ボツの部屋
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夜中、外から不気味な鳴き声が聞こえて魘された。朝起きて母に確認したら、そんな音はなかったそうだ。寝ている時、不気味な鳴き声が聞こえたり、無数の蜘蛛が天井を這っていったり、ドブネズミが自分の身体の上を走り去っていったりする。幻聴や幻視の類い。やはり自分は精神を病んでいるのだなと実感する。元気な方だけど。最近は、自分の在り方に文句を言われたので、だいぶ元気がない。しんどい。
『おはよ。することないなら、散歩に行こうよ』
遅めの起床、携帯を見れば迅からそう連絡が来ていた。少し背筋が伸びる。
『いいよ』
着替えながら、そう返信する。このままでいいんだろうか、とぼんやりと考える。変われないのは、変わらないのを選択しているからだとアドラーが確か言っていた。選ばないだって、選択のひとつだと太刀川さんも言っていた。これでも、あの日よりは変わったと思うんだけどな。まだ許されないのかな。
(しんどい時に、誰を頼ったらいいんだろう)
昔から思い浮かぶのは拓磨の顔。頼ってばかりではダメだと変わろうとした。頼りに出来る人も増えた。それでも、誰を頼るのが正解なのかは分からない。このままでいいんだろうか。頼ってもいいと言われても、どうしたって遠慮して迷ってしまうよ。それが何故なのかも、上手く言葉に出来なくて。
「元気ないねぇ」
迅に会ったら開口一番にそう言われて、それでも口をつぐんだ。迅は優しく笑いながら、私の頭を撫でる。
「大丈夫だよ、今は辛くても出口はあるからね」
頷きながら、泣きそうになる。迅はいとも容易く私を胸に引き寄せて、背中を叩く。
「俺が連れていくから、大丈夫」
このままでいいんだろうか。与えられる優しさを疑ったりはしない。けれど、信じてしまうことが怖い。信じて、頼りにして、それを誰かに咎められるのが怖い。
「寒いから、歩こう」
迅が私の手を引く。冷たい北風が吹き抜ける。薄い雲が空全体を覆っていて、どこか物寂しい日だ。指が冷たくて、迅の手を握り込んだ。迅は繋いだ手を自分のポケットに突っ込む。
「少しはマシ?」
「うん、少しはマシ」
迅は空いた手でまた私の頭を撫でる。いつもよりゆっくり歩く。行き先は決めてないけど、いつも行くのとは逆の方向、駅から離れていく方へ歩いた。なにも尋ねなかった。
「少しずつでいいよ」
迅の言葉を、はっきりしない頭で受け止めた。意味を汲み損ねて、それでも言葉には出来ずに話の続きを待った。
「なんでも出来るようにならなくて、いいよ」
「出来ないことが、多すぎるよ」
「それでもいいよ。それが莉子ちゃんでしょ」
涙が溢れないように、空を見上げる。答えはそこにない。
「いつもの莉子ちゃんは、苦手なことはしないって割り切るでしょ。出来ないことを出来ることで補ってきたでしょ。それでいいんだよ」
歩くのをやめれば、迅も立ち止まる。顔を見上げれば、今度は額を撫でられた。撫でてくれる手を両手で包んで、もっととせがんだ。
「上手いこと頑張ってきたのに、真木ちゃんに否定されてびっくりしたね」
「うん」
「よく頑張った。大丈夫だよ」
「うん」
頬を涙がつたう。目を擦ろうとすると迅が止めるので、無防備になった胸に飛び込んだ。迅が緩く息を吐いて、笑ったのが分かる。しばらく、そのままでいてくれた。
「お昼、どうする?」
「もうちょい歩いたとこ、蕎麦屋さんある」
「よく知ってるねぇ。じゃあ、今日はそこにしようか」
もう一度、手を繋ぐ。心配事の、ひとつは解消したような気がする。それでもしばらくは、具合が悪いだろうけど。小さな畑の横を通り過ぎる。ツグミが地面を跳ねて、餌を探している。ツグミも春になれば、北へ飛び立つだろう。そうして、今度はツバメがやってくる。季節は巡っていく。次にツグミを見る頃まで、なにが変わってなにが変わらないだろう。
「まだなにか心配そうだね?」
