本編
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俺のあとを追う君に/太刀川慶
暇だから隊室に来いって言った。数十分で来たから、おそらく今日の体調はそこそこ。
「お誕生日おめでとうございます、隊長」
「お、気付いてた?」
「昨日、出水に耳打ちされて……」
こいつのこういう、素直すぎるとこが好きなんだよなぁ。手を差し出せば、首を傾げるので笑う。
「なんかくれよ」
「なんか!?えぇ、なんもないですよ……」
隊を組んでから、祝われこそすれ物を強請ったのは初めてだった。面白いくらいにお前は取り乱す。なんだっていいのに。
「出来れば残るモンがいい」
「そんなの、ますますなに贈ればいいんですか……」
頭を抱えて、いつもなにかをいっぱいに詰め込んでいるリュックをひっくり返す。なにを書いてるのか、何冊もノートが出てきて。筆箱の中も、何色ものペンでぱんぱんだった。
「うんと、じゃあ……」
小さなメモ帳を差し出される。半分ほど使ってあるけど。恐竜の柄が彼女らしいと思う。
「大事なんじゃないのか?」
「これは、一応替えの予備がまだあるので……」
この子が物に酷く執着するのは知ってる。だから、使いかけとはいえ、これを貰えるのは光栄なことだ。
「じゃ、貰うぜ」
「はい、こんなんですみません。おめでとうございます」
深々と頭を下げるので、ぽんぽんと癖で撫でてしまう。こいつの頭は軽いけど愛されてるから、みんながみんな癖で撫でる。
「?どうした」
「えっと、」
やっぱ、元気ねぇのかな。最近もバタバタしてたしなー。可哀想に思う。憐れみはしない。
「20歳になるってどんな感じですか?」
「どんな?どんなかー」
まだなりたてだからなぁ。体調も身長も体重だって、多分昨日と変わんないしなぁ。
「なんも変わんない?」
「……変わんないんだぁ」
「今んとこなー」
不安なんだろなーお前は来年に20歳だもんな。不安な毎日が続くのか、ずっとこのままなのか、崩れるようになにか変わってしまうのか。心配がたくさんあることは、ちゃんと知ってるぜ。
「大丈夫だ、お前の前はちゃんと俺が先に歩くからよ」
「!うん」
「ちゃんと、なにか思ったら教えるし」
「うん」
「泣くな泣くな!泣かせちまうのってしんどいんだぞ」
それを聞いて、無理に笑う。弱いクセに無理に笑う。お前の隊長でいれること、誇りに思うよ。これからもよろしくな。
男っぽいんだか女っぽいんだか?/生駒達人
歌声を聴いてから、彼女の見え方が変わって。見かけて話しかける前に、しばし観察をするようになり(最近調子悪いらしくてあんま見いひんのやけど)。莉子ちゃんは早足で大股に、風を切って歩く。声は落ち着いていて低い。髪はくせっ毛でショート。スカートを履くことはまずなく、いつもなにかに没頭している。胸が大きいこと以外は……
(もしや、イケメン?)
すごーく、男っぽくない?ボーイッシュな女の子、可愛いよな。うん。あれから一度配信とかも覗いたけど、やっぱ男にしか聴こえない歌声。俺もあんな風に歌えたらモテるんやろか。個人ランク戦の休憩中、ラウンジでぼんやりしてるのを見つけて、思い切って聞いてみることにする。
「よっ、莉子ちゃん」
「……イコさん」
「元気ない?だいじょぶ?」
「まぁ大丈夫だよ」
莉子ちゃんは髪をかきあげ、脚を組んで顎に手を置く。俺よりだいぶ小さいはずなのに、存在感がある。
「なぁ、どうしたら莉子ちゃんみたいに歌える?」
「あ?」
視線が鋭くて、背筋が伸びる。声低。莉子ちゃんが首を左右に伸ばす。やっぱり、男っぽい。
「俺の真似してもしゃーないだろ」
おれ?一人称が変化したことにビビってなにも言えずにいると、莉子ちゃんはなおも続ける。
「モテる歌い方でもないし……歌上手くなりたいなら、とりあえず音程取るとこからだよ」
「おん……」
「俺、人に教えたことねーし分からん」
「……自分、雰囲気だいぶ違くない?」
「ん?あぁ」
莉子ちゃんは頭を掻き、あくびをひとつする。妙なタイミングであくびをするな……?
「出してもいいかと思って」
「出しても?」
「私、素はこんなんだよ」
「……そっちが素なん?」
「あぁ、いや。どっちも素だけど。俺が人前で自分を偽ることはない苦手だから」
混乱する。明らかに弓場ちゃんの前に立ってる時と別人やし。もっと言えば、いつもなにかに胸を痛めて苦しそうなか弱い女の子の面影はない。
「出力の仕方が違うだけで、私は私だよ」
「……そうなん?」
「うん。今イコさんの前にいるのは荒々しい時の小林莉子だよ」
「そうなんか……」
ますます分からんくなった。莉子ちゃんはもうひとつあくびをする。もう少し、話聞かないと理解が追いつきそうにない。俺の莉子ちゃん観察日記は続きそうや。
推しと定義する/氷見亜希
二宮さんは、好きな人の前では笑ってしまう人なんだなーと見ていた。
「莉子さんのどこが好きなんですか?」
廊下でばったり会った莉子さんを見送った後、二宮さんに訊いてみる。自分も微笑ましさが顔に出ている自覚がある。二宮さんはさっきまでの笑みを消し、ひどく慌てた様子で言葉を濁す。
「いや……好きというか……」
「違います?」
「うんまぁ……好きだとは思うんだが」
二宮さんは頬を掻く。隊長のこんな姿は初めて見る。私はますます笑みを深くしてしまう。
「この気持ちに、名前はつけていなくてな。人に説明する時に困る」
「……恋ではなく?」
「恋じゃない」
ものすごくハッキリ、被せる勢いで二宮さんは否定してきた。違うんだ……。恋に見えるけど。まぁ、ここまで言うなら本人の中で明確に区別するなにかがあるんだろう。それを否定するつもりはない。
「うーん、じゃあどんな気持ちなんです?」
「うーーーん……」
二宮さんは眉間に皺を寄せ、真剣に考えだした。真剣な気持ちなんだな、ということは分かった。二宮さんの人間らしくて不器用な側面を見るたびに、この人をサポートしたいと思う。
「その……ずっと応援をしていたくて」
「はい」
「出来れば、それを知られることなくしたい」
「ふむ」
「許されるなら、際限なくなんでもしてやりたい」
「…………推し?」
世に言う、推し活そのものでは?急に親近感が湧く。
「ひゃみ、おしとはなんだ」
「えっとですね……主に俳優さんとかアイドルとか、アニメキャラクターに使うんですけど……」
二宮さんが小林はそういうんじゃないが、みたいな目で顰めっ面になる。そことは一緒にされたくないんだ……?
