ボツの部屋
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日に日に募って、重たくなっていく。どんな形でも傍にいられればいいと思う瞬間がある。他の誰よりも俺だけを見てて欲しいのは相変わらず。特別になりたい、今だって特別なんだろうけど、もっと。全て捧げてしまっても構わないけど、お前はそれを望まないだろう。
梅雨入りして、連日雨が降る。莉子が午前中に任務で、俺も講義が午前中にしか入ってなかったから、迎えに行った。傘を並べて歩く。莉子は大きくて辛子色の傘を差している。俺は黒い折り畳み傘。邪魔だなと思う。顔も見れないし、手も繋げない。雨が止んでも、なにも出来ないだろうけど。出来ないくせに、寂しくて仕方ないんだ。莉子は誕生日のあの日より、どことなく他所他所しくて。またなにかを遠慮するように、言葉数が少ないのが気がかりだ。
「今年は雨が多いから、紫陽花が綺麗に咲いたねぇ」
莉子が青紫の紫陽花の前で、少し立ち止まって。葉に雨露が溜まって、滴り落ちていく。花は綺麗だと思ったけれど、なんとなくつまらなくて。でも、早く行こうなんて言うのは可哀想に思う。じっと、莉子の気が済むのを待った。そのうち、離れて歩き出す。家まで、あと100m。
「このあと、」
「うん?」
口の中が渇く。舌がもつれそうになる。声が震えないように、大きく息を吐いた。
「俺の部屋、来るか?」
「行くー」
なんでもないように言われる。もうちょっと警戒とか。いや、気安く遊びに来てくれた方が。自分でも、莉子にどうして欲しいのかが、分からない。ピンクの紫陽花が目に入る。早く帰りたくて、莉子に教えたりはしなかった。
一度着替えてこいと、家に帰した。10分もしないうちに莉子はやってきた。足首の見える、少し短い丈のジーンズ。Tシャツは灰色で恐竜がプリントされたやつ。つまりは、完全に気を抜いてるやつだ。母親に捕まる前に、自分の部屋に通した。莉子は真っ先に定位置に座る。俺のベッドの縁に。俺は勉強机の、キャスター付きの椅子。しばらく、沈黙が訪れる。雨が多いのをいいことに、莉子を部屋に誘う日は増えた。いろいろと我慢する時間は、伸びた。少しずつ関係は巻き戻っている気がするけど、やはり元通りとはいかないみたいだ。莉子は何故かキョロキョロと部屋を見ていて、やっぱりどこか他所他所しい。なにかに気づいて欲しいのか、反対にバレたくないことがあるのか。
「どうした」
「なんでもないよ」
莉子は嘘は吐かないけれど、隠したりはぐらかすことはよくある。椅子をベッドの前に持ってきて、膝を突き合わせる。
「なにか、隠し事してないか?」
「ん」
莉子はあからさまに俯いて、表情に影が差した。分かりやすい奴。愛しく想って、頬に手が伸びて親指で撫ぜる。莉子が目を細める。思わず口付けようとしそうなのを、ぐっと堪える。
「しんどいくらいなら、話せ」
「怒られたくない……」
「俺が怒るようなことなのか?」
「分からないけど、怒りそう。嫌われたくない」
「嫌いになるわけないだろ」
当然のように口から滑り落ちた。顔に熱が集まる。なにを今更。莉子は変わらず浮かない顔で。頬を撫でるのをやめた、触ってちゃいけない気がして。
「……絶対怒らないから、話してくれ」
「絶対?」
「絶対。約束する」
莉子は顔を上げた。迷いを映した、橙の瞳。君が不安に思うこと、悲しみの全てを、取り払って俺だけのものに出来たなら。でもお前は優しいから、全部など預けてはくれないし、持ちきれない分はいろんな人に配って歩く。その姿が、どうしようもなく正しくて、俺はなにも言えないんだ。俺だけ、なんて言えない。
「あのね」
