本編
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噂話が嫌いだった。興味がなかったし、なにより自分が根も葉もない噂を立てられることが我慢ならなかった。関わらないようにしていた。けれど、世間話に知らない誰かを持ち出して話すことは、ボーダーに入ってから増えて。誰が誰を好きとか、誰が暴力的で危ない奴だとか。心底どうでもよかったけど。
「ボーダーには、未来が視える奴がいるらしい」
そんな話を、よく耳にする。そんなお伽話みたいな能力、人間が持ち得るのだろうか?純粋に疑問だった。好奇心のままに話を聞いてしまったが、真実は誰も知らないようだった。
「でもさ、正直なんか……盗み見られてるようで気持ち悪いよね」
誰かがそう言った。
「うんうん、怖いよね。関わりたくない」
同調して、誰かが言った。
「きっと、人間離れしてて理解出来ないよ」
ねー?と同意を求められたので、曖昧に笑う。話題は次へと移っていく。居心地が悪かったので、このグループにはもう関わりたくないな、と感じる。距離感とは難しいものなので、簡単に離れることは出来ないだろうが。誤魔化すようにお茶を飲みながら、私は未来視が出来るという人物に思いを馳せた。理解が出来ない?本当にそうだろうか。私だって、当たらないけれど未来の想像はする。起こりもしない悪いことを想像して、具合を悪くすることもある。そして、実態のない不安が現実になったのが大規模侵攻だ。私のせいだとは思わない。けど、実際に空想上の悲劇は起きた。こんな経験を、より具体的に、幾度となく繰り返しているのだとしたら。未来視という能力を抱えて、心は無事でいれるのだろうか。
(私に、なにか出来ないかな)
私の悪い癖だということは、重々理解していた。私はおせっかいで、ひとりぼっちの誰かを放っておけない。誰からも理解されない人間の、理解者になりたいと願ってしまう。孤高に立ちすくむ人間に、酷く感情移入してしまう。いつだって、人と違うことは辛いことだ。人と違うことを選んで、正しく真っ直ぐでいることは尊い。一人で未来に立ち向かわなくてはならないその人は、辛くはないか。なにを望んで、歩むのだろう。今の私には、なにも出来ないけれど。いつか、話してみたいと思った。
B級に上がることが出来た。意気揚々と防衛任務に参加したのだが。任務が終わると、途端に具合を悪くした。どうやら、トリオン切れを起こすと、体調が悪くなるらしい。私は困り果てた。私は射手だ。トリオンが多いから、向いていると言われていたのに。思わぬ落とし穴だ。なにか、対策を考えなければならない。無理に射手にこだわる必要はないと思った。出来ないことには、向き合いすぎない。他の方法を探そう。トリオン切れが原因なのだから、トリオン切れしない戦い方を考えればいい。それならば、トリオン消費の少ない攻撃手の技術を得ればいいのではないか。自信はないけれど。私は運動量は多いけど運動音痴なのだ。自分一人で、会得出来るとは思えなかった。それならば、誰かを頼ろう。誰を?
