本編
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20××年、3月31日。
とっくに卒業式は終わった。制服はタンスの肥やしになる。最後に一度、着ることもなかった。年が明けてから、着なかったかもしれない。別に残念とは思わない。窮屈で嫌な思い出しかない服だ。
太刀川さんは春休みらしく、ここ最近はずっと本部にいる。太刀川さんが隊室にいるので、自然と足を運ぶ頻度が増える。誰かが側にいるだけで、なんとなく気分が落ち着くものだ。ソファで寝転がって端末を見ていたら、ぱっと取り上げられる。太刀川さんがいつもの余裕の笑みで、私を見下ろして覗き込んでいる。
「諏訪隊隊室、行くぞ」
「はぁい」
私は諏訪隊に用なんてないのだけど、太刀川さんはよく私を連れて歩いた。今日も麻雀をするのかな。売店でつまみを買うので、一緒にジュースを会計してもらった。今日は三ツ矢サイダーの、限定はちみつレモン。お酒は、外でしか売ってないから誰か買ってくるんだろう。持ち込みはいいのか、なんて、おそらく黙認なんだろうな。東さんも参加してるし、そこら辺は。諏訪隊の隊室に着くと、もう冬島さんが酒缶を並べていて、諏訪さんは雀卓の準備をしていた。
「お疲れ様でーす」
「おーう」
冬島さんのところへ行き、挨拶する。
「もうJKじゃないですよ、怖くないでしょ」
「元々莉子ちゃんは怖くねぇよ」
冬島さんが不器用に笑うので、満足してソファに座った。そう、私はもう女子高生じゃない。もうなんでもない、小林莉子だ。年が明けてから不安の方が大きかったけど、終わってしまえばなんてことはない。今までもこれからも私は私だ。足をぶらつかせて、三ツ矢サイダーを飲む。この美味しさもこれからもきっと変わらない。
「お待たせ、始めようか」
東さんが入ってきて、4人が雀卓を囲む。なんとなくルールは知ってるけど、役は覚えてない。ポーカーフェイスだからか、覗き込むのは許されていて、どんな牌なのかを訊ねては、私の反応を見て各々楽しんでいる。私が飽きてくるとたまに混ぜてもらって、いい加減にやる。だらだらと緊張感のない勝負が、みんな好きみたいだった。
「ロン」
「だーっ!!また東さんかよ!!」
今日は諏訪さんがよく負ける。太刀川さんはいつもよか調子がいい。冬島さんがしれっと勝ち越してる。東さんはいつも強いなぁ。
「……それで、最近莉子ちゃんはどうなのよ」
一局ほど終わったところで、諏訪さんが口を開く。最近の私の話を聞くのが、この会での酒の肴になっていた。
「卒業式までは具合悪かったけど、最近は元気」
「結局、出られたのか?」
「……出てないよ」
「……悪りぃ」
諏訪さんは歯切れ悪くなって、鳴かれている。今日は諏訪さんがドベかなぁ。
「卒業式、1人で家にいたけど迅が抜け出してきたよ」
「へぇ?」
太刀川さんが興味深そうにこちらを見て、鳴かれていた。あーっ!!と叫んだ後、私のせいとでも言うように恨めしく見るので、肩をすくめた。
「迅とは、会ってどうしたんだ?」
東さんが淡々と盤面を見ながら質問を寄越す。東さんの牌を覗き込むと、二面待ちだった。ほえ。
「なんもしないよ。河原行って夕陽見てただけ」
「めちゃくちゃ青春じゃん。いいなぁ」
冬島さんが声を上げる。鳴かれて、東さんがあがる。3人から感嘆の声が漏れる。牌が混ぜられて、次の試合が始まる。しばらくして、太刀川さんがまた私に質問する。
「弓場は?」
「拓磨は……めっちゃ不機嫌でした」
「「あー……」」
複数のため息が重なる。それが意味するところを、分からないわけではない。
「その……どうすんの?莉子ちゃんこれから」
冬島さんが心配そうに声をかけてくれる。周りから心配されると、余計に不安になっちゃうよ。
