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恋バナは嫌いじゃねぇ/藤丸のの
弓場の奴が、作戦会議の途中から明らかに気合い入ってんなぁとは思ってた。合間にメール確認してから。まぁ十中八九、莉子だろ。気合い入れてんのは、多分にやけんの我慢するためだろ。終わったらあれがくるなぁ。
「お疲れ様です!」
「おー気をつけて帰れよおめーら」
ユカリとトノが帰る。後片付けは年長のあたしらがやるわけだが。弓場はマットレスに腰掛けて、考える人になっている。ユカリ達の前では座らねぇ男が。幸せそうなため息を吐いて、動かない。
「今日はどうした?」
「莉子が……今日は一人で寂しいからお迎え来てくれって……」
莉子って的確にコイツを殺すよな。確信犯の殺人鬼なのかな。100パー天然じゃない気がすんだよな。小悪魔ってこういうこと言うのかな。
「よかったじゃねぇか」
「返信出来てねェ」
「しろよ!?」
思わずツッコんでしまった。返信しねぇと、莉子が不安がるだろ。
「いや……あんまほいほい呼ばれるがままに会ってたら、都合のいい男かなって」
「今更かよ!?」
会いたくないって言われても会いに行く男だろおめーは。
「あと、あまりにメールが可愛くてなんて返したらいいか分かんねェ」
「お、おう……」
あたしだって分かんねぇよ。そんなに人のこと好きになったことねーし。……恋愛なんて、似合わないし分からない。してみたいと、思わないこともねーけど。こいつ見てると、大変そうだから遠慮したくなる。
「どうしたらいいと思う?」
こういう時の弓場は、隊長の時の威厳も気合いも鳴りを潜めていて。年相応の(それよりか幼い?)情けない男だ。こっちが素なんだろうな。普段は隊長の「弓場拓磨」を演じてるんだろう。どちらが偽モンってわけでもねぇーけど。どっちも等身大の弓場拓磨なんだろう。
「あたしに恋愛のこと聞くなよ」
「どう返信きたら嬉しいとか、あんだろ」
「莉子じゃねーから分かんねぇーよ」
「そっか、そうだな……」
険しい顔でスマホと睨めっこしてるが、紡ぎ出しているのは愛しい人へのラブレター。すげぇギャップだなぁと思う。険しい顔から、今度は不安そうに読み直し作業をして。弓場の表情をここまで動かすあいつは、きっと魔術師かなんかなんだ。恋ってすごいなと思う。
「なんて返したんだ?」
「もうすぐ終わるから、どこにいるんだって……」
弓場が手で顔を覆う。まぁ、うん。あちゃーって感じだよな。
「冷たすぎる?冷たすぎるか?」
「いや、まぁ……うん。いいんじゃねぇか?大丈夫大丈夫」
多分、こいつは気持ちを伝えるのに一か十かしか出力が出来ねぇ。で、十がとんでもなくでけぇから、急に送ったら絶対不自然だ。莉子もびっくりすんだろ。小出しにしろとは言いたいが、どうしたらいいか聞かれたら困るから言えない。あたしだって十で返しちまうタイプだ。
「じゃあとっとと片付けちまおうぜ」
「おう……」
弓場はまだ不安そうで、動きが鈍い。そんな面すんなよ。
「今から会うんだろ?湿気た面すんな!さっさと会いに行けよ」
「……おう!」
しおれてたのが、水あげた花みたいに元気になる。面白ぇなぁ。さっさとくっつけとは思うが、責任なんて取れねぇからいつものあたしらしく背中は叩けない。出来て、弓場の話を聞いてやるくらい。
「あと任せていいか」
「しょーがねぇな、今度なんか礼しろよ」
「あァ、必ずする」
そう返事しながら、もう出口の方向を見てる。一秒でも惜しいってか。幸せモンだなぁ、2人とも。
「お疲れさん!」
「おぉ、お疲れ」
笑顔で見送る。妬けるなーちくしょう。あたしにもあんな風に想ってくれる男性、現れんのかな。……いや、あれは重いな、無理。
あの人は猫/隠岐孝二
狙撃手合同訓練の前、少し早く着いて暇だったので、ラウンジでコーヒーを飲んでいた。壁際のベンチに腰掛け、ぼんやり。視界の中央に莉子さんが入っていて、なんとなしに見る。心なしか、元気がなさそうに見えるけど。声をかけようか迷っているうちに、荒船先輩が現れてどっかへ移動した。先輩、今日合同訓練サボるんやろか。まぁ関係はあらへんけどと思考を回していると、視界の端に白い手のひらがひらひら。
「今、リコピン見てたでしょ?」
「……王子先輩」
やっかいなのに捕まってしもた。王子先輩は、遠慮することなく俺の横に座る。手を顎に添える様が似合う。王子先輩は、笑みを湛えて俺を見ている。
「……なんですか。俺の顔になにかついてます?」
「魅力的な泣きぼくろだよね」
「照れますわぁ」
なんか気に入らんかったんか。なおも表情を崩さない先輩に戸惑う。王子先輩は、莉子さんのこと。好きなんかな?好きなんちゃうかな。よお分からんのよな。俺も曖昧に笑って返す。
「莉子さんについて、部外者の意見を求めていて」
「部外者て……莉子さん、目の届く範囲みんな関係者みたいな人やないです?」
