弓場と迅の話
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最近、迅の様子がおかしい。元気がない。いつもどこかうわの空で、そのくせ会おうという連絡は増えた。会ってもぼんやり、だんまりなのに。少し居心地が悪いけれど、放っておくなんてしたくない。
「どっか遠くへ行こうか」
怒られるのはもう嫌だけど、そんな提案をする。計画的な逃避行なら、許されないだろうか。許してもらえないだろうな。でも、このままじゃ。迅は覇気のない瞳で私を見る。数度、まばたきをする。
「行きたいけど、いいの?」
「朝早くに出て、夜には帰ってこようよ」
「うん……うん」
本当は何日か三門を離れた方がいい気がするけど、そこまですると大事になってしまうから。迅の手の甲を撫でる。そっと握られた。
「どこか行きたいところ、ある?」
「……莉子ちゃんの、行きたいとこ」
いつもそうなんだけど、困っちゃうなぁ。迅の元気が出そうなところなんて、分からないよ。
「莉子ちゃんが行ったことあるところで、楽しかったとこがいい」
「行ったことあるとこ?」
「うん」
変わった要望だが、それなら行けるとこはあそこくらいしかない。県外の水族館を提案したら、声もなく頷いた。行く日は4月9日がいいと言われる。なにか引っかかりながら、OKした。なんだっけ、その日。
前日になってから、迅の誕生日なのではと気付く。たしか、拓磨の誕生日の前で同じ4月だったはず。去年、当日に言われてプレゼントに銀のバングルを贈った。私といる時は、トリオン体でなければ銀のバングルをつけてくる。あの日、9日だったっけ。人の誕生日を覚えるのが苦手だし、覚えていても当日に気付けないことがある。それで何度拓磨に渋い顔をされたことか。
『明日、楽しみ』
迅からそんな連絡がくるなんて珍しい。やっぱり誕生日かな。確認しないと不安。
『もしかして、明日誕生日?』
既読になってから、少しインターバルがあって胸が騒つく。なにか傷つけてしまっただろうか。
『そうだけど、特別なことはしなくていいよ』
どう受け取ればいいだろう。どんな表情でこう送ってきたのだろう。いろいろ考えてしまうけど、素直に受け取るとしたら、そんな寂しいこと言わないでと思う。
『せっかくだから、特別な日にしようよ!』
『私も明日、楽しみにしてるね』
明日は朝早い。早起きは苦手なのでスマホを置いて布団に潜る。いつもよりも寝つきはよかった。
朝はわりかしすっきりと起きれた。昨日の続きは『ありがとう、おやすみ』となっていた。おはようとスタンプを送り、『誕生日おめでとう!』と添える。母と一緒に朝食を摂り、母が仕事に出かけて少ししてから、私も家を出る。普段通りの格好で。いつもの公園で迅と待ち合わせる。迅もいつも通り。左手首のバングルが、太陽の光を受けて光る。
「おはよう!」
「おはよ」
「誕生日、おめでとう!」
「うん」
迅は力の抜けた笑顔を見せた。元気はなさそうだけど、無理に出したら疲れちゃうし。自然に受け入れよう。どっか行っちゃいそうで不安だから、手だけ繋がせてもらおう。迅と駅へ行って、電車に乗って。1時間半強。電車に乗っている間は、2人とも寝ていた。乗り過ごしそうになって慌てて、顔を見合わせて笑った。水族館の駅に着く。入場ゲートを潜ると、強い潮の匂いがした。
「ゆっくり見ていい?」
「莉子ちゃんの好きなように見ていいよ」
のんびりした足取りで、館内を回る。2月に来た時と、変わり映えはしないけれど。何回訪れたって、水族館は楽しくて癒される。けど、今日は魚を目で追いながらも、迅の様子に注視する。今日もうわの空。なんかちょっと悔しくて悲しくなって。
