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その嘘はなんのため/空閑遊真
玉狛に来て、楽しいことが増えた。もうすぐ入隊式を控えた、1月6日。午後からこなみ先輩が訓練してくれると言っていて、お昼を修と支部で食べる予定だった。昼食は迅さんが作ってくれるらしい。その迅さんが、どうやら支部にいないみたいなんだけど。
「どこ行ったんだろうな」
修とそんなことを話すが、特に困っているわけでも心配なわけでもない。修にこちらのことを教わりながら待っていた。
「急にご飯作ってって言われてもな〜」
玄関先で声がする。来客?修と一緒に見に行った。髪がくしゃくしゃした、控えめな背の女の人がいた。
「あ、はじめまして。修くんと、遊真くんだよね。合ってる?」
「どうもどうも、はじめまして」
俺が手を出すと、なんの躊躇いもなく握手してくれた。良い人そう。
「迅さん、この人は?」
「ん?本部のA級隊員だよ。莉子ちゃん。顔広いから、知り合っとくとなにかと助かると思う」
「うーん、そう言われると自信ないんだけど……」
莉子さんは迅さんを困ったように見る。それをあやすように、迅さんの手が彼女の頭に触れた。
「今度の入隊式も、嵐山隊と一緒に運営に入ってるよ」
「あ、それなら聞きたいことが」
「ほら、出番出番」
「もぉ〜。分かったよ……奥で聞くね。お邪魔します」
修は莉子さんに興味が出たらしく、リビングでゆっくり話すようだ。迅さんを見上げる。俺は迅さんと知り合って日は浅いけど、誰に向けるより優しい眼差しなことくらいわかった。
「莉子さんは、迅さんの彼女?」
「違うよ」
嘘ではなかったし、避けているように聞こえた。
「じゃあ、好きな人?」
「……そんなんじゃない」
「へぇ、迅さん面白い嘘吐くね」
迅さんは明らかに嫌な顔をするけれど、そうじゃないと口にする息は真っ黒だ。
「嘘吐きたいほど、あの人のこと好きなんだね」
「遊真、」
「いいじゃん、別に。好きなら好きって言えば。だめなの?」
迅さんは口を閉ざして、気まずそうに頬をかいた。俺にはよく分からないけれど、好きな人には好きと伝えておいた方が、後悔しないと思うけど。
「俺は、」
迅さんが苦しそうに話すのを、初めて見た。迅さんにもきっと、終わらない夜がある。俺が踏み込むには、ちと早すぎたかな。
「上手く言えないけど。莉子ちゃんを好きになっちゃ、ダメなんだ」
「もう好きなんだから、仕方なくない?」
「…………好きじゃ、ないよ」
真っ黒だし。否定するのすら辛そうなのに。なんだってそんなに意地を張るのだろう。いつまでもそこにあるなんて、誰にも分からないのに。
「空閑、お前もこっち来ないか?莉子さんの話、多分空閑のためにもなる」
「ハードル上げないで欲しいなぁ」
修の声が聞こえる。迅さんを見やれば、いつもの飄々とした顔に戻っていて。
「行きなよ。莉子ちゃんはきっと、お前の役に立つよ」
「……うん。ありがとう、迅さん」
お礼を言って、修たちの方へ向かう。莉子さんは、話すのが丁寧な人で、おそらく嘘を言えない人だった。いつでも顔が見える人と話すのは、安心する。
「莉子ちゃん、しょうが焼き食べたい」
「いいけど、迅が当番なんだよね?」
「代わってよ」
「しょうがないな〜片付けはやってね?」
「やった」
あんな嬉しそうに笑うのに。どっからどう見ても、甘えたくて仕方ないようなのに。どうしてあんな嘘を吐くんだろう。
『……ユーマ』
「分かってる」
レプリカの声に、返事をする。他人の嘘を追いかけすぎないこと。それが、俺が傷つかないための、レプリカとの約束。
「でも、どうしても気になるから。観察はしていたいよ」
『それを決めるのはユーマだ。けれど、深入りはおすすめしない』
「そうだな。とりあえずは、莉子さんと仲良くなるとこから始めるよ」
迅さんがあんな表情をした理由。嘘を吐いた意味。近付いたら、見えてくるかもしれないから。
分かるんだよなぁ/里見一馬
「竜司のバカが風邪で高熱出したので、ヘルプで来ました〜今日はよろしくお願いします」
軽い言葉とは裏腹に、莉子さんは深々と頭を下げた。実は隼人も同じ風邪をひいて休んでいる。流石に3人では回すのがキツいので、莉子さんに来てもらった。
「竜司の代わりにはなれないから、役に立たんかもしれんけど……」
「そんなそんな!来てくれるだけで充分!」
駿は興味なさげに空を見上げている。確か莉子さんは駿が苦手だし、駿も……。早紀ちゃんも言い方がキツい時あるから、ヒヤヒヤしちゃうな。
「早紀ちゃん、私今日どう動くのがいい?」
「……駿に前衛に出てもらって、一馬と莉子さんで後ろから削ってもらいます。脚は莉子さんに合わせるので、申し訳ないですが……」
