弓場と迅の話
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仲直り出来たと思ったのに、あれから莉子が部屋から出てこない。
夏も終わる8月の末。蝉の鳴き声が静まって、夜になると秋の虫が鳴いている。秋を感じながら、莉子と散歩でもしたいと思うのに。あの日以降、莉子が俺を散歩に誘う日はないし、体調を聞けばいつも良くないと言う。電話をかけても出ないし、折り返しはなくメールだけ来る。うざいと思われてる?そうかも。不安が胸を食い散らす。絶対諦めないと誓った。隣にいるためならどんなことでも出来ると思った。でも、君がそれを望まないと言うなら、どれだけ想ったところで仕方がないことだ。そう、分かるのに。
(会いたい)
どんな口実でもいいから、取り付けて家から引きずり出したい。電話をかけた。出てはくれない。たった一言のメールの文面を、10分かけて絞り出す。
『電話、無理はしなくていいから折り返しくれ。いつでもいいから、また散歩がしたい』
夏休みが終わったら、また忙しくなる。その前に会って話がしたい。莉子が話を終わらせたのは、きっと怖かったからで。本当は納得も消化も出来ていなくて。それは俺だってそうだけど。また泣かせるかもしれない。弱い莉子が悪いんじゃなくて、泣かせる俺が全部悪い。鳩尾が冷えていく感覚がする。
『今日はこのあと、ずっと空いてる』
メールに追記をして、ベッドに身を投げ出す。なにもない日は、ずっと君のことだけ考えている。
着信に気付いて、飛び起きた。少しうたた寝していたらしい。「莉子」と表示された画面に、心臓がひっくり返る。大慌てで電話に出た。
「はい、もしもし!」
「……もしもし」
「うん、大丈夫か?」
声が掠れていて小さくて、心配で泣きそうになる。俺が大丈夫じゃない。君が元気じゃないと、全然大丈夫じゃないんだ。
「……うぅ」
「しんどいか、なにがしんどい?」
「ふぅ、ひっく、ぐす」
頭が真っ白になる。泣かないでくれ。せめて泣くなら手の届くところで泣いてくれ。
「なぁ、今から会いに行っていいか」
「うぅ怒らない……?」
「怒るわけないだろ」
「うん、分かった」
「じゃあ、すぐ行くから。待ってろ」
電話を切り、一度鏡の前に立って、携帯と財布だけ持って家を出た。向かいのマンションの、101号室。インターフォンを押す。莉子がそろりと出てきた。久しぶりに見た顔が泣き顔だなんて、辛すぎるのに。会えたことが嬉しくて、つま先がうずうずとする。かける言葉も忘れて、しばらく見つめ合ってしまった。
「なぁに」
「えっ、と」
目が回ったかのように、思考がぐるぐるとまとまらない。好きです、君しか見えないから、どうしようもなくて。なんとかしてくれませんか。膨れ上がる気持ちを抑えるように、ひとつ息を吐いた。莉子は俯いて、黙ってドアを閉める。弾かれたようにドアノブに手をかければ、鍵は開いていた。そっと中を覗けば、また目が合う。莉子は部屋へと引っ込む。おそるおそる、家の中へお邪魔した。
「莉子……?」
部屋のベッドで、莉子は丸まっている。生唾を飲み込む。ベッドに上がり込み、隣に正座した。莉子はまだしんどそうで、泣き出しそうな顔をしている。
「ごめん、俺のせいか?」
「……うん」
「悪かった、気付かなくて。なにがダメなんだ?」
「…………」
莉子が不安で心配で、仕方がないって瞳を向ける。自分まで不安になって、胸が締め付けられて。絶対守るんだって思う。なにがあっても、絶対守る。なおも口を閉ざす莉子の、頬を指で撫でる。
「俺は馬鹿だから、言ってくれなきゃ分かんねぇ」
「おこらない?」
「怒らねぇよ」
莉子は俺の手の平を両手で包み、額をすりつけた。心臓がうるさい。なんでこんな時にそんな可愛いことをするんだよ。
「んー……」
かわいい、すき。言葉を待てなくなりそうで、足の裏がくすぐったくて。軽く振り払おうとするけど、莉子が手を引っ張るので。それがたまらなく愛しくて。握ったり、離したりして弄ぶ。そのうちに、莉子の表情が少し緩んだから、なんの話をしていたかも忘れそうになる。
「言いたいことがあるなら、構わずに言ってくれ」
どうにか思い出して、胸の内を尋ねる。莉子は上目遣いで俺を見る。その瞳にずっと囚われていたい。
「拓磨から連絡くるの、怖いの」
「え、え。なんで」
思いもよらない言葉に、冷や水をかけられたような気分になる。連絡が怖い?じゃあここ1週間、ずっと怖がらせてたのか?