「人に薦めたくなるほど、好きなものや人のことですかね」
「薦めたい……」
「莉子さんのこと、もっといろんな人に知ってもらいたいんじゃないです?」
二宮さんは深く二度頷いた。なんか可愛らしくて笑ってしまう。
「じゃあ、推しが1番近いと思いますよ?」
「おし……推しか」
二宮さんはもう一度頷くと、とりあえずそういうことにしておくと言って、満足げに息を吐いた。そこからは、いつも通り。私もいつもの仕事モードに戻った。
なんか寝てる……/荒船哲次
「うおっ」
本部の廊下の端でなにかが丸まって落ちている。二度見して、人と認識。そろーり近づいて、莉子さんと分かる。慌ててしゃがみ込み、肩を叩いた。
「莉子さん?大丈夫か?」
「うん……哲次くんだ」
俺を確認しても、莉子さんは起きあがろうとはせずに目を閉じた。よっぽど具合が悪いのかと心配がよぎったが、まぁこの人のことだし廊下でも寝たりするか、と妙な納得もある。猫のように丸まり動かない莉子さんの隣に、胡座をかいて天井を見上げる。視点が低くなるために頭上が広く感じる。なんとなく落ち着くような気もする。寝ようとは思わねぇけど。
「具合でも悪いか?」
「いや……寝てみたくなっただけ」
「ふーん」
しばらく、隣で呆けていた。莉子さんはたまに身じろいで寝返りを打つ。通りゆく人がギョッとした目で見たり、コソコソなにか呟いて去っていく。うーん、人目が気になりだすと居心地が悪いぞこれ。
「莉子さん、起きねぇのか?」
「起きなきゃダメ?」
「あんまよくねぇと思う」
「そうか……」
莉子さんは起き上がり、俺の横に体育座りになった。そういうことじゃねぇけど。俺が立ち上がると、俺の顔を見上げて、気怠そうに腰を上げる。莉子さんは大欠伸をして、伸びをした。
「どこでも寝るよな。なんでだ?」
「んー寝たいから?」
「なんで疑問系」
「自分でもよく分かんない」
「うーん……」
本人が分かんねぇことは、俺にも分からんし。推測して教えてやらなきゃならないほど、深刻なことでもなさそうだし。まぁいいか。莉子さんはまだ欠伸をしている。
「仮眠室、あるんだろ?太刀川隊には」
「ある」
「そこで寝れば?」
「たしかに」
莉子さんがふらふら肩を揺らしながら歩きだす。機嫌は良さそうに見える。なんとなしについていく。
「哲次くんは、なにしてたの?」
「別に。大したことじゃねぇ」
ランク戦でも行くか、とぼんやり向かっていたところだったので。別にこの人を隊室に送り届けてからでも構わない。なに話そうか。この人と話すのは楽しいし、黙っていても嫌な感じじゃない。なのでなにかと声をかけてしまう。
何故好きなのか、答えて?/王子一彰
「莉子さんってなんで歌が好きなの?」
「…………理由、いる?」
「僕がめんどくさいからって考えるの放棄したでしょ。カッコつけないで考えて」
「うーん……」
沈黙。僕は待つ。逃がさないように、じっと貴方を見つめて。
「得意なことだからかな」
「ふーんつまらない」
「そんな大層な理由があることばかりじゃないよ」
「そうだねぇ」
「自分の声、違和感はあるけど好きだし」
「違和感?」
「自分の姿形と似つかわしくないと思う」
「なるほど?」
言うほどか?とも思うが。まぁ莉子さんの歌は初めて聴くと驚くだろうけど。
「自分の声のどこが好き?」
「低音。響き。あと表現の込め方」
「自分の歌声、ずいぶん好きなんだね」
「まあね」
莉子さんはお茶を飲む。僕の顔の斜め上を見つめていて、視線は合わない。ぼんやりとして、集中してない。他になにか考えているんだろう。
「考え事なら、話して欲しいけど」
「ん?王子に話すことじゃないしなに考えていたか忘れた」
「本当に?」
「嘘吐かないよ。嘘吐いたことある?」
「嘘は吐かないけど、迂闊で無責任なとこはある」
「そう?ごめん」
「いいんじゃない?多分変われないよ」
「変われないかなぁ」
「変わりたいの?」
「うーん……変わる必要は、あると思う」
「本当にある?」
「どうだろ」
「いいんじゃないの、そのままでも」
「いいのかなぁ」
「僕はいいと思うね」
「迂闊で無責任でも?」
「それは直した方がいい」
「えー」
莉子さんは机に突っ伏す。僕はお構いなく笑ってやった。
「ま、莉子さんは向上心があるから?成長はこれからもすると思うよ」
「向上心ある?」
「自覚ないとこが既に」
「そうなんか」
「成長は出来るだろうけど、性根は変わんないと思う。し、僕は変わってほしくない」
「そっかぁ」
「うん。そのままでいてよ」
「分かった。ありがとう」
祈りを込めて。いつまでもくだらない問答に付き合ってくれよ。どこに行こうと、誰といようと。僕と話を続けておくれ。
警戒区域を歩く/寺島雷蔵
任務とは関係なく、警戒区域内をぶらつきたかった。どこよりも静かで、アイデアの種に溢れていて、なにをしていても誰も見ていない。寝転んでみても、高いところに登っても、絵を描いたり文章を書いたりしても。暗くなってきたら怖いかもしれないが、陽のあるうちはとてもリラックス出来そうで。羽を伸ばすのに、ちょうどいいんじゃないかと思っていた。
「そんなことしたら怒られちゃうよ」
明日雨が止んだら実行しようと思っていたら、迅にそう忠告された。それで、悪いことするのには準備がいるんだよ、と雷蔵さんのところに行くことを勧められた。
「甘やかされてんなぁ」
「甘やかされてる?」
雷蔵さんに素直に全部喋ったら、雷蔵さんは鼻で笑いながら呆れた声でそう言う。そうか、また私は甘えているのか。
「別にいいんじゃない?甘やかすのは周りも悪いだろ」
目に見えて落ち込んで見えたんだろう、雷蔵さんはそうフォローする。顔を上げると、雷蔵さんはニヤッと笑っていて。釣られて、自分も笑みを作る。
「で?任務外で警戒区域歩きたいって?」
「うん、落ち着きそう」
「紛争地帯だけどね一応」
確かに。うんうん頷くと、雷蔵さんは吹き出して笑う。
「変なやつ」
「うーん変かぁ」
「変だよ、かなり。ま、気持ちは変わんないんだろ?」
雷蔵さんは私に手を差し出す。首を傾げると、トリガー、と言われたので渡す。
「トリオン反応が半径100メートル以内にあったら、アラーム鳴るようにしてやる」
「いいの?」
「いいことではない」
「え、ごめんなさい」
「謝られても困るけど。ただ、俺もお前を甘やかしてやろうって思っただけ」
雷蔵さんはトリガーホルダーを手早く開けると、基礎基盤とパソコンを接続させてなにか弄って書き加えていく。
「なんで甘やかすの?」
「さあ?なんか小林は構いたくなるんだよな」
雷蔵さんはいつも通り気だるげで、なんでもないように言う。
「で、隊服じゃない普段着みたいなのセットするけど、どんなのがいい?」
「楽ちんなの」
「楽ちんなのね」
雷蔵さんとトリガーをセットしていく。最後に、見つからないようにしてあげたんだから、見つかっちゃダメだよ。と念押しされた。かくれんぼみたいだな、と呑気に思った。
みかんを積む/出水公平
ユカリちゃんからたくさんみかんを貰ったので、隊室に持ってきた。小さめだがダンボールに一箱も。出水がきっと喜ぶ。
「みかんじゃないっすか!!」
ほら。隊室に入ってすぐ、出水は私からダンボールを奪う勢いで受け取ると、給湯室に隠すように持って行く。様子を覗けば、散らかって食料が散乱しているのをなんとか端に寄せて、段ボールの置き場所を確保していた。それから、適当な木のボウルにみかんを詰め込んで、客間のテーブルの真ん中に置いた。出水が意気揚々と席につく。私は隣に座った。出水は早速手を伸ばしてみかんを剥いている。私はというと、特にお腹も空いていなかったので、みかんを2個手に取り、テーブルの上に積み上げてみる。バランスを崩して転がるみかんを、もう一度捕まえて積む。なかなか楽しい。
「いいなそれ。俺もやろ」
出水はあっという間にみかんをひとつ平らげて、私の真似をしだした。2人でツルツル滑るみかんの皮と格闘。2人とも、2個積み上げるのに成功した。
「せっかくだから、競争にしましょうよ」
「いいよ」
「負けた方が勝った方にみかんを剥く!」
分かった、と頷けば、舌なめずりをしながら3個目のみかんを手に取る。私も、手を伸ばした。黙々とバランスを取るためにみかんと睨めっこ。出水の山が崩れる。しれっと積み直し始めた。
「やり直しありなの?」
「あり。最終的に高く積んだ方が勝ち」
そうなんだそうだ。私はどうにか3個積んでみたが、4個目は乗せる前に崩れてしまった。
