弓場と迅の話
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
君の誕生日、前日の夜。クローゼットをひっくり返すような勢いで、服を見比べていた。
(なに着ていけばいいんだ……)
君とデートに行く日の前日は、いつもこうだ。デート?うん、多分……。未だに付き合っちゃいねぇけど、2人きりで出かけるんだし。デートだろ。デートでいいよな。デートだと意識したら動悸がしてくる。ますますなにを着ればいいのか分からない。
(カッコいい、とか。言われたい)
言われたことねぇけど。素敵、とか。いいね、とか。だいたいそういう表現。カッコいいって、言われたら。想像して、想像なのにまた動悸がして。俺は毒でも飲んだのか。君という存在が毒だったとしても、離れるなんて出来ないのに。クラクラしながら、シャツにジャケットを合わせる。分かんねぇ。
「今日の拓磨、いいねぇ。素敵だね」
朝、顔を合わせて開口一番にそう言われる。なにも言葉が出てこない。カッコいいには一歩届かないけど。充分な破壊力だった。莉子はなに着たって可愛い。失礼か。いや、いつだって可愛いんだけど。照れ臭くて恥ずかしくて、いつも口に出来ない。だって、生まれて19年間、ほとんど一緒にいるんだ。今更そんなこと。
「……誕生日、おめで、とう」
今日1番大事な言葉を贈る。それだけで莉子は嬉しそうに笑った。
「うん、ありがとう!」
莉子はおもむろに俺の手を取り、握手をした。両手で俺の右手に触れて、撫でたり握ったり。
「なんだ」
「んー?拓磨の手、好きだなぁって」
心臓を握り潰されたかと思う。好き?手だけ?なぁ、手だけか?苦しくて、聞けない。莉子はパッと手を離して歩き出してしまう。どれだけ俺を振り回したら気が済むんだ。身勝手だけれど、少し怒りを覚える。
「拓磨?行こう?」
莉子が不思議そうに振り向いた瞬間、嘘みたいに怒りが凪ぐ。可愛い。幸せな気持ちが寄せては返す。繰り返し、繰り返し幸福が訪れるから、君への不満も怒りもすぐに忘れてしまって。いつまでも関係は歪なまま。
「悪い」
慌てて横に並んで、ゆっくり歩き出す。手は繋げなくて、行き場を失くしたまま、宙ぶらりんで。
莉子の話を聞くために屈むたび、ふわっと甘い香りがする。気のせいかと思ったが、やっぱりいつもの匂いと違う。
「莉子、シャンプー変えたか?」
「変えてないよ?あ、」
莉子は自分のリュックに手を突っ込んで、なにかを探す。いろいろと落としそうだし危なっかしいので、リュックのお尻を支えてやる。莉子のリュックの中はいつもごちゃごちゃしていて。時間がかかるので、道の端に寄る。なにを探してんだ?
「あった、これ」
莉子の手の中には、小さな容器が収まっていて。蓋に、花の絵が描いてある。スズランか?
