ボツの部屋
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5月も下旬、ボスが「渓流釣りに行くけど、一緒に来るか」と訊いてきた。
「莉子ちゃんも誘っていい?」
「そう言うだろうと思ったよ」
ボスがタバコの煙を燻らせながら、笑う。俺はなんだか気恥ずかしくなって下を向いた。ボスから日程を聞いて、莉子ちゃんに連絡する。莉子ちゃんはすぐに、飛びつくように返信をくれた。行きたいそうだ。莉子ちゃんと河原で石を探す絵が視える。なにを話すのかは、予測しない。なんだって話したい。なんだって聞いていたい。びっくり箱のように、なにが飛び出るのかのワクワク、驚かないでいられるかの不安、宝物のようなひとときをくれる、そんな人。
朝はそれなりに早く、7時頃に莉子ちゃんの家に迎えに行く。ボスの運転するジープの、後部座席に並んで座る。莉子ちゃんはたしか、車酔いをするタイプ。
「寝てく?」
俺の膝を叩くと、莉子ちゃんは少し戸惑い、俺の顔を見る。
「どうしたの?」
「うーん、うん……膝借りたい」
「そうしたらいいよ」
もう一度ポンポンと膝を叩くと、莉子ちゃんはそこに頭を下ろした。俺に背中を向けるようにして横になり、丸くなる。肩からお腹の中腹辺りに沿って、思わず撫でる。ちょっと流石にいやらしく思われただろうか、不安になったが莉子ちゃんはなにも言わない。頭を、俺の腹に押しつけてくる。多分、触れていてもいいんだろうか。恐る恐る、ポンポンと叩くように撫でる。莉子ちゃんは満足そうにもぞもぞ頭を動かして、そのうち寝てしまった。
(静かだな……)
寝息とタイヤが転がる音だけ。ボスも音楽くらいかけたらいいのに。なにかボスと話そうかと思うが、適当な話題が見つからない。
「迅、お前は莉子をどうしたいんだ?」
「え、なに急に」
「いや、どうもお前は莉子をどうにかしてやりたいんだろうな、というのは見てて分かるんだけど。どうしたいのかは、見えてこねぇから」
ボスは窓を開けて、タバコに火をつけた。煙が窓から外へ出ていく。それを目で追いながら、問いかけの意図を考える。見つからずに、沈黙を重ねる。
「質問変えるか。迅、お前は莉子とどうなりたい」
「どう…………」
ますます言葉が見つからない。
「お前、莉子の未来から自分を意識的に除外しようとしてるだろ。本当は一緒にいたくて仕方ないクセに」
「…………」
「悪いクセだぞ、それ」
本当に黙りこくってしまった。ボスの言う通りで。俺は、莉子ちゃんを幸せにしたいけど、当事者であるのを避けてる。自分が彼女を、幸せに出来るなんて思えないから。でも、今莉子ちゃんとはぐれてしまったら、莉子ちゃんを光の方へ導けなくなるから。離れられないだけで、
「もう少し、自分の気持ちに素直になれよ」
思考が止まった。そこから進めなくなった。後戻りも、出来ないだろう。莉子ちゃんの肩に触れて、触れるだけ。
「私は、迅と一緒にいたいよ」
「なんだ、起きてたのか」
ボスが軽く笑う。俺は背中を嫌な汗がつたった。莉子ちゃんが俺の顔を見やる。あどけなくて、無表情な顔で、俺を見つめる。トパーズの瞳を、見れなくなる日が怖い。
「迅が許してくれるなら。……みんなが許してくれるなら」
名前をぼかされたあいつの背中を思い出す。思い出して、掻き消した。やっぱり、人任せになんて出来なくなっていて。莉子ちゃんの頬を指の背で撫でる。莉子ちゃんは猫のように目を細める。
「うん、俺も一緒にいたいよ」
嘘でなくて、誤魔化しでなくて。それで本当にいいだろうか。自信なんてないよ、約束なんて出来ないよ。それでもいいだろうか。莉子ちゃんがうっすらと微笑んだ。それだけで、胸から重しが取れたような思いをする。もう一度、肩に触れて撫でた。それ以上は、なにも言わなかった。