俺は特段仲が良いわけではないが、俺が困ってたら100パー助けてくれるんちゃうかな。仲良くはないが、そんくらい善性に信頼を置いているけど。
「グラデーションはあるでしょ」
「王子先輩は、色の濃い方に行きたいんすか?」
「んーどうだろうね」
なんやねん。思わずツッコミそうになる。いつも構って欲しそうに、莉子さんの周りちょろちょろちょろちょろしてるくせに。ほんによお分からん人だ。王子先輩は頭を掻くと、ひとつ咳払いした。そういう仕草、似合うよなぁ。
「それでさ、オッキーは莉子さんを動物に例えたらなんだと思う?」
「え、猫でしょそんなもん」
考えるより先に、そう答えていた。王子先輩は目を輝かせた。め、めんどくさ。少し身体を先輩から逸らす。
「どうしてそう思う?」
「いや、どうしてと言われても……可愛い人気者やったら猫でしょ」
「可愛いだけならウサギでも良くない?」
「ウサギと猫は全然ちゃいます」
しまった、可愛いをウサギと比較されて思わず反論してもうた。別にウサギでもええねん。ええねんけど、ウサギと猫を同じにされるのは気に食わんくて。まずった。
「どう違うの?」
「ちゃいますやんか」
「ふーん?」
「あーあれです。猫って自由気ままやし、気まぐれで、しなやかですやんか。それに、莉子さん散歩してると誰にでも声かけられるやないですか。なんか野良猫みたいで」
適当に莉子さんと猫の共通点をあげる。いや、適当言うたけどそこそこ似てると思うで?莉子さん、猫っぽいやろ。つまらん答えで、すんませんけど。
「野良猫ねぇ……」
王子先輩は11時の方向を軽く見て、そのまま7時の方向へ視線を移して。まだなんか言われるんか……?
「野良猫の莉子さんは、誰に拾われると思う?」
「えぇ…………」
めんどくさ〜!!めんどくさ!!王子先輩、悪い人やないんやけどなぁ。知的好奇心、強すぎんねん。知的好奇心なのかこれ?なんでもええわ、めんどくさい……。でも答えないと、解放してくれなさそう。
「…………莉子さんが望む人に、拾われたらええと思いますよ」
「ふうん。オッキーはイイ人だね」
「どうも」
嫌味に聞こえなくもない。でも別に、善い人の幸せ願うくらい俺にも許されるし、構わんやろ。
「実際、莉子さんに足りないのってその視点だと思うし」
王子先輩はなにやら呟いて、一人頷いていた。納得してくれたやろか。コーヒーも終わったし、行ってええかな。訓練始まるし。
「ほな、訓練なんで失礼しますわ」
「うん、またね。話してくれてありがとう」
ヘラっと笑い、軽く頭を下げる。猫、撫でたいなぁ。猫は好きや、等しくみんな幸せであれと願うくらいに。
身近な興味深い人/樫尾由多嘉
後学のために、王子先輩や蔵内先輩以外との連携の機会として、混成部隊の任務に就くことにした。有志でたまに構成される部隊は、当日行くまでメンバーが決まらないことも多く、特に気にもしないのであえては確認しなかった。当日、日が暮れかかる時刻からの任務に赴く。待合室には、俺より先には1人しか来ていなくて。
「カシオくん。今日はよろしく」
軽く手をあげ、ゆるく莉子さんは頭を下げた。莉子さんも混成部隊に入ることがあるんだ、と少し驚きつつ。
「ご指導ご鞭撻のほど、よろしくお願いします!」
「いや、そんな大層なこと私出来ないよ」
莉子さんはペットボトルのお茶を煽り、苦笑いをする。隣に腰掛けた。秒針がやけに耳に響く。俺は少し気まずかったけど、莉子さんは素知らぬ顔であくびをした。やがて、残りのメンバーが2人やってきて、任務となった。
「どうしたらいいですか?」
フリーのB級が呟く。質問の先は、莉子さんだろう。今夜の任務で最年長は莉子さんだ。
「ん。んー……オペレーターは、2人だよね?」
中央オペレーターの返事が、2人分聞こえる。莉子さんは数度頷くと、
「じゃあ、ツーマンセルで部隊分けて行動しよう。今日は攻撃手3人に、私か……」
莉子さんは眉を寄せる。いささか、バランスの悪いパーティである。
「あの。自分は莉子さんについていっていいですか?」
俺の申し出に、莉子さんは意外そうに目を丸くした。他の隊員に目配せをして、そもそもフリーのB級の2人が仲が良さそうだというのを確認して。
「うん、みんながそれでいいならいいよ」
「ありがとうございます」
二手に分かれ、がらんどうの街を歩く。暗くなってきたので暗視をいれる。ザリザリと、ひっペ返されたコンクリートの粒を、踏みしめながら歩く。沈黙は不慣れだ。
「…………莉子さんは、どうしてボーダーに入ったんですか?」
月並みな質問で大変恐縮だ。でも、気になるのも本当なので許していただきたい。王子先輩がやたらと執着する人。あの木虎が素直に話を聞く先輩のひとり。この機会に、莉子さんの人となりを知りたい。
「んーありていに言えば変わりたかったからかな」
「変わりたかった、とは?」
「今のままの自分じゃ、ダメだと思ったんだよ」
