掌編/ネオプロトタイプ
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誰にも知られたくないと思っていた。誰にも知られちゃいけないと思っていた。君の存在は、大気圏を突き破る隕石のように。不自然なほどの運命で、自然すぎる偶然だった。
朝から体調が優れなかった。けれど、家にこもっていたら余計に腐っていく気がして、無理していることにも気付かずに支部を出た。高く高く入道雲の登る、8月のこと。大人になりきれない17歳の俺は、感傷に浸りながら世界に唾を吐くような気分で、街を歩いた。様々な未来が交錯し、頭の中で消える。未来視に音なんてないはずなのに、耳の奥で音が響くようで気持ちが悪い。よろめいて、石垣にもたれかかる。ここはどこだろう。深い霧に迷い込んだかと錯覚する。気がつけば陽が落ちていて、気がつけば祭囃子が遠くで鳴っている。神社の境内の、裏手の人気のない場所で。俺は座り込んで立てなくなっていた。
「迅……?」
かすかな声に、怯えるように顔を上げた。誰かが俺に気づいたことに頭が真っ白になる。けれど、人影が近づくことはなく遠ざかる。安心したのに酷く渇いた。いかないで。
「迅、大丈夫?」
声のする方に顔を向けたら、鼻先に君の顔がある。君の橙色の瞳が、夜なのに光る太陽のように見えて。堪らずに仰け反る。君が黙って手を差し出す。恐る恐る握った。君は俺を引っ張り起こすと、尻餅をついた。
「……大丈夫?」
今度は俺が引っ張ってやる。ありがとう、と君は決まりが悪そうに笑う。自分のことを忘れて、君が心配になる。
「お水、飲める?」
莉子ちゃんはミネラルウォーターを俺に渡す。飲み込めるか不安だったけど、封を切って飲んだ。冷たい水が、喉元を通り抜ける感覚。少しすっきりした。石垣に腰をかける。君も俺に並んで座る。不思議と居心地はよかった。莉子ちゃんは黙っている。花火が上がる音が聞こえる。
「……花火、見なくていいの?」
「迅のが大事だから見ない」
こそばゆさと同時に、申し訳ない。俺なんかのために、彼女の時間を奪うのが。なんとなく、莉子ちゃんの頭に触れて撫でる。幼い子をあやすように。
「俺のことはいいから、見てきなよ」
「迅が元気になったら、一緒に行く」
建前の優しさではなく、本気でそう言ってるのが何故か分かる。元気にならなくては。から元気を出そうと思うのに、身体はついてこなくて。身体は勝手に、君に寄りかかってた。
「大丈夫だよ」
俺のこと、何も話してないのに。俺のこと、何も知らないのに。そんな無責任なことを言われる。けれど、なぜか怒りなんて湧いてこなくて。代わりに、酷く寂しくなった。君の肩に頬を擦り寄せる。君の手が頭に触れたのに、心が震えた。この揺らぎが、泣きたいって気持ちなことに、気付くのが遅れたから。勝手に涙が出てきて、止まらない。
「大丈夫だよ」
君が繰り返す。小さな身体に縋りついて、声を殺して泣いた。君が背中を撫でるのに合わせて、だんだん体勢が低くなって。気付けば膝に収まっていた。それでも君は、怒ったり嫌がったりもせず。
「少し寝る?」
無性に甘えたくなってしまって、頷く。足も石垣の上に上げて、完全に寝転んだ。仰向けになると、胸で莉子ちゃんの顔が欠ける。う、わ。君の手が頬を撫でる。焼けつくように熱い。
「ちょっとしたら、声かけるね」
眠れるわけ、ないだろ。それでも君が視線を外したのにやっぱり寂しくなって、誤魔化すように目を閉じた。涙が目尻をつたう。不安で仕方なかった気持ちが、浄化される。知らぬ間に、うとうとと寝入ってしまった。
「迅、起きれる?」
