序章/プロトタイプ
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
「はい、おはようございます。ふくろうです。今日も配信していきたいと思いまーす」
いつも通り、朝の配信をゆるっと始めた。朝ちゃんと起きるために、朝は歌配信をすると決めている。ラジオ配信なので、寝巻きのまま、寝癖もそのままに寝ぼけ眼で行う。喉が完全に起きるまでの選曲にいつも迷う。適当に一曲入れると、「おはよう」とコメントがつく。とりあえず、歌い終わってから返事をする。
「はい、高橋ひろさんのアンバランスなkissをして、を聴いていただきました。ありがとうございます。クラウンさん、おはようございます! 今日もありがとうございます〜」
私の配信は聴き専が多く、コメントはあまりつかない。投げ銭もそんなに多くの人からはない。なので、コメントをつけてくれる人は貴重だ。……かと言って、ハイテンションに明るく返すことも出来ないのだが。私は独特のローテンションで、配信を回していく。
「次、なに歌おうかなぁ〜まだ多分高音出ないと思うんだよね」
私の枠は、低音女子の歌枠、ということになっている。別にこだわらず好きな歌を歌うのだが。でも、私の強みは低音とガラの悪さ(先生にはファンキーって言ったらと勧められている)なので、低音女子を名乗っている。歌が上手けりゃなんだっていいとは思っている。私は歌が上手い。
「ポルノグラフィティのシスターを聴いていただきました。ありがとうございます」
2曲目を歌い終わったところで、はよーっす!とコメントがつく。コメ主は米屋。米屋くん、また授業サボってるのか。
「米屋くん、おはよー。授業中かな?」
『日本史、マジだりーww』
「日本史とか、社会は教える先生によるよねー」
私自身、不登校児だったので、授業をサボったりだとか学校に行かないことに関して、あれこれ言うつもりはない。本人が決めてこの配信に来ているのだから、歓迎するし、私は精一杯歌うだけだ。
『なんか目が覚める曲歌って』
「目が覚める曲かぁ。なんだろなそれ」
激しめのロックがいいだろうか。お気に入りの曲リストを眺める。まだ歌うには早い気もするけど、リクエストには応えたい。
「じゃあ、ONE OK ROCKのRe:make歌おうと思います。英語頑張ります」
音楽がかかる。リズムを意識して、落ち着いて歌う。でも、気持ちを乗せるのは忘れずに。一生懸命に歌っていると、画面で配信アプリのマスコットキャラがクラッカーを鳴らす。画面上部のポイントが、500増える。意識が割かれるが、集中力を切らさずに間違えず歌い切った。
「はい、ONE OK ROCKのRe:makeを聴いていただきました。ありがとうございます。クラウンさん、クラッカーありがとうございます!びっくりした……貴重なアイテム、本当にありがとうございます〜」
米屋くんとクラウンさんから、拍手のコメがある。それにもお礼を述べて、次の曲を探す。少し声を張ったので、お茶も飲む。
「クラウンさん、なんか聴きたい曲ありますー?」
クラウンさんは私の配信の古参で、マネージャーもしてくれている。気分屋の私が落ち込んでも、離れることなくサポートしてくれるので、とても助かっている。クラウンさん自身のことは、よく知らないのだけど。昔三門に住んでいて、今は遠方で仕事をしているということしか知らない。
『じゃあレディメイド』
「おっけ〜。じゃあレディメイド歌いまーす」
歌い出すと、米屋くんがキラコメで盛り上げてくれる。朝のこの時間を楽しく過ごすことが、私が元気でいられるルーティーンだった。
「じゃあ、今回の配信はこの辺で失礼しまーす。ふくろうでした。明日もこれくらいの時間に配信します。よろしくお願いしまーす」
配信を無事終えて、ひとつ伸びをする。時刻は11時半を過ぎた頃合い。とりあえずお昼にするか。冷蔵庫を開けながら、午後からなにをしようか考える。今日の午後は防衛任務も、広報の仕事も入ってなかった。やるべき作業も特にない。1人で過ごすのは気が重たい。
「誰か募集するか」
私はボーダー隊員がおおむね参加しているLINEグループを開き、午後から遊んでくれる人を探した。
『午後から遊んでくれる人、ゆるぼ〜』
