序章/プロトタイプ
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名前はない/二宮匡貴
「小林、好きな人はいるのか?」
「いないですよぉ」
「恋したことはあるのか」
「あー……」
目が合う。迷っている。俺には言えないか。それもいい。内心、かなり怯えながらした質問だ。好きな人がいないのは、ちょっと安心した。祝福出来る人間じゃなかったら、狂っていたと思うから。
「拓磨、なんですよね。初恋の人」
「……なるほど」
弓場と幼馴染なのは知っている。昔の彼女を知りたくて問い詰めたことがある。弓場の反応と、小林の反応を見るに、両想いに見えるのだが。
「今は好きじゃないのか?」
「二宮さんが思ってるような好きじゃないよ」
見たことない表情で、寂しそうに笑う。胸がキュッと締め付けられる。思っているような、か。それはどんな好きなんだ?俺はお前が好きだが、きっとお前が思ってるような好きじゃないぞ。
「関係性に、名前つけたくないんです。自由でいたい」
欲張りで、優しくて、小林らしい願い。守りたいと思う、もっと知りたいと思う。お前を全て知ることが出来たら、この気持ちは治まるのだろうか。
「そうだな」
お前が結ぶ、全ての関係に、名前をつけないと言うなら。どんなに深いものでも受け入れる。俺も、この想いに名前はつけないし探さない。きっと相応しいものなどない。だから、お前に伝えられる気持ちはなにもない。
海へ/迅悠一
「海に行きたい」
そう君がぽつりと呟くので、手を引いて電車に乗り、海が見える駅まで来た。何故私を選んだのか、私でよかったのかは、分からない。特に会話のない逃避行。君相手に不安になるのはやめた。きっとこれでいい。
「潮風の匂いがするねぇ」
海からの風が強く、髪に細かい砂がへばりつく。太陽は水平線の向こうへ沈みかけているところ。雲が多くて、ちょっぴりどんよりしてる。
「視たかったもの、視れた?」
「……視えた通りのものだけど」
潮風の匂いとか、ベタつきとか。波の音とか砂を踏んだ感触とか。期待通りだっただろうか。視えるだけじゃ、知り得ないこと。
「次はもうちょっと早く来ようよ」
「うん」
元気のない迅の、背中を叩く。裸足になって、波打ち際に足を入れる。
「ーーーー」
背中で迅の声が聞こえて、振り返る。切なげに笑って佇むので、なんて言ったのか聞き返せなくなる。
「危ないよ」
迅が私の腕を引いて、海から引き離す。一番星が、輝き出していた。
やるせない気持ち/弓場拓磨
「ん」
想い人が背負っているものが重そうだから、手を出す。貸せとか寄越せとは言わない。それでも、彼女は俺の意図を察する。
「えーいいよ別に大丈夫だよ」
「いいから」
「うーん……」
渋々渡されたそれを、自分の荷物として背負う。本当は、彼女がこういう扱いを好まないのも知ってる。レディファーストってやつが嫌いらしい。けれど、これくらいやらないと、男として意識されないから。
「帰りたくないな」
君は無垢に無邪気に笑う。そこになんの意図もない。俺の必死のアピールも、あまり意味はないようだ。幼馴染だから?いつかの初恋は、もう終わったから。
「どこへ行く」
それでも、君の隣を離れられなくて。ほんの少し、期待を残す自分がいて。どこへだって行こう。君が望んでくれるなら。
優しさ/来馬辰也
「莉子さん、久しぶり」
ラウンジでぼんやりしていたら、本部じゃ珍しい人に声をかけられた。来馬さんはさりげなく私の隣に腰掛ける。拒みはしないが、話す元気がない。
「元気ないね。二宮くんが心配してたよ」
二宮さんが?なんで。少し疑問に思うが、来馬さんに訊いたところで答えはないだろう。心配されるのは、心苦しい。元気がなくて、ごめんなさい。弱い子で、ごめんなさい。
「早くいつもの莉子さんに戻れるといいね」
「……こんな私も、私ですよ」
むしろ本来の私は、暗くて、弱くて、ダメな存在なのかもしれない。こっちが本当の姿かもしれない。そうだとしたら、とても辛い。
