの言葉を復唱したんだろう。自然と頬に手が伸びて触れる。お疲れ様、と言えばありがとう、と頬を手に擦り付けた。
「こんな夜更けにどうした?あと小一時間で年も明けるだろ」
「……莉子ちゃんを迎えにきたんだよ」
「へぇ」
太刀川さんは顎髭に手を当てて、訳知り顔で思案している。多分、弓場ちゃんから莉子ちゃんの送迎を頼まれてる。俺が一緒に帰れるかは五分五分だった。
「ま、迅が来たなら俺が行かなくてもいっか。帰って餅食いたいし」
「いや、いいんすか?」
出水がツッコむのに、太刀川さんは振り返って笑う。
「大丈夫だろ。な、莉子」
太刀川さんが莉子ちゃんを見下ろす。莉子ちゃんは不安そうに、少しおどおどとして太刀川さんを見上げた。
「えっと……うん」
「……お前はもう少し、嘘の吐き方を覚えような」
太刀川さんが莉子ちゃんの頭をぽんぽんと叩く。その光景を、どこか悔しくなって見てた。悔しくなって?
「嘘の吐き方?」
「ま、嘘まで吐かなくてもいいけど。黙ってるってのも大事だぜ」
「黙っている……」
「あ。でも気持ちはもっと伝えろよ?」
「……難しいな」
「難しいことないって。ありのままでいろよ」
太刀川さんが莉子ちゃんの肩を叩くと、莉子ちゃんは安心したように笑う。面白くない、ずるい。太刀川さんが教えると、莉子ちゃんは素直に忠実に守ろうとする。理想の上司と部下の関係のはずだけど。胸の下あたりで、モヤモヤ燻るような想いがする。
「莉子ちゃん、帰ろ」
堪らず声をかける。莉子ちゃんが今度は俺を見上げる。トパーズの瞳に見つめられる。逃げ出したくなるのに離れられないような感覚に囚われる。
「うん、帰る」
莉子ちゃんは頷くと、隊室に荷物を取りに入った。すぐに出てきて、あくびをひとつする。
「じゃあ、お疲れ様でした」
「お疲れさん」
「お疲れーっす」
太刀川さんたちと別れて、ボーダー本部の廊下を歩く。静まり返っていて、照明も少し落とされている。莉子ちゃんは半歩俺に身を寄せて、袖の中腹を引っ張る。
「怖い?」
「暗いから……嫌」
「そっか」
左手で莉子ちゃんの手首を掴んで、右腕にしっかりと掴ませた。腕を組んで歩く。
「怖くないでしょ?」
「うん」
廊下に足音だけ響く。莉子ちゃんがなおも俺にひっついてきて、可愛いなぁと思う。本部を抜けると、温もりは離れていってしまう。それだけのことが、こんなにも寂しいと思う。
「地下通路じゃなくて、表の道行こうか」
地下通路だって、本部の廊下と変わらない。提案すると、莉子ちゃんは素直に頷く。
「星が綺麗だよ。初日の出も綺麗かもね」
「そうだね」
夜空を見上げる莉子ちゃんの息が、白くたなびいている。またひとつあくびをするから、伝染った。
「寒いね」
「寒い」
莉子ちゃんは復唱して、ぶるっと身震いした。毛糸の帽子をしているから、頭が撫でづらい。髪の襟足を、指で弄んだ。
「寄り道してもいい?」
「うーん……」
不安そうに迷っているから、冷えて赤くなった頬に触れて親指で撫でる。
「寄り道したくない?」
「したい」
「じゃあ付き合ってよ」
俺の誘いに、莉子ちゃんはしぱしぱと瞬きを繰り返して。
「分かった。いいよぉ」
「うん、そうしよう」
自分がほっとしたように笑みを溢したのに気付く。莉子ちゃんが不安そうにしたのは、夏の俺の行いのせいなのに。なんで莉子ちゃんが不安に思うことを繰り返すの?
