可能性の話
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「莉子さんが好きなんで、付き合ってください」
真面目で真摯な告白に、逃げ場はないと感じた。どこに?とすっとぼけたかったけど。哲次くんの眼差しは、獲物を狩る狩人のそれで、力強く芯のある言動は好ましいと感じていた。けれど、彼が私を好きという事実は、にわかに信じられなかった。
「はい」
気持ちと裏腹に、容易く返事をしてしまう。哲次くんに捕まったら最後だと、直感的に怯えていたから。これは降参の意思表示だ。帽子のつばを下げて、少年のように爽やかに哲次くんは笑った。ちくりと胸を刺す罪悪感を、隠し通すように私も笑った。
今、私は哲次くんを避けている。1週間ほど。出会いそうな場所に出向くのは避け、メールの返信も時間を置いて返している。デートの誘いも、忙しいから調整して連絡するとあやふやにして。自信がなかった、哲次くんの隣に立つ。どう考えたって、私は哲次くんの恋人には相応しくない。私は彼のように立派には生きられない。私が彼の恋人だとして、それは彼にとって負債ではないのか?そう思えてしまう。完璧超人の哲次くんが、なぜ私なんかを好きだというのか分からない。考えると沈み込むので、哲次くんを避けてしまう。このままではよくないのは、分かっている。だから、カゲくんを訪ねた。
「なんで俺のとこにくんだよ」
カゲくんはそうは言ったけど、私を追い返すことはせず、隊室に迎え入れてくれた。こたつに入って、向かい合う。みかんを差し出されたので、受けとって剥く。
「顔色悪りぃな」
「ちょっと疲れてて」
「ふーん」
カゲくんはみかんを口に運びながら、じっと私の様子を伺う。それから、小さくため息を吐いて、切り出した。
「荒船のことか?」
「うん」
「あんた荒船のこと、好きなのか?」
「好きだと思うよ」
好きじゃなかったら、彼との差にこんなに苦しまないだろう。苦しむことで、自覚した気持ちだけれど。
「じゃあなんで避けてるんだよ」
「……釣り合わない、から」
「はあ?」
予想だにしなかった風で、カゲくんは声を上げた。カゲくんは頭を掻き、肘をついて私を責める目で見る。私が言葉を失くすと、怠そうに息を吐いた。
「それ、荒船には言ったのかよ?」
「言ってない」
「はぁー。言ってみろよ。絶対怒るから」
「怒るなら言いたくないんだけど」
「言え。とりあえず吐いてこい」
ぶつかることが嫌で、怖くて縮こまる。カゲくんは私の気持ちを察知したのだろう。なぁ、と優しく声をかけられる。
「そんな怖がんなくていいんじゃねぇーの。あんたは自分をダメだって言うけど、俺からしたらそうは思えねぇ」
「……うん」
「仮にダメだったとして、それで荒船があんたを諦めるとも思えねぇ」
「……なんで?なんで哲次くん私のこと好きなの?」
「それは本人に聞けよ」
なおも不安がる私の頭を、カゲくんは一度だけ撫でて立ち上がった。来客らしい。ぼんやり待っていたら、会いたくない人が入ってくるのが見えて、身体がこわばる。
「なんで……」
「こういうのは直接会って、話しちまった方がいい」
カゲくんは私を立たせると、哲次くんの前に突き出した。顔が見れなくて、俯く。
「莉子さん……」
哲次くんの声が弱々しくて、少し驚く。でも顔は見れないまま。カゲくんが背中を押して、私と哲次くんを部屋から追い出す。
「ま、何事も言葉にしねーと分かんねぇよ」
カゲくんはそう言い残して、ドアの向こう側に消えた。哲次くんが私の手を引き歩き出す。力なくついていく。
「最初は、具合が悪いのかと思った」
哲次くんの言葉を黙って聞く。
「具合悪いの、隠してるんじゃねぇかって。でも、明確に避けてるよな?」
