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ほんの少し昔話をしようと思う。それは如何ほど前だったか。霞がかり、ぼやけた視界。鮮明とは程遠い走馬灯。その中で彼の顔が過ると焦点が合う。純白の存在に眩しさが目をつく。ぐっと強く瞑った目を再び開けると景色がはっきりと色濃く映った。
「名無し…さん?」
「B、?」
絵に書いたような湖の畔。青々とした柔らかな芝生の上に身体を横たわらせている私と座って読書を嗜む序列Bの彼。天界と呼ばれるこの場所にて我々は天使と呼ばれる種族。ふわりと動く羽。ゆっくりと上半身を起こし、人魚座りをする。寝起きの身体は嫌に重たく地についた両腕がカクンと曲がる。そんな私をBがそっと支えるように受け止めてくれた。胸板に頬をべたりとくっつけ、見上げるとにこやかに微笑んでいた。
「大丈夫ですか?」
「うん。」
「まだ眠そうですね、よほど気持ちのいいうたた寝だったみたいで。」
「Bと過ごす時間、少ないのに寝ちゃってたのね、私」
「毎日激務ですから」
「Bが言えたことではないよ」
よいしょっと身体をじりじり動かし、Bの膝へと座っていく。距離感が狂った関係性ではない、我々は恋人同士なのだ。彼の読んでいた本へと目を向ける。私の貸した本、この時間に読んでくれているなんて。
「どう?面白い?」
「物語は普通、ですかね。」
貴女の好きな物が知りたくて、読んでいるだけなのです。
「名無しさんと同じ世界を覗きたい、そんな邪な思いで借りた本です。」
「やめて、恥ずかしい…!」
名無しの事が好きでたまらない、だから貴女の見ている世界を感じたかった。そう言われている気がして頬が緩む。赤く染まった顔は熱を帯び、広げられた本を取り上げ手に持つと顔を覆い隠しすように埋めた。後ろから「おやおや」と笑いを含んだ呆れ声が耳に入る。
「名無しさんは照れ屋さんですね。」
「Bが照れなさすぎるのよ」
「そうですか?」
名無しの後ろ髪を手櫛で梳くように触れてくるB。ふと振り返るとそっと唇が重なった。暖かな感触に心地よささえ感じてしまう程、離れる事を惜しみながら、唇同士が距離を開ける。
「…好き。」
「愛していますよ、名無しさん。」
Bは好きを言わない。必ず愛していると返してくる。
「何故、いつも愛している、なの?」
「好きでは収まりきらないから、ですかね。」
「収まらない…」
「愛しているより上の言葉があれば、伝えたいぐらいです。」
絶え間ない愛情を注いでくれる。素直な愛情表現が安心感を与えてくれる。なんて幸せな事なのだろうか。
「こんな幸せなこと、ないよっ…」
「わたしもです。」
永遠を生きる、文字通り、そうなると信じていた。
「……。」
画面に映し出される砂嵐の如く場面が切り替わる。目の前に映り込むこの魔獣と呼ばれるに相応しい生き物は生臭い吐息を吐き、私の顔よりも大きな牙を見せつけるかのように大口を開き「戴きます」の合図と共に口を閉じると上半身と下半身が泣き別れを告げた。痛みを伴う意識の中、鉄臭い匂いだけが最後の記憶に残る。
まさか食べられちゃうなんて。
こんな最後、誰が予測したのだろう。不慮の事故なんて生易しい言葉では片がつかない。いい加減にしてよ、これからまだまだしたいことが沢山あったのに。これじゃ、死ぬ以外の選択肢がないじゃないか。いや、もう死んだのか。
そして、現代に戻ろう。
「おはよ、」
じりじりと喧しく鳴り響く目指し時計をぽんっと叩くように止め、一人ぼっちの部屋にポツリと吐き捨てられる挨拶の言葉。魔獣に食い殺された名無しは転生をした。そう、しがない人間へと。平平凡凡とした日常に社会人というオプション。容姿は転生前と変わらず、無いのは天使と言う称号。洗面台で顔を洗い、歯を磨き、髪を整え、薄めに化粧を施す。そして出勤をする。この毎日の繰り返し。真新しいパンプスが足に馴染まず、履いたことを少し後悔しながら燦々と降り注ぐ太陽が煌めく空を見上げた。
「墜ちちゃったのね。」
あの上にBは今も居るのだろうか。私が死んだことを知ったのだろうか。もう、私なんか忘れられたのかも知れない。
「会いたいな。」
加速した車が横を通り過ぎ、かき消される願い事。排気ガスが鼻をつき天ではなく地にいる事を再認識する。自嘲気味に笑うと脚を前に出し、会社へと進んだ。
また、死ねば会えますか?
