弓場と迅の話
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高校を無事に卒業した。莉子は卒業出来なかった。そのことが自分のことのように悔しくて、でも莉子が悲しい顔をするまいと耐えているように見えたので、なにも言わなかった。落ち込んでいるのなら話して欲しいし、自分を責める必要なんてないと伝えてやりたかった。なにも言えない俺は意気地なしだ。けれど莉子に想いを告げるのが、どんなことであってもまだ恐かった。
大学が始まるまでの束の間の休み、思い切って莉子を誘った。莉子はいつも通り、快くOKしてくれた。暇ならば、の話。莉子は義理堅いから、先約があれば断る。そういうところに共感はすれど、本当は少し特別扱いされたくて。たくさんの人に愛される君の、ただ一人愛する人になりたくて。どうすればいいのか、全然分からない。もがけばもがくほど、空回りして遠ざかる気がする。けれど、ともかく。明日は一日、一緒にいられる。そのことが嬉しくて眠れない。馬鹿だと呆れてしまう。呆れるくらい、君が好きなことを確かめる。秒針の音に耳を澄ませているうちに、意識が遠のいた。
目が覚めたのは、予定より30分も遅れてだった。飛び起きて支度をする。顔を洗い、歯を磨き、服を着替える。シャツに袖を通していた時、コンコンと窓を叩く音がして、顔を向けた。昔と変わらない、小さい君のシルエットがあって。
「拓磨、おはよ!」
窓越しでも、君の声ははっきり聞こえて。思わずしゃがみ込んでしまった。身体の内側から突き上げるような、ときめきに耐えられない。ダメだ、幼い頃と同じことをされると。随分と久々に窓を叩いてくれた。きっとずっと、待ち侘びていた。
「拓磨〜?」
「ご、めん。今行く、今行くから」
なんとか声を上げて、急いで身支度する。財布、ティッシュハンカチ、持った。折り畳み傘、ペットボトル、持った。最後に鏡を見て、乱れたところがないか確認して。ようやく玄関を出る。莉子が駆け寄ってきて、跳ねる。そっとハイタッチをする。くそ、可愛い。莉子はいつもよりご機嫌そうに見える。ほんの少し、自分のせいかと期待する。
「拓磨、不機嫌?」
んなわけねぇだろ、馬鹿。にやけそうなの必死で耐えてんだよ。我慢してないと、ほどけて溶けてしまいそうなんだよ。
「……いや、別に」
「私ね、今日楽しみだったの。早く行こ」
あーもう。なんでそんな、俺の欲しい言葉をするすると口にするんだ。これは都合の良い夢なんだろうか。夢見心地になってしまうから、君の大事な話も頭に入ってこない。こんなことでは、怒られてしまうのに。
「ーー行って、それから本屋も見たい。それと、」
「う、ん」
めちゃくちゃ歩かされそうだな、今日。全然構わないが。莉子とだったら歩けなくなるまでだって歩くさ。我慢してても、口角が上がっている自覚がある。気持ち悪いと思われたくないから、視線を外した。風が冷たい。
昼ご飯を食べて、街歩きを始めた。莉子はいろんなものに目を輝かせて、ふらふらとあっちへこっちへ行く。気になるものがあると、俺の袖をくいくいっと引っ張る。心臓がずっと騒がしくて、落ち着く暇がない。莉子は俺の気も知らないで、無邪気に駆け回る。もう乱れることはなければいいと思う。
「これ、綺麗だなぁ〜」
雑貨屋の一角に、サンドアートが置いてあった。動かすと砂が落ちて、毎回違う模様のアートになるやつ。
「買ってやろ」
「あ〜!またそうやって!」
うか、と言い切る前に遮られてしまった。莉子が不満気な顔で見上げてきて、可愛い。いや、うん。不満気なのは、まずい。
「二宮さんもだけど、なんでもかんでも私に買い与えようとしないで!」