「迅、今日はあれこれ考えるのやめにしよう?」
呟くようにそう声かけると、迅はぼんやり私に視線を寄越す。バチっと目を合わせれば、まばたきをされる。
「不安で仕方ないなら、私のこと見てて。ね」
果てしなく未来が視えて恐ろしいのなら、目の前の私を見れば少しは安心できないだろうか。私といる時間に集中出来たら、少しは気が紛れるのではないだろうか。迅の返事をじっと見つめて待っていたら、迅の瞳からボロッと涙が溢れるので慌てる。
「え!?大丈夫!?なんか酷いこと、言っちゃった……??」
迅はふるふると首を横に振る。目立つし私が不安なので、側にあるベンチに誘導した。迅は涙を拭うこともせず、ひたすら流し続ける。鞄からタオルハンカチを出して、迅の顔を拭いた。今日は忘れずに持ってきててよかった。
「大丈夫……??」
私の声は、震えていた。自分の言葉で目の前の人間が泣いてしまったのがショックで仕方ない。迅の心配をしたいのに、自分がパニックにならないようにするので精一杯だ。迅がハンカチを持つ私の手に触れる。そのまま自分の膝の上に置いて、撫でてくれた。私も、少し落ち着くことが出来た。
「ごめん、びっくりしたね」
「うん……」
迅の声が優しいから、今度は私が泣き出してしまった。迅は私のハンカチを手に取ると、そっと涙を拭う。迅が辛いはずなのに。私が泣いたって仕方ないのに、涙は止まらない。そのうちしゃくりあげるもんだから、迅は一層優しく背中を撫でる。余計に泣いてしまう。
「ごめん、ごめん。俺ちゃんとするから」
「ちゃんとなんて、しなくて、いい」
精一杯、声を絞り出して伝える。そのままでいいよ、無理なんてしなくていい。
「自分のこと、大事に、して」
「うん」
「迅のこと、大事、だから」
「うん、ありがとう」
迅の抱えるものを、半分でも持ってあげられたらいいのに。私は弱いから、負担ばかりかけてしまう。私が落ち着くまで、迅はじっと待っていてくれた。
「ぐす……うん」
「大丈夫?」
「うん、ごめん」
迅がさっき泣いてしまったのは、なんでなのか。聞く元気がない。今聞かなきゃいけない気がする。怖い。
「俺はなんでもないから。ね」
迅が察したように、私の頭を撫でながらそう言う。なにも言えなかった。迅がそう言うなら、深くは聞いちゃいけないと。そう誤魔化して、甘えてしまった。
「落ち着いたら、最後まで案内してね。莉子ちゃんのタイミングでいいから」
「うん」
迅にもたれかかって、目を閉じた。呼吸を整える。少し微睡んだ。身体の緊張が解けていく。迅の目指す場所に、私の居場所もあればいいと思うのは、わがままだろうか。
「よし、もう大丈夫!」
立ち上がり、伸びをする。水族館巡りを再開した。ちょっぴりまだ不安だから、手は繋いでてもらった。私の話す海の話を、迅は面白そうに聞いてくれた。見るからにさっきより元気だ。ほっと安心する。一周して、売店でおみやげを見る。
「なんか記念に買おうよ。誕生日だから買ってあげる」
「うん、ありがとう」
ありがとうとは言うが、迅は選ぼうとせずに私が選ぶのを待っているみたい。アクキーは前回買ったからな。
「タオルハンカチか、マグカップならどっち?」
「うーん、マグカップかな」
「分かった。マグカップお揃いで買お」
そーっとレジへ持っていく。帰りも割らずに持って帰れるか不安だ。まぁ、箱に入っているから大丈夫だろう。濃い青のを迅に、水色のを自分用にする。
「お誕生日おめでとう」
「……ありがとう」
来年も、その次も。祝わせてもらえたらいいな。ずっと幸せが続く保証なんて、どこにもないけど。何かが変わっても、そこで幸せを見つけたいし、その時にみんな一緒ならいいな。
「あのね、レストランでお昼食べたら、もう一周したい……」
