弓場と迅の話
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血が巡るように、呼吸をするように。意識すればするほど不自然に乱れていく感覚。酷く参ってしまって、どうしようもなくて困って。誰にも会いたくないと思うのに、何故か君の顔が浮かぶんだ。だからすがるように、君の名前を呼ぶ。君が笑って振り向いてくれる絵が視える。会いたいと伝えるのに、迷いはなかった。
どうしてこうなっちゃったかなぁ。憂鬱な気分に、自分で説明がつけられない。君といるのに、気分が晴れない。莉子ちゃんは、心配そうに視線を向ける。それすら申し訳なくて煩わしくて。でも、振り払うなんてしたくはなくて。太陽は西に傾き始めているけど、じわじわと焼けつくような暑さだった。夏の午後、蝉の鳴き声が遠くに聞こえる。
「三門を出たい」
口に出して、自分で驚いた。君は表情を変えずになにも言わない。泣き出してしまいそうだった。莉子ちゃんが俺の手首を掴む。それから、おそるおそる結んでくれた。確かめるように握りしめて、そのまま駅へ向かう。どこか、どこか遠くへ。この駅から1番遠い終着駅へ行く電車に乗る。君は、なにも言わない。俺にもたれかかって、委ねるように眠り出した。
(一人で行けばよかったか)
どうせ一人だったら、この電車に乗れなかっただろう。莉子ちゃんの額を撫でる。小さな旅路のお守りに、君を道連れにする。莉子ちゃんのまつ毛が揺れる。それに釘付けになって、指先まで血が通っていく。莉子ちゃんの隣は暖かい。真夏に凍えそうな心が溶けていく。昨日眠れなかったせいで、意識が遠のく。いいや、どうせ終点まで行くんだし。
「迅、着いたみたい」
莉子ちゃんの控えめな声で目が覚める。俺を見上げる瞳はやっぱり心配そうで。じっと覗き込んだあと、わしゃわしゃと頭を撫でた。電車を降りる。聞いたことない駅名。山が近いのか、濃い緑の匂いがする。莉子ちゃんが少し肌寒そうなので、腰に巻いていた上着をかけてあげる。
「ありがとう」
「いーえ」
小さなふれあいに、はしゃぎ出しそうな胸騒ぎを覚える。手に入れた非日常に、いつもと変わらない君といる。ずっと続けばいいのに。燃え上がるような夕陽が山に沈んでいくのを、見て見ぬフリをした。誰も見ちゃいないからと、莉子ちゃんと手を繋ぐ。拒んだりはされない。改札を抜けると、なにもなかった。山の中腹のようで、少し歩くと道路に出た。車通りもまばらだ。上に行ってもなんもないだろうな。道路沿いに山を降る。莉子ちゃんは俺に忠実に、なにも疑わずついてきてくれる。
「一番星」
君が指を差す。三門で見るよりも、ずっと明るく見えた。一番星が照らし出す、君を見つめる。瞳の奥の輝きが、枯れないように。そのことだけに、情熱を注げたら。急に、君の隣にいるのに寂しくなって。繋いだ手を強く握ったら、君はこちらに視線を移した。
「迅、大丈夫?」
「大丈夫だよ」
気づかれないうちに、俺も気づかないうちに、君の生命力になれたならいいのに。俺は君のためになれてるかな。みんなのためになれてるかな。なれてないとしたら、俺は。
「迅、無理しないで」
胸が詰まって、言葉が出なかった。君と手を繋いだまま、祈るように手を額にあてた。涙なんてとうに枯れたはずなのに、目頭が熱くて仕方ない。
「うん、大丈夫。大丈夫……」
うわ言のように、繰り返す。莉子ちゃんが空いた左手で俺の背中を撫でる。堪らず抱き締めて、立ち尽くした。莉子ちゃんがゆっくり撫でてくれるのに合わせて、呼吸をした。嵐の中を抜けるように、光が見えた気がした。
「ごめん、ありがとう」
離れると、莉子ちゃんはあどけなく、どこか嬉しそうに頷いた。右手で頭を撫でる。暗い道路を、2人でまた歩き出した。
少し開けたところに出た。十字路になっており、コンビニとボロい蕎麦屋があった。俺はお腹空いてないけど、莉子ちゃんにはなにか食べさせなきゃ。
「蕎麦屋、入ってみる?」
「うん」