蕎麦を食べ終わって、迅がそう言って首を傾げた。私は視線を落としてしまう。迅の手が伸びてきて、私の顎をすくう。迅の蒼い瞳に私が映る。頭を振って、振り払いまた下を向く。迅が小さくため息を吐いたのに震えて、それを気遣うようにまた撫でられる。
「……しんどい時に、」
「うん」
「素直に拓磨に会いにいけなくて、しんどかった」
「そっか」
迅は私の頬を柔く叩く。
「俺じゃ……いや、ごめん。なんでもない」
「迅がいてくれて助かってるし、嬉しい。ありがとう」
「うん……ありがとう」
迅は照れ臭そうに視線を外し、頬に触れるのをやめた。
「迅に不満があるわけじゃないの。迅がいるんだから、それで充分なのも分かってるの」
でも、だって。迅の代わりがいないように、拓磨の代わりなんているわけないじゃんか。誰かを誰かの代わりになんて、出来るわけないじゃないか。
「拓磨がいないと、寂しい」
「……そうだね」
「頼ってもいいって言われたけど、どう頼っていいかが分からない」
「……別に無理に頼る必要もないと思うけど」
「うん……」
迅は私の顔を見ると、安心させるような笑顔を見せて、また頬に触れた。
「莉子ちゃんが甘えたいと思うなら、好きなだけ甘えたらいいよ。それを拒否する奴じゃないから」
「甘えないように、頑張ってきたのに」
「……たくさん頑張ったね。でも、いいんだよ」
泣き出しそうになって、テーブルに腕を投げ出して突っ伏した。迅が私の癖っ毛を弄んでいる。店の端に置かれたテレビが、午後のワイドショーを流す。窓から陽が差し込んだ。拓磨と喧嘩しているわけではないのに、ずっと遠慮と気まずさが付きまとう。いい加減、疲れてきて。大好きなはずなのに。
「私は薄情なんだろうか?」
「多情なだけじゃない?」
「売女なんだろか……」
拓磨のことが大好きだけど嫌で、迅のことも好きで甘えて。
「なにそれ、誰かに言われた?」
首を横に振って顔を上げると、少し不機嫌そうな迅の顔があり、面食らう。
「言われてもいないこと、勝手に想像しない!」
「ぶ」
迅に鼻を摘まれて、手で抑える。さらに手刀でチョップされる。痛くはない。
「いろんな視点で物事考えるの、莉子ちゃんのすごいとこだけど。自分が傷つくような想像はしないよ」
「うーん」
「素直な自分の気持ちを大事にして」
「うーん……」
もう一度突っ伏すと、ため息が聞こえる。迅は投げ出された私の両手を握った。そっと親指で手の甲を撫でられる。
「素直すぎたら、みっともないこともあるじゃん」
「みっともなくたっていいよ」
「わがままなこともあるじゃん」
「わがままだっていい」
「うーん!」
私が唸ると、迅は苦笑した。迅はいいかもしれないけどさぁ。眉間に皺を寄せる拓磨の顔が浮かぶ。
「…………俺はさ、未来が視えるけど」
迅の声が、少し憂いを帯びたから。慌てて顔を見る。迅は少しだけ視線をずらした。
「俺が視てる未来と、みんなが見てる未来が、違うんじゃないかってたまに怖いよ」
「?そりゃ、違うんじゃない?」
迅は弾かれるように私に視線を戻した。私の瞳に君を映す。
「同じ形のものでも、人によって名付け方は違うんだからさ」
同じ光景を見たって、感想は人それぞれだ。絶対的に正しい感じ方などない。
「迅が人より先を視てるからといって、誰かの答えまでは変えられないよ」
「……うーん」
今度は迅が頭の後ろを掻いて、唸り始めた。手を伸ばして、迅の頬に触れる。ほんのりと桜色に染まったのを見て、笑う。迅はじとーっとした視線を寄越した後、そっぽを向いた。
「同じ未来を視たいのに……」
「みんなそれぞれ違うから、全員が同じは無理だよ」
「…………」
迅は不貞腐れたように口を尖らせていたけど、やがて大きく息を吐いて伸びをした。それから、切り替えたように私へ笑みを向ける。
「元気になった?」
「あっ」
やはり人の心配をすると自分のことを忘れることが出来る。
「元気出てきた〜」
「よかった。弓場ちゃんと仲直り出来るといいね」
「うん!」
