序章/プロトタイプ
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
ジンジャーエール/二宮匡貴
「ジンジャーエール、好きなんですか?」
大学の講義がない昼下がり、二宮は推しとのカフェタイムを楽しんでいた。何気ない質問に、見ているのは自分だけでないと自覚する。
「そう、だな。そんな飲んでいたか?」
「ジンジャーエールあるお店だと、大抵頼みますよね」
「そうだったか……」
急に気恥ずかしくなり、ジンジャーエールを飲み干す。莉子の目が見れずに肩下辺りに目をやる。莉子はアイスティーを飲む。残りが少ない。
「……おかわり、するか?」
「いいですか?」
嬉しそうに目を輝かせるところがお気に入りだった。口角をあげるわけではないし、大きな声で喜ぶわけでもないが。確かに喜んでいるのが、目を見れば分かるところが。
「なに頼む?」
「じゃあジンジャーエールにしようかな。二宮さんはコーヒー?」
同じもの頼むな、可愛い。俺の注文当てるな、可愛い。二宮は莉子の大抵の行動がツボだった。それが莉子だからなのか、元々の癖なのかは分からない。でも、そんなことはどうでもいいことだった。推しが今日も可愛い。それが全てだった。
「あ、このジンジャーエール、辛い」
莉子は眉を寄せながら飲む。彼女のことだから、残さないように頑張って飲むだろう。そういうところ。二宮は機嫌良くコーヒーに口をつけた。
みかん/太刀川隊
なんでもない任務前の時間。隊室のテーブルに、みかんが積んであったから剥いた。
「莉子、コーヒー淹れてくれる?」
「あ、はーい」
太刀川に頼まれ、莉子はみかんをテーブルに置いて給湯室に向かう。莉子はコーヒーが飲めない。けれど、太刀川が飲むので淹れ方を覚えた。牛乳をほんの少し足す。太刀川の好みは把握していた。
「はい、太刀川さん」
「おぉサンキュ」
太刀川にコーヒーを渡し、席に戻る。剥いたみかんが減っている。隣を見ると、出水が剥いてあるみかんを口に運んでいた。
「このみかん、甘えーわ」
「……うん、そうだね!」
突っ込むべきか、文句を言うべきか。悩んだ末に、莉子は放棄した。何事もなかったかのように、出水の隣に座り、またみかんを剥く。そのうち、出水がくつくつ笑うのでぎょっとして横を見る。
「ごめんなさい、意地悪しました」
「も、もぉー!びびったじゃん!」
「いやまさかなかったことにするとは……」
ゲラゲラ出水が笑い止めないので、莉子は背中をばしばし叩く。なんてことはない、束の間の日常。
言い訳/迅悠一※ボツ
「莉子ちゃん、元気?」
「ぼちぼち」
迅は莉子の頭に、頬に触れる。くすぐったそうにするが、莉子は抵抗はしない。むしろ嬉しそうに笑う。迅はよく莉子を散歩に誘う。不安定で沈みやすい彼女の為に。
「危ないよ」
車が通るのに乗じて、腰を抱く。さりげなく体のラインをなぞる。
「ごめん、ありがとう」
莉子は何も気にしない。こういった加害に、莉子は鈍感だった。言葉には、どんな些細なことでも傷つくのに。心配だなぁ、と迅は他人事のように思う。
「明日はなにしようかなぁ」
不安そうに莉子が呟く。迅には未来がいくつも見える。どれもくだらなくて、迅が抱える荷物にしてみれば些細なこと。でも、だからこそ彼女の隣は居心地が良かった。
「明日、俺なんにも用事ないよ」
ほっといたら消えちゃいそうだから。莉子がいなくなったら、みんな困るし。だから、俺がちゃんと視ておいてあげる。少しくらい、役得でもいいだろ。一緒にいる言い訳を全部莉子に押し付けて、へらりと笑う。
「ほんと?じゃあどっか行こうよ」
莉子は迅のずるさに気付かないし、知ったところで責めもしない。それを分かって、つけ込んでいる自分はクズだと薄暗く己を責める。けれど、肩を抱く手はどかさない。
「どこでもいいよ」
欲に塗れた手で触れる。莉子にとっても都合がいいでしょ?だから、許してよ。名前のない関係に、酔いしれていた。
確かなこと/弓場拓磨
莉子には髪をかきあげる癖がある。かきあげた後、分け目がなくなって不恰好になる。
「変になってんぞ」
弓場は隣いれば、莉子の髪を直してやる。大きな手が額や頭に触れて、離れる。その感触に、温もりを覚えた。
「ありがと」
なんでもないように莉子は返す。多くは望まない。拒絶されるのは怖い。弓場が好きなことには慣れた。それが叶わないことにも。
「次はあっちの店見たい」
「しょうがねぇな」
幼馴染という関係に甘える。幼馴染という線引きをする。幼馴染だから、曖昧で許される。莉子が弓場への恋心をなかったことにしたのは、随分昔だ。それでも、どんな形であれ側にいたい。友達であることまで、なかったことにしたくはない。関係性に名前はつけない、名前をつけたら、きっと終わりに向かうから。隣にいる、それ以上確かなことなんて必要だろうか?
