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カラオケに行こう!/生駒達人
「おわーっ!!」
膝に突然衝撃を受け、その場に崩れ落ちる。思い切り膝を床に打ちつけたので痛い。涙目で振り返ると、犯人が自分でやったくせにドン引きしていた。
「わ……その、ごめん」
「せめて責任とって笑ってや!!」
ツッコミを入れると、莉子ちゃんは控えめにクスクス笑った。いつか莉子ちゃんの馬鹿笑い見たいんよなぁ。なにがツボなんやろ。それにしても。
「なんでこんなことを……やるなら弓場ちゃんにしぃ」
「拓磨の膝なんて届かないもん」
ぐっ!!身長差……萌え。口元に手をやって堪える。
「拓磨にはイコさんがやったんでしょ」
「ん?そういえば」
2週間前くらいに、ふざけてやった記憶がある。
「仕返しにきた!」
「はーっ!!」
尊さに天を仰いでしまった。声も出ちゃった。がおーって手を構えてるの、ずるない?なに、弓場ちゃんに言われて仕返しにきたの?弓場ちゃんのために勝手に仕返しにきたの?どっちでも可愛すぎるやろ……。
「なんで天井見上げてるの……?」
「いや、なんでもない。なんでもないから2人とも一生そのままでいてや……」
「一生は約束出来ないなぁ」
そこでそんなこと言って苦笑するの、小悪魔か?小悪魔ちゃんか?弓場ちゃんが必死になるの、分かるなぁ。分かっててやってんのかなこの子。莉子ちゃん、天然くさいんよなぁ。
「そう、イコさんギターやるよね?歌好きだよね?」
「まぁそりゃ好きやけど」
「カラオケ行かない?」
「俺と!?」
なんでや、なんで俺や?弓場ちゃんのこと抜きにしても、女の子とカラオケ許されるか俺?
「あかんやん、弓場ちゃんに怒られるて」
「怒らないよ。拓磨一緒に行ってくれないし」
莉子ちゃんの顔が曇る。うん、不貞腐れてもかわええよなこの子。なっ、弓場ちゃん!
「なして?」
「……一緒に行ったら分かるよ」
だから、行こう?と首を傾げられては、抗うことは出来なかった。ごめん、弓場ちゃん。なにもしません、誓って。許してや。
「どーいうカッコなら失礼にならんのやろか……」
鏡の前でギリギリまで、服のコーデに悩む。前日に水上に相談したら「なんでもええんちゃいます?莉子さんそないなとこ見とらんでしょ」と、興味なさげに言われた。莉子ちゃんが興味なくても俺が気にすんのや。てか、よお考えたらあの子失礼やない?
「あかーん!分からん、分からんけど時間ないしこれで」
無難なパーカーを選んだ。かっちりしてんのは、逆に意識しとるみたいで警戒されそうやん。いや、ナンパなことなんてせんけど。俺かて命が惜しい。
「悪い、莉子ちゃんお待たせ!」
莉子ちゃんはいつもの赤いヘッドフォンに、腰までくるボーダーのセーターを着ていた。ダボっとした服をよく着てる気がする。袖が少し余っていて、ちいこくて可愛い。
「待ってないよ。じゃ行こうか」
莉子ちゃんはスタスタと歩き出す。見た目から想像するのの2倍くらい速い。慌てて追いかける。カラオケ店に着き、莉子ちゃんが慣れた様子で受付する。あかん、緊張してきた。
「7番だって」
莉子ちゃんはいつもと変わらぬ様子で飄々としていて、ドアを開けると奥に入った。うーん、この警戒心のなさ。
「なんでそんな端っこ座るの?」
「いや、間違いがあったらあかんので」
「ないでしょ、私相手に」
なんでそない自分の可愛さに無頓着なんこの子!?なんで自分に女性的な魅力がないみたいに振る舞うんや!?分からん、怖い!!
「どっちから歌う?」
「イヤ、ゼンゼン。莉子チャンカラドウゾ」
「んー……なに歌おっかな……」
莉子ちゃんはタブレットと睨めっこを始めた。その顔を凝視する。化粧こそせんけど、元々目鼻立ちハッキリしとるし、眉もあるし、まつ毛長いし。綺麗系ではないけど、充分美人さんやない?女の子らしいことはせんけど、小動物的な可愛さが天元突破してるやん。好き。
「これにしよ」
選曲が送信される。表示された曲目は。
「米津玄師……??」
あっキー上げて歌うんかな。流行っとるよね、うん。
「わたし、あなたに会えて 本当に嬉しいのに〜♪」
「!!??」
原曲キー……やと!?え、えー!?
