可能性の話
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19歳の自分にも慣れてきた9月。何も変われない自分に憤りながら、安心しながら日々は過ぎていく。自分は今どこに立っているんだろう。足元は見えなくて、不安定だ。
『また海に行きたいんだ』
迅からそんな連絡が来るのは、決まってなにもない日の朝。珍しく、なにもないのにすっきり目が覚めるような朝。狙い澄ましたようなタイミングで。私は、朝食のパンをかじりながら返事をする。
『いいよ』
迅との約束は、そのひと言だけでいい。待ち合わせ時間も場所も、迅の未来視に任せる。私は、リュックに財布と鍵と、ペットボトルのお茶と、必要最低限の物を詰めて家を出た。直前、肌寒いかもしれないとカーディガンを突っ込んだ。マンションのエントランス、寝癖もそのままの迅が立っている。
「おはよう」
「……おはよ」
迅は萎れたような佇まいで、そっと私の服の袖を引っ張って歩き出した。そのまま、袖の端を握っている。迅の好きにさせる。些細なことでも拒絶したら、迅はもうなにも話してくれなくなる気がする。言葉もなく、駅へ歩いた。券売機で、迅は2枚分切符を買って、私に寄越した。財布を出そうとする私の手首を、迅は掴んで阻んだ。
「俺の勝手で行くから、俺に出させて」
それも拒まなかった。黙って財布を仕舞う。迅と電車を待つ。その間も言葉はない。正直、続いていくと少し居心地悪く感じる時もある。けれど、なにも考えないように遠くを見つめると、静かな時間に包まれて落ち着く。気にしないでいい。迅といる時間は、安心していればよくて、私はただ迅の言葉を待てばいい。電車に乗る。座席に2人並んで座れた。三門市から電車で1時間半程乗ると、海に出れる。
「寝ててもいいよ」
迅はそう言うが、迅が肩にもたれかかってくる。寝癖を直すように頭を撫でたら、擦り寄るように頭を動かした。
「迅が眠いんじゃない?」
「俺は眠れないよ」
「寝ててもいいよ」
私の言葉に、迅は小さく頷くと、それきり静かな寝息を立てた。私は身じろぎも遠慮しながら、座席に深く腰掛け背中を預け、天井を眺めたり、広告の文字を目で追って連想ゲームをしたりした。いつも私は、なにかをしなきゃと動き回る癖がある。なにもしないでぼんやりする時間は、貴重だった。今は迅の隣にいることが必要なことだから、なにもしなくていいんだ。そのうち、私もうとうとと船を漕いだ。電車は景色を追い越して走り続ける。
「もう着くよ」
迅の言葉で目を開いた。迅は私の頭を優しく撫でて、髪を指の間に通していた。ふるふると首を振ると、クスッと笑いぽんぽんと頭を叩く。海が見える駅に到着して、2人で降りる。今日は陽が高いうちに来ることが出来た。潮風の匂いがする。何度目かの海。繰り返すうちに気付いたのは、ここに来る時は君が弱っているということ。迅を振り返る。迅は俯いて足元を見つめている。
「海、ちゃんと見よ?」
私の声に迅は顔をあげて、へにゃっと笑って頷いた。きっとそれは、無理に作った笑顔なのだろうと、なんとなく察することが出来るようになった。無理に笑わないでいいよと、告げる勇気が出なくて、なんだかいろいろ考えてしまうから。
「今日は晴れてて気持ちいいねぇ」
私だけが喋る。砂浜の砂が、踏み込むと沈み込む感じが心地いい。私が海辺に近寄ろうとすると、迅が強く腕を引っ張る。
「海、入らないで」
迅はいつもそう言うのだ。どうしてなのか、いつも訊けない。あまりに必死に頼むから。
「砂浜を素足で歩くのは、ダメ?」
「それだったら、いいよ」
私はスニーカーと靴下を脱いで、砂浜を歩いた。細かい砂が足の指の間に入る。それをシャリシャリと指で弄んだ。迅は、ずっと私の腕を掴んでいる。迅が見たいと言ったのに、ここに来るといつも不安そうなのだ。
「海、楽しくない?」
「…………楽しもうと思って、来たわけじゃなくて」
迅の声はいつもより小さくて、風に攫われそう。目一杯背伸びして顔を近づけると、迅が膝を折ってしゃがんだ。ひそひそ話をするように、話す。
「疲れると、海が見たくなるんだ。莉子ちゃんと海に来ると、しっかりしなきゃと思うんだ」
「うん、知ってるよ」
詳しい理由など分からないけど、それくらいのことは分かっているよ。
「これから、忙しくなりそうなんだ」
迅が私の頬に触れて、輪郭をなぞる。けれど、目は合わせない。なにか私じゃないものを視ていて、それを怖がるように、確かめるように私に触れる。そっと私の手を重ねる。迅が震えたのが分かる。
「大丈夫だよ」
気休めでしかないけれど。保証なんてどこにもないけど。
「きっと大丈夫」
そう声をかけるしか出来なくて。それでも、根拠のない私の言葉に、少し安心したように息を吐いた。
「お昼、なに食べる?」
いつもの迅の声に戻っていた。大きく伸びをして、海岸線を歩いていく。横に並ぶよう、追いかけた。
「しばらく海見ながら歩こうよ」
「いいね、そうしよう」
この先、線路沿いに歩いていくと、定食屋があったはずなので。そこまでゆっくり歩こう。お昼を食べたら、もう少し先まで行ってみてもいい。帰りは、拓磨に怒られない時間に帰ろう。それも、どっちだっていいんだけど。迅の気が済むまで、この時間の中にいよう。お互いの傷や疲れを、労り合うこの時間に。