「うん、分かった。射手トリガー使うよ」
「助かります」
今日の方針が決まった。早紀ちゃんの指示で移動を始める。昼下がり、警報の音が鳴り響いている。
莉子さんの隣は、想像以上に戦いやすかった。流石は、普段A級1位の射手を援護しているだけはある。隣に張りつくような援護は、なんかちょい緊張するけど。
「警戒!」
早紀ちゃんの声にびくっとする。バンダーの砲撃に狙われていると気付くのに1秒、銃口を向けるのに0.5秒、射程が届かないことに気づくのに1秒。バンダーの砲撃に備えて、シールドを準備するが、俺より先に莉子さんのシールドが展開された。ドォンという音と衝撃波が顔の横をすり抜ける。
「大丈夫?」
「莉子さんのおかげで、平気ですよー!」
お礼を言って横を見たら、莉子さんの左肩からトリオンが漏れていてゾッとする。
「ちょ、莉子さんこそ大丈夫?」
「平気平気。かすり傷だよ」
莉子さんはなんでもないように、ぱぱっとバンダーを片付けた。それから、早紀ちゃんに駿の居場所を確認している。俺も現場に集中し直すけど。
(弓場さんが莉子さんを戦わせたくないの、分かっちゃったなぁ)
莉子さんは、自分より攻撃に優れている人間を、自分より優先して守ってしまうんだ。それは戦略として正しいのだろうけど。好きな女の子がそんな戦い方してたら、そりゃ不安だろうな。それでなくても、莉子さん優しいから誰でも庇っちゃいそうだし。
「一馬くん?」
「はいはい〜今行くっすよ!」
莉子さんの隣に並ぶ。さっきよりも緊張する。莉子さんは無事に帰さなきゃいけないって言っていたのはとりまるだっけ。つくづく、たくさんの人に愛されている人だなと思う。俺だってそりゃ好きだし。丁重に扱わなくちゃ。
任務が終わり、誰も緊急脱出せずに戻って来れた。トリガーをオフにすると、莉子さんはぐったりしている。
「大丈夫です?」
「うーん、大丈夫じゃない」
ははは、と莉子さんは笑う。トリオン切れになると体調が悪くなるって話、本当だったんだ。
「無理させてすんません……」
「いーよ。そのつもりだったし、仕方ないからさ」
莉子さんは緊急脱出用のマットレスに、身体を倒した。うーん、危機感のなさと遠慮のなさ。こういうとこだよなー。
「一馬くん、ありがとう」
「なにが?」
「拓磨の横で戦ったらこんな感じなのかなって。想像したら楽しかった」
自分らしくもなく、言葉を失ってしまった。早紀ちゃんが弓場さんが来たと莉子さんに伝える。莉子さんはのそりと起き上がって行ってしまう。
「じゃあまたね、一馬くん」
手を振ることしか、出来なかった。莉子さんは早紀ちゃんに一礼すると、今度こそ隊室を出て行った。
(俺まで切なくなっちゃったな)
弓場さんの気持ちも、莉子さんの気持ちも、分かるし。交わらないのも、分かるし。けど、どうにか出来る立場でもないし。そんな出しゃばりは望まれてないし。見守るしか、出来ないよなぁ。
(せめて2人の行く末が、幸せなものでありますように)
変わらないなにかのために/小南桐絵
赤いフルーツタルトを持って、貴方の誕生日を祝いに行く。
4年前、地獄を見た。第一次大規模侵攻の折、私は友達と東三門周辺で遊んでいた。一番被害が大きかった地域だ。訳も分からずに走った。目の前の光景が信じられないけれど、そんなことを気にする余裕すらなかった。友達が転んで。無視して走り去るのが怖くて出来なかった。大きな怪物の影が迫って、目を閉じることで恐怖から逃れようとした。ズズーンと怪物が倒れた音がする。顔を上げると、双剣を構えた小さな女の子が、私たちを見下ろしていて。とても冷たい目をしていた。
「早く逃げなさい。この道をまっすぐ走れば臨時避難所に出られるわ」
それだけ言い残して、走り去っていった。呆然とする友達を引っ張り起こして、言われた通りに走った。避難所で友達は家族と合流して、私も家に帰ることが出来た。その後、事態が収束してボーダー本部が出来る。友達は引っ越して行った。私は、地獄に残ることを選んだ。
なんて、そんな大層な話でもないけれど。私に出来ることをしたかった、それだけ。地獄は慣れてしまえば日常でしかなく、私にとっては居心地が良くて幸せな日々を送っている。今日は小南ちゃんの誕生日。あの時、小南ちゃんが助けてくれなかったら。考えただけでゾッとする。小南ちゃんが歳を重ねる度に、私は生きていることに感謝する。小南ちゃんは、私にとって特別な恩人。
「やあ、莉子ちゃん。おはよう」
「おはよう、迅」
迅が支部の入り口前で待っていた。フルーツタルトの箱を手渡す。
「上がっていかないの?」