「ごめん」
「謝るなら理由が知りてぇんだけど」
なおも答えない私に、哲次くんは話を続ける。声色は冷静で、落ち着いている。私の手を握る力が、強くなった。
「顔見たら明らかに調子悪そうだし。カゲのとこいるし。俺の立場がねぇ」
「……ごめん」
それしか口に出来なかった。気分が沈み込んで、思考が鈍い。哲次くんは行き止まりで立ち止まると、振り返って私の両肩に手を置いた。真っ直ぐな視線が刺さる。迷いのない瞳が、好きだなぁと思う。
「なにか、不満ですか?なんでもいいから教えてください」
「なんでも?」
私が不安に押し潰された声を出すので、哲次くんは困ったように笑う。そうやって優しくされることすら、怖かった。
「なんでも。もっと貴方を知りたいから」
「…………哲次くんが、」
「うん」
「哲次くんと、私釣り合わないと思う」
「……はい?」
哲次くんは鳩が豆鉄砲を食ったような、きょとんとした顔をした。どういうことだと目で訴えるので、仕方なく説明を足す。
「その、哲次くんは、ちゃんとした真っ当な人だから」
「いや、うん」
「私みたいな人間、隣にいたらダメな気がして」
「はぁ?」
影浦くんと同じ反応だ。そんなに変なこと、言っているだろうか。哲次くんは、なんでも出来て、成績優秀で夢があって、将来有望で。私は、不登校児で、精神障害者で、夢もなくしがみつくように現在を生きている。釣り合うわけはない。
「あのな……はぁー。……はぁー」
哲次くんはなにか必死に言葉を探しているようで、帽子に触れたり顎に手を添えたり、忙しなく動く。じっと、言葉を待っていた。なにかを期待するように。
「俺は、今怒ってる」
カゲくんの言った通りになった。すごい。余計なことを考えて、思考が沈むのを誤魔化す。
「でも、莉子さんに怒鳴ったりとか絶対したくないから、必死にない頭絞って言葉を探してる」
哲次くんに頭がなかったら、私なんか存在すらしないのでは。
「とりあえず。バカ、アホ、分からず屋!」
「ごめん」
「ほんとバカ。あり得ないくらいバカ。どうしてくれる」
「え、ごめん……」
私が小さく謝ると、哲次くんは泣きそうな表情で私を見た。なんで君が泣きそうなの。くんっと腕を引っ張られたと思えば、抱きすくめられていて驚いた。哲次くんの心音が聞こえる。力強い脈動に、どこか安心した。
「傍にいて欲しいんすよ」
切実な声に、胸を締め付けられる。聞いたことのない声色に、心がざわついた。
「釣り合うとか相応しくないとか、そんなのどーでもいい。俺は莉子さんに隣にいて欲しいんだ」
抱き締める力が強くなる。名前を呼ぶか、迷って声が出ない。
「莉子さんが進めない時だって、傍にいたい。貴方の力になりたいんですよ」
「哲次くん」
喉が張り付いたような感覚がある。けれど、名前を呼んだ。目と目が合う。やはり真っ直ぐな瞳で、哲次くんは私を見る。嘘がない。彼は嘘を吐かない。だからこそ、その優しさを信じるのが怖かったんだ。
「いいの?甘えても」
「好きなだけ甘えてくださいよ」
「ダメになりそう」
「ダメだっていいって。というか、あんたが思ってるほど、俺だってちゃんとしてないぜ?」
哲次くんの指が私の目尻に触れる。溢れそうだった雫を掬った。
「俺だって、莉子さんに失望されないか怖いよ」
「しないよ」
「だといいけど」
哲次くんの手が頭に触れて、そっと髪を整えてくれる。そうして、また手を繋ぎ、どこへともなく歩き出した。
「このあと、時間は?」
「暇」
「よし。じゃあどっか座って話そう。行きたいところあります?」
「どこでもいいよ」
「困るやつ」
顔を合わせて、笑った。憂鬱は、どこかへ消え去っていた。優しさも許しも、まだ怖いけれど。もう少し、哲次くんの隣にいようと思う。言葉を交わしていけば、乗り越えられることもあるはずだ。