『また海に行きたいんだ』
迅からそんな連絡が来るのは、決まってなにもない日の朝。珍しく、なにもないのにすっきり目が覚めるような朝。狙い澄ましたようなタイミングで。私は、朝食のパンをかじりながら返事をする。
『いいよ』
迅との約束は、そのひと言だけでいい。待ち合わせ時間も場所も、迅の未来視に任せる。私は、リュックに財布と鍵と、ペットボトルのお茶と、必要最低限の物を詰めて家を出た。直前、肌寒いかもしれないとカーディガンを突っ込んだ。マンションのエントランス、寝癖もそのままの迅が立っている。
「おはよう」
「……おはよ」
迅は萎れたような佇まいで、そっと私の服の袖を引っ張って歩き出した。そのまま、袖の端を握っている。迅の好きにさせる。些細なことでも拒絶したら、迅はもうなにも話してくれなくなる気がする。言葉もなく、駅へ歩いた。券売機で、迅は2枚分切符を買って、私に寄越した。財布を出そうとする私の手首を、迅は掴んで阻んだ。
「俺の勝手で行くから、俺に出させて」
それも拒まなかった。黙って財布を仕舞う。迅と電車を待つ。その間も言葉はない。正直、続いていくと少し居心地悪く感じる時もある。けれど、なにも考えないように遠くを見つめると、静かな時間に包まれて落ち着く。気にしないでいい。迅といる時間は、安心していればよくて、私はただ迅の言葉を待てばいい。電車に乗る。座席に2人並んで座れた。三門市から電車で1時間半程乗ると、海に出れる。
「寝ててもいいよ」
迅はそう言うが、迅が肩にもたれかかってくる。寝癖を直すように頭を撫でたら、擦り寄るように頭を動かした。
「迅が眠いんじゃない?」
「俺は眠れないよ」
「寝ててもいいよ」
私の言葉に、迅は小さく頷くと、それきり静かな寝息を立てた。私は身じろぎも遠慮しながら、座席に深く腰掛け背中を預け、天井を眺めたり、広告の文字を目で追って連想ゲームをしたりした。いつも私は、なにかをしなきゃと動き回る癖がある。なにもしないでぼんやりする時間は、貴重だった。今は迅の隣にいることが必要なことだから、なにもしなくていいんだ。そのうち、私もうとうとと船を漕いだ。電車は景色を追い越して走り続ける。
「もう着くよ」
迅の言葉で目を開いた。迅は私の頭を優しく撫でて、髪を指の間に通していた。ふるふると首を振ると、クスッと笑いぽんぽんと頭を叩く。海が見える駅に到着して、2人で降りる。今日は陽が高いうちに来ることが出来た。潮風の匂いがする。何度目かの海。繰り返すうちに気付いたのは、ここに来る時は君が弱っているということ。迅を振り返る。迅は俯いて足元を見つめている。
「海、ちゃんと見よ?」
私の声に迅は顔をあげて、へにゃっと笑って頷いた。きっとそれは、無理に作った笑顔なのだろうと、なんとなく察することが出来るようになった。無理に笑わないでいいよと、告げる勇気が出なくて、なんだかいろいろ考えてしまうから。
「今日は晴れてて気持ちいいねぇ」
私だけが喋る。砂浜の砂が、踏み込むと沈み込む感じが心地いい。私が海辺に近寄ろうとすると、迅が強く腕を引っ張る。
「海、入らないで」
迅はいつもそう言うのだ。どうしてなのか、いつも訊けない。あまりに必死に頼むから。
「砂浜を素足で歩くのは、ダメ?」
「それだったら、いいよ」
私はスニーカーと靴下を脱いで、砂浜を歩いた。細かい砂が足の指の間に入る。それをシャリシャリと指で弄んだ。迅は、ずっと私の腕を掴んでいる。迅が見たいと言ったのに、ここに来るといつも不安そうなのだ。
「海、楽しくない?」
「…………楽しもうと思って、来たわけじゃなくて」
迅の声はいつもより小さくて、風に攫われそう。目一杯背伸びして顔を近づけると、迅が膝を折ってしゃがんだ。ひそひそ話をするように、話す。
「疲れると、海が見たくなるんだ。莉子ちゃんと海に来ると、しっかりしなきゃと思うんだ」
「うん、知ってるよ」
詳しい理由など分からないけど、それくらいのことは分かっているよ。
「これから、忙しくなりそうなんだ」
迅が私の頬に触れて、輪郭をなぞる。けれど、目は合わせない。なにか私じゃないものを視ていて、それを怖がるように、確かめるように私に触れる。そっと私の手を重ねる。迅が震えたのが分かる。
「大丈夫だよ」
気休めでしかないけれど。保証なんてどこにもないけど。
「きっと大丈夫」
そう声をかけるしか出来なくて。それでも、根拠のない私の言葉に、少し安心したように息を吐いた。
「お昼、なに食べる?」
いつもの迅の声に戻っていた。大きく伸びをして、海岸線を歩いていく。横に並ぶよう、追いかけた。
「しばらく海見ながら歩こうよ」
「いいね、そうしよう」
この先、線路沿いに歩いていくと、定食屋があったはずなので。そこまでゆっくり歩こう。お昼を食べたら、もう少し先まで行ってみてもいい。帰りは、拓磨に怒られない時間に帰ろう。それも、どっちだっていいんだけど。迅の気が済むまで、この時間の中にいよう。お互いの傷や疲れを、労り合うこの時間に。