「スズランの練り香水」
「してるのか?」
「うん」
「なんで」
思わずそう訊いてしまう。心の内が不安で曇っていくのが分かる。なんでそんな、急に女の子らしいものを?莉子が自分から買うとは思えなかった。誰かに貰った?誰のために、そんな可愛らしいことをするんだ。
「いい匂いじゃない……?」
不安そうに君が訊くのに、少しだけ希望を見い出して。俺のため?俺に見てほしくて、そんなことを?いつだって見てるのに。でも、にわかには信じがたい。
「いい匂いだけどよ……」
なんで、どうして。理由が知りたくて仕方ない。君のひとつひとつの変化でこんなにも不安定になる。濁った純愛の、置き場所がない。
「こないだお出かけした時、テスターをつけて、」
莉子が泣き出しそうな声で話し出す。ごめん、ごめんなさい。そんな追い詰めたいわけじゃないのに。莉子の泣くところなんて、もう一生見たくないのに。いつも俺は。
「つけたあと、自分で香ったら、落ち着く気がして」
「うん」
「匂い嗅いで気分が上がるならいいかなぁって、買ったの」
「……そうか」
「周りも、いい匂いしたら喜ぶかなぁって」
俺を名指しにして欲しかった。我儘で欲張りだろうか。謙虚に無欲に、愛するだけで満足出来たらよかったのに。なにもいらないはずなのに。年々、渇きが酷くなる。
「拓磨は、この匂い嫌い?」
「そんなこと、ない」
君が女性らしく大人っぽくなることが、嬉しくないわけがない。ドキドキするよ、すごく。
「似合ってる」
そう伝えるので精一杯で、俺は耳まで赤く染めた。莉子の顔なんて見れなかったけど、ありがとう、と柔らかい声が耳に入ったのでほっとした。莉子はリュックを背負い直し、また歩き始める。俺の袖の裾をくいっと引っ張って。どうしよう、繋いでしまいたい。
「わ」
君が声をあげる。繋いでしまった。莉子が俺をじっと見上げる。心臓が止まってしまいそうだ。
(言い訳、言い訳を)
いつも、言い訳をして繋いでいる。寒いからだとか、周りにカップルが多くて恥ずかしいからだとか。言い訳しなくちゃ、なにか。付き合っては、いないんだから。
「私、誕生日だから。繋いでいてね」
そんなの。そんな言い訳、ずるすぎるだろ。莉子は機嫌良く手を振って歩き出した。呼吸も心臓も乱れる、おかしくなりそう。莉子はやっぱり、劇薬かも。
(もう、なんだっていい)
付き合ってるとか付き合ってないとか。片想いだとか両想いだとか。どうだっていい。莉子の隣にいられるなら、なんだっていい。莉子が許してくれるなら、どんな形でも。1番にしてくれるなら、どうにかなってもいい。
(莉子の1番は誰なんだろうか)
幸せな時間が過ぎるのはあっという間で、すっかり夜になってしまった。手を離しがたくて、寄り道して遠回りして。そんな誤魔化しもそろそろ限界だ。切なくなるほど寂しくなって、莉子は今日、俺といて幸せだったのか不安になる。幸せすぎて、君を不幸にしていないか心配になる。
「莉子」
「うん?」
「今日、俺といてよかったか……?」
約束は2ヶ月も前に取り付けた。ただ、1番最初に誘ったのが俺だっただけ。莉子は本当にそれでよかったのだろうか。嫌だったと言われても、返してやることは出来ないのだけど。どんな相手からだって、ぶんどってしまうと思う。それなのに、莉子がなんて言うかなんて分かりきっているのに、欲しがる俺は浅ましい。
「よかったよ」
嘘でもそう言ってくれることに、どんなに安心して、どんなに胸を締めつけるか。知って欲しいし、知られるのが怖い。
「拓磨は?」