お節介/迅悠一
「…………」
「…………なに?」
出会って早々、莉子がジト目で迅を睨むので、迅は肩をすくめた。視えてなかったわけではないけど、意識から外れて忘れていた。
「迅、いつからトリオン体解除してないの?」
「えーっとぉ……一昨日?」
へらりと笑って、誤魔化そうとするが、莉子はより顔を険しくする。迅の襟首を掴むと、激しく揺する。
「解除!解除して!」
「えー別に平気だってば」
莉子だってトリオン体にはなっているのだから、問題はないことぐらい分かるだろうに。迅はちょっと面倒くさくなりながらも、自分より背の低い彼女を見下ろす。不機嫌そうなむくれ顔に、思わず吹き出す。
「笑い事じゃない!ちゃんと自分大事にして!」
「はいはい分かった、分かったよ」
不摂生をすると、自分のことのように怒る。そんな莉子に根負けして、トリガーを解除する。生身だと外の空気が生温く感じた。
「で?今日はどこに行くのお嬢さん」
莉子が女の子扱いに弱いのを分かっていて、仕返しとばかりにいい顔をする。また莉子に睨まれるが、全然怖くはない。
「……迅の行きたいところでいいよ」
不貞腐れて、莉子は視線を逸らした。やっぱ女の子って可愛いなーと迅は思う。無意識に、莉子のお節介を楽しんでいた。
いつまでも捨てられないもの
小学生の頃、鉛筆を集めるのにハマっていた。色とりどりの柄を集めるのが好きだった。削るのが勿体無くて、大体がそのまま残っている。なんとなしに仕舞っている箱から鉛筆を取り出して、眺める。一本だけ、削られて短い鉛筆がある。
(貰ったんだよな〜まだ残ってたか)
失くし物の多い自分が、失くさずに残していたことに感心する。ま、大事にするのも無理はないか。初恋の人に貰った鉛筆だし。
(鉛筆なんて、もう使わないんだけどな)
短い鉛筆を、普段使う筆箱に移す。特に意味はない。意味は要らない。見つかったとしても、あの頃好きだったよと笑顔で言えるし。懐かしくて、残ってて嬉しくなっただけ。それだけだよ。
忘れられない失くしもの/弓場拓磨
莉子の筆箱の中に、いつかの鉛筆が入っているのを見た。稲妻のような衝撃と共に、頭が真っ白になった。
「拓磨?」
「あ、あぁ。悪ぃ。聞いてなかった」
なにも見ていない。平静を装うので精一杯だった。幸い、莉子は聡くない。疑われずに、普段通りに済んだ。
(お前はまだ、持ってるのかよ)
鉛筆は、お互いの物を交換した。だから、俺だって持ってるはずだった。部屋中、何度も探した。俺は、莉子から貰った鉛筆は失くした。忘れようと、思ってたのに。
(なんで、今になって)
今になって、なんでそんな物を持ち歩いている?俺を責めたい?今でも好きか?それとも、俺とのことはもう、遠い思い出なのか。感情が迫り上がって胸が苦しい。問い詰める勇気など、持ち合わせていなかった。
猫みたい/隠岐孝二
「お、莉子さんや。こんちは〜」
「隠岐くん。こんにちは」
ボーダーの廊下、ばったり会った2人はなんとなく立ち止まり、立ち話を始めた。隠岐はスマホを取り出すと、一枚の写真を選んで見せる。
「見てください、実家の猫」
「はわ〜可愛い〜!」
ワントーン上がる莉子の声に、隠岐はへらりと笑う。スクロールしてどんどん写真を見せる。莉子は声にならない声を出し、噛み締めるように写真を見る。可愛ええ人やなぁとぼんやり思う。
「莉子さんって、猫みたいやんなぁ」
「そう?まぁ私、ねこ座だけど」
あまりピンときてないようで、首を傾げている。本命を作らず、ふらふらしている様子が、懐っこい猫のようだと隠岐は思う。ひょっとすると、失礼な話なので、笑顔の下に隠しておく。
「隠岐くん、三門楽しい?」
「楽しいですよ」