「わっ、ごめん!そんなつもりはなくて……」
落ち込む私に、来馬さんは気を遣う。嫌だなぁ。優しい人に、心を割かれるのは。誰かの負担に、なりたくないなぁ。
「……どんな莉子さんでも、辛くないならそれが一番だよ」
来馬さんの声は優しい。愛されてることを思い出せる。自暴自棄になってはいけない。
「でも、莉子さん辛そうだから。だからやっぱり、心配だよ」
「……ありがとうございます」
「安心して。ゆっくりで大丈夫だよ」
泣きそうになって、来馬さんの顔は見れない。気付いているのか、なにも言われない。しばらく、来馬さんは隣にいてくれた。暗示のように、貰った言葉を心で唱え続けた。
新月の夜/迅悠一
新月の夜は、少しだけ不安になる。俺の未来視に、暗視は付いていない。真っ暗な夜に起きることは、よく視えないことが多い。誰にも言ってないけど。俺が不安そうにしてたら、みんなも困るだろ。どんな未来が視えようと、視えなかろうと、動揺しちゃいけない。笑ってなきゃ、平気そうにさ。
(まだ起きてるかな)
時刻は23時過ぎ、なんとなく電話をかける。誰かの声が聞きたくて。突然の電話に驚かない人物がよくて、君を選ぶ。
「もしもし」
「こんばんは。元気?」
「ぼちぼちだよ」
このぼちぼちは、まぁまぁのぼちぼちだな。
「なんかあった?」
「なんもないけど」
「そっか。今日はね〜」
話すことに迷う俺に代わって、君は喋りだす。なんてことはない、1人の女の子の1日の話。どうでもいいと思う。守りたいと思う。くだらなくて、酷く安心する。
「明日は、なにをしようかなぁ」
君が笑う未来が視えて、俺も自然と綻ぶ。君は笑ってる方がいいよ、いつも。誰にとっても。
「じゃあ明日、散歩に付き合ってよ」
1人でも出来る、市内の見廻り。別に1人だって構わないけれど、話し相手がいる方が楽しいし。
「いいよ〜早起きは嫌だけど」
早起きが苦手な君のために、明日の予定はのんびりにしよう。月が見えないから夜が長く感じる。早く朝になればいいのに。
後悔
「……帰んぞ」
「うん」
任務で帰りが遅くなる時は、必ず拓磨が迎えに来る。それ以外の時も、夜遅くなると必ず。別に親が頼んでるとかじゃない、拓磨の意思だ。どうしてなんだろうと不思議に思う。でも、種明かしをしたらまたいなくなるんじゃないかって不安だから、幼馴染だからって曖昧な理由づけをしておく。
『ひとりぼっちにしたくせに』
思えば、拓磨が隣に戻ってきたのも、過保護になったのもあの言葉からだ。酷いわがままで、きっと傷つけたと思う。私がひとりぼっちなのは私のせいだし、そもそも私はひとりではない。
「莉子」
「なに」
「……なんでもねぇ」
言わないこと、お互い増えたよね。でも、嫌にはならないよ。隣にいてくれて、嬉しいよ。
「そっか。言いたくなったら言って」
「……あぁ」
君にあの日のことを、謝れずにいる。あの日のわがままを、君が真に受けているとしたら。けれど、また手放すことは辛すぎるから、やっぱり謝らない。50センチ離れた距離で、つかず離れずどこまでも。行けたのなら、それ以上望むことはない。
後悔/弓場拓磨
「……帰んぞ」
莉子が夜間のあがりだから、迎えにきた。トリオン切れ寸前なのか、元気がない。いつもより遅い足取りに合わせて、ゆっくり歩く。俺がそこまでよく見てるってこと、こいつは知っているだろうか。別に知らなくていいけど。
『ひとりぼっちにしたくせに』
今でも泣いてた莉子を思い出す。自分がした仕打ちを酷く後悔する。あの日にもう一度走り出した初恋を、ずっと胸の内に秘めたまま。答え合わせがしたかった。君の初恋の相手は誰ですか。
「莉子」
「なに」
「……なんでもねぇ」
訊けるわけがねぇ。そもそも、怖くて仕方がない。答え合わせをして、もし間違っていたら。自分の気持ちを打ち明けたら、今度拒絶されるのは俺の方かもしれねぇ。きっと、そんなことには耐えられない。
「そっか。言いたくなったら言って」
「……あぁ」