(…………迅悠一)
面識はまったくない。未来視が出来るという人物。彼は、優秀な攻撃手と聞く。彼に教わることは出来ないだろうか。まぁ、断られるかもしれないけれど、話しかけるにはいい機会だ。きっかけにさえなればいい。私は正隊員になったのだから、前より立場は対等なはずだ。声をかけてみよう。出来ることなら、友人になろう。大きなお世話だろうけれど、苦しんでいるなら助けになろう。もし嫌な奴だったら?その時はその時だ。とにかく、話を聞かなきゃ始まらないだろう。
(個人戦のログ、見てみよ)
顔が分からないので、個人戦のログを漁った。ちょっとだけ自分の行為が、気持ち悪いかもと思った。けれど、知りたいと好意を持つのは、悪いことではないはず。自分の良心を信じた。私は間違っていない。彼と会うことは、間違っていない。水色の隊服を探して、ボーダー本部を歩く。きっと、見つかる。大丈夫だ。
近い将来、仲良くなる女の子がいる。まだ会ったことがないので顔は分からない。どんな子なんだろう。最近はよくそのことを考えてしまう。可愛い子かな、綺麗な子かな。背は高いんだろうか。仲良くなるってことは、馬が合うってことなんだろうか。久しぶりに、訪れる未来にワクワクしていた。わざわざボーダー本部のラウンジに来て、ベンチに座る。今日ここで、会えるはず。胸が高鳴った。
「あの……迅悠一くん?」
「そうだけど」
そろりそろりと近づいてきて、そう声をかけられる。目が合った瞬間に、バーっと未来が開けて視える。ちょっと情報量が多くてチカチカする。目の前の女の子は、メガネをかけていて、背が低くて、ウェーブのかかったショートヘアだった。なんというか……意外。こんな子と仲良くなるのか、俺。正直な感想を言うと、タイプというわけじゃないので、ただただ意外だ。
「はじめまして、小林莉子です。よろしくお願いします」
「こりゃご丁寧にどうも」
莉子ちゃん、は仰々しくお辞儀をするので、俺も頭を下げる。このあとにラウンジでお茶を飲んでいる未来が確定で視えていて、こっからナンパでもされるのだろうかと身構える。いや、ナンパとかするような子に見えないんだけど。なにがどうなってそうなるのか、いささか不安を覚えてしまう。
「初対面ですがお願いがあって」
「初対面ですが」
「初対面なんですが……」
言い回しが面白くて突っ込むと、おうむ返しをして言い淀んだ。手を顎に当てたり揺らしたり、忙しなく動かしている。癖、なのかな。莉子ちゃんは意を決したように、俺と目を合わせた。あ、綺麗な橙色。莉子ちゃんはメガネ越しでも目が大きくて、見つめられると逸らせない力強さがあった。
「攻撃手の技術を、教えてもらいたくて」
「この実力派エリートに?」
「うん」
そんなお願いをされるとは、想定外だった。見たところ、莉子ちゃんはB級上がりたてだ。悪いけど俺はかなり上の方にいるはずで、話しかけるとか結構勇気がいると思う。サイドエフェクトもあるし。自分も、なんとなく余計な人間とは関わらないように生きているつもりだ。胆力があるのか、考えなしなのか。
「断ったら?」
「うーん、またお願いに来る?」
「なんで疑問系なの」
「えーっと……」
なんとなくだけど、この子他にも目的があるんじゃないのか。攻撃手の技術を学ぶ以外にも、なにか目的が。なんだろう、なにをする気だろうと警戒心が働く。けれど、笑っている彼女をこの先側に置いている未来がチラついて、混乱する。
「迅くんに、興味がある、ので」
「はい?」
「迅くんと、お話してみたいと思って……」
ナンパじゃん。俺は盛大に吹き出して大笑いした。莉子ちゃんが不思議そうに俺を見る。こんな色気のないナンパ、受けたのは初めてだ。
「そっか、そうなんだ。なにが話したいの?」
「え、えっと……ボーダーのこととか。どんなこと考えてるのか、とか」
「ふんふん」
「出来れば、お友達になれればと」
「ふーん?」
