むせびなく。
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「今日も市井ちゃん可愛いなぁ〜。」
「飽きませんね、さとくんも。」
廊下の影から市井ちゃんを眺める。飽きないよ、好きな人なんだから。ずっと見ていられる。
「そういえば…。ブラックは好きな人居ないの?」
「居ますよ。」
……………。
「自分から聞いておいてこの反応は何ですか?」
「ご、ごめん!意外過ぎて、魂ぬけちゃった!」
「そんなに意外です?」
「どんな人?教えろよー!」
「良いですけど」
聞く覚悟あります?
「(ど、どんな話…なんだ。)」
それは…もう何時ほど前のことだったか。
「あら、暑そうな格好ね」
そこには女性しか居ない異様な雰囲気の屋敷を見つけました。白い服をきたこの方が差し詰めこの家の主といった所でしょうか。こんな辺鄙な場所に人間が住んでいるなんて思いも寄りませんでした。
「カカカッ、貴女は?」
「名乗るのは貴方のほうが先よー?だってここうちの敷地だもん。」
園芸鋏をカチカチと鳴らし、こちらを見つめる。
「オレちゃんは悪魔系ヨーチューバーのブラックです。」
「ヨーチューバー?」
「その前に。貴女のお名前は?」
「名無し。」
見たいと言うので動画を見せてみた。
「これは…。」
「鬼ヤバです!」
「鬼ヤバ?」
ヨーチューブも知らないと彼女は口にする。こんな面白いコンテンツを知らないなんて。俗世との関わりが無いのだろうか。こんな辺鄙な場所に住んでいて彼女は如何なる生活をしているのだろうか。はたまた、どうしてこんな所に住んで居るのだろうか。興味深い対象へと変化する。
「暴いてみたいですねぇ…」
貴女の裏側を。
「じーっ。」
カメラちゃんもそう思いますか?
だって、あまりに不自然な事も多いので。
「ブラックの耳とんがってる。“男性”ってこうなの?」
そっと耳に触ってくる名無し。ほんのりと甘くスクワランを含んだ香りが鼻をつく。
「くすぐったいです。」
「おもしろーい。」
何がどう面白いのか理解は出来ないが、こんな事で喜ぶ彼女はどこか幼ささえ見受けられる。
「私ね、男性に関わってはいけないの。」
「それはまた。どうしてですか?」
「両思いになると死んじゃうから。」
興味が唆られるワードが飛び交う。思わず口元が緩む。これは…。
「詳しく教えて下さい。」
鬼ヤバです。
「大学生のとき、好きな男の子と両思いになったらその瞬間に死んじゃったの。」
何故分かったのですか?
「ループしてた。気づいたら告白前に戻ってた。懲りずにまた告白をして両思いになりました。」
そしたらまた死にました。
「色々な年齢でいくつか経験して気づいた。」
両思いになると必ず私が死にます。そして両思いになる前にループして戻る。
「なんの因果が呪いか、わからないけど」
そういう事がおきてしまう。
「辛いじゃない?好きにだけなって添い遂げれないなんて。」
だから、お世話する人も全員女性。出会いがないように自分を隔離。
「死ぬときって結構痛いのよ。」
悪魔がいるのよ、こんな体質の人間が居る事を
「信じてくれる…?」
「勿論です。」
ゾクゾクします。
「是非、オレちゃんと契約しませんか?」
「契約?」
「出演契約をして、その体質とやらを無効化するんです。」
どうなるのか楽しみですねぇ。
「悪魔と契約なんて…あとが怖い話ね。」
「カカカッ、悪いようにはしません。」
裏がありそうな顔。私はサインを済ませた。
「
「契約はつまり、カメラが動いている間、私は死ぬことなく両思いになれるということね。」
「つまりそう言う事です。」
死のループから外れ、成就。期間は設けていないので、いくらでもかけて下さい。
「じゃあ、あなたとなら、どう?」
「…?」
探しに行くのなんて浅ましいし、これもなにかの縁。それに
「あなたは悪魔なのだから私が死んでもきっと傷つかないんじゃない?」
幾度なくむせび泣き、幾度なく残酷な運命を経験して孤独になる事を誓った私の目には“期待”など灯るはずない。
「私に、教えて。人を愛して良かったと、満ち足りた表情で迎えたい。」
あなたは私を愛してくれる?