「これから?」
「その……誰かと付き合ったりしないの?」
「誰でも選びたい放題だろお前。好きな奴いねぇのか?」
諏訪さんは酔いが回ってきたようだ。好きな人……みんな好きだけどな。私を好いてくれる人は。
「1人選ぶの、怖いです……恨まれそうだし、誰かを傷つけそう」
「その誰かってさあ、」
「太刀川」
東さんが太刀川さんを嗜める。東さんが止めたけど、誰かの顔なんて見えているのに。私は、選ぶ勇気がない。
「みんななにも言ってこないんで、このままです」
「「うーーん……」」
みんな、天井を見上げて首を傾げていた。しれっと東さんがあがった。このままじゃ、いけないんだろうか。恋人とか、誰かとだけ付き合うとか、煩わしくて。良くしてくれる人に平等に、同じだけ親切にしたいだけなのに。三ツ矢サイダーを飲む。先ほどより、酸っぱく感じた。
「まぁ俺たちがどうこう言うことでも、どうしてやることも出来ねぇけどよ」
諏訪さんが煙草を咥えなおして、私の目を見た。この人は、相手の目を射抜く。だから信頼されるんだろう。
「自分のこと、ちゃんと大事にしろよ」
「……うん、はい」
元気のない返事だけど、満足したようで煙を吐き出した。麻雀は続く。
「なにかあったらお兄さん達に相談しなさい。誰でもいいから」
「そうそう、話聞くからね莉子ちゃん」
東さんも冬島さんもそう言うので、照れ臭くなって太刀川さんの足元に隠れた。牌を覗き込むよう見上げてたら、頭を撫でられた。
「まぁ、なんだ。莉子には味方が多いってこった」
額まで撫でられて、恥ずかしくなったけど、感謝しなくてはと思って立ち上がった。
「あの、いつもありがとうございます」
おう、とか、大丈夫だよ、とか。返事が返ってきて、安心する。安心の中にいたい。いつだって私は、自分が安心出来る場所を求めて彷徨っている。今日はここだった、それだけの話。でも、それには精一杯の感謝を。
とっくに卒業式は終わった。制服はタンスの肥やしになる。最後に一度、着ることもなかった。年が明けてから、着なかったかもしれない。別に残念とは思わない。窮屈で嫌な思い出しかない服だ。
太刀川さんは春休みらしく、ここ最近はずっと本部にいる。太刀川さんが隊室にいるので、自然と足を運ぶ頻度が増える。誰かが側にいるだけで、なんとなく気分が落ち着くものだ。ソファで寝転がって端末を見ていたら、ぱっと取り上げられる。太刀川さんがいつもの余裕の笑みで、私を見下ろして覗き込んでいる。
「諏訪隊隊室、行くぞ」
「はぁい」
私は諏訪隊に用なんてないのだけど、太刀川さんはよく私を連れて歩いた。今日も麻雀をするのかな。売店でつまみを買うので、一緒にジュースを会計してもらった。今日は三ツ矢サイダーの、限定はちみつレモン。お酒は、外でしか売ってないから誰か買ってくるんだろう。持ち込みはいいのか、なんて、おそらく黙認なんだろうな。東さんも参加してるし、そこら辺は。諏訪隊の隊室に着くと、もう冬島さんが酒缶を並べていて、諏訪さんは雀卓の準備をしていた。
「お疲れ様でーす」
「おーう」
冬島さんのところへ行き、挨拶する。
「もうJKじゃないですよ、怖くないでしょ」
「元々莉子ちゃんは怖くねぇよ」
冬島さんが不器用に笑うので、満足してソファに座った。そう、私はもう女子高生じゃない。もうなんでもない、小林莉子だ。年が明けてから不安の方が大きかったけど、終わってしまえばなんてことはない。今までもこれからも私は私だ。足をぶらつかせて、三ツ矢サイダーを飲む。この美味しさもこれからもきっと変わらない。
「お待たせ、始めようか」