「時間決めよう。残り3分で」
「私の山崩れた瞬間に言うの、ずるくない?」
「知りませーん」
そうなんだそうだ。出水の気まぐれでルールが決まる。別に文句はない。勝ち負けにこだわりもないし。出水は意外と負けず嫌いだから、こだわるのかもしれない。年相応で可愛らしいと思う。
「1分延長!1分延長!」
「分かったよ」
お互い3個積んで、出水の4個目が乗っかりそうなタイミングで、延長を宣言される。私の山はまた崩れて、出水は一瞬だけれど4個積み終えた。
「俺の勝ち!」
「はいはいおめでとう」
勝者にみかんを剥く。出水は勝利の味!と満足気にみかんを食べた。変わらんでしょうて。
紅葉を見る/佐鳥賢
「佐鳥、紅葉見てこよう!」
イベントの終わり、撤収作業の中出演者の俺たちはちょっとした手持ち無沙汰だった。帰りのバスの出発を待つ間、莉子さんがそんなことを言う。
「……俺なんかと見ていいの?」
「拓磨とも迅とも見るけど、佐鳥とも見たい」
俺は苦笑を浮かべる。そんな風に言われて、断れる男がいると思うのか。素直で欲張りで、子供みたいで。好かれているのは、くすぐったい。莉子さんが不安そうに俺を見上げる。そのままでいてよ、って言いたくなる。莉子さんのほっぺたに触れて摘む。もちもちしている。
「いこー」
「うん」
莉子さんが俺の袖を引っ張って歩く。繋ごうと思えば繋げてしまう距離。迂闊で隙だらけと王子先輩は言っていた。迂闊なんだろうか。多分、莉子さんは手を繋いだところで怒らない。まぁ、迅さんはともかく弓場さんは怒る。それで莉子さんが守られているなら、それでもいいんじゃないかなんて思う。莉子さんがこんなにも無防備なのは、きっと弓場さんのせいであって。弓場さん本人も、それは本望なんじゃないか。いや、そうでもないのかな……怒るんだし。
「おぉイチョウが綺麗」
莉子さんが足を止めて、頭上を見上げる。イチョウの葉々の隙間から日が差し込み、キラキラしている。風でイチョウがひらひら散る。莉子さんは落ちる葉っぱを追いかけて、手で掴もうとする。足元の落ち葉が靴に絡んでいる。
「落ち葉もすごい!」
今度は落ち葉を踏むのが楽しくなったらしく、ざかざかと歩き回っている。落ち葉を抱えようとするから、汚れちゃわないか不安でいた。莉子さんは拾った落ち葉を、俺に向かって放ってきた。視界が黄色で埋まる。葉っぱを払うと、嬉しそうな貴女の顔がある。
「へへ、ごめん」
「謝るならやめてくださいよ」
可愛いなぁ、もう。俺はどんな女の子だって可愛いと思うけれど、莉子さんといると夢を見ているのかななんて、寝ぼけたことを思ってしまう。それをいけないことだなんて思いたくない。けれど怒られたくもないし、争いたくもない。だから、そっと内緒にしておく。俺にとって、貴女は特別な人。誰にも言いふらしたりしない、特別な。
ランク戦!!ランク戦!!/米屋陽介
「莉子さん、俺今日誕生日なんだよ」
水上先輩と話し終えた莉子さんを捕まえて、肩を組む。えー、と莉子さんはぽけらっと答えた。
「おめでとう〜」
「おう。ランク戦してくれよ」
「えー」
莉子さんは真顔で困った声を出して、キョロキョロとする。おそらく、出水を探しているんだろう。
「弾バカいたらずりぃーよ?そしたら俺は秀次呼んでこなきゃ」
「それでいいじゃん」
「だーめ。サシでやってくれ」
うー、と唸るので、笑い飛ばしてやる。莉子さんは自信なさげに肩をすぼめた。肩を叩く。本当にちっさくて、丁度いいところに肩があるなー。
「私と戦っても、面白くないよ?」
「それ決めんのは俺っしょ」
「面白いの?」
「いんや?」
「ほら〜」
酷いと俺の胸を叩き、腕から逃れようとするのでヘッドロックする。なんで!とジタバタしている。面白い。
「私で遊ばないでよ〜」
「悪かった悪かった」
解放してやって、でも逃す気はないから正面を陣取った。向き合うと、莉子さんはちらっと俺の目を見て、逸らす。目を合わせるの、あんまり得意じゃないよな。猫みてぇ。
「なにをニヤニヤしてるんだね」
「面白えなぁって」
「別に面白くはないよ」
あ、やべ。ちょっとご機嫌ナナメになっちゃった。このくらいの時が1番面白いんだけど、あんまりいじめて泣かせてしまっても困るし。流石に胸も痛むし。莉子さんのくせっ毛を手で弄んだ。恨めしそうに俺の顔を見ている。
「謝罪のランク戦」
「謝罪にならんよね!?」
ダメだ、笑ってしまう。面白〜。俺があんまりゲラゲラ笑ってるから、莉子さんも諦めたように笑った。それをあやすように頭と頬に触れて。こうすると大抵莉子さんの機嫌は治る。
「はい、俺誕生日だから!諦めてランク戦な」
「そんなに戦りたいのか……」
「おうよ、これだけが取り柄なもんで」
莉子さんは瞬きを数度して、そんなこともないでしょと口籠もっていた。別に構わねぇよ、そんなの。手を引っ張る。ブースに放り込む。莉子さんは戦うとなれば、真剣に向き合ってくれる。一生懸命な貴方の目に、誰しも心を奪われている。俺だって綺麗と思う。それだけで、戦うには充分な理由になんだろ。
調子の悪いとき/王子一彰
月に一度くらい、お腹も空かず、暁も覚えず、ただぼんやりと布団の中で過ごす日がある。頻度も回数も減ってはいるが、今でもたまにある。無為に過ごしたこと、なにもこなせていないことが後ろめたく思える。部屋が暗いので電気をつける。陽射しは随分と離れたところに行き、届く熱はあまりにもか細い。
『寝過ごしちゃった』
拓磨でも迅でもなく、蓮ちゃんでも二宮さんでもなく。メッセージを送ったのは、王子にだった。いつだって情けない自分を、偽ったり誤魔化したりはしないが、黙っていて相手を気遣ったフリをしておきたかったりする。今日一生懸命活動をしたであろう人達に、自分の泣き言を聞かせるのは忍びない。申し訳ない。でも結局は、自分が恥ずかしくて言い出せないだけだ。
『そうなんだ。なにかお手伝いできることはあるかい?』
うーん、と困った風のスタンプを送る。なにかしなくちゃとは思ったが、どれも手につかないような気もするし、いずれにしても王子の手を煩わせるものでもない。
『なにも出来てないと、1日の終わりに後悔するんだろ?けれど、気が向かないんだよね。気が向いていたら、もう少し早く起きれたでしょ?』
見透かしたように、王子は私に対する所見を述べる。陽はとっくに地平線の向こうに隠れた。気が向かないとか言ってる間に、夜も明けてしまうだろう。
『なにもしたくないけど、なにかしなきゃ』
『なにもしなくていいと思うけど?』
『うーん、気分転換にお出かけしたい』
『今日は寒いよー』
部屋も冷え切っているから知っている。くしゃみが出て、鼻水が垂れる。ストーブをつけて、着替えを持ってきて。思い切って着替える。冷気が肌をくすぐり、鳥肌が立つ。
『着替えた』
『そう。僕もお付き合いしていいのかな?』
『暇ならラメール行こ』
『お安い御用さ』
結局、王子は巻き込んだ。何も出来ない日も、意味なんてない時間も、共有してくれる人間がいれば苦しみは和らぐ。みんな忙しくてずっと私には構っていられないから、私は流離うように友達を行き来する。自分の行いを振り返ると、王子を止まり木にすることは多い気もする。なんでかな。
推し故に/二宮匡貴
たまたま、本当にたまたまではあるが、小林の文体に近いプロ作家を見つけたのだ。すぐ教えてやろうと携帯を手にしたが、文面を考える途中で思い直す。果たして、それは小林にとってプラスになるのか?素直な小林のことだ、俺が勧めれば「読んでみる」と言うだろう。それが読まねばになってしまって、負担になったりはしないだろうか。そも、この似ているというのは俺の肌感であって、実際のところ似ているかは分析してない。そんな曖昧なデータを、渡したところでためになるか?あと、俺自身が伝えてしまうとめちゃくちゃ読み込んでるのがバレるんじゃないか?バレるな……。でも、ネット上の名義で伝えたら、煙たがるだろうことが目に浮かぶようだ。「こういう人がいて困る」と俺に相談が来たら流石に苦しいし悲しい。
(でも似てるんだよな……)
この似てる、というのをマイナスに受け取られないようにするには、どの立場からどのように伝えたらいいか?プロの作家に知らず知らずに文体が似る、というのは、小林の文章がそれだけ洗練されてきた証と俺は思うものの、小林からすれば独創的と信じてきた自分の文章を否定されたと感じるかもしれない。特に、他人から指摘されたとなると、複雑な心境になるのではあるまいか。
(指摘せずに勧めれば?)