川の中流について、ボスが釣りを始める。ボスの釣りは、見ていたってつまらないから。莉子ちゃんと河原で石を探してみる。なんでも、日本の河原では綺麗な天然石が見つかるんだそうだ。
「翡翠とか、アイオライトとか、見つかるらしいけど。そう簡単にはないよねぇ」
莉子ちゃんはそう呟きながら、石を足元に集めて、綺麗だと思うものと、そうでないものに仕分けていた。真似をして、同じように仕分ける。石は少し湿っていて、ツヤツヤとしたものが多かった。
「…………莉子ちゃん、今日は話したいこと、ある?」
「うん?」
「なにか、困ってない?」
別に莉子ちゃんが不安そうに見えたわけじゃない。俺が、莉子ちゃんの心配事を求めているだけ。不安に寄り添って、ほぐして、解決して。そうすることで、側にいる証が欲しくて。莉子ちゃんは、あー……と声を出した後、石を仕分ける手を止めずに発声した。
「拓磨にさ、思わず大好きって言っちゃったんだけどさ。なにも変わんないの」
…………なにをやってるんだ、あいつ。好きな子に大好きって言わせといて、放置とか正気なのか。呆れてしまって、ため息が出た。邪魔ばかりしてるけど、なんとかお前のこと受け入れようと俺も必死なのにさ。絶好のチャンスに、本当になにやってんだろ。
「…………聞こえてなかったとか?」
「はっきり言ったけどなぁ」
莉子ちゃんは寂しそうに見えた。俺のとこにおいでよ。そんな言葉は、虫が良すぎるだろうし、莉子ちゃんは受け取らない気がした。でも、なんて言ったらいいだろう。ほんの少し、少しだけ、俺の側にもっといてくれるんじゃないかって。かすかに匂ったのを、振り払うように空を見上げた。眩しくて、チカチカと目眩を覚える。先ほどのボスの言葉がリフレインする。ダメなんだ、素直になんてなれるわけない。
「…………嫌いになった?弓場ちゃんのこと」
「ならないよ。拒絶されたわけじゃないし」
だよねぇ。妙な納得感と、安心感。君が深く傷つかなくてよかった。
「大好きだなぁと思ったから、言っただけだし」
「でも無視はないよねぇ」
「ね。あ、迅のことも大好きだよ」
弾かれたように顔を見れば、したり顔で笑っている。ずるい、無視なんて出来ないじゃないか。
「本当に?からかってるだけじゃないの」
「そんなことしないよ〜本当にそう思うよ」
莉子ちゃんが俺の言葉を待つ。またため息が出た。嘘じゃないんだろう、誤魔化しじゃないんだろう。いつだって真っ直ぐで、繊細で、不器用で。たくさんの愛情を持つ人。弓場ちゃんへの大好きも、俺への大好きも、色が違うだけできっと同じ温度をしている。いろんな色が、キラキラと入れ替わって、俺たちを惑わせる。でも俺は、それをずっと見ていたいと思ってしまうよ。お前は、どうなんだ。
「ありがとう。俺も大好き」
自然と笑顔で伝えていて、伝播するように君もとびきり笑った。はしゃぐように、綺麗に仕分けた石を並べて。
「これとこれ、アイオライトかもしれないから、迅にひとつあげる」
鈍く真っ青な石の、少し小ぶりな方を俺に渡す。陽にかざす。宝物が増えた。こうやって、愛しい時間の積み重ねの先に、未来があること。本当は気づいていて。現状維持を続けてることが答えだって、本当は知っていて。
「迅もなんかちょうだい」
「えー俺は石のことなんて分かんないよ……」
石を並べて、ひときわ赤い、ツヤツヤした石を選んで渡した。莉子ちゃんは無邪気に、嬉しそうに陽にかざす。
「わーい、大事にしよ!」
誠実でいたかった。ただそれだけなんだ。なにも答えを出さなかったのも、そう言い訳させて。結末の気配を感じながら、俺がどうしたいかをようやく考える。互いの羅針盤でありたかった。今までも、これからも。その未来にどうしたら辿り着けるかを、見据える。怖くはないけど、勇気が出ないや。