二宮さんも、ね。はいはい。莉子がたくさん愛されてるのは知ってるけど、やはり面白くはない。
「いいじゃねぇか。欲しいんだろ?」
「置くとこ、ない!」
「片付けも手伝ってやるから」
「もぉ!そうやって甘やかさないでよ!」
莉子の頬がりんごみたいに赤いから、かじりつきたいなぁとぼんやり思いながら。なにがそんなにダメなんだろうか。俺が甘やかすくらいで、莉子はダメになったりしないだろうに。しっかり者だからな。だから甘やかしたい。けど言葉にならず、誤魔化すように頭を撫でた。
「……どうせなら、別のやつが欲しい」
ぼそっと小さく呟いたのを、聞き逃さなかった。
「どっちも買ってやる」
「一個!一個だけでいい!」
莉子は俺の手を頭から払うと、そのまま繋いで引っ張り出した。心臓が悲鳴をあげる。小さい。あったかい。優しく握ると、握り返されて。もうずっと繋いでてくれと思う。莉子は俺を引っ張って、大きな文房具店まで連れてきた。シールが並ぶ売り場に来ると、本当にひとつだけ選んで。
「これ欲しい」
「……莉子」
あまりのスケールダウンに、ため息が出た。そんなんじゃ俺の気持ちが収まらない。もっとわがままなお姫様みたいになってくれていいのに。
「子供っぽいから、ダメ……?」
「そんなこと言ってねぇ」
莉子が持ってきたシールを手に取る。鳥がモチーフのフレークシール。莉子らしくて、本当にこれが欲しいんだろうってことは分かる。
「他に欲しいのはねぇのか?」
「一個だけだもん」
「別に一個だけなんて言ってねぇんだが……」
「いいの。これ欲しい」
莉子が満足そうに笑う。これ以上ごねても機嫌を損ねるだけだろう。そのまま会計に向かった。たったの385円のシールを、俺から受け取ると。
「ありがとう」
あまりにあどけなく、君は笑った。買ってよかったと心の底から思う。別に値段じゃねぇんだ。本当は莉子が喜ぶならなんだって。でも、だからこそ甘やかしてなんでも買ってやりたくなってしまう。
「休憩する?」
「……ケーキでも食べるか」
莉子がケーキ食ってるとこ、見たいだけ。提案を受け入れて、空いてそうな喫茶店を探す。違うのをふたつ頼んで、半分ずつ食べよう。今日はなにを選ぶんだろう。好きなのを頼ませたかった。
「あとね、花屋に寄りたい」
喫茶店を出ると、莉子がそんなことを言う。少し珍しいなと思ったが、黙ってついていく。花屋には色とりどりの花が並ぶ。独特の蜜の香りが漂う。可愛らしい花だな、と思ったのを、莉子が店員を呼んで包んでいた。どこかにやるのか?値札を見ると、フリージアと書かれていた。白いのと黄色いのと、混ざった花束が出来上がる。莉子はそれを、俺に差し出した。
「えっ」
「卒業おめでとう。これからも頑張ってね」
「えっ、と」
言葉が出てこない。ずるい。俺には買わせないくせに勝手にこんなもの贈るなんて。聞いてない、そんなの。
「拓磨の家はお花飾るでしょ?別のがよかった?」
「いや、飾る。飾るけど……別のがとかじゃなくて」
祝ってくれるなんて、思いもよらなかった。俺だけ卒業してしまったから。どっかで後ろめたさを感じていた。莉子が真っ直ぐ、俺を見つめてくれる。それだけで胸を張れる気がした。
「……ありがとう」
おずおずと、花束を受け取る。濃く甘い香りがした。大きく吸い込む。目眩を覚えて、莉子みたいな花だと思った。莉子が手の平を俺にかざす。そっとハイタッチをした。
「学校に行けるなんてすごいよ」
莉子の笑顔に、少しだけ影が入ったのを見逃さなかった。頬に触れる。なにか言いたいのに、なんて言って伝えたら君を傷つけないのか、分からなくて。
「行けない自分を、責めないでくれ」