盲点だった。何も詳しいことは言わずに、最近読んで面白かった本だから、読んでみるといいと貸してやればいいのだ。それなら、不自然ではないし負担にもならないと思う(本はしばらく返ってこないのを覚悟しなければならないが)。小林なら、読んでみれば勝手に必要なことを吸収するだろうし、文体が似ていることにもおそらく気付くだろう。それで、俺に感想を伝えてくれるだろうから、その時に意見交換をすればよい。そうしよう。そのためには、この作家の読みやすい作品をリサーチしなければ。なるべく短編だとか、エッセイが望ましいだろう。今日は帰りに本屋に寄るか。今度の約束までに、読んで渡したいからあまり時間がない。小林のために労力を割くことが、面倒と思ったことはない。推し故に。
やりたいこと、やるべき使命/月見蓮
「…………」
自分の調子がいいと、任務に行きたくなくなってしまう。調子が悪い時は、もちろん行けないのだけど。調子がいいと自分のやりたいことに伸び伸びと取り組みたくなってしまって、仕事がおざなりになる。小説を書きたい。歌を歌いたい。自分の心を整えるためにこれらが必要で、でも優先順位は当然2番目でなければならず、それでも全てを後回しにしてやりたいと思うことがある。私は優先順位の付け方が人と違い、苦手であるらしい。それから、やらなきゃいけないことの開始時刻が迫ってくるのも苦手だ。あと30分もしたら出なければいけない。
『任務に行きたくないの』
そう溢したのは、蓮ちゃんにだった。拓磨は私のことを叱るだろうなと思ったし、迅は許してくれるだろうなと思った。どちらも自分のためにならないと思ったから、蓮ちゃんに溢した。蓮ちゃんはどうしたの?と聞いてくれたので、ぽつぽつさっき考えていたことを文面に起こして送る。既読がついてから、4、5分経つ。
『多分、行かなかったら莉子は自分を責めてしまうから、どちらにしろやりたいことは捗らないと思うわ』
ごもっとも。
『それに、ボーダーの任務も莉子にとってはやりたいことのはずだわ。同じような毎日で忘れてしまうけれど、自分に課した使命を思い出してみて』
『うん』
三門市は戦争中だが、あの日戦争を始めてこの場所を選んだのは私自身だ。それは確かにそうだ。
『無理はしなくていいよ。絶対無理はしないで。莉子が傷つかないような選択をしてね』
『うん、ありがとう』
蓮ちゃんに話してよかった。やらなきゃならないことへの憂鬱は徐々に薄れて消えていった。自分のことは、任務のあとでもいいはずだ。私には時間がある。
『ありがとう!頑張っていってくる!』
今から行っても、15分くらい遅刻してしまうが。それでも行こう。太刀川さんに遅れると連絡をする。着替えて、寝癖を直すのもそこそこに外に出る。警戒区域は今日も曇っていた。
ポカした2人/唯我尊
唯我くんを庇うつもりが、私までベイルアウトしてしまった。終いには唯我くんも守れぬ体たらく。
「太刀川さん、すいませーん……」
『おうおう、気にすんな!そんな日もある。お茶でもして、気をつけて帰れよー』
太刀川さんが無線でそう返してくれる。見えないだろうが、頭を下げる。国近ちゃんにも謝って、隊室を出る。唯我くんはぽつねんと下を向いている。
「お茶でもしてけってさ」
「!はい?僕と莉子さんでですか?」
「今2人しかいないよ」
それはそうですね……と唯我くんはしげしげと呟く。
「嫌だったら、1人でポテト食べて帰るけど」
「嫌じゃないです、ご一緒させてください」
「へへへ、じゃあ行こっか。モスとマックどっちが好き?」
「…………どっち?」
「あぁ、入ったことないのか!じゃあモスにしよー」
唯我くんの手を引き、家とは反対方向に出る。駅の北口、ちょっと寂れた方にちょこんとモスバーガーがある。日が暮れる前に任務が終わってしまって悔しくはあるけれど、太刀川さんがお茶してけって言ってくれたからそんなに気分が重くない。太刀川さんはよく私を理解してくれる最高の上司だ。
「ポテトのLサイズふたつ、唯我くん飲み物なににする?」
「こ、コーラ」
「じゃあMサイズのコーラとジンジャーエール」
財布を出すと、唯我くんが慌てて私の手を掴むのでびっくりした。
「僕が、僕が出します」
「えーいいよ後輩だし」
「今日のことは僕のミスですから!僕が出します」
「うーん?」
まぁ、いいか。甘えても。なんせ相手は御曹司だしね!
「じゃあ、甘えてもいい?」
「はい、よろこんで!」
唯我くんに会計をしてもらって、席に着いてポテトを待つ。あ、いつもの癖で奥に座っちゃった。
「手前でよかった?」
「全然、大丈夫です」
ポテトは唯我くんのお気に召したようで、また来たいとのこと。普段あまりゆっくり話さないから、いろいろと話し込んでしまった。たまにはこんな日があってもいいよね。
一緒にしたいこと/弓場拓磨
莉子を迎えに行った帰り道。莉子は一生懸命、今日あったことを話す。色とりどりに富んでいて、登場する人間が多くて。SNSに流れてくるあれこれに、必要以上に気持ちを燃やして。君が君であると証明するかのように、ずっと喋っている。眩しくて、だから君の広い世界にちゃんと俺がいるのか、不安になるんだよ。
「なぁ、莉子」
「?なあに」
莉子は黙って、俺の顔を見上げて言葉を待ってくれる。可愛いと思う度、切なくなって目も合わせられなくなる。可愛い、きっと誰に対してもそう。
「その……莉子は俺とだけ一緒にしたいことは、ないのか」
「拓磨とだけ?」
きっとなんにもない。桜を見るのも紅葉を見るのも、夏の陽射しに焼かれるのも、凍える季節に身を寄せ合うのも。莉子はきっと、誰とでも何回でもやりたいと言う。俺は幼馴染だから、その選択肢のひとつになんとかぶら下がっているだけ。
「うーん……一緒にいられたらそれでいいかなぁ」
どうしてこの言葉だけで満足出来ないのだろう。浅ましい自分が嫌になる。俺が黙っているから、莉子が不安そうに俺を見つめる。ごめんなさい。
「なんか変なこと、言った……?」
「そんなこと、ねぇ」
たまらなくなって、莉子の頬を撫でた。気付けば、家のすぐそばまで帰ってきている。立ち止まった。莉子は俺がなんでそんなことを聞くのか、よく分かっていないみたいだ。泣きそうな顔で、俺の腕に絡んできた。ごめんなさい、好きです。安心させようと、誤魔化して頭を撫でる。
「一緒にしたいこと、考えるから難しい顔しないで」
「……ごめん、なんでもねぇ。忘れろ」
莉子の肩を叩いて、一度身を寄せて抱きしめて、離す。帰ろうとまた歩き始めると、あ、と莉子は声をあげた。
「したいこととは違うけど、お迎えは拓磨しかしてくれないよ。それじゃダメ?」
莉子は首を傾げる。可愛い、言い方がずるい。それなのに、満足出来ない。干あがる心が末恐ろしい。
「うん、それでいい」
嘘吐くことしか出来ない。また心の中のごめんなさいが増える。苦しいのに幸せに違いなくて、いつまでも君に胸を焦がす。
聴かせてよ/迅悠一
「ギター始めたの?」
「始めようかと思ってるところ」
莉子ちゃんはちょっと驚いた顔をした。そっか、これからだったんだね。未来視の窓にギターを練習している莉子ちゃんが頻繁に視えたから、てっきりもう始めてるもんだと思っていた。失言を誤魔化すように頬に触れる。
「弾けるようになったら、聴かせてよ」
「時間かかるかも」
「いつだっていいよ」
離れたりしないから、君が不安にならないように。
1ヶ月くらい経っただろうか。未来視には変わらず練習している莉子ちゃんが映るので、この先もちゃんと練習を続けているのだろう。
「ギター、そろそろ弾けるんじゃない?」
「ちょっと弾けるようになった」
「聴きたい」
