序章/プロトタイプ
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開発室ラボにて
諏訪さんや風間さんに頼まれて、雷蔵さんの様子を見にラボに来た。なんでも、俺たちが行くと変な意地を張るからだそうだ。2個上の先輩たちに、私はしょっちゅうお使いを頼まれる。これあいつに持ってっといて、とか、これあいつに伝えておいて、だとか。素直になれない可愛い人達だ。仲良しだから、上手く伝えられないものもあるのだろう。私が伝達の助けになるのなら、喜んでクッションになる。
「雷蔵さんに会いに来たんですけど」
「チーフですか……」
ラボの入り口で職員さんに声をかけると、明らかに困ったように笑ってみせる。ちょっと待ってくださいね、とバックヤードに引っ込んでしまった。しばらく、その場で立ち尽くす。5分ほど待っていると、奥からドタドタと音がして、凄い勢いで雷蔵さんが向かってくるのが見えた。
「雷蔵さ」
「莉子ちゃんちょうどいいところに!!こっち来て!!」
名前を呼び終える前に、腕を掴まれて奥まで連行されてしまう。あーこれは不味いな。雷蔵さん馬耳東風猪突猛進モードだ。他の職員さんが視線を逸らし合掌している。どうしたものか。
「トリオン強い奴に起動して欲しかったんだよブレードの強度をトリオン量に比例して伸ばす実験してるんだけど伸び率を上げたいわけ出来ればトリオン低くてもある程度の強度保ちたいけどとりあえず上限上げないことには話にならないからさ」
一気に捲し立てられ、トリガーを渡されて観測室に放り込まれる。雷蔵さんはこちらを見ずに、パソコンを忙しなく働かせている。目の下に隈などはないが、恐らくトリオン体だろう。いつから換装しているのだろうか。私がトリガーを起動せずにいると、早く、と重たい声で言われてしまう。
「報酬は?」
「えぇ?なんでもいいよ」
雷蔵さんは早く実験がしたくて、投げやりに答えた。今しかない。
「じゃあこの実験が終わったら、私と食事に出かけてください。そのあと、8時間は寝ること」
「……もしかしてお前」
雷蔵さんは私の言葉に眉を寄せる。なぜ私がここに来たのかを理解したらしく、深くため息を吐いた。
「そういうこと。はいはい」
「約束してくれます?」
「するする。分かったよ。その代わり、実験には俺の気が済むまで協力して」
返事をするのは恐ろしかったが、はい、と意を決して頷いた。
「よし。じゃ、とりあえず起動してみて」
「……トリガー起動」
私の身体がトリオン体に換装される。見た目は弧月と変わらないブレードが手の内にあった。
「切れ味見るから、出てくる障害物全部斬って」
「……分かりました」
私、弧月は使い慣れないけどなぁ。どこまでついていけるだろうか。長丁場を覚悟し、息を呑む。実験はまだ、始まったばかりだ。
苦手な子供
何か用事があるわけではないが、なんとなく個人ランク戦のロビーに来ていた。ソファーに座り、ぼんやりと戦闘を観戦する。今日はわりあいと、人が少ない。喧騒を背景に、携帯端末で小説を書く。隊員たちの切磋琢磨が、インスピレーションになることもある。
「あっ莉子さーん!!」
げ、と内心聞こえてきた声に怯える。駿くんは私の方へ一直線に駆けてくる。逃げ場などない。
「やぁ、駿くん。元気?」
「元気元気!ねぇ迅さんは?」
やっぱそうだよね、君はそれを聞きにきたんだよね。私と迅が一緒にいることが多いから、私がいると迅が近くにいるかもと思うんだよね。言うほど多いか?
「今日は一緒じゃないよ」
「えーなんだ残念」
駿くんはあからさまに肩を落とす。どうしたもんかな……いつもこうなので、困ってしまう。こう、私にまったく興味がない人と話すのは、正直慣れないし苦手だ。
「ねぇねぇ、迅さん呼んでよ!」
「んー……」
駿くんはあの手この手で、私に迅を呼ぶように仕向けてくる。効果がないと分かると、こうしてストレートに強請るようになった。私が呼べば来ると思っているのだろうか。生憎、迅は私ほど暇ではない。それに、私の人脈は私のものだ。
「迅忙しいから無理だよ」
「そうかなぁ」
「そう」
「莉子さんが呼べば来るんじゃないの?」
純粋な瞳で意味不明なことを言っている。どこからその確信が来るんだ?