ボーダーの活動を熱心にしている本部の隊員は、だいたい私のことをよく知ってくれていた。私が1人だとメンタルを崩しやすいこと、そのくせ大人数での行動は苦手なこと。そしてメンタルを崩すと全く動けなくなること。全部受け入れて、わがままを聞いてくれる。そんな仲間が私は大好きだし、私は幸せ者だと思う。優しい仲間に守られて、私はここで生きている。
『14時くらいからなら、空いているが』
個人ラインに連絡が入る。暗黙の了解で、都合がつく人は個人ラインに連絡を入れることになっていた。複数人いた場合は先着順、私が許容出来る範囲の人数まで。今日は二宮さんだけのようだ。
『お願いします!本部に行きますか?それとも市街?』
『小林のやりたいことに合わせる』
二宮さんに稽古をつけてもらうのも有意義だが、今日はだらっとしていたかった。暑いし、歩き回るのも嫌だ。
『じゃあ弓手町に新しく出来たカフェ行きたいです!なんか作業してくれてもいいので』
『分かった。14時頃に駅前で待ち合わせよう』
『了解です!』
よろしくお願いします、とスタンプを送信し、14時なら焦らなくていいなーとのんびり構える。お昼をレンジでチンしながら、二宮さん相手だと少し緊張するなぁとぼんやり思っていた。顔もスタイルも良すぎる。オシャレに頓着のない私だが、服くらいは気を遣おうかと思う。メイクはしないけど。まぁ結局、TシャツにGパンになってしまうのだが。
「悪い、待たせたか?」
「今来たところです」
結局、私は前に広報でコラボして作ってもらったオシャレTシャツに、Gパンで来た。陽射しが強いのでキャップも被って。二宮さんは、シンプルなTシャツに上から黒の半袖シャツを羽織っている。シンプルなんだけどなぁ。
「二宮さん、なに着てもオシャレですよね」
「……意識はしてないが」
「背高いからなぁ。私はチビだから、服選ぶんですよ」
自分のサイズに不満はないが、高身長に憧れくらいはある。羨望の眼差しを向けると、二宮さんは照れ臭そうに視線を外した。
「小林は選んだ服が似合ってるんだから、そのままでいいだろう」
「そうかなー。そうだといいけど」
そうやって雑談をしながら、電車に乗る。弓手町まで2駅だが、私は座る。二宮さんは立っていた。
「かき氷食べたくて」
「好きなの頼んだらいい」
「あ!お金私出しますよちゃんと」
私が誰かを暇に付き合わせる時は、なるべく全部お金は出すようにしている。高校生は従ってくれるけど、同い年は割り勘だし、先輩には奢られてしまうことが多い。特に二宮さんは、私にお金を払わせない。
「払わなくていい。俺が出す」
「えー困ります!今日はちゃんと払いますって」
「俺が出すから、心配しなくていい」
「えー二宮さん誘いにくくなっちゃうじゃないですか」
「…………」
店に入る前から勘定で揉めるのも可笑しな話だが。弓手町の駅についた。降りるのに二宮さんの手を引く。二宮さんは困ったように眉を寄せたまま。
「今日は私が奢ります。美味しいかき氷食べましょ!」
「…………分かった」
ようやく観念した二宮さんを連れて、カフェに辿り着く。カフェに行くまで、かき氷〜かき氷〜♪とご機嫌で鼻歌を歌う私に、二宮さんは黙ってついてきた。カフェは平日なこともあって、並ばずに入ることが出来た。窓際の2人席に腰をかける。
「う〜んやっぱいちごかなぁ。二宮さんは?」
「メロンかブルーハワイ」
「あーブルーハワイいいですねぇ」
ドリンクは流石にホットの方がいいか。紅茶もいろいろと種類があったので、アッサムを頼むことにする。
「決まりました?……すいませーん」
二宮さんが頷くので、店員さんを呼ぶ。私がかき氷のいちごとホットティー、二宮さんがかき氷のブルーハワイとホットコーヒーを頼む。お冷に口つけながら、かき氷が届くのを待つ。窓からの陽射しが眩しくて暑い。
「この席、失敗だったかも……」
「変えるか?」
「二宮さんが大丈夫なら大丈夫です」
特になにも言わなかったので、そのままにする。二宮さんも私も、口数が多い方ではない。お互い、喋りたい時に喋りたいことを話す。沈黙の時間も、気にはならなかった。
「そういえば太刀川さんが課題がやばいって言ってました」
「俺には関係ないことなんだが」
