弓場と迅の話
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君を1番大切には出来ないから、君の1番になんてなりたくはない。いつか俺は君を裏切ってしまうから。愛した人に恨まれるのも、許されるのも。等しく辛い。でも、別れの日が来たとしても、永久に残るような絆が傷でもいいから欲しくて。そんなわがままを、こんな日だから許して欲しくて。
「おはよう。ちょっと付き合って欲しいんだけど」
莉子ちゃんは眠そうな声で電話に出たが、いいよと二つ返事をして、30分後には外に出てきた。
「迅、学校はいいの?始まったばっかりだけど」
「んー今日は大事な日だから」
風が強い。莉子ちゃんの髪がはためく。撫でてやり整えても整えても、風に攫われる。それでも飽きずに繰り返した。
「大事な日?なんの日?」
「内緒」
そう言えば、そっかとそれ以上は聞いてこない。俺が歩き出すのに合わせてついてきて、そのうちに俺より前を歩く。ひょこひょこと肩を揺らしながら歩くのが、可愛らしかった。
「迅、次どっち?」
「左」
そっと肩に触れて、方向を指し示す。ついでに頭を撫でる。俺が触れると、莉子ちゃんは嬉しそうにした。そのうちに欲張りになって、汚してしまうことが怖かった。与えた以上のものは貰えない。
「花屋に寄るよ」
俺が仏花を手にしたのを見ても、莉子ちゃんはなにも言わなかった。少しだけ、表情が固くはなった。そっと俺の服の袖を摘む。莉子ちゃんの手を一度払い、そっと繋いだ。
「大丈夫だよ」
「……悲しい?」
「そんなことないよ。大丈夫」
手を繋いだまま、ゆっくり墓地まで歩いた。由緒ある神社の、1番隅っこにある。
「こんにちは」
莉子ちゃんが墓石に語りかけるから、思わず笑ってしまった。莉子ちゃんは、我が家の小ぶりな墓石を撫でた。手が埃で汚れるのも構わずに。手が黒くなったのを、どこか不思議そうに見つめているのでまた笑った。莉子ちゃんは首を傾げる。
「誰のお墓?」
「俺の母さん」
「お母さん」
しぱしぱと瞬きをすると、墓石に向き直ってお辞儀をした。莉子ちゃんの背中を撫でる。一挙一動の全てに彼女らしさを感じて、胸が温かくなった。
「迅の、悠一くんの、お友達してます。小林莉子です」
とくん、と胸が小さく高鳴った。気を紛らわすように空を見上げた。太陽が雲に隠れるが、溢れ出る光はなお眩しかった。この気持ちには、知らぬふりを続けなければ。
「お水とぞうきん、持ってくる」
莉子ちゃんは慣れているのか、淡々と墓掃除の準備をする。どこからかバケツとぞうきんとを持ってきて、墓石に水をかけて拭いていた。俺は自分でそんなことをしたことがないから、ぽかんと見ていた。
「お花、新しいお水入れたから挿して」
「う、うん」
そっか、お墓参りって本来こうするのか。すっかり綺麗になった母さんを見て、ごめんねと謝る。今までちゃんと綺麗にしてやれなくて。俺、今日で18歳になったよ。なんとか楽しくやれてるよ。この子ね、莉子ちゃんはね。そこまで心の中で言いかけて、答えを奥底に仕舞い込んで誤魔化した。言葉にしちゃいけない。母さんに報告してはいけない。してしまったら、処理しきれない現実に襲われる。奪われる恐怖に怯えて暮らすことになる。母さんに、会いに来れなくなる。ざあっと風が吹いた。
「迅?御線香は持ってる?」
「……持ってるよ」
鞄から線香を取り出して、火をつける。莉子ちゃんにも分ける。供えて、手を合わせた。白い煙が立ち昇る。もう一度空を見上げた。太陽は俺を照らし続けていた。
「弓場ちゃんには誕生日、なに買うの?」
カフェでランチを摂りながら、莉子ちゃんに問いかける。莉子ちゃんはパスタをもっもっと大口で頬張っている。喋ろうともごもごするので、食べてからでいいよと顔にかかる髪を払ってあげながら伝えた。
「まだ決めてない。そろそろ買わなきゃ」
「今日このあと探しに行く?」
「いいの?」
「いいよ」