(だって一緒にいたいもん)
子供のように、心の中で呟く。それ以上は追求せずに、莉子ちゃんと歩き出した。一緒にいたいんだからいいじゃん。それくらい。頭に触れられないから、そっと手を拐うように握った。莉子ちゃんはちらっと俺を見たあと、やんわりと握り返す。
「あったかいでしょ?」
「迅の手冷たいよ」
「ありゃ。そっかそっか」
でも、離してなんてやらなかった。駅前、いつも待ち合わせに使う公園に入る。なんとなく、ここが莉子ちゃんと俺の居場所な気がしている。莉子ちゃん家に1番近い公園は、弓場ちゃんのテリトリーだ。なんとなく、そんな感じ。高いところ、少しでも月に近いところに行きたいのか、俺はジャングルジムを登る。莉子ちゃんは俺の横まで登ってから、上手く座れなくて降りて。代わりに、滑り台を上がって滑らずに座り込んだ。これだと話が出来ないから、俺もジャングルジムを降りて滑り台に行く。高さは劣ってしまうけど、まぁ。滑り台は狭くて、横並びには座れない。ちょっと考えて、迷って、後ろから莉子ちゃんの首に腕を回して座る。莉子ちゃんは肩を揺らすけど、拒みはしなかった。悩みました、ちゃんと。悩んで、好きな未来を選んだんだ。さっき腕を組んだ時よりも、よほど暖かくて。自分の心音が早いことに気がついて、不安と高揚がないまぜになる。戦闘以外でこんな気分になるなんて、知らなかった。
「今年も終わるね」
「うん、終わる」
「どんな年だった?」
「うーん、いろいろあって大変だったなぁ」
莉子ちゃんが背中を俺の方へ倒すから、嬉しくなる。抱きしめたまま、髪先を弄って頬に触れて。躊躇わずに、莉子ちゃんを不安になんてさせずに、触れたらいいのに。
「しんどいこと多かったから、来年はもう少し落ち着くといいなぁ」
「……そうだね。助けるよ」
「うん、ありがとう。迅もなにかあったら言ってね」
なんだろう、急に切なくて寂しくなった。莉子ちゃんはいつだって優しくて、今もこうしてここにいるのに。
「……瞳が見たいんだけど、こっち見れる?」
「うーん」
莉子ちゃんが思い切り上を向いて、俺はそれを覗き込む。互い違いの顔。莉子ちゃんの瞳は暗くて瞳孔が大きくなっていて、微かな光を反射して金色に見えた。顎に沿って頬に手を置く。その手に莉子ちゃんが触れる。
「もういい?まだ?」
「ごめん、もういいよ。ありがとう」
莉子ちゃんは恥ずかしそうに、顔を前に戻した。首を左右に伸ばす。
「迅は来年はなにしたい?」
「来年?」
「もうすぐ2013年だよ」
そう言われると、そういえばそうだったと今更確認する。3月には、卒業で。19歳になる。進学はしてないから、ボーダーのことでより忙しくなるだろう。大きく未来が動き出す予感がしている。君に出会うまで、それが恐ろしいとは思ったことなかったのに。いつだって、怖くなるのはその瞬間に出会ってからだったのに。
「なにしようかなぁ」
「またのんびり、2人でいろんなことしようよ」
莉子ちゃんは、なにも疑わずにそう提案してくれる。
「……うん」
自分が涙声になったことに、心底驚いた。怖い、嫌だ。この時間を失うことが。全部かなぐり捨てられたら、なんて出来もしないことが頭をよぎる。
「いつも通りでもいいよ」
「そうだね」
そうだ、このいつも通りを守るために、捨てられないものがあるだけで。俺のこの気持ちが、ちっぽけで取るに足らないなんてことはないはずだ。いつか、莉子ちゃんを裏切るのだとしても。それまでは、傍にいていいはずだろ。もっと抱き寄せたい。滑り台の上が狭くて叶わない。
「来年もよろしくね」
「もちろん。俺の方こそ、よろしく」
遠くで除夜の鐘が鳴る。いっそう、空気は澄んだ気がする。莉子ちゃんが滑り台を滑り降りる。酷く焦って、慌てて俺も後を追う。莉子ちゃんが立ち上がって伸びをしている。たまらなくなって、強く抱き寄せた。莉子ちゃんがもぞもぞと動くので、ゆっくり身体を離して見つめ合う。
「どうした?」
「いや……」
俺が言葉を濁すと、莉子ちゃんは無邪気に抱きついてきた。面食らう。心臓がはっきり脈打つ。おそるおそる、背中に手を回す。やっぱり、離したくないと思う。
「あけましておめでとぉ。今年もよろしく」
莉子ちゃんの顔を見れば、そっと微笑んでいて。胸が締め付けられる。どこかで覚えたような。1番新しくあって、1番古いような。そんな感情に満たされる。
「あけましておめでとう」
顔を見ていたら、キスをしたいと初めて思った。振り払って掻き消した。自分が恐ろしくなって身体を離す。こんなことで莉子ちゃんを裏切りたくない。
