弓場と迅の話
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夢を見ただけ
莉子とキスをする夢を見た。
飛び起きて、慌てて呼吸をする。息が止まるかと思った。夢だから感触なんてない、熱も。それなのに、心臓は早鐘を打って五月蝿い。目覚めなくてもよかった、なんて頭の片隅で呟く。馬鹿馬鹿しい。振り払いたくて、流してしまいたくて、洗面所へ顔を洗いに行く。鏡に映った自分の顔は、朱に染まっていた。夢で見た景色を、繰り返し再生してしまう、やめたいのに。
(現実になった、ら)
知ってしまったら、俺はどうなってしまうんだろう。恐怖を覚えた。恋わずらいは年々酷くなっている。自分も、莉子も壊してしまうほど、重く身体を蝕んでいる。助けてくれ。手を伸ばす先など、ひとつしかなくて。呼吸が浅くなって苦しくなる。洗面所でずるずるとしゃがみ込み、膝を抱える。肌寒い。身体の内からの熱が篭って余計に。こんな自分を見られたくない。こんな自分も知って欲しい。心がふたつに裂ける。どうしようもない。どうしようもなく、好きで。好きで……。
「…………ぁ」
助けてくれ、と声も出ないのに、気づいて欲しくて仕方なくて。莉子は好きだ。莉子を好きな俺は嫌いだ。莉子の全部をダメにしてでも欲しい。そんなの絶対間違っている……それなのに、歯止めが効かなくなりそうで。怯えながら縮こまる。どこにも逃げ場がない。堕ちていくだけ。莉子なら一緒にいてくれる、そうどこかで信じてる自分を自嘲した。俺は馬鹿だ。
帰り道がいつまでも続けばいいのに
莉子と帰り道が一緒なのが、なにより幸せで。多少無理してでも、必ず迎えに行ってしまう。どこにも行ってほしくないけど、最後に自分の元に帰ってくると思えば、激しい独占欲もいくらか誤魔化せた。
「今日ね、面白いことがあってね」
莉子の話に耳を傾けて、相槌を打つ。俺から話せることが、減っていて、莉子は一生懸命に話す。気を遣わせているようで嫌だ。本当はたくさん話したい。話せることがない。話したら、離れていってしまいそうなことばかりで。何も言えずに、ただ隣にいる。言葉がなくったって、それだけで幸せで。莉子が少しだけ俺より前に歩く。思わず、莉子の二の腕辺りを袖だけ引っ張る。莉子が不思議そうに振り向く。あぁ、莉子の自然なリズムを乱したくなどないのに。
「……もう少し、ゆっくり步かねぇか」
莉子は、いいよと歩調を緩めた。全部、きっとバレバレだ。俺がお前を好きなことくらい。そんな鈍くないし天然じゃない。知らないフリをしてくれることに救われる。このままがいいよと暗に言われて苦しくて辛い。本当は、手を繋ぎたいし、キスもしたいし、抱き締めたいし。その先だって。あまりにも欲で塗り潰されていて、呆れてしまう。莉子を傷つけちゃいけないのに。遠くで母の声がする。いつまでこのままでいられるだろうか。俺は耐えられるだろうか。
喉風邪
あー風邪引いたなぁ。
朝から咳が止まらなくて、喉がちょっと痛い。まだ身体は痛くなくて、動けないほどじゃないけど。今日は莉子ちゃんと会うだけだから、キャンセルしようと思えば出来る。出来るんだけど。未来視のチャンネルを見つめる。莉子ちゃんが寝込む未来は視えない。自分の風邪が悪化するかは分からないのが、このSEの不便なとこ。
(まぁ同じ風邪に罹るのって、なんか憧れるけど)
いいや、別に今熱があるわけじゃないんだし。マスクをして、出かける準備をする。病は気からって言うしね。莉子ちゃんと会わないと、ろくな食事しないんだし。莉子ちゃんに伝染っちゃったら、看病してあげたらいいや。外に出たら風が冷たかった。早く君に会ってあったかくしていたいや。