「イケボすぎひん??」
思わず漏れた感嘆の声に、莉子ちゃんははにかむ。いやいやいや。顔と出てる声のギャップがえげつない。どこから出とんのその声。けどギャップに驚いてしまったが、聴いているととても心地が良く、心のこもった歌い方だった。莉子ちゃんが歌い終えたことに、しばらく気づかず放心していた。
「……イコさん?」
「はっ!え、上手っ!めちゃくちゃ上手い!」
割れんばかりの拍手を送ると、莉子ちゃんは照れくさそうに、でも素直に嬉しそうな顔をした。かわよー!でも、さっきの歌唄ってた子とは思えん。
「嫌じゃなかった?」
「?嫌て、なにが?」
「いやその……拓磨褒めてくれないし、嫌そうな顔するんだよね」
莉子ちゃんの表情に影が差した。これはあかん。
「そんなことないて!めっちゃ上手かったし!すっごい!」
「すっごいエロくない!?あのギャップ!?分からんの弓場ちゃん!!」
「あァ!?莉子のことどんな目で見てんだテメェ……!!」
結局、弓場ちゃんにはシメられました。反省はしとるけど、後悔はないで。
挑戦をやめてほしくない/出水公平
休日の午後からの任務前。俺は珍しく集合の1時間前に到着して、珍しくどこにも寄らず真っ直ぐに隊室に来た。ちょっと訓練室で試したいことがあった。扉を潜ると、真っ先に目に飛び込んできたのは、膝を抱えて座る莉子さんだった。ソファーの上に、縮こまるように座っている。
「うす。どうしました?」
俺は心配する素振りを隠し、何気なく莉子さんに訊ねる。仮眠室に行かないってことは、誰かに気づいて欲しいのだと思うので。なにか話したいのだろう。俺を選んでくれるかは、分からないけど。
「いや、あのさぁ」
莉子さんは口を開いた。出てきた声色が深刻なトーンじゃなかったのでホッとする。俺は莉子さんの向かいに腰掛けた。テーブルの上のせんべいに手を伸ばす。
「やっぱ私、才能ないなぁと思って……」
「なんの?」
「射手の」
「ふーん?なんで?」
ぶっちゃけそんなことは昔から知ってっけど。才能ないなりに工夫するからこの人は偉いわけで。才能のなさを発想の豊かさで補っている人だ。せんべいの封を開ける。
「こないだ、二宮さんに稽古つけてもらったけど、本当ダメダメで」
「あー」
「二宮さんも苦笑いしてて」
二宮さんの苦笑い引き出してるだけでこの人すごいんじゃないかなとは思う。せんべいが思ったより固くて、噛んで割れなかった。
「申し訳ないなぁ」
はぁ、と莉子さんは大きなため息を吐く。そんなふうに思わせてしまって、俺も申し訳ない気持ちになるから、あんまり気にしないで欲しいんだけど。莉子さんが周りに対して申し訳なく思う必要なんて、ないのに。
「いいじゃないですか、莉子さんは莉子さんのペースで」
「そんなこと言ってられないよ〜」
才能がないからと言って、その人が否定されるわけでもないけど。才能がないと伝えてしまうと、やっぱり否定されたと感じるもんだし。せんべいを口でふやかしながら、ボリボリ食べる。
「じゃあ、俺と訓練しましょうよ。精密射撃の」
「精密?」
ぱっと思いついたことを言ってみただけ。精密射撃であれば、才能がなくても練習を重ねればある程度形になるはずだ。せんべいを食べ終えて、ぺろりと舌なめずりする。莉子さんはまだ不安気。
「出来るかなぁ、私」
「出来ますよ。とりあえずやってみたらいいじゃないですか」
莉子さんは抱えていた膝を下に降ろし、顎に手をやって長考していた。まぁ、気持ちは分かっけど。やることなすこと、全部苦手で出来なかった人だ。得意なことがなにもなかった昔の俺みたい。
「この天才が言うんだから、間違いないって。出来る出来る」
調子良く聞こえるかな。でも、あんたが最初に俺を天才と呼んだから、俺は天才に上り詰められたんだぜ。あんたがあの時おだててなかったら、ここにはいねぇかも。いや、それは言い過ぎか?でもま、そんだけ俺はあんたに潰れて欲しくねぇんだわ。莉子さんは顔を上げた。この人の迷いのない時の表情が好きだと思う。
「やってみよっかな。やらなきゃ始まらないしね」
「ですです。付き合いますよ」
俺が立ち上がったのを見て、莉子さんも立ち上がる。並びだって訓練室に入る。お互いに見慣れた揃いの隊服で、向かい合う。
「俺の弾を莉子さんの弾で相殺していけばいいんで」
「う、うん」
片手にキューブを出し、簡単に24分割する。速度は遅めにして、面を意識して散らして撃った。莉子さんは慌てふためいて、ほとんど相殺できずにダウンする。
「ありゃ」
「ごめん、早いというか多いというか。なにも間に合わなかったです」
「おーけーおーけー」
こりゃ、先は長いなぁ多分。けど、俺も精密射撃を意識したことねぇし、いい機会だから訓練しとこう。キューブをまた24分割して、半分だけ撃つ準備をする。
「次、量は半分だけで、さっきより狭い範囲で撃つんで」
「うん!」
莉子さんはまだまだやる気だ。莉子さんが諦めない限り、俺は見捨てるつもりはねぇ。莉子さんが強くなりたいと願うなら、俺はそれに力添えをする。俺たちはチームなんだから。同じ太刀川隊な限り、俺にはあんたを助ける理由があんだよ。
君を知らないから/来馬辰也
君のことを、よく知らない。
