カタクリの詩
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カツカツとパンプスを鳴らし一定のテンポをキープしながら歩み進める。通い路はすっかりと暮れなずみ、人の姿が見当たらない。家の灯りがポツポツとつき、外灯と共にアスファルトをほんのりと照らしてくれる。絵の具を溢した様に茜色した細長い雲が色づいてゆく。
「早く帰ろう。」
自然と大股になる脚。いかに早く帰宅したいかを物語るように急かせかと肩を揺らす。カッと爪先に力が入る。マンションの前につくと扉の方へと方向転換しロックを解除。頭の中でこのマンションに引っ越しして来た経緯が回る。
別れたつもりだ。いや、これは私個人がそう解釈しているだけなのかも知れない。だからはっきりとした言葉で濁すことなく伝えた。
「あなたとの時間は楽しかった。けど、私は人だからいずれ死ぬ。それならば人間と添い遂げて死にたい。だから、別れたいの。」
実にまっすぐな言葉。誠意と真実。そして断ち切る覚悟を持って真摯に向き合った。
「………は?」
だが、良き結果は得れなかった。信じられないものを見るかのような彼の声色と表情は今でも鮮明に脳裏に焼き付いている。結果、話し合いは平行線。進展はなく、強まる束縛。重い溜息がこぼれ落ちた。心身共に疲弊してゆくこの関係性に終止符を打つには行動力が鍵だと理解した。
「…。」
夜逃げ同然の引っ越しをした。入念な計画だったがゆえに毎日、糸を張ったような緊張感の中に居た。が、やっと終わったのだ。以前の住まいよりもセキュリティレベルも上げ、転職も済ませた。
「自由だわぁ…」
安堵の息と共に吐き出される心境。部屋につくと鍵を開け、中へと前のめりに体を突っ込み、パンプスを脱ぎ捨てる。備え付けのシューズボックスに手を付けくるりと振り返り鍵とチェーンをかける。施錠の確認を終え、軽い足取りでリビングへと到達する。独りなりの寂しさはどことなくある。が、新しい人生を歩む覚悟をした私は次の出会いを求めるために動くのだ。
「合コンセッティングしてくれるの?やったぁ。」
鞄から取り出したスマホをチェック。友人からのラインに期待値が上がる。スーツを脱ぎ捨て、シャワーへと直行。早めに済ませ、ラフな部屋着へと着替える。髪を乾かすのも面倒で頭にタオルを乗せ、冷蔵庫から酒缶を取り出し早くも一本を開けてしまった。
「はぁっ、やば、おっさんじゃん。」
手の甲で口元を拭い、水道で中身を洗い缶をゴミ箱へと捨てる。空腹で飲む酒はまわりが早い。疲労と共にふわりと身体が浮くような感覚を抱えベッドへとダイブする。
「色々あって疲れたぁ、もう私は寝る…」
眠気には逆らえず、瞼を閉じきる。すぅっと小さな寝息をたて、夢の世界へと誘われる。
ピンポーン。
インターホンの音で目が覚めた。重い瞼をゆっくりとあけるが妙に顔に力がこもる。スマホで時刻を確認。眩しさに思わず目を背ける。
「あ、ぇ?2時…?」
外は真っ暗。夜中の2時をさしていた。真夜中にインターホンを鳴らすような人物に心当たりはない。心臓がきゅっと締まったような感覚に冷や汗が流れ出る。ゆっくりと息を吐くと生暖かく、微弱ながら震えていた。
「……。」
ポチリとボタンを押しモニターを見る。誰も居ない。
「いたずらかしら」
思わず廊下に目を向ける。立ち去ったのかな。と、思っているとまたピンポーンとインターホンが鳴った。
「!」
咄嗟にモニターを覗くも誰も居ない。映らないサイズ感、いや、だとしてもこの時間に行動している子供など…。
「ああ、もう!」
チェーン越しに開けてやる。ガツガツと歩き、チェーン越しにドアを勢いよく開け、チェーンが堰き止める。
「何時だと思ってるのよ!」
…居ない?