お前はいつだって優しい。誰に対しても。つけ込まれないか心配だ。俺がつけ込んでしまわないか心配だ。だから、隣を離れることが出来ない。50センチ離れた距離、手を引いて、結んでしまえたら。幼い頃、繋いだことはあったっけ。俺よりずっと小さい手に、酷く焦がれてやまない。
どうしようもない不安/弓場拓磨
拓磨が15時に迎えに来てくれるというので、公園で待ち合わせ。いつも家出たら会えるから、こういう時間は珍しかったりする。ベンチに座り、通り過ぎる人々を見る。ふと、このうちの誰かがこちらに歩いてきて、私に話しかけてくる想像をする。親しい幼馴染の顔が、すり替わる想像をしてぞっとする。顔の知らない誰かが、親しい人として話しかけてくる想像。
「悪ぃ、待たせた」
拓磨の顔が、見知っている顔で安心する。私が座ったままなので、自然と横に座ってくれる。
「どうした?」
「いや……拓磨が拓磨で安心した」
「なんだそりゃ」
荒唐無稽な不安を、努めて暗くならないように説明する。拓磨は笑い飛ばさず聞いてくれて、しばらく黙った。脚広げて、腕組んで、下見たり上見たり、首傾げてみたり。なにをそんな真剣に考えているのだろう。
「……それは、俺はどうしてやったらいいんだァ」
「いや?どうもしないよ?どうにか出来る気でいたの?」
そう言ったら、眉をひそめられた。可笑しくて笑ったら、肩を小突かれた。
「おい」
「ごめん、ありがとう」
優しい幼馴染の機嫌取りに、パウンドケーキでも買いに行こうか。立ち上がれば、そっとついてきてくれる。不安はどうしようもないけど、君がいるなら安心。
部屋に呼ぶ/弓場拓磨
「このあと部屋、来るか?」
声をかけた後、いつも後悔する。いつまで無欲な幼馴染のつもりなんだと。
「うん、いいよー」
お前の方は、なんの疑いもなく上がり込んでくるから、たまったもんじゃない。裏切りたくないから、傷つけたくないから、今日も絶妙な距離を保ったまま。呑気にベッドの縁に腰掛けて、足を揺らしてご機嫌なお前は。深く息を吸って、吐く。
「どうかした?」
「どうもしねぇ」
お前にとって、俺ってなんなんだ。はっきりさせたくて、でも問いただしたら居場所がなくなるかもしれなくて、進展しか受け入れられないなら、このままでいる方が安全と思う。今だって、誰よりも近くにいる。胸の内は見えないけれど。
「マリカ、やりたい」
「はいよ」
お互い、ゲームは得意じゃない。下手くそ同士の出来レース。莉子は口が悪い、そんなところも好ましいと思う。そのうち、憂いや雑念も忘れて夢中になる。
「あっー!!そこで甲羅投げるやつがあるかー!!」
「ガードしてねぇのが悪い」
今でも子供の頃のように、笑い合って遊べるのが尊い。やましい気持ちも、切ない気持ちも、打ち消すほどに。どんなに苦しくても、お前を部屋に呼んでしまう理由。永遠にこんな時間が続くなら、関係なんてこのままでも構わない。
バニラアイス/弓場拓磨
莉子の散歩に付き合って、日中から街を歩いた。疲れたので、適当なカフェで休憩中。莉子がいつもは即決なのに、珍しくメニューと睨めっこしている。
「あのさぁ、」
「あん?」
「バニラとチョコで迷うんだけど」
メニューを指さして、バニラアイスとチョコアイスを見せられる。こう訊いてくるってことは、俺にどっちか頼ませて、半分こにしようってこった。ひとつため息をこぼす。
「俺がチョコ頼むから、お前はバニラ頼めばいいだろォ」
「やった」
半分やるとは言ってないのに、ご機嫌で店員を呼ぶ。その様子を見て、俺も機嫌が良くなるんだから、しょーもないと思う。こいつが笑うなら、なんだっていい。
「こないださー太刀川さんがさー」
莉子は機嫌が良いと口数が増える。口数が増えると俺の知らない莉子も増える。知らないままよりは、教えてもらえた方がマシだけど。ほんの少し、嫉妬する。いつだって隣は俺がいい。
「バニラアイスとチョコアイス、お待ちしました〜」
テーブルにアイスが運ばれる。莉子がぱちぱちと音のない拍手をするのは、幼い頃からの癖。
「うま〜」