東さんが入ってきて、4人が雀卓を囲む。なんとなくルールは知ってるけど、役は覚えてない。ポーカーフェイスだからか、覗き込むのは許されていて、どんな牌なのかを訊ねては、私の反応を見て各々楽しんでいる。私が飽きてくるとたまに混ぜてもらって、いい加減にやる。だらだらと緊張感のない勝負が、みんな好きみたいだった。
「ロン」
「だーっ!!また東さんかよ!!」
今日は諏訪さんがよく負ける。太刀川さんはいつもよか調子がいい。冬島さんがしれっと勝ち越してる。東さんはいつも強いなぁ。
「……それで、最近莉子ちゃんはどうなのよ」
一局ほど終わったところで、諏訪さんが口を開く。最近の私の話を聞くのが、この会での酒の肴になっていた。
「卒業式までは具合悪かったけど、最近は元気」
「結局、出られたのか?」
「……出てないよ」
「……悪りぃ」
諏訪さんは歯切れ悪くなって、鳴かれている。今日は諏訪さんがドベかなぁ。
「卒業式、1人で家にいたけど迅が抜け出してきたよ」
「へぇ?」
太刀川さんが興味深そうにこちらを見て、鳴かれていた。あーっ!!と叫んだ後、私のせいとでも言うように恨めしく見るので、肩をすくめた。
「迅とは、会ってどうしたんだ?」
東さんが淡々と盤面を見ながら質問を寄越す。東さんの牌を覗き込むと、二面待ちだった。ほえ。
「なんもしないよ。河原行って夕陽見てただけ」
「めちゃくちゃ青春じゃん。いいなぁ」
冬島さんが声を上げる。鳴かれて、東さんがあがる。3人から感嘆の声が漏れる。牌が混ぜられて、次の試合が始まる。しばらくして、太刀川さんがまた私に質問する。
「弓場は?」
「拓磨は……めっちゃ不機嫌でした」
「「あー……」」
複数のため息が重なる。それが意味するところを、分からないわけではない。
「その……どうすんの?莉子ちゃんこれから」
冬島さんが心配そうに声をかけてくれる。周りから心配されると、余計に不安になっちゃうよ。
「これから?」
「その……誰かと付き合ったりしないの?」
「誰でも選びたい放題だろお前。好きな奴いねぇのか?」
諏訪さんは酔いが回ってきたようだ。好きな人……みんな好きだけどな。私を好いてくれる人は。
「1人選ぶの、怖いです……恨まれそうだし、誰かを傷つけそう」
「その誰かってさあ、」
「太刀川」
東さんが太刀川さんを嗜める。東さんが止めたけど、誰かの顔なんて見えているのに。私は、選ぶ勇気がない。
「みんななにも言ってこないんで、このままです」
「「うーーん……」」
みんな、天井を見上げて首を傾げていた。しれっと東さんがあがった。このままじゃ、いけないんだろうか。恋人とか、誰かとだけ付き合うとか、煩わしくて。良くしてくれる人に平等に、同じだけ親切にしたいだけなのに。三ツ矢サイダーを飲む。先ほどより、酸っぱく感じた。
「まぁ俺たちがどうこう言うことでも、どうしてやることも出来ねぇけどよ」
諏訪さんが煙草を咥えなおして、私の目を見た。この人は、相手の目を射抜く。だから信頼されるんだろう。
「自分のこと、ちゃんと大事にしろよ」
「……うん、はい」
元気のない返事だけど、満足したようで煙を吐き出した。麻雀は続く。
「なにかあったらお兄さん達に相談しなさい。誰でもいいから」
「そうそう、話聞くからね莉子ちゃん」
東さんも冬島さんもそう言うので、照れ臭くなって太刀川さんの足元に隠れた。牌を覗き込むよう見上げてたら、頭を撫でられた。
「まぁ、なんだ。莉子には味方が多いってこった」
額まで撫でられて、恥ずかしくなったけど、感謝しなくてはと思って立ち上がった。
「あの、いつもありがとうございます」
おう、とか、大丈夫だよ、とか。返事が返ってきて、安心する。安心の中にいたい。いつだって私は、自分が安心出来る場所を求めて彷徨っている。今日はここだった、それだけの話。でも、それには精一杯の感謝を。