掌編/ネオプロトタイプ
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「陽介は冷たいよね」
昔従姉妹に言われたことだった。特に傷つきもしないが、ささくれのようにずっと、胸の端っこに残っている。冷たい、というのがどういうことなのか未だによく分かっていなくて、それでも温かい方が人として善いだろうとなんとなく思っていて。本当は善い人だとかどうでもいいんだけれども。興味がないなりに、所謂普通の人間に寄り添おうという気持ちだけはある。流石に一生ひとりぼっちでいられるほど冷たくはない。青春の馬鹿騒ぎは好きだし。仲間がいるというのは、楽しいから。
それすらめんどくさくなる時もあるけど。そんなもんじゃね?いつだって同じ気持ち、同じ答えなんて気味が悪りぃ。夏休みが明けてすぐの9月4日、1日は頑張って登校したし。別にサボってもよくね?ってなって、学ランを着て家を出たはいいが学校には向かわなかった。親への言い訳、先生への弁明、友達への誤魔化し。めんどくさくてみんな後回しにして、思考の隅に追いやった。そんな風にしてまで、考えたいことがあるわけでもないけど。今日はまだ暑くて、最後の蝉がここぞとばかりに張り叫んでいる。それだけの日。
(あれ、莉子さん、だっけ)
駅の近く、歩道に設置されたベンチ。そこにちょこんと、ヘッドフォンを首から下げた女の子が座っている。遠目に見てるが、多分莉子さんだと思う。莉子さんは、精神病持ちというのを出水だか佐鳥から聞いていた。何回か話したことはある。なに話したかは忘れた。確か分かりやすい話し方する人だなって印象を持った。精神病については、全く分からなかった。
(声かけてみっか)
特に意味はない。強いて言えば、弱い人の視野に興味があったのかもしれない。優しくすべき人が、なにを考えているのかを知りたかった。思いやりって、なにを考えればいいのかを教えてもらいたかった。全部後付けだ。
「よっ。莉子さん、なにしてんの?」
莉子さんは大袈裟なくらい肩を揺らし、目をまんまるにして俺を見た。可笑しくなって笑ってしまうと、莉子さんは申し訳なさそうに下を向く。笑うのはよくなかっただろうか。
「えっと、なにしてるかはよく分からない。し、えっと、誰だっけ……」
莉子さんは完全に萎縮してしまって、悪いことをしたかのように縮こまっている。構わず、隣に座って話を続けた。
「米屋だよ、米屋陽介。陽介でいいぜ」
「あ、あ。出水の同級生」
「そうそう。こんなとこで1人?」
「うん、今日は1人」
「寂しくね?」
「いつも誰かといるし、1人の時間も嫌いじゃないよ」
なんとなーく、覇気がなくて。前に喋った時と違って、どことなく幼くて。莉子さんは俺と目を合わせようとはせず、下見たり上見たり、きょろきょろとしている。不安なんだろうか。それは何故?こういうことの見当をつけるのが、恐ろしく苦手だ。
「ふーん。じゃあ俺がいたら邪魔?」
「あ、えっと。そんなことはないよ」
「無理してねぇ?」
「してないよ。米屋くん優しいんだね」
うーんピンと来ない。誰しもそう言うだろうな、と予想する言葉を、オウムのように返しただけ。それを貴方は優しいと言う。ヘラっと笑い返す。きっとふさわしい表情ではないんだろう。
「俺、今暇」
「そうなの?」
「おう。だからちょっと遊ぼーぜ」
莉子さんはようやく俺を見た。力のない瞳に覗き込まれる。綺麗な瞳してんなと思った。莉子さんは無表情のまま首を傾げて、思いついたように頷く。
「米屋くんの目、」
「うん?」
「私の好きな人と似てる」
そう呟く。とんでもねぇこと言う人だなと思った。人によっては、随分な殺し文句だ。出水も佐鳥も、こうやって引っかかったのだろうか。
「そうか?」
「うん」
「で?遊んでくれんの?」
「あ、うん。遊ぼう。なにする?」
でも、ようやく笑った彼女に、ほっと安心する自分もいて。悪い人じゃないと思う、弱い人でもないと思う。莉子さんにどんなラベルを貼ればいい。分別しないと、付き合い方が分からない。興味がないから、気をつけるんだ。それで傷つけることがないように。