えー、と言いながら、莉子ちゃんは首を傾げて手をそわそわと動かす。
「ギター、お家だよ」
「取りにいこう」
また、えーと言って、莉子ちゃんは踵を返した。莉子ちゃんの家まで、来た道を戻る。莉子ちゃんは家に帰ると、5分ほどで出てきた。背負われたギターは莉子ちゃんには大きくて、大変そうに見えて仕方ない。
「持つよ」
「ギターは大事だから、いい」
そう断って肩ひもをギュッと握るのが、とても可愛らしくて。思わず頭を撫でたら、俺の顔を見て不思議そうにしている。ますます可愛く思えて、撫でくりまわす。
「なに、どうしたの」
「可愛い」
莉子ちゃんは恥ずかしそうに視線を外して、俺の手を払うようにせかせか歩き出す。近所の人気ない公園に着くと、ベンチに腰掛けてギターを出した。チューニングしているのを黙って観察する。
「まだちゃんと弾けないの」
「大丈夫、音がつくの見たいだけだから」
莉子ちゃんは頷くと、ゆっくり弾き始めた。ギターの演奏がたどたどしいのに、歌声だけははっきりとしていて綺麗だった。演奏が歌に完全に負けている。そのバランスの悪さが、素敵に見えた。演奏を終えると、莉子ちゃんは俺の顔を見る。拍手して、隣に座ってやっぱり撫でた。
「上手」
「ううん、もっと練習する」
また聴かせてね、とお願いをする。視えた未来の、素敵な答え合わせをさせて。何度だって。
暇だから隊室に来いって言った。数十分で来たから、おそらく今日の体調はそこそこ。
「お誕生日おめでとうございます、隊長」
「お、気付いてた?」
「昨日、出水に耳打ちされて……」
こいつのこういう、素直すぎるとこが好きなんだよなぁ。手を差し出せば、首を傾げるので笑う。
「なんかくれよ」
「なんか!?えぇ、なんもないですよ……」
隊を組んでから、祝われこそすれ物を強請ったのは初めてだった。面白いくらいにお前は取り乱す。なんだっていいのに。
「出来れば残るモンがいい」
「そんなの、ますますなに贈ればいいんですか……」
頭を抱えて、いつもなにかをいっぱいに詰め込んでいるリュックをひっくり返す。なにを書いてるのか、何冊もノートが出てきて。筆箱の中も、何色ものペンでぱんぱんだった。
「うんと、じゃあ……」
小さなメモ帳を差し出される。半分ほど使ってあるけど。恐竜の柄が彼女らしいと思う。
「大事なんじゃないのか?」
「これは、一応替えの予備がまだあるので……」
この子が物に酷く執着するのは知ってる。だから、使いかけとはいえ、これを貰えるのは光栄なことだ。
「じゃ、貰うぜ」
「はい、こんなんですみません。おめでとうございます」
深々と頭を下げるので、ぽんぽんと癖で撫でてしまう。こいつの頭は軽いけど愛されてるから、みんながみんな癖で撫でる。
「?どうした」
「えっと、」
やっぱ、元気ねぇのかな。最近もバタバタしてたしなー。可哀想に思う。憐れみはしない。
「20歳になるってどんな感じですか?」
「どんな?どんなかー」
まだなりたてだからなぁ。体調も身長も体重だって、多分昨日と変わんないしなぁ。
「なんも変わんない?」
「……変わんないんだぁ」
「今んとこなー」
不安なんだろなーお前は来年に20歳だもんな。不安な毎日が続くのか、ずっとこのままなのか、崩れるようになにか変わってしまうのか。心配がたくさんあることは、ちゃんと知ってるぜ。
「大丈夫だ、お前の前はちゃんと俺が先に歩くからよ」
「!うん」
「ちゃんと、なにか思ったら教えるし」
「うん」
「泣くな泣くな!泣かせちまうのってしんどいんだぞ」
それを聞いて、無理に笑う。弱いクセに無理に笑う。お前の隊長でいれること、誇りに思うよ。これからもよろしくな。
男っぽいんだか女っぽいんだか?/生駒達人
歌声を聴いてから、彼女の見え方が変わって。見かけて話しかける前に、しばし観察をするようになり(最近調子悪いらしくてあんま見いひんのやけど)。莉子ちゃんは早足で大股に、風を切って歩く。声は落ち着いていて低い。髪はくせっ毛でショート。スカートを履くことはまずなく、いつもなにかに没頭している。胸が大きいこと以外は……
(もしや、イケメン?)
すごーく、男っぽくない?ボーイッシュな女の子、可愛いよな。うん。あれから一度配信とかも覗いたけど、やっぱ男にしか聴こえない歌声。俺もあんな風に歌えたらモテるんやろか。個人ランク戦の休憩中、ラウンジでぼんやりしてるのを見つけて、思い切って聞いてみることにする。
「よっ、莉子ちゃん」
「……イコさん」
「元気ない?だいじょぶ?」
「まぁ大丈夫だよ」
莉子ちゃんは髪をかきあげ、脚を組んで顎に手を置く。俺よりだいぶ小さいはずなのに、存在感がある。
「なぁ、どうしたら莉子ちゃんみたいに歌える?」
「あ?」
視線が鋭くて、背筋が伸びる。声低。莉子ちゃんが首を左右に伸ばす。やっぱり、男っぽい。
「俺の真似してもしゃーないだろ」
おれ?一人称が変化したことにビビってなにも言えずにいると、莉子ちゃんはなおも続ける。
「モテる歌い方でもないし……歌上手くなりたいなら、とりあえず音程取るとこからだよ」
「おん……」
「俺、人に教えたことねーし分からん」
「……自分、雰囲気だいぶ違くない?」
「ん?あぁ」
莉子ちゃんは頭を掻き、あくびをひとつする。妙なタイミングであくびをするな……?
「出してもいいかと思って」
「出しても?」
「私、素はこんなんだよ」
「……そっちが素なん?」
「あぁ、いや。どっちも素だけど。俺が人前で自分を偽ることはない苦手だから」
混乱する。明らかに弓場ちゃんの前に立ってる時と別人やし。もっと言えば、いつもなにかに胸を痛めて苦しそうなか弱い女の子の面影はない。
「出力の仕方が違うだけで、私は私だよ」
「……そうなん?」
「うん。今イコさんの前にいるのは荒々しい時の小林莉子だよ」
「そうなんか……」
ますます分からんくなった。莉子ちゃんはもうひとつあくびをする。もう少し、話聞かないと理解が追いつきそうにない。俺の莉子ちゃん観察日記は続きそうや。
推しと定義する/氷見亜希
二宮さんは、好きな人の前では笑ってしまう人なんだなーと見ていた。
「莉子さんのどこが好きなんですか?」
廊下でばったり会った莉子さんを見送った後、二宮さんに訊いてみる。自分も微笑ましさが顔に出ている自覚がある。二宮さんはさっきまでの笑みを消し、ひどく慌てた様子で言葉を濁す。
「いや……好きというか……」
「違います?」
「うんまぁ……好きだとは思うんだが」
二宮さんは頬を掻く。隊長のこんな姿は初めて見る。私はますます笑みを深くしてしまう。
「この気持ちに、名前はつけていなくてな。人に説明する時に困る」
「……恋ではなく?」
「恋じゃない」
ものすごくハッキリ、被せる勢いで二宮さんは否定してきた。違うんだ……。恋に見えるけど。まぁ、ここまで言うなら本人の中で明確に区別するなにかがあるんだろう。それを否定するつもりはない。
「うーん、じゃあどんな気持ちなんです?」
「うーーーん……」
二宮さんは眉間に皺を寄せ、真剣に考えだした。真剣な気持ちなんだな、ということは分かった。二宮さんの人間らしくて不器用な側面を見るたびに、この人をサポートしたいと思う。
「その……ずっと応援をしていたくて」
「はい」
「出来れば、それを知られることなくしたい」
「ふむ」
「許されるなら、際限なくなんでもしてやりたい」
「…………推し?」
世に言う、推し活そのものでは?急に親近感が湧く。
「ひゃみ、おしとはなんだ」
「えっとですね……主に俳優さんとかアイドルとか、アニメキャラクターに使うんですけど……」
二宮さんが小林はそういうんじゃないが、みたいな目で顰めっ面になる。そことは一緒にされたくないんだ……?