「莉子ちゃんも誘っていい?」
「そう言うだろうと思ったよ」
ボスがタバコの煙を燻らせながら、笑う。俺はなんだか気恥ずかしくなって下を向いた。ボスから日程を聞いて、莉子ちゃんに連絡する。莉子ちゃんはすぐに、飛びつくように返信をくれた。行きたいそうだ。莉子ちゃんと河原で石を探す絵が視える。なにを話すのかは、予測しない。なんだって話したい。なんだって聞いていたい。びっくり箱のように、なにが飛び出るのかのワクワク、驚かないでいられるかの不安、宝物のようなひとときをくれる、そんな人。
朝はそれなりに早く、7時頃に莉子ちゃんの家に迎えに行く。ボスの運転するジープの、後部座席に並んで座る。莉子ちゃんはたしか、車酔いをするタイプ。
「寝てく?」
俺の膝を叩くと、莉子ちゃんは少し戸惑い、俺の顔を見る。
「どうしたの?」
「うーん、うん……膝借りたい」
「そうしたらいいよ」
もう一度ポンポンと膝を叩くと、莉子ちゃんはそこに頭を下ろした。俺に背中を向けるようにして横になり、丸くなる。肩からお腹の中腹辺りに沿って、思わず撫でる。ちょっと流石にいやらしく思われただろうか、不安になったが莉子ちゃんはなにも言わない。頭を、俺の腹に押しつけてくる。多分、触れていてもいいんだろうか。恐る恐る、ポンポンと叩くように撫でる。莉子ちゃんは満足そうにもぞもぞ頭を動かして、そのうち寝てしまった。
(静かだな……)
寝息とタイヤが転がる音だけ。ボスも音楽くらいかけたらいいのに。なにかボスと話そうかと思うが、適当な話題が見つからない。
「迅、お前は莉子をどうしたいんだ?」
「え、なに急に」
「いや、どうもお前は莉子をどうにかしてやりたいんだろうな、というのは見てて分かるんだけど。どうしたいのかは、見えてこねぇから」
ボスは窓を開けて、タバコに火をつけた。煙が窓から外へ出ていく。それを目で追いながら、問いかけの意図を考える。見つからずに、沈黙を重ねる。
「質問変えるか。迅、お前は莉子とどうなりたい」
「どう…………」
ますます言葉が見つからない。
「お前、莉子の未来から自分を意識的に除外しようとしてるだろ。本当は一緒にいたくて仕方ないクセに」
「…………」
「悪いクセだぞ、それ」
本当に黙りこくってしまった。ボスの言う通りで。俺は、莉子ちゃんを幸せにしたいけど、当事者であるのを避けてる。自分が彼女を、幸せに出来るなんて思えないから。でも、今莉子ちゃんとはぐれてしまったら、莉子ちゃんを光の方へ導けなくなるから。離れられないだけで、
「もう少し、自分の気持ちに素直になれよ」
思考が止まった。そこから進めなくなった。後戻りも、出来ないだろう。莉子ちゃんの肩に触れて、触れるだけ。
「私は、迅と一緒にいたいよ」
「なんだ、起きてたのか」
ボスが軽く笑う。俺は背中を嫌な汗がつたった。莉子ちゃんが俺の顔を見やる。あどけなくて、無表情な顔で、俺を見つめる。トパーズの瞳を、見れなくなる日が怖い。
「迅が許してくれるなら。……みんなが許してくれるなら」
名前をぼかされたあいつの背中を思い出す。思い出して、掻き消した。やっぱり、人任せになんて出来なくなっていて。莉子ちゃんの頬を指の背で撫でる。莉子ちゃんは猫のように目を細める。
「うん、俺も一緒にいたいよ」
嘘でなくて、誤魔化しでなくて。それで本当にいいだろうか。自信なんてないよ、約束なんて出来ないよ。それでもいいだろうか。莉子ちゃんがうっすらと微笑んだ。それだけで、胸から重しが取れたような思いをする。もう一度、肩に触れて撫でた。それ以上は、なにも言わなかった。