莉子は恐る恐る話し始めた。聞き逃さないように、耳に集中する。
「玉狛に行って、シャワー借りた」
「うん?」
「雨に濡れて、シャワー借りて、迅の服も借りた」
「は」
そうはならねぇだろうが。雨に濡れた時点で家に帰せよ。ぐつぐつと腹の中で煮えたぎる。
「怒らないって、言った」
「……悪い」
大きく息を吐いた。莉子が肩を揺らすから、安心させようと手を取った。あまりにも小さくて、温かい手。軽く揉みながら、努めて優しい声を出す。
「危ないだろ。そんな無防備でいたら」
「別に、平気」
「俺が平気じゃない」
「なんで?」
言い返されて、墓穴を掘ったと思った。溢れた言葉は返ってこないし、訂正しても仕方がない。誤魔化す言葉を探す。
「…………心配だから」
「うん……」
納得したのか、莉子は俯いて繋がれた手を見つめる。手遊びするように、握ったり撫でたりしている。俺も合わせて手を動かす。絡む指が、もつれて離れて。それだけで全て満たされて、それだけでは到底足りないとサイレンが鳴っている。
「迅と仲良くして、拓磨に後ろめたくなるのが、嫌だ。しんどい」
「…………そうか」
それしか言葉が出なかった。ただの幼馴染に、気を遣ってもらって申し訳ない。後ろめたさがなくなった時が、俺の恋心の最期だろうか。莉子の恋心の、足枷にしかなれないのか。そうじゃないと、信じたい。
「莉子が苦しくなるなら、そんなこと考えなくていい。考えなくていいけど、自分の身体は大事にしてくれ」
「うん……」
「なにかあってからじゃ、遅いんだから」
「うん」
莉子は俺の手を持ち上げると、自分の頭の上に置いた。望むまま、撫でてやる。莉子が笑う。よかったと心の底から安心する。
「あのね」
「うん」
「その……うんと」
「どうした?」
撫でるのをやめて、また手を繋ぐ。莉子の手の甲を撫でる。莉子はまばたきをして、息を吸い込んだ。
「拓磨の前では、無防備でいていいの?」
「な」
なんてこと言うんだ。勿論ダメです、本当は。でもごめんなさい、俺の前でだけなんて、甘えたことを思っていました。俺の前だけと独り占めしたくて、今じゃないといつも劣情を噛み殺してきました。知らなくていいです、なにも知らないでいて。それから、もしも間違えてしまっても、怒らないで欲しくて。でも出来ることなら、受け入れるだけでなく応えて欲しくて。そんなことがぐるぐると巡る。目頭が熱くて、瞳が潤む。どうしようもなく切なくて、欲しくて、好きで。
「ダメ?」
「だ、ダメじゃない。いや、やっぱりダメ。絶対ダメ」
手を離して、自分の髪をかきあげた。混乱している。呼吸が浅い。執拗に眼鏡に触れて。莉子の顔なんて見れない、怖い。自分も莉子も。莉子が小さくため息を吐いた。なんで。
「ごめん、変なこと聞いた」
そう言って、莉子は勝手に毛布に包まると、俺に背中を向けて横になってしまった。え、ダメって言ったよな俺。言ったはずなんだけど。でも、不貞腐れて眠ってしまったことが、可愛くて仕方なくて。どうでもよくなってしまう。そのまま自分もベッドに上がり込もうとするのを、なけなしの理性で抑えつける。ベッドを離れて、椅子を勉強机の前に戻す。窓を見れば、雨は上がったようで。こうやって辛抱強く耐えていれば、いつかは報われるだろうか。莉子を傷つけるものは許せないから、たとえ自分であっても。
(莉子の気持ちが知りたい、分かりきっているけど確かめたい。恋人になりたい)
恋人になりたい。俺が言うからじゃなく、莉子の意思で選んで欲しい。でもそんなこと言ってる余裕もなくなってきた。押し倒してでも、是が非でも欲しくて。順序を間違えてしまう前に、ヤケクソになってしまう前に。大事にしすぎた、告白をしなくては。去年の夏から、気持ちを知られるのを恐れてきたけど、どうせバレバレだし。想いを告げて、結ばれよう。あ、ダメだやっぱり怖い。フラれたら死にたくなる。でも、どこかでフラれるわけないと思っている俺は、甘ったれで狡いのだろう。
