序章/プロトタイプ
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「もうすぐ太刀川さん達帰ってくるね〜」
時間を確認して、唯我くんに声をかけた。太刀川隊隊室には、唯我くんと私しかいない。ここ数週間はずっとそう。何故なら、隊長たちは近界遠征に行っているから。
「そうですね。無事でしょうか」
「3人とも強いから大丈夫でしょ〜」
「それもそうですね」
3人の帰りを楽しみに、苦手な書類の片付けをする。報告書を書いたりだの諸手続きは嫌いだ。でもいつもは私を気遣って、太刀川さんや出水がやってくれているので、留守番の時くらい自分でやる。
「留守番、ちゃんと出来たよねうちら」
「もちろんです!この唯我がいるんですから、莉子さんはなにもご心配なく!」
「いつもありがとね」
感謝を伝えれば、唯我くんは胸を張る。調子に乗るからあまり優しくするなと出水は言うけど、私は他人に意地悪を言える性格ではないし。唯我くんはちょっと性格に難ありかもしれないけれど、私に害はないので素直に接している。
「莉子さんは僕の心の拠り所です……」
みんなが帰ってくると肩身が狭くなるからか、唯我くんは私に助けを求めるようにそんなことを言う。どうしてあげることも出来なくて、曖昧に笑って返した。
「どうしたらこの不遇な状況から僕は抜け出せるんですか」
遠征帰還ブルーになっている。どうしよう。
「頑張るしかないよねぇ」
「僕だって頑張ってるんで「おいこら唯我ぁ!莉子さんに迷惑かけてねぇーだろうな!?」」
辛気臭い唯我くんの声を遮って、出水が帰ってきた。唯我くんは青ざめて縮こまる。可哀想。
「かけてませんよ!開口一番にそれですか!? 酷い!」
「こちとらそれだけが心配の種だったからな。どうせおんぶに抱っこだったんだろ」
「そんなこと!ないです!」
「出水、そんなことないよ。大丈夫だよ」
出水が疑わしそうな目を私に向ける。真面目に留守番していた唯我くんが可哀想なので、弁明する。
「本当だよ。書類も手伝ってくれたし、任務もちゃんとこなしてたよ。助かったよ」
「……莉子さん、優しすぎるんすよ」
出水が唯我くんを押し除けて私の向かいに座る。なにはともあれ。
「おかえり、出水」
「うっす。元気そうでなにより」
出水がテーブルの煎餅に手を伸ばす。柚宇ちゃんはマイペースに奥に行き、もうゲームをする準備をしている。
「柚宇ちゃんもおかえり」
「ただいま〜ねー莉子ちゃんポケモンやろ?帰ったらやるって決めてたの」
「いいよ〜」
「唯我、茶!」
「人使いが荒いんですよ出水先輩は……」
普段通りの太刀川隊が戻ってきた。私は、自分が酷く安心しているのを感じた。なんだかんだ、留守番に緊張していたようだ。
「そういえば、太刀川さんは?」
「ん、報告と、なんか会議あるみたいっす」
「そっか」
太刀川さん帰ってきたら、トースターでお餅を焼こうかな。お茶を淹れる唯我くんを手伝いに行きがてら、お餅のストックを確認しに行った。
「太刀川さん、おかえり〜」
いつもの飄々とした顔で、太刀川さんは帰ってきた。どかっと私の隣に座る。
「餅ある?」
「そう言うだろうと思った」
私は餅を焼きに給湯室に引っ込む。出水と太刀川さんがなにか話してるのが聞こえる。唯我くんが騒ぐ声も。いつものことなので、特に気にはせず餅を焼いていた。出来上がった餅を磯辺にして運ぶ。席に着くと、太刀川さんが私の肩を叩いた。
「今日の夜、玉狛襲撃する任務があるけど、莉子は来るか?」
「うん?」
状況が全く読み込めない。何故玉狛を襲撃?なにか揉めたのだろうか。
「黒トリガーの回収任務だって。莉子さんいた方が俺は楽だけど」
先に話を聞いたらしい出水が補足してくれたが、未だに状況は不透明だ。でも、なにを質問したらいいかも分からない。困っていると、太刀川さんは私を安心させるように、もう一度肩を叩いた。
「ま、莉子には向かない任務かもな。無理しなくていいぞ」
「うーん、じゃあ……よく分かんないしやめとく」
「おっけ。じゃあ俺と出水、国近で行ってくる。作戦詰めなきゃいけないからまた出かけるな」