熱風邪
風邪引いた、クソ。
朝から熱が出て、身体が怠い。大学の講義は休んで、一人家で寝ている。莉子には「風邪引いたから来るな」と連絡しておいた。……ちゃんと本気でそう思ってる。来て欲しいからあえて連絡したわけでは。静かな部屋に、自分の粗い呼吸だけ響く。
(……寂しい)
子供じゃあるまいし。インターホンが鳴る。鬱陶しくて掛け布団に潜る。けれど、外から君が俺の名前を呼ぶのが聞こえて、飛び起きた。身体が熱で怠いのも忘れて、慌てて玄関を開ける。
「あ。拓磨、大丈夫?」
「…………馬鹿野郎」
思わず腕を掴んで引き寄せて、胸に収めていた。莉子が背中を撫でてくれる。さっきまで眠くなかったのに、急速に眠気が来る。全部、熱のせいだ馬鹿。
眠れない夜に
深夜の1時、電話のコールで目を覚ます。目を擦りながら確認すれば、君の名前。
「もしもし」
「ごめん、迅寝てた……?」
不安そうな君の声に笑ってしまう。君が気にしないように嘘をひとつ吐く。
「起きてたよ」
「そっか、よかった」
君は俺の言葉を疑わない。真実は見えないけど、俺の前では信じたフリをする。君が信じてくれるから俺は導くし、俺が導くから君はその道を信じてくれる。俺たちは共犯者なんだ。
「眠れないの」
「……布団に潜って、目を瞑って。ゆっくり呼吸してごらん。大丈夫、ちゃんと眠れるよ」
努めて優しい声で告げると、君が頷くのが視えた。誰にだって言えることだろうけど、彼女は俺の言葉を求めてる。
「うん、ありがとう。おやすみなさい」
泣きそうな声のおやすみを最後に、短い通話は切れた。目が冴えている。一度覚醒したせいで、頭の中で様々なシーンが流れては消える。追うのをやめて、目を瞑る。ゆっくり呼吸をする。大丈夫、ちゃんと眠れる。
くいってされたい
「拓磨」
拓磨と横に並ぶと、拓磨のがずっと高くて。街中だと、声が届かないこともある。
「拓磨、」
ちょっと声を大きく出す。気づいてはもらえない。面白くなくて、堪らず拓磨の袖をくいっと引っ張る。
「ん?悪い、なんだ」
拓磨が振り向いて、屈んで顔を向けてくれる。手を伸ばして、耳に触れて、離す。
「ごめん、なんでもない。呼んだだけ」
「……そうか」
拓磨は怒ったりせず、身体を起こしながら私の頭を撫でた。またずっと高い位置に頭がある。背伸びしてもちっとも届かない、一生埋まらない差。不便だけれど、ずっと一緒にいるなら愛でていたい。
くっついていたい
「わっ」
「わ!!」
脅かしたよりも大きな声で、莉子は飛び上がる。飛び上がって、安心を求めるように腰にくっついてくる。可愛くて口が綻ぶ。
「びっくりした」
「ごめん、悪かった」
背中を撫でてやり、ぽんぽんと叩いて、解放してやるつもりだったが。莉子が離れない。
「? どうした、なんか嫌なことでもあったか?」
莉子は不安だったりすると、人肌を求める。もう一度背中を撫でて、安心させてやるように問いかけた。
「嫌なことなかったら、くっついてちゃダメ?」
「は」
なんだよ、それ。
「そんなこと、ねぇけど」
声にならない。顔が見られなくてよかった。莉子が満足するまで、固まったまま立ち尽くしていた。
常備している
のど飴は、常備している。
「飴、舐めるか?」
「舐める」
莉子の小さな手に、飴をひとつ渡す。莉子は個包装を破いて口に含む。ゴミは俺が受け取る。莉子は満足そうに飴を転がしている。お気に入りの味だから。
「それ、売ってるとこ見なくなった。最後のひとつだ」
「えっ残念……」
莉子が見るからにしゅんとするので、頭を撫でる。