はぁーっとため息を吐く二宮さんに、私は笑ってしまう。どうせまた太刀川さんは二宮さんをあてにする。二宮さんも嫌だなんだと言いながら、最終的には手伝ってくれるので、人がいいんだと思う。
「お前を使って間接的に伝えてくるのが、腹立つ」
「えーでも、結局いつも手伝ってくれるじゃないですか」
そう言うと、二宮さんはものすごく私を恨めしい目で見た。
「??」
「ほんと、あいつはいっぺんくたばってくれ」
またため息を吐いて、二宮さんは水を飲んだ。そのタイミングでかき氷が来たので、この話は終いになった。
「二宮さん、ブルーハワイひとくちください!」
「ん」
純氷のかき氷はふわふわで美味しい。身体もいい感じに冷えて、陽射しの当たる席は心地良くなった。しばらく黙々と2人でかき氷を食べたが、思ったより多くてスプーンを持つ手が止まる。
「……多いな」
「多いですね」
冷え過ぎてしまって、思わずくしゃみが出る。二宮さんはその様子を見て、すっと立ち上がると自分の上着を私の肩にかけた。ふわっと清潔感のある香りが鼻を抜ける。
「羽織っておけ。少しは違うだろう」
気恥ずかしくなってしまい、返事が出来ずにいると、二宮さんがくしゃみをする。慌てて上着を脱ごうとすると、二宮さんが手を前に出して制止する。
「え、だって二宮さんも寒いんですよね?申し訳ないです」
「いいから、羽織ってろ」
「でも、」
「いいから!」
私が差し出した上着をぶん取ると、二宮さんはまた立ち上がって再度私の肩にかけた。むう、とむくれる私に、二宮さんは少し呆れたように笑いかける。
「ちょっとは俺の顔を立ててくれ」
「……はーい」
二宮さんは完食を諦めたのか、かき氷をテーブルの端に寄せ、肘をついて手に顎を乗せた。
「お前はもう少し、年上に甘えたらどうだ」
「甘えてますよ〜……」
甘え過ぎているくらいだ。だから今ここで二宮さんとお茶しているわけだし。だからこそ、イーブンな付き合いを望むし、そういう対応をしたい。
「頑固なところは相変わらずだな」
「うっすみません」
「いいさ。俺は小林のそういうところも良いところだと思っている」
二宮さんは目線も合わせず、さらっとそんなことを言ってコーヒーを飲んだ。ほんとずるいなぁ、この人。
「私は二宮さんのスマートすぎるところ、ずるいと思ってます」
そう言えば、二宮さんは軽く咽せて、私を睨んだ。今度は私が目線を外して紅茶を飲む。
「……ずるいのは、嫌いか?」
「……助かってますけど」
「そうか……」
それきり、しばらく2人とも黙ってしまった。クーラーの風が冷たくて、二宮さんの上着が触れる箇所が熱い。私はかき氷の完食を試みて、スプーンを持ち直した。
「無理して食うんじゃないぞ」
「無理してません!」
意地になって頬張る私を、二宮さんは穏やかに眺めていた。顔を上げると微笑まれてしまったので、なるべく顔を合わせないようにした。なんとか食べ終わって、キンキンする頭を抱える。
「だから無理するなと言ったのに」
「美味しかったからいいんです」
「ならよかった」
それから、またしばらく話さなかったけれど、どちらともなくお喋りが再開して、気がつけば随分陽が傾いていた。コーヒーも紅茶もとっくに空になっていて、お冷でお互い誤魔化していた。
「そろそろ行きますか?」
「そうだな」
すっと二宮さんが伝票を持って、さっさとレジへ行ってしまう。私は慌てて鞄を持って立ち上がった。
「ちょっと!私が出します!」
二宮さんは無視して会計を始めてしまう。急いで財布を取り出し、トレーに2千円出す。千円返される。
「もう!二宮さん!」
「気持ちだけもらっておく」
結局、端数分二宮さんが損をしている。どうしようとおどおどしてしまうが、もう払ってしまったのだし、どうしようもないと諦めた。これ以上ごねても仕方がない。
「二宮さん、ごちそうさまでした」
「ん」
素直に頭を下げると、二宮さんは満足気に歩き出した。薄暗くなる街を、2人で帰る。……楽しい時間が終わる瞬間は、いつだって不安だ。
「今日はありがとうございました」
別れ道で、さよならを告げる。寂しさに襲われて、気分が沈んでいく。二宮さんは私を見兼ねてか、そっと声をかけた。
「小林、」
「はい」
「また行こうな」
優しい響きは、私の心を掬い上げた。また。そうだ、今日が終わっても、また次がある。
「はい、ぜひ!」