「怒られたの思い出して、怖い」
「…………それは」
莉子が怒られることしたのは事実だし。もう怒ってないし。心配の連絡をしてるだけなのに。どうにも、自分の中で繋がらない。どうして、そんなに怯えているんだ?
「もう怒ってねぇし、怖い連絡なんてしてねぇだろ」
「うん、分かってる。分かってるけど、連絡が来た瞬間に怖くなるの」
莉子は一層、縮こまってしまった。どうすることも出来ずに、ただ背中に触れて撫でた。祈るように、撫でた。
「心配なだけなんだ」
「うん」
「怒ったのも、心配で仕方ないからで」
「うん」
「莉子が怖がるなら、連絡は控える」
「うん」
「……無理かもしれねぇ」
「えぇ〜」
莉子が少し笑った。また体温が上がる。放っておくなんて無理だよ。いつだって繋がっていたい。
「連絡、お前からくれ」
「うん?」
「いつでもいいから。どこでなにしてても返事する」
「うん!」
莉子の返事が元気になった。ほっと一安心する。莉子は起き上がって伸びをした。抱き寄せてしまいそうになるのを堪えた。
「ちょっとずつ、元に戻す」
君はそんなことを言う。憂いを帯びた笑顔に、あぁ、いっぱい気を遣わせているのだと知る。本当はきっと、君にはもう俺なんて必要はないんだろう。莉子のことが必要なのは俺で。莉子は優しいから、俺を傷つけないようにいろいろ考えてて。こんなに苦しめてる。
(元通りじゃなくても、いいよ)
怖くて言えなかった。手を離されてしまうのが怖くて。とりあえず、元通りを目指さなきゃ。告白したって、怖がられるだけだ。告白がショックだったら、次の告白も許されないだろうから。何回だってするけど、莉子が笑顔じゃなきゃ意味ないから。
「無理するなよ」
なんでもぶつけてくれ、受け止めるから。そう想いを込めて頭を撫でた。いつもの調子で頭を預けるのに、焦がれて赤くなる。俺はぶつけちゃダメだ、莉子が怪我するだろ。
夏も終わる8月の末。蝉の鳴き声が静まって、夜になると秋の虫が鳴いている。秋を感じながら、莉子と散歩でもしたいと思うのに。あの日以降、莉子が俺を散歩に誘う日はないし、体調を聞けばいつも良くないと言う。電話をかけても出ないし、折り返しはなくメールだけ来る。うざいと思われてる?そうかも。不安が胸を食い散らす。絶対諦めないと誓った。隣にいるためならどんなことでも出来ると思った。でも、君がそれを望まないと言うなら、どれだけ想ったところで仕方がないことだ。そう、分かるのに。
(会いたい)
どんな口実でもいいから、取り付けて家から引きずり出したい。電話をかけた。出てはくれない。たった一言のメールの文面を、10分かけて絞り出す。
『電話、無理はしなくていいから折り返しくれ。いつでもいいから、また散歩がしたい』
夏休みが終わったら、また忙しくなる。その前に会って話がしたい。莉子が話を終わらせたのは、きっと怖かったからで。本当は納得も消化も出来ていなくて。それは俺だってそうだけど。また泣かせるかもしれない。弱い莉子が悪いんじゃなくて、泣かせる俺が全部悪い。鳩尾が冷えていく感覚がする。
『今日はこのあと、ずっと空いてる』
メールに追記をして、ベッドに身を投げ出す。なにもない日は、ずっと君のことだけ考えている。
着信に気付いて、飛び起きた。少しうたた寝していたらしい。「莉子」と表示された画面に、心臓がひっくり返る。大慌てで電話に出た。
「はい、もしもし!」
「……もしもし」
「うん、大丈夫か?」
声が掠れていて小さくて、心配で泣きそうになる。俺が大丈夫じゃない。君が元気じゃないと、全然大丈夫じゃないんだ。
「……うぅ」
「しんどいか、なにがしんどい?」
「ふぅ、ひっく、ぐす」
頭が真っ白になる。泣かないでくれ。せめて泣くなら手の届くところで泣いてくれ。
「なぁ、今から会いに行っていいか」
「うぅ怒らない……?」
「怒るわけないだろ」
「うん、分かった」
「じゃあ、すぐ行くから。待ってろ」