川の中流について、ボスが釣りを始める。ボスの釣りは、見ていたってつまらないから。莉子ちゃんと河原で石を探してみる。なんでも、日本の河原では綺麗な天然石が見つかるんだそうだ。
「翡翠とか、アイオライトとか、見つかるらしいけど。そう簡単にはないよねぇ」
莉子ちゃんはそう呟きながら、石を足元に集めて、綺麗だと思うものと、そうでないものに仕分けていた。真似をして、同じように仕分ける。石は少し湿っていて、ツヤツヤとしたものが多かった。
「…………莉子ちゃん、今日は話したいこと、ある?」
「うん?」
「なにか、困ってない?」
別に莉子ちゃんが不安そうに見えたわけじゃない。俺が、莉子ちゃんの心配事を求めているだけ。不安に寄り添って、ほぐして、解決して。そうすることで、側にいる証が欲しくて。莉子ちゃんは、あー……と声を出した後、石を仕分ける手を止めずに発声した。
「拓磨にさ、思わず大好きって言っちゃったんだけどさ。なにも変わんないの」
…………なにをやってるんだ、あいつ。好きな子に大好きって言わせといて、放置とか正気なのか。呆れてしまって、ため息が出た。邪魔ばかりしてるけど、なんとかお前のこと受け入れようと俺も必死なのにさ。絶好のチャンスに、本当になにやってんだろ。
「…………聞こえてなかったとか?」
「はっきり言ったけどなぁ」
莉子ちゃんは寂しそうに見えた。俺のとこにおいでよ。そんな言葉は、虫が良すぎるだろうし、莉子ちゃんは受け取らない気がした。でも、なんて言ったらいいだろう。ほんの少し、少しだけ、俺の側にもっといてくれるんじゃないかって。かすかに匂ったのを、振り払うように空を見上げた。眩しくて、チカチカと目眩を覚える。先ほどのボスの言葉がリフレインする。ダメなんだ、素直になんてなれるわけない。
「…………嫌いになった?弓場ちゃんのこと」
「ならないよ。拒絶されたわけじゃないし」
だよねぇ。妙な納得感と、安心感。君が深く傷つかなくてよかった。
「大好きだなぁと思ったから、言っただけだし」
「でも無視はないよねぇ」
「ね。あ、迅のことも大好きだよ」
弾かれたように顔を見れば、したり顔で笑っている。ずるい、無視なんて出来ないじゃないか。
「本当に?からかってるだけじゃないの」
「そんなことしないよ〜本当にそう思うよ」
莉子ちゃんが俺の言葉を待つ。またため息が出た。嘘じゃないんだろう、誤魔化しじゃないんだろう。いつだって真っ直ぐで、繊細で、不器用で。たくさんの愛情を持つ人。弓場ちゃんへの大好きも、俺への大好きも、色が違うだけできっと同じ温度をしている。いろんな色が、キラキラと入れ替わって、俺たちを惑わせる。でも俺は、それをずっと見ていたいと思ってしまうよ。お前は、どうなんだ。
「ありがとう。俺も大好き」
自然と笑顔で伝えていて、伝播するように君もとびきり笑った。はしゃぐように、綺麗に仕分けた石を並べて。
「これとこれ、アイオライトかもしれないから、迅にひとつあげる」
鈍く真っ青な石の、少し小ぶりな方を俺に渡す。陽にかざす。宝物が増えた。こうやって、愛しい時間の積み重ねの先に、未来があること。本当は気づいていて。現状維持を続けてることが答えだって、本当は知っていて。
「迅もなんかちょうだい」
「えー俺は石のことなんて分かんないよ……」
石を並べて、ひときわ赤い、ツヤツヤした石を選んで渡した。莉子ちゃんは無邪気に、嬉しそうに陽にかざす。
「わーい、大事にしよ!」
誠実でいたかった。ただそれだけなんだ。なにも答えを出さなかったのも、そう言い訳させて。結末の気配を感じながら、俺がどうしたいかをようやく考える。互いの羅針盤でありたかった。今までも、これからも。その未来にどうしたら辿り着けるかを、見据える。怖くはないけど、勇気が出ないや。