「うん、もちろん。いいよ」
とりあえず今日の一日は、目一杯まで迅と過ごすんだ。許される限り、目一杯。迅の誕生日が、特別になるように。
「どっか遠くへ行こうか」
怒られるのはもう嫌だけど、そんな提案をする。計画的な逃避行なら、許されないだろうか。許してもらえないだろうな。でも、このままじゃ。迅は覇気のない瞳で私を見る。数度、まばたきをする。
「行きたいけど、いいの?」
「朝早くに出て、夜には帰ってこようよ」
「うん……うん」
本当は何日か三門を離れた方がいい気がするけど、そこまですると大事になってしまうから。迅の手の甲を撫でる。そっと握られた。
「どこか行きたいところ、ある?」
「……莉子ちゃんの、行きたいとこ」
いつもそうなんだけど、困っちゃうなぁ。迅の元気が出そうなところなんて、分からないよ。
「莉子ちゃんが行ったことあるところで、楽しかったとこがいい」
「行ったことあるとこ?」
「うん」
変わった要望だが、それなら行けるとこはあそこくらいしかない。県外の水族館を提案したら、声もなく頷いた。行く日は4月9日がいいと言われる。なにか引っかかりながら、OKした。なんだっけ、その日。
前日になってから、迅の誕生日なのではと気付く。たしか、拓磨の誕生日の前で同じ4月だったはず。去年、当日に言われてプレゼントに銀のバングルを贈った。私といる時は、トリオン体でなければ銀のバングルをつけてくる。あの日、9日だったっけ。人の誕生日を覚えるのが苦手だし、覚えていても当日に気付けないことがある。それで何度拓磨に渋い顔をされたことか。
『明日、楽しみ』
迅からそんな連絡がくるなんて珍しい。やっぱり誕生日かな。確認しないと不安。
『もしかして、明日誕生日?』
既読になってから、少しインターバルがあって胸が騒つく。なにか傷つけてしまっただろうか。
『そうだけど、特別なことはしなくていいよ』
どう受け取ればいいだろう。どんな表情でこう送ってきたのだろう。いろいろ考えてしまうけど、素直に受け取るとしたら、そんな寂しいこと言わないでと思う。
『せっかくだから、特別な日にしようよ!』
『私も明日、楽しみにしてるね』
明日は朝早い。早起きは苦手なのでスマホを置いて布団に潜る。いつもよりも寝つきはよかった。
朝はわりかしすっきりと起きれた。昨日の続きは『ありがとう、おやすみ』となっていた。おはようとスタンプを送り、『誕生日おめでとう!』と添える。母と一緒に朝食を摂り、母が仕事に出かけて少ししてから、私も家を出る。普段通りの格好で。いつもの公園で迅と待ち合わせる。迅もいつも通り。左手首のバングルが、太陽の光を受けて光る。
「おはよう!」
「おはよ」
「誕生日、おめでとう!」
「うん」
迅は力の抜けた笑顔を見せた。元気はなさそうだけど、無理に出したら疲れちゃうし。自然に受け入れよう。どっか行っちゃいそうで不安だから、手だけ繋がせてもらおう。迅と駅へ行って、電車に乗って。1時間半強。電車に乗っている間は、2人とも寝ていた。乗り過ごしそうになって慌てて、顔を見合わせて笑った。水族館の駅に着く。入場ゲートを潜ると、強い潮の匂いがした。
「ゆっくり見ていい?」
「莉子ちゃんの好きなように見ていいよ」
のんびりした足取りで、館内を回る。2月に来た時と、変わり映えはしないけれど。何回訪れたって、水族館は楽しくて癒される。けど、今日は魚を目で追いながらも、迅の様子に注視する。今日もうわの空。なんかちょっと悔しくて悲しくなって。
「迅、今日はあれこれ考えるのやめにしよう?」
呟くようにそう声かけると、迅はぼんやり私に視線を寄越す。バチっと目を合わせれば、まばたきをされる。
