序章/プロトタイプ
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友達が落ち込んでいたら、困っていたら、傷ついていたら。助けたくなるのは当然だ。だって、友達だもの。なにかしてあげたかった、代わりになれるものがあるのなら代わってあげたかった。莉子は1週間、ボーダーに顔を出さない。LINEの返事もまばらで、時間帯もかなり遅い。心配で仕方がなかった。いつも笑顔な貴方だから、余計に。
『大丈夫?溜め込んでない?』
『なんでも聞くから、どんなことでも話してね』
莉子はなにに胸を痛めて、塞ぎ込んでいるのだろう。話せば楽になるのなら、私に話して欲しかった。はぐらかされるような仲ではないと、信じていたかった。
『蓮ちゃん、ごめん』
なにを謝ることがあるのだろう。側にいるなら、抱き締めてあげたい。そんなこと、気にしないでいいのに。
『死にたい』
『言えない』
『言ったら、みんなが傷つくから』
流れてくる文字列に、私の指は止まった。思考も止まった。鬱なのだから、死にたい時もあって当然だ。なんとなく分かっていたはずだ。けれど、それを言わない貴方に、どこかで安心していた。でも本当は、死にたくて、苦しくて、それを言わせなかったのは私達だと言うの?私達が傷つくからと、1人で抱え込んでいたの?悩んで止まっているうちに、メッセージは消されてなかったことになる。
『ごめん、忘れて』
忘れられるわけはなかった。1人で抱え込むことは難しかった。あの子はきっと私にだけあのメッセージを送って、消した。だから、誰かに話すかはすごく悩んだ。悩んで、悩んだ末に、1人にだけ打ち明けることにした。1番長く莉子の側にいる男。彼なら、知っているかもしれないし、なにか解決策も見出せるかも。弓場隊の隊室を訪ねる。弓場くんが1人、壁にもたれて待っていた。
「月見ィ、なんだ相談事って」
私から彼にそんなことを持ちかけたのは初めてだ。神妙な面持ちで、彼は私の言葉を待つ。
「弓場くん、貴方は莉子から「死にたい」って聞いたことある?」
「あァ?そんなもんねェよ」
弓場くんでも聞いたことがないんだ。いっそう事態は深刻な気がして、心が曇る。
「……莉子から、死にたいってLINEが来たの」
弓場くんは目を見開く。莉子はきっと、これを見たくなかったのだろう。でも、吐き出せずにそのままでいたら、貴方は独りぼっちになってしまう。
「でも、言えないって。みんなが傷つくから。返信に迷っているうちに、消されてしまったわ」
弓場くんは宙を見つめ、メガネをあげた。ひとつ大きく息を吐いて、その後ニッと笑う。
「莉子らしいな」
「……そうね」
しばらく、立ち尽くしていた。弓場くんは心配そうな顔でしきりにスマホを見る。なにか打とうとして、やめる。莉子に連絡したいのだと、あからさまに分かった。
「弓場くんは、どうしたらいいと思う?」
「……月見はどうしたいんだ」
私。私は。出来ることならば今すぐ会いたい。顔を見て安心したい。でも、それは私の願いで莉子の願いではない。私がほっとしたいだけ。独りよがりの答えだ。
「なんて声をかけたらいいか、分からないの」
言われた通り、見なかったことにすることも出来る。でも、それじゃあまりに莉子が可哀想じゃない。やっと吐き出せた。やっと、私に言ってくれたのに。
「俺達は心配することしか出来ねぇ」
弓場くんは、床を見つめてぽつりと溢す。
「あいつの重荷になっても、それはやめられねぇ」
弓場くんは壁から離れ、私の横を通り過ぎて、出口に向かう。その背を目で追う。
「だったら、貫くしかねぇだろ」
弓場くんは出ていく。行き先は想像がつく。私はどうしたい。スマホを取り出す。傷つけない言葉を、心からの言葉を探して、メッセージを書く。
『どんなことがあっても、私は莉子の味方だからね。忘れないで』
そんなことしか言えないけれど。どうか、どうか届いて。