なんだろう、絶対この子俺のこと好きでしょってシチュエーション的には確信めいたものがあるんだけど、直感としては違うんだろうなと思う。多分、本気で友達になろうとしかしてない。変な子だなぁ。
「いいよ、じゃあちょっと話そうか。攻撃手教えるかは、そのあとで」
「ありがとう、ございます!」
「敬語、いらないよ。同い年くらいでしょ?」
「16、です」
「同い年だ。俺のことは迅って呼んで」
「……うん!」
会ってから初めて、実際に笑った顔を見た。ちょっと見惚れて足が止まった。今まで表情が固かった分、インパクトがあった。莉子ちゃんと並び立って、ラウンジのテーブル席に移動する。自販機で飲み物を買う。莉子ちゃんはアイスティーを選んだ。
「紅茶党?」
「コーヒー、飲めなくて」
気がつけば、俺の方が莉子ちゃんに興味が湧いてしまって、質問していた。これからちょっとずつ、この子のことを覚えていくのだろうか。広がる未来を、視ないフリをした。あまり知りたくないと思ったから。
朝から、気分が優れなかった。どうにも活力が湧いてこなくて、ベッドの上から動けない。未来が、漠然と不安だった。頓服薬を口にする。約束された量だけ。全てが上手くいっていると、上手く出来なくなった時のことが不安になってしまう。不満がないことが、不安になる。厄介で気苦労の多い性分だと思う。今日の予定は、特にない。そういう日も体調を崩しやすかった。当然、働き詰め出来るほど体力もない。生き辛くて難儀だ。力なく、スマホの画面を見つめる。メッセージが来ていた。
『大丈夫?』
迅からだった。迅には具合が悪いことは大抵お見通しで、だいたいいつも連絡をくれる。駆けつけてくれる事もあれば、誰か呼んでくれることもある。「具合が悪いから側にいてくれ」と、自分からなかなか言い出せないので、助かっている。他人に甘えている自覚はあるが、甘え方は下手くそだと思っているので。1人でいると、頑張りすぎてしまうようだし。迅のメッセージに、返信を打つ。言葉をあれこれと吟味して。
『不安でしょうがなくて、朝から動けないよ』
誤魔化しても仕方ないので、素直に報告する。すぐ既読がついた。
『今日非番だよね?駅前まで出れるなら迎えにいってあげる』
『どこ行くの?』
『どこでもいいよ。俺が決めようか?』
『会ってから決める』
『分かった。待ってるよ』
何時に、とは約束しない。適当に行けば会える。高校を出てから、迅といる時間は増えた。単純に、お互い大学に行ってないから。迅も私も忙しいけれど、時間に縛られて生活はしていない。だから、声をかけやすいしかけられるのだ。迅と会う予定が出来たおかげで、なんとか身体が動く。遅めの朝食を摂り、着替えて身支度した。
「はよー。覇気ないねぇ」
「おはよ……もう昼だけど」
駅前の公園で待ち合わせた。なんとなく。示し合わせてはいない。迅とのこれに慣れてしまうと、他の人と約束する時にうっかり困ったりする。迅が私の背中を叩く。迅はボディタッチが多い。私はすっと離れて、ベンチに座った。迅も隣に腰掛ける。
「ここでいいの?」
「うん。ちょっと休憩」
「了解」
街が忙しなく動く中で、ここだけ切り取られたような感覚。ぼんやりと走る電車を見た。子供が急に声を上げる。びくっと肩を揺らし、思わず顔を顰める。
「移動した方がいいんじゃない?」
「うーん……うん」
私が頷くのを見て、迅が立ち上がる。そっと手を差し出させるので、掴んで私も立つ。別にいらないけれど、差し出された手は取る。離れた手が、今度は頭に触れる。撫でられるので、迅の顔を見上げるように見つめた。へらりと笑う。
「そんな不安そうな顔、しないでよ」
「うん……ごめんなさい」
「責めたいわけじゃない。これは俺のお願い。だから負担に思う必要はない」
「うーん……」
迅も困ったように笑う。他人に心配をかけるのは申し訳ない。俯くと、顎を掬われて頬を潰された。
「ぶ」
「笑ってよ。莉子ちゃんが不安に思うようなこと、なにも起きないから」
猫のように頭や頬を撫でられる。くすぐったくて心地よくて、自然と顔が綻んだ。