莉子ちゃんの声で意識が浮上する。妖精に話しかけられたみたいと、寝ぼけた頭で思う。君の頬に手を伸ばした。君は嬉しそうに手に擦り寄る。甘えん坊の猫みたい。
「ごめん、起きる」
身体を起こした。祭りはもう終わったようで、幾分さっきより静かだ。頭が少し働くようになって、未来視に意識を割けるようになった。たくさん、莉子ちゃんの姿が映るようになる。これからの日々、俺が莉子ちゃんによく会うのだと知る。
「……情けないとこ、見せたね」
「別にそんなこと思ってないよ」
君はなんでもないようにそう言う。
「迅のこと、ずっと助けたかったから嬉しいよ」
「ずっと?」
「うん。言ってなかったっけ?」
「知らないよ、そんなの」
「そっか。話してなかったか……迅にね、シンパシーを感じたの」
「私、ありえないことが起こる不安がずっとあったの。起きるはずもないことを想像して、不安がって……具合が悪かった。だから、大規模侵攻が起きた時、不安が現実になったみたいで怖かった。私のせいなんじゃないかって」
「迅の未来視の話を聞いた時、迅はこんな経験をたくさんしてきたんじゃないかって、心配になったの。きっと私の想像出来ないような不安とか悩みを、いっぱい抱えてるんじゃないかって」
「だから迅の友達になって、助けてあげたかったの」
とんだおせっかい焼きさんだ。けれど、恩着せがましくは感じなかった。それはきっと、それが君の正義で純粋だからだろう。
「私ね、人の悩みとか相談聞くのが好きなの。その時間は、自分のこと忘れられるから」
「…………一緒だね」
「一緒?本当?」
「俺もそうだよ」
誰かのことを考えている時は、自分のことを忘れられる。自分のことを考える時は、なにも視えなくなるから。考えたくないんだ。
「へへ、一緒だねぇ」
なんだってそんな嬉しそうなんだろう。俺みたいな奴と共感なんか、しない方がいいのに。そう思うのに、俺はその反応が嬉しくて仕方がなかった。
「……莉子ちゃんにだけ」
君がきょとんとした顔で、俺を見つめる。この先を言うのが、末恐ろしく思う。けれど、言葉にするのを止められなかった。
「俺の悩みを、話してもいいかな」
「……話してもいいし、ただ会いたいでもいいよ」
君と目を合わせる。他人と目を合わせるが怖かったはずだった。自分を見透かされるのが、怖かった。理解をされないのが、怖かった。君の瞳が、恐怖心を溶かしていく。少しだけ信じてみたくなる、君を共犯者にしてもいいかな。
「ありがとう」
君に手を差し出す。君は容易く握る。固い握手が、なにを契るかも知らずに。俺の弱みは君に見せてあげる。俺は君に寄りかかる。その代わり、俺は俺に差し出せる全てを使って、君の幸福を願うよ。君の優しさに、俺は必ず報いるから。
「なにを見ても、びっくりしないでね」
見捨てたりしないで、拒絶しないでいて。俺の問いかけに、君は首を傾げて即答しなかった。
「うーん、迅は私と違う人間だから、びっくりすることはあるかも。でも、離れていったりはしないよ」
真っ直ぐで柔らかい、無邪気で子供みたいな優しさを振りかざすくせに、思ったよりも君は思慮深い。なんでも話せる気がした。仄暗い感情も酷く醜い感傷も、終わらない雨と夜も、優しく照らしてくれる気がした。
「迅は独りでいなくてもいいんだよ」
「……ありがとう」
怖いことが多すぎた、幸せになることも誰かを大切に想うことも。自分の幸せを、悲しみを、言語化してしまうことも。君といると全て引きずり出されそう。それでも、差し出された手は掴むよ。今まで、ずっとそうだったように。
「独りは悲しいからね」