あれこれ噂話も聞くけど、あまり好きではないので真剣に受け止めてない。けれど、諏訪さんも二宮くんも弓場くんも鋼も。みんな彼女の話をするから。なんとなく人となりを知った気になる。危なっかしくて、歌と小説が上手で、可愛らしくて人格者。人によって言うことが違う。きっと、豊かな人なのだと思う。
(あ、)
たまたま本部に来ていた時に、ロビーで莉子さんを見かけた。挨拶ぐらいしようと近づくと、ベンチでうたた寝をしているので驚いた。危なっかしいですね。あまりに気持ちよさそうに寝ているので、声をかけようか戸惑う。僕なんかが起こしてもいいものか。でも、このまま放っておくのも心配だし。
「莉子さん、大丈夫?具合悪いかな?」
「う、ん」
しぱしぱと瞬きをして、僕を寝ぼけ眼で見る。僕のことを思い出せないのだと察した。
「鈴鳴第一の来馬だよ。久しぶりだね」
「くるま、さん」
少し掠れていて甘い声。歌うと素敵なんだろうね。莉子さんは目をこする。ダメだよ、そんな乱暴にこすったら。
「くるまさん、おはようございます」
君が深々と頭を下げるので、笑ってしまう。まだ寝ぼけているのかな?橙色の瞳は、まだ眠そうでとろんとしている。あどけなくて、無防備に映る。僕に対してもこうなんだから、弓場くんの前ではもっと可愛いんだろうね。そりゃ、あんな風に心配になっちゃうわけだ。
「おはよう。こんなところで寝てたら危ないよ」
「そうですか?」
「そうだよ。せめて、隊室で寝よう」
「うーん……分かりました」
莉子さんは伸びをする。なんだか猫みたい。見ていて、なんだか楽しい気分になる。面白がって見ちゃ、ダメだけれど。みんなが彼女を構いたがるのが分かる。僕ももう用なんてないのに、思わず彼女の隣に座ってしまった。
「具合悪くて寝てた?」
「ううん、眠かっただけです。すみません。なんかすごく眠くて」
「昼下がりだものね」
「気圧、下がってるのかも」
繊細な人だということも、なんとなく聞いていた。鋼は、だからきっと莉子さんは誰にでも優しいんだ、と話していた。
「大丈夫?」
「大丈夫ですよ。いつものことだし」
莉子さんは首を回して、ストレッチをしながら。
「これが自分だから、受け入れなきゃ」
その声が少しだけ寂しそうにも、悔しそうにも聞こえた。あまり深く聞かない方がいいかな、と黙っていたけど。胸に引っかかりが残る。
「受け入れられないと思う自分も自分だし、自分の感じることに素直にありのままでいたいんです」
莉子さんは自然に、話を続けてくれた。耳を澄ます。
「自分のこと否定したくないし。しちゃダメなんだなって最近思いました」
「なにかきっかけがあったの?」
「疲れちゃって」
足元を見つめる横顔は、それでも穏やかだった。
「根付さんに世間体を気にしろーとか言われて。なんか知らないうちにいろんな噂もあったみたいで」
「うん」
「でも、友達に「莉子は莉子のままでいいのよ、莉子らしくこれからもいてね」って言われて」
「素敵な友達だね」
「はい。とても大事な友達なんです」
莉子さんは照れたりせず、真っ直ぐにそう言った。きっと人にとっては逃げ出したくなるような素直さが、彼女の魅力になっているのだろう。
「だから、友達が好きでいてくれる自分を、嫌いになっちゃダメだなって。改めて思ったんです」
「そうだったんだね」
「まあ自分のこと嫌になっちゃう自分も、自分なので。受け入れていかないと」
「……難しいことをしてるね。すごい」
「そうですか?ありがとうございます」
屈託なく笑い、嫌味なく感謝を述べる。とても深いところまで自分に向き合っている。僕も見習わなきゃと思った。
「すみません、なんか来馬さん話しやすくてつい語っちゃいました」
「いや、そんな。全然。話が聞けてよかったよ」
「またよかったら話しかけてください。私も見かけたら話しかけます」
そこに意図も他意もなく、本当にそのままの意味なんだろうと感じ取った。おそらく、莉子さんはお世辞も建前も使わないのだろう。そんな気がした。
「そうだね、ありがとう。またぜひお話聞かせて」
僕も苦手なんだ、お世辞とか建前。共通点を見つけて、勝手に嬉しくなる。君を知りたいと思った。純粋に、1人の人間として興味が湧いたのだ。知りたいと思うくらいなら、きっと大丈夫だよね。
愛される条件/三輪秀次
二宮さんの頼みで、莉子さんに拳銃の扱いを教えることになった。あの二宮さんが、そこまですることに驚く。あまりそういう人繋ぎ、好きじゃなさそうなのに。莉子さんは一生懸命で真面目な人で、だからこそセンスのなさが際立った。拳銃で合成弾を撃つ、なんて発想をするから、かなりのアイデアマンではあるのだが。もったいないな、と思う。まぁ、人間誰しもそんな完璧じゃないか。
「少し休憩にしましょう」
訓練室を出て、自分の隊室のソファーへ誘導する。お茶淹れるわね、と月見さんは給湯室へ。俺は、遠慮がちに莉子さんの隣に座った。
「不出来でごめんねぇ、せっかく教えてもらってるのに」
「いえ、そんなことは」
莉子さんの顔を見る。普通の、平凡な顔だ。取り立てて、可愛いわけでも美人なわけでもない。でも、この人の周りには不思議と人が集まる。俺の好きな人間も、俺の嫌いな人間も。
「どうしたら誰とでも仲良く出来るんですか」
「えっ」
莉子さんは目を丸くする。ちょっと申し訳ない気分になる。あまりにも、人畜無害に見えて。こういう、弱いところがなんだろうか。