「人に薦めたくなるほど、好きなものや人のことですかね」
「薦めたい……」
「莉子さんのこと、もっといろんな人に知ってもらいたいんじゃないです?」
二宮さんは深く二度頷いた。なんか可愛らしくて笑ってしまう。
「じゃあ、推しが1番近いと思いますよ?」
「おし……推しか」
二宮さんはもう一度頷くと、とりあえずそういうことにしておくと言って、満足げに息を吐いた。そこからは、いつも通り。私もいつもの仕事モードに戻った。
なんか寝てる……/荒船哲次
「うおっ」
本部の廊下の端でなにかが丸まって落ちている。二度見して、人と認識。そろーり近づいて、莉子さんと分かる。慌ててしゃがみ込み、肩を叩いた。
「莉子さん?大丈夫か?」
「うん……哲次くんだ」
俺を確認しても、莉子さんは起きあがろうとはせずに目を閉じた。よっぽど具合が悪いのかと心配がよぎったが、まぁこの人のことだし廊下でも寝たりするか、と妙な納得もある。猫のように丸まり動かない莉子さんの隣に、胡座をかいて天井を見上げる。視点が低くなるために頭上が広く感じる。なんとなく落ち着くような気もする。寝ようとは思わねぇけど。
「具合でも悪いか?」
「いや……寝てみたくなっただけ」
「ふーん」
しばらく、隣で呆けていた。莉子さんはたまに身じろいで寝返りを打つ。通りゆく人がギョッとした目で見たり、コソコソなにか呟いて去っていく。うーん、人目が気になりだすと居心地が悪いぞこれ。
「莉子さん、起きねぇのか?」
「起きなきゃダメ?」
「あんまよくねぇと思う」
「そうか……」
莉子さんは起き上がり、俺の横に体育座りになった。そういうことじゃねぇけど。俺が立ち上がると、俺の顔を見上げて、気怠そうに腰を上げる。莉子さんは大欠伸をして、伸びをした。
「どこでも寝るよな。なんでだ?」
「んー寝たいから?」
「なんで疑問系」
「自分でもよく分かんない」
「うーん……」
本人が分かんねぇことは、俺にも分からんし。推測して教えてやらなきゃならないほど、深刻なことでもなさそうだし。まぁいいか。莉子さんはまだ欠伸をしている。
「仮眠室、あるんだろ?太刀川隊には」
「ある」
「そこで寝れば?」
「たしかに」
莉子さんがふらふら肩を揺らしながら歩きだす。機嫌は良さそうに見える。なんとなしについていく。
「哲次くんは、なにしてたの?」
「別に。大したことじゃねぇ」
ランク戦でも行くか、とぼんやり向かっていたところだったので。別にこの人を隊室に送り届けてからでも構わない。なに話そうか。この人と話すのは楽しいし、黙っていても嫌な感じじゃない。なのでなにかと声をかけてしまう。
何故好きなのか、答えて?/王子一彰
「莉子さんってなんで歌が好きなの?」
「…………理由、いる?」
「僕がめんどくさいからって考えるの放棄したでしょ。カッコつけないで考えて」
「うーん……」
沈黙。僕は待つ。逃がさないように、じっと貴方を見つめて。
「得意なことだからかな」
「ふーんつまらない」
「そんな大層な理由があることばかりじゃないよ」
「そうだねぇ」
「自分の声、違和感はあるけど好きだし」
「違和感?」
「自分の姿形と似つかわしくないと思う」
「なるほど?」
言うほどか?とも思うが。まぁ莉子さんの歌は初めて聴くと驚くだろうけど。
「自分の声のどこが好き?」
「低音。響き。あと表現の込め方」
「自分の歌声、ずいぶん好きなんだね」
「まあね」
莉子さんはお茶を飲む。僕の顔の斜め上を見つめていて、視線は合わない。ぼんやりとして、集中してない。他になにか考えているんだろう。
「考え事なら、話して欲しいけど」
「ん?王子に話すことじゃないしなに考えていたか忘れた」
「本当に?」
「嘘吐かないよ。嘘吐いたことある?」
「嘘は吐かないけど、迂闊で無責任なとこはある」
「そう?ごめん」
「いいんじゃない?多分変われないよ」
「変われないかなぁ」
「変わりたいの?」
「うーん……変わる必要は、あると思う」
「本当にある?」
「どうだろ」
「いいんじゃないの、そのままでも」
「いいのかなぁ」
「僕はいいと思うね」
「迂闊で無責任でも?」
「それは直した方がいい」
「えー」
莉子さんは机に突っ伏す。僕はお構いなく笑ってやった。
「ま、莉子さんは向上心があるから?成長はこれからもすると思うよ」
「向上心ある?」
「自覚ないとこが既に」
「そうなんか」
「成長は出来るだろうけど、性根は変わんないと思う。し、僕は変わってほしくない」
「そっかぁ」
「うん。そのままでいてよ」
「分かった。ありがとう」
祈りを込めて。いつまでもくだらない問答に付き合ってくれよ。どこに行こうと、誰といようと。僕と話を続けておくれ。
警戒区域を歩く/寺島雷蔵
任務とは関係なく、警戒区域内をぶらつきたかった。どこよりも静かで、アイデアの種に溢れていて、なにをしていても誰も見ていない。寝転んでみても、高いところに登っても、絵を描いたり文章を書いたりしても。暗くなってきたら怖いかもしれないが、陽のあるうちはとてもリラックス出来そうで。羽を伸ばすのに、ちょうどいいんじゃないかと思っていた。
「そんなことしたら怒られちゃうよ」
明日雨が止んだら実行しようと思っていたら、迅にそう忠告された。それで、悪いことするのには準備がいるんだよ、と雷蔵さんのところに行くことを勧められた。
「甘やかされてんなぁ」
「甘やかされてる?」
雷蔵さんに素直に全部喋ったら、雷蔵さんは鼻で笑いながら呆れた声でそう言う。そうか、また私は甘えているのか。
「別にいいんじゃない?甘やかすのは周りも悪いだろ」
目に見えて落ち込んで見えたんだろう、雷蔵さんはそうフォローする。顔を上げると、雷蔵さんはニヤッと笑っていて。釣られて、自分も笑みを作る。
「で?任務外で警戒区域歩きたいって?」
「うん、落ち着きそう」
「紛争地帯だけどね一応」
確かに。うんうん頷くと、雷蔵さんは吹き出して笑う。
「変なやつ」
「うーん変かぁ」
「変だよ、かなり。ま、気持ちは変わんないんだろ?」
雷蔵さんは私に手を差し出す。首を傾げると、トリガー、と言われたので渡す。
「トリオン反応が半径100メートル以内にあったら、アラーム鳴るようにしてやる」
「いいの?」
「いいことではない」
「え、ごめんなさい」
「謝られても困るけど。ただ、俺もお前を甘やかしてやろうって思っただけ」
雷蔵さんはトリガーホルダーを手早く開けると、基礎基盤とパソコンを接続させてなにか弄って書き加えていく。
「なんで甘やかすの?」
「さあ?なんか小林は構いたくなるんだよな」
雷蔵さんはいつも通り気だるげで、なんでもないように言う。
「で、隊服じゃない普段着みたいなのセットするけど、どんなのがいい?」
「楽ちんなの」
「楽ちんなのね」
雷蔵さんとトリガーをセットしていく。最後に、見つからないようにしてあげたんだから、見つかっちゃダメだよ。と念押しされた。かくれんぼみたいだな、と呑気に思った。
みかんを積む/出水公平
ユカリちゃんからたくさんみかんを貰ったので、隊室に持ってきた。小さめだがダンボールに一箱も。出水がきっと喜ぶ。
「みかんじゃないっすか!!」
ほら。隊室に入ってすぐ、出水は私からダンボールを奪う勢いで受け取ると、給湯室に隠すように持って行く。様子を覗けば、散らかって食料が散乱しているのをなんとか端に寄せて、段ボールの置き場所を確保していた。それから、適当な木のボウルにみかんを詰め込んで、客間のテーブルの真ん中に置いた。出水が意気揚々と席につく。私は隣に座った。出水は早速手を伸ばしてみかんを剥いている。私はというと、特にお腹も空いていなかったので、みかんを2個手に取り、テーブルの上に積み上げてみる。バランスを崩して転がるみかんを、もう一度捕まえて積む。なかなか楽しい。
「いいなそれ。俺もやろ」
出水はあっという間にみかんをひとつ平らげて、私の真似をしだした。2人でツルツル滑るみかんの皮と格闘。2人とも、2個積み上げるのに成功した。
「せっかくだから、競争にしましょうよ」
「いいよ」
「負けた方が勝った方にみかんを剥く!」
分かった、と頷けば、舌なめずりをしながら3個目のみかんを手に取る。私も、手を伸ばした。黙々とバランスを取るためにみかんと睨めっこ。出水の山が崩れる。しれっと積み直し始めた。
「やり直しありなの?」
「あり。最終的に高く積んだ方が勝ち」
そうなんだそうだ。私はどうにか3個積んでみたが、4個目は乗せる前に崩れてしまった。