電話を切り、一度鏡の前に立って、携帯と財布だけ持って家を出た。向かいのマンションの、101号室。インターフォンを押す。莉子がそろりと出てきた。久しぶりに見た顔が泣き顔だなんて、辛すぎるのに。会えたことが嬉しくて、つま先がうずうずとする。かける言葉も忘れて、しばらく見つめ合ってしまった。
「なぁに」
「えっ、と」
目が回ったかのように、思考がぐるぐるとまとまらない。好きです、君しか見えないから、どうしようもなくて。なんとかしてくれませんか。膨れ上がる気持ちを抑えるように、ひとつ息を吐いた。莉子は俯いて、黙ってドアを閉める。弾かれたようにドアノブに手をかければ、鍵は開いていた。そっと中を覗けば、また目が合う。莉子は部屋へと引っ込む。おそるおそる、家の中へお邪魔した。
「莉子……?」
部屋のベッドで、莉子は丸まっている。生唾を飲み込む。ベッドに上がり込み、隣に正座した。莉子はまだしんどそうで、泣き出しそうな顔をしている。
「ごめん、俺のせいか?」
「……うん」
「悪かった、気付かなくて。なにがダメなんだ?」
「…………」
莉子が不安で心配で、仕方がないって瞳を向ける。自分まで不安になって、胸が締め付けられて。絶対守るんだって思う。なにがあっても、絶対守る。なおも口を閉ざす莉子の、頬を指で撫でる。
「俺は馬鹿だから、言ってくれなきゃ分かんねぇ」
「おこらない?」
「怒らねぇよ」
莉子は俺の手の平を両手で包み、額をすりつけた。心臓がうるさい。なんでこんな時にそんな可愛いことをするんだよ。
「んー……」
かわいい、すき。言葉を待てなくなりそうで、足の裏がくすぐったくて。軽く振り払おうとするけど、莉子が手を引っ張るので。それがたまらなく愛しくて。握ったり、離したりして弄ぶ。そのうちに、莉子の表情が少し緩んだから、なんの話をしていたかも忘れそうになる。
「言いたいことがあるなら、構わずに言ってくれ」
どうにか思い出して、胸の内を尋ねる。莉子は上目遣いで俺を見る。その瞳にずっと囚われていたい。
「拓磨から連絡くるの、怖いの」
「え、え。なんで」
思いもよらない言葉に、冷や水をかけられたような気分になる。連絡が怖い?じゃあここ1週間、ずっと怖がらせてたのか?
「怒られたの思い出して、怖い」
「…………それは」
莉子が怒られることしたのは事実だし。もう怒ってないし。心配の連絡をしてるだけなのに。どうにも、自分の中で繋がらない。どうして、そんなに怯えているんだ?
「もう怒ってねぇし、怖い連絡なんてしてねぇだろ」
「うん、分かってる。分かってるけど、連絡が来た瞬間に怖くなるの」
莉子は一層、縮こまってしまった。どうすることも出来ずに、ただ背中に触れて撫でた。祈るように、撫でた。
「心配なだけなんだ」
「うん」
「怒ったのも、心配で仕方ないからで」
「うん」
「莉子が怖がるなら、連絡は控える」
「うん」
「……無理かもしれねぇ」
「えぇ〜」
莉子が少し笑った。また体温が上がる。放っておくなんて無理だよ。いつだって繋がっていたい。
「連絡、お前からくれ」
「うん?」
「いつでもいいから。どこでなにしてても返事する」
「うん!」
莉子の返事が元気になった。ほっと一安心する。莉子は起き上がって伸びをした。抱き寄せてしまいそうになるのを堪えた。
「ちょっとずつ、元に戻す」
君はそんなことを言う。憂いを帯びた笑顔に、あぁ、いっぱい気を遣わせているのだと知る。本当はきっと、君にはもう俺なんて必要はないんだろう。莉子のことが必要なのは俺で。莉子は優しいから、俺を傷つけないようにいろいろ考えてて。こんなに苦しめてる。
(元通りじゃなくても、いいよ)
怖くて言えなかった。手を離されてしまうのが怖くて。とりあえず、元通りを目指さなきゃ。告白したって、怖がられるだけだ。告白がショックだったら、次の告白も許されないだろうから。何回だってするけど、莉子が笑顔じゃなきゃ意味ないから。
「無理するなよ」
なんでもぶつけてくれ、受け止めるから。そう想いを込めて頭を撫でた。いつもの調子で頭を預けるのに、焦がれて赤くなる。俺はぶつけちゃダメだ、莉子が怪我するだろ。