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ABCの罪


 その場所は、僕ことAとBの秘密の遊び場だった。
 大きな湖の畔。道路脇にあって、険しい木々や草が覆い茂っている。
 住宅地からは少し離れていて、大人たちからは子供だけで行くなと言われていた。けど、そもそも子供だけで行ける場所ではないと思われているのだろう。あまり警戒はされておらず、人目にも付きづらい。
 僕とBは放課後はよく二人で、こっそり自転車を走らせた。
 ガードレールの隙間を縫った茂みの中に隠して、なるべく慎重に草むらを分けて斜面を降りて遊んだのだった。
 Bは僕と違って活発で、運動神経がよくて、何でもできる。
 僕ひとりでは行けない場所も、Bとなら行けた。Bについていけば、なんだってできる気がする。そんな親友だった。
 ある日、最近親しくなった友人のCといるところにBがやってきて、皆で秘密の場所に行く約束をした。一度家に帰って、ランドセルを置いて自転車で集合。それがいつもの流れだ。
 僕達は学校で一旦分かれ、家に帰った。
 その日、運悪く仕事を途中で抜けてきたという母親と鉢合わせしてしまい、用を言いつけられてしまったのだ。
 どんな用だったかは思い出せない。
 けど、そのせいで約束に遅れてしまったということは覚えている。
 当時は連絡手段もなく、明日謝るしかない。そう思いながらも、嫌な予感というか不安のようなものが胸をよぎっていた。
 BとCが仲良くしているところを僕は見たことがなかったからだ。
 二人はうまくやれているだろうか。あるいは、僕がいなくても楽しくやっているだろうか。そんなことが気がかりに思えて、僕は用事を終えるとすぐさま自転車に飛び乗った。
 約束には遅れてしまったけど、行かないよりはいい。その時はそう思ったのだった。
 慌てて辿り着いた秘密の場所で、最初に僕が見たのは二人の自転車。
 そして、茂みから湖の岩場に向かって、BがCを突き落とす瞬間だった。
 Cの腕が縋るように空を掴むのが、今でも脳裏にスロウモーションで浮かんでくる。
 体は大きく傾き、湖面へと急降下。
 何が起こったのかわからないままの頭で、ようやくCの落ちていった先を見下ろしても、そこにCの姿は見つからなかった。
「……お前、いつ来たんや」
 聞いたこともない低い声で、Bが僕に言った。
「あ、……ごめん遅れて……お母さんが……」
 咄嗟に遅刻の言い訳が口をついて出て、自分でも驚く。
「じゃなくて! え、今の、何……? Cは? ああそうじゃなくて、誰か呼びに行こう」
「見てたんちゃうんか」
 慌てる僕とは打って変わって、さっきと同じ低い声でBは静かに言う。
「この自転車、隠すん手伝え」
「えっ? いや、なんで……」
「ええから!」
 Bの発したつんざくような怒号に、僕は震え上がって、言うとおりにした。
 自転車をどこに隠すか、散々迷って結局湖に落とすことになった。
 震える手と激しく鳴る心臓の音をこらえて、それを手伝い終えた頃には、日は傾いていた。
 茂みに覆われた遊び場はすっかり暗くなり、大好きだったその場所が酷く不気味に思えた。 そして、Bは僕にこう言ったのだ。
「お前、今日のこと誰にも言うなよ」
 と。
 言えるはずがない。そう思い、うなずきながらも、決して黙ってはいられないだろうとも、感じていた。
 家に帰り、眠る時間まで心臓の音がうるさかった。布団に入っても、震えて眠れぬ夜を過ごした。
 電話が鳴る音も恐ろしく感じた。
 翌日、学校に登校するのも怖くて休もうとしたら、Bが迎えに来た。
 学校に向かうと、教室ではCの話題で持ちきり――ではなかった。
 誰も、Cの話などしていなかったのだ。
 朝礼が始まってからも、学校が終わっても、誰もCの話はしない。

 今も変わらず。Cなど、どこにもいなかったかのように。
 Cのことは、僕とBしか知らないままなのだ。

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