序章/プロトタイプ
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
やってしまった。喉を痛めて、2日朝配信をサボったら、やる気が出なくなって動けなくなってしまった。3日間なにも出来ていない。昼過ぎまで寝て、お昼を食べたらまた寝て、夕飯を食べ、なんとかシャワーは浴びて、また寝る。いつまでも寝ていられる。眠くはないが、動けない。身体も気分も怠い。なにかしなければと不安に襲われる。安心を得たくて眠る。結果、なにも出来ないので起きると不安になる。さらに眠る。その繰り返し。防衛任務は一回休んでしまった。次の任務は3日後。行けるか心配で自分を追い詰めてしまい、余計に動けなくなる。なんとかしなければ。
(きっかけさえあれば)
自分で自分をコントロールすることは、難しい。浮上するきっかけを、自分で作れれば苦労はしない。やろうという気持ちはある。集中出来なくて取り組めないのだ。ぼんやりとTwitterとLINEを行き来する。ピコン、と1通LINEが入った。
(東さん……)
東さんからのLINEを開く。調子はどうだ。大丈夫か?との気遣いのあとに、お誘いのメッセージが来ていた。
『明後日、林藤さんと渓流釣りに行くけど、一緒に来るか?』
明後日なら、任務の前日だ。釣りには行きたい。重たい身体を起こして、返信を打つ。
『行きたいです。でも、直前にならないと行けるか分かんないです』
『全然大丈夫だよ。当日行けそうなら、朝8時までに声かけて。迎えに行く』
緩い約束は大変助かる。身体的にも、精神的にも。了解です、のスタンプを送る。
『いつもありがとうございます。楽しみにしてます!』
東さんからわくわくのスタンプが送られてくる。私もスタンプを返す。よし。明後日か。明後日から本気出す。行かなきゃとプレッシャーにはならないように、けど楽しみにすることにした。
当日、なんとか7時に目覚めて、東さんに行けると連絡した。8時に東さんが家の前まで車で来てくれた。リュックに貴重品だけ詰めて、ほとんど手ぶらで乗り込む。助手席には林藤さんが座る。
「思ったより元気そうじゃん」
「幾分、いつもより大人しいですよ。な?」
「うい」
まだ喋る元気がなくて、返事だけする。後部座席に座った。車が発進する。
「横になっちゃっていいからな。着くまで寝ていれば」
東さんがそう言うので、黙って横になり目を瞑った。東さんと林藤さんの会話をぼんやり聞きながら、うつらうつらとしていた。車の窓から覗く空をたまに眺めて、周りが建物から木々に移り変わるのを実感していた。2時間ほど走ったところで、車が止まる。
「着いたぞー」
林藤さんの声で、のそりと起き上がる。東さんが川縁にテントを運んで組み立てている。林藤さんはクーラーボックスやら釣具やらを運んでいる。私もなにか運ぼうと、なにやら大きな鞄を手に取る。
「お、それ重いぞ。こっち持っていけ」
林藤さんにクーラーボックスと交換される。とりあえず、クーラーボックスを川縁まで運んだ。そうして、車に戻ろうとすると、林藤さんがいらないとジェスチャーする。
「もうなんもないよ。東の方手伝ってやって」
東さんの方を振り返ると、もうテントは概ね出来上がっていた。東さんは折り畳みの椅子を広げると、
「ちょっと座って待ってて」
と椅子を叩いた。ちょこん、と腰をかける。お茶を飲みながら、ぼーっと川を眺めていた。東さんが釣竿の準備をして、私に持たせる。私を挟んで、東さんと林藤さんが釣り糸を垂らす。私も続いた。
「最近調子悪いんだって?」
林藤さんが釣り糸を巻き上げる。早い。
「5日くらいなにも出来てないです」
「なんだ5日か。それくらいどうってことないよ。なぁ東」
「そうですね」
東さんがゆっくり、一定の速度で釣り糸を巻く。私も真似して同じようにする。2投目を投げる。
「普段頑張りすぎてるくらいなんだから、たまには休めよ」
「頑張ってないです」
林藤さんが3投目を投げる。澄んだ水に時たま魚影が映り込む。まだこちらには気付いていない。私も3投目を投げる。
「自分のことちゃんと認めてあげないと、潰れちゃうよ」