太刀川さんが私の頭を撫でる。これでよかったんだろうか。自分の判断に自信が持てず、もやもやとした気分を抱える。そんな私を置いて、気づいたらみんな出かけてしまった。唯我くんも帰ったようだ。私はこれからなにをしよう。空いた時間に、胸が締め付けられた。
ぼんやりしていると、携帯が鳴った。画面を見れば、迅からだった。妙な胸騒ぎを覚えつつ、電話に出る。
「もしもし?」
「よっ。莉子ちゃん元気?」
「ぼちぼち」
「ぼちぼちか〜。あのさ、ひとつお願いがあるんだけど」
「うん」
迅からのお願いはどうでもいいものや些細なもの、簡単なものに混じって、時たま深刻なものがある。いつも通りのどうでもいいことを期待した。
「太刀川さん達が玉狛に来ると思うんだけど……いつかが知りたい。知らない?」
「…………」
知らないと言えばもちろん嘘だ。さっきしっかりと聞いている。でも、教えてしまえば太刀川さん達を裏切ることになる。それは当然そうだ。でも、迅からのお願いは無下には出来ない。私は彼に大きな恩がある。友達のお願いは出来る限り応えたい。どっちに転んでも、どちらかは裏切らなければならない。言葉に詰まっていると、
「……ごめんな」
迅から謝罪が漏れた。声を聞けば、迅が本当に申し訳なく思っているのは伝わる。迅が私に要求していることが、私にとってどういう意味を持つのか、彼はちゃんと分かった上で電話をかけている。つまりは、それだけ大事なことだということ。
「……太刀川さんから、襲撃に行くことは聞いてる。状況が飲み込めなくて断った。なにも知らないまま、迅に情報を漏らすのはフェアじゃない」
素直に知っていることを白状した。そのうえで、私の気持ちを伝える。流されるがままに、教えるわけにはいかなかった。
「……玉狛で今、黒トリガーを持った近界民の少年を保護してる。その子はメガネくんと一緒に玉狛に入隊した」
メガネくんって、前に迅が助けて無理やり入隊させた子か。
「城戸さんは組織のパワーバランスが崩れるから、殺してでも黒トリガーを回収するつもりだ」
「殺してでも……」
太刀川さんが無理をするなと言った理由も分かった。
「その黒トリガーは少年にとって親の形見で、命よりも大事なものなんだ」
「……その子はなにをしに、三門まで?」
「死んだ親父さんの故郷なんだそうだ。こちらを攻撃する意思は全くない」
今の話だけだと、太刀川さん達がやることは強盗と同じだ。でも、黒トリガーが脅威なことは事実。なにが正しいんだろう。
「後輩の未来を守りたい。協力して欲しい」
「……迅にとって、既に守りたい仲間なんだね」
「うん。反撃の機会くらいは、与えて欲しい」
迅はいつだって、誰かのために走り回る。最善の未来のために、暗躍する。彼の判断を、いつだって頼りにして信じている。迅がここまで言うのなら、その少年を生かしても悪い未来にはならないのだろう。いつも頼っているのに、こんな時ばかり信じないのは薄情だろう。私は迅に賭けることにした。
「……今日の夜、玉狛に向かうって言ってた」
太刀川さんの顔が浮かぶ。謝ったら許してくれるだろうなと思う。多分、怒られもしない。それでも申し訳なく思う。
「ありがとう!これでだいぶ動きやすくなった」
迅の頭では、どんどん未来が確定しては広がって見えているのだろう。私の判断で、少しでもいい方向に転べばいいのだが。
「これ以上のことは知らない。ごめん」
「うん、充分だよ。本当にありがとう。今度なにかお礼させて」
「いいよ、別に。いらない」
なにも望まない。これで何かを得てしまっては、そのために密告したみたいだ。
「……分かった。それじゃ」
「迅、」
「なに?」
「……無理しないでね」
なにをするつもりかは分からないけれど、迅はよく自分をないがしろにするから。心配する私に、迅は笑った。
「お前にそう言われると、頑張ろうって思えるよ」
「無理して欲しくないんだけど」
「しないしない!大丈夫。ありがとね」
じゃあ、またね。電話は切れた。隊室に1人、取り残された気分になる。
「……なにしよ」
なにもする気が起きなかった。誰かに相談することも難しい。沈む気分を抱えながら、ここにいては邪魔になるだろうと隊室を後にする。なにも悪いことが起きませんように。それだけを願った。