暖簾をくぐると、他の客は1人しかおらず、隅っこの席で酒を飲んでいるようだった。1番手前の、離れた席に座る。壁に下手くそな絵がかかっている。柘榴……なのか?なんだかはっきりしないものが描かれている。
「面白い絵だねぇ」
店主さんの趣味なのかな、と。君が溢す。莉子ちゃんにそう言われると、面白いような気になってくる。君と過ごすことで、世界の見え方が変わってしまう。それはきっとすごいことだと感じる。店員が注文を聞きにくる。俺が頼まないのを見ると、莉子ちゃんは勝手にもりそばを追加した。
「ちゃんと食べなきゃダメだよ」
「うん、分かったよ」
やがて冷たい蕎麦と温かいうどんが運ばれてくる。2人で啜った。
「で、迅はなんで今日元気がないの?」
「…………種蒔きするのに、疲れて」
「腰痛くなるよねぇ」
俺が誤魔化したから、君もとぼけた返答をする。可笑しくなって笑って、咽せた。莉子ちゃんが差し出したお茶を飲む。莉子ちゃんは美味しそうに、うどんを口に運ぶ。見てると食欲が湧いてくる。
「本当は?」
「いや、もう大丈夫」
「そっか」
莉子ちゃんは、それから黙々と食事した。俺も、一人前もりそばを完食する。莉子ちゃんが手を合わせてご馳走様をするのに倣って、俺もそうする。
「……迅一人で頑張らなくて、大丈夫だよ」
莉子ちゃんが呟く言葉に、耳を澄ませて固まった。
「疲れたら、休んでもいいんだよ」
「うん、うん」
たったひと言だけで、汲み取ってくれること。君の聡明さも優しさも、尊くて眩しい。ありがとうが言えずに、頬に触れて撫でた。莉子ちゃんは擦り寄るように頭を傾ける。時間も場所も忘れるような、2人だけの関係。
「帰ろっか」
「うん」
名残惜しいけれど、莉子ちゃんに導かれて帰路に着く。
「あ」
「あ?」
「あれ、ごめん」
真っ暗になった道路を、また登って駅に戻ってきた。無人の駅の薄汚れた時刻表を見て、冷や汗をかく。
「帰れないかも……」
「えっ」
三門までの直通運転が、もうない。途中の駅までは戻れそうだが、そこから三門に帰れる電車が、多分ない。未来視は視てたはずなんだけどな。莉子ちゃんといたくて気付かなかったのか、ちゃんと帰れるから気にしてなかったのか。自分でも分からなくなるが、そんなことはっきりさせるよりどうにかしなくちゃ。
「とりあえず、乗ろう」
莉子ちゃんと終電に飛び乗り、途中の駅まで行く。莉子ちゃんは慌てた様子はなく、能天気にあくびをした。俺もあくびが出る。なんか、なんとかなる気がする。
「今日、野宿?」
「それは……ダメでしょ」
俺はいいけど、莉子ちゃんはダメ。そう言ったら渋い顔しそうだから言わないけど。なんとか莉子ちゃんだけでも帰さなくちゃ。めんどくさい未来がチラついた。ああもう。最後までこの時間を楽しみたいのに。先回りして説教しないでくれ。
「あ」
未来視の中に、ボスの顔を見た。そうだ、ボスに迎えに来てもらおう。それしかない。駅で降りると、俺はボスに電話をした。頼む、出てくれ。
『おう、迅。こんな遅くにどうした?任務でもないのに部屋にいないから、地味に心配してたぞ』
「ボス、ごめん。実はーー」
「まったく、仕方がねぇなお前ら」
ボスは笑いながら、迎えに来てくれた。莉子ちゃんとジープの後部座席に座る。
「すみません、ご心配おかけしました。よろしくお願いします」
莉子ちゃんは深々と頭を下げる。莉子ちゃんのせいじゃないのに。
「迅だろ?巻き込んだのは。付き合わせて悪かったな莉子」
「いえ、私も迅に任せきりだったので」
「そうかそうか。仲がいいねぇ」
他人から真実を告げられると、真っ赤になるほど恥ずかしかった。なにも言えずに外を見る。この先の未来が不安で仕方ないが、鬱々とした気分は消えた。それよりこの不安をどうするかを、必死で計算していた。
「迅」
莉子ちゃんが呼ぶので、窓から視線を外した。莉子ちゃんを見れば、屈託のない表情で。
「今日はありがとうね」
「っ、こちらこそ」