迅と手を合わせる。どちらともなく席を立った。店を出ると、雲は切れて青空が覗いていた。陽の光が冷えた大地に降り注ぐ。暖かさ、春の気配を感じながら、迅と歩く。ツグミが飛び立つ頃には、今より少し成長出来るはずだ。このままでもいいから、せめて未熟でも心だけは、成長を続けたい。出口の向こう側までも、走っていかなきゃいけないから。
『おはよ。することないなら、散歩に行こうよ』
遅めの起床、携帯を見れば迅からそう連絡が来ていた。少し背筋が伸びる。
『いいよ』
着替えながら、そう返信する。このままでいいんだろうか、とぼんやりと考える。変われないのは、変わらないのを選択しているからだとアドラーが確か言っていた。選ばないだって、選択のひとつだと太刀川さんも言っていた。これでも、あの日よりは変わったと思うんだけどな。まだ許されないのかな。
(しんどい時に、誰を頼ったらいいんだろう)
昔から思い浮かぶのは拓磨の顔。頼ってばかりではダメだと変わろうとした。頼りに出来る人も増えた。それでも、誰を頼るのが正解なのかは分からない。このままでいいんだろうか。頼ってもいいと言われても、どうしたって遠慮して迷ってしまうよ。それが何故なのかも、上手く言葉に出来なくて。
「元気ないねぇ」
迅に会ったら開口一番にそう言われて、それでも口をつぐんだ。迅は優しく笑いながら、私の頭を撫でる。
「大丈夫だよ、今は辛くても出口はあるからね」
頷きながら、泣きそうになる。迅はいとも容易く私を胸に引き寄せて、背中を叩く。
「俺が連れていくから、大丈夫」
このままでいいんだろうか。与えられる優しさを疑ったりはしない。けれど、信じてしまうことが怖い。信じて、頼りにして、それを誰かに咎められるのが怖い。
「寒いから、歩こう」
迅が私の手を引く。冷たい北風が吹き抜ける。薄い雲が空全体を覆っていて、どこか物寂しい日だ。指が冷たくて、迅の手を握り込んだ。迅は繋いだ手を自分のポケットに突っ込む。
「少しはマシ?」
「うん、少しはマシ」
迅は空いた手でまた私の頭を撫でる。いつもよりゆっくり歩く。行き先は決めてないけど、いつも行くのとは逆の方向、駅から離れていく方へ歩いた。なにも尋ねなかった。
「少しずつでいいよ」
迅の言葉を、はっきりしない頭で受け止めた。意味を汲み損ねて、それでも言葉には出来ずに話の続きを待った。
「なんでも出来るようにならなくて、いいよ」
「出来ないことが、多すぎるよ」
「それでもいいよ。それが莉子ちゃんでしょ」
涙が溢れないように、空を見上げる。答えはそこにない。
「いつもの莉子ちゃんは、苦手なことはしないって割り切るでしょ。出来ないことを出来ることで補ってきたでしょ。それでいいんだよ」
歩くのをやめれば、迅も立ち止まる。顔を見上げれば、今度は額を撫でられた。撫でてくれる手を両手で包んで、もっととせがんだ。
「上手いこと頑張ってきたのに、真木ちゃんに否定されてびっくりしたね」
「うん」
「よく頑張った。大丈夫だよ」
「うん」
頬を涙がつたう。目を擦ろうとすると迅が止めるので、無防備になった胸に飛び込んだ。迅が緩く息を吐いて、笑ったのが分かる。しばらく、そのままでいてくれた。
「お昼、どうする?」
「もうちょい歩いたとこ、蕎麦屋さんある」
「よく知ってるねぇ。じゃあ、今日はそこにしようか」
もう一度、手を繋ぐ。心配事の、ひとつは解消したような気がする。それでもしばらくは、具合が悪いだろうけど。小さな畑の横を通り過ぎる。ツグミが地面を跳ねて、餌を探している。ツグミも春になれば、北へ飛び立つだろう。そうして、今度はツバメがやってくる。季節は巡っていく。次にツグミを見る頃まで、なにが変わってなにが変わらないだろう。
「まだなにか心配そうだね?」
蕎麦を食べ終わって、迅がそう言って首を傾げた。私は視線を落としてしまう。迅の手が伸びてきて、私の顎をすくう。迅の蒼い瞳に私が映る。頭を振って、振り払いまた下を向く。迅が小さくため息を吐いたのに震えて、それを気遣うようにまた撫でられる。
「……しんどい時に、」
「うん」
「素直に拓磨に会いにいけなくて、しんどかった」