スカウト組に聞いて回ってるらしい。世話焼きなんやなぁと思う。その倍は世話を焼かれているけれど。無理して背伸びしたり、背負い込んだり、気まぐれに優しくしたり。なんとなく猫っぽいなぁと、やっぱり思う。
「莉子さん、またうちの隊室遊びに来てくださいよ」
「お、行く行く〜」
猫は可愛がる、俺猫派やし。猫がご機嫌だと癒されるし。でもやっぱり失礼だろうから、莉子さんを猫と思ってるのは、内緒。
空模様/迅悠一
「今日夕方から大雨だから、大きい傘持っておいでよ」
「えー……晴れてるよ?」
出かける前、迅から莉子に電話をかけた。莉子は面倒くさそうに折り畳み傘を手にする。
「あっダメダメ。大きい傘にしな」
「えーだって晴れてるじゃん」
「降るの、これから。なに、俺のこと信用してない?」
「してるけどさー……」
大きい傘を持ち歩くのは、面倒くさいなぁと思う。でも、迅の天気予報が外れる可能性も低いので、仕方なく大きい傘を持った。
「よろしい。じゃ、待ってるから」
「はいはい〜」
電話を切り、待ち合わせ場所に向かう。大雨が降るのに、迅も莉子も会うことをやめようとは言わない。
散歩/弓場拓磨
「コロ、ごめんごめん!遅くなって悪かった」
愛犬のコロと、いつもより遅い散歩に出る。冷え込んできた住宅街、まばらな街灯の下、遠くで聞こえる戦闘音。今はただの嵐山准として、道路を歩く。人影も少ない、なにも気にすることはない。空気が美味しく感じる。今日は満月だ。
「ワンッ、ワン」
コロが珍しく吠えるので、前方に意識を戻した。莉子と弓場が、並んで歩いてくる。
「わっコロだ〜こんばんは!」
莉子はコロに駆け寄り、遠慮なく撫で回している。本当に動物好きなんだなぁ。弓場を見れば、とても決まりが悪そうに眼鏡をあげるので、にやけるのを抑えられなかった。
「2人は夜の散歩か?」
「そうだ」
「よく散歩するよね〜」
「へぇ〜よく」
再度弓場を見れば、睨み返された。怖いなぁ。莉子は一心不乱にコロを撫でていて、こちらのことはお構いなしだ。
「苦労するなぁ、弓場」
「……別に。昔っからこうだこいつぁ」
「昔っからね?」
「…………」
余計なことを話すなとあんまりに睨むので、揶揄うのは終いにした。コロはお腹を見せて、莉子に甘えている。
「おら、もういいだろ。行くぞ」
「んー……」
莉子が聞く耳を持たないので、弓場は莉子の襟首を掴んで無理矢理立たせた。乱暴だなぁ。コロが起き上がって、後ろ足で頭を掻く。
「じゃあな嵐山」
「じゃあね〜准くん」
2人が去っていく。俺もコロとの散歩を再開する。もう少し素直になってもいいと思うけどな。ま、俺がどうこう出来る事じゃないけど。今夜は月が綺麗だ。
「ジンジャーエール、好きなんですか?」
大学の講義がない昼下がり、二宮は推しとのカフェタイムを楽しんでいた。何気ない質問に、見ているのは自分だけでないと自覚する。
「そう、だな。そんな飲んでいたか?」
「ジンジャーエールあるお店だと、大抵頼みますよね」
「そうだったか……」
急に気恥ずかしくなり、ジンジャーエールを飲み干す。莉子の目が見れずに肩下辺りに目をやる。莉子はアイスティーを飲む。残りが少ない。
「……おかわり、するか?」
「いいですか?」
嬉しそうに目を輝かせるところがお気に入りだった。口角をあげるわけではないし、大きな声で喜ぶわけでもないが。確かに喜んでいるのが、目を見れば分かるところが。
「なに頼む?」
「じゃあジンジャーエールにしようかな。二宮さんはコーヒー?」
同じもの頼むな、可愛い。俺の注文当てるな、可愛い。二宮は莉子の大抵の行動がツボだった。それが莉子だからなのか、元々の癖なのかは分からない。でも、そんなことはどうでもいいことだった。推しが今日も可愛い。それが全てだった。
