本編
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太刀川隊って響きがいいよな。我ながら自分の苗字に惚れ惚れするぜ。完成目前の自分の隊を思い浮かべて、悦に浸る。国近、とりまる、2人を餌に出水も誘った。俺としてはもう充分強いと思うし、3人部隊でもいいのだが、目標としてるのは東隊だ。4人編成に3人編成で勝っちゃったら、気ぃ悪いだろ。そんなわけで、最後の1人を探している。誰にしようかな。正隊員で、フリーの奴。東隊は射手2枚看板だから、うちもそうしようかな。ボーダーの隊員名簿を眺める。正隊員で射手の奴って、そもそもが少ないんだよな。射手で登録のある名前に、小林莉子、を見つけて、詳細を見る。
(こいつ、確か迅に直談判して攻撃手教えてもらったっていう)
迅も面白がって話していたし、隊員の間でも噂になった。そもそも、こいつ射手だったのか。なんで攻撃手に?万能手目指してんのかな。それにしたって、いきなり迅に声かけるかフツー。興味が湧いてきて、とりあえず会ってみようと思った。名簿に登録してある、無表情な顔写真を見る。メガネをかけていて、どこか眠たげな眼をしている。髪がパーマをかけているのか、ウェーブが入っている。こんな特徴的な顔なら、忘れないしすぐ見つかるだろ。俺はボーダーを練り歩き始めた。
20分ほどほっつき歩いて、ラウンジで休憩しているのを見つけた。誰と話すわけでもなく、ベンチに座ってぼーっとしているようだった。
「よぉ」
「…………」
「なぁ、ちょっと」
「…………」
「すみません、いいですか?」
「!?はい、私??」
「そうそう。あんた、小林莉子であってる?」
ひどく驚いた表情で、彼女は頷いた。断りなく、横に座る。小林は警戒してるようで、訝しむように俺を見る。迅にいきなり声かけた奴とは思えなくて、少し笑ってしまう。余計に小林は目を細める。
「俺は、太刀川慶。よろしく」
「……知ってます。ログ、見たので」
「お、じゃあ話が早いな」
「??」
「俺の隊に入らない?お前」
「はい??」
目を丸くして、思い切り首を傾げた。小林はなんだか、小動物のような雰囲気を纏っていて、可愛らしい。けれど、決して女らしくはない。不思議な人物だ。
「太刀川さんの隊に、ですか」
「そうだよ」
「……私、才能あるけど、伸びるかは分かりませんよ」
自分で言うのかよ。面白えなこいつ。小林は腕を組んで、脚開いて、考え込む。
「射手なら出水くんとか、誘えばいいじゃないですか」
「もう誘った」
「私いらなくないです?」
「お前は攻撃手も出来んだろ?」
「あーー……」
小林は大きく項垂れた。迅から教わったんじゃないのか?
「私は、攻撃手はトリオン兵専門です」
「ほぉ?なんで」
「トリオン切れ起こすと、具合が悪くなるから。射手でB級に上がったはいいけど、弾だと任務に差し支えたんです。だから、攻撃手トリガーを」
そんな奴いるのか。考えもしなかったな。興味深く話を聞く。
「実際、トリオン兵の動きは機械的だから、攻撃手トリガーの方が狩りやすく感じます」
「そんなもんか」
「はい。なので、対人戦が出来るかと言うと……」
小林は顔を曇らせたが、俺は小林はいいなと思った。自分に出来ないことを、発想の転換で補っているのがいい。ちゃんと伸びる人材だと思う。
「やっぱ俺と隊組もうぜ」
「え、話聞いてました?」
「話聞いたから、組みたいんだよ」
うーん、と小林は首を傾げて唸っていた。俺は諦める気はないから、依然座ったまま。少し雑談でもしようか。
「小林は、なんでボーダーに?」
「……自分に出来ることをなにかしなくちゃと思った、から」
眠たげな目に力が入り、真っ直ぐそう言うので驚いた。意志の強さを感じて、ますます欲しくなる。
「家族は?」
「みんな元気。けど、次に被害に遭うのは私の身の回りかもしれないし、知らない誰かが犠牲になるのは嫌」
