弓場と迅の話
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11月になり、冷たい風に身を晒すと、大事な母の誕生日だと思い出す。もう帰らない日々に思いを馳せる。いつかまた、と探し求めても、戻らないことなんてとうに知ってる。
毎年、11月になると人恋しくなる。肌寒くなってくるし。頼る先が君しか思い当たらなくて、連絡をとった。心のどこかで、届かないでくれと願いながら。
『明日の午後なら、空いてるよ』
君からの連絡に、胸を躍らせる。不安だった気持ちが、払われていく。
『迎えにいくよ』
未来視に君が映り込む。いつもの公園の、時計の下で。俺を待つ君が視える。明日は大丈夫。支部の自分の部屋で、ベッドに倒れ込む。今日はなんだか、よく眠れそう。
夢の中、母が俺に笑いかけた気がした。
目が覚めると、10時を過ぎていた。慌てて起き上がり、身支度をする。朝ごはんはいいや。寝癖を直すのがめんどくさくなり、トリガーを起動した。財布と携帯だけ持って、支部を出る。空には少し、雲が出ていた。公園に着くと、莉子ちゃんがいつも通りそこにいた。
「おはよう」
「おはよ〜」
間の抜けた声で、俺を見上げる。莉子ちゃんの瞳は大きくて、吸い込まれるような気分で覗き込む。橙色の瞳に、なにかを思い出しそうになる。なんだっけ、この色。遠い昔、見たことがある。懐かしいことだけは、思い出せるのに。いつもの癖で莉子ちゃんの頬を撫でると、目を細めた。橙色は瞼の下に隠れてしまう。
「迅、手が冷たい。トリオン体で来たでしょ?」
じとっと莉子ちゃんが俺を睨む。しまった。寝癖はともかく、寝巻きは着替えておくべきだった。
「んー今、下は寝巻きだから許して?」
「えーちゃんと着替えなきゃダメだよ。気持ちが切り替わらないし。万が一でもトリオン体解除しちゃったらまずいじゃん」
「そうだね、ごめん」
へらりと笑うと、笑って誤魔化さない!と腹を小突かれた。それでも笑っていると、ため息を吐いて君も小さく笑った。俺はまた飽きずに、莉子ちゃんの頬に触れる。額から頭にかけて撫でてやる。
「髪の分け目、分かんなくなっちゃうよぉ」
君はそう文句を言うけど、俺の手を止めたりはしなかった。俺が満足いくまで、君は黙って身を委ねた。
「お昼どうする?」
「なんでもいいよ」
「いつもそれじゃんか。迅の食べたいものはないの?」
「ないよ」
莉子ちゃんと食べれるなら、なんでもご馳走だよ。言葉の代わりに、額を親指で繰り返し撫でる。
「うーん……じゃあ今日はインドカレー食べる」
「分かった」
最後にぽんぽんと頭を叩いて、駅の方へ歩き出した。手を繋ごうと思えば、すぐ繋げる距離で横並び。なにもないのに繋いだら、君はどんな顔をするんだろう。拒絶はされない気はしてるけど、嫌がられたら悲しいから、手を引っ込める。けれど、未練がましく小さな手を見つめていた。
(あ、)
「迅?」
俺が立ち止まったので、君は振り返る。橙色の瞳が俺を見上げる。思い出した。
「なんでも、ない」
なんとかそれだけ搾り出したけど、泣き出してしまいそうだ。顔を覆おうとする俺の両手首を、君の手が掴む。やめて、優しくしないで。追求しないでくれ。
「どうしたの?具合悪い?」
「そうじゃない。そうじゃない、けど」
莉子ちゃんは俺の手を引いて、来た道を戻る。公園に戻って、俺をベンチに座らせた。そのまま、黙って俺の横に座る。俺が話すまで、君はなにも言わなかった。その時間が、絶望的なさっきまでの気分を、吹き飛ばしていく。失くしていたものを見つけたような、温かい気持ちに変わっていく。
「……母さんが、11月に誕生日なんだ」
「おめでとう」