駆け足で本部を出た。真っ直ぐ莉子の家に向かおうとして、足を止める。行って、どうするんだ。なにを伝える。莉子は月見にだから話したんだ。月見が俺に話したことを知ったら、莉子は本当になにも話さなくなるかもしれねぇ。なにより、月見の立場がねぇだろ。感情のままに、ぶつけてしまうところだった。ひとつ息を吐く。街は忙しなく、動き続けている。駅前の時計が、14時43分を指す。
(あいつちゃんと飯食ったのかな)
莉子は自傷行為は一切しないが、具合が悪いと自分に無関心になる。とりあえず、食べてくれそうなもん買って、会いに行こう。……死にたくて食いたくないってんなら、吐かせても食わせなくては。あいつが本当に死にたいと思ってるのかは、疑問だが。多分、生きているのが辛いだけで、死にたくはないんじゃねぇか。そう俺が信じたいだけか。どちらにせよ、話してくれないから分からないし、死にたいと泣いても死なせねぇが。
(くそ。俺にくらい話してくれたっていいだろ)
生まれた時からの幼馴染だ。友達よりも家族と言った方が近い。でも、いつしか線引きされて、気を遣われている。踏み込んでしまいたい。関係が崩れるのが怖い。なにより一番怖いのは、なにも話さずに勝手にいなくなられること。勝手にひとりぼっちになって、知らないところで泣かれること。お前の荷物なら半分持つから、もう1人にはしねぇから、遠ざけないで側に居させてくれ。あれこれ考えながら買い物をしていたら、明らかに買いすぎていた。まぁ、いいか。全部持って行く。自分の家の真向かいの、マンションの一階を訪ねる。インターホンを押すが、反応はない。予想通り。電話をかける。辛抱強く待てば、繋がった。
「もしもし」
「おう。今お前の家の前いるから、開けてくれや」
「……なんで」
「顔が見たくなった」
意味分かんないと思ってるんだろうな。でも本当のことだから仕方ない。自分の言った台詞が気恥ずかしくなり、一つ咳払いをする。黙って電話が切れて、玄関が開く。顔色の悪い莉子が、顔を出す。玄関の鍵だけ開けると、お構いなしに引っ込んでしまうので、こちらも遠慮なくドアを開けて中に入る。相変わらず、この家散らかってんなぁ。
「昼飯食ったのか」
「食べてない」
「いろいろ買ってきたから、なんか食え」
リビングのテーブルに、買ってきたものを並べる。莉子はしんどそうに眉を寄せながら、それを眺める。ソファに縮こまって横になり、目を閉じてしまった。
「頭痛いの」
「食わねぇからだろ」
「低気圧のせい」
こりゃ、ほっといたら意地張ってなんも食わねぇな。適当に買ってきたお菓子の、マドレーヌの封を開ける。半分に割って、莉子の前に差し出す。
「うめぇぞ」
「…………」
「好きだろ、マドレーヌ」
ようやっと、莉子はマドレーヌを受け取って、口に含んだ。取りやすい位置に、ポテトチップスを開けて置いてやる。手を出したのを見計らって、ウォーターサーバーの水を汲んできてやる。
「薬は」
「飲んでない。この時間だから、もう飲まない方がいい」
「そうか」
薬のことはよく分からない。飲みゃいいってもんでもないらしい。莉子がちゃんと自分で説明出来るので、任せている。莉子はちょっと食欲が出てきたのか、自分で食べ物を漁り出した。少し安心する。
「ありがとう」
「おう」
「でも、なんで来たの」
莉子は純粋に疑問なようで、なにも疑わない瞳で俺を見る。聞かねぇでくれねぇか、それ。
「…………心配だったからだよ」
なんとかそう答える。嘘ではない、真実でもないけど。なんとか誤魔化されてくれねぇか。
「ふーん……?」
やっぱり納得のいかないような顔をしている。追及を逃れたくて、莉子の頬をつねる。
「ぶ」
「心配かけたくなかったら、さっさと元気になれ」
頭を乱暴に、わしゃわしゃと撫でてやる。少しだけ、莉子が笑った。それだけで、どうしようもなく満たされてしまう自分がいる。
「うん」
素直に頷く莉子が、目に見えている彼女が、全てではないかもしれない。月見の話はそれを思い知らされて怖かった。けど、こいつを疑うことなんてしたくねぇんだ。見たまんまを、信じていたい。
「俺に隠し事とか、すんなよ」
「?してないよ」
「ならいい」