時間を確認して、唯我くんに声をかけた。太刀川隊隊室には、唯我くんと私しかいない。ここ数週間はずっとそう。何故なら、隊長たちは近界遠征に行っているから。
「そうですね。無事でしょうか」
「3人とも強いから大丈夫でしょ〜」
「それもそうですね」
3人の帰りを楽しみに、苦手な書類の片付けをする。報告書を書いたりだの諸手続きは嫌いだ。でもいつもは私を気遣って、太刀川さんや出水がやってくれているので、留守番の時くらい自分でやる。
「留守番、ちゃんと出来たよねうちら」
「もちろんです!この唯我がいるんですから、莉子さんはなにもご心配なく!」
「いつもありがとね」
感謝を伝えれば、唯我くんは胸を張る。調子に乗るからあまり優しくするなと出水は言うけど、私は他人に意地悪を言える性格ではないし。唯我くんはちょっと性格に難ありかもしれないけれど、私に害はないので素直に接している。
「莉子さんは僕の心の拠り所です……」
みんなが帰ってくると肩身が狭くなるからか、唯我くんは私に助けを求めるようにそんなことを言う。どうしてあげることも出来なくて、曖昧に笑って返した。
「どうしたらこの不遇な状況から僕は抜け出せるんですか」
遠征帰還ブルーになっている。どうしよう。
「頑張るしかないよねぇ」
「僕だって頑張ってるんで「おいこら唯我ぁ!莉子さんに迷惑かけてねぇーだろうな!?」」
辛気臭い唯我くんの声を遮って、出水が帰ってきた。唯我くんは青ざめて縮こまる。可哀想。
「かけてませんよ!開口一番にそれですか!? 酷い!」
「こちとらそれだけが心配の種だったからな。どうせおんぶに抱っこだったんだろ」
「そんなこと!ないです!」
「出水、そんなことないよ。大丈夫だよ」
出水が疑わしそうな目を私に向ける。真面目に留守番していた唯我くんが可哀想なので、弁明する。
「本当だよ。書類も手伝ってくれたし、任務もちゃんとこなしてたよ。助かったよ」
「……莉子さん、優しすぎるんすよ」
出水が唯我くんを押し除けて私の向かいに座る。なにはともあれ。
「おかえり、出水」
「うっす。元気そうでなにより」
出水がテーブルの煎餅に手を伸ばす。柚宇ちゃんはマイペースに奥に行き、もうゲームをする準備をしている。
「柚宇ちゃんもおかえり」
「ただいま〜ねー莉子ちゃんポケモンやろ?帰ったらやるって決めてたの」
「いいよ〜」
「唯我、茶!」
「人使いが荒いんですよ出水先輩は……」
普段通りの太刀川隊が戻ってきた。私は、自分が酷く安心しているのを感じた。なんだかんだ、留守番に緊張していたようだ。
「そういえば、太刀川さんは?」
「ん、報告と、なんか会議あるみたいっす」
「そっか」
太刀川さん帰ってきたら、トースターでお餅を焼こうかな。お茶を淹れる唯我くんを手伝いに行きがてら、お餅のストックを確認しに行った。
「太刀川さん、おかえり〜」
いつもの飄々とした顔で、太刀川さんは帰ってきた。どかっと私の隣に座る。
「餅ある?」
「そう言うだろうと思った」
私は餅を焼きに給湯室に引っ込む。出水と太刀川さんがなにか話してるのが聞こえる。唯我くんが騒ぐ声も。いつものことなので、特に気にはせず餅を焼いていた。出来上がった餅を磯辺にして運ぶ。席に着くと、太刀川さんが私の肩を叩いた。
「今日の夜、玉狛襲撃する任務があるけど、莉子は来るか?」
「うん?」
状況が全く読み込めない。何故玉狛を襲撃?なにか揉めたのだろうか。
「黒トリガーの回収任務だって。莉子さんいた方が俺は楽だけど」
先に話を聞いたらしい出水が補足してくれたが、未だに状況は不透明だ。でも、なにを質問したらいいかも分からない。困っていると、太刀川さんは私を安心させるように、もう一度肩を叩いた。
「ま、莉子には向かない任務かもな。無理しなくていいぞ」
「うーん、じゃあ……よく分かんないしやめとく」
「おっけ。じゃあ俺と出水、国近で行ってくる。作戦詰めなきゃいけないからまた出かけるな」
