序章/プロトタイプ
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雨に佇む
迅が待ち合わせ場所に来ない。約束の時間から20分は経っている。LINEにも反応なし。どうしたものか。どこかフラついていても見つけてくれるだろうが。連絡くらい欲しいなぁ。それでも、勝手に帰るという選択肢はなくて、ぼーっと待っていた。ぽつ、と地面にシミが出来る。雨か。リュックから折り畳み傘を取り出して、差した。すると、凄い勢いで雨粒が落ちてくる。
「うわ、マジ?」
濁流のような土砂降りで、前が見えない。どこか建物の中に入ろうにも、動いたら濡れるのが分かる。今は大きな木の下にいて、傘も差しているから、多分ここから動かない方がいい。きっと通り雨だ、過ぎ去るのを待つ。雨が止んだら、帰ろうか。少し残念な気持ちで、足元を見ていた。
「遅れてごめん!」
視界に迅の爪先が入る。声に顔をあげれば、いつも通りへらりと笑う迅がいた。
「え、迅、傘は?」
「ん?忘れた」
「馬鹿なの!?」
慌てて自分の傘に迅を入れる。背中や肩が濡れていく。迅は呆れたように笑いながら、私の傘を押し返す。
「手遅れだって。気にしないでよ」
「気にする!」
「じゃあさ、一緒に濡れてくれる?」
ちょっと本気な声と表情。なにを試しているんだろう。私はため息を吐いて、傘を閉じた。
「しょうがないなぁ」
迅は目を見開いた後、やっぱりへらりと笑った。土砂降りの中、2人で歩く。ずぶ濡れになりながら、だけど確かに。
「そう言ってくれると思った」
迅が嬉しそうにそう言うので、濡れるのも悪くないと思った。
突然の君の訪問
「おう。今お前の家の前いるから、開けてくれや」
君が突然、訪ねてくるのはちょっと珍しい。驚きはしない。私も君のこと、よく突然に訪ねるし。けど、今は具合が悪い。
「……なんで」
「顔が見たくなった」
なんだそれ。1週間前には顔合わせたじゃん。でも、そう言われたら私も拓磨の顔が見たい気がする。重たい身体を引きずり、玄関を開ける。部屋が散らかっているけど、拓磨相手だし気にしない。拓磨はなんだかたくさん食べ物を買ってきてくれていた。でも、食べる気がしなくてソファに寝そべって、知らんぷり。見兼ねて、拓磨が私の鼻先にマドレーヌを差し出す。渋々受け取って口にする。餌付けだなこれ。マドレーヌが思ったより美味しかったので、身体を起こす。あれこれ買ってきて貰ったものを漁り、食べる。
「ありがとう」
「おう」
「でも、なんで来たの」
もう一度、質問をする。拓磨が私に構う必要なんて、ない。幼馴染だからって、面倒を見なきゃいけないわけじゃない。理由が知りたかった。
「…………心配だったからだよ」
「ふーん……?」
素直に受け取っていいものだろうか。本当に心配なだけで来てくれたんだろうか。君を疑ったりはしないけれど、ちょっと不思議で。
「ぶ」
「心配かけたくなかったら、さっさと元気になれ」
わしゃわしゃと頭を撫でられる。安心する。しばらく笑ってなかったが、少し笑みが溢れた。やっぱり、拓磨いないとダメなんだな、私。
「俺に隠し事とか、すんなよ」
「?してないよ」
「ならいい」
変なこと訊くなぁ。今日の拓磨、少し変だな。頬を撫でられるけど、これ多分誤魔化してるな。でもま、突っ込むほど今元気はないし。拓磨の大きな手を、両手で抱えて眠る。指を絡めたり、揉んだりするのが好き。それが許されるから、安心出来る。お腹が膨れて、また少し眠くなってきた。寝てもいいよね。
親愛なる隊長へ※ボツ
「隊長、お誕生日おめでとうございます」