真面目で真摯な告白に、逃げ場はないと感じた。どこに?とすっとぼけたかったけど。哲次くんの眼差しは、獲物を狩る狩人のそれで、力強く芯のある言動は好ましいと感じていた。けれど、彼が私を好きという事実は、にわかに信じられなかった。
「はい」
気持ちと裏腹に、容易く返事をしてしまう。哲次くんに捕まったら最後だと、直感的に怯えていたから。これは降参の意思表示だ。帽子のつばを下げて、少年のように爽やかに哲次くんは笑った。ちくりと胸を刺す罪悪感を、隠し通すように私も笑った。
今、私は哲次くんを避けている。1週間ほど。出会いそうな場所に出向くのは避け、メールの返信も時間を置いて返している。デートの誘いも、忙しいから調整して連絡するとあやふやにして。自信がなかった、哲次くんの隣に立つ。どう考えたって、私は哲次くんの恋人には相応しくない。私は彼のように立派には生きられない。私が彼の恋人だとして、それは彼にとって負債ではないのか?そう思えてしまう。完璧超人の哲次くんが、なぜ私なんかを好きだというのか分からない。考えると沈み込むので、哲次くんを避けてしまう。このままではよくないのは、分かっている。だから、カゲくんを訪ねた。
「なんで俺のとこにくんだよ」
カゲくんはそうは言ったけど、私を追い返すことはせず、隊室に迎え入れてくれた。こたつに入って、向かい合う。みかんを差し出されたので、受けとって剥く。
「顔色悪りぃな」
「ちょっと疲れてて」
「ふーん」
カゲくんはみかんを口に運びながら、じっと私の様子を伺う。それから、小さくため息を吐いて、切り出した。
「荒船のことか?」
「うん」
「あんた荒船のこと、好きなのか?」
「好きだと思うよ」
好きじゃなかったら、彼との差にこんなに苦しまないだろう。苦しむことで、自覚した気持ちだけれど。
「じゃあなんで避けてるんだよ」
「……釣り合わない、から」
「はあ?」
予想だにしなかった風で、カゲくんは声を上げた。カゲくんは頭を掻き、肘をついて私を責める目で見る。私が言葉を失くすと、怠そうに息を吐いた。
「それ、荒船には言ったのかよ?」
「言ってない」
「はぁー。言ってみろよ。絶対怒るから」
「怒るなら言いたくないんだけど」
「言え。とりあえず吐いてこい」
ぶつかることが嫌で、怖くて縮こまる。カゲくんは私の気持ちを察知したのだろう。なぁ、と優しく声をかけられる。
「そんな怖がんなくていいんじゃねぇーの。あんたは自分をダメだって言うけど、俺からしたらそうは思えねぇ」
「……うん」
「仮にダメだったとして、それで荒船があんたを諦めるとも思えねぇ」
「……なんで?なんで哲次くん私のこと好きなの?」
「それは本人に聞けよ」
なおも不安がる私の頭を、カゲくんは一度だけ撫でて立ち上がった。来客らしい。ぼんやり待っていたら、会いたくない人が入ってくるのが見えて、身体がこわばる。
「なんで……」
「こういうのは直接会って、話しちまった方がいい」
カゲくんは私を立たせると、哲次くんの前に突き出した。顔が見れなくて、俯く。
「莉子さん……」
哲次くんの声が弱々しくて、少し驚く。でも顔は見れないまま。カゲくんが背中を押して、私と哲次くんを部屋から追い出す。
「ま、何事も言葉にしねーと分かんねぇよ」
カゲくんはそう言い残して、ドアの向こう側に消えた。哲次くんが私の手を引き歩き出す。力なくついていく。
「最初は、具合が悪いのかと思った」
哲次くんの言葉を黙って聞く。
「具合悪いの、隠してるんじゃねぇかって。でも、明確に避けてるよな?」
「ごめん」
「謝るなら理由が知りてぇんだけど」