莉子さんの過去を知らないから、なぜダメだったのかは分からない。莉子さんの横顔を窺う。表情に乏しく読み取れない。
「今の自分には、満足してますか?」
「おおむね、ね。まだ足りない部分はあるけど、変われたと思うよ」
声は真っ直ぐで、迷いも憂いも感じられなかった。そうだな、この人も変わったんだろう。この街と共に。
「なんていうか……」
想像していたより。思わず溢れる。
「普通ですね」
「そう?普通かな?」
「あっ!いや、普通という表現は失礼でした。ただ、」
莉子さんの表情は相変わらず読み難くて、普通と言われて怒っているのか安堵しているのか、よく分からない。ひょっとしたら、どちらともなのかもしれない。
「同じ人間なんだな、と感じられて。安心したと言いますか」
「えーカシオくん私をなんだと思っていたの……」
「すいません、お詫びします」
王子先輩があれだけ絡むのだから、あの木虎があれだけ尊敬の意を示すのだから、どっかで人間離れした、特別優れた人なのだと勘違いをしていた。目の前の莉子さんはとても身近に感じられる。プレッシャーなど微塵も感じない。
「ま、あれだよ。誰かを理解したい時は「違う生き物」ということと「同じ人間」っていう意識を、バランスよく持つのが大事だと思うよ」
弾かれたように莉子さんの顔を見た。莉子さんは俺の勢いにびっくりして仰け反る。
「ごめん、なんか変なこと言った?」
「いえ、大変興味深くて」
「いや、先輩風吹かせて偉そうにごめんね」
「そんなことないです」
そうか、そうなのかもしれない。身近に感じられるのに、身近に感じられるから、この人の言葉はみんなの胸を捕らえるのかもしれない。プレッシャーはないけど、人と違うものをきっとこの人は持っている。もっと話を聞いてみたい。
ウヴヴーヴーヴー……
サイレンが鳴って、体勢を整えた。9時の方角。荒れた住宅街を走り、トリオン兵を捉える。風が吹くが寒さは感じない。淡々と処理をしていく。20分ほどで、一掃することが出来た。
「お疲れ様〜」
莉子さんは伸びをする。嬉しそうに、夜空を見上げた。
「やっぱ警戒区域は星が綺麗だね」
言われて、俺も空を見上げる。この場所を、そう表現する人もいるんだな。街も人も意味も、どんどん変わっていくんだな。俺はついていけるだろうか。この人は、どう追いかけるのだろうか。興味が湧いてしまった。
ライバルとのギャンブルが楽しい/堤大地
魂が抜けて燃え尽きた亡骸に出会した。
「堤さん……大丈夫?」
「いや……うん、大丈夫……」
加古隊の隊室は近い。また望ちゃんのチャーハン食べたのかこの人……。
「お水、持ってきましょうか?」
「頼む……」
セルフサービスのウォーターサーバーまで行き、紙コップ2つにお水を汲んで持っていく。堤さんは受け取ると、カッっと気持ちよく飲んだ。自分の分だったが、もう1つも渡す。それも飲み干すと、長く息を吐いた。少し世間話でもしようと思って、私は隣に腰掛ける。
「懲りないですね……飽きないんですか?」
「飽きるとかはないね。毎回違う味だし」
「でもハズレるじゃん」
「それもまた醍醐味だよ」
私は遠い目になる。ギャンブルは私も嫌いじゃないが、食べ物は嫌だな……美味しいものだけ食べていたい。まぁ堤さんのこれは昔からなので、止めても無駄だし。
「新しい戦法、探さなきゃなって思ってて」
「今も全然通用してるだろ?」
「私が飽きるので」
「ははは、飽き性だもんなぁ小林は」
堤さんと私は、入隊時期が近いので。なにかと個人ランク戦をしてきたし、私のトリガーセットの変遷をこの人はよく見てきた。今のトリガーセットに落ち着くまで、コロコロコロコロとセットを変えてきた。変える度、一番に相手をしてくれたのは堤さんだ。
「でも、出来ないことやりたくないことはしない、だろ?」
「そうですね、頑張りたくないですね」
「潔いよなぁ」
カラカラと堤さんは笑う。私は出来ないことも、やりたくないことも多かった。足掻いていた時期もあったけれど、やめた。自分の強みとか長所だけを伸ばす方にシフトした。それから、私の戦績は伸びてはきている。
「まぁそういう割り切り好きだよ、俺は」
「ありがとうございます」
「出来ないもんはいくら頑張ったって出来ないもんな」
「出来ないですねぇ」
そういうことばかりじゃないのは、分かっているけど。努力したってどうにもならない領域は、ある。
「……自分のこと、好きにはなれた?」
「自分のこと大好きですねぇ」
「みたいだ。よかったな」
「はい」
この人にも、なにかと心配かけたんだろうな。いろんな人が自分を見ていてくれて、だからこそ今の自分があるんだよな。大事にしたいな、なにか返していきたいな。
「久々に個人ランク戦、付き合ってくれないか?」
「いいですよ」
堤さんは回復したようで、立ち上がるとランク戦ブースへ足を向けた。後ろをついていく。
「そういえば、望ちゃんになにか言っときましょうか?」