「俺のサイドエフェクトがそう言ってるから、安心して」
出会った頃は、彼のサイドエフェクトを頼るのは、狡いことに感じて申し訳なかった。けれど今は、頼りにしているし信頼している。迅の言うことは、信じているし心のお守りになる。迅が大丈夫だと言えば、大丈夫で、それだけでなんとか立っていられた。
「うん」
「さて。どこへ行く?」
「とりあえず、お昼食べたい」
「おっいいねぇ」
「食べたいもの、ある?」
「莉子ちゃんの好きなものでいいよ」
いつもそれなんだよなぁ。元気ない時は食欲ないから困る。無難にハンバーガーかな。バーガークイーンの方向へ足を進める。今日もなんとか、生きていける。明日も、明後日も。みんながいるから。
(あ、寝込んでる)
莉子ちゃんが明かりのない部屋で、ずっと動かない絵が視えた。すぐさま、メッセージを送る。絵が切り替わり、街の風景が視える。少し安心した。多分、今日はこのまま莉子ちゃんとデートだ。外に行く支度をする。そろそろ出ないと、待ち合わせに間に合わない。駅前までは、玉狛支部のが遠いから。歩いているうちに、ハンバーガーを食べる絵が視える。今日のお昼はバーガークイーンか。なるほど。忙しなく未来視は切り替わる。ずっと細切れの無声映画が流れてる感じ。だから、意識せずほっといて作業することも出来る。けれど、誰かの未来を心配したり、世話を焼いている方が、自分を忘れられて安心出来るので、つい見てしまう。なんのためにこの力があるのかとか、なんで俺なのかとか。難しいことを考えるのは10歳でやめた。今はこのサイドエフェクトを十二分に使って、街や仲間を良い方向に導くだけだ。そのためには、力は惜しまない。莉子ちゃんに会って声を聞く。絵に音声がつくと、やっぱり心は震えるんだ。
「クイーンバーガーにポテトL、ドリンクはアイスティーで」
視ていた未来に現実が追いつき、バーガークイーンで昼食を摂る。莉子ちゃんは相変わらず、幸せそうによく食べる。あの日から変わらず、ドリンクはアイスティーだ。いつまでもコーヒーが飲めないんだって。
「このあと、どうする?」
「俺は予定ないよ。パトロール出来ればオッケ」
「うーん。そっか〜」
莉子ちゃんの未来は、視ていて面白い。1日のことは、わりとすぐ固まってしまうけれど、年単位の未来は全く読めない。不安定で、曖昧。それでいて、鮮やかで変動に富んだ。その日その日の瞬間を、閃光のように生きる子なのだと思う。そんな歌あったな。
「じゃあ文房具屋巡ったあと、美味しいケーキ食べたい」
「了解」
莉子ちゃんの顔色は、会った時よりいい。ここまで細かいことは、やっぱり会わないと分からない。朱が差した頬に手を伸ばす。莉子ちゃんは無抵抗に受け入れる。しばらく、弾力を楽しむように揉んでいた。
「迅は触るの好きだねぇ」
「好きだよ?安心するでしょ」
触感も温度も、未来視を視るだけじゃ知り得ないことだ。現実を生きるのは、知り得ないことが知りたいからで。未来視で視て想像していたことを超える時、震えるほど感動するし、想定内でいつも通りなら酷く安心する。莉子ちゃんに触るのは、確認作業。満足いくまで触って、解放してあげる。莉子ちゃんはアイスティーを飲み干した。
「そろそろ行く?」
「うん」
店を出たところで、未来視に弓場ちゃんがちらついた。あぁ、このあと来るのか。じゃあ早いうちに莉子ちゃん触っとこ。バレたら、タダじゃ済まないし。さりげなく莉子ちゃんの肩に触れて引き寄せる。莉子ちゃんにどうこう言われたことはない。
「ロフト行ってハンズ行って、蔦屋書店を見ます」
「はいよ」
流石に手を繋いじゃうと、いろいろ未来がおかしくなるから。莉子ちゃんに触れるのは、誰も見ていないところでさりげなくだ。他はどうか知らないけど、莉子ちゃん本人がなにも言わないんだから、いいでしょ。俺たちの関係は、持ちつ持たれつで。莉子ちゃんが俺に寄りかかってくれる分、俺も莉子ちゃんに寄りかかる。
「あ、その前に銀行寄る」
「使いすぎちゃダメだよ?」
「分かってる」