意気揚々とバニラアイスを食べる。つられて俺も口をつける。どうせ口の周りを汚すんだろうから、拭いてやらなきゃ。
「小林、好きな人はいるのか?」
「いないですよぉ」
「恋したことはあるのか」
「あー……」
目が合う。迷っている。俺には言えないか。それもいい。内心、かなり怯えながらした質問だ。好きな人がいないのは、ちょっと安心した。祝福出来る人間じゃなかったら、狂っていたと思うから。
「拓磨、なんですよね。初恋の人」
「……なるほど」
弓場と幼馴染なのは知っている。昔の彼女を知りたくて問い詰めたことがある。弓場の反応と、小林の反応を見るに、両想いに見えるのだが。
「今は好きじゃないのか?」
「二宮さんが思ってるような好きじゃないよ」
見たことない表情で、寂しそうに笑う。胸がキュッと締め付けられる。思っているような、か。それはどんな好きなんだ?俺はお前が好きだが、きっとお前が思ってるような好きじゃないぞ。
「関係性に、名前つけたくないんです。自由でいたい」
欲張りで、優しくて、小林らしい願い。守りたいと思う、もっと知りたいと思う。お前を全て知ることが出来たら、この気持ちは治まるのだろうか。
「そうだな」
お前が結ぶ、全ての関係に、名前をつけないと言うなら。どんなに深いものでも受け入れる。俺も、この想いに名前はつけないし探さない。きっと相応しいものなどない。だから、お前に伝えられる気持ちはなにもない。
海へ/迅悠一
「海に行きたい」
そう君がぽつりと呟くので、手を引いて電車に乗り、海が見える駅まで来た。何故私を選んだのか、私でよかったのかは、分からない。特に会話のない逃避行。君相手に不安になるのはやめた。きっとこれでいい。
「潮風の匂いがするねぇ」
海からの風が強く、髪に細かい砂がへばりつく。太陽は水平線の向こうへ沈みかけているところ。雲が多くて、ちょっぴりどんよりしてる。
「視たかったもの、視れた?」
「……視えた通りのものだけど」
潮風の匂いとか、ベタつきとか。波の音とか砂を踏んだ感触とか。期待通りだっただろうか。視えるだけじゃ、知り得ないこと。
「次はもうちょっと早く来ようよ」
「うん」
元気のない迅の、背中を叩く。裸足になって、波打ち際に足を入れる。
「ーーーー」
背中で迅の声が聞こえて、振り返る。切なげに笑って佇むので、なんて言ったのか聞き返せなくなる。
「危ないよ」
迅が私の腕を引いて、海から引き離す。一番星が、輝き出していた。
やるせない気持ち/弓場拓磨
「ん」
想い人が背負っているものが重そうだから、手を出す。貸せとか寄越せとは言わない。それでも、彼女は俺の意図を察する。
「えーいいよ別に大丈夫だよ」
「いいから」
「うーん……」
渋々渡されたそれを、自分の荷物として背負う。本当は、彼女がこういう扱いを好まないのも知ってる。レディファーストってやつが嫌いらしい。けれど、これくらいやらないと、男として意識されないから。
「帰りたくないな」
君は無垢に無邪気に笑う。そこになんの意図もない。俺の必死のアピールも、あまり意味はないようだ。幼馴染だから?いつかの初恋は、もう終わったから。
「どこへ行く」
それでも、君の隣を離れられなくて。ほんの少し、期待を残す自分がいて。どこへだって行こう。君が望んでくれるなら。
優しさ/来馬辰也
「莉子さん、久しぶり」
ラウンジでぼんやりしていたら、本部じゃ珍しい人に声をかけられた。来馬さんはさりげなく私の隣に腰掛ける。拒みはしないが、話す元気がない。
「元気ないね。二宮くんが心配してたよ」
二宮さんが?なんで。少し疑問に思うが、来馬さんに訊いたところで答えはないだろう。心配されるのは、心苦しい。元気がなくて、ごめんなさい。弱い子で、ごめんなさい。
「早くいつもの莉子さんに戻れるといいね」
「……こんな私も、私ですよ」
むしろ本来の私は、暗くて、弱くて、ダメな存在なのかもしれない。こっちが本当の姿かもしれない。そうだとしたら、とても辛い。
「わっ、ごめん!そんなつもりはなくて……」