「不安で仕方ないなら、私のこと見てて。ね」
果てしなく未来が視えて恐ろしいのなら、目の前の私を見れば少しは安心できないだろうか。私といる時間に集中出来たら、少しは気が紛れるのではないだろうか。迅の返事をじっと見つめて待っていたら、迅の瞳からボロッと涙が溢れるので慌てる。
「え!?大丈夫!?なんか酷いこと、言っちゃった……??」
迅はふるふると首を横に振る。目立つし私が不安なので、側にあるベンチに誘導した。迅は涙を拭うこともせず、ひたすら流し続ける。鞄からタオルハンカチを出して、迅の顔を拭いた。今日は忘れずに持ってきててよかった。
「大丈夫……??」
私の声は、震えていた。自分の言葉で目の前の人間が泣いてしまったのがショックで仕方ない。迅の心配をしたいのに、自分がパニックにならないようにするので精一杯だ。迅がハンカチを持つ私の手に触れる。そのまま自分の膝の上に置いて、撫でてくれた。私も、少し落ち着くことが出来た。
「ごめん、びっくりしたね」
「うん……」
迅の声が優しいから、今度は私が泣き出してしまった。迅は私のハンカチを手に取ると、そっと涙を拭う。迅が辛いはずなのに。私が泣いたって仕方ないのに、涙は止まらない。そのうちしゃくりあげるもんだから、迅は一層優しく背中を撫でる。余計に泣いてしまう。
「ごめん、ごめん。俺ちゃんとするから」
「ちゃんとなんて、しなくて、いい」
精一杯、声を絞り出して伝える。そのままでいいよ、無理なんてしなくていい。
「自分のこと、大事に、して」
「うん」
「迅のこと、大事、だから」
「うん、ありがとう」
迅の抱えるものを、半分でも持ってあげられたらいいのに。私は弱いから、負担ばかりかけてしまう。私が落ち着くまで、迅はじっと待っていてくれた。
「ぐす……うん」
「大丈夫?」
「うん、ごめん」
迅がさっき泣いてしまったのは、なんでなのか。聞く元気がない。今聞かなきゃいけない気がする。怖い。
「俺はなんでもないから。ね」
迅が察したように、私の頭を撫でながらそう言う。なにも言えなかった。迅がそう言うなら、深くは聞いちゃいけないと。そう誤魔化して、甘えてしまった。
「落ち着いたら、最後まで案内してね。莉子ちゃんのタイミングでいいから」
「うん」
迅にもたれかかって、目を閉じた。呼吸を整える。少し微睡んだ。身体の緊張が解けていく。迅の目指す場所に、私の居場所もあればいいと思うのは、わがままだろうか。
「よし、もう大丈夫!」
立ち上がり、伸びをする。水族館巡りを再開した。ちょっぴりまだ不安だから、手は繋いでてもらった。私の話す海の話を、迅は面白そうに聞いてくれた。見るからにさっきより元気だ。ほっと安心する。一周して、売店でおみやげを見る。
「なんか記念に買おうよ。誕生日だから買ってあげる」
「うん、ありがとう」
ありがとうとは言うが、迅は選ぼうとせずに私が選ぶのを待っているみたい。アクキーは前回買ったからな。
「タオルハンカチか、マグカップならどっち?」
「うーん、マグカップかな」
「分かった。マグカップお揃いで買お」
そーっとレジへ持っていく。帰りも割らずに持って帰れるか不安だ。まぁ、箱に入っているから大丈夫だろう。濃い青のを迅に、水色のを自分用にする。
「お誕生日おめでとう」
「……ありがとう」
来年も、その次も。祝わせてもらえたらいいな。ずっと幸せが続く保証なんて、どこにもないけど。何かが変わっても、そこで幸せを見つけたいし、その時にみんな一緒ならいいな。
「あのね、レストランでお昼食べたら、もう一周したい……」
「うん、もちろん。いいよ」
とりあえず今日の一日は、目一杯まで迅と過ごすんだ。許される限り、目一杯。迅の誕生日が、特別になるように。