梅雨入りして、連日雨が降る。莉子が午前中に任務で、俺も講義が午前中にしか入ってなかったから、迎えに行った。傘を並べて歩く。莉子は大きくて辛子色の傘を差している。俺は黒い折り畳み傘。邪魔だなと思う。顔も見れないし、手も繋げない。雨が止んでも、なにも出来ないだろうけど。出来ないくせに、寂しくて仕方ないんだ。莉子は誕生日のあの日より、どことなく他所他所しくて。またなにかを遠慮するように、言葉数が少ないのが気がかりだ。
「今年は雨が多いから、紫陽花が綺麗に咲いたねぇ」
莉子が青紫の紫陽花の前で、少し立ち止まって。葉に雨露が溜まって、滴り落ちていく。花は綺麗だと思ったけれど、なんとなくつまらなくて。でも、早く行こうなんて言うのは可哀想に思う。じっと、莉子の気が済むのを待った。そのうち、離れて歩き出す。家まで、あと100m。
「このあと、」
「うん?」
口の中が渇く。舌がもつれそうになる。声が震えないように、大きく息を吐いた。
「俺の部屋、来るか?」
「行くー」
なんでもないように言われる。もうちょっと警戒とか。いや、気安く遊びに来てくれた方が。自分でも、莉子にどうして欲しいのかが、分からない。ピンクの紫陽花が目に入る。早く帰りたくて、莉子に教えたりはしなかった。
一度着替えてこいと、家に帰した。10分もしないうちに莉子はやってきた。足首の見える、少し短い丈のジーンズ。Tシャツは灰色で恐竜がプリントされたやつ。つまりは、完全に気を抜いてるやつだ。母親に捕まる前に、自分の部屋に通した。莉子は真っ先に定位置に座る。俺のベッドの縁に。俺は勉強机の、キャスター付きの椅子。しばらく、沈黙が訪れる。雨が多いのをいいことに、莉子を部屋に誘う日は増えた。いろいろと我慢する時間は、伸びた。少しずつ関係は巻き戻っている気がするけど、やはり元通りとはいかないみたいだ。莉子は何故かキョロキョロと部屋を見ていて、やっぱりどこか他所他所しい。なにかに気づいて欲しいのか、反対にバレたくないことがあるのか。
「どうした」
「なんでもないよ」
莉子は嘘は吐かないけれど、隠したりはぐらかすことはよくある。椅子をベッドの前に持ってきて、膝を突き合わせる。
「なにか、隠し事してないか?」
「ん」
莉子はあからさまに俯いて、表情に影が差した。分かりやすい奴。愛しく想って、頬に手が伸びて親指で撫ぜる。莉子が目を細める。思わず口付けようとしそうなのを、ぐっと堪える。
「しんどいくらいなら、話せ」
「怒られたくない……」
「俺が怒るようなことなのか?」
「分からないけど、怒りそう。嫌われたくない」
「嫌いになるわけないだろ」
当然のように口から滑り落ちた。顔に熱が集まる。なにを今更。莉子は変わらず浮かない顔で。頬を撫でるのをやめた、触ってちゃいけない気がして。
「……絶対怒らないから、話してくれ」
「絶対?」
「絶対。約束する」
莉子は顔を上げた。迷いを映した、橙の瞳。君が不安に思うこと、悲しみの全てを、取り払って俺だけのものに出来たなら。でもお前は優しいから、全部など預けてはくれないし、持ちきれない分はいろんな人に配って歩く。その姿が、どうしようもなく正しくて、俺はなにも言えないんだ。俺だけ、なんて言えない。
「あのね」
莉子は恐る恐る話し始めた。聞き逃さないように、耳に集中する。
「玉狛に行って、シャワー借りた」
「うん?」
「雨に濡れて、シャワー借りて、迅の服も借りた」
「は」
そうはならねぇだろうが。雨に濡れた時点で家に帰せよ。ぐつぐつと腹の中で煮えたぎる。