私はもう、この世界に生きたくはないのよ。
何も見据えられない。忘れられない。毎日思い出を夢に見る。連続テレビ小説の如く映像美に映えたドラマのように脳内再生されていく。目覚める度に残酷な朝を迎える。
「……っ。」
ぐらりと揺らぐ視界。もようされる吐き気。路地に入り、這い上がってくる胃酸と消化途中の朝食を地面へと吐き捨てる。
「休も…」
スマホを取り出し、会社へと休みの一報を入れる。安易にとれた欠勤。薄汚れた自販機で水を買い、吐いて乾いた身体を潤す。濃くなった胃酸を薄めることにより緩和していく。先程より気分は悪くない。ふらつく足取りで帰路へと戻る。
「…。」
横目で見ると公園を視界に捉えた。少し休んでいこう、重い足取りを方向転換させ公園に設置されたベンチへと腰掛ける。ぼんやりと空を眺めると不意に涙が溢れた。
「会えるのは夢の中だけ。起きたら一人ぼっち…」
目覚める事が怖くなる。起きたら一人、誰も側に居ない。未練がましく今でもずっと思い続けている。ずっと同じ考えが頭を巡る。
「…?」
生暖かい風の中にひやりとした冷たい風が紛れ込み、ふと身体を冷やす。ふと地面に目を向けると白い羽が、足元に落ちていた。
「羽…?」
鳥のものではない。この羽は見覚えがある。
「天使…。」
そっと羽を手に心拍数が上昇する。どっと重い音を奏で当たりを見渡す。全身黒い服を着た男性と小学生の男の子しか居ない。
「B…?」
確信的材料の羽を片手に当時の恋人の面影を探す。だが、どこにも見当たらない。傍から見れば挙動不審の社会人女性。悪目立ちにも程がある。
「お姉さん」
「は、はい!」
ビクッと肩が跳ね上がり、古びた人形のようにギギっと音を立て振り返る。そこには先程の小学生と真っ黒な格好をした男性が立っていた。
「…………!」
真っ黒な格好をした男性は目を見開き、名無しを凝視した。あまりの熱視線にたじろぐ。すかさず小学生の男の子が間に入り問うてきた。
「お姉さん、なにか探しもの?」
「ひとを、」
「ひと?」
「この羽の持ち主を探してて、…羽がはえた人、とか、見てないよね?」
「人に羽なんかはえてる訳ないよー」
確かにそうだ、そうとしか言いようがない。小学生に叩きつけられる現実論に苦笑いが溢れた。羽を鞄の中へとしまい込み、ふらつく足取りで一言お礼を告げ、逃げるように公園から立ち去った。
「何だったんだ?今の人」
「さとくん、今日はここで解散です。オレちゃん、用事が出来ました。」
「ブラック?」
どうか、見間違えじゃありませんように。
流れ星に願うかの如く刹那の想いを胸に後を追う。じりじりと詰め寄る距離、彼女の襟足にそっと手を伸ばすと視界から消えた。彼女より前に突き進む身体に急ブレーキをかけ、勢いに任せて振り返ると地面に横たわっていた。
「……名無しさん?」
「……。」
そっと抱き上げ、自分のテリトリーへと帰宅する。革靴を鳴らし、床へと着地。自身のベッドへと寝かすと疑惑は確信へと変化する。
「名無しさん、です…」
わなわなと震える指先。感極まる感情を爆発させる訳にはいかない。両手で己の顔を包み込み、揺らぐ足元。噛み殺すようにカカカッと笑い声を発すると今までに見たことのないブラックの姿にカメラちゃんも驚きが隠せない。
「居たんですねっ、…こんな所に"…!」
喉を締めつけるように出される声は濁りを帯びており、顔から手を離し震える指先をみつめる。肩で息をし興奮の鎮静化に努め、ジロリとカメラちゃんを横目で見ると何時になく不安げな表現を浮かべていた。