妬いたりなんかしなかった。莉子ちゃんが大切な人に、どんな風にプレゼントを選ぶのか視たかった。莉子ちゃんに向ける思いは、いつだって真っ直ぐに純粋でいたい。莉子ちゃんの気持ちを、塗り潰して征服するような、重たくて強いものは渡したくない。いつだって優しくいたい、だって君が俺にくれるものは全てが優しいのだから。
「なにがいいかなぁ」
「去年はなにあげたの?」
「ちょっといいボールペン」
あぁ、あれも莉子ちゃんがあげたやつなのか。弓場ちゃんが大事そうに使っていたのを思い出す。会計を済ませてカフェを出る。今日は風が強いから、そんなわけはないのだけど、莉子ちゃんが風に飛ばされそうで心配になる。肩に触れて、支えるつもりで少し抱き寄せる。莉子ちゃんは肩を抱く俺の手に触れた。向かい風の中を、駅の方へ歩く。
「前が見えない、進めん!」
莉子ちゃんが立ち止まったので、自分も静止する。右側を見やると高級ジュエリーショップが構えていて、ダイヤモンドをあしらった商品が広告されていた。莉子ちゃんには似合わないなぁとなんとなく思う。莉子ちゃんも来月誕生日だったと思うし。俺もなにか考えなきゃ。
「お、進めそう」
莉子ちゃんが歩き出すから、俺も進む。なんとか駅ビルまで辿り着いて、中に入る。莉子ちゃんのボサボサになった頭を整えてやる。莉子ちゃんはやっぱり嬉しそうにした。
「迅はなに貰ったら嬉しい?」
「んー?」
参考にしているんだろうな。俺もあいつも、莉子ちゃんに貰えるならなんだって嬉しいと思うけど。
「身につけられるものが嬉しいかなぁ」
「そうなの?」
「うん」
いつだって莉子ちゃんを感じていたいもの。流石に重いかなと思うのと、あいつの気持ちまで代弁するのは癪なので言わなかった。
「んーアクセサリーって男の人つける?」
「男性モノのアクセサリーだってあるよ」
「そっか、そうだよね。でもなぁ」
莉子ちゃんはキョロキョロしながら、ショッピングモールを歩く。相変わらず歩き方がひょこひょこしていて可愛い。自然と頭に手が伸びてしまって、撫でてしまう。あんまりベタベタ触っちゃいけないとは思うのだけど、つい。
「あ、腕時計」
時計屋の前で莉子ちゃんは止まった。店先をじっと見つめたあと、俺を見上げる。
「どうしたの?」
「……拓磨の手首に腕時計ついてたら、カッコいいよね」
ちょっと照れ臭そうにそう訊ねるのを見て、ギュッと胸が詰まったのを息を吸って誤魔化す。
「そうだね、カッコいいと思うよ」
へらりと笑えているだろうか。やっぱり、莉子ちゃんが好きなのは。そんなこと知ってたけど。別にそれはいいんだ。ただ俺は、莉子ちゃんがあいつのところに行くと泣く未来が視えるから、どうにかして阻止したいだけ。俺の気持ちは、関係ない。
「2万5千円って、重い?」
「重いことはないよ」
莉子ちゃんは莉子ちゃんが思うままに、自然に伸びやかにいるのが一番だよ。それを潰そうとする奴を、俺は許せなくて追い払うだけ。
「迅、忙しい?なんか視えた?」
「ん?あぁごめん。ちょっとね」
俺の顔が険しく見えたんだろう。心配そうに見上げる莉子ちゃんの頬を撫でる。莉子ちゃんはもう腕時計を選んだようで、会計をしてラッピングを頼んでいた。そうなんだ、あんまり迷わないんだね。
「ありがとう、とりあえず目的達成!」
「うん、よかった」
莉子ちゃんの手の中にあるプレゼントが、どうしようもなく羨ましくなって。嫉妬なんかしないって思ったばかりなのに。俺にも、なにか選んで欲しくなって。
「あのさ、莉子ちゃん」
「うん?」
「俺、今日誕生日、なんだけど」
声が小さくなった。でも君は聞き逃さず、俺の言葉を聞くと目を丸くして俺の胸を叩いた。
「なんで早く言わないの!?知らなかった!!」
「言ってなかったからね」
「大事な日って誕生日ってこと?早く言ってよ!!」
莉子ちゃんが思ったより怒ってるみたいなので、たじろいでしまう。と同時に、どこか嬉しく思う自分がいる。俺も莉子ちゃんの大好きな人の、1人でいれてる。
「プレゼント買いに行くよ!!好きなもの選んで!!」
「え、え〜……」