「怒らないって、言った」
「……悪い」
大きく息を吐いた。莉子が肩を揺らすから、安心させようと手を取った。あまりにも小さくて、温かい手。軽く揉みながら、努めて優しい声を出す。
「危ないだろ。そんな無防備でいたら」
「別に、平気」
「俺が平気じゃない」
「なんで?」
言い返されて、墓穴を掘ったと思った。溢れた言葉は返ってこないし、訂正しても仕方がない。誤魔化す言葉を探す。
「…………心配だから」
「うん……」
納得したのか、莉子は俯いて繋がれた手を見つめる。手遊びするように、握ったり撫でたりしている。俺も合わせて手を動かす。絡む指が、もつれて離れて。それだけで全て満たされて、それだけでは到底足りないとサイレンが鳴っている。
「迅と仲良くして、拓磨に後ろめたくなるのが、嫌だ。しんどい」
「…………そうか」
それしか言葉が出なかった。ただの幼馴染に、気を遣ってもらって申し訳ない。後ろめたさがなくなった時が、俺の恋心の最期だろうか。莉子の恋心の、足枷にしかなれないのか。そうじゃないと、信じたい。
「莉子が苦しくなるなら、そんなこと考えなくていい。考えなくていいけど、自分の身体は大事にしてくれ」
「うん……」
「なにかあってからじゃ、遅いんだから」
「うん」
莉子は俺の手を持ち上げると、自分の頭の上に置いた。望むまま、撫でてやる。莉子が笑う。よかったと心の底から安心する。
「あのね」
「うん」
「その……うんと」
「どうした?」
撫でるのをやめて、また手を繋ぐ。莉子の手の甲を撫でる。莉子はまばたきをして、息を吸い込んだ。
「拓磨の前では、無防備でいていいの?」
「な」
なんてこと言うんだ。勿論ダメです、本当は。でもごめんなさい、俺の前でだけなんて、甘えたことを思っていました。俺の前だけと独り占めしたくて、今じゃないといつも劣情を噛み殺してきました。知らなくていいです、なにも知らないでいて。それから、もしも間違えてしまっても、怒らないで欲しくて。でも出来ることなら、受け入れるだけでなく応えて欲しくて。そんなことがぐるぐると巡る。目頭が熱くて、瞳が潤む。どうしようもなく切なくて、欲しくて、好きで。
「ダメ?」
「だ、ダメじゃない。いや、やっぱりダメ。絶対ダメ」
手を離して、自分の髪をかきあげた。混乱している。呼吸が浅い。執拗に眼鏡に触れて。莉子の顔なんて見れない、怖い。自分も莉子も。莉子が小さくため息を吐いた。なんで。
「ごめん、変なこと聞いた」
そう言って、莉子は勝手に毛布に包まると、俺に背中を向けて横になってしまった。え、ダメって言ったよな俺。言ったはずなんだけど。でも、不貞腐れて眠ってしまったことが、可愛くて仕方なくて。どうでもよくなってしまう。そのまま自分もベッドに上がり込もうとするのを、なけなしの理性で抑えつける。ベッドを離れて、椅子を勉強机の前に戻す。窓を見れば、雨は上がったようで。こうやって辛抱強く耐えていれば、いつかは報われるだろうか。莉子を傷つけるものは許せないから、たとえ自分であっても。
(莉子の気持ちが知りたい、分かりきっているけど確かめたい。恋人になりたい)
恋人になりたい。俺が言うからじゃなく、莉子の意思で選んで欲しい。でもそんなこと言ってる余裕もなくなってきた。押し倒してでも、是が非でも欲しくて。順序を間違えてしまう前に、ヤケクソになってしまう前に。大事にしすぎた、告白をしなくては。去年の夏から、気持ちを知られるのを恐れてきたけど、どうせバレバレだし。想いを告げて、結ばれよう。あ、ダメだやっぱり怖い。フラれたら死にたくなる。でも、どこかでフラれるわけないと思っている俺は、甘ったれで狡いのだろう。