そうだよ。だから、もう君の手は離さない。俺はもう独りじゃない。一人では、なかったけれど。ひび割れそうな脆い感情が、粉々になっても手からこぼれ落ちないよう、握り締め続ける。それでたとえ、血を流すことになったとしても。
朝から体調が優れなかった。けれど、家にこもっていたら余計に腐っていく気がして、無理していることにも気付かずに支部を出た。高く高く入道雲の登る、8月のこと。大人になりきれない17歳の俺は、感傷に浸りながら世界に唾を吐くような気分で、街を歩いた。様々な未来が交錯し、頭の中で消える。未来視に音なんてないはずなのに、耳の奥で音が響くようで気持ちが悪い。よろめいて、石垣にもたれかかる。ここはどこだろう。深い霧に迷い込んだかと錯覚する。気がつけば陽が落ちていて、気がつけば祭囃子が遠くで鳴っている。神社の境内の、裏手の人気のない場所で。俺は座り込んで立てなくなっていた。
「迅……?」
かすかな声に、怯えるように顔を上げた。誰かが俺に気づいたことに頭が真っ白になる。けれど、人影が近づくことはなく遠ざかる。安心したのに酷く渇いた。いかないで。
「迅、大丈夫?」
声のする方に顔を向けたら、鼻先に君の顔がある。君の橙色の瞳が、夜なのに光る太陽のように見えて。堪らずに仰け反る。君が黙って手を差し出す。恐る恐る握った。君は俺を引っ張り起こすと、尻餅をついた。
「……大丈夫?」
今度は俺が引っ張ってやる。ありがとう、と君は決まりが悪そうに笑う。自分のことを忘れて、君が心配になる。
「お水、飲める?」
莉子ちゃんはミネラルウォーターを俺に渡す。飲み込めるか不安だったけど、封を切って飲んだ。冷たい水が、喉元を通り抜ける感覚。少しすっきりした。石垣に腰をかける。君も俺に並んで座る。不思議と居心地はよかった。莉子ちゃんは黙っている。花火が上がる音が聞こえる。
「……花火、見なくていいの?」
「迅のが大事だから見ない」
こそばゆさと同時に、申し訳ない。俺なんかのために、彼女の時間を奪うのが。なんとなく、莉子ちゃんの頭に触れて撫でる。幼い子をあやすように。
「俺のことはいいから、見てきなよ」
「迅が元気になったら、一緒に行く」
建前の優しさではなく、本気でそう言ってるのが何故か分かる。元気にならなくては。から元気を出そうと思うのに、身体はついてこなくて。身体は勝手に、君に寄りかかってた。
「大丈夫だよ」
俺のこと、何も話してないのに。俺のこと、何も知らないのに。そんな無責任なことを言われる。けれど、なぜか怒りなんて湧いてこなくて。代わりに、酷く寂しくなった。君の肩に頬を擦り寄せる。君の手が頭に触れたのに、心が震えた。この揺らぎが、泣きたいって気持ちなことに、気付くのが遅れたから。勝手に涙が出てきて、止まらない。
「大丈夫だよ」
君が繰り返す。小さな身体に縋りついて、声を殺して泣いた。君が背中を撫でるのに合わせて、だんだん体勢が低くなって。気付けば膝に収まっていた。それでも君は、怒ったり嫌がったりもせず。
「少し寝る?」
無性に甘えたくなってしまって、頷く。足も石垣の上に上げて、完全に寝転んだ。仰向けになると、胸で莉子ちゃんの顔が欠ける。う、わ。君の手が頬を撫でる。焼けつくように熱い。
「ちょっとしたら、声かけるね」
眠れるわけ、ないだろ。それでも君が視線を外したのにやっぱり寂しくなって、誤魔化すように目を閉じた。涙が目尻をつたう。不安で仕方なかった気持ちが、浄化される。知らぬ間に、うとうとと寝入ってしまった。
「迅、起きれる?」
莉子ちゃんの声で意識が浮上する。妖精に話しかけられたみたいと、寝ぼけた頭で思う。君の頬に手を伸ばした。君は嬉しそうに手に擦り寄る。甘えん坊の猫みたい。
「ごめん、起きる」
