弓場と迅の話
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勘弁してください
「……小さい頃さ、私にキスしたの覚えてる?」
「は」
身に覚えが全くなくて、背筋が凍る。俺、そんなことしたのか?そんな大事なこと、忘れたのか?一生懸命頭の中の思い出を引っ掻き回して、思い出そうとするが欠片も覚えていない。
「お、覚えてねぇ……」
「うん。知ってた」
どういう反応なんだ、それ。莉子は穏やかに笑っていて、俺を責めるつもりがないことは分かる。分かるけど、とんでもないことをしでかしたのには変わりないので、冷や汗が出る。
「せ、責任取る」
「なにをどう」
そりゃ、そう。なにをどう責任取るつもりなんだ。一生側にいます、やり直させてください。馬鹿か。それは俺がそうしたいだけだろうが。
「別に気にしてないよ」
「いや……申し訳なかった」
なんとか絞り出すように謝罪を述べて、頭を下げた。急に莉子の手が頭に触れて、肩を揺らす。莉子はそっと俺の頭を撫でている。微動だにせずにいると、耳やら刈り上げやら至るところに触れてくる。茹で上がるように顔が熱い。
「いっつも高いところにあるから、触れないんだよね〜」
いつも触りたいって思ってんのか?目の前がぐらぐらする。触りたいって、どこから来る感情なんだよ。
「あの、もういいか」
堪らず頭を上げようとしたが、莉子が軽く頭を押さえつけるので叶わない。
「責任を取るのでは?」
そんなことを言われては、言うことを聞くしかない。莉子は両手でぺたぺたと触れてくる。変な声が出そうになるのを我慢する。視線を上げると莉子の胸があって、その。触られてるだけなのに、なんでこんな変な気分になるんだ。自分で自分が恥ずかしくなって、でもどこか心地よさも感じて、おかしくなりそうだ。莉子が耳の後ろをくすぐる。限界だった。
「莉子、やめろ。ストップ」
「なんで?」
いや、なんでお前はそんな平気な顔してるんだよ。ここまでくると、ちょっと憎たらしい。
「なんでも。俺が悪かったから、な」
適当に誤魔化して、莉子の手首を掴んで身体を起こした。手首、細いな。俺がその気になれば簡単に捕まえられると思い当たり、自分の発想を恐ろしく思った。
「嫌だった?ごめんね」
「嫌なわけじゃ……ねぇ、けど」
むしろ良かったんです、けど。顔が見れなくて視線を逸らす。責任取る話、どっか行ったな。なんで俺、莉子にキスなんかしたんだ。どうしても思い出せない。気持ちを落ち着かせようと、缶コーヒーを飲む。なんかもう、好きでいるので精一杯なんだよな。
苦手なくせに
「いつもお迎え来てもらうの、悪い」
夜間任務の終わり、いつも通りに迎えに行ったら、別れ際にそう言われた。
「悪いったって、お前1人じゃ危ねぇだろうが」
「別に1人で帰れるよ」
「ダメだ。俺が迎えに行く」
むぅ、とむくれ顔になられても可愛いだけである。帰そうと促すが、まだ話は終わってないとばかりに動かない。
「拓磨に負担かけたくない……」
ぼそっと莉子がそう漏らす。こいつの気持ちが分からないわけではない。いつだって俺が付き纏っていたら、そりゃ鬱陶しくも思うだろ。けれど、これだけは譲れないし、他の誰かに任せる気もない。俺は幼馴染でもガードマンでも、嫌と言われようが莉子の迎えには必ず行くと決めてる。
「別に俺が勝手にやってることだから、気にすんじゃねぇ」
「せめてお返ししたい」
じゃあ彼女になってくれよって、簡単に言えれば苦労しないのに。
「あ」
莉子が何か思いついたのか、瞳を輝かす。ちょっと嫌な予感がして、腰が引ける。キラキラしてる顔は、好きだけど。
「夜勤明け、私が迎えに行く!」
「はぁ?それおんなじ」
ことだろ、と言いかけて引っ込める。莉子があまりにも満足げに同意を求める顔で見上げるので。莉子の言い分は、朝なんだからいいだろってことなんだろう。よくないが。人気のない明け方に1人でフラつかれたくないんだが。やめてほしい、けど。
「…………気ィつけて来いよ」