「美味しかったのに。大事に舐めよ」
本当に大事そうに味わって舐めているのが愛らしくて。絶対まだ売っているところを見つけようと思う。
「また新しいのも探しておくよ」
のど飴もハンカチティッシュもハンドクリームも。常備している、莉子のために。
桜吹雪に
「駅前通ったら桜咲いてた。夜、河川敷に見に行こうよ」
莉子からそう、誘いを受けた。もちろん、断るなんてしないけど。花見、特に桜は妙な胸騒ぎがして嫌だ。なんだか、君がいなくなりそうで。荒唐無稽で馬鹿らしい妄想だから、気付かれたくないんだけれど。
「手、繋いでていいか」
目の前にしたらやっぱり怖くなって、返事も待たずに手を握った。莉子は不思議そうに俺を見上げる。それでも、それ以上はなにも聞かなかった。
「いいよぉ」
莉子は上機嫌で繋いだ手を振る。心なしか嬉しそうな表情に見える。いつだって莉子の一挙手一投足に胸を焦がす。抜け出せない。
「綺麗だねぇ」
桜に手を伸ばすから、桜がすくって攫っていきやしないかと、想像してしまって。莉子の手をぎゅっと握り込んだ。俺の胸の内なんて、いつまでも知られないままでいい。
窓に棲まうモノ
「拓磨の部屋の窓、ヤモちゃんいた」
「やも……?」
「ヤモリ!」
ゾワっと寒気がした。ヤモリいんのか、俺の部屋の窓……。
「多分、どっかに棲んでるんだよー」
「ソウデスカ」
「出てこないかなー」
出来れば、出てきて欲しくはない。その、気持ち悪い。莉子は爬虫類大好きなんだが……俺は莉子の家のリクガメまでが限界だ。ヤモリは無理。
「もう寒くなるから冬眠するのかな……」
莉子はキラキラした瞳で、窓の外のヤモリを探す。いつだって、俺は莉子が夢中になるものを理解出来ない。それでいいと思ってるけど。ちょっとだけ寂しくて、頬に触れた。
「ん、なに?」
「いや……なんでもねぇ」
もう少しだけ、君の瞳の中に映り込みたい。
莉子とキスをする夢を見た。
飛び起きて、慌てて呼吸をする。息が止まるかと思った。夢だから感触なんてない、熱も。それなのに、心臓は早鐘を打って五月蝿い。目覚めなくてもよかった、なんて頭の片隅で呟く。馬鹿馬鹿しい。振り払いたくて、流してしまいたくて、洗面所へ顔を洗いに行く。鏡に映った自分の顔は、朱に染まっていた。夢で見た景色を、繰り返し再生してしまう、やめたいのに。
(現実になった、ら)
知ってしまったら、俺はどうなってしまうんだろう。恐怖を覚えた。恋わずらいは年々酷くなっている。自分も、莉子も壊してしまうほど、重く身体を蝕んでいる。助けてくれ。手を伸ばす先など、ひとつしかなくて。呼吸が浅くなって苦しくなる。洗面所でずるずるとしゃがみ込み、膝を抱える。肌寒い。身体の内からの熱が篭って余計に。こんな自分を見られたくない。こんな自分も知って欲しい。心がふたつに裂ける。どうしようもない。どうしようもなく、好きで。好きで……。
「…………ぁ」
助けてくれ、と声も出ないのに、気づいて欲しくて仕方なくて。莉子は好きだ。莉子を好きな俺は嫌いだ。莉子の全部をダメにしてでも欲しい。そんなの絶対間違っている……それなのに、歯止めが効かなくなりそうで。怯えながら縮こまる。どこにも逃げ場がない。堕ちていくだけ。莉子なら一緒にいてくれる、そうどこかで信じてる自分を自嘲した。俺は馬鹿だ。
帰り道がいつまでも続けばいいのに
莉子と帰り道が一緒なのが、なにより幸せで。多少無理してでも、必ず迎えに行ってしまう。どこにも行ってほしくないけど、最後に自分の元に帰ってくると思えば、激しい独占欲もいくらか誤魔化せた。
「今日ね、面白いことがあってね」
