序章/プロトタイプ
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
根付さんから呼び出しを喰らった。かれこれ、こういうのは3回目だろうか。呼び出される心当たりはある。最近はよく遊んでいたので。心底めんどくさい。約束の時間ギリギリまで、部屋でうだうだしていた。いよいよ時間が迫ってきて、ため息と共に起き上がる。
「嫌なことは早めに済ませたほうがいいよね」
自分に言い聞かせ、エレベーターに乗る。准くんの等身大パネルを横切って、約束の時刻ぴったりに根付さんを訪ねた。
「失礼します」
「あぁ、来たかね。まぁ座りなさい」
冷たい緑茶が出されたので、一口飲む。根付さんはしばらく黙って私を見ていたが、観念したようにため息を吐き、話し始めた。
「君の交友関係に関して、問い合わせが増えている」
「はい」
でしょうね。予想はしていた。
「その、君……もう少し男の子との付き合いを控えられないのかね?」
「無理です」
「即答かい」
「逆に、蓮ちゃんとか羽矢ちゃんとなら、誰もなにも言わないんですよね?それって差別じゃないですか?」
蓮ちゃんや羽矢ちゃんと深い仲にならないなんて、誰が保証出来るだろう。性別が違うというだけで、交友関係を制限されるのが納得いかなかった。根付さんは頭を掻く。
「そうは言っても……なにかあってからでは困るだろう」
「ありません。人を見る目はあるつもりです」
「そういう、変なところに自信があるのが心配なのだよ……」
根付さんは腕を組み、考え込む。おそらく、私を傷つけずに説得する方法を探しているのだろう。根付さんのことは正直嫌いだ。嫌いな常識の門番のように思う。でもこの人にも立場があって、決して私の敵ではないことは理解している。
「とにかく、異性との交友関係が広いことが、外部からよく思われていない」
「なんとかしてくださいよ」
「無茶を言うな!世間体をもう少し気にしなさい」
世間体。どうでもよかった。大切にしてくれる仲間と共に過ごすことの方がよっぽど大事だ。遊び人と言われようが、売女尻軽と罵られようが。
「……傷つくのは、貴方なんですよ?」
「……分かっています」
そうだ、強がったところで、この人の言う通りに私は傷つくだろう。でも、この生き方をやめるつもりはない。
「俺が俺でなくなるのなら、俺はそんな自分を愛せない」
「周りから愛想を尽かされてもかね?」
「誰かに愛されたいのなら、自分を愛することが絶対条件です。俺の中ではね」
自分を愛さない者に、誰かから愛される資格はない。自分を大事に出来なければ、与えられた愛に応えることは出来ない。
「愛されるために、自分を偽ることはありません。これから先もずっと」
根付さんと目が合う。折れないように、視線は逸さなかった。根付さんが目を閉じる。ため息と時計の秒針の音が重なる。
「……健全なお付き合いを、続けてくださいよ」
「はい」
「問い合わせについては、対応を考えます。君から下手なことを言わないように」
「分かっています」
「じゃ、下がっていいですよ」
出された緑茶を飲み干して、立ち上がった。根付さんは変わらず難しい顔をしている。また似たようなことで、呼び出されるだろう。
「失礼します」
頭を下げて、部屋を出る。本当はこのままでいいのかなんて自信はない。でも、身体中が嫌だと叫んでいる。嫌なものは、どうしようもなかった。甘ったれと言われても、みんなの優しさに甘えることでなんとか生きている。よすがを取り上げないで欲しかった。
ずるずるとエレベーターに向かっていたら、会議室から出てくる忍田さんと鉢合わせた。忍田さんは私の顔を見ると、そっと手を引き、
「顔色が悪い。少し休んでいきなさい」