「……今日はお前の誕生日だったんだから、俺のことはいいだろ」
「嫌だったの?」
「そんなわけねぇだろ……」
莉子は心配性で、素直だから。そのうち、なにも隠せなくなって、暴かれてしまうんだろうな。そうでなくてもバレバレか。
「幸せすぎたよ」
少しだけ、正直になった。バレてるなら、ちょっとくらい溢してもいいか。
「?拓磨が幸せだったの?」
「なんか変か?」
「変ではない、けど」
莉子が少し俺の腕に身体を寄せた。ドッと心臓が早鐘を打つ。柔らかい。頭が真っ白になる。
「ちょっと恥ずかしい……」
「なにが」
よく分からずに返事をする。パニックになっているので莉子の話が全く耳に入らない。莉子はさらにぎゅっと俺の腕に抱きつくと、離れていった。
「今日はありがとうね!おやすみ」
返事も待たずに、君は家に帰っていった。どうにかなってしまう。顔が熱くて湯気でも出ていそうだ。腕に残った感触に、劣情を掻き立てられる。やっぱりごめん。このままなんて、耐えられない。
(なに着ていけばいいんだ……)
君とデートに行く日の前日は、いつもこうだ。デート?うん、多分……。未だに付き合っちゃいねぇけど、2人きりで出かけるんだし。デートだろ。デートでいいよな。デートだと意識したら動悸がしてくる。ますますなにを着ればいいのか分からない。
(カッコいい、とか。言われたい)
言われたことねぇけど。素敵、とか。いいね、とか。だいたいそういう表現。カッコいいって、言われたら。想像して、想像なのにまた動悸がして。俺は毒でも飲んだのか。君という存在が毒だったとしても、離れるなんて出来ないのに。クラクラしながら、シャツにジャケットを合わせる。分かんねぇ。
「今日の拓磨、いいねぇ。素敵だね」
朝、顔を合わせて開口一番にそう言われる。なにも言葉が出てこない。カッコいいには一歩届かないけど。充分な破壊力だった。莉子はなに着たって可愛い。失礼か。いや、いつだって可愛いんだけど。照れ臭くて恥ずかしくて、いつも口に出来ない。だって、生まれて19年間、ほとんど一緒にいるんだ。今更そんなこと。
「……誕生日、おめで、とう」
今日1番大事な言葉を贈る。それだけで莉子は嬉しそうに笑った。
「うん、ありがとう!」
莉子はおもむろに俺の手を取り、握手をした。両手で俺の右手に触れて、撫でたり握ったり。
「なんだ」
「んー?拓磨の手、好きだなぁって」
心臓を握り潰されたかと思う。好き?手だけ?なぁ、手だけか?苦しくて、聞けない。莉子はパッと手を離して歩き出してしまう。どれだけ俺を振り回したら気が済むんだ。身勝手だけれど、少し怒りを覚える。
「拓磨?行こう?」
莉子が不思議そうに振り向いた瞬間、嘘みたいに怒りが凪ぐ。可愛い。幸せな気持ちが寄せては返す。繰り返し、繰り返し幸福が訪れるから、君への不満も怒りもすぐに忘れてしまって。いつまでも関係は歪なまま。
「悪い」
慌てて横に並んで、ゆっくり歩き出す。手は繋げなくて、行き場を失くしたまま、宙ぶらりんで。
莉子の話を聞くために屈むたび、ふわっと甘い香りがする。気のせいかと思ったが、やっぱりいつもの匂いと違う。
「莉子、シャンプー変えたか?」
「変えてないよ?あ、」
莉子は自分のリュックに手を突っ込んで、なにかを探す。いろいろと落としそうだし危なっかしいので、リュックのお尻を支えてやる。莉子のリュックの中はいつもごちゃごちゃしていて。時間がかかるので、道の端に寄る。なにを探してんだ?
「あった、これ」
莉子の手の中には、小さな容器が収まっていて。蓋に、花の絵が描いてある。スズランか?
