弓場と迅の話
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結局、俺に出来ることなんてなにもないのかもしれない。弱音を吐いてる時間なんてないんだけど。なんとなくイライラする。イライラの原因を突き止める時間も勇気もない。ただ、あの子に幸せでいて欲しかった。
(そこに自分もいたかった?)
携帯がしつこく鳴っている。数度無視を決め込んだけど、鳴り止まないので出る。
「迅、散歩連れていって!」
莉子ちゃんの声に心の緊張が緩んだのを、隠したくてムカつく。莉子ちゃんは夏よりも強引になった。もう離れなきゃと思ってたのに、押し返せない自分が情けなくて。でも今だって、莉子ちゃんを傷つけるものは許せないし。だから自分も許せないのに。
「……どこ行きたいの?」
「迅の行きたいところでいいよ」
自分から誘ったくせに。いつだって莉子ちゃんの行きたいところが俺の行きたいところって、言ってるでしょ。
「……桜でも見にいく?」
「いいよー川沿いのとこ?」
不貞腐れて意地悪を言ったつもりなのに、君はさも当然に受け入れて。あぁ、うん。そういうとこがさ。どうしたって離れられなくするんだな。
「じゃあいつもの公園で待ってるね」
電話が切れる。すっぽかそうか。頭を掻いて、太陽から目を逸らす。日が暮れても、莉子ちゃんが時計台の下から動かない絵が視える。泣きたくなった。莉子ちゃんが泣くとしても怒るとしても、笑って許すとしても。放ってどこかへ行くなんて、出来そうもない。公園の方へ、ぼんやりと足を向ける。別に暇なわけでもないのに。
「こんにちは!」
「……こんにちは」
莉子ちゃんは張り切ったような笑みを向ける。頑張らなくていいのに。俺のために、無理したりしないで。気遣われるのは煩わしい。でも、今までだってずっと、君は俺にそうしてきたような気もする。変化した関係の、歯車のどこが噛み合わないのか。追求するのは不毛に思える。変わっちゃったんだから。
「寒いね、歩こう」
莉子ちゃんは真っ直ぐ、川沿いを目指して歩く。歩くのは小さいのに速い。手は小さくて、コーヒーが飲めなくて、食べるのも寝るのも大好き。どこにでもいる女の子。どこにでもいる女の子のことを、あれもこれも知りすぎたな。秋の高い空を、カラスが喧嘩しながら横切っていく。土手にあがる。川が太陽を反射してきらめきながら流れていく。木枯らしがその温かさを掻き消すように吹き荒ぶ。莉子ちゃんがくしゃみをしたのに心配が湧いて、考えるより先に上着を渡していた。
「迅が寒いよ」
「……俺はトリオン体だし」
「あーダメだよたまには生身でいなきゃ」
いつもの小言に、どこか安心して。やっぱりイライラして、聞き流す。莉子ちゃんが気にせず朗らかに横にいるのが、どうしようもなく嫌で。突っぱねたいのに、そんな酷いこと君に出来るわけはなくて。イライラするよ、本当はこんな俺もまるごと受け止めて、笑って欲しいくせに。離れなきゃって強く思うのは、何故。
「桜はまだ咲いてませんねぇ」
「そりゃそうだろ」
莉子ちゃんは茶化すようにそう言って、葉もほとんど落ちた桜の木を見上げる。俺にだけ、来年また桜が花開く絵が視える。その桜だって、散っていく。止める術はない。花が咲くことも散ることも、俺には止められない。
「来年、見にこよ!」
「うん、そうだね」
「……一緒にこよう?」
初めて君は、不安そうに問いかけた。胸が締め付けられる。もちろん、来年も次の年も。笑顔で伝えたかった。顔が引き攣る。約束出来ないことは、口にしたくない。
「うん」
曖昧に返事をする。君はなおも不安そうだったけど、それ以上はなにも言わなかった。人もまばらな桜並木を歩く。そのうち、空が暗くなってぽつりと雨が降る。冷たい雨は、次第に強くなっていった。