親切心からそう訊いてみたが。
「いんや。イカサマはしない主義」
「イカサマってなんですか」
可笑しくなって笑い合った。堤さんに倣って、ギャンブルを楽しんでみようか。
「どちらが勝つか、賭けましょうよ」
「これからのランク戦か?」
「そう。私は私が勝つに賭けます」
勝てるかどうかはちょうど五分くらいだ。堤さんもニッと笑い返して。
「俺も、俺が勝つに賭けるよ」
真剣勝負は、笑い合えるものが心地いい。ブースまであと少し、心も足取りも弾む。
「勝ったらどうします?」
「え、そうだな……なんでもいいけど」
いつもお互いの勝負に賭けるけど、賭けるものは決めていなかったりして。
「自分、ラーメンの気分っす」
「よし、じゃあ負けた方が奢りだな」
勝っても負けても、このあとは2人でラーメン屋と洒落込む。先輩に奢ってもらうラーメンは美味い。誰かと食べる食事は美味い。食事は美味いに限る。
「とりあえず、10本頼む」
「よろしくお願いします」
トリガーの準備をする。転送まであと数秒。ライバルとの試合の火蓋が切られて、火花が散る。
消えない灯火を/月見蓮
二宮さんに、「小林をなんの明かりに例える?」と聞かれたことがある。好奇心丸出しの後輩に影響でもされたかしら?と思ったけど、わりと真面目に数秒考えて。
「灯台だと思います」
そうか、と二宮さんは顎に手を当て思案顔。貴方はなんと例えるのですか?問えば、
「蝋燭だ」
と一言。なるほど、と私も思案して、お互いどうしてそう思うかは聞かずに別れた。すれ違った際の、ちょっとした世間話。
消えない灯火を/月見蓮
「蓮ちゃん、私今日食べやすいものがいいかも」
莉子が申し訳なさそうにそう言う。少し気分が優れないようで、顔色が暗い。頭ひとつ分、目線が下の貴方の顔を覗いて、目を合わせる。微笑めば、ぱちくりと瞬きをする。あまり感情を映さない顔を、そっと撫でた。
「いいのよ、全然。なになら食べられそう?」
「お蕎麦とか、パスタとか。お寿司とか」
「どれでもいいわよ」
「ん……じゃあ食べる量お互い調整出来るから、お寿司」
2人で駅前の回転寿司まで歩く。冬の気配を感じる11月。もうすぐやってくる凍える季節。貴方は得意ではないけど、好きなのよね。好きだけど嫌い、ダメだけど嫌じゃない。両極端のものを抱えて、振り回されて生きる子。
「あ、いわしフェアだ」
声のトーンが上がる。口角は上がらないけど、目が輝いている。やっぱり可愛らしくて、撫でた。広めのテーブル席に案内される。紙に注文を書いていく。
「とりあえずいわしと、えんがわと。はまち蓮ちゃん食べる?」
「食べようかな」
じゃあ2つね、と莉子は愛らしい字で書き込んでいく。その間に、粉末抹茶を湯呑に入れ、お茶を作った。
「あ、ありがとう」
莉子はお茶を口につけて、あち、と離した。思わず笑ってしまう。莉子もへへへと笑い返してくれた。店員を呼んで、注文用紙を渡す。莉子は手を膝の上に置いて、俯いて。不安そうにしていた。
「……検査入院、心配?」
「うん……ちょっと怖い」
莉子は来週から、精神病の検査のために入院する。どこかが痛いとか、命に関わることではないからよかったけれど。それでも、やっぱり最近体調がよくないのは事実だから。
「大丈夫よ、調べるだけだから。のんびり検査してくれば」
「うん……あのね」
「うん」
「答えが出ちゃうのが、怖いよ」
「うん、でもね」
莉子が私の言葉を待つ。私は言葉を探す。貴方を傷つけず、包んであげられる言葉を。
「なんで具合が悪いのか、分からないまま生きていくより、楽だと思うわ」
「うん……」
「原因が分かれば、対処出来るからね。きっと、今より良くなる」
「うん」
「なにが分かっても、私は莉子の友達だから。それは変わらないからね」
「うん、ありがとう」
「退院したら、またとんかつ食べましょ」
「うん!」
ようやく少し明るくなった貴方に、ほっとして私も笑いかける。やがてお寿司が運ばれてきて、貴方は美味しそうに頬張った。
「いわし、美味しい〜」
「よかったわね」
「おかわりしよ」
新しい注文用紙に、また寿司ネタを書き込む。浮き沈みの激しい貴方が、ちゃんと丘で歩けるように。あるいは、水底でも息が出来るように。私はどちらでもいいの。貴方が楽に、明るく生きられるなら。
「蓮ちゃんはなに食べる?」
「そうね、ほたて食べようかしら」
「おっ貝いいね。私も食べよ〜」
貴方は灯台よ。真っ暗な海で泳いでいても、勇気を分けてくれる灯台。貴方はそこにいるだけでも、みんなに元気を与えている。なにも心配しないで。私も、みんなも、貴方の味方だから。
「蓮ちゃん」
「うん?」
「ちょっと元気出てきた。ありがとぉ」
たまには自分のことだけ考えて、休んでもいいのに。でも頼りにされたくて、照らされたくて、いつもお礼ばかり言わせてしまうわね。
「こちらこそ、いつもありがとう」
