ベゴニアの詩
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「ひぃ、なんてこっちゃあ。」
降りみ降らずみ。不安定な天気に振り回され、鞄に忍ばせていた折り畳み傘に今日一日感謝する。星を眺める間も無く小夜時雨に打たれ傘を広げる。この時期にふる雨は足元から体温を奪っていき、小走りでアスファルトを小さく蹴り上げて帰路へと進んでゆく。
「ありゃ。」
公園へと差し掛かると、揺れる傘の隙間から覗ける足に思わず止まってしまった。安定した傘を上に持ち上げると白髪の男が傘もささずに公園のど真ん中に立っていたのだ。外灯の灯りが朧げに彼の顔を照らす。随分と整った容姿をしており、引き寄せられるように歩みを寄せた。
「風邪、ひきますよ?」
「…僕?」
「貴方しか居ませんよ、どうしたの?こんな所で」
「…計画、めちゃくちゃにされたんだ」
囁く様に声を出す男性を己の傘へと入れる。はっと目を見開いた男性とやっと視線があった。名無しは彼の手を掴み傘の柄を握らせた。
「何があったかは知らないけど、うまいこといくときのほうが少ないんです。切り替えて実行しましょ!ね?」
「…有難う。キミ、名前は?」
「名無しです。」
「僕は栗矢アキラ。名無しさんか。覚えたよ。有難う、少し前向きになれた。」
微笑むアキラの表情は天候とは裏腹に晴れていた。ほんのり赤く染まる頬に両手を添え、狼狽える。
「あ、あの、そ、れは良かった、です」
「初対面のなのに、名無しさんは優しい人だね。」
「いえ、そんな、ほっとけなく、て…」
「嬉しいなぁ、気にかけて貰えて。雨に打たれてラッキーだったかな。」
「ラッキーって、風邪ひいちゃいます!」
「風邪?大丈夫だよ。そんなものにかからないから。」
何がどう大丈夫なのだろうか。理解が出来ぬまま、アキラに傘を預けた。
「それ、あげます、今更だけどさして帰ってください!じゃあ!」
「え?名無しさん!」
アキラの制止を無視して、走って去ってゆく。じんわりと頭から下にかけ徐々に雨水を吸収してゆき、マンションについた頃にはぐっしょりと水を滴らしていた。不快感を露わにし玄関の扉を開けるため、鍵を探す。
「え?」
ドアノブに引っ掛けられた先程貸したであろう折り畳み傘。
「私、アキラさんに…」
アキラさんに貸した傘が何故ここにあるのだろう。
「おかえり、名無しさん」
後ろから優しく包み込むように抱き締められた。その体温には温かさはなく、自身と同じように酷く濡れていて寒気さえ感じるほど。
「アキラさん…」
何故、さっき出会ったばかりの男性が私の自宅を知っているのだろうか。言葉にして聞きたい問いが喉まで出てくるがそこでストップした。それを聞いてしまうのはあまりに怖くて、語られた所で自身より先についているこの痕跡に対し安堵できる要素など皆無に等しい。どっと重く鳴り響く心臓にアキラの方にゆっくりと首を回し目を向けた。
「名無しさんのおかげで切り替えることが出来たよ。」
手に握られる鋭利な刃物。不敵な笑みを浮かべているアキラに恐怖心は最高潮に達し慌てて鍵を開ける。
「本当に有難う。」
振り上げられた刃物から逃れられる術がない。
-終-
アキラくんって殺人鬼でしたよね。殺す前にこんなやり取りがあったらいいなぁを書きました。
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