嵐山みたいなタイプなのかな。正義感があって、善良で。良い奴じゃん。
「太刀川さんは、なんでボーダー入ったの」
「俺?俺はなんか面白そうだから」
「そんな感じする」
「だろ?でも、お前の力にはなるよ」
小林がこちらを向く。オレンジがかった澄んだ瞳とかち合う。
「俺がお前の隊長になったら、お前のために戦ってやるし、お前が困ってる時には助けてやる。お前が強くなりたいなら、辛抱強く待っててやるよ」
攻撃手1位の申し出だ。悪い話じゃないはず。小林はゆっくり瞬きした。強い意志が覗いて、ふっと迷って隠れる。俺は確信して、立ち上がる。
「ま、すぐに返事くれとは言わねぇよ。考えてくれ」
肩を叩くと、素直に頷いた。素直で善良で、意志が強そうで、ちょっと変わってる。仲間としては最高だ。俺はラウンジを離れながら、隊の結成にワクワクした。きっと、面白いチームになる。
あの太刀川さんから、太刀川隊に入らないかと誘いを受けた。この上ない誘いだ。誘われるなんて夢にも思わなかった。そもそも、隊に入ろうとは考えてなかったので。正直、自分の可能性が広がりそうでとてもワクワクしたのだが、そういう浮ついたテンションの高い気分で決断すると、痛い目を見る。私には障害もあるし。冷静に、出来ることを選んでいかねば。誰かに相談しようかな。拓磨、は自分のことで忙しいだろうし。迅、を頼るのはズルい気がする。適切な相談相手が見つからなくて、困る。けれど、自分の気持ちはちゃんと分かっている。もう答えが出ていることも。チャレンジするのは、悪いことじゃないはずだ。太刀川さんは、良い人そうだったというか、良い人じゃないかもしれないけれど、馬が合いそうだった。トップを走る人の側にいれば、私の見えてくる景色も違うはずだ。どんな景色か、見に行きたいと思う。2日かけて答えを出して、はたと気づく。
「連絡先、知らない……」
太刀川さんと、連絡先を交換していなかった。どうしよう。どこに行けば、太刀川さんに会える?学校、行ってるよね。でも六穎館じゃないよね。じゃあボーダーで見つけるしかないけど……ボーダーは広い。任務が同じ日なんて待っていたら、他の人を見つけるだろう。急がなくちゃ。でも、本当に太刀川さんのこと、なにも知らない。急に不安になってきて、決意が揺らぐ。頭を振って、振り払う。とりあえず、ボーダーに向かう。ランク戦をいつもしてるイメージだから、ブースをまず見に行った。いない。ここで待っているのも手かと思ったが、身体が待っていられなかった。自分が思っている以上に、私はワクワクしているのだ。
(分からないことは、人に訊く!)
顔見知りに、片っ端から太刀川さんの居所を訊ねる。知らないと言われたり、あっちで見た、こっちで見たと振り回される。どこに行っても、太刀川さんがいない。泣きたくなってきた頃、たまたま向かいから迅が歩いてきたので、縋りつく。
「迅、迅〜!!」
「なに、なになにどうしたの」
迅は私の只ならぬ様子に、ちょっと引き気味に対応する。事情を私が説明すると、吹き出して大笑いした。
「馬鹿じゃない?早く俺のとこくればよかったのに」
「う……そういう頼り方、嫌かと思って」
「全然構わないよ」
迅は優しく私の肩を叩く。それから、未来視のチャンネルをあれこれ見ているようだった。
「あ」
「あ?」
「太刀川さんね、東隊の隊室にいるよ」
「東隊の……?」
見つからないわけだ。でも、なんでそんなところに。迅にありがとうを告げて、歩き出そうとしたのだが。
「迅、私……」
「分かってるよ。ついてきて」
私は東隊隊室を知らない。仕方なく、迅に案内してもらう。本当にボーダーは、似たような道が多くて覚えられない。多分、次も辿り着けないだろう。
「ここだよ」
迅に導かれ、インターホンを押す。驚いた顔で望ちゃんが出てきた。
「あら莉子。どうしたの?」