そんなこと気にしないで、俺は。俺は、どんなお前でも好きだから。俺は臆病だから、言葉になんて出来ないけど。代わりに、手を握った。それすら、想いが全部筒抜けになりそうで怖かった。
「……うん」
莉子は頷くと、手を握ったまま歩き出した。手を繋いで、ゆっくり歩く。一番星が、輝き始めていた。
大学が始まるまでの束の間の休み、思い切って莉子を誘った。莉子はいつも通り、快くOKしてくれた。暇ならば、の話。莉子は義理堅いから、先約があれば断る。そういうところに共感はすれど、本当は少し特別扱いされたくて。たくさんの人に愛される君の、ただ一人愛する人になりたくて。どうすればいいのか、全然分からない。もがけばもがくほど、空回りして遠ざかる気がする。けれど、ともかく。明日は一日、一緒にいられる。そのことが嬉しくて眠れない。馬鹿だと呆れてしまう。呆れるくらい、君が好きなことを確かめる。秒針の音に耳を澄ませているうちに、意識が遠のいた。
目が覚めたのは、予定より30分も遅れてだった。飛び起きて支度をする。顔を洗い、歯を磨き、服を着替える。シャツに袖を通していた時、コンコンと窓を叩く音がして、顔を向けた。昔と変わらない、小さい君のシルエットがあって。
「拓磨、おはよ!」
窓越しでも、君の声ははっきり聞こえて。思わずしゃがみ込んでしまった。身体の内側から突き上げるような、ときめきに耐えられない。ダメだ、幼い頃と同じことをされると。随分と久々に窓を叩いてくれた。きっとずっと、待ち侘びていた。
「拓磨〜?」
「ご、めん。今行く、今行くから」
なんとか声を上げて、急いで身支度する。財布、ティッシュハンカチ、持った。折り畳み傘、ペットボトル、持った。最後に鏡を見て、乱れたところがないか確認して。ようやく玄関を出る。莉子が駆け寄ってきて、跳ねる。そっとハイタッチをする。くそ、可愛い。莉子はいつもよりご機嫌そうに見える。ほんの少し、自分のせいかと期待する。
「拓磨、不機嫌?」
んなわけねぇだろ、馬鹿。にやけそうなの必死で耐えてんだよ。我慢してないと、ほどけて溶けてしまいそうなんだよ。
「……いや、別に」
「私ね、今日楽しみだったの。早く行こ」
あーもう。なんでそんな、俺の欲しい言葉をするすると口にするんだ。これは都合の良い夢なんだろうか。夢見心地になってしまうから、君の大事な話も頭に入ってこない。こんなことでは、怒られてしまうのに。
「ーー行って、それから本屋も見たい。それと、」
「う、ん」
めちゃくちゃ歩かされそうだな、今日。全然構わないが。莉子とだったら歩けなくなるまでだって歩くさ。我慢してても、口角が上がっている自覚がある。気持ち悪いと思われたくないから、視線を外した。風が冷たい。
昼ご飯を食べて、街歩きを始めた。莉子はいろんなものに目を輝かせて、ふらふらとあっちへこっちへ行く。気になるものがあると、俺の袖をくいくいっと引っ張る。心臓がずっと騒がしくて、落ち着く暇がない。莉子は俺の気も知らないで、無邪気に駆け回る。もう乱れることはなければいいと思う。
「これ、綺麗だなぁ〜」
雑貨屋の一角に、サンドアートが置いてあった。動かすと砂が落ちて、毎回違う模様のアートになるやつ。
「買ってやろ」
「あ〜!またそうやって!」
うか、と言い切る前に遮られてしまった。莉子が不満気な顔で見上げてきて、可愛い。いや、うん。不満気なのは、まずい。
「二宮さんもだけど、なんでもかんでも私に買い与えようとしないで!」
二宮さんも、ね。はいはい。莉子がたくさん愛されてるのは知ってるけど、やはり面白くはない。
「いいじゃねぇか。欲しいんだろ?」
「置くとこ、ない!」
「片付けも手伝ってやるから」
「もぉ!そうやって甘やかさないでよ!」