「来ないよ」
「えー嘘だぁ」
「どうしてそう思うのさ?」
「逆に訊くけど、莉子さんにとって迅さんってなに?」
駿くんは羨ましそうな妬ましそうな、なんとも言えない表情で訊ねる。その表情の裏側なんて、想像したくはない。
「大切な仲間で、友達」
「ふーん……」
納得いかない様子で、駿くんは口を尖らせた。これ以上の答えはない。弁明もない。私は立ち去るほどドライにはなれず、所在なく携帯端末をいじる。
「そういうことにしとくよ。今度迅さんと会う時教えて!」
「予定はないよ」
「出来たら教えてね!じゃ!」
駿くんは嵐のように去っていった。深くため息を吐く。元気な子供は苦手だ。子供は嫌いではないが、非常に苦手。急に騒ぐし、言葉が通じないし、周りが見えないし。駿くんが子供に該当するかは、正直微妙だけど。……疲れてしまった。なにもする気が起きない。本格的に具合が悪くなる前に、隊室に行こうかな。今日はこのあと隊で防衛任務があるから、誰か来てるかも。それか、三輪隊隊室に蓮ちゃんを訪ねよう。重くなった気がする頭を持ち上げて、立ち上がる。もう一度深く息を吐く。胸の重石を取り除くため、私は歩き出した。
髪を切った
髪を切った。バッサリと。鎖骨あたりまであったのを、顎上まで。かなりサッパリした。私は美容に疎く、興味がないので、髪を切るのも半年に一回くらい。昔はストレートパーマをかけていたが、めんどくさくなってそれもやめた。今の私は、天然パーマがかかったゆるふわボブヘアーだ。髪は結べなくなったが、なんとなく髪ゴムは腕につけたまま。特に意味はないが、ないと少し落ち着かないので。
「おー切ったな」
「切りました」
今日最初に会ったのは、太刀川隊のみんなだった。隊室に入って早々、みんな少し驚いた顔をして寄ってくる。
「心境の変化でもあんの?」
「ないよ。鬱陶しかっただけ」
「ならいーけど」
出水は安心したように微笑み、
「ショート似合うっすね」
と、私の髪の毛先に少し触れた。なんとなく首を振って遊ぶ。
「お似合いです」
「ありがとう唯我くん」
「可愛い〜さっぱり〜」
柚宇ちゃんも私の頭や毛先に触れて、ふわふわ笑う。太刀川隊は温かくて、ふわふわと心地の良い気分に包まれる。この場所が好きだ。
「そろそろ行くぞ〜」
太刀川さんの一声で、柚宇ちゃんを残して皆廊下に出る。いつも通り太刀川さんを先頭にして、私は出水の後ろを歩く。
「えっ莉子ちゃん髪切った!?」
今日は生駒隊と交代での任務だった。すれ違った廊下で、生駒っちに声をかけられる。
「失恋でもしたん?」
「するわけないでしょ。鬱陶しかっただけだよ」
「なんや〜よかったわ」
大袈裟にジェスチャーをする生駒っちに、苦笑いを返す。
「莉子ちゃんが傷つくのは見てられへん。ま、好きな人がいたら俺が傷つくけど!」
「いないいない。そんなの」
「……好きな人出来んタイプでしょ、莉子さんは」
珍しく、水上くんが話に入ってくる。品定めするような視線が、私に向けられる。水上くんには敵わないな。
「そんなん分からんやん!?恋はいつでもハリケーンやで!!」
「はいはい、分かりましたから行きますよ〜」
生駒隊は撤収していった。私はひとつ、深呼吸をする。好きな人が出来ないか。それは当たり。今後もそのままか。それは自分にも分からない。
「莉子さん?」
「ううん、大丈夫」
出水が私を気にかけて振り返る。なんでもないよと、笑ってみせる。大丈夫。私は誰もが好きだし、誰も好きじゃないよ。特別はいないよ、平等に接しているよ。だから大丈夫。誰も私を傷つけないよ、誰も私を愛さないかもしれないけど。でも、いつか。誰か1人を、好きになってみてもいいかな。
ハッピーバースデー、親愛なる親友へ
「あっつ……」