「スズランの練り香水」
「してるのか?」
「うん」
「なんで」
思わずそう訊いてしまう。心の内が不安で曇っていくのが分かる。なんでそんな、急に女の子らしいものを?莉子が自分から買うとは思えなかった。誰かに貰った?誰のために、そんな可愛らしいことをするんだ。
「いい匂いじゃない……?」
不安そうに君が訊くのに、少しだけ希望を見い出して。俺のため?俺に見てほしくて、そんなことを?いつだって見てるのに。でも、にわかには信じがたい。
「いい匂いだけどよ……」
なんで、どうして。理由が知りたくて仕方ない。君のひとつひとつの変化でこんなにも不安定になる。濁った純愛の、置き場所がない。
「こないだお出かけした時、テスターをつけて、」
莉子が泣き出しそうな声で話し出す。ごめん、ごめんなさい。そんな追い詰めたいわけじゃないのに。莉子の泣くところなんて、もう一生見たくないのに。いつも俺は。
「つけたあと、自分で香ったら、落ち着く気がして」
「うん」
「匂い嗅いで気分が上がるならいいかなぁって、買ったの」
「……そうか」
「周りも、いい匂いしたら喜ぶかなぁって」
俺を名指しにして欲しかった。我儘で欲張りだろうか。謙虚に無欲に、愛するだけで満足出来たらよかったのに。なにもいらないはずなのに。年々、渇きが酷くなる。
「拓磨は、この匂い嫌い?」
「そんなこと、ない」
君が女性らしく大人っぽくなることが、嬉しくないわけがない。ドキドキするよ、すごく。
「似合ってる」
そう伝えるので精一杯で、俺は耳まで赤く染めた。莉子の顔なんて見れなかったけど、ありがとう、と柔らかい声が耳に入ったのでほっとした。莉子はリュックを背負い直し、また歩き始める。俺の袖の裾をくいっと引っ張って。どうしよう、繋いでしまいたい。
「わ」
君が声をあげる。繋いでしまった。莉子が俺をじっと見上げる。心臓が止まってしまいそうだ。
(言い訳、言い訳を)
いつも、言い訳をして繋いでいる。寒いからだとか、周りにカップルが多くて恥ずかしいからだとか。言い訳しなくちゃ、なにか。付き合っては、いないんだから。
「私、誕生日だから。繋いでいてね」
そんなの。そんな言い訳、ずるすぎるだろ。莉子は機嫌良く手を振って歩き出した。呼吸も心臓も乱れる、おかしくなりそう。莉子はやっぱり、劇薬かも。
(もう、なんだっていい)
付き合ってるとか付き合ってないとか。片想いだとか両想いだとか。どうだっていい。莉子の隣にいられるなら、なんだっていい。莉子が許してくれるなら、どんな形でも。1番にしてくれるなら、どうにかなってもいい。
(莉子の1番は誰なんだろうか)
幸せな時間が過ぎるのはあっという間で、すっかり夜になってしまった。手を離しがたくて、寄り道して遠回りして。そんな誤魔化しもそろそろ限界だ。切なくなるほど寂しくなって、莉子は今日、俺といて幸せだったのか不安になる。幸せすぎて、君を不幸にしていないか心配になる。
「莉子」
「うん?」
「今日、俺といてよかったか……?」
約束は2ヶ月も前に取り付けた。ただ、1番最初に誘ったのが俺だっただけ。莉子は本当にそれでよかったのだろうか。嫌だったと言われても、返してやることは出来ないのだけど。どんな相手からだって、ぶんどってしまうと思う。それなのに、莉子がなんて言うかなんて分かりきっているのに、欲しがる俺は浅ましい。
「よかったよ」
嘘でもそう言ってくれることに、どんなに安心して、どんなに胸を締めつけるか。知って欲しいし、知られるのが怖い。
「拓磨は?」
「……今日はお前の誕生日だったんだから、俺のことはいいだろ」
「嫌だったの?」
「そんなわけねぇだろ……」
莉子は心配性で、素直だから。そのうち、なにも隠せなくなって、暴かれてしまうんだろうな。そうでなくてもバレバレか。
「幸せすぎたよ」
少しだけ、正直になった。バレてるなら、ちょっとくらい溢してもいいか。
「?拓磨が幸せだったの?」
「なんか変か?」
「変ではない、けど」
莉子が少し俺の腕に身体を寄せた。ドッと心臓が早鐘を打つ。柔らかい。頭が真っ白になる。
「ちょっと恥ずかしい……」
「なにが」
よく分からずに返事をする。パニックになっているので莉子の話が全く耳に入らない。莉子はさらにぎゅっと俺の腕に抱きつくと、離れていった。
「今日はありがとうね!おやすみ」
返事も待たずに、君は家に帰っていった。どうにかなってしまう。顔が熱くて湯気でも出ていそうだ。腕に残った感触に、劣情を掻き立てられる。やっぱりごめん。このままなんて、耐えられない。