「こら太刀川逃げんじゃねぇ!」
奥から二宮さんの怒鳴り声が聞こえる。これは。
「えーっと、太刀川さん探してて」
「彼、今取り込み中よ。今でなきゃダメ?」
「うーん……」
答えに迷っていると、ガタガタっと音がして、奥から太刀川さんが顔を出す。深い緑を称えた、瞳とかち合う。
「答えは?」
太刀川さんが問うので、真っ直ぐ前を向く。
「太刀川隊に入れてください」
そう答えると、太刀川さんはにっと笑った。強そうな人の笑みだと思った。
「よし、最初の隊長命令だ。ここから逃して」
「ふざけんなさっさと課題終わらせやがれ」
二宮さんが太刀川さんを引っ張り戻していく。為す術がない。この場合、私は頼りない部下なんだろうか。いやぁ、どうだろう。
「太刀川さん!頑張って!」
エールだけ送っておく。私、間違えたかな。一抹の不安を胸に、東隊隊室を後にする。
「莉子ちゃんは大丈夫だよ」
一部始終を見ていた迅が呟く。気休めなのか、本当のことなのか。
「ありがとう」
なにはともあれ、なにが起きようと、太刀川隊で生きていくことを決めた日。迷いはない。憂いはあるけど。
「うおっ」
隊室の電気をつけたら、ソファの上で莉子が丸まっていた。明るくなったのに反応して、もぞもぞと起き上がる。
「たちかーさん、おはよ……」
「おう、辛かったらまだ寝てていいぞ」
「んー……」
莉子はダルそうに、ソファに横たわった。まぁ、隣の仮眠室を使ってないってことは、最悪な状態じゃないんだろう。適当に向かいに座り、様子を観察する。こちらを伺う、橙色の瞳と目が合う。
「どうした?」
「哲次くんの弟子にされた〜……」
へぇ、荒船の。あいつ随分豪胆な手を取るな。
「それで具合悪りぃの?」
「いや、多分関係ない……」
莉子は寝返りを打って、背を向けてしまった。莉子が憂鬱に悩まされるのは、常日頃のことなのだが、理由を訊ねても分からないと言うことが多い。理由なんてものはないんだそうだ。きっかけくらいはあっても、結局きっかけはどうでもよくなってしまうのだと。自分にはさっぱり分からない感覚なので、彼女を傷つけないようにするのには、だいぶ神経を使う。
「あ、弟子になってよかったですか?」
「ん?荒船のか?好きにしたら良いんじゃね?」
俺が決めることじゃないだろう。そうだよね〜と莉子はまた背を丸めた。一応、筋を通したかったんだろうな。莉子が律儀で、俺に全面的に信頼を置いていることは、よく分かっている。
「莉子、ちょっといいか?」
「ん。なに」
「今度の日曜、二宮とカラオケ行くけど、来ないか?」
「二宮さん、と太刀川さんだけ?」
「うん、俺たちだけ」
「予定ないから、いいですよ」
よし、これでとりあえず次の課題手伝ってもらうアテはついた。あとは莉子の体調が良いことを、祈る。莉子は、意図にも意味にも、気づいてないんだろうなぁ。繊細で他人の感情にも敏感なのに、驚くほど鈍感で鈍い部分もあって、アンバランスな人物だ。そこが魅力になっているんだろうけど。
「ちっーす。お疲れっす」
出水が入ってきたのを見て、莉子は起き上がって給湯室へ行こうとする。
「あー莉子さん、いいよ。無理しないで」
「無理はしてない」
「俺が淹れるから」
「手伝う」
「はいはい、分かった」
どっちが歳上か、分かんねぇなこれ。出水の意外と世話焼きな部分も、上手く噛み合っているように思う。莉子にとって、うちにいるのが最適解だと思っている。外野で文句言う奴もいるが、言わせておけばいい。うちはA級1位なんで。
「太刀川さん、おもち食べる?」
給湯室からわざわざ、ひょこひょこと出てきてお伺いを立てられる。ちっこくてロングコートの隊服も着られてるような感じ。
「おぉ、食べる」
「了解〜」
パタパタと給湯室に戻る。行動一つ一つに音がついているような奴。あんな可愛らしい奴が、A級1位ってなんかカッコいいだろ。気に入ってんだ、俺は。