容赦ない陽射しに、家に引き返したくなる。でも、今日は絶対に外せない用事だ。覚悟を決めて、太陽の下に出る。約束の時間まであと20分、待ち合わせの駅前までは15分。心頭滅却して足を進める。暑い。
「これ和菓子大丈夫かな……?」
あまりに暑いので、常温保存のお菓子でも不安になってしまう。せめて自分の影に入るように持った。駅前まであと少し。喜んでくれるかな。
「ごめん、暑い中待たせて……!」
「ううん、今来たとこよ」
蓮ちゃんはつばの広い麦わら帽子に、涼しげなワンピースを着て待っていた。すごく似合っている。私は絶対に着ない、着こなせない服を着るので、いつも素敵だなと思っている。蓮ちゃんはいつだって綺麗だ。
「とりあえずどっか入ろうか」
「そうね。入ってみたいお店あるんだけど、いい?」
「もちろん!」
今日は蓮ちゃんが主役だもの、断る理由なんてない。蓮ちゃんについて歩くと、駅前の道から一本逸れた通りに入る。とんかつ屋さんの前で、蓮ちゃんは足を止めた。
「最近出来たらしくて、美味しいみたいなの」
「いいじゃん!入ろ入ろ」
2人でとんかつ屋に入る。店内はガンガンに冷房が効いていて涼しい。蓮ちゃんはこう見えて、結構食べるのだ。私も女子にしてはかなり食べるので、2人でいる時は遠慮なく食事を楽しめる。4人がけのテーブル席に座る。ひとつのメニューを、2人で覗き込む。
「ヒレかな、ロースかな」
「ひとつずつ頼んで、半分こする?」
「する〜」
ヒレカツ定食とロースカツ定食を注文する。店員さんがお冷を置いて、少々お待ちくださいと下がった。私は、持ってきた紙袋を蓮ちゃんに差し出す。
「蓮ちゃん、お誕生日おめでとう!」
「いつもありがとう、莉子」
蓮ちゃんは紙袋を受け取り、中身を確認する。蓮ちゃんへの贈り物は大体和菓子と、ちょっとしたおまけをつける。
「山形の和菓子なんだけど、美味しいかは分かんない。感想聞かせて」
「へぇー。古鏡?小豆餅のお菓子なのね」
蓮ちゃんは和菓子のラベルをまじまじと見て、紙袋に閉まった。それから、別に包んだ小包を取り出す。
「これも開けていい?」
「いいよー肌に合わなかったら使わないで」
小包の中身は、日焼け止め。パッケージが可愛かったのと、よく水泳に行く蓮ちゃんは使うだろうと思って。私はあまり使わないけれど、蓮ちゃんはよく塗っているのを見るから。
「日焼け止め!パッケージ可愛いね」
「そう〜絶対使うかなと思って。使ってみて」
「うん。ありがとう」
蓮ちゃんは花が開くように笑う。喜んでもらえてよかった。私の気持ちも膨らむ。
「あとこれ、太刀川さんから預かってきた」
「あら。あの子が私の誕生日覚えてるなんて珍しい」
「私が話題にしてたからね」
かのやのどら焼きをひとつ、蓮ちゃんに渡す。蓮ちゃんは嬉しそうに、それを紙袋に閉まった。
「蓮ちゃん、生まれてきてくれてありがとう」
「なぁに、大袈裟」
そうは返すけど、蓮ちゃんは私の気持ちに応えるように、私の頭を撫でた。自然と笑みが溢れる。蓮ちゃんのことは大好きだ。彼女のためならなんだって出来ると思う。
「こちらこそ、ありがとうね。莉子」
やがて、定食が運ばれてきた。私達は食事をする。一緒に出掛けて、一緒にご飯を食べて。一緒に過ごす時間が、なによりも大切に思えた。蓮ちゃん、ハッピーバースデー。蓮ちゃんのこれからが、幸せに満ちたものでありますように。その幸せに、ほんの少し私が含まれていたら嬉しいな。
諏訪さんや風間さんに頼まれて、雷蔵さんの様子を見にラボに来た。なんでも、俺たちが行くと変な意地を張るからだそうだ。2個上の先輩たちに、私はしょっちゅうお使いを頼まれる。これあいつに持ってっといて、とか、これあいつに伝えておいて、だとか。素直になれない可愛い人達だ。仲良しだから、上手く伝えられないものもあるのだろう。私が伝達の助けになるのなら、喜んでクッションになる。