身体を起こした。祭りはもう終わったようで、幾分さっきより静かだ。頭が少し働くようになって、未来視に意識を割けるようになった。たくさん、莉子ちゃんの姿が映るようになる。これからの日々、俺が莉子ちゃんによく会うのだと知る。
「……情けないとこ、見せたね」
「別にそんなこと思ってないよ」
君はなんでもないようにそう言う。
「迅のこと、ずっと助けたかったから嬉しいよ」
「ずっと?」
「うん。言ってなかったっけ?」
「知らないよ、そんなの」
「そっか。話してなかったか……迅にね、シンパシーを感じたの」
「私、ありえないことが起こる不安がずっとあったの。起きるはずもないことを想像して、不安がって……具合が悪かった。だから、大規模侵攻が起きた時、不安が現実になったみたいで怖かった。私のせいなんじゃないかって」
「迅の未来視の話を聞いた時、迅はこんな経験をたくさんしてきたんじゃないかって、心配になったの。きっと私の想像出来ないような不安とか悩みを、いっぱい抱えてるんじゃないかって」
「だから迅の友達になって、助けてあげたかったの」
とんだおせっかい焼きさんだ。けれど、恩着せがましくは感じなかった。それはきっと、それが君の正義で純粋だからだろう。
「私ね、人の悩みとか相談聞くのが好きなの。その時間は、自分のこと忘れられるから」
「…………一緒だね」
「一緒?本当?」
「俺もそうだよ」
誰かのことを考えている時は、自分のことを忘れられる。自分のことを考える時は、なにも視えなくなるから。考えたくないんだ。
「へへ、一緒だねぇ」
なんだってそんな嬉しそうなんだろう。俺みたいな奴と共感なんか、しない方がいいのに。そう思うのに、俺はその反応が嬉しくて仕方がなかった。
「……莉子ちゃんにだけ」
君がきょとんとした顔で、俺を見つめる。この先を言うのが、末恐ろしく思う。けれど、言葉にするのを止められなかった。
「俺の悩みを、話してもいいかな」
「……話してもいいし、ただ会いたいでもいいよ」
君と目を合わせる。他人と目を合わせるが怖かったはずだった。自分を見透かされるのが、怖かった。理解をされないのが、怖かった。君の瞳が、恐怖心を溶かしていく。少しだけ信じてみたくなる、君を共犯者にしてもいいかな。
「ありがとう」
君に手を差し出す。君は容易く握る。固い握手が、なにを契るかも知らずに。俺の弱みは君に見せてあげる。俺は君に寄りかかる。その代わり、俺は俺に差し出せる全てを使って、君の幸福を願うよ。君の優しさに、俺は必ず報いるから。
「なにを見ても、びっくりしないでね」
見捨てたりしないで、拒絶しないでいて。俺の問いかけに、君は首を傾げて即答しなかった。
「うーん、迅は私と違う人間だから、びっくりすることはあるかも。でも、離れていったりはしないよ」
真っ直ぐで柔らかい、無邪気で子供みたいな優しさを振りかざすくせに、思ったよりも君は思慮深い。なんでも話せる気がした。仄暗い感情も酷く醜い感傷も、終わらない雨と夜も、優しく照らしてくれる気がした。
「迅は独りでいなくてもいいんだよ」
「……ありがとう」
怖いことが多すぎた、幸せになることも誰かを大切に想うことも。自分の幸せを、悲しみを、言語化してしまうことも。君といると全て引きずり出されそう。それでも、差し出された手は掴むよ。今まで、ずっとそうだったように。
「独りは悲しいからね」
そうだよ。だから、もう君の手は離さない。俺はもう独りじゃない。一人では、なかったけれど。ひび割れそうな脆い感情が、粉々になっても手からこぼれ落ちないよう、握り締め続ける。それでたとえ、血を流すことになったとしても。