上がる気はなかった。小南ちゃんにとっては、玉狛支部のみんなが家族みたいなもんだろうし、みんなとの時間が大切だろう。邪魔するつもりはない。重いかもしれないけど、お手紙を書いたから。
「うん、大丈夫。よろしく伝えて」
「あ!莉子さん!」
小南ちゃんが玄関先までやってきて、近づいてくる。手を振って迎える。小南ちゃんは懐っこく私に抱きついてきた。頭を撫でられる。小南ちゃん、私のこと妹かなにかだと思っていそう。
「赤いフルーツタルトを持ってきたから、みんなで食べてね」
「本当に!?嬉しい!!」
「じゃあ、私はこれで」
「えっ!?なんで!?」
小南ちゃんはひどく悲しそうな顔をする。ストレートな感情表現が刺さってしまう。そんなつもりじゃなかったのに。
「このあと用事あるの?」
「いや、悪いかなと思って……」
「なにが!?そんなわけないじゃない!!」
「うーん、ごめんね」
遠慮してしまったことに対して謝ったのだが、私が本当に帰ってしまうと思ったらしく。
「本当に帰っちゃうの……?」
小南ちゃんはしょげくれた顔で私の右手を両手で包んだ。私は笑顔を作って、手を上下に振る。
「小南ちゃんがどうしてもって言うなら、お邪魔しちゃおうかな」
「当たり前でしょ!!ちゃんと私をお祝いしてから帰って!!」
「ふふふ、ごめんごめん。分かったよ」
小南ちゃんが私の手を引っ張る。この小さな手が、私を助けたことは未だに信じられない。小南ちゃんみたいになりたいと思った。4年かけても、ちっとも近づいた気はしないけど。
「うさみ、莉子さんの分の席用意して!」
「おっ莉子さんだ!了解〜」
宇佐美ちゃんが私の席を用意する。一番端の席。座ると、隣に迅が座ってくれる。実はこういう席が苦手な私に、配慮してのことだろう。
「「小南、お誕生日おめでとーう!!」」
クラッカーの音と乾杯の音。小南ちゃんはとっても嬉しそう。小南ちゃんに穏やかな時間があることが嬉しい。4年間で、小南ちゃんもきっと変わった。私も変わっていく。変わらないなにかを、守っていくために。
諦めませんよ/唯我尊
「お前が腑抜けだと困るんだよ」
弓場さんが僕に厳しかった理由を、今更知った。知ったところで、僕は諦めないけれど。
莉子さんにフラれた。夏休み最後の日、僕の気持ちを表すように酷い夕立が降った。
「私には大事な人が多すぎるの。だからごめんね」
言葉の真意を図り損ねて、納得なんて出来なかった。大事な人が多いことが、僕がフラれる理由になり得るのか?莉子さんに大事な人が多いことは素晴らしいことじゃないか。そんな貴方だから好きなのに。別に僕だけを大事にしてくれなんて言いませんよ。特別には、なりたいけれど。
「お前、告白したの?マジで?」
出水先輩が呆れ顔でせんべいを齧る。莉子さんは、まだ来ない。今日はこれから任務なのだが。
「お前が莉子さんに惚れてんのは気づいてたけどよ……まさか告白するとは」
「好きだったら告白ぐらいするでしょう!?」
「いやぁ莉子さん相手には無理っしょ。ライバル多すぎだし、ライバル強すぎだし」
「例えば、誰ですか?」
出水先輩が信じられないものを見るような目で見る。
「お前、マジで言ってる?」
「僕はいつだってマジですよ」
はぁーっと出水先輩は長くため息を吐き、俯き、頭をかいた。国近先輩もほえーっと呆れた顔をしている。
「弓場さんがいつも、迎えに来てんだろ?なんでだと思う」
「幼馴染だからでは……」
「迅さんとよく一緒にいるよな?なんでだと思うんだよ」
「…………」
確かに、莉子さんは男性とおられることは多い。けれど、莉子さんから付き合っているなんて聞かないし、莉子さんが特定の誰かを好きだと言ったことはない。
「莉子さんは、みんな友達と思ってますよね……?」
「…………なんで急に核心めいたこと言うんだよおめぇは」
出水先輩はせんべいの最後のひと口を放り込む。なんだか重たい空気になってしまった。でも、僕は間違ったことは言ってないはずだ。莉子さんはまだ、誰のことも好きじゃない。
「あんま莉子さん困らせんじゃねぇぞ」
「困らせたいわけではないです」
ただ、納得のいく理由が欲しくて。もっと言えば、あの時の莉子さんの表情が苦しそうだったから。本心では、ないのではないかと。都合が良い妄想と言われてもいい、それでも僕は納得がいかない。
「お疲れ様ですー……」
莉子さんが隊室に入ってきた。いつもより覇気がなく、遠慮がちに出水先輩の横に座る。僕と目は合わせてくれない。
「莉子さん、あの」
莉子さんがちらっとこちらを伺う。気まずそうにしている。僕が今言いたいことを言ったら、もっと気まずくなるだろうと思う。それでも、告げずにはいられないのだ。
「僕、諦めませんから」
「唯我、」
「僕は諦めません」