と、適当な部屋に私を連れて行った。普段は小さな会議に使われる部屋。椅子に腰掛けて、ぼんやり忍田さんを目で追う。
「会議は……大丈夫ですか」
「終わったところだから大丈夫だ。心配しなくていい」
忍田さんは冷たい緑茶を持ってきてくれた。口をつける。忍田さんは特になにも言わず、忙しそうに書類に目を通している。それでも、部屋を出ることはせず、時折こちらを気にかける視線を投げる。申し訳なかった。
「根付さんに、呼び出されました」
「またか……なにを言われた?」
「世間体を気にして欲しいと」
緑茶の溜まった紙コップを見つめる。浮かない顔の自分が映る。貫く信念はあっても、迷わないほど強くはなく、私はあまりにも脆い。そんな自分が嫌いだった。
「顔も知らない誰かの言うことなんて、気にする必要はない」
「……はい」
「莉子が周りが言うような人間ではないことは、みんな知ってる。自分でも分かるだろう?」
「分かります」
忍田さんは優しく微笑んだ。上手く微笑み返すことが、出来なかった。誤魔化すように緑茶を飲む。
「昨日まで調子が良かったのにな」
「明日から元通りに動けるか、不安です」
「大丈夫だ。どんな明日でも、莉子は受け入れて進めばいい」
元通りでなくても、それでもいいと。そう言ってくれているのだと思う。私はすぐに自分を見失う。そもそも、どれが本当の自分なのか分からない。誰といる自分が、何をしている自分が、本物なのか知らない。それでも、自分を愛していかなきゃいけない。
「……次の会議に行かなくてならない。誰か呼ぶか?」
「大丈夫です。1人で帰れます」
「そうか。気をつけてな。また報告入れておいてくれ。そこで相談してくれてもいい」
忍田さんには、毎日「今日したこと」の報告をしている。日々安定しない私が、ボーダーで過ごしやすいように取られている配慮だ。私が頷くのを確認すると、忍田さんは足早に部屋を出て行った。多分、ギリギリまで側にいてくれたのだろう。緑茶を飲み干す。私も、部屋を出た。真っ直ぐ歩けるか、不安になる廊下を抜けて、部屋に戻る。ベッドに潜り込んで、しばらく眠ることにした。迷いも憂いも、そっと消してしまいたかった。
「嫌なことは早めに済ませたほうがいいよね」
自分に言い聞かせ、エレベーターに乗る。准くんの等身大パネルを横切って、約束の時刻ぴったりに根付さんを訪ねた。
「失礼します」
「あぁ、来たかね。まぁ座りなさい」
冷たい緑茶が出されたので、一口飲む。根付さんはしばらく黙って私を見ていたが、観念したようにため息を吐き、話し始めた。
「君の交友関係に関して、問い合わせが増えている」
「はい」
でしょうね。予想はしていた。
「その、君……もう少し男の子との付き合いを控えられないのかね?」
「無理です」
「即答かい」
「逆に、蓮ちゃんとか羽矢ちゃんとなら、誰もなにも言わないんですよね?それって差別じゃないですか?」
蓮ちゃんや羽矢ちゃんと深い仲にならないなんて、誰が保証出来るだろう。性別が違うというだけで、交友関係を制限されるのが納得いかなかった。根付さんは頭を掻く。
「そうは言っても……なにかあってからでは困るだろう」
「ありません。人を見る目はあるつもりです」
「そういう、変なところに自信があるのが心配なのだよ……」
根付さんは腕を組み、考え込む。おそらく、私を傷つけずに説得する方法を探しているのだろう。根付さんのことは正直嫌いだ。嫌いな常識の門番のように思う。でもこの人にも立場があって、決して私の敵ではないことは理解している。
「とにかく、異性との交友関係が広いことが、外部からよく思われていない」
「なんとかしてくださいよ」
「無茶を言うな!世間体をもう少し気にしなさい」
世間体。どうでもよかった。大切にしてくれる仲間と共に過ごすことの方がよっぽど大事だ。遊び人と言われようが、売女尻軽と罵られようが。