銀行へ方向転換するときに、背中に触れる。莉子ちゃんの背中は小さい。この背中に、知らぬ間にいろいろ乗せられていて、俺は心配になる。莉子ちゃんが自分で背負っちゃったものもあるけど。出来ることなら、身軽でいた方が莉子ちゃんにとって良いと思う。なにが出来るかな。いつも考えるけど、目まぐるしく未来が移り変わるので、躊躇する。莉子ちゃんの未来は、複雑。
「迅?」
「あぁ、ごめん。ぼーっとしてた」
「あんまり未来追うと、疲れちゃうよ」
莉子ちゃんはいつも優しくて、俺を心配してくれる。いい子だから、幸せにしなくちゃ。莉子ちゃんの頭を撫でる。ふわふわの癖っ毛を指に通して、心地よい安心を得た。
「ボーダーには、未来が視える奴がいるらしい」
そんな話を、よく耳にする。そんなお伽話みたいな能力、人間が持ち得るのだろうか?純粋に疑問だった。好奇心のままに話を聞いてしまったが、真実は誰も知らないようだった。
「でもさ、正直なんか……盗み見られてるようで気持ち悪いよね」
誰かがそう言った。
「うんうん、怖いよね。関わりたくない」
同調して、誰かが言った。
「きっと、人間離れしてて理解出来ないよ」
ねー?と同意を求められたので、曖昧に笑う。話題は次へと移っていく。居心地が悪かったので、このグループにはもう関わりたくないな、と感じる。距離感とは難しいものなので、簡単に離れることは出来ないだろうが。誤魔化すようにお茶を飲みながら、私は未来視が出来るという人物に思いを馳せた。理解が出来ない?本当にそうだろうか。私だって、当たらないけれど未来の想像はする。起こりもしない悪いことを想像して、具合を悪くすることもある。そして、実態のない不安が現実になったのが大規模侵攻だ。私のせいだとは思わない。けど、実際に空想上の悲劇は起きた。こんな経験を、より具体的に、幾度となく繰り返しているのだとしたら。未来視という能力を抱えて、心は無事でいれるのだろうか。
(私に、なにか出来ないかな)
私の悪い癖だということは、重々理解していた。私はおせっかいで、ひとりぼっちの誰かを放っておけない。誰からも理解されない人間の、理解者になりたいと願ってしまう。孤高に立ちすくむ人間に、酷く感情移入してしまう。いつだって、人と違うことは辛いことだ。人と違うことを選んで、正しく真っ直ぐでいることは尊い。一人で未来に立ち向かわなくてはならないその人は、辛くはないか。なにを望んで、歩むのだろう。今の私には、なにも出来ないけれど。いつか、話してみたいと思った。
B級に上がることが出来た。意気揚々と防衛任務に参加したのだが。任務が終わると、途端に具合を悪くした。どうやら、トリオン切れを起こすと、体調が悪くなるらしい。私は困り果てた。私は射手だ。トリオンが多いから、向いていると言われていたのに。思わぬ落とし穴だ。なにか、対策を考えなければならない。無理に射手にこだわる必要はないと思った。出来ないことには、向き合いすぎない。他の方法を探そう。トリオン切れが原因なのだから、トリオン切れしない戦い方を考えればいい。それならば、トリオン消費の少ない攻撃手の技術を得ればいいのではないか。自信はないけれど。私は運動量は多いけど運動音痴なのだ。自分一人で、会得出来るとは思えなかった。それならば、誰かを頼ろう。誰を?
(…………迅悠一)
面識はまったくない。未来視が出来るという人物。彼は、優秀な攻撃手と聞く。彼に教わることは出来ないだろうか。まぁ、断られるかもしれないけれど、話しかけるにはいい機会だ。きっかけにさえなればいい。私は正隊員になったのだから、前より立場は対等なはずだ。声をかけてみよう。出来ることなら、友人になろう。大きなお世話だろうけれど、苦しんでいるなら助けになろう。もし嫌な奴だったら?その時はその時だ。とにかく、話を聞かなきゃ始まらないだろう。
(個人戦のログ、見てみよ)