「やったー!!」
手を挙げて喜ぶ。なにがそんなに嬉しいんだよ、バーカ。折れてしまった自分が悔しい。結局のところ、俺が莉子に勝てることなんて、恐らくない。莉子を家に帰して、ベッドに潜る。次の夜勤任務がいつかなんて、そわそわ確認している自分に呆れる。結局のところ、莉子といられれば俺はなんだっていいんだろう。
深夜ぶっ通しの任務は、疲れる。別に時間はいつもと同じ長さのはずだが、なんとなく。空が白み始めて、任務は終わった。とりあえず、隊室に戻る。誰もいないので、マットレスに腰掛ける。携帯を見ようとして、一瞬戸惑う。どうせ莉子は来てないだろ。ああは言っていたが、朝クソほど苦手だし。けど。淡い期待を胸に、メッセージを確認した。莉子から3件着ていて、開く。
『今日早めに寝る〜おやすみ』
『起きれた!!』
『今本部のロビーにいるよ』
確認して、慌てて立ち上がる。嘘だろ。絶対来ないと思ってた。いや、信頼してないわけでも期待してないわけでもないけど。でも、どうせ起きれなかったって泣きつかれると思っていたのに。走ってロビーに向かう。本当にいた。
「あ、拓磨お疲れ様」
あ、疲れ吹っ飛んだわ。なんだそりゃ。自分でも馬鹿馬鹿しいと思うんだが、本当に疲れが抜けた。恥ずかしくて、返事も出来ない。莉子が不思議そうに俺を見上げる。頼むから見ないでくれ。
「?拓磨、調子悪い?」
「……お前こそ、体調は」
「めちゃくちゃいいよー!すっきり起きれた!」
ご機嫌そうな莉子を見て、ほっと胸を撫で下ろす。無意識に頭に手をやって、撫でていた。莉子が嬉しそうにするので、息が止まるかと思う。
「帰る?朝食べてく?」
「………散歩、してから帰りたい」
恐る恐る、要求を口にする。莉子の表情は柔らかくて変わらない。全部、全部満たしてくれるんじゃないかなんて、馬鹿みたいな夢をみる。
「うん、いいね!散歩しよ」
歩き出す莉子の後ろを追う。莉子につけ込んでしまう甘さは振り払う。全部満たされるなんてことは望まない、差し出すものがない。けれど、莉子が元気な時くらいは、迎えに来てもらってもいいだろうか。
頼ってくれたから
昼前に外に出た時に、ちょっと寒いなとは正直思った。でも家に戻るのが億劫で、そのまま外に出た。今日は特に目的はないが、駅前をぶらぶらしてカフェで執筆作業でもしようと思って。いつも誰かに付き合ってもらうが、今日は1人でも大丈夫そうなので、1人で出かけた。日差しが柔らかい。もうすっかり冬の気配だ。14時まで外にいて、そこからカフェに入った。おかわりが安くなるので、紅茶を頼む。ダラダラとポット2回分飲んだ。執筆作業は、それなりに進んだ。16時を過ぎて、カフェを後にする。
「さむっ」
風が冷たくて身が縮こまる。あまりにも寒くてびっくりした。身体を抱えながら、風が当たらないところを探す。とりあえず駅前の大型書店に身を隠した。
(どうしよ……)
家に帰るまで、1キロ以上歩く。気候が良ければ歩きやすい道だが、風通りがよいのでおそらくものすごく寒い。1人なのも辛い。母の仕事が終わるのは、もう2時間は後だ。でも、このまま薄着で帰るのは難しく感じる。日も急速に落ちてきて暗い。心細い。
(拓磨呼ぼ)
真っ先に浮かんだのは、幼馴染の顔だった。めちゃくちゃ怒られそうだけど、他に頼る先はないし。幼馴染だから迷惑かけていいわけじゃないけど、気安いし。メール気付くかな。電話してもいいか。スマホを操作してコールする。ワンコールで出た。
「もしもし、どうした?」
「あ、あのね。出かけてるんだけど、想像以上に寒くて」
「……迎えに来て欲しいのか?」
「うん、そう。上着持ってきて」
「分かった、すぐ行くから待ってろ」
「ごめん、ありがとう。駅前の本屋いる」
「了解」
電話が終了した。怒られもしないし小言も言われなかった。けど、申し訳ないな。本屋の中を彷徨いて、目ぼしい本がないか探す。本棚に余裕がないから、大体買わないで済ますんだけど。15分ほどして、着信が入る。表示名は弓場拓磨。早くない?