「あ、このジンジャーエール、辛い」
莉子は眉を寄せながら飲む。彼女のことだから、残さないように頑張って飲むだろう。そういうところ。二宮は機嫌良くコーヒーに口をつけた。
みかん/太刀川隊
なんでもない任務前の時間。隊室のテーブルに、みかんが積んであったから剥いた。
「莉子、コーヒー淹れてくれる?」
「あ、はーい」
太刀川に頼まれ、莉子はみかんをテーブルに置いて給湯室に向かう。莉子はコーヒーが飲めない。けれど、太刀川が飲むので淹れ方を覚えた。牛乳をほんの少し足す。太刀川の好みは把握していた。
「はい、太刀川さん」
「おぉサンキュ」
太刀川にコーヒーを渡し、席に戻る。剥いたみかんが減っている。隣を見ると、出水が剥いてあるみかんを口に運んでいた。
「このみかん、甘えーわ」
「……うん、そうだね!」
突っ込むべきか、文句を言うべきか。悩んだ末に、莉子は放棄した。何事もなかったかのように、出水の隣に座り、またみかんを剥く。そのうち、出水がくつくつ笑うのでぎょっとして横を見る。
「ごめんなさい、意地悪しました」
「も、もぉー!びびったじゃん!」
「いやまさかなかったことにするとは……」
ゲラゲラ出水が笑い止めないので、莉子は背中をばしばし叩く。なんてことはない、束の間の日常。
言い訳/迅悠一※ボツ
「莉子ちゃん、元気?」
「ぼちぼち」
迅は莉子の頭に、頬に触れる。くすぐったそうにするが、莉子は抵抗はしない。むしろ嬉しそうに笑う。迅はよく莉子を散歩に誘う。不安定で沈みやすい彼女の為に。
「危ないよ」
車が通るのに乗じて、腰を抱く。さりげなく体のラインをなぞる。
「ごめん、ありがとう」
莉子は何も気にしない。こういった加害に、莉子は鈍感だった。言葉には、どんな些細なことでも傷つくのに。心配だなぁ、と迅は他人事のように思う。
「明日はなにしようかなぁ」
不安そうに莉子が呟く。迅には未来がいくつも見える。どれもくだらなくて、迅が抱える荷物にしてみれば些細なこと。でも、だからこそ彼女の隣は居心地が良かった。
「明日、俺なんにも用事ないよ」
ほっといたら消えちゃいそうだから。莉子がいなくなったら、みんな困るし。だから、俺がちゃんと視ておいてあげる。少しくらい、役得でもいいだろ。一緒にいる言い訳を全部莉子に押し付けて、へらりと笑う。
「ほんと?じゃあどっか行こうよ」
莉子は迅のずるさに気付かないし、知ったところで責めもしない。それを分かって、つけ込んでいる自分はクズだと薄暗く己を責める。けれど、肩を抱く手はどかさない。
「どこでもいいよ」
欲に塗れた手で触れる。莉子にとっても都合がいいでしょ?だから、許してよ。名前のない関係に、酔いしれていた。
確かなこと/弓場拓磨
莉子には髪をかきあげる癖がある。かきあげた後、分け目がなくなって不恰好になる。
「変になってんぞ」
弓場は隣いれば、莉子の髪を直してやる。大きな手が額や頭に触れて、離れる。その感触に、温もりを覚えた。
「ありがと」
なんでもないように莉子は返す。多くは望まない。拒絶されるのは怖い。弓場が好きなことには慣れた。それが叶わないことにも。
「次はあっちの店見たい」
「しょうがねぇな」
幼馴染という関係に甘える。幼馴染という線引きをする。幼馴染だから、曖昧で許される。莉子が弓場への恋心をなかったことにしたのは、随分昔だ。それでも、どんな形であれ側にいたい。友達であることまで、なかったことにしたくはない。関係性に名前はつけない、名前をつけたら、きっと終わりに向かうから。隣にいる、それ以上確かなことなんて必要だろうか?