「すみません、カメラちゃん。どうしても抑えるのに必死で。」
運命の悪戯、そんな陳腐な言葉では処理等出来ぬ出来事。この事実は小説よりも奇なりでありこの悪魔を昂奮させるに十分以上の材料であった。
「もう居ないとばかり思っていました。」
「じ?」
「オレちゃんの話を聞いてくれますか?」
「じー!」
まだ、天界にいた頃の話に花が咲く。出会い、別れ、自身が如何にして彼女の死を嘆き悲しみ絶望した事。今日迄忘れる事のない思い出。掠れる事のない愛情。常に願う会いたいが今、形を変え叶った事。今日見たせこい奇跡なんぞとは比べ物にならない本物の奇跡。
「…これは。」
社員証。鞄の中に入っているものをすかさずデスクに並べる。スマホ、財布、化粧ポーチ。
「是非見せてもらいましょうか。」
身分証明書の確認及びスマホのデータをハッキング。男の影はなし。交友関係は特に広くなく一人が多い。休日は基本的に自宅、時々カフェ巡り。職業。年齢。ラインのやり取り。包み隠さず全て暴き散らす。
「はー。なるほど、彼女の事が大体知れました。」
転生してから一度も誰ともお付き合いをした事がなく、当たらず触らずな人間関係。仕事も程々で平平凡凡な日常を過ごしている。
「…貴女はオレちゃんを今でも愛してくれているんですかね?」
そうだと思いたい。いや、そうであるべきだ。なんて勝手極まる考えが脳裏をよぎる。何事もなかったように鞄へと私物をもどしていく中、チャックのついた別ポケットを開けると中に羽が入っていた。
「これは…」
神の羽。差詰、この羽を見て過去の自分が何かしら現れたのかと勘違いをしたのかも知れない。あの時の必死な表情を思い出すと如何に自分が彼女の中で大きな存在なのだろうと泥酔した考えが支配してゆく。
「まぁ、いいでしょう。」
捨ててやりたいぐらいの羽ではあるが、ある種、証明にもなりうる羽を再び鞄へとしまい込む。何事も無かったかのように置かれた鞄。彼女が目覚めるまでの間に編集作業へと没頭する。
「……」
絶望的な朝におはようと挨拶を告げ、毎日の寝不足に泣きながら起床をする。ぐらぐらの煮詰めた様な不良の視界に限界を感じながら同じ日々を繰り返す。
「名無しさん。」
「なぁに、B」
「わたしは貴女がいると毎日楽しいです」
「唐突ね。急にどうしたの?」
「偶には常日頃思っている事を口にしてみようかと。」
「常日頃?Bは私と同じ事を考えているのね。」
「おや、名無しさんもですか。」
細やかな会話。毎日色んな会話をした。必要のないことも、重要な事も数え切れないほどに。眠っている時に蘇るこの夢に幾度泣かされてきただろう。ゆっくりと瞼を上げると誰かが添い寝をしてくれている。見覚えのある口元、目、そして腹部に置かれた手がほんのりと暖かく、独りではない目覚めを与えてくれた。
「おはようございます。」
夢の中でしか聞いたことのない、もう、聞けないとばかり思っていた声に鼓膜が震える。
「お、は…よ…っ……っ、B…っ。」
大粒の涙は歓喜を含み、ぼやける視界の中、ゆるゆると手を動かし彼の頬に手を伸ばす。そっと触れる人肌。なんという安心感。空っぽの心になみなみと注がれてゆく満たされた気持ち。こんな目覚めをしたのは初めてだ。
「おひさです。」
「……。」
鮮明に輪郭を捉えてゆく視界に映り込む、白ではなく黒。一部を除いて変わり果てた姿に脳の伝達機能が追いつかず、拒絶反応を示す。咄嗟に離れると目の前の男性は目を見開き、私以上に驚いた表情を見せた。
