弓場と迅の話
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糸を手繰らないで
秋の長雨で、寝ても覚めてもどんよりとした空模様の日が続いている。急に気温も下がって、肌寒くなった。莉子は大丈夫だろうか、と不安になり連絡を取る。
『実は任務終わりから怠くて、2日家に帰ってないんだよね』
そうメールが返ってきて、盛大にため息を吐いた。なんで言わねぇ。
『今もボーダーの部屋か?』
返事を待たずに、本部まで走る。別に行き違いになってもかまわない。莉子が動けるなら、それでいい。動けない方が心配だ。飯、食えてんのか。どこまでも沈んでいってしまって、手の届かない場所まで行ってしまったら。心配で、仕方なくて。ボーダー本部に到着する。太刀川隊隊室の横の、莉子専用の個室に向かう。体調を崩しやすい莉子の為に、上層部が用意した仮眠室だ。扉をノックする。扉が開いて、ひょこっと莉子が顔を出した。驚いた表情で俺を見る。
「あれっなんで」
「……元気そうじゃねぇかよ」
「うん、ちょっと怠くて動けないけど、元気だよ……?」
莉子が部屋に引っ込むので、一緒に入る。俺は緊張してしまうけど、莉子はなんとも思ってないようだ。椅子を指差されるが、壁にもたれて立っていた。莉子はベッドの縁に座る。さっき出てきた時は元気そうに見えたが、今は暗い顔をしている。他人に心配をかけまいと、無理をする姿が意地らしい。他人と線引きされているのが、もどかしい。どこまで近付いたら、本当の莉子を見つけられるんだろうか。
「飯、食ったか」
「朝食べたきり」
「じゃあ、食いに行こう。すぐじゃなくてもいいから」
「うん……」
莉子は無防備に、ベッドに横になった。誰にでもそうなんだろうと、容易に想像出来て煮えたぎるような想いをする。毛布をかけてやる。抱き締めるように包まった。思わず、頬を撫でる。莉子がちらっと俺を見上げる。
「しばらく、そうしてて」
「……おう」
ちょっと求められただけで、震える胸に自嘲する。運命なんてものがあったとして、俺にとって莉子がそうでも、莉子にとってはそうじゃない。そんなの、痛いほど分かってる。だけどせめて、莉子が運命の糸を手繰らないように、気付かないように。そんな独りよがりの願いばかり抱えてしまう。本当は、そんなこと願いたいんじゃない。
(メガネ、邪魔そうだな……)
メガネをしたまま寝ていたので、外してやる。サイドテーブルに置いて、また言われたまま、頬を撫でてやる。莉子の頬はツルツルとしていて。ずっと触れていたかった。
月が綺麗ですね
中秋の名月らしいので、莉子に声かけて外に出た。少し雲が出ているが、確かにいつもより明るい。
「おわ〜丸い!綺麗!」
月を見上げる莉子の顔も、いつもより明るくて安心する。手、繋げないだろうか。莉子の右手に触れようとして、引っ込める。莉子が夢中で月を見ているから、邪魔してはいけないような気分になる。なんだか、ちょっと悔しい。
「?拓磨、」
「あ、あぁ」
ふっと急にこちらを振り向くから、ドキッとする。莉子と目が合って、自分が莉子のことしか見てないことに気付いて、途端に恥ずかしくなって。慌てて自分も月を見る。顔が熱い。一歩離れようとしたのに、莉子の方が一歩詰めてきて。肩が腕に触れる。
「月が綺麗ですね?」
「は」
それだけ言って、パッと離れた。機嫌よくフラフラ、何処かへ歩いていく。俺が意味分かんねぇとでも思ってんのか?ふざけんな。
「待て、言い逃げすんな」
「えーなんのこと?」
クスクスと、悪戯が成功した子供のように笑う。追いかけて、背中から抱きしめて捕まえる。莉子が俺の顔を見上げる。覗き込むように目を合わせる。