「私、別に誰とでも仲良くないよ……?」
「あ、ああ。そうですね、すみません」
何人か、心当たりが思い浮かんだ。確かに、好かれるばかりの人ではなかったけれど。
「それでも、莉子さんの周りには人が集まるように見えます」
「そうだねぇ。ありがたいね」
莉子さんは月見さんが渡したマグカップを、両手で包むように持った。俺も受け取る。月見さんは向かいに座った。
「なんの話?」
「人と仲良くなるにはどうしたらいいかって」
「三輪くん悩んでるの?」
「いえ、別に……そこまでは」
本当は、すごく知りたかったが誤魔化す。姉さんも、愛される人だった。人に愛されるということに、なにか条件はあるのだろうか。きっとあるのだろうと思うから、それが知りたかった。知ることが出来たら、俺は姉をまた忘れずにいられるし、近づくことが出来たら、姉が笑ってくれる気がする。
「んー波長が合うか合わないかの話だからなぁ」
「莉子には波長が合う人間が多いってこと?」
「うーん、私は、好きな人が多いだけだよ」
「あら、私もその1人かしら」
「当たり前じゃん」
勝手にお喋りを続ける2人を聞き流しながら、淹れてもらった紅茶を飲む。好きな人が多いだけ、か。
「無理に仲良くする必要、ないんだよ」
莉子さんが俺に向けて話す。顔を上げて、目を合わせた。橙色の瞳は、優しさを讃えていた。
「嫌いな人がいることは、悪いことでもなんでもないよ」
目を見開く。誰とでも仲良く、敵を作らなかった姉を思い出す。姉の復讐のために道を進むたびに、許せないことが増えた。嫌いな人間も増えた。そのことを、姉に怒られることが、心のどこかで怖かった。それでも、やめることなんて出来なくて。
「嫌いなままで、いいんだろうか」
「うん、三輪くんはそのままでいいと思うよ。好きだと思う人を、大事にして」
好きだと思う人を。それならば、進む道は今までと変わらない。
「完璧な人間なんていないんだから。仲良く出来る人を大切にしようよ」
莉子さんは微笑む。月見さんは満足そうにお茶を飲んでいた。こういうとこだ。莉子さんが愛されるのは。それを目の当たりにした。
「ありがとうございます」
きっと、莉子さんは幸せな人間なんだろう。恵まれた人間なんだろう。それを鼻にかけないから、いつだって誰かがこの人を助ける。羨ましく思っても、俺はもうそんな風には生きられない。それでも、姉が好きと言ってくれた自分を、嫌いにならないように。ほんの少しだけ見習って、好きな人を増やしてみようと思う。指折り数えられるくらいには。完璧にはなれなくとも、努力を重ねることは、出来る。俺になら出来るはずだ。
観察していただけですが/時枝充
周りをよく観察してしまうのが、俺の悪いクセで。だから今日も、貴方の異変にいち早く気付いてしまったんだ。
「大丈夫、なんでもないよ」
広報イベントの前、嵐山さんの問いかけに莉子さんはそう答えた。嵐山さんはそうか、と背中を向ける。まずいと思った。
「あの、嵐山さん。莉子さん、多分大丈夫じゃないです」
本当は人の気持ちの代弁なんて、怖くてしたくはないのだけど。ここで無理をしたら、莉子さんはこのあと寝込むだろうし、最悪舞台で倒れてしまうかもしれない。そうしたら、広報のイメージも悪くなってしまう。莉子さんのためにも、ここは思い切って休ませるべきだ。
「そうなのか?莉子」
「えっと、だ」
「大丈夫じゃないですよね?」
俺が強く言うと、貴方は涙ぐみながら頷いた。そんなになるまで、頑張る必要なんてないのに。
「そうか、充が言うならそうなんだな。気づかなくて悪かった」
嵐山さんは莉子さんの肩を叩くと、そっと舞台袖奥の椅子に座らせた。それから、根付さんに声をかけると戻ってきて。
「それじゃあ、今日は俺たちだけで行こう」
舞台に出る前に、一度だけ貴方に振り向いた。それだけで、貴方が落ち込んでいることが分かる。振り切って前を向いた。
講演が終わり、用意された楽屋に戻る。莉子さんはテーブルに突っ伏していたようだが、俺たちが部屋に来たのが分かると身体を起こした。
「私、お弁当貰ってきます。莉子さん、食べられますか?」
木虎の声かけに、莉子さんは力なく頷いた。木虎と賢はお弁当を貰いに、嵐山さんは根付さんに呼ばれて部屋を出た。部屋には俺と莉子さんが残される。なんと声をかけようか、戸惑う。
「今日、ごめんなさい……」
「仕方ないですよ。莉子さんが無理をしなくてよかった」
「出なくちゃいけなかったのに」
莉子さんは俯いて震えて、いつもより随分小さく見えた。堂々としていていつも楽しそうなのが、この人の良いところなのに。莉子さんは、楽しいことをしている時が1番輝いている。
「莉子さんは、人に合わせようとしすぎです」
「そんなことは」
「うん、ちょっと違うな」
自分の考えを、言語化するのは時に難しい。しっくりくる表現を探して、選ぶ。
「人の期待に応えようとしすぎなんです」
「……だって、その。自分の役割はちゃんとしたい」
「その役割は、莉子さんが自分で探して決めて良いんですよ。人から求められたもの全てに応えるのは、無理です」
莉子さんは顔を上げて俺を見つめる。この人の瞳を見つめ返すのは怖い。ガラス玉のようでどこまでも純粋で、壊れてしまいそう。