東さんが3投目を投げる。答えに迷っていると、東さんの釣竿に魚がヒットする。
「もう来たのかよ」
林藤さんが羨ましそうな声を出して、5投目。私は4投目を丁寧に巻き上げる。東さんは上手にヤマメを釣り上げると、網の中に放り込んだ。
「お昼までにあと2匹ですね」
「おっしゃー頑張ろうぜ莉子」
3人でまた釣り糸を垂らす。川のせせらぎを聞きながら、淡々と釣り糸を巻いて垂らす作業は、無になれてとても心地が良かった。静かな会話を挟みながら、あっという間にお昼になっていた。
「また俺だけボウズか」
釣果は東さんが3匹、私が1匹。林藤さんは0匹なので、東さんのおこぼれを頂戴する。
「小林が釣ったの、どれだったっけか」
「これ」
私が指差したヤマメを、東さんは手早く串刺しにした。そうして、ちょっと前に炊飯で使った火の周りに刺していく。ヤマメに焦げ目がついて、いい匂いがする。林藤さんが紙皿にお米を盛ってくれる。10分もすれば、山のお昼ご飯が出来た。
「いただきます」
ちゃんと手を合わせてから、食べ始める。釣りたての、しかも自分で釣り上げたヤマメは、もちろん美味しかった。
「ふわふわ」
「やっぱ美味えなー」
「美味え」
林藤さんの感想を復唱する。ヤマメはあっという間に頭だけになった。木陰に椅子を持って行き、しばし休憩する。
「ちょっと元気出たか?」
「うん」
素直に頷くと、笑いながら林藤さんは私の頭を撫でた。どこか懐かしい思いがして、心が温まった。
「無理して元気出さなくてもいいんだぞ」
東さんがご飯の片付けをしながら言う。答えずにいると、さらに続ける。
「小林が元気なら、みんな喜ぶだろうけど。みんなのために、小林が元気でいる必要はない」
「ん」
「小林は小林のままでいるのが一番だ」
東さんと目があって、微笑まれる。なんだか泣き出したくなった。顔を腕で隠す。
「そうそう、焦る必要まったくないからな!」
林藤さんが肩を叩く。声を出さないように、泣いた。涙を見せまいと慌てて服の袖で顔を擦る。黙って2人は見守ってくれていた。
「……ありがとう、ございます」
やっとそれだけ言えた。2人とも黙って頷く。陽の光が川に反射する。まだ帰るまで時間がある。
「さて、もうひと釣りしますか」
「おし。今度こそ釣る!」
立ち上がり、釣竿を手に取る。そうして、また3人横並びで釣りを再開した。午後になっても林藤さんは下手くそだし、東さんは引くほど釣り上げた。日が暮れるまで、優しい大人に甘えて過ごした。
(きっかけさえあれば)
自分で自分をコントロールすることは、難しい。浮上するきっかけを、自分で作れれば苦労はしない。やろうという気持ちはある。集中出来なくて取り組めないのだ。ぼんやりとTwitterとLINEを行き来する。ピコン、と1通LINEが入った。
(東さん……)
東さんからのLINEを開く。調子はどうだ。大丈夫か?との気遣いのあとに、お誘いのメッセージが来ていた。
『明後日、林藤さんと渓流釣りに行くけど、一緒に来るか?』
明後日なら、任務の前日だ。釣りには行きたい。重たい身体を起こして、返信を打つ。
『行きたいです。でも、直前にならないと行けるか分かんないです』
『全然大丈夫だよ。当日行けそうなら、朝8時までに声かけて。迎えに行く』
緩い約束は大変助かる。身体的にも、精神的にも。了解です、のスタンプを送る。
『いつもありがとうございます。楽しみにしてます!』
東さんからわくわくのスタンプが送られてくる。私もスタンプを返す。よし。明後日か。明後日から本気出す。行かなきゃとプレッシャーにはならないように、けど楽しみにすることにした。
当日、なんとか7時に目覚めて、東さんに行けると連絡した。8時に東さんが家の前まで車で来てくれた。リュックに貴重品だけ詰めて、ほとんど手ぶらで乗り込む。助手席には林藤さんが座る。
「思ったより元気そうじゃん」
「幾分、いつもより大人しいですよ。な?」
「うい」
まだ喋る元気がなくて、返事だけする。後部座席に座った。車が発進する。
「横になっちゃっていいからな。着くまで寝ていれば」