いつもの調子でなく、仰々しく太刀川を仰いで、深々と頭を下げる。そんなことしなくていいのに、と太刀川は思うが、部下に慕われるのは悪い気はしない。
「おう、サンキュー。なにくれんの?」
「うっいろいろ考えたんだけど……」
決まりが悪そうに目線を逸らすので、俄然興味が湧いてしまう。あんまり追い詰めたら可哀想だし、自分が悪者にされるなと思いながら。
「いい案が浮かばなかったので、隊長の言うこと、なんでもひとつ聞きます……」
「ふーん?」
なんでも。なんでもねぇ。太刀川は彼女のこういったところが面白いと思うし、悪いところだと思う。あんまりに無防備で、無頓着で、誰に対しても良心を信じすぎる。それが通用するのは、家族ぐらいの話だろう。
「なんでも?」
「なんでも」
一応、念押しはした。それでも彼女は怯まないし、太刀川の言葉を綺麗な瞳で待つ。まいったなぁ。唇でも身体でも、頼めば差し出してしまいそうな女だ。まぁ、あらゆる方向から刺されそうだし、流石に罪悪感に駆られるからそんなお願いはしないが。なにより、部下の信頼を裏切る真似はしたくない。裏切ったことすら、気付かなそうだから困るのだが。
「じゃあ、ランク戦付き合ってくれよ。その後餅食わせて」
「いつも通りでは……?」
「いつも通りでいいんだよ」
不満そうに見上げてくるので、頭を撫でて返事にした。ランク戦ブースに向かう。背を見せれば、ついてくる。お前らがいるから、隊長でいられる。太刀川はゆるく笑う。笑ったことに、彼女は気付かないけれど。太刀川の背を追いながら、この人の部下でよかったと、いつも思っているから。
「誕生日おめでとう、太刀川さん」
改めて、今度は1人の隣人として、心からの言葉を贈った。
存在価値
雨が降り出して、情緒が終わりを迎えてしまったので、拓磨に電話した。夕飯前の時刻、運よく出てもらえた。出てもらえても、話す元気はなくてくぐもった鳴き声みたいな声しか出ない。
「大丈夫か?」
「ゔゔぅ……しんどい」
「家に誰かいるか?」
「いない゙……」
泣きつくような酷い声に、自分でも嫌になってしまう。頭が痛く、身体が怠い。気持ちが沈む、沈む。どうにかして欲しくて、頼る先が君でごめんなさい。負担だよね、邪魔だよね。
「そっち行くから、待ってろ」
「ごめんなさい」
「大丈夫だから、な」
「拓磨」
「なんだ」
すごく小さな声で名前を呼んだのに、拾ってくれる。拓磨はあまりにも優しい。優しいから、自分の存在価値がどこにあるのか、分からなくなる。甘えてしまう自分が、惨めで弱く見える。苦しくなって、結局名前を呼んでしまう。
「拓磨」
「うん」
「拓磨にとって、私は必要……?」
「は」
拓磨は信じられないみたいな声を出した。そのあと、盛大にため息を吐いた。怖くなって、電話を切ってしまいたくなる。我慢する。
「……必要か必要じゃないとかじゃ、ねぇよ」
「うん」
「いて当たり前なんだ。いてくれなきゃ困る」
「なんで」
「なんでって……とにかく。いなきゃ嫌なんだよ!」
語気が強く、慌てたように話すので、少し違和感を覚える。変なこと、訊いただろうか。
「拓磨?」
「今行くから、バカなこと言ってないで待ってろ!」
ブツッと通話は切れた。知りたいことは、知り得なかった。インターホンが鳴る。重たい身体を引きずりながら、玄関を開ける。拓磨の顔を見れば、ほんのり赤い。
「拓磨、風邪?」
「……ちげぇよ、バカが」
ふわっと抱き寄せられて、背中を叩かれた。ほんの一瞬で離れて、家に上がられる。少し気持ちが落ち着いた気がした。
「ねぇ、今のもういっかい」
「あ゙ぁ?ぜってぇ嫌だ」
今日の拓磨は顔合わせないし、急かしいし、ちょっと様子が変だ。そっちが気になってしまって、自分の不安はどっかにいってしまった。まぁ、会いに来てくれたからいいか。