右手を繋がれて、ぐいぐい引っ張られる。胸の内側がこそばゆい。俺にも買ってもらえる。なんだっていいのに、選ばせてくれる。こんなにも幸せな時間もプレゼントも初めてだ。少しだけ強く手を握り返した。こんな日だから、誕生日だから、全部忘れて君を視るのも許されるよね。
雑貨屋で買ってもらったシルバーのバングルが、今の俺の宝物。
「おはよう。ちょっと付き合って欲しいんだけど」
莉子ちゃんは眠そうな声で電話に出たが、いいよと二つ返事をして、30分後には外に出てきた。
「迅、学校はいいの?始まったばっかりだけど」
「んー今日は大事な日だから」
風が強い。莉子ちゃんの髪がはためく。撫でてやり整えても整えても、風に攫われる。それでも飽きずに繰り返した。
「大事な日?なんの日?」
「内緒」
そう言えば、そっかとそれ以上は聞いてこない。俺が歩き出すのに合わせてついてきて、そのうちに俺より前を歩く。ひょこひょこと肩を揺らしながら歩くのが、可愛らしかった。
「迅、次どっち?」
「左」
そっと肩に触れて、方向を指し示す。ついでに頭を撫でる。俺が触れると、莉子ちゃんは嬉しそうにした。そのうちに欲張りになって、汚してしまうことが怖かった。与えた以上のものは貰えない。
「花屋に寄るよ」
俺が仏花を手にしたのを見ても、莉子ちゃんはなにも言わなかった。少しだけ、表情が固くはなった。そっと俺の服の袖を摘む。莉子ちゃんの手を一度払い、そっと繋いだ。
「大丈夫だよ」
「……悲しい?」
「そんなことないよ。大丈夫」
手を繋いだまま、ゆっくり墓地まで歩いた。由緒ある神社の、1番隅っこにある。
「こんにちは」
莉子ちゃんが墓石に語りかけるから、思わず笑ってしまった。莉子ちゃんは、我が家の小ぶりな墓石を撫でた。手が埃で汚れるのも構わずに。手が黒くなったのを、どこか不思議そうに見つめているのでまた笑った。莉子ちゃんは首を傾げる。
「誰のお墓?」
「俺の母さん」
「お母さん」
しぱしぱと瞬きをすると、墓石に向き直ってお辞儀をした。莉子ちゃんの背中を撫でる。一挙一動の全てに彼女らしさを感じて、胸が温かくなった。
「迅の、悠一くんの、お友達してます。小林莉子です」
とくん、と胸が小さく高鳴った。気を紛らわすように空を見上げた。太陽が雲に隠れるが、溢れ出る光はなお眩しかった。この気持ちには、知らぬふりを続けなければ。
「お水とぞうきん、持ってくる」
莉子ちゃんは慣れているのか、淡々と墓掃除の準備をする。どこからかバケツとぞうきんとを持ってきて、墓石に水をかけて拭いていた。俺は自分でそんなことをしたことがないから、ぽかんと見ていた。
「お花、新しいお水入れたから挿して」
「う、うん」
そっか、お墓参りって本来こうするのか。すっかり綺麗になった母さんを見て、ごめんねと謝る。今までちゃんと綺麗にしてやれなくて。俺、今日で18歳になったよ。なんとか楽しくやれてるよ。この子ね、莉子ちゃんはね。そこまで心の中で言いかけて、答えを奥底に仕舞い込んで誤魔化した。言葉にしちゃいけない。母さんに報告してはいけない。してしまったら、処理しきれない現実に襲われる。奪われる恐怖に怯えて暮らすことになる。母さんに、会いに来れなくなる。ざあっと風が吹いた。
「迅?御線香は持ってる?」
「……持ってるよ」
鞄から線香を取り出して、火をつける。莉子ちゃんにも分ける。供えて、手を合わせた。白い煙が立ち昇る。もう一度空を見上げた。太陽は俺を照らし続けていた。
「弓場ちゃんには誕生日、なに買うの?」
カフェでランチを摂りながら、莉子ちゃんに問いかける。莉子ちゃんはパスタをもっもっと大口で頬張っている。喋ろうともごもごするので、食べてからでいいよと顔にかかる髪を払ってあげながら伝えた。
「まだ決めてない。そろそろ買わなきゃ」
「今日このあと探しに行く?」
「いいの?」
「いいよ」
妬いたりなんかしなかった。莉子ちゃんが大切な人に、どんな風にプレゼントを選ぶのか視たかった。莉子ちゃんに向ける思いは、いつだって真っ直ぐに純粋でいたい。莉子ちゃんの気持ちを、塗り潰して征服するような、重たくて強いものは渡したくない。いつだって優しくいたい、だって君が俺にくれるものは全てが優しいのだから。