なんだってこんなに無垢なんだ。自分が計算をしていたのが馬鹿馬鹿しくなる。窓の外、流れる街灯を見て気持ちを落ち着かせる。顔の熱が冷めて、そっと横を見れば。君は眠りこけていて。
(今日、よかったな)
この先、今日のことでどんな未来が待っていても。後悔なんてしないと、胸に誓った。
どうしてこうなっちゃったかなぁ。憂鬱な気分に、自分で説明がつけられない。君といるのに、気分が晴れない。莉子ちゃんは、心配そうに視線を向ける。それすら申し訳なくて煩わしくて。でも、振り払うなんてしたくはなくて。太陽は西に傾き始めているけど、じわじわと焼けつくような暑さだった。夏の午後、蝉の鳴き声が遠くに聞こえる。
「三門を出たい」
口に出して、自分で驚いた。君は表情を変えずになにも言わない。泣き出してしまいそうだった。莉子ちゃんが俺の手首を掴む。それから、おそるおそる結んでくれた。確かめるように握りしめて、そのまま駅へ向かう。どこか、どこか遠くへ。この駅から1番遠い終着駅へ行く電車に乗る。君は、なにも言わない。俺にもたれかかって、委ねるように眠り出した。
(一人で行けばよかったか)
どうせ一人だったら、この電車に乗れなかっただろう。莉子ちゃんの額を撫でる。小さな旅路のお守りに、君を道連れにする。莉子ちゃんのまつ毛が揺れる。それに釘付けになって、指先まで血が通っていく。莉子ちゃんの隣は暖かい。真夏に凍えそうな心が溶けていく。昨日眠れなかったせいで、意識が遠のく。いいや、どうせ終点まで行くんだし。
「迅、着いたみたい」
莉子ちゃんの控えめな声で目が覚める。俺を見上げる瞳はやっぱり心配そうで。じっと覗き込んだあと、わしゃわしゃと頭を撫でた。電車を降りる。聞いたことない駅名。山が近いのか、濃い緑の匂いがする。莉子ちゃんが少し肌寒そうなので、腰に巻いていた上着をかけてあげる。
「ありがとう」
「いーえ」
小さなふれあいに、はしゃぎ出しそうな胸騒ぎを覚える。手に入れた非日常に、いつもと変わらない君といる。ずっと続けばいいのに。燃え上がるような夕陽が山に沈んでいくのを、見て見ぬフリをした。誰も見ちゃいないからと、莉子ちゃんと手を繋ぐ。拒んだりはされない。改札を抜けると、なにもなかった。山の中腹のようで、少し歩くと道路に出た。車通りもまばらだ。上に行ってもなんもないだろうな。道路沿いに山を降る。莉子ちゃんは俺に忠実に、なにも疑わずついてきてくれる。
「一番星」
君が指を差す。三門で見るよりも、ずっと明るく見えた。一番星が照らし出す、君を見つめる。瞳の奥の輝きが、枯れないように。そのことだけに、情熱を注げたら。急に、君の隣にいるのに寂しくなって。繋いだ手を強く握ったら、君はこちらに視線を移した。
「迅、大丈夫?」
「大丈夫だよ」
気づかれないうちに、俺も気づかないうちに、君の生命力になれたならいいのに。俺は君のためになれてるかな。みんなのためになれてるかな。なれてないとしたら、俺は。
「迅、無理しないで」
胸が詰まって、言葉が出なかった。君と手を繋いだまま、祈るように手を額にあてた。涙なんてとうに枯れたはずなのに、目頭が熱くて仕方ない。
「うん、大丈夫。大丈夫……」
うわ言のように、繰り返す。莉子ちゃんが空いた左手で俺の背中を撫でる。堪らず抱き締めて、立ち尽くした。莉子ちゃんがゆっくり撫でてくれるのに合わせて、呼吸をした。嵐の中を抜けるように、光が見えた気がした。
「ごめん、ありがとう」
離れると、莉子ちゃんはあどけなく、どこか嬉しそうに頷いた。右手で頭を撫でる。暗い道路を、2人でまた歩き出した。
少し開けたところに出た。十字路になっており、コンビニとボロい蕎麦屋があった。俺はお腹空いてないけど、莉子ちゃんにはなにか食べさせなきゃ。
「蕎麦屋、入ってみる?」
「うん」
暖簾をくぐると、他の客は1人しかおらず、隅っこの席で酒を飲んでいるようだった。1番手前の、離れた席に座る。壁に下手くそな絵がかかっている。柘榴……なのか?なんだかはっきりしないものが描かれている。
「面白い絵だねぇ」