出水先輩が止めたが、繰り返し伝えた。周りがどう言おうと、誰が貴方を想っていようと、関係ない。僕は貴方の気持ちが知りたい。
「唯我くん、私……」
莉子さんは身を屈めて縮こまってしまった。誰を想って、そんな表情をしているのですか。なにが貴方を、苦しめるのですか。思えば、知らないことが多すぎて。けれど、貴方をなにも知らないとしても、僕は貴方が好きなんだ。
「誰が好きなのか、分からない……」
ぽつりと、そう溢された。何故。それは、悪いことでもなんでもないだろう。
「僕が好きな人になりますから」
莉子さんは、ぼんやりと僕の顔を見た。そうして、力なく笑うと。
「ありがとう。ごめんね」
またフラれてしまった。僕は肩を落とす。でも、まだ分からない。まだ、貴方の気持ちを知らない。見つけるまでは諦めきれない。もっと貴方のことを見ていよう。僕に向ける視線だけでなく、他に向けられる視線も追おう。もう少し、時間をください。確かに僕は、急ぎすぎたようだから。
不遜な面構えの君/当真勇
本部を出て徒歩2分程の路地に、野良猫が溜まっている場所がある。警戒区域内に野良猫は多い。他所から集まってきたもの、あの日飼い主を亡くしたもの、ケガをしていて治ったもの、様々な猫がここを根城にしている。引き取り手を探す活動もあるが、賄いきれないので有志で餌代を出し合って、ボーダー全体で面倒を見ている。任務前、癒しが欲しい時はここを訪れる。
「にゃあ」
今日は白ブチの若いオス猫が、餌をもらいに訪れていた。餌をもらいに来たのだろうに、餌そっちのけでこちらに寄ってきて頭を擦り寄せ、喉を鳴らす。顎の下を撫でてやり、お腹をわしわしと揉んでやる。
「よぉ」
背後で声がする。すぐに誰か分かった。逃げ出そうにも時間がなくて、当真くんは私の隣にしゃがむ。猫は身体を起こして、当真くんの指に鼻を押し当てて嗅いでいた。
「今日はお前か、元気してたか?」
当真くんは慣れた手つきで猫を撫でる。猫は私にしたようにお腹を見せた。
「…………あんた、俺のこと避けてんだろ」
頭が真っ白になり、側頭部がびりびりとする感覚に襲われる。返事が出来なかった。
「別に責めたりしねぇよ。あんたが敏感で繊細なのはみんな知ってる。けど、やっぱり面白くねぇ」
猫が撫でるのをせがむように、こちらに戻ってくる。適当に撫でてやった。
「俺と真木ちゃんを、一緒にしないでくんねぇか」
「…………ごめん」
真木ちゃんは嫌いだった。当真くんのことは、そこまで多くは知らない。けど、こうやってここで一緒に猫を撫でる間柄だった。真木ちゃんにキツく当たられてから、なんとなく避けていた。当真くんを見ると、真木ちゃんを連想してしまうから。
「腹立つっつーか、ショックなんだわ」
腹立つと言われて、怖くなって当真くんの顔を見た。別に怒った顔はしていない。ほっとして、また安心を求めて猫を撫でる。
「俺は別に、あんたが怠けてるとも思ってねぇーし。モテんのはあれだろ、天性のっつーか。そもそも、あんただけが悪いわけでもねぇだろ」
「うん」
猫は満足したのか、あくびをしながら路地裏に去っていった。
「……俺が莉子さんを狙って撃つのはよ、」
声のトーンが下がった。けれど、風が吹いても掻き消えない、強い声だった。膝を抱いた、飛ばされてしまわぬように。
「莉子さんを残しとくと厄介だからだ。あんたがいるだけで、出水や太刀川さんを狙いづらくなる。防がれる弾なんて絶対撃ちたくねぇ」
当真くんの、仕事の話。流儀の話。不真面目なくせに、こだわりは強くて。実際、強い。ここでは勤勉さと強さはイコールじゃない。
「俺は、莉子さんをちゃんと評価してる。だから、俺に撃ち抜かれることは光栄に思っといてくれ」
「…………不遜」
「あぁ?なに、なんだって?」
おかしくなって思わず笑う。当真くんは、安心したようにため息を吐いた。
「よく分かんねーけど、あんた俺に真っ先に落とされると落ち込むんだろ。やりにきーからやめろ」
「当真くんにもやりにくいとかあるんだね」
「あるだろそりゃ。俺だって人間だぞ」
顔を見上げると、不遜な面構えの君がいる。表情が崩れたところを見たことがない。けれどそれは、なにも感じてないのとイコールじゃない。腹の中では、あれこれ悩んだり迷ったり、勇気を出したり疲れたり、いろいろあるのだろう。
「ごめんね、避けてて。もうやめる」
「……無理はされても、困んだけど」
「いや、多分大丈夫」
自分の中で、別の人間と認識出来たから。心配事が一つ減った。胸がすっきりとして清々しい。晴れやかな気分だ。
「話してくれてありがとう。これからもよろしく」
「……おう」
猫もいないし、どちらともなく立ち上がって本部に戻った。話すことって大切だ。話し合わなきゃ、なにも分からない。話を聞ける人間になりたい。話を出来る人間になりたい。話しやすい人間でありたい。まだまだ、私は成長途中だ。