頬を撫でていた手を、莉子に取られる。俺の右手を抱えて、横になる。なにが楽しいのか、両手で俺の手を触って、満足気に抱きしめている。
(…………くそ)
俺がなにも出来ねぇだろうが。そんな文句を噛み殺して、好きなようにさせていた。
『大丈夫?溜め込んでない?』
『なんでも聞くから、どんなことでも話してね』
莉子はなにに胸を痛めて、塞ぎ込んでいるのだろう。話せば楽になるのなら、私に話して欲しかった。はぐらかされるような仲ではないと、信じていたかった。
『蓮ちゃん、ごめん』
なにを謝ることがあるのだろう。側にいるなら、抱き締めてあげたい。そんなこと、気にしないでいいのに。
『死にたい』
『言えない』
『言ったら、みんなが傷つくから』
流れてくる文字列に、私の指は止まった。思考も止まった。鬱なのだから、死にたい時もあって当然だ。なんとなく分かっていたはずだ。けれど、それを言わない貴方に、どこかで安心していた。でも本当は、死にたくて、苦しくて、それを言わせなかったのは私達だと言うの?私達が傷つくからと、1人で抱え込んでいたの?悩んで止まっているうちに、メッセージは消されてなかったことになる。
『ごめん、忘れて』
忘れられるわけはなかった。1人で抱え込むことは難しかった。あの子はきっと私にだけあのメッセージを送って、消した。だから、誰かに話すかはすごく悩んだ。悩んで、悩んだ末に、1人にだけ打ち明けることにした。1番長く莉子の側にいる男。彼なら、知っているかもしれないし、なにか解決策も見出せるかも。弓場隊の隊室を訪ねる。弓場くんが1人、壁にもたれて待っていた。
「月見ィ、なんだ相談事って」
私から彼にそんなことを持ちかけたのは初めてだ。神妙な面持ちで、彼は私の言葉を待つ。
「弓場くん、貴方は莉子から「死にたい」って聞いたことある?」
「あァ?そんなもんねェよ」
弓場くんでも聞いたことがないんだ。いっそう事態は深刻な気がして、心が曇る。
「……莉子から、死にたいってLINEが来たの」
弓場くんは目を見開く。莉子はきっと、これを見たくなかったのだろう。でも、吐き出せずにそのままでいたら、貴方は独りぼっちになってしまう。
「でも、言えないって。みんなが傷つくから。返信に迷っているうちに、消されてしまったわ」
弓場くんは宙を見つめ、メガネをあげた。ひとつ大きく息を吐いて、その後ニッと笑う。
「莉子らしいな」
「……そうね」
しばらく、立ち尽くしていた。弓場くんは心配そうな顔でしきりにスマホを見る。なにか打とうとして、やめる。莉子に連絡したいのだと、あからさまに分かった。
「弓場くんは、どうしたらいいと思う?」
「……月見はどうしたいんだ」
私。私は。出来ることならば今すぐ会いたい。顔を見て安心したい。でも、それは私の願いで莉子の願いではない。私がほっとしたいだけ。独りよがりの答えだ。
「なんて声をかけたらいいか、分からないの」
言われた通り、見なかったことにすることも出来る。でも、それじゃあまりに莉子が可哀想じゃない。やっと吐き出せた。やっと、私に言ってくれたのに。
「俺達は心配することしか出来ねぇ」
弓場くんは、床を見つめてぽつりと溢す。
「あいつの重荷になっても、それはやめられねぇ」
弓場くんは壁から離れ、私の横を通り過ぎて、出口に向かう。その背を目で追う。
「だったら、貫くしかねぇだろ」
弓場くんは出ていく。行き先は想像がつく。私はどうしたい。スマホを取り出す。傷つけない言葉を、心からの言葉を探して、メッセージを書く。
『どんなことがあっても、私は莉子の味方だからね。忘れないで』
そんなことしか言えないけれど。どうか、どうか届いて。
駆け足で本部を出た。真っ直ぐ莉子の家に向かおうとして、足を止める。行って、どうするんだ。なにを伝える。莉子は月見にだから話したんだ。月見が俺に話したことを知ったら、莉子は本当になにも話さなくなるかもしれねぇ。なにより、月見の立場がねぇだろ。感情のままに、ぶつけてしまうところだった。ひとつ息を吐く。街は忙しなく、動き続けている。駅前の時計が、14時43分を指す。
