2話
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魔界。ブラックカラーの統一を測った部屋で男女が過ごす。契約を交わした悪魔は元天使で天界に居たときの恋人。彼の話を聞かせてもらうも今一つ信憑性に欠け、半信半疑といった所で、なんなら疑惑の方が膨らんでいるほど。サインペンを彼に渡し、返却すると人間界へと返すように声をかけた。
「今日はここに泊まっていくというのはどうですか?帰っても辛いだけでしょう。」
「ここに居れば辛くなくなるとでも?」
「そのように契約したつもりです。」
右手で契約書を持ち上げ、左手の人差し指でトントンと書類を叩く。口角をあげ、弓を引くようにシニカルな笑みを浮かべる悪魔は天使だった時の面影はない。ただ、自信という感情のみが汲み取れる。別物として捉えている私の目にはこの悪魔の愛情なるものは一方通行にしか過ぎないのだ。
「Bには…いつになれば、会えるの…?」
諦めの悪さなら筋金入りだ。この存在が同一人物だと現段階で飲み込んでしまうと確実に自我が崩壊する。またかと言わんばかりのブラックの表情は傍から見れば理解しにくいが、長い付き合いの自分には手に取るように悟れるものがあった。初対面の人ではないという確信にそっと、臭いものへと蓋をする。
「……。」
人間界への入口を一向に開けてくれない。言葉と共に態度による引き止めに折れ、ベッドに腰を掛けるとスプリングが弾み、そっと押し返してきた。脱いだパンプスをベッドの下へと直し込み、ひりひりと痛む靴擦れによる傷口に目敏く気づくブラック。踝に手をそっと乗せ、カメラちゃんに声をかける。自身より大きい救急箱を持ち上げ、ふわりと浮きながら運んで来た。見慣れない薬を塗りたくられ、ブラックのディフォルメされたイラストが印刷された絆創膏を貼られ手当は終了した。
「(自分のこと大好きね、Bはこんなんじゃなかった)」
もっと謙虚な人だった。
「…有難う。」
「天使は頑丈ですが人間は脆いですよ。」
痛い時は痛いと素直に言って下さい。
「助けられる事を見逃してしまいます、そうなると後悔する事になりますから。」
「後悔?私が?」
「それもあるかもですが…この場合、オレちゃんが、ですかね。」
悪魔が後悔。滑稽ともとれる話ではなかろうか。随分と人間臭い事を言う。いや、甘い言葉としては惑わすためならば成立するのやも知れない。思わず開いた口が塞がらない。そんな名無しの表情を指さしながら間抜けと罵り笑い声をあげているブラック。救急箱の蓋を閉じ、カメラちゃんへと渡すと一言お礼を言いごろんとベッドへと横たわる。
「と、言うわけで睡眠もしっかりとって下さい。」
「え?添い寝するの?」
「もちもちのロンロンちゃんです!」
何処かで聞いたことのある台詞。追求すべきはそこではなく、添い寝をするこの流れ。何故、自分がこの悪魔と同じベッドで眠らなくてはならないのか。
「何するつもり?」
「だから添い寝ですって。」
「それだけ?」
「他にして欲しい事でもあるんですか?」
「ない。」
「なら、問題解決です。」
解決などはしていない。自己完結に等しいだろう。他に寝るところも無いので不服ではあるが向かい合う様に横になる。右側に名無し、左側にブラック。カメラちゃんがその間に入って来た。ほんの少し綻ぶ名無しの表情。重さを増す瞼。抗えずゆっくりと目を閉じ意識を手放してゆく。
「おやすみなさい、名無しさん。」
聞き覚えのある声がお休みを告げる。嗚呼、昔にも数え切れないほど言われた台詞。夢に落ちるといつも通り純白の景色が広がる。
「名無しさん、ずっと一緒ですよ。」
「……ええ、勿論。」
突拍子もなく放たれる言葉。歯切れの悪い映像にその前のやり取りが思い出せない。
「裏切ったりしないもの。」
「勿論、信じていますよ。」
指切りによる約束事。どんな契約書よりも重い契。心に重くのしかかる重圧に息詰まるように目を覚ます。見慣れた口元を視界が捉え頬に手を添え、錯覚を起こして朝を迎える。
「B…っ…」
「名無しさん。」
「B……!」