なおも答えない私に、哲次くんは話を続ける。声色は冷静で、落ち着いている。私の手を握る力が、強くなった。
「顔見たら明らかに調子悪そうだし。カゲのとこいるし。俺の立場がねぇ」
「……ごめん」
それしか口に出来なかった。気分が沈み込んで、思考が鈍い。哲次くんは行き止まりで立ち止まると、振り返って私の両肩に手を置いた。真っ直ぐな視線が刺さる。迷いのない瞳が、好きだなぁと思う。
「なにか、不満ですか?なんでもいいから教えてください」
「なんでも?」
私が不安に押し潰された声を出すので、哲次くんは困ったように笑う。そうやって優しくされることすら、怖かった。
「なんでも。もっと貴方を知りたいから」
「…………哲次くんが、」
「うん」
「哲次くんと、私釣り合わないと思う」
「……はい?」
哲次くんは鳩が豆鉄砲を食ったような、きょとんとした顔をした。どういうことだと目で訴えるので、仕方なく説明を足す。
「その、哲次くんは、ちゃんとした真っ当な人だから」
「いや、うん」
「私みたいな人間、隣にいたらダメな気がして」
「はぁ?」
影浦くんと同じ反応だ。そんなに変なこと、言っているだろうか。哲次くんは、なんでも出来て、成績優秀で夢があって、将来有望で。私は、不登校児で、精神障害者で、夢もなくしがみつくように現在を生きている。釣り合うわけはない。
「あのな……はぁー。……はぁー」
哲次くんはなにか必死に言葉を探しているようで、帽子に触れたり顎に手を添えたり、忙しなく動く。じっと、言葉を待っていた。なにかを期待するように。
「俺は、今怒ってる」
カゲくんの言った通りになった。すごい。余計なことを考えて、思考が沈むのを誤魔化す。
「でも、莉子さんに怒鳴ったりとか絶対したくないから、必死にない頭絞って言葉を探してる」
哲次くんに頭がなかったら、私なんか存在すらしないのでは。
「とりあえず。バカ、アホ、分からず屋!」
「ごめん」
「ほんとバカ。あり得ないくらいバカ。どうしてくれる」
「え、ごめん……」
私が小さく謝ると、哲次くんは泣きそうな表情で私を見た。なんで君が泣きそうなの。くんっと腕を引っ張られたと思えば、抱きすくめられていて驚いた。哲次くんの心音が聞こえる。力強い脈動に、どこか安心した。
「傍にいて欲しいんすよ」
切実な声に、胸を締め付けられる。聞いたことのない声色に、心がざわついた。
「釣り合うとか相応しくないとか、そんなのどーでもいい。俺は莉子さんに隣にいて欲しいんだ」
抱き締める力が強くなる。名前を呼ぶか、迷って声が出ない。
「莉子さんが進めない時だって、傍にいたい。貴方の力になりたいんですよ」
「哲次くん」
喉が張り付いたような感覚がある。けれど、名前を呼んだ。目と目が合う。やはり真っ直ぐな瞳で、哲次くんは私を見る。嘘がない。彼は嘘を吐かない。だからこそ、その優しさを信じるのが怖かったんだ。
「いいの?甘えても」
「好きなだけ甘えてくださいよ」
「ダメになりそう」
「ダメだっていいって。というか、あんたが思ってるほど、俺だってちゃんとしてないぜ?」
哲次くんの指が私の目尻に触れる。溢れそうだった雫を掬った。
「俺だって、莉子さんに失望されないか怖いよ」
「しないよ」
「だといいけど」
哲次くんの手が頭に触れて、そっと髪を整えてくれる。そうして、また手を繋ぎ、どこへともなく歩き出した。
「このあと、時間は?」
「暇」
「よし。じゃあどっか座って話そう。行きたいところあります?」
「どこでもいいよ」
「困るやつ」
顔を合わせて、笑った。憂鬱は、どこかへ消え去っていた。優しさも許しも、まだ怖いけれど。もう少し、哲次くんの隣にいようと思う。言葉を交わしていけば、乗り越えられることもあるはずだ。