太刀川さんが私の頭を撫でる。これでよかったんだろうか。自分の判断に自信が持てず、もやもやとした気分を抱える。そんな私を置いて、気づいたらみんな出かけてしまった。唯我くんも帰ったようだ。私はこれからなにをしよう。空いた時間に、胸が締め付けられた。
ぼんやりしていると、携帯が鳴った。画面を見れば、迅からだった。妙な胸騒ぎを覚えつつ、電話に出る。
「もしもし?」
「よっ。莉子ちゃん元気?」
「ぼちぼち」
「ぼちぼちか〜。あのさ、ひとつお願いがあるんだけど」
「うん」
迅からのお願いはどうでもいいものや些細なもの、簡単なものに混じって、時たま深刻なものがある。いつも通りのどうでもいいことを期待した。
「太刀川さん達が玉狛に来ると思うんだけど……いつかが知りたい。知らない?」
「…………」
知らないと言えばもちろん嘘だ。さっきしっかりと聞いている。でも、教えてしまえば太刀川さん達を裏切ることになる。それは当然そうだ。でも、迅からのお願いは無下には出来ない。私は彼に大きな恩がある。友達のお願いは出来る限り応えたい。どっちに転んでも、どちらかは裏切らなければならない。言葉に詰まっていると、
「……ごめんな」
迅から謝罪が漏れた。声を聞けば、迅が本当に申し訳なく思っているのは伝わる。迅が私に要求していることが、私にとってどういう意味を持つのか、彼はちゃんと分かった上で電話をかけている。つまりは、それだけ大事なことだということ。
「……太刀川さんから、襲撃に行くことは聞いてる。状況が飲み込めなくて断った。なにも知らないまま、迅に情報を漏らすのはフェアじゃない」
素直に知っていることを白状した。そのうえで、私の気持ちを伝える。流されるがままに、教えるわけにはいかなかった。
「……玉狛で今、黒トリガーを持った近界民の少年を保護してる。その子はメガネくんと一緒に玉狛に入隊した」
メガネくんって、前に迅が助けて無理やり入隊させた子か。
「城戸さんは組織のパワーバランスが崩れるから、殺してでも黒トリガーを回収するつもりだ」
「殺してでも……」
太刀川さんが無理をするなと言った理由も分かった。
「その黒トリガーは少年にとって親の形見で、命よりも大事なものなんだ」
「……その子はなにをしに、三門まで?」
「死んだ親父さんの故郷なんだそうだ。こちらを攻撃する意思は全くない」
今の話だけだと、太刀川さん達がやることは強盗と同じだ。でも、黒トリガーが脅威なことは事実。なにが正しいんだろう。
「後輩の未来を守りたい。協力して欲しい」
「……迅にとって、既に守りたい仲間なんだね」
「うん。反撃の機会くらいは、与えて欲しい」
迅はいつだって、誰かのために走り回る。最善の未来のために、暗躍する。彼の判断を、いつだって頼りにして信じている。迅がここまで言うのなら、その少年を生かしても悪い未来にはならないのだろう。いつも頼っているのに、こんな時ばかり信じないのは薄情だろう。私は迅に賭けることにした。
「……今日の夜、玉狛に向かうって言ってた」
太刀川さんの顔が浮かぶ。謝ったら許してくれるだろうなと思う。多分、怒られもしない。それでも申し訳なく思う。
「ありがとう!これでだいぶ動きやすくなった」
迅の頭では、どんどん未来が確定しては広がって見えているのだろう。私の判断で、少しでもいい方向に転べばいいのだが。
「これ以上のことは知らない。ごめん」
「うん、充分だよ。本当にありがとう。今度なにかお礼させて」
「いいよ、別に。いらない」
なにも望まない。これで何かを得てしまっては、そのために密告したみたいだ。
「……分かった。それじゃ」
「迅、」
「なに?」
「……無理しないでね」
なにをするつもりかは分からないけれど、迅はよく自分をないがしろにするから。心配する私に、迅は笑った。
「お前にそう言われると、頑張ろうって思えるよ」
「無理して欲しくないんだけど」
「しないしない!大丈夫。ありがとね」
じゃあ、またね。電話は切れた。隊室に1人、取り残された気分になる。
「……なにしよ」
なにもする気が起きなかった。誰かに相談することも難しい。沈む気分を抱えながら、ここにいては邪魔になるだろうと隊室を後にする。なにも悪いことが起きませんように。それだけを願った。