顔が分からないので、個人戦のログを漁った。ちょっとだけ自分の行為が、気持ち悪いかもと思った。けれど、知りたいと好意を持つのは、悪いことではないはず。自分の良心を信じた。私は間違っていない。彼と会うことは、間違っていない。水色の隊服を探して、ボーダー本部を歩く。きっと、見つかる。大丈夫だ。
近い将来、仲良くなる女の子がいる。まだ会ったことがないので顔は分からない。どんな子なんだろう。最近はよくそのことを考えてしまう。可愛い子かな、綺麗な子かな。背は高いんだろうか。仲良くなるってことは、馬が合うってことなんだろうか。久しぶりに、訪れる未来にワクワクしていた。わざわざボーダー本部のラウンジに来て、ベンチに座る。今日ここで、会えるはず。胸が高鳴った。
「あの……迅悠一くん?」
「そうだけど」
そろりそろりと近づいてきて、そう声をかけられる。目が合った瞬間に、バーっと未来が開けて視える。ちょっと情報量が多くてチカチカする。目の前の女の子は、メガネをかけていて、背が低くて、ウェーブのかかったショートヘアだった。なんというか……意外。こんな子と仲良くなるのか、俺。正直な感想を言うと、タイプというわけじゃないので、ただただ意外だ。
「はじめまして、小林莉子です。よろしくお願いします」
「こりゃご丁寧にどうも」
莉子ちゃん、は仰々しくお辞儀をするので、俺も頭を下げる。このあとにラウンジでお茶を飲んでいる未来が確定で視えていて、こっからナンパでもされるのだろうかと身構える。いや、ナンパとかするような子に見えないんだけど。なにがどうなってそうなるのか、いささか不安を覚えてしまう。
「初対面ですがお願いがあって」
「初対面ですが」
「初対面なんですが……」
言い回しが面白くて突っ込むと、おうむ返しをして言い淀んだ。手を顎に当てたり揺らしたり、忙しなく動かしている。癖、なのかな。莉子ちゃんは意を決したように、俺と目を合わせた。あ、綺麗な橙色。莉子ちゃんはメガネ越しでも目が大きくて、見つめられると逸らせない力強さがあった。
「攻撃手の技術を、教えてもらいたくて」
「この実力派エリートに?」
「うん」
そんなお願いをされるとは、想定外だった。見たところ、莉子ちゃんはB級上がりたてだ。悪いけど俺はかなり上の方にいるはずで、話しかけるとか結構勇気がいると思う。サイドエフェクトもあるし。自分も、なんとなく余計な人間とは関わらないように生きているつもりだ。胆力があるのか、考えなしなのか。
「断ったら?」
「うーん、またお願いに来る?」
「なんで疑問系なの」
「えーっと……」
なんとなくだけど、この子他にも目的があるんじゃないのか。攻撃手の技術を学ぶ以外にも、なにか目的が。なんだろう、なにをする気だろうと警戒心が働く。けれど、笑っている彼女をこの先側に置いている未来がチラついて、混乱する。
「迅くんに、興味がある、ので」
「はい?」
「迅くんと、お話してみたいと思って……」
ナンパじゃん。俺は盛大に吹き出して大笑いした。莉子ちゃんが不思議そうに俺を見る。こんな色気のないナンパ、受けたのは初めてだ。
「そっか、そうなんだ。なにが話したいの?」
「え、えっと……ボーダーのこととか。どんなこと考えてるのか、とか」
「ふんふん」
「出来れば、お友達になれればと」
「ふーん?」
なんだろう、絶対この子俺のこと好きでしょってシチュエーション的には確信めいたものがあるんだけど、直感としては違うんだろうなと思う。多分、本気で友達になろうとしかしてない。変な子だなぁ。
「いいよ、じゃあちょっと話そうか。攻撃手教えるかは、そのあとで」
「ありがとう、ございます!」
「敬語、いらないよ。同い年くらいでしょ?」
「16、です」
「同い年だ。俺のことは迅って呼んで」
「……うん!」
会ってから初めて、実際に笑った顔を見た。ちょっと見惚れて足が止まった。今まで表情が固かった分、インパクトがあった。莉子ちゃんと並び立って、ラウンジのテーブル席に移動する。自販機で飲み物を買う。莉子ちゃんはアイスティーを選んだ。
「紅茶党?」
「コーヒー、飲めなくて」