「はい」
「着いた、何階にいる?」
「4階だけど、用ないから降りるよ」
階段を降りていく。入り口のところで、背の高い彼が待っていて、駆け寄った。
「ごめん、ありがとう」
「ん。別に構わねぇ」
拓磨は私の肩に厚手のカーディガンをかけた。拓磨の物だからでかい。袖を通してみるが、手が出るわけもなく。ぶかぶかだけど、寒さは凌げた。拓磨はさらに、私の首にマフラーを巻く。
「これで大丈夫か?」
「うん、あったかい」
「よかった。帰るぞ」
拓磨が歩き出すので、ついていく。怒られないのが気にかかる。拓磨の顔を見上げると、心なしか嬉しそうに見えた。
「拓磨、なんかいいことあった?」
「あ?なんでもねぇよ」
そんな答えが降ってきて、首を傾げる。なんでもなくて、こんな機嫌いいことあるだろうか。
「なんでもねぇ」
もう一度、確かめるようにそう呟いた。まぁ、機嫌がいい分にはいいか。暗い道を、2人並んで帰る。歩幅は違うけど、歩くスピードは同じにして。帰り道は、この先も変わらなければいいなと思う。
「……小さい頃さ、私にキスしたの覚えてる?」
「は」
身に覚えが全くなくて、背筋が凍る。俺、そんなことしたのか?そんな大事なこと、忘れたのか?一生懸命頭の中の思い出を引っ掻き回して、思い出そうとするが欠片も覚えていない。
「お、覚えてねぇ……」
「うん。知ってた」
どういう反応なんだ、それ。莉子は穏やかに笑っていて、俺を責めるつもりがないことは分かる。分かるけど、とんでもないことをしでかしたのには変わりないので、冷や汗が出る。
「せ、責任取る」
「なにをどう」
そりゃ、そう。なにをどう責任取るつもりなんだ。一生側にいます、やり直させてください。馬鹿か。それは俺がそうしたいだけだろうが。
「別に気にしてないよ」
「いや……申し訳なかった」
なんとか絞り出すように謝罪を述べて、頭を下げた。急に莉子の手が頭に触れて、肩を揺らす。莉子はそっと俺の頭を撫でている。微動だにせずにいると、耳やら刈り上げやら至るところに触れてくる。茹で上がるように顔が熱い。
「いっつも高いところにあるから、触れないんだよね〜」
いつも触りたいって思ってんのか?目の前がぐらぐらする。触りたいって、どこから来る感情なんだよ。
「あの、もういいか」
堪らず頭を上げようとしたが、莉子が軽く頭を押さえつけるので叶わない。
「責任を取るのでは?」
そんなことを言われては、言うことを聞くしかない。莉子は両手でぺたぺたと触れてくる。変な声が出そうになるのを我慢する。視線を上げると莉子の胸があって、その。触られてるだけなのに、なんでこんな変な気分になるんだ。自分で自分が恥ずかしくなって、でもどこか心地よさも感じて、おかしくなりそうだ。莉子が耳の後ろをくすぐる。限界だった。
「莉子、やめろ。ストップ」
「なんで?」
いや、なんでお前はそんな平気な顔してるんだよ。ここまでくると、ちょっと憎たらしい。
「なんでも。俺が悪かったから、な」
適当に誤魔化して、莉子の手首を掴んで身体を起こした。手首、細いな。俺がその気になれば簡単に捕まえられると思い当たり、自分の発想を恐ろしく思った。
「嫌だった?ごめんね」
「嫌なわけじゃ……ねぇ、けど」