「月、綺麗でしょ?」
「……そうだな」
それだけしか返せない自分が情けなくて、誤魔化すようにひとつキスをした。
雷が鳴り止むまで
拓磨と市街にデートに来たが、雲行きが怪しい。文字通り、空の。厚い雲が出て、時々ビカビカと光る。思わず、拓磨に身を寄せる。
「雷か」
「うん……」
言ってる側から、ゴロゴロと嫌な音がする。雷の、特に音がダメだ。昔から大きい音が苦手なのだ。拓磨の腕に縋るように抱きつく。
「降り出す前に、どっか入るぞ」
拓磨は怯える私を馬鹿にしたりはせず、意地悪もせず、淡々とカフェに連れて行ってくれる。ピカッと空が光り、一際大きな轟音がする。
「うーっ……」
「大丈夫だよ」
より一層強く抱きつくと、拓磨は安心させるように頭を撫でてくれた。優しさに安心して、涙ぐんでしまう。と同時に、拓磨が優しすぎて大袈裟にびびっている自分も自覚する。ぶりっ子しているわけではない。けれど、1人の時に雷が落ちても、私はこんなに狼狽えない。カフェに入った。運良く広めの、ソファー席に案内された。向かい合って座る。
「大丈夫か?」
「うーん……」
「なにむくれてんだ」
「情けなくて」
机に突っ伏して、項垂れる。拓磨の手が頭に触れる。捕まえて、手を繋ぐ。外で雷が鳴るが、怖くない。
「別に、俺には甘えたらいいんじゃねぇのか」
そっと拓磨の顔を見る。拓磨はいつも通りの、真摯な目で私を見る。
「お前を、情けねぇと思ったことはねぇよ」
雷の音が大きくなって、肩を揺らす。拓磨がより強く手を握ってくれる。一度離して、席を立った。
「どうした?」
「…………詰めて」
拓磨の隣に、無理やり座った。そうして、思いっきりもたれかかった。頼んだドリンクが運ばれてきて、テーブルの上に偏って置かれる。拓磨がなにも言わないから顔を伺うと、耳まで真っ赤だった。自分の行いが恥ずかしくなるが、雷のせいにしてこのままでいたかった。
「雷が鳴り止むまでだから」
「……おう」
分かった、と伝えるように、手を繋いだ。雷はしばらく終わりそうにない。
暑さに負ける
「暑い!!死ぬ!!」
「じゃあくっつくな」
ベッドに腰掛ける拓磨の、後ろに回って肩の上から抱きついている。拓磨はなんというか、清涼感があって落ち着く匂いがする。離れがたいので、クーラーの温度を下げてもらう。拓磨は退屈そうにスマホをいじる。なんとなく面白くないので前後に身体を揺らす。
「だっーっ!!なんだよ」
「構って、抱っこして」
「…………」
拓磨が黙るので、甘えたの自分が恥ずかしくなった。パッと離れて、ベッドの隅に足を抱えて座る。
「今のなし」
「…………お前なぁ」
大きくため息を吐くので、顔を背けた。いいもん、構ってくれないなら。甘えん坊でごめんなさいね。頭上に影が落ちる。気づけば腕が伸びてきて、抱き寄せられる。胡座をかいた拓磨の、足の間にすっぽりと収まる。
「おい、拗ねんな」
「……だって構いたくないんでしょ。暑いもんね、わがままでごめんね」
「そんなことひと言も言ってねぇだろうが」
「だって」
次の言葉は、拓磨に飲み込まれた。無理に顎を取られて少し痛い。びっくりして、胸を押し返す。拓磨が不満気な顔で見下ろす。なんでそんな顔するの。
「……おあずけが、キツいんだよ。いい加減その気がないのに誘うのやめろ」
「!?誘ってない」
「だからそれやめろ馬鹿」
恥ずかしくて顔が合わせられないので、拓磨の胸に押しつける。またため息が聞こえる。拓磨はそっと、私の背中を撫でた。……これだけで、私は満足なんだけどな。
困り事
19年間一緒に生きてきて、それでも恋人になってから知ったことがある。
「…………」
「おい、莉子」