「ほい。磯辺焼けた」
「お、サンキュー」
軽く頭を撫でて、餅を受け取る。莉子は少し調子が出てきたようだ。隊長として、莉子を潰さない。莉子が莉子らしく、呼吸が出来る場所を作る。俺なりにそこは、責任に感じているんだ。
私のためだけに淹れられた紅茶を飲んで、目を醒ましていく。身体の怠さも憂鬱な気分も、トリオン体になれば幾分かマシだ。誤魔化しも完全じゃないよと、雷蔵さんには口酸っぱく言われるけれど。そのことは充分理解しているが、どうしたってちょっとの無理はしなきゃならない。無茶苦茶はしない、それは自分でなく周りを傷つける。でも、ちょっと無理をした頑張りは、きっと周りも喜んでくれるから。頑張りたいことくらい、素直に頑張りたい。
(今日の対戦相手は、草壁隊、嵐山隊、片桐隊……)
うちは特に対策を会議したりしない。みんな各々、隊室でリラックスして過ごしている。どこも4人部隊だから、捌く敵が多いな。片桐隊いるから、少し狙撃手へのプレッシャーになるかな。まぁ、あとは蓋を開けてみないと分からないや。とりあえず、調子出ないしバッグワームで隠れとこ。
「そろそろ転送時間だよ〜」
柚宇ちゃんの声で、転送位置につく。太刀川さんの、左後ろ。
「今日も頼んだぞ〜」
太刀川さんが伸び上がりながら、そう溢す。うぃーっすと出水が軽く返す。私は黙って頷く。太刀川さんがちらと私を確認して、笑った。強い人の笑み。
『全部隊、転送開始』
転送が完了すると、屋外で真っ暗だった。市街地の夜か。多少でもオペレーターに負担をかける手だろうか。味方の転送位置を確認する。……転送位置、悪くね?このままだと唯我くん死ぬなぁ。迎えに行くかな。
『莉子、唯我の方援護行かなくていい』
走り出そうとすると、太刀川さんから指示が入るので止まる。だとすると、どうしたらいいんだ。私は盤面を読むことがとても苦手だ。誰が消えてて、誰が合流しようとしてて、それが誰の可能性があって、とか。そういうのダメだ。全部答えが揃ってくれば、ある程度動けるのだけど。
『東で離れてるコマが、中央に寄ってきてる。俺が行くまで足止めしてくれ』
「……了解!」
やることは決まった。思考力がなくて情けないけれど、太刀川さんの命令は絶対だ。バッグワームを着て、先回りをする。動くの早いな。藍ちゃんか、草壁隊の誰かではないだろうか。ギリギリで回り込み、一発、拳銃を撃った。弾は相手の左肩をかすった。仕留め損ねた。
「ほーんお姫さんじゃん。奇襲失敗だなぁ」
竜司だったか。竜司は余裕の笑みを見せながら、弧月を構える。私は拳銃を仕舞い、アステロイドを出した。
「一発で仕留め損ねたら、お前はダメだろ」
「左肩は結構致命傷だと思うけど?」
「莉子相手には片腕で充分だっての」
「生意気」
フルアタックは怖い。片手で緩急つけてすり潰してやる。得意ではないが、キューブをバランス良く割る。発射と同時に、背中から撃ち抜かれる。
「!?」
『戦闘体活動限界、緊急脱出』
ギリギリまで撃ち込んで、離脱する。当然、竜司はフルガードしていた。発砲音がなかった。宇野くんか。くそ。マットレスに沈み込んで、ため息を吐く。やはり、調子の悪い時はダメだ。
「なははは、勝ったな」
まぁ私がいなくても勝つのが、太刀川隊なんだけど。ここにいていいのか、悩むことは常だ。でも、ここ以外に居場所があるとも思えない。太刀川さんの強さと優しさがあるから、私は弱いままで許されている。
「太刀川さん、私……」
「ん?お前今日よく頑張ったよな。お疲れ!」
太刀川さんが乱雑に頭を撫でるから、視界が潤む。泣きたくはない。けれど、涙が溢れてしまっても、太刀川さんは理由を問うことはない。
「違う、私仕留められなかった」
「おいおい、俺は足止めしてって言ったんだぜ?充分出来てたろ。追いついて俺が佐伯も宇野も斬ったし」
「でも、」