「……傷つくのは、貴方なんですよ?」
「……分かっています」
そうだ、強がったところで、この人の言う通りに私は傷つくだろう。でも、この生き方をやめるつもりはない。
「俺が俺でなくなるのなら、俺はそんな自分を愛せない」
「周りから愛想を尽かされてもかね?」
「誰かに愛されたいのなら、自分を愛することが絶対条件です。俺の中ではね」
自分を愛さない者に、誰かから愛される資格はない。自分を大事に出来なければ、与えられた愛に応えることは出来ない。
「愛されるために、自分を偽ることはありません。これから先もずっと」
根付さんと目が合う。折れないように、視線は逸さなかった。根付さんが目を閉じる。ため息と時計の秒針の音が重なる。
「……健全なお付き合いを、続けてくださいよ」
「はい」
「問い合わせについては、対応を考えます。君から下手なことを言わないように」
「分かっています」
「じゃ、下がっていいですよ」
出された緑茶を飲み干して、立ち上がった。根付さんは変わらず難しい顔をしている。また似たようなことで、呼び出されるだろう。
「失礼します」
頭を下げて、部屋を出る。本当はこのままでいいのかなんて自信はない。でも、身体中が嫌だと叫んでいる。嫌なものは、どうしようもなかった。甘ったれと言われても、みんなの優しさに甘えることでなんとか生きている。よすがを取り上げないで欲しかった。
ずるずるとエレベーターに向かっていたら、会議室から出てくる忍田さんと鉢合わせた。忍田さんは私の顔を見ると、そっと手を引き、
「顔色が悪い。少し休んでいきなさい」
と、適当な部屋に私を連れて行った。普段は小さな会議に使われる部屋。椅子に腰掛けて、ぼんやり忍田さんを目で追う。
「会議は……大丈夫ですか」
「終わったところだから大丈夫だ。心配しなくていい」
忍田さんは冷たい緑茶を持ってきてくれた。口をつける。忍田さんは特になにも言わず、忙しそうに書類に目を通している。それでも、部屋を出ることはせず、時折こちらを気にかける視線を投げる。申し訳なかった。
「根付さんに、呼び出されました」
「またか……なにを言われた?」
「世間体を気にして欲しいと」
緑茶の溜まった紙コップを見つめる。浮かない顔の自分が映る。貫く信念はあっても、迷わないほど強くはなく、私はあまりにも脆い。そんな自分が嫌いだった。
「顔も知らない誰かの言うことなんて、気にする必要はない」
「……はい」
「莉子が周りが言うような人間ではないことは、みんな知ってる。自分でも分かるだろう?」
「分かります」
忍田さんは優しく微笑んだ。上手く微笑み返すことが、出来なかった。誤魔化すように緑茶を飲む。
「昨日まで調子が良かったのにな」
「明日から元通りに動けるか、不安です」
「大丈夫だ。どんな明日でも、莉子は受け入れて進めばいい」
元通りでなくても、それでもいいと。そう言ってくれているのだと思う。私はすぐに自分を見失う。そもそも、どれが本当の自分なのか分からない。誰といる自分が、何をしている自分が、本物なのか知らない。それでも、自分を愛していかなきゃいけない。
「……次の会議に行かなくてならない。誰か呼ぶか?」
「大丈夫です。1人で帰れます」
「そうか。気をつけてな。また報告入れておいてくれ。そこで相談してくれてもいい」
忍田さんには、毎日「今日したこと」の報告をしている。日々安定しない私が、ボーダーで過ごしやすいように取られている配慮だ。私が頷くのを確認すると、忍田さんは足早に部屋を出て行った。多分、ギリギリまで側にいてくれたのだろう。緑茶を飲み干す。私も、部屋を出た。真っ直ぐ歩けるか、不安になる廊下を抜けて、部屋に戻る。ベッドに潜り込んで、しばらく眠ることにした。迷いも憂いも、そっと消してしまいたかった。