莉子の話に耳を傾けて、相槌を打つ。俺から話せることが、減っていて、莉子は一生懸命に話す。気を遣わせているようで嫌だ。本当はたくさん話したい。話せることがない。話したら、離れていってしまいそうなことばかりで。何も言えずに、ただ隣にいる。言葉がなくったって、それだけで幸せで。莉子が少しだけ俺より前に歩く。思わず、莉子の二の腕辺りを袖だけ引っ張る。莉子が不思議そうに振り向く。あぁ、莉子の自然なリズムを乱したくなどないのに。
「……もう少し、ゆっくり步かねぇか」
莉子は、いいよと歩調を緩めた。全部、きっとバレバレだ。俺がお前を好きなことくらい。そんな鈍くないし天然じゃない。知らないフリをしてくれることに救われる。このままがいいよと暗に言われて苦しくて辛い。本当は、手を繋ぎたいし、キスもしたいし、抱き締めたいし。その先だって。あまりにも欲で塗り潰されていて、呆れてしまう。莉子を傷つけちゃいけないのに。遠くで母の声がする。いつまでこのままでいられるだろうか。俺は耐えられるだろうか。
喉風邪
あー風邪引いたなぁ。
朝から咳が止まらなくて、喉がちょっと痛い。まだ身体は痛くなくて、動けないほどじゃないけど。今日は莉子ちゃんと会うだけだから、キャンセルしようと思えば出来る。出来るんだけど。未来視のチャンネルを見つめる。莉子ちゃんが寝込む未来は視えない。自分の風邪が悪化するかは分からないのが、このSEの不便なとこ。
(まぁ同じ風邪に罹るのって、なんか憧れるけど)
いいや、別に今熱があるわけじゃないんだし。マスクをして、出かける準備をする。病は気からって言うしね。莉子ちゃんと会わないと、ろくな食事しないんだし。莉子ちゃんに伝染っちゃったら、看病してあげたらいいや。外に出たら風が冷たかった。早く君に会ってあったかくしていたいや。
熱風邪
風邪引いた、クソ。
朝から熱が出て、身体が怠い。大学の講義は休んで、一人家で寝ている。莉子には「風邪引いたから来るな」と連絡しておいた。……ちゃんと本気でそう思ってる。来て欲しいからあえて連絡したわけでは。静かな部屋に、自分の粗い呼吸だけ響く。
(……寂しい)
子供じゃあるまいし。インターホンが鳴る。鬱陶しくて掛け布団に潜る。けれど、外から君が俺の名前を呼ぶのが聞こえて、飛び起きた。身体が熱で怠いのも忘れて、慌てて玄関を開ける。
「あ。拓磨、大丈夫?」
「…………馬鹿野郎」
思わず腕を掴んで引き寄せて、胸に収めていた。莉子が背中を撫でてくれる。さっきまで眠くなかったのに、急速に眠気が来る。全部、熱のせいだ馬鹿。
眠れない夜に
深夜の1時、電話のコールで目を覚ます。目を擦りながら確認すれば、君の名前。
「もしもし」
「ごめん、迅寝てた……?」
不安そうな君の声に笑ってしまう。君が気にしないように嘘をひとつ吐く。
「起きてたよ」
「そっか、よかった」
君は俺の言葉を疑わない。真実は見えないけど、俺の前では信じたフリをする。君が信じてくれるから俺は導くし、俺が導くから君はその道を信じてくれる。俺たちは共犯者なんだ。
「眠れないの」
「……布団に潜って、目を瞑って。ゆっくり呼吸してごらん。大丈夫、ちゃんと眠れるよ」
努めて優しい声で告げると、君が頷くのが視えた。誰にだって言えることだろうけど、彼女は俺の言葉を求めてる。
「うん、ありがとう。おやすみなさい」
泣きそうな声のおやすみを最後に、短い通話は切れた。目が冴えている。一度覚醒したせいで、頭の中で様々なシーンが流れては消える。追うのをやめて、目を瞑る。ゆっくり呼吸をする。大丈夫、ちゃんと眠れる。
くいってされたい
「拓磨」