「期待に応えようとして無理をするのが、貴方の悪いクセです」
「悪いクセ……」
「特に嵐山さんなんかは、貴方が大丈夫と言ったらそのまま信じてしまいます。人の変化に気付ける人ばかりじゃないんですよ」
莉子さんは押し黙ってしまった。莉子さんが一生懸命頑張っているのに、俺は酷いことを言っているだろうか。けど。
「無理なことは無理って、言えるようになりましょうよ。誰も莉子さんが辛そうなとこなんて、見たくないですから」
「うん」
「心配なんて、しなくて大丈夫です」
「とっきー」
「なんですか?」
「今日、気づいてくれてありがとう。今も。私変われるかな」
「変わる必要は、ないですよ」
ありのままの貴方が、みんなは大好きなんだから。傷つかないように、自分を守って欲しいだけ。
「もう少し、気楽に。無理せずいきましょう」
「うん」
賢と木虎が戻ってくる。賢は莉子さんに駆け寄って励ましていた。木虎も遠回しに莉子さんを気にして、声をかける。嵐山さんが戻ってくると、莉子さんに頭を下げて謝っていた。莉子さんは縮こまる。人の観察をするのは面白い。悪いクセだと思うけど、たまに役に立つから、まあ。
「おわーっ!!」
膝に突然衝撃を受け、その場に崩れ落ちる。思い切り膝を床に打ちつけたので痛い。涙目で振り返ると、犯人が自分でやったくせにドン引きしていた。
「わ……その、ごめん」
「せめて責任とって笑ってや!!」
ツッコミを入れると、莉子ちゃんは控えめにクスクス笑った。いつか莉子ちゃんの馬鹿笑い見たいんよなぁ。なにがツボなんやろ。それにしても。
「なんでこんなことを……やるなら弓場ちゃんにしぃ」
「拓磨の膝なんて届かないもん」
ぐっ!!身長差……萌え。口元に手をやって堪える。
「拓磨にはイコさんがやったんでしょ」
「ん?そういえば」
2週間前くらいに、ふざけてやった記憶がある。
「仕返しにきた!」
「はーっ!!」
尊さに天を仰いでしまった。声も出ちゃった。がおーって手を構えてるの、ずるない?なに、弓場ちゃんに言われて仕返しにきたの?弓場ちゃんのために勝手に仕返しにきたの?どっちでも可愛すぎるやろ……。
「なんで天井見上げてるの……?」
「いや、なんでもない。なんでもないから2人とも一生そのままでいてや……」
「一生は約束出来ないなぁ」
そこでそんなこと言って苦笑するの、小悪魔か?小悪魔ちゃんか?弓場ちゃんが必死になるの、分かるなぁ。分かっててやってんのかなこの子。莉子ちゃん、天然くさいんよなぁ。
「そう、イコさんギターやるよね?歌好きだよね?」
「まぁそりゃ好きやけど」
「カラオケ行かない?」
「俺と!?」
なんでや、なんで俺や?弓場ちゃんのこと抜きにしても、女の子とカラオケ許されるか俺?
「あかんやん、弓場ちゃんに怒られるて」
「怒らないよ。拓磨一緒に行ってくれないし」
莉子ちゃんの顔が曇る。うん、不貞腐れてもかわええよなこの子。なっ、弓場ちゃん!
「なして?」
「……一緒に行ったら分かるよ」
だから、行こう?と首を傾げられては、抗うことは出来なかった。ごめん、弓場ちゃん。なにもしません、誓って。許してや。
「どーいうカッコなら失礼にならんのやろか……」
鏡の前でギリギリまで、服のコーデに悩む。前日に水上に相談したら「なんでもええんちゃいます?莉子さんそないなとこ見とらんでしょ」と、興味なさげに言われた。莉子ちゃんが興味なくても俺が気にすんのや。てか、よお考えたらあの子失礼やない?
「あかーん!分からん、分からんけど時間ないしこれで」
無難なパーカーを選んだ。かっちりしてんのは、逆に意識しとるみたいで警戒されそうやん。いや、ナンパなことなんてせんけど。俺かて命が惜しい。
「悪い、莉子ちゃんお待たせ!」
莉子ちゃんはいつもの赤いヘッドフォンに、腰までくるボーダーのセーターを着ていた。ダボっとした服をよく着てる気がする。袖が少し余っていて、ちいこくて可愛い。
「待ってないよ。じゃ行こうか」
莉子ちゃんはスタスタと歩き出す。見た目から想像するのの2倍くらい速い。慌てて追いかける。カラオケ店に着き、莉子ちゃんが慣れた様子で受付する。あかん、緊張してきた。
「7番だって」
莉子ちゃんはいつもと変わらぬ様子で飄々としていて、ドアを開けると奥に入った。うーん、この警戒心のなさ。
「なんでそんな端っこ座るの?」
「いや、間違いがあったらあかんので」
「ないでしょ、私相手に」
なんでそない自分の可愛さに無頓着なんこの子!?なんで自分に女性的な魅力がないみたいに振る舞うんや!?分からん、怖い!!
「どっちから歌う?」
「イヤ、ゼンゼン。莉子チャンカラドウゾ」
「んー……なに歌おっかな……」
莉子ちゃんはタブレットと睨めっこを始めた。その顔を凝視する。化粧こそせんけど、元々目鼻立ちハッキリしとるし、眉もあるし、まつ毛長いし。綺麗系ではないけど、充分美人さんやない?女の子らしいことはせんけど、小動物的な可愛さが天元突破してるやん。好き。
「これにしよ」
選曲が送信される。表示された曲目は。
「米津玄師……??」
あっキー上げて歌うんかな。流行っとるよね、うん。
「わたし、あなたに会えて 本当に嬉しいのに〜♪」
「!!??」
原曲キー……やと!?え、えー!?