灯台守にはなれないけれど、いつでも花束を届けに行くわ。どこにいたって、なにをしていたって。
弓場の奴が、作戦会議の途中から明らかに気合い入ってんなぁとは思ってた。合間にメール確認してから。まぁ十中八九、莉子だろ。気合い入れてんのは、多分にやけんの我慢するためだろ。終わったらあれがくるなぁ。
「お疲れ様です!」
「おー気をつけて帰れよおめーら」
ユカリとトノが帰る。後片付けは年長のあたしらがやるわけだが。弓場はマットレスに腰掛けて、考える人になっている。ユカリ達の前では座らねぇ男が。幸せそうなため息を吐いて、動かない。
「今日はどうした?」
「莉子が……今日は一人で寂しいからお迎え来てくれって……」
莉子って的確にコイツを殺すよな。確信犯の殺人鬼なのかな。100パー天然じゃない気がすんだよな。小悪魔ってこういうこと言うのかな。
「よかったじゃねぇか」
「返信出来てねェ」
「しろよ!?」
思わずツッコんでしまった。返信しねぇと、莉子が不安がるだろ。
「いや……あんまほいほい呼ばれるがままに会ってたら、都合のいい男かなって」
「今更かよ!?」
会いたくないって言われても会いに行く男だろおめーは。
「あと、あまりにメールが可愛くてなんて返したらいいか分かんねェ」
「お、おう……」
あたしだって分かんねぇよ。そんなに人のこと好きになったことねーし。……恋愛なんて、似合わないし分からない。してみたいと、思わないこともねーけど。こいつ見てると、大変そうだから遠慮したくなる。
「どうしたらいいと思う?」
こういう時の弓場は、隊長の時の威厳も気合いも鳴りを潜めていて。年相応の(それよりか幼い?)情けない男だ。こっちが素なんだろうな。普段は隊長の「弓場拓磨」を演じてるんだろう。どちらが偽モンってわけでもねぇーけど。どっちも等身大の弓場拓磨なんだろう。
「あたしに恋愛のこと聞くなよ」
「どう返信きたら嬉しいとか、あんだろ」
「莉子じゃねーから分かんねぇーよ」
「そっか、そうだな……」
険しい顔でスマホと睨めっこしてるが、紡ぎ出しているのは愛しい人へのラブレター。すげぇギャップだなぁと思う。険しい顔から、今度は不安そうに読み直し作業をして。弓場の表情をここまで動かすあいつは、きっと魔術師かなんかなんだ。恋ってすごいなと思う。
「なんて返したんだ?」
「もうすぐ終わるから、どこにいるんだって……」
弓場が手で顔を覆う。まぁ、うん。あちゃーって感じだよな。
「冷たすぎる?冷たすぎるか?」
「いや、まぁ……うん。いいんじゃねぇか?大丈夫大丈夫」
多分、こいつは気持ちを伝えるのに一か十かしか出力が出来ねぇ。で、十がとんでもなくでけぇから、急に送ったら絶対不自然だ。莉子もびっくりすんだろ。小出しにしろとは言いたいが、どうしたらいいか聞かれたら困るから言えない。あたしだって十で返しちまうタイプだ。
「じゃあとっとと片付けちまおうぜ」
「おう……」
弓場はまだ不安そうで、動きが鈍い。そんな面すんなよ。
「今から会うんだろ?湿気た面すんな!さっさと会いに行けよ」
「……おう!」
しおれてたのが、水あげた花みたいに元気になる。面白ぇなぁ。さっさとくっつけとは思うが、責任なんて取れねぇからいつものあたしらしく背中は叩けない。出来て、弓場の話を聞いてやるくらい。
「あと任せていいか」
「しょーがねぇな、今度なんか礼しろよ」
「あァ、必ずする」
そう返事しながら、もう出口の方向を見てる。一秒でも惜しいってか。幸せモンだなぁ、2人とも。
「お疲れさん!」
「おぉ、お疲れ」
笑顔で見送る。妬けるなーちくしょう。あたしにもあんな風に想ってくれる男性、現れんのかな。……いや、あれは重いな、無理。
あの人は猫/隠岐孝二
狙撃手合同訓練の前、少し早く着いて暇だったので、ラウンジでコーヒーを飲んでいた。壁際のベンチに腰掛け、ぼんやり。視界の中央に莉子さんが入っていて、なんとなしに見る。心なしか、元気がなさそうに見えるけど。声をかけようか迷っているうちに、荒船先輩が現れてどっかへ移動した。先輩、今日合同訓練サボるんやろか。まぁ関係はあらへんけどと思考を回していると、視界の端に白い手のひらがひらひら。
「今、リコピン見てたでしょ?」
「……王子先輩」
やっかいなのに捕まってしもた。王子先輩は、遠慮することなく俺の横に座る。手を顎に添える様が似合う。王子先輩は、笑みを湛えて俺を見ている。
「……なんですか。俺の顔になにかついてます?」
「魅力的な泣きぼくろだよね」
「照れますわぁ」
なんか気に入らんかったんか。なおも表情を崩さない先輩に戸惑う。王子先輩は、莉子さんのこと。好きなんかな?好きなんちゃうかな。よお分からんのよな。俺も曖昧に笑って返す。
「莉子さんについて、部外者の意見を求めていて」
「部外者て……莉子さん、目の届く範囲みんな関係者みたいな人やないです?」