拓磨と横に並ぶと、拓磨のがずっと高くて。街中だと、声が届かないこともある。
「拓磨、」
ちょっと声を大きく出す。気づいてはもらえない。面白くなくて、堪らず拓磨の袖をくいっと引っ張る。
「ん?悪い、なんだ」
拓磨が振り向いて、屈んで顔を向けてくれる。手を伸ばして、耳に触れて、離す。
「ごめん、なんでもない。呼んだだけ」
「……そうか」
拓磨は怒ったりせず、身体を起こしながら私の頭を撫でた。またずっと高い位置に頭がある。背伸びしてもちっとも届かない、一生埋まらない差。不便だけれど、ずっと一緒にいるなら愛でていたい。
くっついていたい
「わっ」
「わ!!」
脅かしたよりも大きな声で、莉子は飛び上がる。飛び上がって、安心を求めるように腰にくっついてくる。可愛くて口が綻ぶ。
「びっくりした」
「ごめん、悪かった」
背中を撫でてやり、ぽんぽんと叩いて、解放してやるつもりだったが。莉子が離れない。
「? どうした、なんか嫌なことでもあったか?」
莉子は不安だったりすると、人肌を求める。もう一度背中を撫でて、安心させてやるように問いかけた。
「嫌なことなかったら、くっついてちゃダメ?」
「は」
なんだよ、それ。
「そんなこと、ねぇけど」
声にならない。顔が見られなくてよかった。莉子が満足するまで、固まったまま立ち尽くしていた。
常備している
のど飴は、常備している。
「飴、舐めるか?」
「舐める」
莉子の小さな手に、飴をひとつ渡す。莉子は個包装を破いて口に含む。ゴミは俺が受け取る。莉子は満足そうに飴を転がしている。お気に入りの味だから。
「それ、売ってるとこ見なくなった。最後のひとつだ」
「えっ残念……」
莉子が見るからにしゅんとするので、頭を撫でる。
「美味しかったのに。大事に舐めよ」
本当に大事そうに味わって舐めているのが愛らしくて。絶対まだ売っているところを見つけようと思う。
「また新しいのも探しておくよ」
のど飴もハンカチティッシュもハンドクリームも。常備している、莉子のために。
桜吹雪に
「駅前通ったら桜咲いてた。夜、河川敷に見に行こうよ」
莉子からそう、誘いを受けた。もちろん、断るなんてしないけど。花見、特に桜は妙な胸騒ぎがして嫌だ。なんだか、君がいなくなりそうで。荒唐無稽で馬鹿らしい妄想だから、気付かれたくないんだけれど。
「手、繋いでていいか」
目の前にしたらやっぱり怖くなって、返事も待たずに手を握った。莉子は不思議そうに俺を見上げる。それでも、それ以上はなにも聞かなかった。
「いいよぉ」
莉子は上機嫌で繋いだ手を振る。心なしか嬉しそうな表情に見える。いつだって莉子の一挙手一投足に胸を焦がす。抜け出せない。
「綺麗だねぇ」
桜に手を伸ばすから、桜がすくって攫っていきやしないかと、想像してしまって。莉子の手をぎゅっと握り込んだ。俺の胸の内なんて、いつまでも知られないままでいい。
窓に棲まうモノ
「拓磨の部屋の窓、ヤモちゃんいた」
「やも……?」
「ヤモリ!」
ゾワっと寒気がした。ヤモリいんのか、俺の部屋の窓……。
「多分、どっかに棲んでるんだよー」
「ソウデスカ」
「出てこないかなー」
出来れば、出てきて欲しくはない。その、気持ち悪い。莉子は爬虫類大好きなんだが……俺は莉子の家のリクガメまでが限界だ。ヤモリは無理。
「もう寒くなるから冬眠するのかな……」
莉子はキラキラした瞳で、窓の外のヤモリを探す。いつだって、俺は莉子が夢中になるものを理解出来ない。それでいいと思ってるけど。ちょっとだけ寂しくて、頬に触れた。
「ん、なに?」
「いや……なんでもねぇ」
もう少しだけ、君の瞳の中に映り込みたい。