そっと瞼を閉じ、擦り寄る。夢じゃないのにBが居る。思い寝にふけ、おきた現実。覚醒した脳が喜々を告げ顔を拝もうと目を開ける。
「…なんだ、貴方か。」
白ではなく黒。落胆が指先に伝わり手をだらんと落とす。興醒めした身体を気だるげに起こしベッドから足を下ろし立ち上がる。
「よく眠れましたか?」
「…え?」
何時もよりは少し軽い身体。意外にも添い寝の効果とやらがあらわれていた。ほんのりと覚えている体温。心地良かった気がした。
「…あり、」
喉まできた言葉を途中で飲み込む。過るは夢で見た約束事。
「…。」
この悪魔をBと同一人物として受け入れがたい自身は罪悪感なるものに苛まれた。重くのしかかるあの言葉。この行為をもし、見られたとしたら。果たして健全に見えるのだろうか。否、誤解を招くに違いない。ベッドの下からの靴を拾い上げ、鞄を片手に昨日までは無かった扉に手をかけドアノブを下げると人間界へと通じていた。
「帰る。」
「お仕事ですよね。では、また今夜。」
「…大丈夫。」
「え?今なんて?」
「…もう、大丈夫」
逃げるように去る。バタンと扉が閉まり、素足でアスファルトを進む。等間隔に設置された街灯がまだ灯りを灯していた。スマホで時間を確認すると現時刻は早朝の5時を表記していた。
「シャワー浴びよっ」
澄んだ朝の空気を肺いっぱいに溜め込み、ゆっくりと吐き出す。何時もより少し気分の良い朝。ペタペタと足音をか弱く鳴らし家路につく。足の裏に刺さった小石を手で払い、レギンスを脱ぐ。一回しか履いたことのない足に合わない靴。シューズボックスへと直し込み履き慣れた靴とチェンジする。
「破れちゃった…」
破れたレギンスをゴミ箱に捨て、シャワーへと向かう。甲高い音を立てレバーをひねる。勢いよく噴射するシャワー。排水溝に向かい流れてゆく温かなお湯。お気に入りのシャンプーとトリートメントで洗髪を行い艶を得る。シャワーをおえるとスキンケア、歯磨き、ドライヤーの順に終わらせてゆく。バスタオルを身体に巻き、ベッドへと腰を掛ける。何だかんだと言いながら、我が家が一番だと身にしみた。
「……」
うつらうつらとする頭。倒れ込むように大の字になり、ゆっくりと寝息をたてる。
「おやおや。」
カツン、と着地する革靴の音。静まり返り名無しの寝息だけが微かに耳をつく。
「無防備ですねぇ…」
膝をベッドへとつけ、じりじりと上に覆いかぶさる。そっと名無しの心臓に耳をつけ、鼓動を聞く。
「こんな細い音、いつ尽きる事やら。」
短く非力な生き物へと生まれ変わりましたね。
「残念です。」
その上、今のオレちゃんを全否定なんて。
「散々ですねぇ…」
同じなのに認めてくれない。ま、信用がない証拠ですかね。日頃の行いが雰囲気を纏っているのです。
甘く誑かす事がいかに楽か、痛感しますね。
「ね、名無しさん。」
昔と同じように過ごしたい願いは朧気な淡い期待ですか?いいえ、諦めるほど潔くないんです。がっつくのがヨーチューバー。諦めの悪さならなら筋金入りですよ。
「カカッ、貴女の短い人生、全て捧げてもらいましょう。」
白は黒に染まりやすい。
「…。」
身体を起こす。雀が鳴いている。はっと時計を見ると遅刻していた。忙しなく支度を済ませ、会社へと連絡を行う。アラームをかけずに二度寝した。息も絶え絶えに会社へと到着。同僚の優しい声掛けに平謝りを繰り返し落ち着くと業務へと移った。
「しん、どっ…」
昨日から目まぐるしく自身の日々が過ぎているような気がする。通常通り過ぎゆく業務は残業なく切り上げられ、食材を買い込み帰宅をする。玄関のドアを開け中に入るとキーボードを打ち付ける音にピクリと肩があがった。
「おかえりなさい」
「…あなたは。」
「ブラックです。」
「どうして、ここに」
どさっと荷物を床に下ろし目をパチクリさせると独特な笑い声を上げた。Bは笑うときあんな笑い方をしない、なんて以前にも同じ事を考えたなぁと思いながら食材をしまい込んでいく。
「そんな事より、疲れたのでは?食事はオレちゃんが作るのでお風呂でもどうぞ。」
「いや、他人にそこまでしてもらうなんて悪いわよ」