「なにがいいかなぁ」
「去年はなにあげたの?」
「ちょっといいボールペン」
あぁ、あれも莉子ちゃんがあげたやつなのか。弓場ちゃんが大事そうに使っていたのを思い出す。会計を済ませてカフェを出る。今日は風が強いから、そんなわけはないのだけど、莉子ちゃんが風に飛ばされそうで心配になる。肩に触れて、支えるつもりで少し抱き寄せる。莉子ちゃんは肩を抱く俺の手に触れた。向かい風の中を、駅の方へ歩く。
「前が見えない、進めん!」
莉子ちゃんが立ち止まったので、自分も静止する。右側を見やると高級ジュエリーショップが構えていて、ダイヤモンドをあしらった商品が広告されていた。莉子ちゃんには似合わないなぁとなんとなく思う。莉子ちゃんも来月誕生日だったと思うし。俺もなにか考えなきゃ。
「お、進めそう」
莉子ちゃんが歩き出すから、俺も進む。なんとか駅ビルまで辿り着いて、中に入る。莉子ちゃんのボサボサになった頭を整えてやる。莉子ちゃんはやっぱり嬉しそうにした。
「迅はなに貰ったら嬉しい?」
「んー?」
参考にしているんだろうな。俺もあいつも、莉子ちゃんに貰えるならなんだって嬉しいと思うけど。
「身につけられるものが嬉しいかなぁ」
「そうなの?」
「うん」
いつだって莉子ちゃんを感じていたいもの。流石に重いかなと思うのと、あいつの気持ちまで代弁するのは癪なので言わなかった。
「んーアクセサリーって男の人つける?」
「男性モノのアクセサリーだってあるよ」
「そっか、そうだよね。でもなぁ」
莉子ちゃんはキョロキョロしながら、ショッピングモールを歩く。相変わらず歩き方がひょこひょこしていて可愛い。自然と頭に手が伸びてしまって、撫でてしまう。あんまりベタベタ触っちゃいけないとは思うのだけど、つい。
「あ、腕時計」
時計屋の前で莉子ちゃんは止まった。店先をじっと見つめたあと、俺を見上げる。
「どうしたの?」
「……拓磨の手首に腕時計ついてたら、カッコいいよね」
ちょっと照れ臭そうにそう訊ねるのを見て、ギュッと胸が詰まったのを息を吸って誤魔化す。
「そうだね、カッコいいと思うよ」
へらりと笑えているだろうか。やっぱり、莉子ちゃんが好きなのは。そんなこと知ってたけど。別にそれはいいんだ。ただ俺は、莉子ちゃんがあいつのところに行くと泣く未来が視えるから、どうにかして阻止したいだけ。俺の気持ちは、関係ない。
「2万5千円って、重い?」
「重いことはないよ」
莉子ちゃんは莉子ちゃんが思うままに、自然に伸びやかにいるのが一番だよ。それを潰そうとする奴を、俺は許せなくて追い払うだけ。
「迅、忙しい?なんか視えた?」
「ん?あぁごめん。ちょっとね」
俺の顔が険しく見えたんだろう。心配そうに見上げる莉子ちゃんの頬を撫でる。莉子ちゃんはもう腕時計を選んだようで、会計をしてラッピングを頼んでいた。そうなんだ、あんまり迷わないんだね。
「ありがとう、とりあえず目的達成!」
「うん、よかった」
莉子ちゃんの手の中にあるプレゼントが、どうしようもなく羨ましくなって。嫉妬なんかしないって思ったばかりなのに。俺にも、なにか選んで欲しくなって。
「あのさ、莉子ちゃん」
「うん?」
「俺、今日誕生日、なんだけど」
声が小さくなった。でも君は聞き逃さず、俺の言葉を聞くと目を丸くして俺の胸を叩いた。
「なんで早く言わないの!?知らなかった!!」
「言ってなかったからね」
「大事な日って誕生日ってこと?早く言ってよ!!」
莉子ちゃんが思ったより怒ってるみたいなので、たじろいでしまう。と同時に、どこか嬉しく思う自分がいる。俺も莉子ちゃんの大好きな人の、1人でいれてる。
「プレゼント買いに行くよ!!好きなもの選んで!!」
「え、え〜……」
右手を繋がれて、ぐいぐい引っ張られる。胸の内側がこそばゆい。俺にも買ってもらえる。なんだっていいのに、選ばせてくれる。こんなにも幸せな時間もプレゼントも初めてだ。少しだけ強く手を握り返した。こんな日だから、誕生日だから、全部忘れて君を視るのも許されるよね。
雑貨屋で買ってもらったシルバーのバングルが、今の俺の宝物。