「イケボすぎひん??」
思わず漏れた感嘆の声に、莉子ちゃんははにかむ。いやいやいや。顔と出てる声のギャップがえげつない。どこから出とんのその声。けどギャップに驚いてしまったが、聴いているととても心地が良く、心のこもった歌い方だった。莉子ちゃんが歌い終えたことに、しばらく気づかず放心していた。
「……イコさん?」
「はっ!え、上手っ!めちゃくちゃ上手い!」
割れんばかりの拍手を送ると、莉子ちゃんは照れくさそうに、でも素直に嬉しそうな顔をした。かわよー!でも、さっきの歌唄ってた子とは思えん。
「嫌じゃなかった?」
「?嫌て、なにが?」
「いやその……拓磨褒めてくれないし、嫌そうな顔するんだよね」
莉子ちゃんの表情に影が差した。これはあかん。
「そんなことないて!めっちゃ上手かったし!すっごい!」
「すっごいエロくない!?あのギャップ!?分からんの弓場ちゃん!!」
「あァ!?莉子のことどんな目で見てんだテメェ……!!」
結局、弓場ちゃんにはシメられました。反省はしとるけど、後悔はないで。
挑戦をやめてほしくない/出水公平
休日の午後からの任務前。俺は珍しく集合の1時間前に到着して、珍しくどこにも寄らず真っ直ぐに隊室に来た。ちょっと訓練室で試したいことがあった。扉を潜ると、真っ先に目に飛び込んできたのは、膝を抱えて座る莉子さんだった。ソファーの上に、縮こまるように座っている。
「うす。どうしました?」
俺は心配する素振りを隠し、何気なく莉子さんに訊ねる。仮眠室に行かないってことは、誰かに気づいて欲しいのだと思うので。なにか話したいのだろう。俺を選んでくれるかは、分からないけど。
「いや、あのさぁ」
莉子さんは口を開いた。出てきた声色が深刻なトーンじゃなかったのでホッとする。俺は莉子さんの向かいに腰掛けた。テーブルの上のせんべいに手を伸ばす。
「やっぱ私、才能ないなぁと思って……」
「なんの?」
「射手の」
「ふーん?なんで?」
ぶっちゃけそんなことは昔から知ってっけど。才能ないなりに工夫するからこの人は偉いわけで。才能のなさを発想の豊かさで補っている人だ。せんべいの封を開ける。
「こないだ、二宮さんに稽古つけてもらったけど、本当ダメダメで」
「あー」
「二宮さんも苦笑いしてて」
二宮さんの苦笑い引き出してるだけでこの人すごいんじゃないかなとは思う。せんべいが思ったより固くて、噛んで割れなかった。
「申し訳ないなぁ」
はぁ、と莉子さんは大きなため息を吐く。そんなふうに思わせてしまって、俺も申し訳ない気持ちになるから、あんまり気にしないで欲しいんだけど。莉子さんが周りに対して申し訳なく思う必要なんて、ないのに。
「いいじゃないですか、莉子さんは莉子さんのペースで」
「そんなこと言ってられないよ〜」
才能がないからと言って、その人が否定されるわけでもないけど。才能がないと伝えてしまうと、やっぱり否定されたと感じるもんだし。せんべいを口でふやかしながら、ボリボリ食べる。
「じゃあ、俺と訓練しましょうよ。精密射撃の」
「精密?」
ぱっと思いついたことを言ってみただけ。精密射撃であれば、才能がなくても練習を重ねればある程度形になるはずだ。せんべいを食べ終えて、ぺろりと舌なめずりする。莉子さんはまだ不安気。
「出来るかなぁ、私」
「出来ますよ。とりあえずやってみたらいいじゃないですか」
莉子さんは抱えていた膝を下に降ろし、顎に手をやって長考していた。まぁ、気持ちは分かっけど。やることなすこと、全部苦手で出来なかった人だ。得意なことがなにもなかった昔の俺みたい。
「この天才が言うんだから、間違いないって。出来る出来る」
調子良く聞こえるかな。でも、あんたが最初に俺を天才と呼んだから、俺は天才に上り詰められたんだぜ。あんたがあの時おだててなかったら、ここにはいねぇかも。いや、それは言い過ぎか?でもま、そんだけ俺はあんたに潰れて欲しくねぇんだわ。莉子さんは顔を上げた。この人の迷いのない時の表情が好きだと思う。
「やってみよっかな。やらなきゃ始まらないしね」
「ですです。付き合いますよ」
俺が立ち上がったのを見て、莉子さんも立ち上がる。並びだって訓練室に入る。お互いに見慣れた揃いの隊服で、向かい合う。
「俺の弾を莉子さんの弾で相殺していけばいいんで」
「う、うん」
片手にキューブを出し、簡単に24分割する。速度は遅めにして、面を意識して散らして撃った。莉子さんは慌てふためいて、ほとんど相殺できずにダウンする。
「ありゃ」
「ごめん、早いというか多いというか。なにも間に合わなかったです」
「おーけーおーけー」
こりゃ、先は長いなぁ多分。けど、俺も精密射撃を意識したことねぇし、いい機会だから訓練しとこう。キューブをまた24分割して、半分だけ撃つ準備をする。
「次、量は半分だけで、さっきより狭い範囲で撃つんで」
「うん!」
莉子さんはまだまだやる気だ。莉子さんが諦めない限り、俺は見捨てるつもりはねぇ。莉子さんが強くなりたいと願うなら、俺はそれに力添えをする。俺たちはチームなんだから。同じ太刀川隊な限り、俺にはあんたを助ける理由があんだよ。
君を知らないから/来馬辰也
君のことを、よく知らない。
あれこれ噂話も聞くけど、あまり好きではないので真剣に受け止めてない。けれど、諏訪さんも二宮くんも弓場くんも鋼も。みんな彼女の話をするから。なんとなく人となりを知った気になる。危なっかしくて、歌と小説が上手で、可愛らしくて人格者。人によって言うことが違う。きっと、豊かな人なのだと思う。
(あ、)