「……どっか、入ろう」
莉子ちゃんの手を引き、走った。君と雨に濡れるのは、好きだったんだけど。今は濡らしたらダメだと思う。いつかの喫茶店に入った。平日のこんな時間だからか、こんなシチュエーションでも席は空いていた。莉子ちゃんはくしゃみをして、あくびをして。和んでしまう。思わず、ケーキのメニュー表を手渡して。
「ケーキ、食べる?」
「うん!」
莉子ちゃんは目を輝かせて、メニューを見ていた。守りたかった。守るために手放しても、意味なんてなくて、しまいには俺の手元に戻ってくる始末だ。
「シフォンケーキと、フルーツタルト。半分こしよぉ」
「……いいよ」
ため息は出たけど、俺は笑ってしまっている。鼻唄を歌いながら注文して、ご機嫌な君。花は散るとしても雨なら止む、そんな当たり前の結末を覆したくて。雨が止むまで散らない強い花をこの手に掴みたくて。もがいてる途中、君と出会って。雨はまだ止まない。花は見つからない。焦って、君が見えなくなる。君といられる時間は、もう使い切ったはずなのに。
「心配なことがあったら、よかったら話してね」
テーブルに目を落としていたら、そんな言葉が降ってくる。やめて、いいんだ。一人でも大丈夫だから、放っておいてよ。
「うん、ありがとう。話せる時がきたら、話すよ」
そんな言葉を、気づいたら返していた。俺はどうしたいの。やっぱり彼女を共犯者にしたいの。手放したいの、ずっと傍にいて欲しいの。考えることを、止めてしまっているんだ。
「いただきまーす」
「どうぞ」
ケーキが運ばれてきた。手を合わせて、丁寧にいただきますを言う。莉子ちゃんは美味しそうに頬張った。考えることを放棄してる間だけでも、時間が止まってくれれば。時間に攫われることすら、惜しいんだ。眠い。君の声は眠たくなる。あくびをして、心音に耳を澄ました。視界から逃れるように。心臓の音が君と同じならいいと、ぼやけた頭で思ったんだ。
(そこに自分もいたかった?)
携帯がしつこく鳴っている。数度無視を決め込んだけど、鳴り止まないので出る。
「迅、散歩連れていって!」
莉子ちゃんの声に心の緊張が緩んだのを、隠したくてムカつく。莉子ちゃんは夏よりも強引になった。もう離れなきゃと思ってたのに、押し返せない自分が情けなくて。でも今だって、莉子ちゃんを傷つけるものは許せないし。だから自分も許せないのに。
「……どこ行きたいの?」
「迅の行きたいところでいいよ」
自分から誘ったくせに。いつだって莉子ちゃんの行きたいところが俺の行きたいところって、言ってるでしょ。
「……桜でも見にいく?」
「いいよー川沿いのとこ?」
不貞腐れて意地悪を言ったつもりなのに、君はさも当然に受け入れて。あぁ、うん。そういうとこがさ。どうしたって離れられなくするんだな。
「じゃあいつもの公園で待ってるね」
電話が切れる。すっぽかそうか。頭を掻いて、太陽から目を逸らす。日が暮れても、莉子ちゃんが時計台の下から動かない絵が視える。泣きたくなった。莉子ちゃんが泣くとしても怒るとしても、笑って許すとしても。放ってどこかへ行くなんて、出来そうもない。公園の方へ、ぼんやりと足を向ける。別に暇なわけでもないのに。
「こんにちは!」
「……こんにちは」
莉子ちゃんは張り切ったような笑みを向ける。頑張らなくていいのに。俺のために、無理したりしないで。気遣われるのは煩わしい。でも、今までだってずっと、君は俺にそうしてきたような気もする。変化した関係の、歯車のどこが噛み合わないのか。追求するのは不毛に思える。変わっちゃったんだから。
「寒いね、歩こう」