俺は特段仲が良いわけではないが、俺が困ってたら100パー助けてくれるんちゃうかな。仲良くはないが、そんくらい善性に信頼を置いているけど。
「グラデーションはあるでしょ」
「王子先輩は、色の濃い方に行きたいんすか?」
「んーどうだろうね」
なんやねん。思わずツッコミそうになる。いつも構って欲しそうに、莉子さんの周りちょろちょろちょろちょろしてるくせに。ほんによお分からん人だ。王子先輩は頭を掻くと、ひとつ咳払いした。そういう仕草、似合うよなぁ。
「それでさ、オッキーは莉子さんを動物に例えたらなんだと思う?」
「え、猫でしょそんなもん」
考えるより先に、そう答えていた。王子先輩は目を輝かせた。め、めんどくさ。少し身体を先輩から逸らす。
「どうしてそう思う?」
「いや、どうしてと言われても……可愛い人気者やったら猫でしょ」
「可愛いだけならウサギでも良くない?」
「ウサギと猫は全然ちゃいます」
しまった、可愛いをウサギと比較されて思わず反論してもうた。別にウサギでもええねん。ええねんけど、ウサギと猫を同じにされるのは気に食わんくて。まずった。
「どう違うの?」
「ちゃいますやんか」
「ふーん?」
「あーあれです。猫って自由気ままやし、気まぐれで、しなやかですやんか。それに、莉子さん散歩してると誰にでも声かけられるやないですか。なんか野良猫みたいで」
適当に莉子さんと猫の共通点をあげる。いや、適当言うたけどそこそこ似てると思うで?莉子さん、猫っぽいやろ。つまらん答えで、すんませんけど。
「野良猫ねぇ……」
王子先輩は11時の方向を軽く見て、そのまま7時の方向へ視線を移して。まだなんか言われるんか……?
「野良猫の莉子さんは、誰に拾われると思う?」
「えぇ…………」
めんどくさ〜!!めんどくさ!!王子先輩、悪い人やないんやけどなぁ。知的好奇心、強すぎんねん。知的好奇心なのかこれ?なんでもええわ、めんどくさい……。でも答えないと、解放してくれなさそう。
「…………莉子さんが望む人に、拾われたらええと思いますよ」
「ふうん。オッキーはイイ人だね」
「どうも」
嫌味に聞こえなくもない。でも別に、善い人の幸せ願うくらい俺にも許されるし、構わんやろ。
「実際、莉子さんに足りないのってその視点だと思うし」
王子先輩はなにやら呟いて、一人頷いていた。納得してくれたやろか。コーヒーも終わったし、行ってええかな。訓練始まるし。
「ほな、訓練なんで失礼しますわ」
「うん、またね。話してくれてありがとう」
ヘラっと笑い、軽く頭を下げる。猫、撫でたいなぁ。猫は好きや、等しくみんな幸せであれと願うくらいに。
身近な興味深い人/樫尾由多嘉
後学のために、王子先輩や蔵内先輩以外との連携の機会として、混成部隊の任務に就くことにした。有志でたまに構成される部隊は、当日行くまでメンバーが決まらないことも多く、特に気にもしないのであえては確認しなかった。当日、日が暮れかかる時刻からの任務に赴く。待合室には、俺より先には1人しか来ていなくて。
「カシオくん。今日はよろしく」
軽く手をあげ、ゆるく莉子さんは頭を下げた。莉子さんも混成部隊に入ることがあるんだ、と少し驚きつつ。
「ご指導ご鞭撻のほど、よろしくお願いします!」
「いや、そんな大層なこと私出来ないよ」
莉子さんはペットボトルのお茶を煽り、苦笑いをする。隣に腰掛けた。秒針がやけに耳に響く。俺は少し気まずかったけど、莉子さんは素知らぬ顔であくびをした。やがて、残りのメンバーが2人やってきて、任務となった。
「どうしたらいいですか?」
フリーのB級が呟く。質問の先は、莉子さんだろう。今夜の任務で最年長は莉子さんだ。
「ん。んー……オペレーターは、2人だよね?」
中央オペレーターの返事が、2人分聞こえる。莉子さんは数度頷くと、
「じゃあ、ツーマンセルで部隊分けて行動しよう。今日は攻撃手3人に、私か……」
莉子さんは眉を寄せる。いささか、バランスの悪いパーティである。
「あの。自分は莉子さんについていっていいですか?」
俺の申し出に、莉子さんは意外そうに目を丸くした。他の隊員に目配せをして、そもそもフリーのB級の2人が仲が良さそうだというのを確認して。
「うん、みんながそれでいいならいいよ」
「ありがとうございます」
二手に分かれ、がらんどうの街を歩く。暗くなってきたので暗視をいれる。ザリザリと、ひっペ返されたコンクリートの粒を、踏みしめながら歩く。沈黙は不慣れだ。
「…………莉子さんは、どうしてボーダーに入ったんですか?」
月並みな質問で大変恐縮だ。でも、気になるのも本当なので許していただきたい。王子先輩がやたらと執着する人。あの木虎が素直に話を聞く先輩のひとり。この機会に、莉子さんの人となりを知りたい。
「んーありていに言えば変わりたかったからかな」
「変わりたかった、とは?」
「今のままの自分じゃ、ダメだと思ったんだよ」
莉子さんの過去を知らないから、なぜダメだったのかは分からない。莉子さんの横顔を窺う。表情に乏しく読み取れない。