莉子は恥ずかしくなると、返事をしなくなる。恥ずかしいくせに、俺の胸に顔を押し付けて離れなくなる。お前がそんな風に照れると、こっちも恥ずかしいんだが。心音を聞かれたくないから、引き剥がそうと肩を掴むが、しっかり抱きつかれてしまって難しい。くそ。
「離れろ」
「嫌だ」
「一回離れてくれ」
「なんで、嫌なの?」
「嫌なわけじゃなくてな……」
身が持たないから離れて欲しいのがひとつと、キスがしたいので顔が見たいのがひとつと。どれも伝えたら、また離れてくれない気がしたので、言葉に詰まる。抱きつく力が強くなった。余計な心配して拗ねてるな、と思う。どうしたもんか。
「…………キス、したいから。離れろ」
「うー……」
抱き付く力は弱まったが、やっぱり顔は上げてくれない。背中をポンポンと叩いてやる。莉子はイヤイヤと首を横に振って、俺の胸に顔を擦り付ける。こうも焦らされると、愛しさが増す。
「莉子」
「…………」
ようやく顔を上げた莉子の、不安気な大きな瞳を見つめる。吸い込まれるように口付けを落とす。すぐ逃げようとするので、両頬を両手で包む。しばらくジタバタ身体に力を入れていたが、数回繰り返したら観念したのか、力を抜いた。熱にうなされるようにキスを続ける。
「む、うん」
しつこいと嫌われたくないから、そっと解放する。途端に胸に飛びつかれる。もう少しすればよかったかなと一瞬で後悔する。こんなにも近いのに、満たされない気持ちがあることに当惑する。
「拓磨のバカ」
小さな呟きを拾ってしまって、どうしようもなく煽られてしまう。じゃあくっつくな。めちゃくちゃにしたい気持ちをぐっと堪えて、背中を撫でてやる。そのうち、全て委ねるように眠ろうとするから、行き場のない熱情を持て余す。
「……馬鹿はお前だ」
恋人になってから、こんなに苦しい想いをするとは。膨れ上がっていく恋慕に、蓋をするように俺も目を閉じる。昼寝から目覚めたら、莉子の機嫌が直っているといいのだが。
秋の長雨で、寝ても覚めてもどんよりとした空模様の日が続いている。急に気温も下がって、肌寒くなった。莉子は大丈夫だろうか、と不安になり連絡を取る。
『実は任務終わりから怠くて、2日家に帰ってないんだよね』
そうメールが返ってきて、盛大にため息を吐いた。なんで言わねぇ。
『今もボーダーの部屋か?』
返事を待たずに、本部まで走る。別に行き違いになってもかまわない。莉子が動けるなら、それでいい。動けない方が心配だ。飯、食えてんのか。どこまでも沈んでいってしまって、手の届かない場所まで行ってしまったら。心配で、仕方なくて。ボーダー本部に到着する。太刀川隊隊室の横の、莉子専用の個室に向かう。体調を崩しやすい莉子の為に、上層部が用意した仮眠室だ。扉をノックする。扉が開いて、ひょこっと莉子が顔を出した。驚いた表情で俺を見る。
「あれっなんで」
「……元気そうじゃねぇかよ」
「うん、ちょっと怠くて動けないけど、元気だよ……?」
莉子が部屋に引っ込むので、一緒に入る。俺は緊張してしまうけど、莉子はなんとも思ってないようだ。椅子を指差されるが、壁にもたれて立っていた。莉子はベッドの縁に座る。さっき出てきた時は元気そうに見えたが、今は暗い顔をしている。他人に心配をかけまいと、無理をする姿が意地らしい。他人と線引きされているのが、もどかしい。どこまで近付いたら、本当の莉子を見つけられるんだろうか。
「飯、食ったか」
「朝食べたきり」
「じゃあ、食いに行こう。すぐじゃなくてもいいから」
「うん……」
莉子は無防備に、ベッドに横になった。誰にでもそうなんだろうと、容易に想像出来て煮えたぎるような想いをする。毛布をかけてやる。抱き締めるように包まった。思わず、頬を撫でる。莉子がちらっと俺を見上げる。