莉子ちゃんは真っ直ぐ、川沿いを目指して歩く。歩くのは小さいのに速い。手は小さくて、コーヒーが飲めなくて、食べるのも寝るのも大好き。どこにでもいる女の子。どこにでもいる女の子のことを、あれもこれも知りすぎたな。秋の高い空を、カラスが喧嘩しながら横切っていく。土手にあがる。川が太陽を反射してきらめきながら流れていく。木枯らしがその温かさを掻き消すように吹き荒ぶ。莉子ちゃんがくしゃみをしたのに心配が湧いて、考えるより先に上着を渡していた。
「迅が寒いよ」
「……俺はトリオン体だし」
「あーダメだよたまには生身でいなきゃ」
いつもの小言に、どこか安心して。やっぱりイライラして、聞き流す。莉子ちゃんが気にせず朗らかに横にいるのが、どうしようもなく嫌で。突っぱねたいのに、そんな酷いこと君に出来るわけはなくて。イライラするよ、本当はこんな俺もまるごと受け止めて、笑って欲しいくせに。離れなきゃって強く思うのは、何故。
「桜はまだ咲いてませんねぇ」
「そりゃそうだろ」
莉子ちゃんは茶化すようにそう言って、葉もほとんど落ちた桜の木を見上げる。俺にだけ、来年また桜が花開く絵が視える。その桜だって、散っていく。止める術はない。花が咲くことも散ることも、俺には止められない。
「来年、見にこよ!」
「うん、そうだね」
「……一緒にこよう?」
初めて君は、不安そうに問いかけた。胸が締め付けられる。もちろん、来年も次の年も。笑顔で伝えたかった。顔が引き攣る。約束出来ないことは、口にしたくない。
「うん」
曖昧に返事をする。君はなおも不安そうだったけど、それ以上はなにも言わなかった。人もまばらな桜並木を歩く。そのうち、空が暗くなってぽつりと雨が降る。冷たい雨は、次第に強くなっていった。
「……どっか、入ろう」
莉子ちゃんの手を引き、走った。君と雨に濡れるのは、好きだったんだけど。今は濡らしたらダメだと思う。いつかの喫茶店に入った。平日のこんな時間だからか、こんなシチュエーションでも席は空いていた。莉子ちゃんはくしゃみをして、あくびをして。和んでしまう。思わず、ケーキのメニュー表を手渡して。
「ケーキ、食べる?」
「うん!」
莉子ちゃんは目を輝かせて、メニューを見ていた。守りたかった。守るために手放しても、意味なんてなくて、しまいには俺の手元に戻ってくる始末だ。
「シフォンケーキと、フルーツタルト。半分こしよぉ」
「……いいよ」
ため息は出たけど、俺は笑ってしまっている。鼻唄を歌いながら注文して、ご機嫌な君。花は散るとしても雨なら止む、そんな当たり前の結末を覆したくて。雨が止むまで散らない強い花をこの手に掴みたくて。もがいてる途中、君と出会って。雨はまだ止まない。花は見つからない。焦って、君が見えなくなる。君といられる時間は、もう使い切ったはずなのに。
「心配なことがあったら、よかったら話してね」
テーブルに目を落としていたら、そんな言葉が降ってくる。やめて、いいんだ。一人でも大丈夫だから、放っておいてよ。
「うん、ありがとう。話せる時がきたら、話すよ」
そんな言葉を、気づいたら返していた。俺はどうしたいの。やっぱり彼女を共犯者にしたいの。手放したいの、ずっと傍にいて欲しいの。考えることを、止めてしまっているんだ。
「いただきまーす」
「どうぞ」
ケーキが運ばれてきた。手を合わせて、丁寧にいただきますを言う。莉子ちゃんは美味しそうに頬張った。考えることを放棄してる間だけでも、時間が止まってくれれば。時間に攫われることすら、惜しいんだ。眠い。君の声は眠たくなる。あくびをして、心音に耳を澄ました。視界から逃れるように。心臓の音が君と同じならいいと、ぼやけた頭で思ったんだ。