玉狛に来て、楽しいことが増えた。もうすぐ入隊式を控えた、1月6日。午後からこなみ先輩が訓練してくれると言っていて、お昼を修と支部で食べる予定だった。昼食は迅さんが作ってくれるらしい。その迅さんが、どうやら支部にいないみたいなんだけど。
「どこ行ったんだろうな」
修とそんなことを話すが、特に困っているわけでも心配なわけでもない。修にこちらのことを教わりながら待っていた。
「急にご飯作ってって言われてもな〜」
玄関先で声がする。来客?修と一緒に見に行った。髪がくしゃくしゃした、控えめな背の女の人がいた。
「あ、はじめまして。修くんと、遊真くんだよね。合ってる?」
「どうもどうも、はじめまして」
俺が手を出すと、なんの躊躇いもなく握手してくれた。良い人そう。
「迅さん、この人は?」
「ん?本部のA級隊員だよ。莉子ちゃん。顔広いから、知り合っとくとなにかと助かると思う」
「うーん、そう言われると自信ないんだけど……」
莉子さんは迅さんを困ったように見る。それをあやすように、迅さんの手が彼女の頭に触れた。
「今度の入隊式も、嵐山隊と一緒に運営に入ってるよ」
「あ、それなら聞きたいことが」
「ほら、出番出番」
「もぉ〜。分かったよ……奥で聞くね。お邪魔します」
修は莉子さんに興味が出たらしく、リビングでゆっくり話すようだ。迅さんを見上げる。俺は迅さんと知り合って日は浅いけど、誰に向けるより優しい眼差しなことくらいわかった。
「莉子さんは、迅さんの彼女?」
「違うよ」
嘘ではなかったし、避けているように聞こえた。
「じゃあ、好きな人?」
「……そんなんじゃない」
「へぇ、迅さん面白い嘘吐くね」
迅さんは明らかに嫌な顔をするけれど、そうじゃないと口にする息は真っ黒だ。
「嘘吐きたいほど、あの人のこと好きなんだね」
「遊真、」
「いいじゃん、別に。好きなら好きって言えば。だめなの?」
迅さんは口を閉ざして、気まずそうに頬をかいた。俺にはよく分からないけれど、好きな人には好きと伝えておいた方が、後悔しないと思うけど。
「俺は、」
迅さんが苦しそうに話すのを、初めて見た。迅さんにもきっと、終わらない夜がある。俺が踏み込むには、ちと早すぎたかな。
「上手く言えないけど。莉子ちゃんを好きになっちゃ、ダメなんだ」
「もう好きなんだから、仕方なくない?」
「…………好きじゃ、ないよ」
真っ黒だし。否定するのすら辛そうなのに。なんだってそんなに意地を張るのだろう。いつまでもそこにあるなんて、誰にも分からないのに。
「空閑、お前もこっち来ないか?莉子さんの話、多分空閑のためにもなる」
「ハードル上げないで欲しいなぁ」
修の声が聞こえる。迅さんを見やれば、いつもの飄々とした顔に戻っていて。
「行きなよ。莉子ちゃんはきっと、お前の役に立つよ」
「……うん。ありがとう、迅さん」
お礼を言って、修たちの方へ向かう。莉子さんは、話すのが丁寧な人で、おそらく嘘を言えない人だった。いつでも顔が見える人と話すのは、安心する。
「莉子ちゃん、しょうが焼き食べたい」
「いいけど、迅が当番なんだよね?」
「代わってよ」
「しょうがないな〜片付けはやってね?」
「やった」
あんな嬉しそうに笑うのに。どっからどう見ても、甘えたくて仕方ないようなのに。どうしてあんな嘘を吐くんだろう。
『……ユーマ』
「分かってる」
レプリカの声に、返事をする。他人の嘘を追いかけすぎないこと。それが、俺が傷つかないための、レプリカとの約束。
「でも、どうしても気になるから。観察はしていたいよ」
『それを決めるのはユーマだ。けれど、深入りはおすすめしない』
「そうだな。とりあえずは、莉子さんと仲良くなるとこから始めるよ」
迅さんがあんな表情をした理由。嘘を吐いた意味。近付いたら、見えてくるかもしれないから。
分かるんだよなぁ/里見一馬
「竜司のバカが風邪で高熱出したので、ヘルプで来ました〜今日はよろしくお願いします」
軽い言葉とは裏腹に、莉子さんは深々と頭を下げた。実は隼人も同じ風邪をひいて休んでいる。流石に3人では回すのがキツいので、莉子さんに来てもらった。
「竜司の代わりにはなれないから、役に立たんかもしれんけど……」
「そんなそんな!来てくれるだけで充分!」
駿は興味なさげに空を見上げている。確か莉子さんは駿が苦手だし、駿も……。早紀ちゃんも言い方がキツい時あるから、ヒヤヒヤしちゃうな。
「早紀ちゃん、私今日どう動くのがいい?」
「……駿に前衛に出てもらって、一馬と莉子さんで後ろから削ってもらいます。脚は莉子さんに合わせるので、申し訳ないですが……」
「うん、分かった。射手トリガー使うよ」
