FE風花雪月(ディミレス)


「ねぇねぇ」
「ん?」

手元の教科書に集中していたディミトリは、トントン、と肩を叩かれた方に振り向こうとした。

そのとき。

ふにっ、と頬にべレスの人差し指が軽く沈んだ。
やられた。
と、ディミトリは咄嗟に小さな敗北感を感じつつ、担任教師に用件を問う。

「…先生、何かな…?」
「勉強に励んでるのは良いことだけど、もう薄暗いよ。寮に戻りなさい。」

放課後、ディミトリは西日の射し込む暖かい教室で、自主的に居残り勉強をしていた。
しかし没頭しすぎて、背後から近づいてきたベレスに気がつかなかった。

窓に目をやれば、もう間もなく陽は落ちる頃だった。


ひんやりとした空気が教室に満ち始めている。

「もうそんな時間か、すまない。しかし…先生、今のは何だ…」

広げた教科書やノートを手荒にまとめながら、感じる。
べレスの、子どもじみた人差しにほんの少し触れられただけの左頬が、妙に熱い。

「ふふっ。薄暗いのによく分かるよ。顔が赤い。」

べレスは子どものような、悪戯っ子のような笑みを浮かべる。
べレスに恋心を抱くディミトリにとって、彼女の人差し指とその笑みは凶悪でしかなかった。
加えて自分の状態を指摘され、ディミトリの赤みは、一瞬で増した。

「わっ、もっと赤くなった!」

おちょくるのもいい加減にしろ、とディミトリは言おうとしたけれど、恥ずかしさのあまり言葉にするのが遅れた。

その隙に、べレスはなにやら満足げな表情で、素早く教室の出口に向かってしまった。

「おい、先生」
「また明日ね、ディミトリ。」

すっかり顔が真っ赤になったディミトリは、ひとりぽつんとその場に佇む。
そして明日の今頃に向けて、恐ろしい速さで算段をつけるのだった。



翌日。

昨日と同じように放課後、ディミトリは机に向かっていた。昨日と違うのは、実は集中しているフリで、教科書の中身なんてほとんど頭に残ってはいない
。 
時計の針は例の時間を指そうとしていた。
昨日、ひたすら恥ずかしい思いをした時間に。

「ねぇねぇ」

―きた。
ディミトリはほくそ笑むのを必死に堪えて、呼ばれた方に振り向いた。

ディミトリの予想通り、べレスは昨日と同じで、自身の頬にふにっ、と人差し指を沈める。
しかしディミトリは素早くその人差し指をべレスの手首ごと掴み、自分の唇でチュッと挟んだ。

「!!??」

あまりのことにべレスは言葉が発せず、指を引き抜こうにも、教え子の怪力はそれを許さない…
かと思ったら、あっさりと人差し指は、柔らかい唇から解放された。

「な、なっ…!ちょっと、ディミトリ!?」

解放された人差し指をどうしたらいいのか…。
チラリと見れば、爪の先が微かに光っている。
その様子に、べレスは混乱すると同時に、顔中が熱くて真っ赤になった。
ベレスの慌てようを見て、ディミトリは悪戯小僧のようにニヤリと笑う。

「はははっ。先生、顔が真っ赤だな。薄暗いのに、よーく分かるぞ。」

意趣返しに気がついたべレスは、ああ、悪戯する相手が悪かった、と昨日の自分の浅はかさにとてつもなく後悔した。
…想いを寄せる生徒に、まさかこんな返しをされるとは。

口をパクパクしたまま動けないべレスを見て、ディミトリは普段、この教師に感じることのない優越感に浸っていた。
してやったり、といった表情のディミトリを見てベレスは、一本取られたような敗北感が湧き上がる。
そしてどうしたら良いか分からない、この人差し指…。

好きな相手ゆえ、指をハンカチで拭うことはべレスの選択肢になかった。
意を決し、ええいままよ、と勢いでべレスは自分の人差し指を口に軽く含んだ。

「!!!??」

今度はディミトリが驚き、昨日よりも顔を赤くして固まった。

「ふふ…。君も私に劣らず、耳まで赤いよ?」

勝った気がする。

優位な立場を保ちたくてべレスは必死に余裕ぶった表情を作ったけれど、声は小さく震えていた。
なんとか背を向け、羞恥に足元がふらつきながらも教室を出ようとするべレスの肩を、ディミトリはガシッと掴む。

何事か、と振り向いたべレスの唇に、ディミトリの熱い唇が重なった。

20240416 修正

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