莉子の頬がりんごみたいに赤いから、かじりつきたいなぁとぼんやり思いながら。なにがそんなにダメなんだろうか。俺が甘やかすくらいで、莉子はダメになったりしないだろうに。しっかり者だからな。だから甘やかしたい。けど言葉にならず、誤魔化すように頭を撫でた。
「……どうせなら、別のやつが欲しい」
ぼそっと小さく呟いたのを、聞き逃さなかった。
「どっちも買ってやる」
「一個!一個だけでいい!」
莉子は俺の手を頭から払うと、そのまま繋いで引っ張り出した。心臓が悲鳴をあげる。小さい。あったかい。優しく握ると、握り返されて。もうずっと繋いでてくれと思う。莉子は俺を引っ張って、大きな文房具店まで連れてきた。シールが並ぶ売り場に来ると、本当にひとつだけ選んで。
「これ欲しい」
「……莉子」
あまりのスケールダウンに、ため息が出た。そんなんじゃ俺の気持ちが収まらない。もっとわがままなお姫様みたいになってくれていいのに。
「子供っぽいから、ダメ……?」
「そんなこと言ってねぇ」
莉子が持ってきたシールを手に取る。鳥がモチーフのフレークシール。莉子らしくて、本当にこれが欲しいんだろうってことは分かる。
「他に欲しいのはねぇのか?」
「一個だけだもん」
「別に一個だけなんて言ってねぇんだが……」
「いいの。これ欲しい」
莉子が満足そうに笑う。これ以上ごねても機嫌を損ねるだけだろう。そのまま会計に向かった。たったの385円のシールを、俺から受け取ると。
「ありがとう」
あまりにあどけなく、君は笑った。買ってよかったと心の底から思う。別に値段じゃねぇんだ。本当は莉子が喜ぶならなんだって。でも、だからこそ甘やかしてなんでも買ってやりたくなってしまう。
「休憩する?」
「……ケーキでも食べるか」
莉子がケーキ食ってるとこ、見たいだけ。提案を受け入れて、空いてそうな喫茶店を探す。違うのをふたつ頼んで、半分ずつ食べよう。今日はなにを選ぶんだろう。好きなのを頼ませたかった。
「あとね、花屋に寄りたい」
喫茶店を出ると、莉子がそんなことを言う。少し珍しいなと思ったが、黙ってついていく。花屋には色とりどりの花が並ぶ。独特の蜜の香りが漂う。可愛らしい花だな、と思ったのを、莉子が店員を呼んで包んでいた。どこかにやるのか?値札を見ると、フリージアと書かれていた。白いのと黄色いのと、混ざった花束が出来上がる。莉子はそれを、俺に差し出した。
「えっ」
「卒業おめでとう。これからも頑張ってね」
「えっ、と」
言葉が出てこない。ずるい。俺には買わせないくせに勝手にこんなもの贈るなんて。聞いてない、そんなの。
「拓磨の家はお花飾るでしょ?別のがよかった?」
「いや、飾る。飾るけど……別のがとかじゃなくて」
祝ってくれるなんて、思いもよらなかった。俺だけ卒業してしまったから。どっかで後ろめたさを感じていた。莉子が真っ直ぐ、俺を見つめてくれる。それだけで胸を張れる気がした。
「……ありがとう」
おずおずと、花束を受け取る。濃く甘い香りがした。大きく吸い込む。目眩を覚えて、莉子みたいな花だと思った。莉子が手の平を俺にかざす。そっとハイタッチをした。
「学校に行けるなんてすごいよ」
莉子の笑顔に、少しだけ影が入ったのを見逃さなかった。頬に触れる。なにか言いたいのに、なんて言って伝えたら君を傷つけないのか、分からなくて。
「行けない自分を、責めないでくれ」
そんなこと気にしないで、俺は。俺は、どんなお前でも好きだから。俺は臆病だから、言葉になんて出来ないけど。代わりに、手を握った。それすら、想いが全部筒抜けになりそうで怖かった。
「……うん」
莉子は頷くと、手を握ったまま歩き出した。手を繋いで、ゆっくり歩く。一番星が、輝き始めていた。