「しばらく、そうしてて」
「……おう」
ちょっと求められただけで、震える胸に自嘲する。運命なんてものがあったとして、俺にとって莉子がそうでも、莉子にとってはそうじゃない。そんなの、痛いほど分かってる。だけどせめて、莉子が運命の糸を手繰らないように、気付かないように。そんな独りよがりの願いばかり抱えてしまう。本当は、そんなこと願いたいんじゃない。
(メガネ、邪魔そうだな……)
メガネをしたまま寝ていたので、外してやる。サイドテーブルに置いて、また言われたまま、頬を撫でてやる。莉子の頬はツルツルとしていて。ずっと触れていたかった。
月が綺麗ですね
中秋の名月らしいので、莉子に声かけて外に出た。少し雲が出ているが、確かにいつもより明るい。
「おわ〜丸い!綺麗!」
月を見上げる莉子の顔も、いつもより明るくて安心する。手、繋げないだろうか。莉子の右手に触れようとして、引っ込める。莉子が夢中で月を見ているから、邪魔してはいけないような気分になる。なんだか、ちょっと悔しい。
「?拓磨、」
「あ、あぁ」
ふっと急にこちらを振り向くから、ドキッとする。莉子と目が合って、自分が莉子のことしか見てないことに気付いて、途端に恥ずかしくなって。慌てて自分も月を見る。顔が熱い。一歩離れようとしたのに、莉子の方が一歩詰めてきて。肩が腕に触れる。
「月が綺麗ですね?」
「は」
それだけ言って、パッと離れた。機嫌よくフラフラ、何処かへ歩いていく。俺が意味分かんねぇとでも思ってんのか?ふざけんな。
「待て、言い逃げすんな」
「えーなんのこと?」
クスクスと、悪戯が成功した子供のように笑う。追いかけて、背中から抱きしめて捕まえる。莉子が俺の顔を見上げる。覗き込むように目を合わせる。
「月、綺麗でしょ?」
「……そうだな」
それだけしか返せない自分が情けなくて、誤魔化すようにひとつキスをした。
雷が鳴り止むまで
拓磨と市街にデートに来たが、雲行きが怪しい。文字通り、空の。厚い雲が出て、時々ビカビカと光る。思わず、拓磨に身を寄せる。
「雷か」
「うん……」
言ってる側から、ゴロゴロと嫌な音がする。雷の、特に音がダメだ。昔から大きい音が苦手なのだ。拓磨の腕に縋るように抱きつく。
「降り出す前に、どっか入るぞ」
拓磨は怯える私を馬鹿にしたりはせず、意地悪もせず、淡々とカフェに連れて行ってくれる。ピカッと空が光り、一際大きな轟音がする。
「うーっ……」
「大丈夫だよ」
より一層強く抱きつくと、拓磨は安心させるように頭を撫でてくれた。優しさに安心して、涙ぐんでしまう。と同時に、拓磨が優しすぎて大袈裟にびびっている自分も自覚する。ぶりっ子しているわけではない。けれど、1人の時に雷が落ちても、私はこんなに狼狽えない。カフェに入った。運良く広めの、ソファー席に案内された。向かい合って座る。
「大丈夫か?」
「うーん……」
「なにむくれてんだ」
「情けなくて」
机に突っ伏して、項垂れる。拓磨の手が頭に触れる。捕まえて、手を繋ぐ。外で雷が鳴るが、怖くない。
「別に、俺には甘えたらいいんじゃねぇのか」
そっと拓磨の顔を見る。拓磨はいつも通りの、真摯な目で私を見る。
「お前を、情けねぇと思ったことはねぇよ」
雷の音が大きくなって、肩を揺らす。拓磨がより強く手を握ってくれる。一度離して、席を立った。
「どうした?」
「…………詰めて」
拓磨の隣に、無理やり座った。そうして、思いっきりもたれかかった。頼んだドリンクが運ばれてきて、テーブルの上に偏って置かれる。拓磨がなにも言わないから顔を伺うと、耳まで真っ赤だった。自分の行いが恥ずかしくなるが、雷のせいにしてこのままでいたかった。