そっとドアを閉め、チェーンを外す。
「…居ないわ。」
頭を出し当たりを見渡すも誰も居ない。再び施錠を行い、リビングへと戻る。心拍数の上昇がやっと落ち着きをみせた。冷蔵庫からミネラルウォーターを取り出し、やけに固いキャップを開ける。大きく喉を鳴らし半分ほど飲み切ると冷蔵庫へと直し込んだ。
「…寝よ。」
あれは悪戯だと考えよう。一人暮らしの身に恐怖心を掻き立てるものではない。
「…。」
ベッドにダイブしようとしたら受け止められた。
「名無しさん。」
私を胸の中にすっぽりとおさめるこの感覚に目の前がぐらつく。私はこの感触を知っている。
「やぁっと会えましたねぇ。」
ねっとりと甘い声。脳髄にまで染みわたるこの美声に身体が強ばる。
「なんで、ど、やって入ったの?」
「名無しさんが開けてくれたじゃないですか。」
「あれ、ブラック…?」
図られた。理解するのに時間はかからなかった。これは彼の常套手段。のらりくらりとかわされてゆく。
「名無しさんが寂しがるまで待っていようかと思ったんですが…オレちゃんの方がギブアップでした。一月も離れた事、ありましたっけ?新記録ですね、鬼ヤバです。」
姿型を確認するように身体をなぞるように手を這わせ、甘い息をつき、力強く抱き締められる。藻掻いてもびくともしない。見上げると月明かりに照らされ、炎々と揺らめく髪に弓なりに引かれた口元。ほんのりと赤みのかかった目が私を捉えて離さない。
「おかえりなさい、名無しさん。」
「やっ…」
ブラックの長い指先が私の顎を持ち上げ、そっと唇を重ね合わせた。深く押し付けるようなキスに息が詰まる。ガリッと彼の唇を噛み、強制的に終了してやった。
「カカカッ!貴女ぐらいですよ、オレちゃんに“傷”をつけれるなんて。」
ほんのりと血の滲む唇。黒手袋をまとった親指で拭うととっくに傷が塞がっていた。
「別れたじゃない…」
「別れた?オレちゃんと名無しさんはこんなに惹かれ合っているのにですか?」
「惹かれ合って、…」
「確か、別れたい理由が自分が先に死ぬから、でしたよね?」
なんて些細な事でしょう。お安い御用ですよ。
「オレちゃん達の前に弊害はないのです。」
パチンと指を鳴らすと見覚えのある契約書が握られていた。目の前に突き出されると出演の文字が見当たらない。
「正真正銘、悪魔との契約書です。」
出演契約書とは比にならない契約。重みの違う契約書はいつもより禍々しくブラックの影に角が生えている気がした。
「これで名無しさんもオレちゃんと同じになれますよ。ま、悪魔になるのではなく寿命がなくなるだけですけど。」
「い、やっ…」
「何故です?名無しさんが望んだ事じゃないですかあ。」
他に理由があるならぜひ言って下さい
「片っ端から、ぶっ潰します。」
そうすれば解決でしょう?
「さぁ、サインしてくれますね!?」
貴女の望んだ事、全て叶えます。
「…っ……悪魔っ…。」
「悪魔ですが何か?」
付き合った事が悪いのか。出会った事が悪いのか。どれが悪いの?
「悪い?別れよう、なんていう名無しさんが悪いだけです。」
抗えずサインした指先は力なく下へと垂れ下がり、大粒の涙が頬を伝った。
「これからも、ずっと一緒ですね。」
柔らかな髪、弾力のある頬、両手で頬を包み込むと、ブラックは今までとは違う異質な笑みを浮かべた。
「…………もう逃しません。」
そっと唇で名無しの涙を愛おしそうに拭った。
-終-
原作の口調を調べながら、確認しながら。
悪魔らしいのを書きたくて。
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