「隊長の俺がよく出来たって言ってんだから、自信持っていいんじゃないか?な!」
太刀川さんが肩を叩く。不安とか後悔とか、重たいものが払われていく感じがする。泣いている場合じゃない。どうせ厄介になるのなら、この部隊を和ませたい。どうせ縋りつくのなら、笑って堂々と居座りたい。私は涙を拭いて、顔を上げた。いつか、太刀川さんみたいに笑うことは出来るだろうか。
(こいつ、確か迅に直談判して攻撃手教えてもらったっていう)
迅も面白がって話していたし、隊員の間でも噂になった。そもそも、こいつ射手だったのか。なんで攻撃手に?万能手目指してんのかな。それにしたって、いきなり迅に声かけるかフツー。興味が湧いてきて、とりあえず会ってみようと思った。名簿に登録してある、無表情な顔写真を見る。メガネをかけていて、どこか眠たげな眼をしている。髪がパーマをかけているのか、ウェーブが入っている。こんな特徴的な顔なら、忘れないしすぐ見つかるだろ。俺はボーダーを練り歩き始めた。
20分ほどほっつき歩いて、ラウンジで休憩しているのを見つけた。誰と話すわけでもなく、ベンチに座ってぼーっとしているようだった。
「よぉ」
「…………」
「なぁ、ちょっと」
「…………」
「すみません、いいですか?」
「!?はい、私??」
「そうそう。あんた、小林莉子であってる?」
ひどく驚いた表情で、彼女は頷いた。断りなく、横に座る。小林は警戒してるようで、訝しむように俺を見る。迅にいきなり声かけた奴とは思えなくて、少し笑ってしまう。余計に小林は目を細める。
「俺は、太刀川慶。よろしく」
「……知ってます。ログ、見たので」
「お、じゃあ話が早いな」
「??」
「俺の隊に入らない?お前」
「はい??」
目を丸くして、思い切り首を傾げた。小林はなんだか、小動物のような雰囲気を纏っていて、可愛らしい。けれど、決して女らしくはない。不思議な人物だ。
「太刀川さんの隊に、ですか」
「そうだよ」
「……私、才能あるけど、伸びるかは分かりませんよ」
自分で言うのかよ。面白えなこいつ。小林は腕を組んで、脚開いて、考え込む。
「射手なら出水くんとか、誘えばいいじゃないですか」
「もう誘った」
「私いらなくないです?」
「お前は攻撃手も出来んだろ?」
「あーー……」
小林は大きく項垂れた。迅から教わったんじゃないのか?
「私は、攻撃手はトリオン兵専門です」
「ほぉ?なんで」
「トリオン切れ起こすと、具合が悪くなるから。射手でB級に上がったはいいけど、弾だと任務に差し支えたんです。だから、攻撃手トリガーを」
そんな奴いるのか。考えもしなかったな。興味深く話を聞く。
「実際、トリオン兵の動きは機械的だから、攻撃手トリガーの方が狩りやすく感じます」
「そんなもんか」
「はい。なので、対人戦が出来るかと言うと……」
小林は顔を曇らせたが、俺は小林はいいなと思った。自分に出来ないことを、発想の転換で補っているのがいい。ちゃんと伸びる人材だと思う。
「やっぱ俺と隊組もうぜ」
「え、話聞いてました?」
「話聞いたから、組みたいんだよ」
うーん、と小林は首を傾げて唸っていた。俺は諦める気はないから、依然座ったまま。少し雑談でもしようか。
「小林は、なんでボーダーに?」
「……自分に出来ることをなにかしなくちゃと思った、から」
眠たげな目に力が入り、真っ直ぐそう言うので驚いた。意志の強さを感じて、ますます欲しくなる。
「家族は?」
「みんな元気。けど、次に被害に遭うのは私の身の回りかもしれないし、知らない誰かが犠牲になるのは嫌」
嵐山みたいなタイプなのかな。正義感があって、善良で。良い奴じゃん。
「太刀川さんは、なんでボーダー入ったの」
「俺?俺はなんか面白そうだから」
「そんな感じする」
「だろ?でも、お前の力にはなるよ」
小林がこちらを向く。オレンジがかった澄んだ瞳とかち合う。