「他人、ですか。」
昔の姿なら貴女は笑うのでしょうね。
「行ってください。」
「有難う。」
縮まらない距離感に他人呼ばわりの言葉は攻撃的ではないのに傷となる。溜め息をつくような笑いに今まで知り得なかった感情に内心、驚きを隠せない。
「痛かろうが悲しかろうが、この程度の事で折れたりしませんよ。」
いつか報われるんです。
「…わーぉ。」
お風呂から上がるとテーブルに置かれた目玉焼きトーストとコーヒー。思わず目を見開き首を傾げる。ふと過る過去の記憶が同じ情景を映し出した。
「目玉焼きトースト…なんで?」
「楽なので。」
嗚呼、彼も同じ事を言っていた。シンクロした存在はBの存在を濃く表現してくれた。椅子に座り、戴きますの言葉のあと一口食してみると自然と涙が溢れた。
「名無しさん?」
「ご、めんな…さい、Bと、同じ…だから」
味も言葉も雰囲気も。一致した光景に堪えきれず袖に時雨る。鼻も詰まってくるも持っていたトーストを皿へとおいた。
「な、つかし、くてっ…」
「昔も作りました。」
ハンカチを差し出してくれた。そっと受け取り、涙を拭う。鼻にハンカチを押しあてグズグズになった顔は人間味を醸し出しブラックの口元を緩めた。
「カカカッ、ヒドイ顔ですねぇ〜。」
「な、んで…」
「?」
「なんで、目玉焼きトーストなの…?」
頬杖をつき、コーヒーの入ったマグカップを持ち上げ、ぴたりと動きを止める。テーブルに手をつき、身体を前に乗り出し泣いている名無しの目元に人差し指を這わせ涙を拭った。
「楽なので。」
「そう、そっか…」
出来すぎた偶然の一致にほんの少し満ちた気持ち。何度聞いても同じ返し。もう、見れない物だとばかり思っていた景色が今、目の前に現れており、まるで明晰夢のよう。
「いたぁっ、な、に?」
緩く摘まれた右頬が少し引っ張られる。ぱっと手を離すとブラックは定番の笑い声を上げ、そっと身を後ろへと下げ椅子に腰を落とす。何食わぬ顔でカジカジとトーストを食しコーヒーを飲んでいる。
「現実ですよ。」
「…そうよね。」
夢、いや、過去にばかり囚われていた私の目を覚ますかのように緩く抓られた頬。夢でない事を教えてくれた動作に内心感謝した。食べ終えた食器を台所のシンクへと運び、洗い物を済ませてゆく。カチカチと静かになる秒針、ふと壁にかけた時計に目を向けると22時を回っていた。
「もうこんな時間、寝なきゃ。」
明日も明後日も明明後日も仕事。宙に浮きながら胡座をかき、パソコンで編集作業に勤しむ悪魔。とてもじゃないが「帰れ」とは言いにくい。
「寝なくて良いんですか?」
「え?…まだ、大丈夫。」
内心、睡眠時間の計算をするがある程度、日付変更線までたどり着けば帰るように促す口実はいくらでもある。
「名無しさんは睡眠が浅いんですから早めに寝たほうがいいとおもいますけど」
「そう、…かな。じゃあ、そろそろ、帰って。」
追い返すようで気は進まない。が、Bもの約束事がこの悪魔とのふわりとした空間を拒絶する。だって彼を裏切っているようだから。
「何故です?」
「だって」
「オレちゃん言いましたよね。今夜また、と。添い寝をするつもりで来たんですけど。」
「必要、ないわ。」
「1人だと“悪夢”に魘されてまともに眠れない。それでも必要ないんですかぁ?」
「悪夢…?」
悪夢と認識された自分の思い出。綺麗で甘美な純粋無垢な夢。美しい映像美による鮮明な脳内再生は色褪せない過去の出来事。それを悪夢だなんて。
「ちがう、そんなんじゃない。」
「いいえ、これは立派な悪夢です。」
だって
「名無しさんを縛りつけて苦しめている。」
本当に苦しいのは“約束事”ですか?
「止めて、っ…私、は…Bとの思い出…を、」
否定しないで。
「オレちゃん、否定したつもりはないのですが。てか…」
立ちくらみをした名無しの前にゆき、そっと肩を貸す。支えるように抱き寄せ、ベッドへと座らせる。青白い顔をした名無しを床に跪きながら下から眺めるとほんの少し違和感を薄ら薄らと感じた。
「そんな“約束”した覚え、ないんですけど。」
-続-