「カカカッ、貴女は鬼ヤバスターの気質がありますねぇ!」
枠を取るポーズをとる悪魔。微笑を浮かべる名無し。
「宜しくね、ブラック。」
「こちらこそ。」
楽しみね。
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2話
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「いいわね、これ。」
新しい帽子。最近日差しが強くなってきたから新調したかいがあった。今日は大事な方がくるから外に出て新しい紅茶とお茶菓子を買いに行く。
「あの人は何を好むのかしら。」
和菓子?洋菓子?他には何を。誰かのために何かを選ぶと言うのは嬉しくて楽しい。街なんて久しぶり。
「これかーわーいーい!」
ハイテンションで買い物を済ませる。だって本当に久しぶりだもの。帰宅すると彼は居た。
「来てくれたのね。」
「こんにちは。名無しさん。」
「じーっ。」
ほんのちょっと前から仲良しになった悪魔。契約をした私はこの悪魔と恋愛を死ぬことなく成就させられるとの事。
「まずは恋に落ちなきゃだめよね。」
「このケーキ美味しいですね。」
「でしょ。」
そこからスタートなんだけど。
「耳、触らせて」
「またですか?」
ブラックの耳に触れる。この尖ったのがいい。なんか癖になっちゃって、触ると落ち着くようになった。
「名無しさんは変わってますね。」
「だって触りやすいんだもん。」
そのまま額をくっつけてみた。するとブラックは少し驚いたような表情をした。
「人に触るなんて、何年ぶりかしら。」
暖かい。
「それは良かったです。」
そっと抱きしめてみた。彼女はどこかズレている。照れる事なく受け入れ喜んでいるのだから。
「…それほど、寂しい思いをしていたみたいですね。」
「ブラックはあったかいのねー。」
「名無しさんもですよ。」
「あらあら。」
こんな暑い日に何をしているのかしらね。
「そうだわ、お茶菓子があるのよ。」
ケーキを取り出し冷たいアイスティーを注ぐ。テラスから差し込む日差しがじんわりと暑い。が、ここは海も近いので潮風が程よく吹き抜けていく。
「暑くないの?」
「?」
「その服装。」
「はい。これぐらいなんともないです。」
羨ましい。本当に人外なんだ。じーっと見つめる。目も大きい。
「なんです?」
「こっちの目が気になる。」
赤いボタンのような方。果たして目と言えるかは謎だけど。まさか、こちらに跨って眺めてくるなんて誰が想像しただろうか。
「是非見たいわ。」
「見たまんまですよ。」
「切っちゃう?」
髪。と鋏を片手に出す名無し。
「じーっ!」
カメラちゃんに鋏を取り上げられた。やだ、ほんの冗談よ。
「カカカッ、いい演出でしたよ。名無しさん!」
そんな真似、されたこともない。名無しの頬に手をつき髪を撫でるとそっと椅子からおりた。
「明日も来てくれる?」
「モチロンです!」
話し相手になってくれて、側にいてくれる。
「(あたたかい。)」
冷えた心に灯火のような暖かさが灯る。凍てついた心が溶け始める。
「…ブラック。」
もう、会いたいなんて。
「久しい感情だこと。」
寝室に戻ると珍しい所から一通のお手紙が届いていた。
「あの子は元気なのかな…。」
時間はある。ゆっくり過ごそう。
「カカカッ、彼女は大胆ですねぇ。」
「じーっ!」
「鋏のシーンはいい演出でしたね。本気で切ろうとしていたし。名無しさんは予測不可な事をします、見ていて飽きません。」
「じっ…」
「明日がたのしみですね!」
貴女に会いたい。
日数が過ぎていく。その中で知ったのだが、名無しはスマホも所持していない。今どき小学生でも持ち合わせているというのに。
「だって要らないもの。」
ここから滅多に出ないし、連絡取らなきゃならない人も居ないし。
「あると便利なの?」
「クリエイターにとって必需品です。」
ぺらぺらと説明するもあまりピンと来ていない名無し。この人は本当に現代人なのだろうか。
「これならどうです?」