「今の自分には、満足してますか?」
「おおむね、ね。まだ足りない部分はあるけど、変われたと思うよ」
声は真っ直ぐで、迷いも憂いも感じられなかった。そうだな、この人も変わったんだろう。この街と共に。
「なんていうか……」
想像していたより。思わず溢れる。
「普通ですね」
「そう?普通かな?」
「あっ!いや、普通という表現は失礼でした。ただ、」
莉子さんの表情は相変わらず読み難くて、普通と言われて怒っているのか安堵しているのか、よく分からない。ひょっとしたら、どちらともなのかもしれない。
「同じ人間なんだな、と感じられて。安心したと言いますか」
「えーカシオくん私をなんだと思っていたの……」
「すいません、お詫びします」
王子先輩があれだけ絡むのだから、あの木虎があれだけ尊敬の意を示すのだから、どっかで人間離れした、特別優れた人なのだと勘違いをしていた。目の前の莉子さんはとても身近に感じられる。プレッシャーなど微塵も感じない。
「ま、あれだよ。誰かを理解したい時は「違う生き物」ということと「同じ人間」っていう意識を、バランスよく持つのが大事だと思うよ」
弾かれたように莉子さんの顔を見た。莉子さんは俺の勢いにびっくりして仰け反る。
「ごめん、なんか変なこと言った?」
「いえ、大変興味深くて」
「いや、先輩風吹かせて偉そうにごめんね」
「そんなことないです」
そうか、そうなのかもしれない。身近に感じられるのに、身近に感じられるから、この人の言葉はみんなの胸を捕らえるのかもしれない。プレッシャーはないけど、人と違うものをきっとこの人は持っている。もっと話を聞いてみたい。
ウヴヴーヴーヴー……
サイレンが鳴って、体勢を整えた。9時の方角。荒れた住宅街を走り、トリオン兵を捉える。風が吹くが寒さは感じない。淡々と処理をしていく。20分ほどで、一掃することが出来た。
「お疲れ様〜」
莉子さんは伸びをする。嬉しそうに、夜空を見上げた。
「やっぱ警戒区域は星が綺麗だね」
言われて、俺も空を見上げる。この場所を、そう表現する人もいるんだな。街も人も意味も、どんどん変わっていくんだな。俺はついていけるだろうか。この人は、どう追いかけるのだろうか。興味が湧いてしまった。
ライバルとのギャンブルが楽しい/堤大地
魂が抜けて燃え尽きた亡骸に出会した。
「堤さん……大丈夫?」
「いや……うん、大丈夫……」
加古隊の隊室は近い。また望ちゃんのチャーハン食べたのかこの人……。
「お水、持ってきましょうか?」
「頼む……」
セルフサービスのウォーターサーバーまで行き、紙コップ2つにお水を汲んで持っていく。堤さんは受け取ると、カッっと気持ちよく飲んだ。自分の分だったが、もう1つも渡す。それも飲み干すと、長く息を吐いた。少し世間話でもしようと思って、私は隣に腰掛ける。
「懲りないですね……飽きないんですか?」
「飽きるとかはないね。毎回違う味だし」
「でもハズレるじゃん」
「それもまた醍醐味だよ」
私は遠い目になる。ギャンブルは私も嫌いじゃないが、食べ物は嫌だな……美味しいものだけ食べていたい。まぁ堤さんのこれは昔からなので、止めても無駄だし。
「新しい戦法、探さなきゃなって思ってて」
「今も全然通用してるだろ?」
「私が飽きるので」
「ははは、飽き性だもんなぁ小林は」
堤さんと私は、入隊時期が近いので。なにかと個人ランク戦をしてきたし、私のトリガーセットの変遷をこの人はよく見てきた。今のトリガーセットに落ち着くまで、コロコロコロコロとセットを変えてきた。変える度、一番に相手をしてくれたのは堤さんだ。
「でも、出来ないことやりたくないことはしない、だろ?」
「そうですね、頑張りたくないですね」
「潔いよなぁ」
カラカラと堤さんは笑う。私は出来ないことも、やりたくないことも多かった。足掻いていた時期もあったけれど、やめた。自分の強みとか長所だけを伸ばす方にシフトした。それから、私の戦績は伸びてはきている。
「まぁそういう割り切り好きだよ、俺は」
「ありがとうございます」
「出来ないもんはいくら頑張ったって出来ないもんな」
「出来ないですねぇ」
そういうことばかりじゃないのは、分かっているけど。努力したってどうにもならない領域は、ある。
「……自分のこと、好きにはなれた?」
「自分のこと大好きですねぇ」
「みたいだ。よかったな」
「はい」
この人にも、なにかと心配かけたんだろうな。いろんな人が自分を見ていてくれて、だからこそ今の自分があるんだよな。大事にしたいな、なにか返していきたいな。
「久々に個人ランク戦、付き合ってくれないか?」
「いいですよ」
堤さんは回復したようで、立ち上がるとランク戦ブースへ足を向けた。後ろをついていく。
「そういえば、望ちゃんになにか言っときましょうか?」
親切心からそう訊いてみたが。
「いんや。イカサマはしない主義」