たまたま本部に来ていた時に、ロビーで莉子さんを見かけた。挨拶ぐらいしようと近づくと、ベンチでうたた寝をしているので驚いた。危なっかしいですね。あまりに気持ちよさそうに寝ているので、声をかけようか戸惑う。僕なんかが起こしてもいいものか。でも、このまま放っておくのも心配だし。
「莉子さん、大丈夫?具合悪いかな?」
「う、ん」
しぱしぱと瞬きをして、僕を寝ぼけ眼で見る。僕のことを思い出せないのだと察した。
「鈴鳴第一の来馬だよ。久しぶりだね」
「くるま、さん」
少し掠れていて甘い声。歌うと素敵なんだろうね。莉子さんは目をこする。ダメだよ、そんな乱暴にこすったら。
「くるまさん、おはようございます」
君が深々と頭を下げるので、笑ってしまう。まだ寝ぼけているのかな?橙色の瞳は、まだ眠そうでとろんとしている。あどけなくて、無防備に映る。僕に対してもこうなんだから、弓場くんの前ではもっと可愛いんだろうね。そりゃ、あんな風に心配になっちゃうわけだ。
「おはよう。こんなところで寝てたら危ないよ」
「そうですか?」
「そうだよ。せめて、隊室で寝よう」
「うーん……分かりました」
莉子さんは伸びをする。なんだか猫みたい。見ていて、なんだか楽しい気分になる。面白がって見ちゃ、ダメだけれど。みんなが彼女を構いたがるのが分かる。僕ももう用なんてないのに、思わず彼女の隣に座ってしまった。
「具合悪くて寝てた?」
「ううん、眠かっただけです。すみません。なんかすごく眠くて」
「昼下がりだものね」
「気圧、下がってるのかも」
繊細な人だということも、なんとなく聞いていた。鋼は、だからきっと莉子さんは誰にでも優しいんだ、と話していた。
「大丈夫?」
「大丈夫ですよ。いつものことだし」
莉子さんは首を回して、ストレッチをしながら。
「これが自分だから、受け入れなきゃ」
その声が少しだけ寂しそうにも、悔しそうにも聞こえた。あまり深く聞かない方がいいかな、と黙っていたけど。胸に引っかかりが残る。
「受け入れられないと思う自分も自分だし、自分の感じることに素直にありのままでいたいんです」
莉子さんは自然に、話を続けてくれた。耳を澄ます。
「自分のこと否定したくないし。しちゃダメなんだなって最近思いました」
「なにかきっかけがあったの?」
「疲れちゃって」
足元を見つめる横顔は、それでも穏やかだった。
「根付さんに世間体を気にしろーとか言われて。なんか知らないうちにいろんな噂もあったみたいで」
「うん」
「でも、友達に「莉子は莉子のままでいいのよ、莉子らしくこれからもいてね」って言われて」
「素敵な友達だね」
「はい。とても大事な友達なんです」
莉子さんは照れたりせず、真っ直ぐにそう言った。きっと人にとっては逃げ出したくなるような素直さが、彼女の魅力になっているのだろう。
「だから、友達が好きでいてくれる自分を、嫌いになっちゃダメだなって。改めて思ったんです」
「そうだったんだね」
「まあ自分のこと嫌になっちゃう自分も、自分なので。受け入れていかないと」
「……難しいことをしてるね。すごい」
「そうですか?ありがとうございます」
屈託なく笑い、嫌味なく感謝を述べる。とても深いところまで自分に向き合っている。僕も見習わなきゃと思った。
「すみません、なんか来馬さん話しやすくてつい語っちゃいました」
「いや、そんな。全然。話が聞けてよかったよ」
「またよかったら話しかけてください。私も見かけたら話しかけます」
そこに意図も他意もなく、本当にそのままの意味なんだろうと感じ取った。おそらく、莉子さんはお世辞も建前も使わないのだろう。そんな気がした。
「そうだね、ありがとう。またぜひお話聞かせて」
僕も苦手なんだ、お世辞とか建前。共通点を見つけて、勝手に嬉しくなる。君を知りたいと思った。純粋に、1人の人間として興味が湧いたのだ。知りたいと思うくらいなら、きっと大丈夫だよね。
愛される条件/三輪秀次
二宮さんの頼みで、莉子さんに拳銃の扱いを教えることになった。あの二宮さんが、そこまですることに驚く。あまりそういう人繋ぎ、好きじゃなさそうなのに。莉子さんは一生懸命で真面目な人で、だからこそセンスのなさが際立った。拳銃で合成弾を撃つ、なんて発想をするから、かなりのアイデアマンではあるのだが。もったいないな、と思う。まぁ、人間誰しもそんな完璧じゃないか。
「少し休憩にしましょう」
訓練室を出て、自分の隊室のソファーへ誘導する。お茶淹れるわね、と月見さんは給湯室へ。俺は、遠慮がちに莉子さんの隣に座った。
「不出来でごめんねぇ、せっかく教えてもらってるのに」
「いえ、そんなことは」
莉子さんの顔を見る。普通の、平凡な顔だ。取り立てて、可愛いわけでも美人なわけでもない。でも、この人の周りには不思議と人が集まる。俺の好きな人間も、俺の嫌いな人間も。
「どうしたら誰とでも仲良く出来るんですか」
「えっ」
莉子さんは目を丸くする。ちょっと申し訳ない気分になる。あまりにも、人畜無害に見えて。こういう、弱いところがなんだろうか。
「私、別に誰とでも仲良くないよ……?」
「あ、ああ。そうですね、すみません」
何人か、心当たりが思い浮かんだ。確かに、好かれるばかりの人ではなかったけれど。
「それでも、莉子さんの周りには人が集まるように見えます」
「そうだねぇ。ありがたいね」
莉子さんは月見さんが渡したマグカップを、両手で包むように持った。俺も受け取る。月見さんは向かいに座った。
「なんの話?」
「人と仲良くなるにはどうしたらいいかって」
「三輪くん悩んでるの?」
「いえ、別に……そこまでは」
本当は、すごく知りたかったが誤魔化す。姉さんも、愛される人だった。人に愛されるということに、なにか条件はあるのだろうか。きっとあるのだろうと思うから、それが知りたかった。知ることが出来たら、俺は姉をまた忘れずにいられるし、近づくことが出来たら、姉が笑ってくれる気がする。