「時間決めよう。残り3分で」
「私の山崩れた瞬間に言うの、ずるくない?」
「知りませーん」
そうなんだそうだ。出水の気まぐれでルールが決まる。別に文句はない。勝ち負けにこだわりもないし。出水は意外と負けず嫌いだから、こだわるのかもしれない。年相応で可愛らしいと思う。
「1分延長!1分延長!」
「分かったよ」
お互い3個積んで、出水の4個目が乗っかりそうなタイミングで、延長を宣言される。私の山はまた崩れて、出水は一瞬だけれど4個積み終えた。
「俺の勝ち!」
「はいはいおめでとう」
勝者にみかんを剥く。出水は勝利の味!と満足気にみかんを食べた。変わらんでしょうて。
紅葉を見る/佐鳥賢
「佐鳥、紅葉見てこよう!」
イベントの終わり、撤収作業の中出演者の俺たちはちょっとした手持ち無沙汰だった。帰りのバスの出発を待つ間、莉子さんがそんなことを言う。
「……俺なんかと見ていいの?」
「拓磨とも迅とも見るけど、佐鳥とも見たい」
俺は苦笑を浮かべる。そんな風に言われて、断れる男がいると思うのか。素直で欲張りで、子供みたいで。好かれているのは、くすぐったい。莉子さんが不安そうに俺を見上げる。そのままでいてよ、って言いたくなる。莉子さんのほっぺたに触れて摘む。もちもちしている。
「いこー」
「うん」
莉子さんが俺の袖を引っ張って歩く。繋ごうと思えば繋げてしまう距離。迂闊で隙だらけと王子先輩は言っていた。迂闊なんだろうか。多分、莉子さんは手を繋いだところで怒らない。まぁ、迅さんはともかく弓場さんは怒る。それで莉子さんが守られているなら、それでもいいんじゃないかなんて思う。莉子さんがこんなにも無防備なのは、きっと弓場さんのせいであって。弓場さん本人も、それは本望なんじゃないか。いや、そうでもないのかな……怒るんだし。
「おぉイチョウが綺麗」
莉子さんが足を止めて、頭上を見上げる。イチョウの葉々の隙間から日が差し込み、キラキラしている。風でイチョウがひらひら散る。莉子さんは落ちる葉っぱを追いかけて、手で掴もうとする。足元の落ち葉が靴に絡んでいる。
「落ち葉もすごい!」
今度は落ち葉を踏むのが楽しくなったらしく、ざかざかと歩き回っている。落ち葉を抱えようとするから、汚れちゃわないか不安でいた。莉子さんは拾った落ち葉を、俺に向かって放ってきた。視界が黄色で埋まる。葉っぱを払うと、嬉しそうな貴女の顔がある。
「へへ、ごめん」
「謝るならやめてくださいよ」
可愛いなぁ、もう。俺はどんな女の子だって可愛いと思うけれど、莉子さんといると夢を見ているのかななんて、寝ぼけたことを思ってしまう。それをいけないことだなんて思いたくない。けれど怒られたくもないし、争いたくもない。だから、そっと内緒にしておく。俺にとって、貴女は特別な人。誰にも言いふらしたりしない、特別な。
ランク戦!!ランク戦!!/米屋陽介
「莉子さん、俺今日誕生日なんだよ」
水上先輩と話し終えた莉子さんを捕まえて、肩を組む。えー、と莉子さんはぽけらっと答えた。
「おめでとう〜」
「おう。ランク戦してくれよ」
「えー」
莉子さんは真顔で困った声を出して、キョロキョロとする。おそらく、出水を探しているんだろう。
「弾バカいたらずりぃーよ?そしたら俺は秀次呼んでこなきゃ」
「それでいいじゃん」
「だーめ。サシでやってくれ」
うー、と唸るので、笑い飛ばしてやる。莉子さんは自信なさげに肩をすぼめた。肩を叩く。本当にちっさくて、丁度いいところに肩があるなー。
「私と戦っても、面白くないよ?」
「それ決めんのは俺っしょ」
「面白いの?」
「いんや?」
「ほら〜」
酷いと俺の胸を叩き、腕から逃れようとするのでヘッドロックする。なんで!とジタバタしている。面白い。
「私で遊ばないでよ〜」
「悪かった悪かった」
解放してやって、でも逃す気はないから正面を陣取った。向き合うと、莉子さんはちらっと俺の目を見て、逸らす。目を合わせるの、あんまり得意じゃないよな。猫みてぇ。
「なにをニヤニヤしてるんだね」
「面白えなぁって」
「別に面白くはないよ」
あ、やべ。ちょっとご機嫌ナナメになっちゃった。このくらいの時が1番面白いんだけど、あんまりいじめて泣かせてしまっても困るし。流石に胸も痛むし。莉子さんのくせっ毛を手で弄んだ。恨めしそうに俺の顔を見ている。
「謝罪のランク戦」
「謝罪にならんよね!?」
ダメだ、笑ってしまう。面白〜。俺があんまりゲラゲラ笑ってるから、莉子さんも諦めたように笑った。それをあやすように頭と頬に触れて。こうすると大抵莉子さんの機嫌は治る。
「はい、俺誕生日だから!諦めてランク戦な」
「そんなに戦りたいのか……」
「おうよ、これだけが取り柄なもんで」
莉子さんは瞬きを数度して、そんなこともないでしょと口籠もっていた。別に構わねぇよ、そんなの。手を引っ張る。ブースに放り込む。莉子さんは戦うとなれば、真剣に向き合ってくれる。一生懸命な貴方の目に、誰しも心を奪われている。俺だって綺麗と思う。それだけで、戦うには充分な理由になんだろ。
調子の悪いとき/王子一彰
月に一度くらい、お腹も空かず、暁も覚えず、ただぼんやりと布団の中で過ごす日がある。頻度も回数も減ってはいるが、今でもたまにある。無為に過ごしたこと、なにもこなせていないことが後ろめたく思える。部屋が暗いので電気をつける。陽射しは随分と離れたところに行き、届く熱はあまりにもか細い。
『寝過ごしちゃった』
拓磨でも迅でもなく、蓮ちゃんでも二宮さんでもなく。メッセージを送ったのは、王子にだった。いつだって情けない自分を、偽ったり誤魔化したりはしないが、黙っていて相手を気遣ったフリをしておきたかったりする。今日一生懸命活動をしたであろう人達に、自分の泣き言を聞かせるのは忍びない。申し訳ない。でも結局は、自分が恥ずかしくて言い出せないだけだ。
『そうなんだ。なにかお手伝いできることはあるかい?』
うーん、と困った風のスタンプを送る。なにかしなくちゃとは思ったが、どれも手につかないような気もするし、いずれにしても王子の手を煩わせるものでもない。
『なにも出来てないと、1日の終わりに後悔するんだろ?けれど、気が向かないんだよね。気が向いていたら、もう少し早く起きれたでしょ?』
見透かしたように、王子は私に対する所見を述べる。陽はとっくに地平線の向こうに隠れた。気が向かないとか言ってる間に、夜も明けてしまうだろう。
『なにもしたくないけど、なにかしなきゃ』
『なにもしなくていいと思うけど?』
『うーん、気分転換にお出かけしたい』
『今日は寒いよー』
部屋も冷え切っているから知っている。くしゃみが出て、鼻水が垂れる。ストーブをつけて、着替えを持ってきて。思い切って着替える。冷気が肌をくすぐり、鳥肌が立つ。
『着替えた』
『そう。僕もお付き合いしていいのかな?』
『暇ならラメール行こ』
『お安い御用さ』
結局、王子は巻き込んだ。何も出来ない日も、意味なんてない時間も、共有してくれる人間がいれば苦しみは和らぐ。みんな忙しくてずっと私には構っていられないから、私は流離うように友達を行き来する。自分の行いを振り返ると、王子を止まり木にすることは多い気もする。なんでかな。
推し故に/二宮匡貴
たまたま、本当にたまたまではあるが、小林の文体に近いプロ作家を見つけたのだ。すぐ教えてやろうと携帯を手にしたが、文面を考える途中で思い直す。果たして、それは小林にとってプラスになるのか?素直な小林のことだ、俺が勧めれば「読んでみる」と言うだろう。それが読まねばになってしまって、負担になったりはしないだろうか。そも、この似ているというのは俺の肌感であって、実際のところ似ているかは分析してない。そんな曖昧なデータを、渡したところでためになるか?あと、俺自身が伝えてしまうとめちゃくちゃ読み込んでるのがバレるんじゃないか?バレるな……。でも、ネット上の名義で伝えたら、煙たがるだろうことが目に浮かぶようだ。「こういう人がいて困る」と俺に相談が来たら流石に苦しいし悲しい。
(でも似てるんだよな……)
この似てる、というのをマイナスに受け取られないようにするには、どの立場からどのように伝えたらいいか?プロの作家に知らず知らずに文体が似る、というのは、小林の文章がそれだけ洗練されてきた証と俺は思うものの、小林からすれば独創的と信じてきた自分の文章を否定されたと感じるかもしれない。特に、他人から指摘されたとなると、複雑な心境になるのではあるまいか。
(指摘せずに勧めれば?)