「雷が鳴り止むまでだから」
「……おう」
分かった、と伝えるように、手を繋いだ。雷はしばらく終わりそうにない。
暑さに負ける
「暑い!!死ぬ!!」
「じゃあくっつくな」
ベッドに腰掛ける拓磨の、後ろに回って肩の上から抱きついている。拓磨はなんというか、清涼感があって落ち着く匂いがする。離れがたいので、クーラーの温度を下げてもらう。拓磨は退屈そうにスマホをいじる。なんとなく面白くないので前後に身体を揺らす。
「だっーっ!!なんだよ」
「構って、抱っこして」
「…………」
拓磨が黙るので、甘えたの自分が恥ずかしくなった。パッと離れて、ベッドの隅に足を抱えて座る。
「今のなし」
「…………お前なぁ」
大きくため息を吐くので、顔を背けた。いいもん、構ってくれないなら。甘えん坊でごめんなさいね。頭上に影が落ちる。気づけば腕が伸びてきて、抱き寄せられる。胡座をかいた拓磨の、足の間にすっぽりと収まる。
「おい、拗ねんな」
「……だって構いたくないんでしょ。暑いもんね、わがままでごめんね」
「そんなことひと言も言ってねぇだろうが」
「だって」
次の言葉は、拓磨に飲み込まれた。無理に顎を取られて少し痛い。びっくりして、胸を押し返す。拓磨が不満気な顔で見下ろす。なんでそんな顔するの。
「……おあずけが、キツいんだよ。いい加減その気がないのに誘うのやめろ」
「!?誘ってない」
「だからそれやめろ馬鹿」
恥ずかしくて顔が合わせられないので、拓磨の胸に押しつける。またため息が聞こえる。拓磨はそっと、私の背中を撫でた。……これだけで、私は満足なんだけどな。
困り事
19年間一緒に生きてきて、それでも恋人になってから知ったことがある。
「…………」
「おい、莉子」
莉子は恥ずかしくなると、返事をしなくなる。恥ずかしいくせに、俺の胸に顔を押し付けて離れなくなる。お前がそんな風に照れると、こっちも恥ずかしいんだが。心音を聞かれたくないから、引き剥がそうと肩を掴むが、しっかり抱きつかれてしまって難しい。くそ。
「離れろ」
「嫌だ」
「一回離れてくれ」
「なんで、嫌なの?」
「嫌なわけじゃなくてな……」
身が持たないから離れて欲しいのがひとつと、キスがしたいので顔が見たいのがひとつと。どれも伝えたら、また離れてくれない気がしたので、言葉に詰まる。抱きつく力が強くなった。余計な心配して拗ねてるな、と思う。どうしたもんか。
「…………キス、したいから。離れろ」
「うー……」
抱き付く力は弱まったが、やっぱり顔は上げてくれない。背中をポンポンと叩いてやる。莉子はイヤイヤと首を横に振って、俺の胸に顔を擦り付ける。こうも焦らされると、愛しさが増す。
「莉子」
「…………」
ようやく顔を上げた莉子の、不安気な大きな瞳を見つめる。吸い込まれるように口付けを落とす。すぐ逃げようとするので、両頬を両手で包む。しばらくジタバタ身体に力を入れていたが、数回繰り返したら観念したのか、力を抜いた。熱にうなされるようにキスを続ける。
「む、うん」
しつこいと嫌われたくないから、そっと解放する。途端に胸に飛びつかれる。もう少しすればよかったかなと一瞬で後悔する。こんなにも近いのに、満たされない気持ちがあることに当惑する。
「拓磨のバカ」
小さな呟きを拾ってしまって、どうしようもなく煽られてしまう。じゃあくっつくな。めちゃくちゃにしたい気持ちをぐっと堪えて、背中を撫でてやる。そのうち、全て委ねるように眠ろうとするから、行き場のない熱情を持て余す。
「……馬鹿はお前だ」
恋人になってから、こんなに苦しい想いをするとは。膨れ上がっていく恋慕に、蓋をするように俺も目を閉じる。昼寝から目覚めたら、莉子の機嫌が直っているといいのだが。