「雷蔵さんに会いに来たんですけど」
「チーフですか……」
ラボの入り口で職員さんに声をかけると、明らかに困ったように笑ってみせる。ちょっと待ってくださいね、とバックヤードに引っ込んでしまった。しばらく、その場で立ち尽くす。5分ほど待っていると、奥からドタドタと音がして、凄い勢いで雷蔵さんが向かってくるのが見えた。
「雷蔵さ」
「莉子ちゃんちょうどいいところに!!こっち来て!!」
名前を呼び終える前に、腕を掴まれて奥まで連行されてしまう。あーこれは不味いな。雷蔵さん馬耳東風猪突猛進モードだ。他の職員さんが視線を逸らし合掌している。どうしたものか。
「トリオン強い奴に起動して欲しかったんだよブレードの強度をトリオン量に比例して伸ばす実験してるんだけど伸び率を上げたいわけ出来ればトリオン低くてもある程度の強度保ちたいけどとりあえず上限上げないことには話にならないからさ」
一気に捲し立てられ、トリガーを渡されて観測室に放り込まれる。雷蔵さんはこちらを見ずに、パソコンを忙しなく働かせている。目の下に隈などはないが、恐らくトリオン体だろう。いつから換装しているのだろうか。私がトリガーを起動せずにいると、早く、と重たい声で言われてしまう。
「報酬は?」
「えぇ?なんでもいいよ」
雷蔵さんは早く実験がしたくて、投げやりに答えた。今しかない。
「じゃあこの実験が終わったら、私と食事に出かけてください。そのあと、8時間は寝ること」
「……もしかしてお前」
雷蔵さんは私の言葉に眉を寄せる。なぜ私がここに来たのかを理解したらしく、深くため息を吐いた。
「そういうこと。はいはい」
「約束してくれます?」
「するする。分かったよ。その代わり、実験には俺の気が済むまで協力して」
返事をするのは恐ろしかったが、はい、と意を決して頷いた。
「よし。じゃ、とりあえず起動してみて」
「……トリガー起動」
私の身体がトリオン体に換装される。見た目は弧月と変わらないブレードが手の内にあった。
「切れ味見るから、出てくる障害物全部斬って」
「……分かりました」
私、弧月は使い慣れないけどなぁ。どこまでついていけるだろうか。長丁場を覚悟し、息を呑む。実験はまだ、始まったばかりだ。
苦手な子供
何か用事があるわけではないが、なんとなく個人ランク戦のロビーに来ていた。ソファーに座り、ぼんやりと戦闘を観戦する。今日はわりあいと、人が少ない。喧騒を背景に、携帯端末で小説を書く。隊員たちの切磋琢磨が、インスピレーションになることもある。
「あっ莉子さーん!!」
げ、と内心聞こえてきた声に怯える。駿くんは私の方へ一直線に駆けてくる。逃げ場などない。
「やぁ、駿くん。元気?」
「元気元気!ねぇ迅さんは?」
やっぱそうだよね、君はそれを聞きにきたんだよね。私と迅が一緒にいることが多いから、私がいると迅が近くにいるかもと思うんだよね。言うほど多いか?
「今日は一緒じゃないよ」
「えーなんだ残念」
駿くんはあからさまに肩を落とす。どうしたもんかな……いつもこうなので、困ってしまう。こう、私にまったく興味がない人と話すのは、正直慣れないし苦手だ。
「ねぇねぇ、迅さん呼んでよ!」
「んー……」
駿くんはあの手この手で、私に迅を呼ぶように仕向けてくる。効果がないと分かると、こうしてストレートに強請るようになった。私が呼べば来ると思っているのだろうか。生憎、迅は私ほど暇ではない。それに、私の人脈は私のものだ。
「迅忙しいから無理だよ」
「そうかなぁ」
「そう」
「莉子さんが呼べば来るんじゃないの?」
純粋な瞳で意味不明なことを言っている。どこからその確信が来るんだ?