気分を持ち直して、手を振って帰る。不安な気持ちはどこかに消えて、明日がまた楽しみになった。幸せな気分で、私は帰路に着いた。
いつも通り、朝の配信をゆるっと始めた。朝ちゃんと起きるために、朝は歌配信をすると決めている。ラジオ配信なので、寝巻きのまま、寝癖もそのままに寝ぼけ眼で行う。喉が完全に起きるまでの選曲にいつも迷う。適当に一曲入れると、「おはよう」とコメントがつく。とりあえず、歌い終わってから返事をする。
「はい、高橋ひろさんのアンバランスなkissをして、を聴いていただきました。ありがとうございます。クラウンさん、おはようございます! 今日もありがとうございます〜」
私の配信は聴き専が多く、コメントはあまりつかない。投げ銭もそんなに多くの人からはない。なので、コメントをつけてくれる人は貴重だ。……かと言って、ハイテンションに明るく返すことも出来ないのだが。私は独特のローテンションで、配信を回していく。
「次、なに歌おうかなぁ〜まだ多分高音出ないと思うんだよね」
私の枠は、低音女子の歌枠、ということになっている。別にこだわらず好きな歌を歌うのだが。でも、私の強みは低音とガラの悪さ(先生にはファンキーって言ったらと勧められている)なので、低音女子を名乗っている。歌が上手けりゃなんだっていいとは思っている。私は歌が上手い。
「ポルノグラフィティのシスターを聴いていただきました。ありがとうございます」
2曲目を歌い終わったところで、はよーっす!とコメントがつく。コメ主は米屋。米屋くん、また授業サボってるのか。
「米屋くん、おはよー。授業中かな?」
『日本史、マジだりーww』
「日本史とか、社会は教える先生によるよねー」
私自身、不登校児だったので、授業をサボったりだとか学校に行かないことに関して、あれこれ言うつもりはない。本人が決めてこの配信に来ているのだから、歓迎するし、私は精一杯歌うだけだ。
『なんか目が覚める曲歌って』
「目が覚める曲かぁ。なんだろなそれ」
激しめのロックがいいだろうか。お気に入りの曲リストを眺める。まだ歌うには早い気もするけど、リクエストには応えたい。
「じゃあ、ONE OK ROCKのRe:make歌おうと思います。英語頑張ります」
音楽がかかる。リズムを意識して、落ち着いて歌う。でも、気持ちを乗せるのは忘れずに。一生懸命に歌っていると、画面で配信アプリのマスコットキャラがクラッカーを鳴らす。画面上部のポイントが、500増える。意識が割かれるが、集中力を切らさずに間違えず歌い切った。
「はい、ONE OK ROCKのRe:makeを聴いていただきました。ありがとうございます。クラウンさん、クラッカーありがとうございます!びっくりした……貴重なアイテム、本当にありがとうございます〜」
米屋くんとクラウンさんから、拍手のコメがある。それにもお礼を述べて、次の曲を探す。少し声を張ったので、お茶も飲む。
「クラウンさん、なんか聴きたい曲ありますー?」
クラウンさんは私の配信の古参で、マネージャーもしてくれている。気分屋の私が落ち込んでも、離れることなくサポートしてくれるので、とても助かっている。クラウンさん自身のことは、よく知らないのだけど。昔三門に住んでいて、今は遠方で仕事をしているということしか知らない。
『じゃあレディメイド』
「おっけ〜。じゃあレディメイド歌いまーす」
歌い出すと、米屋くんがキラコメで盛り上げてくれる。朝のこの時間を楽しく過ごすことが、私が元気でいられるルーティーンだった。
「じゃあ、今回の配信はこの辺で失礼しまーす。ふくろうでした。明日もこれくらいの時間に配信します。よろしくお願いしまーす」
配信を無事終えて、ひとつ伸びをする。時刻は11時半を過ぎた頃合い。とりあえずお昼にするか。冷蔵庫を開けながら、午後からなにをしようか考える。今日の午後は防衛任務も、広報の仕事も入ってなかった。やるべき作業も特にない。1人で過ごすのは気が重たい。
「誰か募集するか」
私はボーダー隊員がおおむね参加しているLINEグループを開き、午後から遊んでくれる人を探した。
『午後から遊んでくれる人、ゆるぼ〜』