知らない人に話しかけられたかと思って、すごく不安でドキドキした。米屋くんは構わず話し続けて、遊ぼうと誘ってくれた。米屋くんの目に拓磨を見たのは、不安で仕方なかったからかもしれない。胸はざわざわと落ち着かないのに、遊ぶと言ってしまったのは、きっと米屋くんが優しそうに見えたからで、後輩が話しかけてくれて嬉しかったからだろう。
「ゲーセンとか行く人?」
「たまに。ポップンとか叩く」
「へー!音ゲー出来んだ」
「ポップンだけだよ」
なんとなく、2人でゲーセンの方に歩く。騒がしい音が少し気にかかったけど、米屋くんがいるのでなんとか我慢出来そうだ。
「エアホッケーやろうぜ」
「絶対勝てないよ」
「だからいいんじゃん」
「ひどいな!?」
米屋くんがケラケラと笑う。カラッとした子だな、と思う。今のところ。どんな子なのか知らないけれど、不思議と嫌な感じはしないから、きっといい子だと思う。こういう直感は当たるものだ。エアホッケーは10-7で負けた。
「結構いい勝負になったじゃん」
「まぁね、エアホッケーだからね」
「そうだなー」
またケラケラと笑う。よく笑う人の側は、居心地がいい。UFOキャッチャーのコーナーをぐるりと回り、このプライズのアニメが面白かっただの、このシリーズはつい集めてしまうだの話す。普通の高校生の会話。
「次、ポップンやろうぜ」
「私、対戦しないよ。1人でやってる」
「そうなの?じゃあ見てよ」
「退屈じゃない?」
「別に平気だよ」
米屋くんが私の後ろに立つから、少し緊張して叩く。選曲は知っていそうなものにした。そんなにハイレベルではないけれど、頑張って練習して出来るようになったそれを披露する。3曲終わると、米屋くんは拍手してくれた。
「すげー!!めっちゃ上手いじゃん」
「まぁそこそこですよ。上には上がいるから」
「でも楽して出来たわけじゃねーだろ?すげぇじゃん」
いぇーい、と米屋くんが手をかざすので、そっと触れてハイタッチをする。褒めて認めてくれたことが、素直に嬉しかった。不安定だった心が、少し落ち着く。
「ありがとう」
「?おう」
米屋くんはまたゲーセンの中を歩き回り、プリクラを指差して止まった。
「これ!俺女友達いねぇから撮れねーの!」
「おん」
「撮りたい!」
「いいよー」
「サンキュ!どれがいいんだ?」
「いやぁどれも大して変わらんと思うけど……」
適当に手前から3番目の機体に入る。米屋くんは興味深そうにキョロキョロとして騒いでいる。そんな面白いのかこれ。私もあまり撮ったことはないけど。
「あ、撮るよ!」
「どこ見んの?」
「こっちこっち」
米屋くんは満面の笑みで、私は少しぎこちない笑みになった。何枚か撮って、選んで、落書きコーナーへ。
「……莉子さんって、笑うの苦手なのか?」
米屋くんから見ても、そう映るのか。自分の表情筋の固さには困ったものだ。
「あっうん。多分」
「へー。優しそうな雰囲気なのに意外だなぁ」
「声は笑ってるけど、顔が笑ってないみたいの、よくあるっぽい」
「そうなんだ」
落書きなにすればいいか分かんねぇ、と呟きながら、米屋くんは日付を入れたり星を描いたりしていた。私も似たようなもん。2分も待てば、印刷されて出てくる。
「へー!こんなちっさくなんだ」
「そうだねぇ。あっちの台でハサミあるから分けられるよ」
「おー」
移動して、お互い固まる。どちらもハサミを持とうとしない。
「……不器用?」
「ハサミはあんま使わねーからなー」
「うーん……下手でも怒んないでね」
仕方なく、私がハサミを持って切り分ける。ジグザグだけど均等に分けて、半分を渡す。
「サンキュー」
「うん」
遊び尽くしたので、ゲーセンを出る。時刻は13時ちょっと前。
「……昼も一緒に食べていい?」
今までの歯切れの良さとは裏腹に、ちょっと自信がなさそうで驚く。
「え、いいよ。食べよう」
「やった」
米屋くんが嬉しそうで、元気そうでほっとする。なんでこんな時間に学ランでほっつき歩いているんだろう。ずっと気がかりだった。
「あのさ」
「おう?」
「学校行きたくない日は、また私のこと誘ってくれていいから。遊ぼう」
米屋くんは目を見開いたあと、吹き出して笑ったので、こちらが心配になる。変なこと言っただろうか。
「莉子さん、優しいんだな」