迅が待ち合わせ場所に来ない。約束の時間から20分は経っている。LINEにも反応なし。どうしたものか。どこかフラついていても見つけてくれるだろうが。連絡くらい欲しいなぁ。それでも、勝手に帰るという選択肢はなくて、ぼーっと待っていた。ぽつ、と地面にシミが出来る。雨か。リュックから折り畳み傘を取り出して、差した。すると、凄い勢いで雨粒が落ちてくる。
「うわ、マジ?」
濁流のような土砂降りで、前が見えない。どこか建物の中に入ろうにも、動いたら濡れるのが分かる。今は大きな木の下にいて、傘も差しているから、多分ここから動かない方がいい。きっと通り雨だ、過ぎ去るのを待つ。雨が止んだら、帰ろうか。少し残念な気持ちで、足元を見ていた。
「遅れてごめん!」
視界に迅の爪先が入る。声に顔をあげれば、いつも通りへらりと笑う迅がいた。
「え、迅、傘は?」
「ん?忘れた」
「馬鹿なの!?」
慌てて自分の傘に迅を入れる。背中や肩が濡れていく。迅は呆れたように笑いながら、私の傘を押し返す。
「手遅れだって。気にしないでよ」
「気にする!」
「じゃあさ、一緒に濡れてくれる?」
ちょっと本気な声と表情。なにを試しているんだろう。私はため息を吐いて、傘を閉じた。
「しょうがないなぁ」
迅は目を見開いた後、やっぱりへらりと笑った。土砂降りの中、2人で歩く。ずぶ濡れになりながら、だけど確かに。
「そう言ってくれると思った」
迅が嬉しそうにそう言うので、濡れるのも悪くないと思った。
突然の君の訪問
「おう。今お前の家の前いるから、開けてくれや」
君が突然、訪ねてくるのはちょっと珍しい。驚きはしない。私も君のこと、よく突然に訪ねるし。けど、今は具合が悪い。
「……なんで」
「顔が見たくなった」
なんだそれ。1週間前には顔合わせたじゃん。でも、そう言われたら私も拓磨の顔が見たい気がする。重たい身体を引きずり、玄関を開ける。部屋が散らかっているけど、拓磨相手だし気にしない。拓磨はなんだかたくさん食べ物を買ってきてくれていた。でも、食べる気がしなくてソファに寝そべって、知らんぷり。見兼ねて、拓磨が私の鼻先にマドレーヌを差し出す。渋々受け取って口にする。餌付けだなこれ。マドレーヌが思ったより美味しかったので、身体を起こす。あれこれ買ってきて貰ったものを漁り、食べる。
「ありがとう」
「おう」
「でも、なんで来たの」
もう一度、質問をする。拓磨が私に構う必要なんて、ない。幼馴染だからって、面倒を見なきゃいけないわけじゃない。理由が知りたかった。
「…………心配だったからだよ」
「ふーん……?」
素直に受け取っていいものだろうか。本当に心配なだけで来てくれたんだろうか。君を疑ったりはしないけれど、ちょっと不思議で。
「ぶ」
「心配かけたくなかったら、さっさと元気になれ」
わしゃわしゃと頭を撫でられる。安心する。しばらく笑ってなかったが、少し笑みが溢れた。やっぱり、拓磨いないとダメなんだな、私。
「俺に隠し事とか、すんなよ」
「?してないよ」
「ならいい」
変なこと訊くなぁ。今日の拓磨、少し変だな。頬を撫でられるけど、これ多分誤魔化してるな。でもま、突っ込むほど今元気はないし。拓磨の大きな手を、両手で抱えて眠る。指を絡めたり、揉んだりするのが好き。それが許されるから、安心出来る。お腹が膨れて、また少し眠くなってきた。寝てもいいよね。
親愛なる隊長へ※ボツ
「隊長、お誕生日おめでとうございます」
いつもの調子でなく、仰々しく太刀川を仰いで、深々と頭を下げる。そんなことしなくていいのに、と太刀川は思うが、部下に慕われるのは悪い気はしない。