(あいつちゃんと飯食ったのかな)
莉子は自傷行為は一切しないが、具合が悪いと自分に無関心になる。とりあえず、食べてくれそうなもん買って、会いに行こう。……死にたくて食いたくないってんなら、吐かせても食わせなくては。あいつが本当に死にたいと思ってるのかは、疑問だが。多分、生きているのが辛いだけで、死にたくはないんじゃねぇか。そう俺が信じたいだけか。どちらにせよ、話してくれないから分からないし、死にたいと泣いても死なせねぇが。
(くそ。俺にくらい話してくれたっていいだろ)
生まれた時からの幼馴染だ。友達よりも家族と言った方が近い。でも、いつしか線引きされて、気を遣われている。踏み込んでしまいたい。関係が崩れるのが怖い。なにより一番怖いのは、なにも話さずに勝手にいなくなられること。勝手にひとりぼっちになって、知らないところで泣かれること。お前の荷物なら半分持つから、もう1人にはしねぇから、遠ざけないで側に居させてくれ。あれこれ考えながら買い物をしていたら、明らかに買いすぎていた。まぁ、いいか。全部持って行く。自分の家の真向かいの、マンションの一階を訪ねる。インターホンを押すが、反応はない。予想通り。電話をかける。辛抱強く待てば、繋がった。
「もしもし」
「おう。今お前の家の前いるから、開けてくれや」
「……なんで」
「顔が見たくなった」
意味分かんないと思ってるんだろうな。でも本当のことだから仕方ない。自分の言った台詞が気恥ずかしくなり、一つ咳払いをする。黙って電話が切れて、玄関が開く。顔色の悪い莉子が、顔を出す。玄関の鍵だけ開けると、お構いなしに引っ込んでしまうので、こちらも遠慮なくドアを開けて中に入る。相変わらず、この家散らかってんなぁ。
「昼飯食ったのか」
「食べてない」
「いろいろ買ってきたから、なんか食え」
リビングのテーブルに、買ってきたものを並べる。莉子はしんどそうに眉を寄せながら、それを眺める。ソファに縮こまって横になり、目を閉じてしまった。
「頭痛いの」
「食わねぇからだろ」
「低気圧のせい」
こりゃ、ほっといたら意地張ってなんも食わねぇな。適当に買ってきたお菓子の、マドレーヌの封を開ける。半分に割って、莉子の前に差し出す。
「うめぇぞ」
「…………」
「好きだろ、マドレーヌ」
ようやっと、莉子はマドレーヌを受け取って、口に含んだ。取りやすい位置に、ポテトチップスを開けて置いてやる。手を出したのを見計らって、ウォーターサーバーの水を汲んできてやる。
「薬は」
「飲んでない。この時間だから、もう飲まない方がいい」
「そうか」
薬のことはよく分からない。飲みゃいいってもんでもないらしい。莉子がちゃんと自分で説明出来るので、任せている。莉子はちょっと食欲が出てきたのか、自分で食べ物を漁り出した。少し安心する。
「ありがとう」
「おう」
「でも、なんで来たの」
莉子は純粋に疑問なようで、なにも疑わない瞳で俺を見る。聞かねぇでくれねぇか、それ。
「…………心配だったからだよ」
なんとかそう答える。嘘ではない、真実でもないけど。なんとか誤魔化されてくれねぇか。
「ふーん……?」
やっぱり納得のいかないような顔をしている。追及を逃れたくて、莉子の頬をつねる。
「ぶ」
「心配かけたくなかったら、さっさと元気になれ」
頭を乱暴に、わしゃわしゃと撫でてやる。少しだけ、莉子が笑った。それだけで、どうしようもなく満たされてしまう自分がいる。
「うん」
素直に頷く莉子が、目に見えている彼女が、全てではないかもしれない。月見の話はそれを思い知らされて怖かった。けど、こいつを疑うことなんてしたくねぇんだ。見たまんまを、信じていたい。
「俺に隠し事とか、すんなよ」
「?してないよ」
「ならいい」
頬を撫でていた手を、莉子に取られる。俺の右手を抱えて、横になる。なにが楽しいのか、両手で俺の手を触って、満足気に抱きしめている。
(…………くそ)
俺がなにも出来ねぇだろうが。そんな文句を噛み殺して、好きなようにさせていた。