お節介/迅悠一
「…………」
「…………なに?」
出会って早々、莉子がジト目で迅を睨むので、迅は肩をすくめた。視えてなかったわけではないけど、意識から外れて忘れていた。
「迅、いつからトリオン体解除してないの?」
「えーっとぉ……一昨日?」
へらりと笑って、誤魔化そうとするが、莉子はより顔を険しくする。迅の襟首を掴むと、激しく揺する。
「解除!解除して!」
「えー別に平気だってば」
莉子だってトリオン体にはなっているのだから、問題はないことぐらい分かるだろうに。迅はちょっと面倒くさくなりながらも、自分より背の低い彼女を見下ろす。不機嫌そうなむくれ顔に、思わず吹き出す。
「笑い事じゃない!ちゃんと自分大事にして!」
「はいはい分かった、分かったよ」
不摂生をすると、自分のことのように怒る。そんな莉子に根負けして、トリガーを解除する。生身だと外の空気が生温く感じた。
「で?今日はどこに行くのお嬢さん」
莉子が女の子扱いに弱いのを分かっていて、仕返しとばかりにいい顔をする。また莉子に睨まれるが、全然怖くはない。
「……迅の行きたいところでいいよ」
不貞腐れて、莉子は視線を逸らした。やっぱ女の子って可愛いなーと迅は思う。無意識に、莉子のお節介を楽しんでいた。
いつまでも捨てられないもの
小学生の頃、鉛筆を集めるのにハマっていた。色とりどりの柄を集めるのが好きだった。削るのが勿体無くて、大体がそのまま残っている。なんとなしに仕舞っている箱から鉛筆を取り出して、眺める。一本だけ、削られて短い鉛筆がある。
(貰ったんだよな〜まだ残ってたか)
失くし物の多い自分が、失くさずに残していたことに感心する。ま、大事にするのも無理はないか。初恋の人に貰った鉛筆だし。
(鉛筆なんて、もう使わないんだけどな)
短い鉛筆を、普段使う筆箱に移す。特に意味はない。意味は要らない。見つかったとしても、あの頃好きだったよと笑顔で言えるし。懐かしくて、残ってて嬉しくなっただけ。それだけだよ。
忘れられない失くしもの/弓場拓磨
莉子の筆箱の中に、いつかの鉛筆が入っているのを見た。稲妻のような衝撃と共に、頭が真っ白になった。
「拓磨?」
「あ、あぁ。悪ぃ。聞いてなかった」
なにも見ていない。平静を装うので精一杯だった。幸い、莉子は聡くない。疑われずに、普段通りに済んだ。
(お前はまだ、持ってるのかよ)
鉛筆は、お互いの物を交換した。だから、俺だって持ってるはずだった。部屋中、何度も探した。俺は、莉子から貰った鉛筆は失くした。忘れようと、思ってたのに。
(なんで、今になって)
今になって、なんでそんな物を持ち歩いている?俺を責めたい?今でも好きか?それとも、俺とのことはもう、遠い思い出なのか。感情が迫り上がって胸が苦しい。問い詰める勇気など、持ち合わせていなかった。
猫みたい/隠岐孝二
「お、莉子さんや。こんちは〜」
「隠岐くん。こんにちは」
ボーダーの廊下、ばったり会った2人はなんとなく立ち止まり、立ち話を始めた。隠岐はスマホを取り出すと、一枚の写真を選んで見せる。
「見てください、実家の猫」
「はわ〜可愛い〜!」