盲点だった。何も詳しいことは言わずに、最近読んで面白かった本だから、読んでみるといいと貸してやればいいのだ。それなら、不自然ではないし負担にもならないと思う(本はしばらく返ってこないのを覚悟しなければならないが)。小林なら、読んでみれば勝手に必要なことを吸収するだろうし、文体が似ていることにもおそらく気付くだろう。それで、俺に感想を伝えてくれるだろうから、その時に意見交換をすればよい。そうしよう。そのためには、この作家の読みやすい作品をリサーチしなければ。なるべく短編だとか、エッセイが望ましいだろう。今日は帰りに本屋に寄るか。今度の約束までに、読んで渡したいからあまり時間がない。小林のために労力を割くことが、面倒と思ったことはない。推し故に。
やりたいこと、やるべき使命/月見蓮
「…………」
自分の調子がいいと、任務に行きたくなくなってしまう。調子が悪い時は、もちろん行けないのだけど。調子がいいと自分のやりたいことに伸び伸びと取り組みたくなってしまって、仕事がおざなりになる。小説を書きたい。歌を歌いたい。自分の心を整えるためにこれらが必要で、でも優先順位は当然2番目でなければならず、それでも全てを後回しにしてやりたいと思うことがある。私は優先順位の付け方が人と違い、苦手であるらしい。それから、やらなきゃいけないことの開始時刻が迫ってくるのも苦手だ。あと30分もしたら出なければいけない。
『任務に行きたくないの』
そう溢したのは、蓮ちゃんにだった。拓磨は私のことを叱るだろうなと思ったし、迅は許してくれるだろうなと思った。どちらも自分のためにならないと思ったから、蓮ちゃんに溢した。蓮ちゃんはどうしたの?と聞いてくれたので、ぽつぽつさっき考えていたことを文面に起こして送る。既読がついてから、4、5分経つ。
『多分、行かなかったら莉子は自分を責めてしまうから、どちらにしろやりたいことは捗らないと思うわ』
ごもっとも。
『それに、ボーダーの任務も莉子にとってはやりたいことのはずだわ。同じような毎日で忘れてしまうけれど、自分に課した使命を思い出してみて』
『うん』
三門市は戦争中だが、あの日戦争を始めてこの場所を選んだのは私自身だ。それは確かにそうだ。
『無理はしなくていいよ。絶対無理はしないで。莉子が傷つかないような選択をしてね』
『うん、ありがとう』
蓮ちゃんに話してよかった。やらなきゃならないことへの憂鬱は徐々に薄れて消えていった。自分のことは、任務のあとでもいいはずだ。私には時間がある。
『ありがとう!頑張っていってくる!』
今から行っても、15分くらい遅刻してしまうが。それでも行こう。太刀川さんに遅れると連絡をする。着替えて、寝癖を直すのもそこそこに外に出る。警戒区域は今日も曇っていた。
ポカした2人/唯我尊
唯我くんを庇うつもりが、私までベイルアウトしてしまった。終いには唯我くんも守れぬ体たらく。
「太刀川さん、すいませーん……」
『おうおう、気にすんな!そんな日もある。お茶でもして、気をつけて帰れよー』
太刀川さんが無線でそう返してくれる。見えないだろうが、頭を下げる。国近ちゃんにも謝って、隊室を出る。唯我くんはぽつねんと下を向いている。
「お茶でもしてけってさ」
「!はい?僕と莉子さんでですか?」
「今2人しかいないよ」
それはそうですね……と唯我くんはしげしげと呟く。
「嫌だったら、1人でポテト食べて帰るけど」
「嫌じゃないです、ご一緒させてください」
「へへへ、じゃあ行こっか。モスとマックどっちが好き?」
「…………どっち?」
「あぁ、入ったことないのか!じゃあモスにしよー」
唯我くんの手を引き、家とは反対方向に出る。駅の北口、ちょっと寂れた方にちょこんとモスバーガーがある。日が暮れる前に任務が終わってしまって悔しくはあるけれど、太刀川さんがお茶してけって言ってくれたからそんなに気分が重くない。太刀川さんはよく私を理解してくれる最高の上司だ。
「ポテトのLサイズふたつ、唯我くん飲み物なににする?」
「こ、コーラ」
「じゃあMサイズのコーラとジンジャーエール」
財布を出すと、唯我くんが慌てて私の手を掴むのでびっくりした。
「僕が、僕が出します」
「えーいいよ後輩だし」
「今日のことは僕のミスですから!僕が出します」
「うーん?」
まぁ、いいか。甘えても。なんせ相手は御曹司だしね!
「じゃあ、甘えてもいい?」
「はい、よろこんで!」
唯我くんに会計をしてもらって、席に着いてポテトを待つ。あ、いつもの癖で奥に座っちゃった。
「手前でよかった?」
「全然、大丈夫です」
ポテトは唯我くんのお気に召したようで、また来たいとのこと。普段あまりゆっくり話さないから、いろいろと話し込んでしまった。たまにはこんな日があってもいいよね。
一緒にしたいこと/弓場拓磨
莉子を迎えに行った帰り道。莉子は一生懸命、今日あったことを話す。色とりどりに富んでいて、登場する人間が多くて。SNSに流れてくるあれこれに、必要以上に気持ちを燃やして。君が君であると証明するかのように、ずっと喋っている。眩しくて、だから君の広い世界にちゃんと俺がいるのか、不安になるんだよ。
「なぁ、莉子」
「?なあに」
莉子は黙って、俺の顔を見上げて言葉を待ってくれる。可愛いと思う度、切なくなって目も合わせられなくなる。可愛い、きっと誰に対してもそう。
「その……莉子は俺とだけ一緒にしたいことは、ないのか」
「拓磨とだけ?」
きっとなんにもない。桜を見るのも紅葉を見るのも、夏の陽射しに焼かれるのも、凍える季節に身を寄せ合うのも。莉子はきっと、誰とでも何回でもやりたいと言う。俺は幼馴染だから、その選択肢のひとつになんとかぶら下がっているだけ。
「うーん……一緒にいられたらそれでいいかなぁ」
どうしてこの言葉だけで満足出来ないのだろう。浅ましい自分が嫌になる。俺が黙っているから、莉子が不安そうに俺を見つめる。ごめんなさい。
「なんか変なこと、言った……?」
「そんなこと、ねぇ」
たまらなくなって、莉子の頬を撫でた。気付けば、家のすぐそばまで帰ってきている。立ち止まった。莉子は俺がなんでそんなことを聞くのか、よく分かっていないみたいだ。泣きそうな顔で、俺の腕に絡んできた。ごめんなさい、好きです。安心させようと、誤魔化して頭を撫でる。
「一緒にしたいこと、考えるから難しい顔しないで」
「……ごめん、なんでもねぇ。忘れろ」
莉子の肩を叩いて、一度身を寄せて抱きしめて、離す。帰ろうとまた歩き始めると、あ、と莉子は声をあげた。
「したいこととは違うけど、お迎えは拓磨しかしてくれないよ。それじゃダメ?」
莉子は首を傾げる。可愛い、言い方がずるい。それなのに、満足出来ない。干あがる心が末恐ろしい。
「うん、それでいい」
嘘吐くことしか出来ない。また心の中のごめんなさいが増える。苦しいのに幸せに違いなくて、いつまでも君に胸を焦がす。
聴かせてよ/迅悠一
「ギター始めたの?」
「始めようかと思ってるところ」
莉子ちゃんはちょっと驚いた顔をした。そっか、これからだったんだね。未来視の窓にギターを練習している莉子ちゃんが頻繁に視えたから、てっきりもう始めてるもんだと思っていた。失言を誤魔化すように頬に触れる。
「弾けるようになったら、聴かせてよ」
「時間かかるかも」
「いつだっていいよ」
離れたりしないから、君が不安にならないように。
1ヶ月くらい経っただろうか。未来視には変わらず練習している莉子ちゃんが映るので、この先もちゃんと練習を続けているのだろう。
「ギター、そろそろ弾けるんじゃない?」
「ちょっと弾けるようになった」
「聴きたい」
えー、と言いながら、莉子ちゃんは首を傾げて手をそわそわと動かす。
「ギター、お家だよ」
「取りにいこう」
また、えーと言って、莉子ちゃんは踵を返した。莉子ちゃんの家まで、来た道を戻る。莉子ちゃんは家に帰ると、5分ほどで出てきた。背負われたギターは莉子ちゃんには大きくて、大変そうに見えて仕方ない。
「持つよ」
「ギターは大事だから、いい」
そう断って肩ひもをギュッと握るのが、とても可愛らしくて。思わず頭を撫でたら、俺の顔を見て不思議そうにしている。ますます可愛く思えて、撫でくりまわす。
「なに、どうしたの」
「可愛い」
莉子ちゃんは恥ずかしそうに視線を外して、俺の手を払うようにせかせか歩き出す。近所の人気ない公園に着くと、ベンチに腰掛けてギターを出した。チューニングしているのを黙って観察する。
「まだちゃんと弾けないの」
「大丈夫、音がつくの見たいだけだから」
莉子ちゃんは頷くと、ゆっくり弾き始めた。ギターの演奏がたどたどしいのに、歌声だけははっきりとしていて綺麗だった。演奏が歌に完全に負けている。そのバランスの悪さが、素敵に見えた。演奏を終えると、莉子ちゃんは俺の顔を見る。拍手して、隣に座ってやっぱり撫でた。
「上手」
「ううん、もっと練習する」
また聴かせてね、とお願いをする。視えた未来の、素敵な答え合わせをさせて。何度だって。