「助かります」
今日の方針が決まった。早紀ちゃんの指示で移動を始める。昼下がり、警報の音が鳴り響いている。
莉子さんの隣は、想像以上に戦いやすかった。流石は、普段A級1位の射手を援護しているだけはある。隣に張りつくような援護は、なんかちょい緊張するけど。
「警戒!」
早紀ちゃんの声にびくっとする。バンダーの砲撃に狙われていると気付くのに1秒、銃口を向けるのに0.5秒、射程が届かないことに気づくのに1秒。バンダーの砲撃に備えて、シールドを準備するが、俺より先に莉子さんのシールドが展開された。ドォンという音と衝撃波が顔の横をすり抜ける。
「大丈夫?」
「莉子さんのおかげで、平気ですよー!」
お礼を言って横を見たら、莉子さんの左肩からトリオンが漏れていてゾッとする。
「ちょ、莉子さんこそ大丈夫?」
「平気平気。かすり傷だよ」
莉子さんはなんでもないように、ぱぱっとバンダーを片付けた。それから、早紀ちゃんに駿の居場所を確認している。俺も現場に集中し直すけど。
(弓場さんが莉子さんを戦わせたくないの、分かっちゃったなぁ)
莉子さんは、自分より攻撃に優れている人間を、自分より優先して守ってしまうんだ。それは戦略として正しいのだろうけど。好きな女の子がそんな戦い方してたら、そりゃ不安だろうな。それでなくても、莉子さん優しいから誰でも庇っちゃいそうだし。
「一馬くん?」
「はいはい〜今行くっすよ!」
莉子さんの隣に並ぶ。さっきよりも緊張する。莉子さんは無事に帰さなきゃいけないって言っていたのはとりまるだっけ。つくづく、たくさんの人に愛されている人だなと思う。俺だってそりゃ好きだし。丁重に扱わなくちゃ。
任務が終わり、誰も緊急脱出せずに戻って来れた。トリガーをオフにすると、莉子さんはぐったりしている。
「大丈夫です?」
「うーん、大丈夫じゃない」
ははは、と莉子さんは笑う。トリオン切れになると体調が悪くなるって話、本当だったんだ。
「無理させてすんません……」
「いーよ。そのつもりだったし、仕方ないからさ」
莉子さんは緊急脱出用のマットレスに、身体を倒した。うーん、危機感のなさと遠慮のなさ。こういうとこだよなー。
「一馬くん、ありがとう」
「なにが?」
「拓磨の横で戦ったらこんな感じなのかなって。想像したら楽しかった」
自分らしくもなく、言葉を失ってしまった。早紀ちゃんが弓場さんが来たと莉子さんに伝える。莉子さんはのそりと起き上がって行ってしまう。
「じゃあまたね、一馬くん」
手を振ることしか、出来なかった。莉子さんは早紀ちゃんに一礼すると、今度こそ隊室を出て行った。
(俺まで切なくなっちゃったな)
弓場さんの気持ちも、莉子さんの気持ちも、分かるし。交わらないのも、分かるし。けど、どうにか出来る立場でもないし。そんな出しゃばりは望まれてないし。見守るしか、出来ないよなぁ。
(せめて2人の行く末が、幸せなものでありますように)
変わらないなにかのために/小南桐絵
赤いフルーツタルトを持って、貴方の誕生日を祝いに行く。
4年前、地獄を見た。第一次大規模侵攻の折、私は友達と東三門周辺で遊んでいた。一番被害が大きかった地域だ。訳も分からずに走った。目の前の光景が信じられないけれど、そんなことを気にする余裕すらなかった。友達が転んで。無視して走り去るのが怖くて出来なかった。大きな怪物の影が迫って、目を閉じることで恐怖から逃れようとした。ズズーンと怪物が倒れた音がする。顔を上げると、双剣を構えた小さな女の子が、私たちを見下ろしていて。とても冷たい目をしていた。
「早く逃げなさい。この道をまっすぐ走れば臨時避難所に出られるわ」
それだけ言い残して、走り去っていった。呆然とする友達を引っ張り起こして、言われた通りに走った。避難所で友達は家族と合流して、私も家に帰ることが出来た。その後、事態が収束してボーダー本部が出来る。友達は引っ越して行った。私は、地獄に残ることを選んだ。
なんて、そんな大層な話でもないけれど。私に出来ることをしたかった、それだけ。地獄は慣れてしまえば日常でしかなく、私にとっては居心地が良くて幸せな日々を送っている。今日は小南ちゃんの誕生日。あの時、小南ちゃんが助けてくれなかったら。考えただけでゾッとする。小南ちゃんが歳を重ねる度に、私は生きていることに感謝する。小南ちゃんは、私にとって特別な恩人。
「やあ、莉子ちゃん。おはよう」
「おはよう、迅」
迅が支部の入り口前で待っていた。フルーツタルトの箱を手渡す。
「上がっていかないの?」
上がる気はなかった。小南ちゃんにとっては、玉狛支部のみんなが家族みたいなもんだろうし、みんなとの時間が大切だろう。邪魔するつもりはない。重いかもしれないけど、お手紙を書いたから。