ワントーン上がる莉子の声に、隠岐はへらりと笑う。スクロールしてどんどん写真を見せる。莉子は声にならない声を出し、噛み締めるように写真を見る。可愛ええ人やなぁとぼんやり思う。
「莉子さんって、猫みたいやんなぁ」
「そう?まぁ私、ねこ座だけど」
あまりピンときてないようで、首を傾げている。本命を作らず、ふらふらしている様子が、懐っこい猫のようだと隠岐は思う。ひょっとすると、失礼な話なので、笑顔の下に隠しておく。
「隠岐くん、三門楽しい?」
「楽しいですよ」
スカウト組に聞いて回ってるらしい。世話焼きなんやなぁと思う。その倍は世話を焼かれているけれど。無理して背伸びしたり、背負い込んだり、気まぐれに優しくしたり。なんとなく猫っぽいなぁと、やっぱり思う。
「莉子さん、またうちの隊室遊びに来てくださいよ」
「お、行く行く〜」
猫は可愛がる、俺猫派やし。猫がご機嫌だと癒されるし。でもやっぱり失礼だろうから、莉子さんを猫と思ってるのは、内緒。
空模様/迅悠一
「今日夕方から大雨だから、大きい傘持っておいでよ」
「えー……晴れてるよ?」
出かける前、迅から莉子に電話をかけた。莉子は面倒くさそうに折り畳み傘を手にする。
「あっダメダメ。大きい傘にしな」
「えーだって晴れてるじゃん」
「降るの、これから。なに、俺のこと信用してない?」
「してるけどさー……」
大きい傘を持ち歩くのは、面倒くさいなぁと思う。でも、迅の天気予報が外れる可能性も低いので、仕方なく大きい傘を持った。
「よろしい。じゃ、待ってるから」
「はいはい〜」
電話を切り、待ち合わせ場所に向かう。大雨が降るのに、迅も莉子も会うことをやめようとは言わない。
散歩/弓場拓磨
「コロ、ごめんごめん!遅くなって悪かった」
愛犬のコロと、いつもより遅い散歩に出る。冷え込んできた住宅街、まばらな街灯の下、遠くで聞こえる戦闘音。今はただの嵐山准として、道路を歩く。人影も少ない、なにも気にすることはない。空気が美味しく感じる。今日は満月だ。
「ワンッ、ワン」
コロが珍しく吠えるので、前方に意識を戻した。莉子と弓場が、並んで歩いてくる。
「わっコロだ〜こんばんは!」
莉子はコロに駆け寄り、遠慮なく撫で回している。本当に動物好きなんだなぁ。弓場を見れば、とても決まりが悪そうに眼鏡をあげるので、にやけるのを抑えられなかった。
「2人は夜の散歩か?」
「そうだ」
「よく散歩するよね〜」
「へぇ〜よく」
再度弓場を見れば、睨み返された。怖いなぁ。莉子は一心不乱にコロを撫でていて、こちらのことはお構いなしだ。
「苦労するなぁ、弓場」
「……別に。昔っからこうだこいつぁ」
「昔っからね?」
「…………」
余計なことを話すなとあんまりに睨むので、揶揄うのは終いにした。コロはお腹を見せて、莉子に甘えている。
「おら、もういいだろ。行くぞ」
「んー……」
莉子が聞く耳を持たないので、弓場は莉子の襟首を掴んで無理矢理立たせた。乱暴だなぁ。コロが起き上がって、後ろ足で頭を掻く。
「じゃあな嵐山」
「じゃあね〜准くん」
2人が去っていく。俺もコロとの散歩を再開する。もう少し素直になってもいいと思うけどな。ま、俺がどうこう出来る事じゃないけど。今夜は月が綺麗だ。