気がつけば、俺の方が莉子ちゃんに興味が湧いてしまって、質問していた。これからちょっとずつ、この子のことを覚えていくのだろうか。広がる未来を、視ないフリをした。あまり知りたくないと思ったから。
朝から、気分が優れなかった。どうにも活力が湧いてこなくて、ベッドの上から動けない。未来が、漠然と不安だった。頓服薬を口にする。約束された量だけ。全てが上手くいっていると、上手く出来なくなった時のことが不安になってしまう。不満がないことが、不安になる。厄介で気苦労の多い性分だと思う。今日の予定は、特にない。そういう日も体調を崩しやすかった。当然、働き詰め出来るほど体力もない。生き辛くて難儀だ。力なく、スマホの画面を見つめる。メッセージが来ていた。
『大丈夫?』
迅からだった。迅には具合が悪いことは大抵お見通しで、だいたいいつも連絡をくれる。駆けつけてくれる事もあれば、誰か呼んでくれることもある。「具合が悪いから側にいてくれ」と、自分からなかなか言い出せないので、助かっている。他人に甘えている自覚はあるが、甘え方は下手くそだと思っているので。1人でいると、頑張りすぎてしまうようだし。迅のメッセージに、返信を打つ。言葉をあれこれと吟味して。
『不安でしょうがなくて、朝から動けないよ』
誤魔化しても仕方ないので、素直に報告する。すぐ既読がついた。
『今日非番だよね?駅前まで出れるなら迎えにいってあげる』
『どこ行くの?』
『どこでもいいよ。俺が決めようか?』
『会ってから決める』
『分かった。待ってるよ』
何時に、とは約束しない。適当に行けば会える。高校を出てから、迅といる時間は増えた。単純に、お互い大学に行ってないから。迅も私も忙しいけれど、時間に縛られて生活はしていない。だから、声をかけやすいしかけられるのだ。迅と会う予定が出来たおかげで、なんとか身体が動く。遅めの朝食を摂り、着替えて身支度した。
「はよー。覇気ないねぇ」
「おはよ……もう昼だけど」
駅前の公園で待ち合わせた。なんとなく。示し合わせてはいない。迅とのこれに慣れてしまうと、他の人と約束する時にうっかり困ったりする。迅が私の背中を叩く。迅はボディタッチが多い。私はすっと離れて、ベンチに座った。迅も隣に腰掛ける。
「ここでいいの?」
「うん。ちょっと休憩」
「了解」
街が忙しなく動く中で、ここだけ切り取られたような感覚。ぼんやりと走る電車を見た。子供が急に声を上げる。びくっと肩を揺らし、思わず顔を顰める。
「移動した方がいいんじゃない?」
「うーん……うん」
私が頷くのを見て、迅が立ち上がる。そっと手を差し出させるので、掴んで私も立つ。別にいらないけれど、差し出された手は取る。離れた手が、今度は頭に触れる。撫でられるので、迅の顔を見上げるように見つめた。へらりと笑う。
「そんな不安そうな顔、しないでよ」
「うん……ごめんなさい」
「責めたいわけじゃない。これは俺のお願い。だから負担に思う必要はない」
「うーん……」
迅も困ったように笑う。他人に心配をかけるのは申し訳ない。俯くと、顎を掬われて頬を潰された。
「ぶ」
「笑ってよ。莉子ちゃんが不安に思うようなこと、なにも起きないから」
猫のように頭や頬を撫でられる。くすぐったくて心地よくて、自然と顔が綻んだ。
「俺のサイドエフェクトがそう言ってるから、安心して」
出会った頃は、彼のサイドエフェクトを頼るのは、狡いことに感じて申し訳なかった。けれど今は、頼りにしているし信頼している。迅の言うことは、信じているし心のお守りになる。迅が大丈夫だと言えば、大丈夫で、それだけでなんとか立っていられた。
「うん」
「さて。どこへ行く?」
「とりあえず、お昼食べたい」
「おっいいねぇ」
「食べたいもの、ある?」
「莉子ちゃんの好きなものでいいよ」
いつもそれなんだよなぁ。元気ない時は食欲ないから困る。無難にハンバーガーかな。バーガークイーンの方向へ足を進める。今日もなんとか、生きていける。明日も、明後日も。みんながいるから。