むしろ良かったんです、けど。顔が見れなくて視線を逸らす。責任取る話、どっか行ったな。なんで俺、莉子にキスなんかしたんだ。どうしても思い出せない。気持ちを落ち着かせようと、缶コーヒーを飲む。なんかもう、好きでいるので精一杯なんだよな。
苦手なくせに
「いつもお迎え来てもらうの、悪い」
夜間任務の終わり、いつも通りに迎えに行ったら、別れ際にそう言われた。
「悪いったって、お前1人じゃ危ねぇだろうが」
「別に1人で帰れるよ」
「ダメだ。俺が迎えに行く」
むぅ、とむくれ顔になられても可愛いだけである。帰そうと促すが、まだ話は終わってないとばかりに動かない。
「拓磨に負担かけたくない……」
ぼそっと莉子がそう漏らす。こいつの気持ちが分からないわけではない。いつだって俺が付き纏っていたら、そりゃ鬱陶しくも思うだろ。けれど、これだけは譲れないし、他の誰かに任せる気もない。俺は幼馴染でもガードマンでも、嫌と言われようが莉子の迎えには必ず行くと決めてる。
「別に俺が勝手にやってることだから、気にすんじゃねぇ」
「せめてお返ししたい」
じゃあ彼女になってくれよって、簡単に言えれば苦労しないのに。
「あ」
莉子が何か思いついたのか、瞳を輝かす。ちょっと嫌な予感がして、腰が引ける。キラキラしてる顔は、好きだけど。
「夜勤明け、私が迎えに行く!」
「はぁ?それおんなじ」
ことだろ、と言いかけて引っ込める。莉子があまりにも満足げに同意を求める顔で見上げるので。莉子の言い分は、朝なんだからいいだろってことなんだろう。よくないが。人気のない明け方に1人でフラつかれたくないんだが。やめてほしい、けど。
「…………気ィつけて来いよ」
「やったー!!」
手を挙げて喜ぶ。なにがそんなに嬉しいんだよ、バーカ。折れてしまった自分が悔しい。結局のところ、俺が莉子に勝てることなんて、恐らくない。莉子を家に帰して、ベッドに潜る。次の夜勤任務がいつかなんて、そわそわ確認している自分に呆れる。結局のところ、莉子といられれば俺はなんだっていいんだろう。
深夜ぶっ通しの任務は、疲れる。別に時間はいつもと同じ長さのはずだが、なんとなく。空が白み始めて、任務は終わった。とりあえず、隊室に戻る。誰もいないので、マットレスに腰掛ける。携帯を見ようとして、一瞬戸惑う。どうせ莉子は来てないだろ。ああは言っていたが、朝クソほど苦手だし。けど。淡い期待を胸に、メッセージを確認した。莉子から3件着ていて、開く。
『今日早めに寝る〜おやすみ』
『起きれた!!』
『今本部のロビーにいるよ』
確認して、慌てて立ち上がる。嘘だろ。絶対来ないと思ってた。いや、信頼してないわけでも期待してないわけでもないけど。でも、どうせ起きれなかったって泣きつかれると思っていたのに。走ってロビーに向かう。本当にいた。
「あ、拓磨お疲れ様」
あ、疲れ吹っ飛んだわ。なんだそりゃ。自分でも馬鹿馬鹿しいと思うんだが、本当に疲れが抜けた。恥ずかしくて、返事も出来ない。莉子が不思議そうに俺を見上げる。頼むから見ないでくれ。
「?拓磨、調子悪い?」
「……お前こそ、体調は」
「めちゃくちゃいいよー!すっきり起きれた!」
ご機嫌そうな莉子を見て、ほっと胸を撫で下ろす。無意識に頭に手をやって、撫でていた。莉子が嬉しそうにするので、息が止まるかと思う。
「帰る?朝食べてく?」
「………散歩、してから帰りたい」