「うん、大丈夫。よろしく伝えて」
「あ!莉子さん!」
小南ちゃんが玄関先までやってきて、近づいてくる。手を振って迎える。小南ちゃんは懐っこく私に抱きついてきた。頭を撫でられる。小南ちゃん、私のこと妹かなにかだと思っていそう。
「赤いフルーツタルトを持ってきたから、みんなで食べてね」
「本当に!?嬉しい!!」
「じゃあ、私はこれで」
「えっ!?なんで!?」
小南ちゃんはひどく悲しそうな顔をする。ストレートな感情表現が刺さってしまう。そんなつもりじゃなかったのに。
「このあと用事あるの?」
「いや、悪いかなと思って……」
「なにが!?そんなわけないじゃない!!」
「うーん、ごめんね」
遠慮してしまったことに対して謝ったのだが、私が本当に帰ってしまうと思ったらしく。
「本当に帰っちゃうの……?」
小南ちゃんはしょげくれた顔で私の右手を両手で包んだ。私は笑顔を作って、手を上下に振る。
「小南ちゃんがどうしてもって言うなら、お邪魔しちゃおうかな」
「当たり前でしょ!!ちゃんと私をお祝いしてから帰って!!」
「ふふふ、ごめんごめん。分かったよ」
小南ちゃんが私の手を引っ張る。この小さな手が、私を助けたことは未だに信じられない。小南ちゃんみたいになりたいと思った。4年かけても、ちっとも近づいた気はしないけど。
「うさみ、莉子さんの分の席用意して!」
「おっ莉子さんだ!了解〜」
宇佐美ちゃんが私の席を用意する。一番端の席。座ると、隣に迅が座ってくれる。実はこういう席が苦手な私に、配慮してのことだろう。
「「小南、お誕生日おめでとーう!!」」
クラッカーの音と乾杯の音。小南ちゃんはとっても嬉しそう。小南ちゃんに穏やかな時間があることが嬉しい。4年間で、小南ちゃんもきっと変わった。私も変わっていく。変わらないなにかを、守っていくために。
諦めませんよ/唯我尊
「お前が腑抜けだと困るんだよ」
弓場さんが僕に厳しかった理由を、今更知った。知ったところで、僕は諦めないけれど。
莉子さんにフラれた。夏休み最後の日、僕の気持ちを表すように酷い夕立が降った。
「私には大事な人が多すぎるの。だからごめんね」
言葉の真意を図り損ねて、納得なんて出来なかった。大事な人が多いことが、僕がフラれる理由になり得るのか?莉子さんに大事な人が多いことは素晴らしいことじゃないか。そんな貴方だから好きなのに。別に僕だけを大事にしてくれなんて言いませんよ。特別には、なりたいけれど。
「お前、告白したの?マジで?」
出水先輩が呆れ顔でせんべいを齧る。莉子さんは、まだ来ない。今日はこれから任務なのだが。
「お前が莉子さんに惚れてんのは気づいてたけどよ……まさか告白するとは」
「好きだったら告白ぐらいするでしょう!?」
「いやぁ莉子さん相手には無理っしょ。ライバル多すぎだし、ライバル強すぎだし」
「例えば、誰ですか?」
出水先輩が信じられないものを見るような目で見る。
「お前、マジで言ってる?」
「僕はいつだってマジですよ」
はぁーっと出水先輩は長くため息を吐き、俯き、頭をかいた。国近先輩もほえーっと呆れた顔をしている。
「弓場さんがいつも、迎えに来てんだろ?なんでだと思う」
「幼馴染だからでは……」
「迅さんとよく一緒にいるよな?なんでだと思うんだよ」
「…………」
確かに、莉子さんは男性とおられることは多い。けれど、莉子さんから付き合っているなんて聞かないし、莉子さんが特定の誰かを好きだと言ったことはない。
「莉子さんは、みんな友達と思ってますよね……?」
「…………なんで急に核心めいたこと言うんだよおめぇは」
出水先輩はせんべいの最後のひと口を放り込む。なんだか重たい空気になってしまった。でも、僕は間違ったことは言ってないはずだ。莉子さんはまだ、誰のことも好きじゃない。
「あんま莉子さん困らせんじゃねぇぞ」
「困らせたいわけではないです」
ただ、納得のいく理由が欲しくて。もっと言えば、あの時の莉子さんの表情が苦しそうだったから。本心では、ないのではないかと。都合が良い妄想と言われてもいい、それでも僕は納得がいかない。
「お疲れ様ですー……」
莉子さんが隊室に入ってきた。いつもより覇気がなく、遠慮がちに出水先輩の横に座る。僕と目は合わせてくれない。
「莉子さん、あの」
莉子さんがちらっとこちらを伺う。気まずそうにしている。僕が今言いたいことを言ったら、もっと気まずくなるだろうと思う。それでも、告げずにはいられないのだ。
「僕、諦めませんから」
「唯我、」
「僕は諦めません」
出水先輩が止めたが、繰り返し伝えた。周りがどう言おうと、誰が貴方を想っていようと、関係ない。僕は貴方の気持ちが知りたい。