「来ないよ」
「えー嘘だぁ」
「どうしてそう思うのさ?」
「逆に訊くけど、莉子さんにとって迅さんってなに?」
駿くんは羨ましそうな妬ましそうな、なんとも言えない表情で訊ねる。その表情の裏側なんて、想像したくはない。
「大切な仲間で、友達」
「ふーん……」
納得いかない様子で、駿くんは口を尖らせた。これ以上の答えはない。弁明もない。私は立ち去るほどドライにはなれず、所在なく携帯端末をいじる。
「そういうことにしとくよ。今度迅さんと会う時教えて!」
「予定はないよ」
「出来たら教えてね!じゃ!」
駿くんは嵐のように去っていった。深くため息を吐く。元気な子供は苦手だ。子供は嫌いではないが、非常に苦手。急に騒ぐし、言葉が通じないし、周りが見えないし。駿くんが子供に該当するかは、正直微妙だけど。……疲れてしまった。なにもする気が起きない。本格的に具合が悪くなる前に、隊室に行こうかな。今日はこのあと隊で防衛任務があるから、誰か来てるかも。それか、三輪隊隊室に蓮ちゃんを訪ねよう。重くなった気がする頭を持ち上げて、立ち上がる。もう一度深く息を吐く。胸の重石を取り除くため、私は歩き出した。
髪を切った
髪を切った。バッサリと。鎖骨あたりまであったのを、顎上まで。かなりサッパリした。私は美容に疎く、興味がないので、髪を切るのも半年に一回くらい。昔はストレートパーマをかけていたが、めんどくさくなってそれもやめた。今の私は、天然パーマがかかったゆるふわボブヘアーだ。髪は結べなくなったが、なんとなく髪ゴムは腕につけたまま。特に意味はないが、ないと少し落ち着かないので。
「おー切ったな」
「切りました」
今日最初に会ったのは、太刀川隊のみんなだった。隊室に入って早々、みんな少し驚いた顔をして寄ってくる。
「心境の変化でもあんの?」
「ないよ。鬱陶しかっただけ」
「ならいーけど」
出水は安心したように微笑み、
「ショート似合うっすね」
と、私の髪の毛先に少し触れた。なんとなく首を振って遊ぶ。
「お似合いです」
「ありがとう唯我くん」
「可愛い〜さっぱり〜」
柚宇ちゃんも私の頭や毛先に触れて、ふわふわ笑う。太刀川隊は温かくて、ふわふわと心地の良い気分に包まれる。この場所が好きだ。
「そろそろ行くぞ〜」
太刀川さんの一声で、柚宇ちゃんを残して皆廊下に出る。いつも通り太刀川さんを先頭にして、私は出水の後ろを歩く。
「えっ莉子ちゃん髪切った!?」
今日は生駒隊と交代での任務だった。すれ違った廊下で、生駒っちに声をかけられる。
「失恋でもしたん?」
「するわけないでしょ。鬱陶しかっただけだよ」
「なんや〜よかったわ」
大袈裟にジェスチャーをする生駒っちに、苦笑いを返す。
「莉子ちゃんが傷つくのは見てられへん。ま、好きな人がいたら俺が傷つくけど!」
「いないいない。そんなの」
「……好きな人出来んタイプでしょ、莉子さんは」
珍しく、水上くんが話に入ってくる。品定めするような視線が、私に向けられる。水上くんには敵わないな。
「そんなん分からんやん!?恋はいつでもハリケーンやで!!」
「はいはい、分かりましたから行きますよ〜」
生駒隊は撤収していった。私はひとつ、深呼吸をする。好きな人が出来ないか。それは当たり。今後もそのままか。それは自分にも分からない。
「莉子さん?」
「ううん、大丈夫」
出水が私を気にかけて振り返る。なんでもないよと、笑ってみせる。大丈夫。私は誰もが好きだし、誰も好きじゃないよ。特別はいないよ、平等に接しているよ。だから大丈夫。誰も私を傷つけないよ、誰も私を愛さないかもしれないけど。でも、いつか。誰か1人を、好きになってみてもいいかな。