「俺がお前の隊長になったら、お前のために戦ってやるし、お前が困ってる時には助けてやる。お前が強くなりたいなら、辛抱強く待っててやるよ」
攻撃手1位の申し出だ。悪い話じゃないはず。小林はゆっくり瞬きした。強い意志が覗いて、ふっと迷って隠れる。俺は確信して、立ち上がる。
「ま、すぐに返事くれとは言わねぇよ。考えてくれ」
肩を叩くと、素直に頷いた。素直で善良で、意志が強そうで、ちょっと変わってる。仲間としては最高だ。俺はラウンジを離れながら、隊の結成にワクワクした。きっと、面白いチームになる。
あの太刀川さんから、太刀川隊に入らないかと誘いを受けた。この上ない誘いだ。誘われるなんて夢にも思わなかった。そもそも、隊に入ろうとは考えてなかったので。正直、自分の可能性が広がりそうでとてもワクワクしたのだが、そういう浮ついたテンションの高い気分で決断すると、痛い目を見る。私には障害もあるし。冷静に、出来ることを選んでいかねば。誰かに相談しようかな。拓磨、は自分のことで忙しいだろうし。迅、を頼るのはズルい気がする。適切な相談相手が見つからなくて、困る。けれど、自分の気持ちはちゃんと分かっている。もう答えが出ていることも。チャレンジするのは、悪いことじゃないはずだ。太刀川さんは、良い人そうだったというか、良い人じゃないかもしれないけれど、馬が合いそうだった。トップを走る人の側にいれば、私の見えてくる景色も違うはずだ。どんな景色か、見に行きたいと思う。2日かけて答えを出して、はたと気づく。
「連絡先、知らない……」
太刀川さんと、連絡先を交換していなかった。どうしよう。どこに行けば、太刀川さんに会える?学校、行ってるよね。でも六穎館じゃないよね。じゃあボーダーで見つけるしかないけど……ボーダーは広い。任務が同じ日なんて待っていたら、他の人を見つけるだろう。急がなくちゃ。でも、本当に太刀川さんのこと、なにも知らない。急に不安になってきて、決意が揺らぐ。頭を振って、振り払う。とりあえず、ボーダーに向かう。ランク戦をいつもしてるイメージだから、ブースをまず見に行った。いない。ここで待っているのも手かと思ったが、身体が待っていられなかった。自分が思っている以上に、私はワクワクしているのだ。
(分からないことは、人に訊く!)
顔見知りに、片っ端から太刀川さんの居所を訊ねる。知らないと言われたり、あっちで見た、こっちで見たと振り回される。どこに行っても、太刀川さんがいない。泣きたくなってきた頃、たまたま向かいから迅が歩いてきたので、縋りつく。
「迅、迅〜!!」
「なに、なになにどうしたの」
迅は私の只ならぬ様子に、ちょっと引き気味に対応する。事情を私が説明すると、吹き出して大笑いした。
「馬鹿じゃない?早く俺のとこくればよかったのに」
「う……そういう頼り方、嫌かと思って」
「全然構わないよ」
迅は優しく私の肩を叩く。それから、未来視のチャンネルをあれこれ見ているようだった。
「あ」
「あ?」
「太刀川さんね、東隊の隊室にいるよ」
「東隊の……?」
見つからないわけだ。でも、なんでそんなところに。迅にありがとうを告げて、歩き出そうとしたのだが。
「迅、私……」
「分かってるよ。ついてきて」
私は東隊隊室を知らない。仕方なく、迅に案内してもらう。本当にボーダーは、似たような道が多くて覚えられない。多分、次も辿り着けないだろう。
「ここだよ」
迅に導かれ、インターホンを押す。驚いた顔で望ちゃんが出てきた。
「あら莉子。どうしたの?」
「こら太刀川逃げんじゃねぇ!」
奥から二宮さんの怒鳴り声が聞こえる。これは。
「えーっと、太刀川さん探してて」
「彼、今取り込み中よ。今でなきゃダメ?」
「うーん……」
答えに迷っていると、ガタガタっと音がして、奥から太刀川さんが顔を出す。深い緑を称えた、瞳とかち合う。
「答えは?」
太刀川さんが問うので、真っ直ぐ前を向く。