ボーダーの活動を熱心にしている本部の隊員は、だいたい私のことをよく知ってくれていた。私が1人だとメンタルを崩しやすいこと、そのくせ大人数での行動は苦手なこと。そしてメンタルを崩すと全く動けなくなること。全部受け入れて、わがままを聞いてくれる。そんな仲間が私は大好きだし、私は幸せ者だと思う。優しい仲間に守られて、私はここで生きている。
『14時くらいからなら、空いているが』
個人ラインに連絡が入る。暗黙の了解で、都合がつく人は個人ラインに連絡を入れることになっていた。複数人いた場合は先着順、私が許容出来る範囲の人数まで。今日は二宮さんだけのようだ。
『お願いします!本部に行きますか?それとも市街?』
『小林のやりたいことに合わせる』
二宮さんに稽古をつけてもらうのも有意義だが、今日はだらっとしていたかった。暑いし、歩き回るのも嫌だ。
『じゃあ弓手町に新しく出来たカフェ行きたいです!なんか作業してくれてもいいので』
『分かった。14時頃に駅前で待ち合わせよう』
『了解です!』
よろしくお願いします、とスタンプを送信し、14時なら焦らなくていいなーとのんびり構える。お昼をレンジでチンしながら、二宮さん相手だと少し緊張するなぁとぼんやり思っていた。顔もスタイルも良すぎる。オシャレに頓着のない私だが、服くらいは気を遣おうかと思う。メイクはしないけど。まぁ結局、TシャツにGパンになってしまうのだが。
「悪い、待たせたか?」
「今来たところです」
結局、私は前に広報でコラボして作ってもらったオシャレTシャツに、Gパンで来た。陽射しが強いのでキャップも被って。二宮さんは、シンプルなTシャツに上から黒の半袖シャツを羽織っている。シンプルなんだけどなぁ。
「二宮さん、なに着てもオシャレですよね」
「……意識はしてないが」
「背高いからなぁ。私はチビだから、服選ぶんですよ」
自分のサイズに不満はないが、高身長に憧れくらいはある。羨望の眼差しを向けると、二宮さんは照れ臭そうに視線を外した。
「小林は選んだ服が似合ってるんだから、そのままでいいだろう」
「そうかなー。そうだといいけど」
そうやって雑談をしながら、電車に乗る。弓手町まで2駅だが、私は座る。二宮さんは立っていた。
「かき氷食べたくて」
「好きなの頼んだらいい」
「あ!お金私出しますよちゃんと」
私が誰かを暇に付き合わせる時は、なるべく全部お金は出すようにしている。高校生は従ってくれるけど、同い年は割り勘だし、先輩には奢られてしまうことが多い。特に二宮さんは、私にお金を払わせない。
「払わなくていい。俺が出す」
「えー困ります!今日はちゃんと払いますって」
「俺が出すから、心配しなくていい」
「えー二宮さん誘いにくくなっちゃうじゃないですか」
「…………」
店に入る前から勘定で揉めるのも可笑しな話だが。弓手町の駅についた。降りるのに二宮さんの手を引く。二宮さんは困ったように眉を寄せたまま。
「今日は私が奢ります。美味しいかき氷食べましょ!」
「…………分かった」
ようやく観念した二宮さんを連れて、カフェに辿り着く。カフェに行くまで、かき氷〜かき氷〜♪とご機嫌で鼻歌を歌う私に、二宮さんは黙ってついてきた。カフェは平日なこともあって、並ばずに入ることが出来た。窓際の2人席に腰をかける。
「う〜んやっぱいちごかなぁ。二宮さんは?」
「メロンかブルーハワイ」
「あーブルーハワイいいですねぇ」
ドリンクは流石にホットの方がいいか。紅茶もいろいろと種類があったので、アッサムを頼むことにする。
「決まりました?……すいませーん」
二宮さんが頷くので、店員さんを呼ぶ。私がかき氷のいちごとホットティー、二宮さんがかき氷のブルーハワイとホットコーヒーを頼む。お冷に口つけながら、かき氷が届くのを待つ。窓からの陽射しが眩しくて暑い。
「この席、失敗だったかも……」
「変えるか?」
「二宮さんが大丈夫なら大丈夫です」
特になにも言わなかったので、そのままにする。二宮さんも私も、口数が多い方ではない。お互い、喋りたい時に喋りたいことを話す。沈黙の時間も、気にはならなかった。
「そういえば太刀川さんが課題がやばいって言ってました」
「俺には関係ないことなんだが」
はぁーっとため息を吐く二宮さんに、私は笑ってしまう。どうせまた太刀川さんは二宮さんをあてにする。二宮さんも嫌だなんだと言いながら、最終的には手伝ってくれるので、人がいいんだと思う。
