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溺れる鳥と飛びたい魚


 そして、そのままレンズをヒタキに向けてみる。
 ヒタキはじっと、海の方を見つめていた。
 その横顔は妙に険しいような神妙な面持ちで、まだ見たことのない表情だった。
 昨日の朝とも違って見える。
「もう何年もずっと近くに住んでて、毎日来てるのに、知らないことばっかりだって思うんだ。ヒタキみたいな子が居るのも知らなかったし」
 名前を呼ばれたからか、ハッと瞬きを繰り返し、ヒタキは氷魚を見上げる。
 影を帯びていた瞳に光が差したように見えた。また、シャッターを切る。
「……見つかったら、いけないから」
 ぽつりと海風に乗せるみたいな呟きをヒタキが零す。
 氷魚は出会った日のヒタキの言葉を思い出して、ああと頷いた。
「『食べられる』から?」
 ヒタキは頷く。
「……おいしいのかな」
 氷魚が呟いて首を傾げると、見上げるヒタキの表情に怯えに似た色が乗る。
 そんなヒタキをじっと眺めて、氷魚は考えてみた。
「……寒色系は食欲をそそらないって言うよね」
 ヒタキは狼狽えた様子で、氷魚の顔色を伺うように見つめ、首を傾げる。
「いや、あんまりおいしそうに見える色はしてないよねって」
 とはいえ、生の魚も色だけで言えば似たようなものか、という言葉は飲み込むにとどめる。
 これ以上怯えられるのは不本意だ。
 そう思って海に視線をやり、――不本意なことだが、と息をつく。
「ねえ、ヒタキ?」
 そっと、名前を呼んだ。
「氷魚」
「もし、もしも俺がヒタキを食べようとしたら、どうする?」  
 細くて白い腕に手を伸ばす。あまり逞しくない氷魚のそれよりも、細い。壊れ物を扱うかのように触れて、その小さい掌を取る。
 陶器のようにきめ細やかで、白く。それでいて柔らかい。
 氷魚は思わずヒタキのその手を優しく撫で扱いながら、自分の口元まで持って行きそうになり、我に返る。
 ヒタキを見ると、困惑と驚愕が入り交じったような表情であたふたしていた。
 氷魚は目を丸くして、手を離す。ふっと微笑んで、なだめるように少し髪を撫でた。
「じょーだんだよ。ごめんね」
 ヒタキは複雑な表情のままぽかんとして、わずかに視線を落とす。
 がっかりしたような、落ち込んだような、そんな風に見える。
 ヒタキの疲れを取るのが目的だったはずなのに、と氷魚は反省しながら、砂浜に腰を下ろす。
 それを視線で追って、ヒタキもそっと膝を曲げ、氷魚の隣に座る。
「でももしも、そうだとしたら――帰りたくはならない?」
 意地悪なことをした。と思いながら、更に踏み込んだことを訊ねているという自覚がある。だけど、きっといつか聞かなければならないことだとも思っていた。
 それが、今でいいのかはわからないけど。と迷いながら、氷魚はヒタキの様子をみる。
 ヒタキはぴくりと肩を揺らす。海の方に目を泳がせ、氷魚を見上げて首を振った。
「俺に食べられたとしても?」
 ヒタキは迷うように、視線を彷徨わせる。
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