東さんがそう言うので、黙って横になり目を瞑った。東さんと林藤さんの会話をぼんやり聞きながら、うつらうつらとしていた。車の窓から覗く空をたまに眺めて、周りが建物から木々に移り変わるのを実感していた。2時間ほど走ったところで、車が止まる。
「着いたぞー」
林藤さんの声で、のそりと起き上がる。東さんが川縁にテントを運んで組み立てている。林藤さんはクーラーボックスやら釣具やらを運んでいる。私もなにか運ぼうと、なにやら大きな鞄を手に取る。
「お、それ重いぞ。こっち持っていけ」
林藤さんにクーラーボックスと交換される。とりあえず、クーラーボックスを川縁まで運んだ。そうして、車に戻ろうとすると、林藤さんがいらないとジェスチャーする。
「もうなんもないよ。東の方手伝ってやって」
東さんの方を振り返ると、もうテントは概ね出来上がっていた。東さんは折り畳みの椅子を広げると、
「ちょっと座って待ってて」
と椅子を叩いた。ちょこん、と腰をかける。お茶を飲みながら、ぼーっと川を眺めていた。東さんが釣竿の準備をして、私に持たせる。私を挟んで、東さんと林藤さんが釣り糸を垂らす。私も続いた。
「最近調子悪いんだって?」
林藤さんが釣り糸を巻き上げる。早い。
「5日くらいなにも出来てないです」
「なんだ5日か。それくらいどうってことないよ。なぁ東」
「そうですね」
東さんがゆっくり、一定の速度で釣り糸を巻く。私も真似して同じようにする。2投目を投げる。
「普段頑張りすぎてるくらいなんだから、たまには休めよ」
「頑張ってないです」
林藤さんが3投目を投げる。澄んだ水に時たま魚影が映り込む。まだこちらには気付いていない。私も3投目を投げる。
「自分のことちゃんと認めてあげないと、潰れちゃうよ」
東さんが3投目を投げる。答えに迷っていると、東さんの釣竿に魚がヒットする。
「もう来たのかよ」
林藤さんが羨ましそうな声を出して、5投目。私は4投目を丁寧に巻き上げる。東さんは上手にヤマメを釣り上げると、網の中に放り込んだ。
「お昼までにあと2匹ですね」
「おっしゃー頑張ろうぜ莉子」
3人でまた釣り糸を垂らす。川のせせらぎを聞きながら、淡々と釣り糸を巻いて垂らす作業は、無になれてとても心地が良かった。静かな会話を挟みながら、あっという間にお昼になっていた。
「また俺だけボウズか」
釣果は東さんが3匹、私が1匹。林藤さんは0匹なので、東さんのおこぼれを頂戴する。
「小林が釣ったの、どれだったっけか」
「これ」
私が指差したヤマメを、東さんは手早く串刺しにした。そうして、ちょっと前に炊飯で使った火の周りに刺していく。ヤマメに焦げ目がついて、いい匂いがする。林藤さんが紙皿にお米を盛ってくれる。10分もすれば、山のお昼ご飯が出来た。
「いただきます」
ちゃんと手を合わせてから、食べ始める。釣りたての、しかも自分で釣り上げたヤマメは、もちろん美味しかった。
「ふわふわ」
「やっぱ美味えなー」
「美味え」
林藤さんの感想を復唱する。ヤマメはあっという間に頭だけになった。木陰に椅子を持って行き、しばし休憩する。
「ちょっと元気出たか?」
「うん」
素直に頷くと、笑いながら林藤さんは私の頭を撫でた。どこか懐かしい思いがして、心が温まった。
「無理して元気出さなくてもいいんだぞ」
東さんがご飯の片付けをしながら言う。答えずにいると、さらに続ける。
「小林が元気なら、みんな喜ぶだろうけど。みんなのために、小林が元気でいる必要はない」
「ん」
「小林は小林のままでいるのが一番だ」
東さんと目があって、微笑まれる。なんだか泣き出したくなった。顔を腕で隠す。
「そうそう、焦る必要まったくないからな!」
林藤さんが肩を叩く。声を出さないように、泣いた。涙を見せまいと慌てて服の袖で顔を擦る。黙って2人は見守ってくれていた。
「……ありがとう、ございます」
やっとそれだけ言えた。2人とも黙って頷く。陽の光が川に反射する。まだ帰るまで時間がある。
「さて、もうひと釣りしますか」
「おし。今度こそ釣る!」
立ち上がり、釣竿を手に取る。そうして、また3人横並びで釣りを再開した。午後になっても林藤さんは下手くそだし、東さんは引くほど釣り上げた。日が暮れるまで、優しい大人に甘えて過ごした。