(あ、寝込んでる)
莉子ちゃんが明かりのない部屋で、ずっと動かない絵が視えた。すぐさま、メッセージを送る。絵が切り替わり、街の風景が視える。少し安心した。多分、今日はこのまま莉子ちゃんとデートだ。外に行く支度をする。そろそろ出ないと、待ち合わせに間に合わない。駅前までは、玉狛支部のが遠いから。歩いているうちに、ハンバーガーを食べる絵が視える。今日のお昼はバーガークイーンか。なるほど。忙しなく未来視は切り替わる。ずっと細切れの無声映画が流れてる感じ。だから、意識せずほっといて作業することも出来る。けれど、誰かの未来を心配したり、世話を焼いている方が、自分を忘れられて安心出来るので、つい見てしまう。なんのためにこの力があるのかとか、なんで俺なのかとか。難しいことを考えるのは10歳でやめた。今はこのサイドエフェクトを十二分に使って、街や仲間を良い方向に導くだけだ。そのためには、力は惜しまない。莉子ちゃんに会って声を聞く。絵に音声がつくと、やっぱり心は震えるんだ。
「クイーンバーガーにポテトL、ドリンクはアイスティーで」
視ていた未来に現実が追いつき、バーガークイーンで昼食を摂る。莉子ちゃんは相変わらず、幸せそうによく食べる。あの日から変わらず、ドリンクはアイスティーだ。いつまでもコーヒーが飲めないんだって。
「このあと、どうする?」
「俺は予定ないよ。パトロール出来ればオッケ」
「うーん。そっか〜」
莉子ちゃんの未来は、視ていて面白い。1日のことは、わりとすぐ固まってしまうけれど、年単位の未来は全く読めない。不安定で、曖昧。それでいて、鮮やかで変動に富んだ。その日その日の瞬間を、閃光のように生きる子なのだと思う。そんな歌あったな。
「じゃあ文房具屋巡ったあと、美味しいケーキ食べたい」
「了解」
莉子ちゃんの顔色は、会った時よりいい。ここまで細かいことは、やっぱり会わないと分からない。朱が差した頬に手を伸ばす。莉子ちゃんは無抵抗に受け入れる。しばらく、弾力を楽しむように揉んでいた。
「迅は触るの好きだねぇ」
「好きだよ?安心するでしょ」
触感も温度も、未来視を視るだけじゃ知り得ないことだ。現実を生きるのは、知り得ないことが知りたいからで。未来視で視て想像していたことを超える時、震えるほど感動するし、想定内でいつも通りなら酷く安心する。莉子ちゃんに触るのは、確認作業。満足いくまで触って、解放してあげる。莉子ちゃんはアイスティーを飲み干した。
「そろそろ行く?」
「うん」
店を出たところで、未来視に弓場ちゃんがちらついた。あぁ、このあと来るのか。じゃあ早いうちに莉子ちゃん触っとこ。バレたら、タダじゃ済まないし。さりげなく莉子ちゃんの肩に触れて引き寄せる。莉子ちゃんにどうこう言われたことはない。
「ロフト行ってハンズ行って、蔦屋書店を見ます」
「はいよ」
流石に手を繋いじゃうと、いろいろ未来がおかしくなるから。莉子ちゃんに触れるのは、誰も見ていないところでさりげなくだ。他はどうか知らないけど、莉子ちゃん本人がなにも言わないんだから、いいでしょ。俺たちの関係は、持ちつ持たれつで。莉子ちゃんが俺に寄りかかってくれる分、俺も莉子ちゃんに寄りかかる。
「あ、その前に銀行寄る」
「使いすぎちゃダメだよ?」
「分かってる」
銀行へ方向転換するときに、背中に触れる。莉子ちゃんの背中は小さい。この背中に、知らぬ間にいろいろ乗せられていて、俺は心配になる。莉子ちゃんが自分で背負っちゃったものもあるけど。出来ることなら、身軽でいた方が莉子ちゃんにとって良いと思う。なにが出来るかな。いつも考えるけど、目まぐるしく未来が移り変わるので、躊躇する。莉子ちゃんの未来は、複雑。
「迅?」
「あぁ、ごめん。ぼーっとしてた」
「あんまり未来追うと、疲れちゃうよ」
莉子ちゃんはいつも優しくて、俺を心配してくれる。いい子だから、幸せにしなくちゃ。莉子ちゃんの頭を撫でる。ふわふわの癖っ毛を指に通して、心地よい安心を得た。