「んー波長が合うか合わないかの話だからなぁ」
「莉子には波長が合う人間が多いってこと?」
「うーん、私は、好きな人が多いだけだよ」
「あら、私もその1人かしら」
「当たり前じゃん」
勝手にお喋りを続ける2人を聞き流しながら、淹れてもらった紅茶を飲む。好きな人が多いだけ、か。
「無理に仲良くする必要、ないんだよ」
莉子さんが俺に向けて話す。顔を上げて、目を合わせた。橙色の瞳は、優しさを讃えていた。
「嫌いな人がいることは、悪いことでもなんでもないよ」
目を見開く。誰とでも仲良く、敵を作らなかった姉を思い出す。姉の復讐のために道を進むたびに、許せないことが増えた。嫌いな人間も増えた。そのことを、姉に怒られることが、心のどこかで怖かった。それでも、やめることなんて出来なくて。
「嫌いなままで、いいんだろうか」
「うん、三輪くんはそのままでいいと思うよ。好きだと思う人を、大事にして」
好きだと思う人を。それならば、進む道は今までと変わらない。
「完璧な人間なんていないんだから。仲良く出来る人を大切にしようよ」
莉子さんは微笑む。月見さんは満足そうにお茶を飲んでいた。こういうとこだ。莉子さんが愛されるのは。それを目の当たりにした。
「ありがとうございます」
きっと、莉子さんは幸せな人間なんだろう。恵まれた人間なんだろう。それを鼻にかけないから、いつだって誰かがこの人を助ける。羨ましく思っても、俺はもうそんな風には生きられない。それでも、姉が好きと言ってくれた自分を、嫌いにならないように。ほんの少しだけ見習って、好きな人を増やしてみようと思う。指折り数えられるくらいには。完璧にはなれなくとも、努力を重ねることは、出来る。俺になら出来るはずだ。
観察していただけですが/時枝充
周りをよく観察してしまうのが、俺の悪いクセで。だから今日も、貴方の異変にいち早く気付いてしまったんだ。
「大丈夫、なんでもないよ」
広報イベントの前、嵐山さんの問いかけに莉子さんはそう答えた。嵐山さんはそうか、と背中を向ける。まずいと思った。
「あの、嵐山さん。莉子さん、多分大丈夫じゃないです」
本当は人の気持ちの代弁なんて、怖くてしたくはないのだけど。ここで無理をしたら、莉子さんはこのあと寝込むだろうし、最悪舞台で倒れてしまうかもしれない。そうしたら、広報のイメージも悪くなってしまう。莉子さんのためにも、ここは思い切って休ませるべきだ。
「そうなのか?莉子」
「えっと、だ」
「大丈夫じゃないですよね?」
俺が強く言うと、貴方は涙ぐみながら頷いた。そんなになるまで、頑張る必要なんてないのに。
「そうか、充が言うならそうなんだな。気づかなくて悪かった」
嵐山さんは莉子さんの肩を叩くと、そっと舞台袖奥の椅子に座らせた。それから、根付さんに声をかけると戻ってきて。
「それじゃあ、今日は俺たちだけで行こう」
舞台に出る前に、一度だけ貴方に振り向いた。それだけで、貴方が落ち込んでいることが分かる。振り切って前を向いた。
講演が終わり、用意された楽屋に戻る。莉子さんはテーブルに突っ伏していたようだが、俺たちが部屋に来たのが分かると身体を起こした。
「私、お弁当貰ってきます。莉子さん、食べられますか?」
木虎の声かけに、莉子さんは力なく頷いた。木虎と賢はお弁当を貰いに、嵐山さんは根付さんに呼ばれて部屋を出た。部屋には俺と莉子さんが残される。なんと声をかけようか、戸惑う。
「今日、ごめんなさい……」
「仕方ないですよ。莉子さんが無理をしなくてよかった」
「出なくちゃいけなかったのに」
莉子さんは俯いて震えて、いつもより随分小さく見えた。堂々としていていつも楽しそうなのが、この人の良いところなのに。莉子さんは、楽しいことをしている時が1番輝いている。
「莉子さんは、人に合わせようとしすぎです」
「そんなことは」
「うん、ちょっと違うな」
自分の考えを、言語化するのは時に難しい。しっくりくる表現を探して、選ぶ。
「人の期待に応えようとしすぎなんです」
「……だって、その。自分の役割はちゃんとしたい」
「その役割は、莉子さんが自分で探して決めて良いんですよ。人から求められたもの全てに応えるのは、無理です」
莉子さんは顔を上げて俺を見つめる。この人の瞳を見つめ返すのは怖い。ガラス玉のようでどこまでも純粋で、壊れてしまいそう。
「期待に応えようとして無理をするのが、貴方の悪いクセです」
「悪いクセ……」
「特に嵐山さんなんかは、貴方が大丈夫と言ったらそのまま信じてしまいます。人の変化に気付ける人ばかりじゃないんですよ」
莉子さんは押し黙ってしまった。莉子さんが一生懸命頑張っているのに、俺は酷いことを言っているだろうか。けど。
「無理なことは無理って、言えるようになりましょうよ。誰も莉子さんが辛そうなとこなんて、見たくないですから」
「うん」
「心配なんて、しなくて大丈夫です」
「とっきー」
「なんですか?」
「今日、気づいてくれてありがとう。今も。私変われるかな」
「変わる必要は、ないですよ」
ありのままの貴方が、みんなは大好きなんだから。傷つかないように、自分を守って欲しいだけ。
「もう少し、気楽に。無理せずいきましょう」
「うん」
賢と木虎が戻ってくる。賢は莉子さんに駆け寄って励ましていた。木虎も遠回しに莉子さんを気にして、声をかける。嵐山さんが戻ってくると、莉子さんに頭を下げて謝っていた。莉子さんは縮こまる。人の観察をするのは面白い。悪いクセだと思うけど、たまに役に立つから、まあ。