「太刀川隊に入れてください」
そう答えると、太刀川さんはにっと笑った。強そうな人の笑みだと思った。
「よし、最初の隊長命令だ。ここから逃して」
「ふざけんなさっさと課題終わらせやがれ」
二宮さんが太刀川さんを引っ張り戻していく。為す術がない。この場合、私は頼りない部下なんだろうか。いやぁ、どうだろう。
「太刀川さん!頑張って!」
エールだけ送っておく。私、間違えたかな。一抹の不安を胸に、東隊隊室を後にする。
「莉子ちゃんは大丈夫だよ」
一部始終を見ていた迅が呟く。気休めなのか、本当のことなのか。
「ありがとう」
なにはともあれ、なにが起きようと、太刀川隊で生きていくことを決めた日。迷いはない。憂いはあるけど。
「うおっ」
隊室の電気をつけたら、ソファの上で莉子が丸まっていた。明るくなったのに反応して、もぞもぞと起き上がる。
「たちかーさん、おはよ……」
「おう、辛かったらまだ寝てていいぞ」
「んー……」
莉子はダルそうに、ソファに横たわった。まぁ、隣の仮眠室を使ってないってことは、最悪な状態じゃないんだろう。適当に向かいに座り、様子を観察する。こちらを伺う、橙色の瞳と目が合う。
「どうした?」
「哲次くんの弟子にされた〜……」
へぇ、荒船の。あいつ随分豪胆な手を取るな。
「それで具合悪りぃの?」
「いや、多分関係ない……」
莉子は寝返りを打って、背を向けてしまった。莉子が憂鬱に悩まされるのは、常日頃のことなのだが、理由を訊ねても分からないと言うことが多い。理由なんてものはないんだそうだ。きっかけくらいはあっても、結局きっかけはどうでもよくなってしまうのだと。自分にはさっぱり分からない感覚なので、彼女を傷つけないようにするのには、だいぶ神経を使う。
「あ、弟子になってよかったですか?」
「ん?荒船のか?好きにしたら良いんじゃね?」
俺が決めることじゃないだろう。そうだよね〜と莉子はまた背を丸めた。一応、筋を通したかったんだろうな。莉子が律儀で、俺に全面的に信頼を置いていることは、よく分かっている。
「莉子、ちょっといいか?」
「ん。なに」
「今度の日曜、二宮とカラオケ行くけど、来ないか?」
「二宮さん、と太刀川さんだけ?」
「うん、俺たちだけ」
「予定ないから、いいですよ」
よし、これでとりあえず次の課題手伝ってもらうアテはついた。あとは莉子の体調が良いことを、祈る。莉子は、意図にも意味にも、気づいてないんだろうなぁ。繊細で他人の感情にも敏感なのに、驚くほど鈍感で鈍い部分もあって、アンバランスな人物だ。そこが魅力になっているんだろうけど。
「ちっーす。お疲れっす」
出水が入ってきたのを見て、莉子は起き上がって給湯室へ行こうとする。
「あー莉子さん、いいよ。無理しないで」
「無理はしてない」
「俺が淹れるから」
「手伝う」
「はいはい、分かった」
どっちが歳上か、分かんねぇなこれ。出水の意外と世話焼きな部分も、上手く噛み合っているように思う。莉子にとって、うちにいるのが最適解だと思っている。外野で文句言う奴もいるが、言わせておけばいい。うちはA級1位なんで。
「太刀川さん、おもち食べる?」
給湯室からわざわざ、ひょこひょこと出てきてお伺いを立てられる。ちっこくてロングコートの隊服も着られてるような感じ。
「おぉ、食べる」
「了解〜」
パタパタと給湯室に戻る。行動一つ一つに音がついているような奴。あんな可愛らしい奴が、A級1位ってなんかカッコいいだろ。気に入ってんだ、俺は。
「ほい。磯辺焼けた」
「お、サンキュー」
軽く頭を撫でて、餅を受け取る。莉子は少し調子が出てきたようだ。隊長として、莉子を潰さない。莉子が莉子らしく、呼吸が出来る場所を作る。俺なりにそこは、責任に感じているんだ。