分かった、また誘うよ。そう言って米屋くんはやっぱり笑うのだった。
昔従姉妹に言われたことだった。特に傷つきもしないが、ささくれのようにずっと、胸の端っこに残っている。冷たい、というのがどういうことなのか未だによく分かっていなくて、それでも温かい方が人として善いだろうとなんとなく思っていて。本当は善い人だとかどうでもいいんだけれども。興味がないなりに、所謂普通の人間に寄り添おうという気持ちだけはある。流石に一生ひとりぼっちでいられるほど冷たくはない。青春の馬鹿騒ぎは好きだし。仲間がいるというのは、楽しいから。
それすらめんどくさくなる時もあるけど。そんなもんじゃね?いつだって同じ気持ち、同じ答えなんて気味が悪りぃ。夏休みが明けてすぐの9月4日、1日は頑張って登校したし。別にサボってもよくね?ってなって、学ランを着て家を出たはいいが学校には向かわなかった。親への言い訳、先生への弁明、友達への誤魔化し。めんどくさくてみんな後回しにして、思考の隅に追いやった。そんな風にしてまで、考えたいことがあるわけでもないけど。今日はまだ暑くて、最後の蝉がここぞとばかりに張り叫んでいる。それだけの日。
(あれ、莉子さん、だっけ)
駅の近く、歩道に設置されたベンチ。そこにちょこんと、ヘッドフォンを首から下げた女の子が座っている。遠目に見てるが、多分莉子さんだと思う。莉子さんは、精神病持ちというのを出水だか佐鳥から聞いていた。何回か話したことはある。なに話したかは忘れた。確か分かりやすい話し方する人だなって印象を持った。精神病については、全く分からなかった。
(声かけてみっか)
特に意味はない。強いて言えば、弱い人の視野に興味があったのかもしれない。優しくすべき人が、なにを考えているのかを知りたかった。思いやりって、なにを考えればいいのかを教えてもらいたかった。全部後付けだ。
「よっ。莉子さん、なにしてんの?」
莉子さんは大袈裟なくらい肩を揺らし、目をまんまるにして俺を見た。可笑しくなって笑ってしまうと、莉子さんは申し訳なさそうに下を向く。笑うのはよくなかっただろうか。
「えっと、なにしてるかはよく分からない。し、えっと、誰だっけ……」
莉子さんは完全に萎縮してしまって、悪いことをしたかのように縮こまっている。構わず、隣に座って話を続けた。
「米屋だよ、米屋陽介。陽介でいいぜ」
「あ、あ。出水の同級生」
「そうそう。こんなとこで1人?」
「うん、今日は1人」
「寂しくね?」
「いつも誰かといるし、1人の時間も嫌いじゃないよ」
なんとなーく、覇気がなくて。前に喋った時と違って、どことなく幼くて。莉子さんは俺と目を合わせようとはせず、下見たり上見たり、きょろきょろとしている。不安なんだろうか。それは何故?こういうことの見当をつけるのが、恐ろしく苦手だ。
「ふーん。じゃあ俺がいたら邪魔?」
「あ、えっと。そんなことはないよ」
「無理してねぇ?」
「してないよ。米屋くん優しいんだね」
うーんピンと来ない。誰しもそう言うだろうな、と予想する言葉を、オウムのように返しただけ。それを貴方は優しいと言う。ヘラっと笑い返す。きっとふさわしい表情ではないんだろう。
「俺、今暇」
「そうなの?」
「おう。だからちょっと遊ぼーぜ」
莉子さんはようやく俺を見た。力のない瞳に覗き込まれる。綺麗な瞳してんなと思った。莉子さんは無表情のまま首を傾げて、思いついたように頷く。
「米屋くんの目、」
「うん?」
「私の好きな人と似てる」
そう呟く。とんでもねぇこと言う人だなと思った。人によっては、随分な殺し文句だ。出水も佐鳥も、こうやって引っかかったのだろうか。
「そうか?」
「うん」
「で?遊んでくれんの?」
「あ、うん。遊ぼう。なにする?」
でも、ようやく笑った彼女に、ほっと安心する自分もいて。悪い人じゃないと思う、弱い人でもないと思う。莉子さんにどんなラベルを貼ればいい。分別しないと、付き合い方が分からない。興味がないから、気をつけるんだ。それで傷つけることがないように。