店主さんの趣味なのかな、と。君が溢す。莉子ちゃんにそう言われると、面白いような気になってくる。君と過ごすことで、世界の見え方が変わってしまう。それはきっとすごいことだと感じる。店員が注文を聞きにくる。俺が頼まないのを見ると、莉子ちゃんは勝手にもりそばを追加した。
「ちゃんと食べなきゃダメだよ」
「うん、分かったよ」
やがて冷たい蕎麦と温かいうどんが運ばれてくる。2人で啜った。
「で、迅はなんで今日元気がないの?」
「…………種蒔きするのに、疲れて」
「腰痛くなるよねぇ」
俺が誤魔化したから、君もとぼけた返答をする。可笑しくなって笑って、咽せた。莉子ちゃんが差し出したお茶を飲む。莉子ちゃんは美味しそうに、うどんを口に運ぶ。見てると食欲が湧いてくる。
「本当は?」
「いや、もう大丈夫」
「そっか」
莉子ちゃんは、それから黙々と食事した。俺も、一人前もりそばを完食する。莉子ちゃんが手を合わせてご馳走様をするのに倣って、俺もそうする。
「……迅一人で頑張らなくて、大丈夫だよ」
莉子ちゃんが呟く言葉に、耳を澄ませて固まった。
「疲れたら、休んでもいいんだよ」
「うん、うん」
たったひと言だけで、汲み取ってくれること。君の聡明さも優しさも、尊くて眩しい。ありがとうが言えずに、頬に触れて撫でた。莉子ちゃんは擦り寄るように頭を傾ける。時間も場所も忘れるような、2人だけの関係。
「帰ろっか」
「うん」
名残惜しいけれど、莉子ちゃんに導かれて帰路に着く。
「あ」
「あ?」
「あれ、ごめん」
真っ暗になった道路を、また登って駅に戻ってきた。無人の駅の薄汚れた時刻表を見て、冷や汗をかく。
「帰れないかも……」
「えっ」
三門までの直通運転が、もうない。途中の駅までは戻れそうだが、そこから三門に帰れる電車が、多分ない。未来視は視てたはずなんだけどな。莉子ちゃんといたくて気付かなかったのか、ちゃんと帰れるから気にしてなかったのか。自分でも分からなくなるが、そんなことはっきりさせるよりどうにかしなくちゃ。
「とりあえず、乗ろう」
莉子ちゃんと終電に飛び乗り、途中の駅まで行く。莉子ちゃんは慌てた様子はなく、能天気にあくびをした。俺もあくびが出る。なんか、なんとかなる気がする。
「今日、野宿?」
「それは……ダメでしょ」
俺はいいけど、莉子ちゃんはダメ。そう言ったら渋い顔しそうだから言わないけど。なんとか莉子ちゃんだけでも帰さなくちゃ。めんどくさい未来がチラついた。ああもう。最後までこの時間を楽しみたいのに。先回りして説教しないでくれ。
「あ」
未来視の中に、ボスの顔を見た。そうだ、ボスに迎えに来てもらおう。それしかない。駅で降りると、俺はボスに電話をした。頼む、出てくれ。
『おう、迅。こんな遅くにどうした?任務でもないのに部屋にいないから、地味に心配してたぞ』
「ボス、ごめん。実はーー」
「まったく、仕方がねぇなお前ら」
ボスは笑いながら、迎えに来てくれた。莉子ちゃんとジープの後部座席に座る。
「すみません、ご心配おかけしました。よろしくお願いします」
莉子ちゃんは深々と頭を下げる。莉子ちゃんのせいじゃないのに。
「迅だろ?巻き込んだのは。付き合わせて悪かったな莉子」
「いえ、私も迅に任せきりだったので」
「そうかそうか。仲がいいねぇ」
他人から真実を告げられると、真っ赤になるほど恥ずかしかった。なにも言えずに外を見る。この先の未来が不安で仕方ないが、鬱々とした気分は消えた。それよりこの不安をどうするかを、必死で計算していた。
「迅」
莉子ちゃんが呼ぶので、窓から視線を外した。莉子ちゃんを見れば、屈託のない表情で。
「今日はありがとうね」
「っ、こちらこそ」
なんだってこんなに無垢なんだ。自分が計算をしていたのが馬鹿馬鹿しくなる。窓の外、流れる街灯を見て気持ちを落ち着かせる。顔の熱が冷めて、そっと横を見れば。君は眠りこけていて。
(今日、よかったな)
この先、今日のことでどんな未来が待っていても。後悔なんてしないと、胸に誓った。