「イカサマってなんですか」
可笑しくなって笑い合った。堤さんに倣って、ギャンブルを楽しんでみようか。
「どちらが勝つか、賭けましょうよ」
「これからのランク戦か?」
「そう。私は私が勝つに賭けます」
勝てるかどうかはちょうど五分くらいだ。堤さんもニッと笑い返して。
「俺も、俺が勝つに賭けるよ」
真剣勝負は、笑い合えるものが心地いい。ブースまであと少し、心も足取りも弾む。
「勝ったらどうします?」
「え、そうだな……なんでもいいけど」
いつもお互いの勝負に賭けるけど、賭けるものは決めていなかったりして。
「自分、ラーメンの気分っす」
「よし、じゃあ負けた方が奢りだな」
勝っても負けても、このあとは2人でラーメン屋と洒落込む。先輩に奢ってもらうラーメンは美味い。誰かと食べる食事は美味い。食事は美味いに限る。
「とりあえず、10本頼む」
「よろしくお願いします」
トリガーの準備をする。転送まであと数秒。ライバルとの試合の火蓋が切られて、火花が散る。
消えない灯火を/月見蓮
二宮さんに、「小林をなんの明かりに例える?」と聞かれたことがある。好奇心丸出しの後輩に影響でもされたかしら?と思ったけど、わりと真面目に数秒考えて。
「灯台だと思います」
そうか、と二宮さんは顎に手を当て思案顔。貴方はなんと例えるのですか?問えば、
「蝋燭だ」
と一言。なるほど、と私も思案して、お互いどうしてそう思うかは聞かずに別れた。すれ違った際の、ちょっとした世間話。
消えない灯火を/月見蓮
「蓮ちゃん、私今日食べやすいものがいいかも」
莉子が申し訳なさそうにそう言う。少し気分が優れないようで、顔色が暗い。頭ひとつ分、目線が下の貴方の顔を覗いて、目を合わせる。微笑めば、ぱちくりと瞬きをする。あまり感情を映さない顔を、そっと撫でた。
「いいのよ、全然。なになら食べられそう?」
「お蕎麦とか、パスタとか。お寿司とか」
「どれでもいいわよ」
「ん……じゃあ食べる量お互い調整出来るから、お寿司」
2人で駅前の回転寿司まで歩く。冬の気配を感じる11月。もうすぐやってくる凍える季節。貴方は得意ではないけど、好きなのよね。好きだけど嫌い、ダメだけど嫌じゃない。両極端のものを抱えて、振り回されて生きる子。
「あ、いわしフェアだ」
声のトーンが上がる。口角は上がらないけど、目が輝いている。やっぱり可愛らしくて、撫でた。広めのテーブル席に案内される。紙に注文を書いていく。
「とりあえずいわしと、えんがわと。はまち蓮ちゃん食べる?」
「食べようかな」
じゃあ2つね、と莉子は愛らしい字で書き込んでいく。その間に、粉末抹茶を湯呑に入れ、お茶を作った。
「あ、ありがとう」
莉子はお茶を口につけて、あち、と離した。思わず笑ってしまう。莉子もへへへと笑い返してくれた。店員を呼んで、注文用紙を渡す。莉子は手を膝の上に置いて、俯いて。不安そうにしていた。
「……検査入院、心配?」
「うん……ちょっと怖い」
莉子は来週から、精神病の検査のために入院する。どこかが痛いとか、命に関わることではないからよかったけれど。それでも、やっぱり最近体調がよくないのは事実だから。
「大丈夫よ、調べるだけだから。のんびり検査してくれば」
「うん……あのね」
「うん」
「答えが出ちゃうのが、怖いよ」
「うん、でもね」
莉子が私の言葉を待つ。私は言葉を探す。貴方を傷つけず、包んであげられる言葉を。
「なんで具合が悪いのか、分からないまま生きていくより、楽だと思うわ」
「うん……」
「原因が分かれば、対処出来るからね。きっと、今より良くなる」
「うん」
「なにが分かっても、私は莉子の友達だから。それは変わらないからね」
「うん、ありがとう」
「退院したら、またとんかつ食べましょ」
「うん!」
ようやく少し明るくなった貴方に、ほっとして私も笑いかける。やがてお寿司が運ばれてきて、貴方は美味しそうに頬張った。
「いわし、美味しい〜」
「よかったわね」
「おかわりしよ」
新しい注文用紙に、また寿司ネタを書き込む。浮き沈みの激しい貴方が、ちゃんと丘で歩けるように。あるいは、水底でも息が出来るように。私はどちらでもいいの。貴方が楽に、明るく生きられるなら。
「蓮ちゃんはなに食べる?」
「そうね、ほたて食べようかしら」
「おっ貝いいね。私も食べよ〜」
貴方は灯台よ。真っ暗な海で泳いでいても、勇気を分けてくれる灯台。貴方はそこにいるだけでも、みんなに元気を与えている。なにも心配しないで。私も、みんなも、貴方の味方だから。
「蓮ちゃん」
「うん?」
「ちょっと元気出てきた。ありがとぉ」
たまには自分のことだけ考えて、休んでもいいのに。でも頼りにされたくて、照らされたくて、いつもお礼ばかり言わせてしまうわね。
「こちらこそ、いつもありがとう」
灯台守にはなれないけれど、いつでも花束を届けに行くわ。どこにいたって、なにをしていたって。