私のためだけに淹れられた紅茶を飲んで、目を醒ましていく。身体の怠さも憂鬱な気分も、トリオン体になれば幾分かマシだ。誤魔化しも完全じゃないよと、雷蔵さんには口酸っぱく言われるけれど。そのことは充分理解しているが、どうしたってちょっとの無理はしなきゃならない。無茶苦茶はしない、それは自分でなく周りを傷つける。でも、ちょっと無理をした頑張りは、きっと周りも喜んでくれるから。頑張りたいことくらい、素直に頑張りたい。
(今日の対戦相手は、草壁隊、嵐山隊、片桐隊……)
うちは特に対策を会議したりしない。みんな各々、隊室でリラックスして過ごしている。どこも4人部隊だから、捌く敵が多いな。片桐隊いるから、少し狙撃手へのプレッシャーになるかな。まぁ、あとは蓋を開けてみないと分からないや。とりあえず、調子出ないしバッグワームで隠れとこ。
「そろそろ転送時間だよ〜」
柚宇ちゃんの声で、転送位置につく。太刀川さんの、左後ろ。
「今日も頼んだぞ〜」
太刀川さんが伸び上がりながら、そう溢す。うぃーっすと出水が軽く返す。私は黙って頷く。太刀川さんがちらと私を確認して、笑った。強い人の笑み。
『全部隊、転送開始』
転送が完了すると、屋外で真っ暗だった。市街地の夜か。多少でもオペレーターに負担をかける手だろうか。味方の転送位置を確認する。……転送位置、悪くね?このままだと唯我くん死ぬなぁ。迎えに行くかな。
『莉子、唯我の方援護行かなくていい』
走り出そうとすると、太刀川さんから指示が入るので止まる。だとすると、どうしたらいいんだ。私は盤面を読むことがとても苦手だ。誰が消えてて、誰が合流しようとしてて、それが誰の可能性があって、とか。そういうのダメだ。全部答えが揃ってくれば、ある程度動けるのだけど。
『東で離れてるコマが、中央に寄ってきてる。俺が行くまで足止めしてくれ』
「……了解!」
やることは決まった。思考力がなくて情けないけれど、太刀川さんの命令は絶対だ。バッグワームを着て、先回りをする。動くの早いな。藍ちゃんか、草壁隊の誰かではないだろうか。ギリギリで回り込み、一発、拳銃を撃った。弾は相手の左肩をかすった。仕留め損ねた。
「ほーんお姫さんじゃん。奇襲失敗だなぁ」
竜司だったか。竜司は余裕の笑みを見せながら、弧月を構える。私は拳銃を仕舞い、アステロイドを出した。
「一発で仕留め損ねたら、お前はダメだろ」
「左肩は結構致命傷だと思うけど?」
「莉子相手には片腕で充分だっての」
「生意気」
フルアタックは怖い。片手で緩急つけてすり潰してやる。得意ではないが、キューブをバランス良く割る。発射と同時に、背中から撃ち抜かれる。
「!?」
『戦闘体活動限界、緊急脱出』
ギリギリまで撃ち込んで、離脱する。当然、竜司はフルガードしていた。発砲音がなかった。宇野くんか。くそ。マットレスに沈み込んで、ため息を吐く。やはり、調子の悪い時はダメだ。
「なははは、勝ったな」
まぁ私がいなくても勝つのが、太刀川隊なんだけど。ここにいていいのか、悩むことは常だ。でも、ここ以外に居場所があるとも思えない。太刀川さんの強さと優しさがあるから、私は弱いままで許されている。
「太刀川さん、私……」
「ん?お前今日よく頑張ったよな。お疲れ!」
太刀川さんが乱雑に頭を撫でるから、視界が潤む。泣きたくはない。けれど、涙が溢れてしまっても、太刀川さんは理由を問うことはない。
「違う、私仕留められなかった」
「おいおい、俺は足止めしてって言ったんだぜ?充分出来てたろ。追いついて俺が佐伯も宇野も斬ったし」
「でも、」
「隊長の俺がよく出来たって言ってんだから、自信持っていいんじゃないか?な!」
太刀川さんが肩を叩く。不安とか後悔とか、重たいものが払われていく感じがする。泣いている場合じゃない。どうせ厄介になるのなら、この部隊を和ませたい。どうせ縋りつくのなら、笑って堂々と居座りたい。私は涙を拭いて、顔を上げた。いつか、太刀川さんみたいに笑うことは出来るだろうか。