スマホのカメラで自撮り。名無しの肩を抱き寄せカメラちゃんも映り込む。
「…これ。」
「思い出に撮ってみました。」
「私も欲しい!」
と、言う事でスマホを購入。1枚のデータのみフォルダに入れ、名無しは満足度に写真を画面越しに眺める。
「わぁ、すごい。」
「こんな事で喜ぶなんて。人間は変わってますね。」
「私にはなかったものよ。有難う、出会えて良かった。」
「…。」
こんな事で感謝をされるなんて。
「面白いですねぇ。」
貪欲なのがいたり無欲がいたり。貴女はささやかな人だ。ドロドロとしたものがなく澄んだ水のような。
「増やしていきましょう。」
「生きることが楽しくなるわね。」
ゆっくりと発芽していく。
「もうお別れ?早いのね。」
「カカカッ、それ毎日言ってて飽きませんか?」
「飽きないもん。」
窓から飛び立つ彼を見送る。羽いいな、自由に飛べて羨ましい。
「人間って不便ね…。」
こんな身体の自分が“人間”を名乗っても良いのかはたまた疑問ではある。
「ちゃんと楽しいよ、ブラック。」
感謝の言葉を口にする。
「私だけが好きなら死なずに済むのにね。」
…悪魔に好かれる瞬間も見てみたいけど。だって契約があるもの。
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3話。
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「暑いわ。」
「そうですね。」
その黒い服どうにかならないの。見てるだけで汗がでる。麦わら帽子に虫取り網片手にもつ成人女性がこうも異様なものとは初見の光景。
「どいしたんです?そのカッコ。」
「カブトムシ捕まえたくて。」
「もうお昼ですけど。」
カカカッと腹抱えて目から涙飛ばしながら笑い転げる悪魔。恥ずかしさからしゃがみこんで拗ねてる名無し。
「笑いたきゃ笑いなさいよっ…」
「もう笑ってますW」
早朝からじゃないと出ないとか知らないもん。ちょっとカブトムシ見てみたかっただけなのにこんな笑われて、酷い。この悪魔。
「悪魔ですが、何かー?」
「っ…!!」
口で勝てない。
「もういいっ!」
「じじっ?!」
今日の私はご機嫌ナナメなんだから。森の中に駆け込み、なりふり構わず進んでいく。ちょっとでもこの悪魔と距離をとる。だって腹が立つじゃない、人のことあんなにばかすか笑って失敗喜んで。これだから人外は。
「…ここ、どこ?」
見たことない場所。目印もない。前方後方どこもかしこも同じような木々が生い茂っている。
「こういうときは…」
どうするのかしら。
「何処か抜けるのかしら。」
ひたすら進む。迷子の鉄則をこなしていく。
「……。」
出口なんてないし同じ所をぐるぐる回っているかのような感覚。どうしよう、これは焦った方がいいのかも知れない。急に心細くなってしまった。
「っ、っ…」
こんな辺鄙な所、滅多に人も来ないし。
「ブラックっ…」
「呼びました?」
顔を上げると目の前に居た。
「名無しさんのこれは飾りですかァ?」
私の肩に顎を乗せ後ろのポケットをとんとん、と指でつつく。スマホを後ろのポケットに入れていたのだった。
「…忘れてた。」
「マヌケですねーっ!」
カカカッと笑い一息つくと頭を撫でてくれた。何だか急に安堵してしまい目に涙が溜まった。ああ、どうしようもなくホッとして、助けに来てくれた事が嬉しい。
「泣くほど怖かったんですか?」
「怖かったっ…誰も来ないって思ったっ…」
「オレちゃんが側に居るのに?」
「だってっ…!」
「必ず迎えに来ますよ。」
放っておくわけないでしょう。
「……。」
久しく経験していなかった高揚感。避けて通っていた道。だったはず。
「私、ブラックが、好き…。」
______________...。
「なに?」
どんと鈍い痛み。ああ、これも久しく経験していなかった。
「ねぇ、ブラック。」
私、いま死んだよ?
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