「これからもよろしく」
今年もと言わなかったのは、運命だとか神様だとか呼ばれるものへの、ささやかな抵抗だったかもしれない。永遠にしてよ、今も、この先も。やすらぎをくれ、ほんの少しでも構わないから。
「うん」
莉子ちゃんは今日1番大きなあくびをした。そうだよね、眠いよね。帰ろう。俺は笑えていた。莉子ちゃんの額を撫でて、何事もないように手を繋いで。いつものこの時間より人通りの多い街を、ゆっくり歩く。終わりがあるからこそ意味がある旅だ。終わりまで一緒にいて欲しい人だ。一緒に苦しんでなんて言わないから、せめて一緒に笑ってくれ。どこに願えばいいか、俺は知らない。
初詣に行けばいいんじゃないか?と帰ってから思う。1月1日、初日の出よりだいぶ遅れて起きて。いつもより、随分眠れた気がする。伸びをしてあくびをして、携帯に手を伸ばす。『初詣、行かない?』連絡すれば、『今日と明日は東京のおじいちゃん家に行くの』と言う。
(別に3日以降でもいいよ)
そう送ろうとして、『3日は拓磨と行く』と返信が来たのが視えた。混ぜてよって言えなくて。
『じゃあ、落ち着いたら行こうね』
そう返信して、携帯を手放した。3日の莉子ちゃんが視えて。未来視を使えば、近所ならどこの神社に行くのかくらい分かる。しれっと会いに行こうかな。偶然のフリして。無理があるだろうな。でも、俺だって莉子ちゃんと初詣行きたい。心の内で駄々を捏ね始めた自分へ冷や水をかけるように、初詣に会ったら莉子ちゃんの顔色が曇る未来が視える。
(……やめよう)
でもでも、会いたい。あの2人、別れ際が家の真ん前だから困る。攫いに行けないじゃないか。一度起き上がったベッドに、もう一度身体を沈める。是が非でも会おうとしてる自分が可笑しい。なんでこんな、強引なことをしているんだろう?未来が崩れるかもしれない、危ない橋ばかり渡って。危ないと言っても、俺が失恋するってだけの話ではあるけど。弓場ちゃんの幸せそうな顔が視えて、眉間に皺を寄せた。自分が嫌になる。誰かの幸せな顔を見るのが、好きだったはずなのに。お前だけ幸せなのは、ずるい。なんでも莉子ちゃんの1番だなんて、ずるい。ずるいずるいずるい。俺はいつだって2番手だ。ダイヤモンドの代用品だなんて。嫌だ……
(俺はいま、なにをかんがえて)
ハッとなって、飛び起きる。頭を振る。2番手なのは、俺が望んだことのはずだ。俺の代わりに、莉子ちゃんを守ってくれる誰かが必要だったはずだ。莉子ちゃんの未来に責任なんて取れなくて、幸せにきっとしてあげられないから。助けてくれる誰かを求めていたはずだ。それが弓場ちゃんなのが嫌だ。弓場ちゃんだから嫌なのか?多分、太刀川さんでも嫌だし二宮さんでも嫌だ。
(俺が1番じゃなくちゃ、嫌だ)
自分が青ざめていくのが分かる。ダメだって、これ以上好きになったら。あくまで共犯者でいたいだけ。辛い時に、お互いもたれかかれる存在でありたいだけ。そうだったはずだろ。思い出すのは、昨日抱き締めた時のぬくもりで。気付いたら、取り返しのつかないところまで来ているような気がする。
(忘れよう忘れよう。見ないフリしよう)
もがいてあがいても、なんとかして欲しくて今、会いたいのはやっぱり君。会ったら会っただけ、きっと好きになるだろうに。顔を洗いに洗面所へ行く。顔が水に濡れて冷えれば、石鹸と一緒に思考も洗い落ちる気がする。
(俺は莉子ちゃんには、そのままでいて欲しい)
俺のために何かを犠牲にして欲しくないし、俺もしない。その中で1番になれたなら良かったのかもしれないけど、1番になれたらなれたで俺が苦しいだろう。俺が苦しかったら、莉子ちゃんも苦しむ。それは避けたい。俺は、莉子ちゃんが誰を1番に想っていても、それを受け入れてまるごと愛さなきゃならない。きっとそれが、成功への道だ。
(もっと話そう。もっと視ていよう。もっと知りたいから)
それが難しいとしても、なんとか時間も労力も作ろう。無理をすることをよしとしない君でも、それくらいなら許してくれるでしょ。無理してでも会いたいから。それは分かってよ。部屋に戻って携帯を確認すると、返信が来ていた。
『1月5日なら、時間あると思う』
5日ね、了解。返信をして、決まった未来の予習をする。きっと、他の人よりは君がいなくて寂しい時間は少ないんだろう。でも最近は、視えたら視えたでどうしても会いたくなる時があるよ。時計を早回しにしたいなんて、願ったのは初めてだ。初めてのことが多くて、戸惑うけど。君の隣にいる、未来を生きたいと願ってしまうよ。