知らない人に話しかけられたかと思って、すごく不安でドキドキした。米屋くんは構わず話し続けて、遊ぼうと誘ってくれた。米屋くんの目に拓磨を見たのは、不安で仕方なかったからかもしれない。胸はざわざわと落ち着かないのに、遊ぶと言ってしまったのは、きっと米屋くんが優しそうに見えたからで、後輩が話しかけてくれて嬉しかったからだろう。
「ゲーセンとか行く人?」
「たまに。ポップンとか叩く」
「へー!音ゲー出来んだ」
「ポップンだけだよ」
なんとなく、2人でゲーセンの方に歩く。騒がしい音が少し気にかかったけど、米屋くんがいるのでなんとか我慢出来そうだ。
「エアホッケーやろうぜ」
「絶対勝てないよ」
「だからいいんじゃん」
「ひどいな!?」
米屋くんがケラケラと笑う。カラッとした子だな、と思う。今のところ。どんな子なのか知らないけれど、不思議と嫌な感じはしないから、きっといい子だと思う。こういう直感は当たるものだ。エアホッケーは10-7で負けた。
「結構いい勝負になったじゃん」
「まぁね、エアホッケーだからね」
「そうだなー」
またケラケラと笑う。よく笑う人の側は、居心地がいい。UFOキャッチャーのコーナーをぐるりと回り、このプライズのアニメが面白かっただの、このシリーズはつい集めてしまうだの話す。普通の高校生の会話。
「次、ポップンやろうぜ」
「私、対戦しないよ。1人でやってる」
「そうなの?じゃあ見てよ」
「退屈じゃない?」
「別に平気だよ」
米屋くんが私の後ろに立つから、少し緊張して叩く。選曲は知っていそうなものにした。そんなにハイレベルではないけれど、頑張って練習して出来るようになったそれを披露する。3曲終わると、米屋くんは拍手してくれた。
「すげー!!めっちゃ上手いじゃん」
「まぁそこそこですよ。上には上がいるから」
「でも楽して出来たわけじゃねーだろ?すげぇじゃん」
いぇーい、と米屋くんが手をかざすので、そっと触れてハイタッチをする。褒めて認めてくれたことが、素直に嬉しかった。不安定だった心が、少し落ち着く。
「ありがとう」
「?おう」
米屋くんはまたゲーセンの中を歩き回り、プリクラを指差して止まった。
「これ!俺女友達いねぇから撮れねーの!」
「おん」
「撮りたい!」
「いいよー」
「サンキュ!どれがいいんだ?」
「いやぁどれも大して変わらんと思うけど……」
適当に手前から3番目の機体に入る。米屋くんは興味深そうにキョロキョロとして騒いでいる。そんな面白いのかこれ。私もあまり撮ったことはないけど。
「あ、撮るよ!」
「どこ見んの?」
「こっちこっち」
米屋くんは満面の笑みで、私は少しぎこちない笑みになった。何枚か撮って、選んで、落書きコーナーへ。
「……莉子さんって、笑うの苦手なのか?」
米屋くんから見ても、そう映るのか。自分の表情筋の固さには困ったものだ。
「あっうん。多分」
「へー。優しそうな雰囲気なのに意外だなぁ」
「声は笑ってるけど、顔が笑ってないみたいの、よくあるっぽい」
「そうなんだ」
落書きなにすればいいか分かんねぇ、と呟きながら、米屋くんは日付を入れたり星を描いたりしていた。私も似たようなもん。2分も待てば、印刷されて出てくる。
「へー!こんなちっさくなんだ」
「そうだねぇ。あっちの台でハサミあるから分けられるよ」
「おー」
移動して、お互い固まる。どちらもハサミを持とうとしない。
「……不器用?」
「ハサミはあんま使わねーからなー」
「うーん……下手でも怒んないでね」
仕方なく、私がハサミを持って切り分ける。ジグザグだけど均等に分けて、半分を渡す。
「サンキュー」
「うん」
遊び尽くしたので、ゲーセンを出る。時刻は13時ちょっと前。
「……昼も一緒に食べていい?」
今までの歯切れの良さとは裏腹に、ちょっと自信がなさそうで驚く。
「え、いいよ。食べよう」
「やった」
米屋くんが嬉しそうで、元気そうでほっとする。なんでこんな時間に学ランでほっつき歩いているんだろう。ずっと気がかりだった。
「あのさ」
「おう?」
「学校行きたくない日は、また私のこと誘ってくれていいから。遊ぼう」
米屋くんは目を見開いたあと、吹き出して笑ったので、こちらが心配になる。変なこと言っただろうか。
「莉子さん、優しいんだな」
分かった、また誘うよ。そう言って米屋くんはやっぱり笑うのだった。