恐る恐る、要求を口にする。莉子の表情は柔らかくて変わらない。全部、全部満たしてくれるんじゃないかなんて、馬鹿みたいな夢をみる。
「うん、いいね!散歩しよ」
歩き出す莉子の後ろを追う。莉子につけ込んでしまう甘さは振り払う。全部満たされるなんてことは望まない、差し出すものがない。けれど、莉子が元気な時くらいは、迎えに来てもらってもいいだろうか。
頼ってくれたから
昼前に外に出た時に、ちょっと寒いなとは正直思った。でも家に戻るのが億劫で、そのまま外に出た。今日は特に目的はないが、駅前をぶらぶらしてカフェで執筆作業でもしようと思って。いつも誰かに付き合ってもらうが、今日は1人でも大丈夫そうなので、1人で出かけた。日差しが柔らかい。もうすっかり冬の気配だ。14時まで外にいて、そこからカフェに入った。おかわりが安くなるので、紅茶を頼む。ダラダラとポット2回分飲んだ。執筆作業は、それなりに進んだ。16時を過ぎて、カフェを後にする。
「さむっ」
風が冷たくて身が縮こまる。あまりにも寒くてびっくりした。身体を抱えながら、風が当たらないところを探す。とりあえず駅前の大型書店に身を隠した。
(どうしよ……)
家に帰るまで、1キロ以上歩く。気候が良ければ歩きやすい道だが、風通りがよいのでおそらくものすごく寒い。1人なのも辛い。母の仕事が終わるのは、もう2時間は後だ。でも、このまま薄着で帰るのは難しく感じる。日も急速に落ちてきて暗い。心細い。
(拓磨呼ぼ)
真っ先に浮かんだのは、幼馴染の顔だった。めちゃくちゃ怒られそうだけど、他に頼る先はないし。幼馴染だから迷惑かけていいわけじゃないけど、気安いし。メール気付くかな。電話してもいいか。スマホを操作してコールする。ワンコールで出た。
「もしもし、どうした?」
「あ、あのね。出かけてるんだけど、想像以上に寒くて」
「……迎えに来て欲しいのか?」
「うん、そう。上着持ってきて」
「分かった、すぐ行くから待ってろ」
「ごめん、ありがとう。駅前の本屋いる」
「了解」
電話が終了した。怒られもしないし小言も言われなかった。けど、申し訳ないな。本屋の中を彷徨いて、目ぼしい本がないか探す。本棚に余裕がないから、大体買わないで済ますんだけど。15分ほどして、着信が入る。表示名は弓場拓磨。早くない?
「はい」
「着いた、何階にいる?」
「4階だけど、用ないから降りるよ」
階段を降りていく。入り口のところで、背の高い彼が待っていて、駆け寄った。
「ごめん、ありがとう」
「ん。別に構わねぇ」
拓磨は私の肩に厚手のカーディガンをかけた。拓磨の物だからでかい。袖を通してみるが、手が出るわけもなく。ぶかぶかだけど、寒さは凌げた。拓磨はさらに、私の首にマフラーを巻く。
「これで大丈夫か?」
「うん、あったかい」
「よかった。帰るぞ」
拓磨が歩き出すので、ついていく。怒られないのが気にかかる。拓磨の顔を見上げると、心なしか嬉しそうに見えた。
「拓磨、なんかいいことあった?」
「あ?なんでもねぇよ」
そんな答えが降ってきて、首を傾げる。なんでもなくて、こんな機嫌いいことあるだろうか。
「なんでもねぇ」
もう一度、確かめるようにそう呟いた。まぁ、機嫌がいい分にはいいか。暗い道を、2人並んで帰る。歩幅は違うけど、歩くスピードは同じにして。帰り道は、この先も変わらなければいいなと思う。