莉子ちゃんの、故人に向ける独特な感情が好きだ。前に母の墓参りに連れて行った時も、墓石に向かって手を振っていた。まるで生きている人間を相手にするように、自然とそう振る舞うのが好きだ。
「それで、母さんのことを思い出して、て」
顔を手で覆う。息を深く吸って、吐いた。
「莉子ちゃんの瞳を見てたら、なにか思い出しそうで、さっき思い出したんだ」
「なにを?」
「莉子ちゃんの瞳の色が、母さんがしてた指輪の石にそっくりなんだ」
「へぇ。そうなんだ」
莉子ちゃんは空を眺めて遠い目をしていた。俺のために、言葉を探しているようだった。横顔を見つめて、母と重ねる。全然違うはずなのに、母が俺にくれた愛情と同じものを感じていた。母がくれた愛など、色褪せて忘れていくばかりなのだけど。莉子ちゃんがくれるそれが、同じ温度ならいいのにと、勝手に願っていた。いつか気付かぬうちに、すり替わっていても。それでもいいのにと思えた。
「莉子ちゃん」
名前を呼べば、素直にこちらを向く。手を頬に添えて、もう一度瞳を覗き込んだ。莉子ちゃんは瞬きを数度した後、頬を染めて顔を背けた。
「恥ずかしい……」
「見せてよ」
お願いをすれば、うぅと小さく唸ったあと、またこちらに顔を向ける。でも瞼は閉じたままなので、笑ってしまった。
「それじゃ見えないでしょ」
「うん……うん」
莉子ちゃんはそっと目を開けた。綺麗で透き通った、君の瞳を見つめる。瞳の奥に俺が映っている。それだけで、酷く安心したんだ。いつまでも、君の瞳に映っていたいと願ってしまうほどに。
「もういい?」
君が泣き出しそうな声だから、解放した。謝罪の代わりに頭を撫でる。君は俯いたまま、まだ言葉を探してくれていた。母の顔を思い出すけれど、悲しくはない。沈黙に優しく溶けていく。
「……思い出せて、よかった?」
莉子ちゃんがおそるおそるそう訊く。安心させたくて、また頭に触れる。こうしたら莉子ちゃんは落ち着くんだって、馬鹿みたいに信じていた。
「当たり前じゃない」
君がくれたなにもかも、悪く思う日なんて来ないよ。だって、いつだって優しさに溢れている。
「思い出せてよかったよ。ありがとう」
こんな言葉じゃ足りないけれど、君は安心したように笑った。それと同時に腹の虫を鳴らす。恥ずかしそうに腹を抱えたので、俺は思い切り笑った。
「お腹空いたよね、ごめんね」
「うん、空いた……」
莉子ちゃんの手を引いて、引っ張り起こす。また横並びになって歩き出す。探し求めていた幸せが、君の隣にあればいいと思っていた。幸せの形が、今の時間と同じならいいと思った。幸せがどんなものかなんて、俺にはよく分からなくなってしまっているけれど。
「あのね、あれからちょっと調べてみたの」
後日、莉子ちゃんが宝石図鑑を片手に俺の所へ来た。そういえば、莉子ちゃんは宝石に興味があるんだったな。
「私の瞳の色、暗めのオレンジだと思うんだけど、似たような色の宝石を調べて」
オレンジの宝石にもいろいろあるんだけどね、と君は早口で話す。
「迅のお母さん、11月生まれって言ってたから。トパーズなんじゃないかって」
「トパーズ?」
「11月の誕生石なんだよ」
莉子ちゃんはトパーズの紹介ページを開いて見せる。色とりどりの宝石の写真が載っていた。
「これ、全部トパーズなの?」
「うん、おんなじトパーズでもいろんな色があるの。けどね、」
莉子ちゃんは次のページを開いた。鮮やかな橙色の宝石が載っていて、記憶の中の母の指輪とリンクした。
「インペリアルトパーズって呼ばれるのは、この色なの。これじゃないかな?」
「……これだと思う」
しみじみと眺め、写真の宝石を親指でなぞった。懐かしさにまた泣きたくなる。知らない母の思い出に触れた気がして、嬉しくなる。出来ることなら、いつかこの石の指輪を莉子ちゃんに贈りたい。そんなことを思った。重くて仕方がないだろうと、掻き消したけど。いつか、それが許されるなら。