落ち込む私に、来馬さんは気を遣う。嫌だなぁ。優しい人に、心を割かれるのは。誰かの負担に、なりたくないなぁ。
「……どんな莉子さんでも、辛くないならそれが一番だよ」
来馬さんの声は優しい。愛されてることを思い出せる。自暴自棄になってはいけない。
「でも、莉子さん辛そうだから。だからやっぱり、心配だよ」
「……ありがとうございます」
「安心して。ゆっくりで大丈夫だよ」
泣きそうになって、来馬さんの顔は見れない。気付いているのか、なにも言われない。しばらく、来馬さんは隣にいてくれた。暗示のように、貰った言葉を心で唱え続けた。
新月の夜/迅悠一
新月の夜は、少しだけ不安になる。俺の未来視に、暗視は付いていない。真っ暗な夜に起きることは、よく視えないことが多い。誰にも言ってないけど。俺が不安そうにしてたら、みんなも困るだろ。どんな未来が視えようと、視えなかろうと、動揺しちゃいけない。笑ってなきゃ、平気そうにさ。
(まだ起きてるかな)
時刻は23時過ぎ、なんとなく電話をかける。誰かの声が聞きたくて。突然の電話に驚かない人物がよくて、君を選ぶ。
「もしもし」
「こんばんは。元気?」
「ぼちぼちだよ」
このぼちぼちは、まぁまぁのぼちぼちだな。
「なんかあった?」
「なんもないけど」
「そっか。今日はね〜」
話すことに迷う俺に代わって、君は喋りだす。なんてことはない、1人の女の子の1日の話。どうでもいいと思う。守りたいと思う。くだらなくて、酷く安心する。
「明日は、なにをしようかなぁ」
君が笑う未来が視えて、俺も自然と綻ぶ。君は笑ってる方がいいよ、いつも。誰にとっても。
「じゃあ明日、散歩に付き合ってよ」
1人でも出来る、市内の見廻り。別に1人だって構わないけれど、話し相手がいる方が楽しいし。
「いいよ〜早起きは嫌だけど」
早起きが苦手な君のために、明日の予定はのんびりにしよう。月が見えないから夜が長く感じる。早く朝になればいいのに。
後悔
「……帰んぞ」
「うん」
任務で帰りが遅くなる時は、必ず拓磨が迎えに来る。それ以外の時も、夜遅くなると必ず。別に親が頼んでるとかじゃない、拓磨の意思だ。どうしてなんだろうと不思議に思う。でも、種明かしをしたらまたいなくなるんじゃないかって不安だから、幼馴染だからって曖昧な理由づけをしておく。
『ひとりぼっちにしたくせに』
思えば、拓磨が隣に戻ってきたのも、過保護になったのもあの言葉からだ。酷いわがままで、きっと傷つけたと思う。私がひとりぼっちなのは私のせいだし、そもそも私はひとりではない。
「莉子」
「なに」
「……なんでもねぇ」
言わないこと、お互い増えたよね。でも、嫌にはならないよ。隣にいてくれて、嬉しいよ。
「そっか。言いたくなったら言って」
「……あぁ」
君にあの日のことを、謝れずにいる。あの日のわがままを、君が真に受けているとしたら。けれど、また手放すことは辛すぎるから、やっぱり謝らない。50センチ離れた距離で、つかず離れずどこまでも。行けたのなら、それ以上望むことはない。
後悔/弓場拓磨
「……帰んぞ」
莉子が夜間のあがりだから、迎えにきた。トリオン切れ寸前なのか、元気がない。いつもより遅い足取りに合わせて、ゆっくり歩く。俺がそこまでよく見てるってこと、こいつは知っているだろうか。別に知らなくていいけど。
『ひとりぼっちにしたくせに』
今でも泣いてた莉子を思い出す。自分がした仕打ちを酷く後悔する。あの日にもう一度走り出した初恋を、ずっと胸の内に秘めたまま。答え合わせがしたかった。君の初恋の相手は誰ですか。
「莉子」
「なに」
「……なんでもねぇ」
訊けるわけがねぇ。そもそも、怖くて仕方がない。答え合わせをして、もし間違っていたら。自分の気持ちを打ち明けたら、今度拒絶されるのは俺の方かもしれねぇ。きっと、そんなことには耐えられない。
「そっか。言いたくなったら言って」
「……あぁ」