「おう、サンキュー。なにくれんの?」
「うっいろいろ考えたんだけど……」
決まりが悪そうに目線を逸らすので、俄然興味が湧いてしまう。あんまり追い詰めたら可哀想だし、自分が悪者にされるなと思いながら。
「いい案が浮かばなかったので、隊長の言うこと、なんでもひとつ聞きます……」
「ふーん?」
なんでも。なんでもねぇ。太刀川は彼女のこういったところが面白いと思うし、悪いところだと思う。あんまりに無防備で、無頓着で、誰に対しても良心を信じすぎる。それが通用するのは、家族ぐらいの話だろう。
「なんでも?」
「なんでも」
一応、念押しはした。それでも彼女は怯まないし、太刀川の言葉を綺麗な瞳で待つ。まいったなぁ。唇でも身体でも、頼めば差し出してしまいそうな女だ。まぁ、あらゆる方向から刺されそうだし、流石に罪悪感に駆られるからそんなお願いはしないが。なにより、部下の信頼を裏切る真似はしたくない。裏切ったことすら、気付かなそうだから困るのだが。
「じゃあ、ランク戦付き合ってくれよ。その後餅食わせて」
「いつも通りでは……?」
「いつも通りでいいんだよ」
不満そうに見上げてくるので、頭を撫でて返事にした。ランク戦ブースに向かう。背を見せれば、ついてくる。お前らがいるから、隊長でいられる。太刀川はゆるく笑う。笑ったことに、彼女は気付かないけれど。太刀川の背を追いながら、この人の部下でよかったと、いつも思っているから。
「誕生日おめでとう、太刀川さん」
改めて、今度は1人の隣人として、心からの言葉を贈った。
存在価値
雨が降り出して、情緒が終わりを迎えてしまったので、拓磨に電話した。夕飯前の時刻、運よく出てもらえた。出てもらえても、話す元気はなくてくぐもった鳴き声みたいな声しか出ない。
「大丈夫か?」
「ゔゔぅ……しんどい」
「家に誰かいるか?」
「いない゙……」
泣きつくような酷い声に、自分でも嫌になってしまう。頭が痛く、身体が怠い。気持ちが沈む、沈む。どうにかして欲しくて、頼る先が君でごめんなさい。負担だよね、邪魔だよね。
「そっち行くから、待ってろ」
「ごめんなさい」
「大丈夫だから、な」
「拓磨」
「なんだ」
すごく小さな声で名前を呼んだのに、拾ってくれる。拓磨はあまりにも優しい。優しいから、自分の存在価値がどこにあるのか、分からなくなる。甘えてしまう自分が、惨めで弱く見える。苦しくなって、結局名前を呼んでしまう。
「拓磨」
「うん」
「拓磨にとって、私は必要……?」
「は」
拓磨は信じられないみたいな声を出した。そのあと、盛大にため息を吐いた。怖くなって、電話を切ってしまいたくなる。我慢する。
「……必要か必要じゃないとかじゃ、ねぇよ」
「うん」
「いて当たり前なんだ。いてくれなきゃ困る」
「なんで」
「なんでって……とにかく。いなきゃ嫌なんだよ!」
語気が強く、慌てたように話すので、少し違和感を覚える。変なこと、訊いただろうか。
「拓磨?」
「今行くから、バカなこと言ってないで待ってろ!」
ブツッと通話は切れた。知りたいことは、知り得なかった。インターホンが鳴る。重たい身体を引きずりながら、玄関を開ける。拓磨の顔を見れば、ほんのり赤い。
「拓磨、風邪?」
「……ちげぇよ、バカが」
ふわっと抱き寄せられて、背中を叩かれた。ほんの一瞬で離れて、家に上がられる。少し気持ちが落ち着いた気がした。
「ねぇ、今のもういっかい」
「あ゙ぁ?ぜってぇ嫌だ」
今日の拓磨は顔合わせないし、急かしいし、ちょっと様子が変だ。そっちが気になってしまって、自分の不安はどっかにいってしまった。まぁ、会いに来てくれたからいいか。