「そっか」
迅は私の頬を柔く叩く。
「俺じゃ……いや、ごめん。なんでもない」
「迅がいてくれて助かってるし、嬉しい。ありがとう」
「うん……ありがとう」
迅は照れ臭そうに視線を外し、頬に触れるのをやめた。
「迅に不満があるわけじゃないの。迅がいるんだから、それで充分なのも分かってるの」
でも、だって。迅の代わりがいないように、拓磨の代わりなんているわけないじゃんか。誰かを誰かの代わりになんて、出来るわけないじゃないか。
「拓磨がいないと、寂しい」
「……そうだね」
「頼ってもいいって言われたけど、どう頼っていいかが分からない」
「……別に無理に頼る必要もないと思うけど」
「うん……」
迅は私の顔を見ると、安心させるような笑顔を見せて、また頬に触れた。
「莉子ちゃんが甘えたいと思うなら、好きなだけ甘えたらいいよ。それを拒否する奴じゃないから」
「甘えないように、頑張ってきたのに」
「……たくさん頑張ったね。でも、いいんだよ」
泣き出しそうになって、テーブルに腕を投げ出して突っ伏した。迅が私の癖っ毛を弄んでいる。店の端に置かれたテレビが、午後のワイドショーを流す。窓から陽が差し込んだ。拓磨と喧嘩しているわけではないのに、ずっと遠慮と気まずさが付きまとう。いい加減、疲れてきて。大好きなはずなのに。
「私は薄情なんだろうか?」
「多情なだけじゃない?」
「売女なんだろか……」
拓磨のことが大好きだけど嫌で、迅のことも好きで甘えて。
「なにそれ、誰かに言われた?」
首を横に振って顔を上げると、少し不機嫌そうな迅の顔があり、面食らう。
「言われてもいないこと、勝手に想像しない!」
「ぶ」
迅に鼻を摘まれて、手で抑える。さらに手刀でチョップされる。痛くはない。
「いろんな視点で物事考えるの、莉子ちゃんのすごいとこだけど。自分が傷つくような想像はしないよ」
「うーん」
「素直な自分の気持ちを大事にして」
「うーん……」
もう一度突っ伏すと、ため息が聞こえる。迅は投げ出された私の両手を握った。そっと親指で手の甲を撫でられる。
「素直すぎたら、みっともないこともあるじゃん」
「みっともなくたっていいよ」
「わがままなこともあるじゃん」
「わがままだっていい」
「うーん!」
私が唸ると、迅は苦笑した。迅はいいかもしれないけどさぁ。眉間に皺を寄せる拓磨の顔が浮かぶ。
「…………俺はさ、未来が視えるけど」
迅の声が、少し憂いを帯びたから。慌てて顔を見る。迅は少しだけ視線をずらした。
「俺が視てる未来と、みんなが見てる未来が、違うんじゃないかってたまに怖いよ」
「?そりゃ、違うんじゃない?」
迅は弾かれるように私に視線を戻した。私の瞳に君を映す。
「同じ形のものでも、人によって名付け方は違うんだからさ」
同じ光景を見たって、感想は人それぞれだ。絶対的に正しい感じ方などない。
「迅が人より先を視てるからといって、誰かの答えまでは変えられないよ」
「……うーん」
今度は迅が頭の後ろを掻いて、唸り始めた。手を伸ばして、迅の頬に触れる。ほんのりと桜色に染まったのを見て、笑う。迅はじとーっとした視線を寄越した後、そっぽを向いた。
「同じ未来を視たいのに……」
「みんなそれぞれ違うから、全員が同じは無理だよ」
「…………」
迅は不貞腐れたように口を尖らせていたけど、やがて大きく息を吐いて伸びをした。それから、切り替えたように私へ笑みを向ける。
「元気になった?」
「あっ」
やはり人の心配をすると自分のことを忘れることが出来る。
「元気出てきた〜」
「よかった。弓場ちゃんと仲直り出来るといいね」
「うん!」
迅と手を合わせる。どちらともなく席を立った。店を出ると、雲は切れて青空が覗いていた。陽の光が冷えた大地に降り注ぐ。暖かさ、春の気配を感じながら、迅と歩く。ツグミが飛び立つ頃には、今より少し成長出来るはずだ。このままでもいいから、せめて未熟でも心だけは、成長を続けたい。出口の向こう側までも、走っていかなきゃいけないから。