序章/プロトタイプ
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誰かと話したい。その誰かは分からない。ぼやけていて、おぼろげで、顔は見えない。はっきりと認識出来たら、その人は私の特別だろうか。でも別に、知りたいとは思わない。ボーダー基地の廊下を歩く。誰か適当で、暇そうな人物を探して。右手に喫煙所がある。すりガラス越しに見慣れた金髪を見つけて、思わず中に入った。
「うぇっごほっごほっ!」
「喫煙所にわざわざ入ってきて、むせる奴があるかよ!」
諏訪さんは私を見ると、すぐにタバコの火を消した。私が邪魔をしたのだから、気にしなくていいのに。
「いや、いいです。気にせず吸ってください」
「涙目で言われてもな……」
諏訪さんは呆れた顔で私を見て、所在なさげにタバコの箱を弄る。私が動かないのを確認すると、大きくため息を吐いた。
「どうした?なんかあんだろ」
「いや別にどうもしないんですけど」
嘘のような本音のような、曖昧な言葉を口にする。諏訪さんは黙って私が喋るのを待つ。2本目のタバコに火をつける。煙が燻って登っていく。
「……存在しない悪口が、ずっと頭から離れないってことあります?」
「……ねぇな」
諏訪さんは慎重に言葉を選んでいるようで、長考した。肺に煙が満ちていく。タバコは吸わないし吸う予定もないが、ちょっとした憧れがある。煙の香りは嫌いじゃなかった。
「過ぎるくらいのことはあるが、それはあれだろ?存在しない悪口で苦しんでるってことだろ?」
頷くと、諏訪さんは目を閉じて、あーと唸る。頭を掻き、タバコを吸って灰を落とす。
「そこまでは、俺はねぇよ。多分、大多数の奴がねぇ」
「やっぱそう?」
「……お前が変わってるとは、言わねぇけど」
諏訪さんはいつも、私を変な奴だと遠ざけることをしなかった。いつも等身大で、ありのままの私を見てくれている気がしていた。だから、わざわざ喫煙所なんかに私も紛れ込んだんだろう。
「キツイのか?」
「苛立ちと落ち込みでぐちゃぐちゃになるよ」
「おし、今すぐやめろ」
スパッと言い切られる。私は、タバコの煙が上へ登るのを目で追う。どこか地に足のつかない思考で、ぼんやりその通りだと頷く。分かってはいるのだ。
「やめたいとは、思ってるんだけど」
「……まぁそうか。そうだよな」
フーッと諏訪さんが煙を吐く。言葉を見失い、立ち尽くす。しばらく、沈黙が流れた。
「……おめぇ、自分に自信がないんだな。詰まるところ」
「そうかもしれない」
正確には、自信のある部分とない部分の、バランスが極端なのだろう。
「自信持てって言ってもな〜そんなの効果ねぇだろうしな〜」
「申し訳ない」
「謝るとこじゃねぇよ」
諏訪さんは乱雑に私の頭を撫でた。自分の中の悪口を、少し忘れることが出来た。止まることない、実態のない怨嗟の声。
「とりあえず、存在しねぇんだったら、そんなもん存在しないって唱えてみろ」
「うん」
「誰かに確認してもいい。とにかく否定しろ」
「やってみる」
「おし」
諏訪さんはもう一度私の頭を撫でつけると、タバコの火を消した。次のタバコは吸わずに、外へ向かう。追いかけて外に出た。
「おっいた」
その声に顔をあげると、哲次くんが私を見下ろしていた。
「探してたんすよ。まさか喫煙所にいるとは」
「荒船、こいつを弟子にしたって話は本当なのか?」
「本当ですよ」
なんの躊躇いもなく、哲次くんは肯定した。諏訪さんが眉間に皺を寄せたので、なんでそんな表情するんだろうと思った。
「どいつもこいつも……あのな、莉子は実験動物じゃないんだぞ」
「そんなこと分かってますよ」
「莉子がなんでも言うこと聞くからって、調子乗んなよ」
謎の睨み合いが始まってしまい、私は困惑する。哲次くんの弟子になったのは、私の意思でだし。別にみんなから頼まれることをこなすのは、嫌なわけじゃない。……たまに嫌になるけど、見ないフリして前を向いている。それにほら、みんなに喜んでもらえるのは嬉しい。
「あの……」
「莉子さんは俺が選んだ弟子です。大事な弟子をないがしろにするなんてあり得ません」
哲次くんははっきりそう言うと、私の手を取って歩き出してしまう。私は引っ張られるがまま、連行される。
「あ、えと、諏訪さん!」
振り返りながら、諏訪さんに声をかける。諏訪さんは、納得のいかない渋い顔のまま。
「ありがとうございました!」
頭を下げる。諏訪さんはため息を吐いた後、手を振って見送ってくれた。曲がり角で姿が消える。
「哲次くん、あの」
「…………悪ぃ」
手が離される。哲次くんは帽子のつばを下げた。しばらく、お互い黙って動かなかった。
「俺、あんたに無理させてるのか?」
「……ううん」
急に見捨てられた子犬みたいな目を向けるから、思わず笑ってしまいそうになる。
「そんなことないよ。大丈夫」
「よかった……なんか不満があったら遠慮なく言ってくださいよ」
「そうする」
次に瞬きした時には、いつもの表情に戻っていて安心する。
「で?今日はなにするの、師匠」
「今日は、ちょっと試してほしい動きがあって……」