「あなた、だ、れ?」
「オレちゃんは悪魔系ヨーチューバーのブラックです。」
「……B、じゃない。」
期待値の暴落に気が沈む。放心状態に等しい自身の心境にブラックと名乗る彼は私の側へもにじり寄ってきた。
「それは、オレちゃんの昔の呼び名です。」
「…嘘。」
「本当です。貴女が居なくなってからの話をしましょうか。聞いてくれます?」
「……」
置いていく方も辛いが、おいていかれる方もこれまた辛い。助けに向かうと既に泣き別れした下半身を発見。間に合わないのは目に見えており、魔獣を半分に切り裂いて救出した上半身は原型を止めておらず、肉片とかしていた。膝から崩れる程の虚無がこれはなにかの間違いだと現実逃避を促す。うまくできない呼吸に血生臭い環境。魔獣の肉なのかはたまた彼女の肉なのか検討もつかない。白い衣服は真っ赤に染まり、振り返ると希望が姿を消していた。ちゃんと、出来ない弔いを終わらせ本棚に凭れ掛かり楽しい事さえ感じることが出来ない。全て壊してしまいたい、そんな衝動にさえ駆られるほど。それから幾らかの月日を経過させ、以前よりは少し落ち着いた気持ちの中、出会った悪魔さんとの心境はシンクロ率が高く神殺しを決行。魔界へと墜ち、現在に至る。
「………それで、その姿?」
「はい、そのとーりです。」
「…。」
そう、これはBなのだ。
「B…」
白くて、優しくて、穏やかで
「カカカッ、鬼ヤバですねぇ。」
ヤバです、が口癖で笑い声をあげない独特な笑い声
「名無しさん?」
オールバックの髪型に、柔らかな物腰
「…違う」
似て非なるもの。
「B、だけど、Bじゃない…」
Bはこんな
「悪魔みたいじゃない…」
彼は天使だもの。
「だから悪魔なんですって。」
「……Bに、会いたかったの。」
でももう、いないのかな。この人が言う事が本当なら。
「帰る、助かったわ、有難う」
「まだ、ここに居て下さい」
がしりと掴まれた手首に身体が強張り、睨むように振り返った。
「Bは…あなたみたいじゃ、なかった…会いたいの、…」
再来した絶望。彼女の想い人は自分だけど自分じゃない。一番傷ついているのは彼だ。陰りのある表情を殺し、彼女の前に契約書を持ちかけた。
「オレちゃんと契約しませんか?」
「契約…?」
「名無しさんの心の隙間を埋めます。もう、辛い事が無いようにオレちゃんがサポートするんです。いかがです?」
「…………。」
辛い事がないように?
「それほんと?」
「もちろん。」
藁にもすがる思い。この悪魔ならいつかBにも会わせてくれるような気がした。同一人物?半信半疑な話だ。考える事を放棄した頭がサインをする。なんだっていい。辛くないのなら。「契約成立」を謳う声が耳に残る。目をつむるとBが居る気がした。
「声、そっくり」
「本人ですよ。」
ふいに優しげに出る声はBそのものだったきがした。
「神なんかに感謝をする日がくるとは。思ってはいませんが、ここは有難うと言うべきですかね。」
毒気を齎す感謝の言葉。そっと手に触れる彼女の髪質は懐かしさを感じさせた。
-続-
初のネーム作品ではなく、ライトノベル風の小説。小説難しいっすね。昔、同人活動していた時にラノベは書いていましまが、連載となると別口。ネーム用は完結してからのアップにしていますが、小説は絵にしないしネームにもおこさないのでサクサクできるかと。頑張って書くんだ私。
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