「唯我くん、私……」
莉子さんは身を屈めて縮こまってしまった。誰を想って、そんな表情をしているのですか。なにが貴方を、苦しめるのですか。思えば、知らないことが多すぎて。けれど、貴方をなにも知らないとしても、僕は貴方が好きなんだ。
「誰が好きなのか、分からない……」
ぽつりと、そう溢された。何故。それは、悪いことでもなんでもないだろう。
「僕が好きな人になりますから」
莉子さんは、ぼんやりと僕の顔を見た。そうして、力なく笑うと。
「ありがとう。ごめんね」
またフラれてしまった。僕は肩を落とす。でも、まだ分からない。まだ、貴方の気持ちを知らない。見つけるまでは諦めきれない。もっと貴方のことを見ていよう。僕に向ける視線だけでなく、他に向けられる視線も追おう。もう少し、時間をください。確かに僕は、急ぎすぎたようだから。
不遜な面構えの君/当真勇
本部を出て徒歩2分程の路地に、野良猫が溜まっている場所がある。警戒区域内に野良猫は多い。他所から集まってきたもの、あの日飼い主を亡くしたもの、ケガをしていて治ったもの、様々な猫がここを根城にしている。引き取り手を探す活動もあるが、賄いきれないので有志で餌代を出し合って、ボーダー全体で面倒を見ている。任務前、癒しが欲しい時はここを訪れる。
「にゃあ」
今日は白ブチの若いオス猫が、餌をもらいに訪れていた。餌をもらいに来たのだろうに、餌そっちのけでこちらに寄ってきて頭を擦り寄せ、喉を鳴らす。顎の下を撫でてやり、お腹をわしわしと揉んでやる。
「よぉ」
背後で声がする。すぐに誰か分かった。逃げ出そうにも時間がなくて、当真くんは私の隣にしゃがむ。猫は身体を起こして、当真くんの指に鼻を押し当てて嗅いでいた。
「今日はお前か、元気してたか?」
当真くんは慣れた手つきで猫を撫でる。猫は私にしたようにお腹を見せた。
「…………あんた、俺のこと避けてんだろ」
頭が真っ白になり、側頭部がびりびりとする感覚に襲われる。返事が出来なかった。
「別に責めたりしねぇよ。あんたが敏感で繊細なのはみんな知ってる。けど、やっぱり面白くねぇ」
猫が撫でるのをせがむように、こちらに戻ってくる。適当に撫でてやった。
「俺と真木ちゃんを、一緒にしないでくんねぇか」
「…………ごめん」
真木ちゃんは嫌いだった。当真くんのことは、そこまで多くは知らない。けど、こうやってここで一緒に猫を撫でる間柄だった。真木ちゃんにキツく当たられてから、なんとなく避けていた。当真くんを見ると、真木ちゃんを連想してしまうから。
「腹立つっつーか、ショックなんだわ」
腹立つと言われて、怖くなって当真くんの顔を見た。別に怒った顔はしていない。ほっとして、また安心を求めて猫を撫でる。
「俺は別に、あんたが怠けてるとも思ってねぇーし。モテんのはあれだろ、天性のっつーか。そもそも、あんただけが悪いわけでもねぇだろ」
「うん」
猫は満足したのか、あくびをしながら路地裏に去っていった。
「……俺が莉子さんを狙って撃つのはよ、」
声のトーンが下がった。けれど、風が吹いても掻き消えない、強い声だった。膝を抱いた、飛ばされてしまわぬように。
「莉子さんを残しとくと厄介だからだ。あんたがいるだけで、出水や太刀川さんを狙いづらくなる。防がれる弾なんて絶対撃ちたくねぇ」
当真くんの、仕事の話。流儀の話。不真面目なくせに、こだわりは強くて。実際、強い。ここでは勤勉さと強さはイコールじゃない。
「俺は、莉子さんをちゃんと評価してる。だから、俺に撃ち抜かれることは光栄に思っといてくれ」
「…………不遜」
「あぁ?なに、なんだって?」
おかしくなって思わず笑う。当真くんは、安心したようにため息を吐いた。
「よく分かんねーけど、あんた俺に真っ先に落とされると落ち込むんだろ。やりにきーからやめろ」
「当真くんにもやりにくいとかあるんだね」
「あるだろそりゃ。俺だって人間だぞ」
顔を見上げると、不遜な面構えの君がいる。表情が崩れたところを見たことがない。けれどそれは、なにも感じてないのとイコールじゃない。腹の中では、あれこれ悩んだり迷ったり、勇気を出したり疲れたり、いろいろあるのだろう。
「ごめんね、避けてて。もうやめる」
「……無理はされても、困んだけど」
「いや、多分大丈夫」
自分の中で、別の人間と認識出来たから。心配事が一つ減った。胸がすっきりとして清々しい。晴れやかな気分だ。
「話してくれてありがとう。これからもよろしく」
「……おう」
猫もいないし、どちらともなく立ち上がって本部に戻った。話すことって大切だ。話し合わなきゃ、なにも分からない。話を聞ける人間になりたい。話を出来る人間になりたい。話しやすい人間でありたい。まだまだ、私は成長途中だ。