ハッピーバースデー、親愛なる親友へ
「あっつ……」
容赦ない陽射しに、家に引き返したくなる。でも、今日は絶対に外せない用事だ。覚悟を決めて、太陽の下に出る。約束の時間まであと20分、待ち合わせの駅前までは15分。心頭滅却して足を進める。暑い。
「これ和菓子大丈夫かな……?」
あまりに暑いので、常温保存のお菓子でも不安になってしまう。せめて自分の影に入るように持った。駅前まであと少し。喜んでくれるかな。
「ごめん、暑い中待たせて……!」
「ううん、今来たとこよ」
蓮ちゃんはつばの広い麦わら帽子に、涼しげなワンピースを着て待っていた。すごく似合っている。私は絶対に着ない、着こなせない服を着るので、いつも素敵だなと思っている。蓮ちゃんはいつだって綺麗だ。
「とりあえずどっか入ろうか」
「そうね。入ってみたいお店あるんだけど、いい?」
「もちろん!」
今日は蓮ちゃんが主役だもの、断る理由なんてない。蓮ちゃんについて歩くと、駅前の道から一本逸れた通りに入る。とんかつ屋さんの前で、蓮ちゃんは足を止めた。
「最近出来たらしくて、美味しいみたいなの」
「いいじゃん!入ろ入ろ」
2人でとんかつ屋に入る。店内はガンガンに冷房が効いていて涼しい。蓮ちゃんはこう見えて、結構食べるのだ。私も女子にしてはかなり食べるので、2人でいる時は遠慮なく食事を楽しめる。4人がけのテーブル席に座る。ひとつのメニューを、2人で覗き込む。
「ヒレかな、ロースかな」
「ひとつずつ頼んで、半分こする?」
「する〜」
ヒレカツ定食とロースカツ定食を注文する。店員さんがお冷を置いて、少々お待ちくださいと下がった。私は、持ってきた紙袋を蓮ちゃんに差し出す。
「蓮ちゃん、お誕生日おめでとう!」
「いつもありがとう、莉子」
蓮ちゃんは紙袋を受け取り、中身を確認する。蓮ちゃんへの贈り物は大体和菓子と、ちょっとしたおまけをつける。
「山形の和菓子なんだけど、美味しいかは分かんない。感想聞かせて」
「へぇー。古鏡?小豆餅のお菓子なのね」
蓮ちゃんは和菓子のラベルをまじまじと見て、紙袋に閉まった。それから、別に包んだ小包を取り出す。
「これも開けていい?」
「いいよー肌に合わなかったら使わないで」
小包の中身は、日焼け止め。パッケージが可愛かったのと、よく水泳に行く蓮ちゃんは使うだろうと思って。私はあまり使わないけれど、蓮ちゃんはよく塗っているのを見るから。
「日焼け止め!パッケージ可愛いね」
「そう〜絶対使うかなと思って。使ってみて」
「うん。ありがとう」
蓮ちゃんは花が開くように笑う。喜んでもらえてよかった。私の気持ちも膨らむ。
「あとこれ、太刀川さんから預かってきた」
「あら。あの子が私の誕生日覚えてるなんて珍しい」
「私が話題にしてたからね」
かのやのどら焼きをひとつ、蓮ちゃんに渡す。蓮ちゃんは嬉しそうに、それを紙袋に閉まった。
「蓮ちゃん、生まれてきてくれてありがとう」
「なぁに、大袈裟」
そうは返すけど、蓮ちゃんは私の気持ちに応えるように、私の頭を撫でた。自然と笑みが溢れる。蓮ちゃんのことは大好きだ。彼女のためならなんだって出来ると思う。
「こちらこそ、ありがとうね。莉子」
やがて、定食が運ばれてきた。私達は食事をする。一緒に出掛けて、一緒にご飯を食べて。一緒に過ごす時間が、なによりも大切に思えた。蓮ちゃん、ハッピーバースデー。蓮ちゃんのこれからが、幸せに満ちたものでありますように。その幸せに、ほんの少し私が含まれていたら嬉しいな。