哲次くんが説明しながら歩き出すので、ついていく。怨嗟の声は、消えていた。誰かのために過ごす時間が、私を忘れさせてくれる。私を縛る呪いが、私への怨嗟を打ち消してくれる。誰かの側にいれば、安心出来る。今日も知らないうちに、私は身を削って身を守るのだ。
「うぇっごほっごほっ!」
「喫煙所にわざわざ入ってきて、むせる奴があるかよ!」
諏訪さんは私を見ると、すぐにタバコの火を消した。私が邪魔をしたのだから、気にしなくていいのに。
「いや、いいです。気にせず吸ってください」
「涙目で言われてもな……」
諏訪さんは呆れた顔で私を見て、所在なさげにタバコの箱を弄る。私が動かないのを確認すると、大きくため息を吐いた。
「どうした?なんかあんだろ」
「いや別にどうもしないんですけど」
嘘のような本音のような、曖昧な言葉を口にする。諏訪さんは黙って私が喋るのを待つ。2本目のタバコに火をつける。煙が燻って登っていく。
「……存在しない悪口が、ずっと頭から離れないってことあります?」
「……ねぇな」
諏訪さんは慎重に言葉を選んでいるようで、長考した。肺に煙が満ちていく。タバコは吸わないし吸う予定もないが、ちょっとした憧れがある。煙の香りは嫌いじゃなかった。
「過ぎるくらいのことはあるが、それはあれだろ?存在しない悪口で苦しんでるってことだろ?」
頷くと、諏訪さんは目を閉じて、あーと唸る。頭を掻き、タバコを吸って灰を落とす。
「そこまでは、俺はねぇよ。多分、大多数の奴がねぇ」
「やっぱそう?」
「……お前が変わってるとは、言わねぇけど」
諏訪さんはいつも、私を変な奴だと遠ざけることをしなかった。いつも等身大で、ありのままの私を見てくれている気がしていた。だから、わざわざ喫煙所なんかに私も紛れ込んだんだろう。
「キツイのか?」
「苛立ちと落ち込みでぐちゃぐちゃになるよ」
「おし、今すぐやめろ」
スパッと言い切られる。私は、タバコの煙が上へ登るのを目で追う。どこか地に足のつかない思考で、ぼんやりその通りだと頷く。分かってはいるのだ。
「やめたいとは、思ってるんだけど」
「……まぁそうか。そうだよな」
フーッと諏訪さんが煙を吐く。言葉を見失い、立ち尽くす。しばらく、沈黙が流れた。
「……おめぇ、自分に自信がないんだな。詰まるところ」
「そうかもしれない」
正確には、自信のある部分とない部分の、バランスが極端なのだろう。
「自信持てって言ってもな〜そんなの効果ねぇだろうしな〜」
「申し訳ない」
「謝るとこじゃねぇよ」
諏訪さんは乱雑に私の頭を撫でた。自分の中の悪口を、少し忘れることが出来た。止まることない、実態のない怨嗟の声。
「とりあえず、存在しねぇんだったら、そんなもん存在しないって唱えてみろ」
「うん」
「誰かに確認してもいい。とにかく否定しろ」
「やってみる」
「おし」
諏訪さんはもう一度私の頭を撫でつけると、タバコの火を消した。次のタバコは吸わずに、外へ向かう。追いかけて外に出た。
「おっいた」
その声に顔をあげると、哲次くんが私を見下ろしていた。
「探してたんすよ。まさか喫煙所にいるとは」
「荒船、こいつを弟子にしたって話は本当なのか?」
「本当ですよ」
なんの躊躇いもなく、哲次くんは肯定した。諏訪さんが眉間に皺を寄せたので、なんでそんな表情するんだろうと思った。
「どいつもこいつも……あのな、莉子は実験動物じゃないんだぞ」
「そんなこと分かってますよ」
「莉子がなんでも言うこと聞くからって、調子乗んなよ」
謎の睨み合いが始まってしまい、私は困惑する。哲次くんの弟子になったのは、私の意思でだし。別にみんなから頼まれることをこなすのは、嫌なわけじゃない。……たまに嫌になるけど、見ないフリして前を向いている。それにほら、みんなに喜んでもらえるのは嬉しい。
「あの……」
「莉子さんは俺が選んだ弟子です。大事な弟子をないがしろにするなんてあり得ません」
哲次くんははっきりそう言うと、私の手を取って歩き出してしまう。私は引っ張られるがまま、連行される。
「あ、えと、諏訪さん!」
振り返りながら、諏訪さんに声をかける。諏訪さんは、納得のいかない渋い顔のまま。
「ありがとうございました!」
頭を下げる。諏訪さんはため息を吐いた後、手を振って見送ってくれた。曲がり角で姿が消える。
「哲次くん、あの」
「…………悪ぃ」
手が離される。哲次くんは帽子のつばを下げた。しばらく、お互い黙って動かなかった。
「俺、あんたに無理させてるのか?」
「……ううん」
急に見捨てられた子犬みたいな目を向けるから、思わず笑ってしまいそうになる。
「そんなことないよ。大丈夫」
「よかった……なんか不満があったら遠慮なく言ってくださいよ」
「そうする」
次に瞬きした時には、いつもの表情に戻っていて安心する。
「で?今日はなにするの、師匠」
「今日は、ちょっと試してほしい動きがあって……」
哲次くんが説明しながら歩き出すので、ついていく。怨嗟の声は、消えていた。誰かのために過ごす時間が、私を忘れさせてくれる。私を縛る呪いが、私への怨嗟を打ち消してくれる。誰かの側にいれば、安心出来る。今日も知らないうちに、私は身を削って身を守るのだ。