「ありがとう」
今はこの言葉だけに、すべてを込めて。
毎年、11月になると人恋しくなる。肌寒くなってくるし。頼る先が君しか思い当たらなくて、連絡をとった。心のどこかで、届かないでくれと願いながら。
『明日の午後なら、空いてるよ』
君からの連絡に、胸を躍らせる。不安だった気持ちが、払われていく。
『迎えにいくよ』
未来視に君が映り込む。いつもの公園の、時計の下で。俺を待つ君が視える。明日は大丈夫。支部の自分の部屋で、ベッドに倒れ込む。今日はなんだか、よく眠れそう。
夢の中、母が俺に笑いかけた気がした。
目が覚めると、10時を過ぎていた。慌てて起き上がり、身支度をする。朝ごはんはいいや。寝癖を直すのがめんどくさくなり、トリガーを起動した。財布と携帯だけ持って、支部を出る。空には少し、雲が出ていた。公園に着くと、莉子ちゃんがいつも通りそこにいた。
「おはよう」
「おはよ〜」
間の抜けた声で、俺を見上げる。莉子ちゃんの瞳は大きくて、吸い込まれるような気分で覗き込む。橙色の瞳に、なにかを思い出しそうになる。なんだっけ、この色。遠い昔、見たことがある。懐かしいことだけは、思い出せるのに。いつもの癖で莉子ちゃんの頬を撫でると、目を細めた。橙色は瞼の下に隠れてしまう。
「迅、手が冷たい。トリオン体で来たでしょ?」
じとっと莉子ちゃんが俺を睨む。しまった。寝癖はともかく、寝巻きは着替えておくべきだった。
「んー今、下は寝巻きだから許して?」
「えーちゃんと着替えなきゃダメだよ。気持ちが切り替わらないし。万が一でもトリオン体解除しちゃったらまずいじゃん」
「そうだね、ごめん」
へらりと笑うと、笑って誤魔化さない!と腹を小突かれた。それでも笑っていると、ため息を吐いて君も小さく笑った。俺はまた飽きずに、莉子ちゃんの頬に触れる。額から頭にかけて撫でてやる。
「髪の分け目、分かんなくなっちゃうよぉ」
君はそう文句を言うけど、俺の手を止めたりはしなかった。俺が満足いくまで、君は黙って身を委ねた。
「お昼どうする?」
「なんでもいいよ」
「いつもそれじゃんか。迅の食べたいものはないの?」
「ないよ」
莉子ちゃんと食べれるなら、なんでもご馳走だよ。言葉の代わりに、額を親指で繰り返し撫でる。
「うーん……じゃあ今日はインドカレー食べる」
「分かった」
最後にぽんぽんと頭を叩いて、駅の方へ歩き出した。手を繋ごうと思えば、すぐ繋げる距離で横並び。なにもないのに繋いだら、君はどんな顔をするんだろう。拒絶はされない気はしてるけど、嫌がられたら悲しいから、手を引っ込める。けれど、未練がましく小さな手を見つめていた。
(あ、)
「迅?」
俺が立ち止まったので、君は振り返る。橙色の瞳が俺を見上げる。思い出した。
「なんでも、ない」
なんとかそれだけ搾り出したけど、泣き出してしまいそうだ。顔を覆おうとする俺の両手首を、君の手が掴む。やめて、優しくしないで。追求しないでくれ。
「どうしたの?具合悪い?」
「そうじゃない。そうじゃない、けど」
莉子ちゃんは俺の手を引いて、来た道を戻る。公園に戻って、俺をベンチに座らせた。そのまま、黙って俺の横に座る。俺が話すまで、君はなにも言わなかった。その時間が、絶望的なさっきまでの気分を、吹き飛ばしていく。失くしていたものを見つけたような、温かい気持ちに変わっていく。
「……母さんが、11月に誕生日なんだ」
「おめでとう」
莉子ちゃんの、故人に向ける独特な感情が好きだ。前に母の墓参りに連れて行った時も、墓石に向かって手を振っていた。まるで生きている人間を相手にするように、自然とそう振る舞うのが好きだ。