「お前を使って間接的に伝えてくるのが、腹立つ」
「えーでも、結局いつも手伝ってくれるじゃないですか」
そう言うと、二宮さんはものすごく私を恨めしい目で見た。
「??」
「ほんと、あいつはいっぺんくたばってくれ」
またため息を吐いて、二宮さんは水を飲んだ。そのタイミングでかき氷が来たので、この話は終いになった。
「二宮さん、ブルーハワイひとくちください!」
「ん」
純氷のかき氷はふわふわで美味しい。身体もいい感じに冷えて、陽射しの当たる席は心地良くなった。しばらく黙々と2人でかき氷を食べたが、思ったより多くてスプーンを持つ手が止まる。
「……多いな」
「多いですね」
冷え過ぎてしまって、思わずくしゃみが出る。二宮さんはその様子を見て、すっと立ち上がると自分の上着を私の肩にかけた。ふわっと清潔感のある香りが鼻を抜ける。
「羽織っておけ。少しは違うだろう」
気恥ずかしくなってしまい、返事が出来ずにいると、二宮さんがくしゃみをする。慌てて上着を脱ごうとすると、二宮さんが手を前に出して制止する。
「え、だって二宮さんも寒いんですよね?申し訳ないです」
「いいから、羽織ってろ」
「でも、」
「いいから!」
私が差し出した上着をぶん取ると、二宮さんはまた立ち上がって再度私の肩にかけた。むう、とむくれる私に、二宮さんは少し呆れたように笑いかける。
「ちょっとは俺の顔を立ててくれ」
「……はーい」
二宮さんは完食を諦めたのか、かき氷をテーブルの端に寄せ、肘をついて手に顎を乗せた。
「お前はもう少し、年上に甘えたらどうだ」
「甘えてますよ〜……」
甘え過ぎているくらいだ。だから今ここで二宮さんとお茶しているわけだし。だからこそ、イーブンな付き合いを望むし、そういう対応をしたい。
「頑固なところは相変わらずだな」
「うっすみません」
「いいさ。俺は小林のそういうところも良いところだと思っている」
二宮さんは目線も合わせず、さらっとそんなことを言ってコーヒーを飲んだ。ほんとずるいなぁ、この人。
「私は二宮さんのスマートすぎるところ、ずるいと思ってます」
そう言えば、二宮さんは軽く咽せて、私を睨んだ。今度は私が目線を外して紅茶を飲む。
「……ずるいのは、嫌いか?」
「……助かってますけど」
「そうか……」
それきり、しばらく2人とも黙ってしまった。クーラーの風が冷たくて、二宮さんの上着が触れる箇所が熱い。私はかき氷の完食を試みて、スプーンを持ち直した。
「無理して食うんじゃないぞ」
「無理してません!」
意地になって頬張る私を、二宮さんは穏やかに眺めていた。顔を上げると微笑まれてしまったので、なるべく顔を合わせないようにした。なんとか食べ終わって、キンキンする頭を抱える。
「だから無理するなと言ったのに」
「美味しかったからいいんです」
「ならよかった」
それから、またしばらく話さなかったけれど、どちらともなくお喋りが再開して、気がつけば随分陽が傾いていた。コーヒーも紅茶もとっくに空になっていて、お冷でお互い誤魔化していた。
「そろそろ行きますか?」
「そうだな」
すっと二宮さんが伝票を持って、さっさとレジへ行ってしまう。私は慌てて鞄を持って立ち上がった。
「ちょっと!私が出します!」
二宮さんは無視して会計を始めてしまう。急いで財布を取り出し、トレーに2千円出す。千円返される。
「もう!二宮さん!」
「気持ちだけもらっておく」
結局、端数分二宮さんが損をしている。どうしようとおどおどしてしまうが、もう払ってしまったのだし、どうしようもないと諦めた。これ以上ごねても仕方がない。
「二宮さん、ごちそうさまでした」
「ん」
素直に頭を下げると、二宮さんは満足気に歩き出した。薄暗くなる街を、2人で帰る。……楽しい時間が終わる瞬間は、いつだって不安だ。
「今日はありがとうございました」
別れ道で、さよならを告げる。寂しさに襲われて、気分が沈んでいく。二宮さんは私を見兼ねてか、そっと声をかけた。
「小林、」
「はい」
「また行こうな」
優しい響きは、私の心を掬い上げた。また。そうだ、今日が終わっても、また次がある。
「はい、ぜひ!」
気分を持ち直して、手を振って帰る。不安な気持ちはどこかに消えて、明日がまた楽しみになった。幸せな気分で、私は帰路に着いた。