お前はいつだって優しい。誰に対しても。つけ込まれないか心配だ。俺がつけ込んでしまわないか心配だ。だから、隣を離れることが出来ない。50センチ離れた距離、手を引いて、結んでしまえたら。幼い頃、繋いだことはあったっけ。俺よりずっと小さい手に、酷く焦がれてやまない。
どうしようもない不安/弓場拓磨
拓磨が15時に迎えに来てくれるというので、公園で待ち合わせ。いつも家出たら会えるから、こういう時間は珍しかったりする。ベンチに座り、通り過ぎる人々を見る。ふと、このうちの誰かがこちらに歩いてきて、私に話しかけてくる想像をする。親しい幼馴染の顔が、すり替わる想像をしてぞっとする。顔の知らない誰かが、親しい人として話しかけてくる想像。
「悪ぃ、待たせた」
拓磨の顔が、見知っている顔で安心する。私が座ったままなので、自然と横に座ってくれる。
「どうした?」
「いや……拓磨が拓磨で安心した」
「なんだそりゃ」
荒唐無稽な不安を、努めて暗くならないように説明する。拓磨は笑い飛ばさず聞いてくれて、しばらく黙った。脚広げて、腕組んで、下見たり上見たり、首傾げてみたり。なにをそんな真剣に考えているのだろう。
「……それは、俺はどうしてやったらいいんだァ」
「いや?どうもしないよ?どうにか出来る気でいたの?」
そう言ったら、眉をひそめられた。可笑しくて笑ったら、肩を小突かれた。
「おい」
「ごめん、ありがとう」
優しい幼馴染の機嫌取りに、パウンドケーキでも買いに行こうか。立ち上がれば、そっとついてきてくれる。不安はどうしようもないけど、君がいるなら安心。
部屋に呼ぶ/弓場拓磨
「このあと部屋、来るか?」
声をかけた後、いつも後悔する。いつまで無欲な幼馴染のつもりなんだと。
「うん、いいよー」
お前の方は、なんの疑いもなく上がり込んでくるから、たまったもんじゃない。裏切りたくないから、傷つけたくないから、今日も絶妙な距離を保ったまま。呑気にベッドの縁に腰掛けて、足を揺らしてご機嫌なお前は。深く息を吸って、吐く。
「どうかした?」
「どうもしねぇ」
お前にとって、俺ってなんなんだ。はっきりさせたくて、でも問いただしたら居場所がなくなるかもしれなくて、進展しか受け入れられないなら、このままでいる方が安全と思う。今だって、誰よりも近くにいる。胸の内は見えないけれど。
「マリカ、やりたい」
「はいよ」
お互い、ゲームは得意じゃない。下手くそ同士の出来レース。莉子は口が悪い、そんなところも好ましいと思う。そのうち、憂いや雑念も忘れて夢中になる。
「あっー!!そこで甲羅投げるやつがあるかー!!」
「ガードしてねぇのが悪い」
今でも子供の頃のように、笑い合って遊べるのが尊い。やましい気持ちも、切ない気持ちも、打ち消すほどに。どんなに苦しくても、お前を部屋に呼んでしまう理由。永遠にこんな時間が続くなら、関係なんてこのままでも構わない。
バニラアイス/弓場拓磨
莉子の散歩に付き合って、日中から街を歩いた。疲れたので、適当なカフェで休憩中。莉子がいつもは即決なのに、珍しくメニューと睨めっこしている。
「あのさぁ、」
「あん?」
「バニラとチョコで迷うんだけど」
メニューを指さして、バニラアイスとチョコアイスを見せられる。こう訊いてくるってことは、俺にどっちか頼ませて、半分こにしようってこった。ひとつため息をこぼす。
「俺がチョコ頼むから、お前はバニラ頼めばいいだろォ」
「やった」
半分やるとは言ってないのに、ご機嫌で店員を呼ぶ。その様子を見て、俺も機嫌が良くなるんだから、しょーもないと思う。こいつが笑うなら、なんだっていい。
「こないださー太刀川さんがさー」
莉子は機嫌が良いと口数が増える。口数が増えると俺の知らない莉子も増える。知らないままよりは、教えてもらえた方がマシだけど。ほんの少し、嫉妬する。いつだって隣は俺がいい。
「バニラアイスとチョコアイス、お待ちしました〜」
テーブルにアイスが運ばれる。莉子がぱちぱちと音のない拍手をするのは、幼い頃からの癖。
「うま〜」
意気揚々とバニラアイスを食べる。つられて俺も口をつける。どうせ口の周りを汚すんだろうから、拭いてやらなきゃ。