「それで、母さんのことを思い出して、て」
顔を手で覆う。息を深く吸って、吐いた。
「莉子ちゃんの瞳を見てたら、なにか思い出しそうで、さっき思い出したんだ」
「なにを?」
「莉子ちゃんの瞳の色が、母さんがしてた指輪の石にそっくりなんだ」
「へぇ。そうなんだ」
莉子ちゃんは空を眺めて遠い目をしていた。俺のために、言葉を探しているようだった。横顔を見つめて、母と重ねる。全然違うはずなのに、母が俺にくれた愛情と同じものを感じていた。母がくれた愛など、色褪せて忘れていくばかりなのだけど。莉子ちゃんがくれるそれが、同じ温度ならいいのにと、勝手に願っていた。いつか気付かぬうちに、すり替わっていても。それでもいいのにと思えた。
「莉子ちゃん」
名前を呼べば、素直にこちらを向く。手を頬に添えて、もう一度瞳を覗き込んだ。莉子ちゃんは瞬きを数度した後、頬を染めて顔を背けた。
「恥ずかしい……」
「見せてよ」
お願いをすれば、うぅと小さく唸ったあと、またこちらに顔を向ける。でも瞼は閉じたままなので、笑ってしまった。
「それじゃ見えないでしょ」
「うん……うん」
莉子ちゃんはそっと目を開けた。綺麗で透き通った、君の瞳を見つめる。瞳の奥に俺が映っている。それだけで、酷く安心したんだ。いつまでも、君の瞳に映っていたいと願ってしまうほどに。
「もういい?」
君が泣き出しそうな声だから、解放した。謝罪の代わりに頭を撫でる。君は俯いたまま、まだ言葉を探してくれていた。母の顔を思い出すけれど、悲しくはない。沈黙に優しく溶けていく。
「……思い出せて、よかった?」
莉子ちゃんがおそるおそるそう訊く。安心させたくて、また頭に触れる。こうしたら莉子ちゃんは落ち着くんだって、馬鹿みたいに信じていた。
「当たり前じゃない」
君がくれたなにもかも、悪く思う日なんて来ないよ。だって、いつだって優しさに溢れている。
「思い出せてよかったよ。ありがとう」
こんな言葉じゃ足りないけれど、君は安心したように笑った。それと同時に腹の虫を鳴らす。恥ずかしそうに腹を抱えたので、俺は思い切り笑った。
「お腹空いたよね、ごめんね」
「うん、空いた……」
莉子ちゃんの手を引いて、引っ張り起こす。また横並びになって歩き出す。探し求めていた幸せが、君の隣にあればいいと思っていた。幸せの形が、今の時間と同じならいいと思った。幸せがどんなものかなんて、俺にはよく分からなくなってしまっているけれど。
「あのね、あれからちょっと調べてみたの」
後日、莉子ちゃんが宝石図鑑を片手に俺の所へ来た。そういえば、莉子ちゃんは宝石に興味があるんだったな。
「私の瞳の色、暗めのオレンジだと思うんだけど、似たような色の宝石を調べて」
オレンジの宝石にもいろいろあるんだけどね、と君は早口で話す。
「迅のお母さん、11月生まれって言ってたから。トパーズなんじゃないかって」
「トパーズ?」
「11月の誕生石なんだよ」
莉子ちゃんはトパーズの紹介ページを開いて見せる。色とりどりの宝石の写真が載っていた。
「これ、全部トパーズなの?」
「うん、おんなじトパーズでもいろんな色があるの。けどね、」
莉子ちゃんは次のページを開いた。鮮やかな橙色の宝石が載っていて、記憶の中の母の指輪とリンクした。
「インペリアルトパーズって呼ばれるのは、この色なの。これじゃないかな?」
「……これだと思う」
しみじみと眺め、写真の宝石を親指でなぞった。懐かしさにまた泣きたくなる。知らない母の思い出に触れた気がして、嬉しくなる。出来ることなら、いつかこの石の指輪を莉子ちゃんに贈りたい。そんなことを思った。重くて仕方がないだろうと、掻き消したけど。いつか、それが許されるなら。
「ありがとう」
今はこの言葉だけに、すべてを込めて。