堕ちていく。
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
1話
______________________________________________
羨むときりがないので目を背けることにした。
「はー名無し(C)様って本当に目の保養だなぁ。」
「だよなぁ。女神ってああいう人を言うのかな。」
……居るだけでいいんだから。
「有難うございます、名無し様。」
「いいえ。またいつでも声をかけてね。」
「あー、名無し様ほんとに綺麗だった。緊張した!」
高嶺の花よね。
「お飾りみたい。」
私の“価値”はいつから下がったのだろう。
いつから私は…。
「本当、綺麗だわぁ。」
「立ってるだけで良いよなぁ。」
そんなものになったのかしら。
「B様、ここミスしちゃって!」
「ここをズバーンとやり直せば問題なしです!」
人間界管理課。いつも賑やかだこと。
「いいなぁ…。」
羨むときりがないので、関わらないようにした。
リムジンから神がおりると斜め後ろからついていく。私の仕事は秘書だ。
「Bよ、報告をしてくれ。」
「はい。」
ペラペラと用紙をめくりながら30分ほど語らえた。情報量が多すぎて皆固まっている。
「わ、わかったもういい。名無し、代わりを頼んだぞ。」
「はい。」
「あ、まだあるんです。」
「え?」
別室に100部ほど…。よくもまぁこんなに書き記したものだ。
「少し時間がかかりますが良いですか?」
「は、はい。」
場所を移動する。
「名無し様って…綺麗過ぎて本当に絵によなぁ」
「天界一の女神だぞ。当然だろ。」
本当にいい飾り物だよな。
「これです。」
「!」
山積みの報告書。ギョッとしてしまった。
「作るの大変だったでしょう。」
「…。」
Bの声が聞こえない。
「B…様?」
「っ、あぁ、そんな事ありませんよ。」
Bが声に出して読もうとする。それを取り上げた。
「あとは私ひとりでします。B様はお忙しいでしょ?行って下さいませ。」
…ちがう。
「…せっかく。」
ふたりきりになれたのに。
「一緒にやりませんか?その方が」
もっと、そばに…。
「大丈夫です。行って下さいませ。」
違う。違う。違う。
「B様には“ちゃんと”仕事があるじゃないですか。」
私の仕事だってそうじゃない。
「もう少し一緒に」
手を伸ばす。その手を避けるように下がる。
「結構です。行って下さいませ。」
私の仕事をこれ以上とらないで。
「…そう、ですか。失礼しました。」
キィっと扉の音だけが響く。
「…目も合いませんか。」
差し出した手を眺める。
あれからどれほど経ったか。今は秘書という立場の彼女。
まだわたしの序列が下の時、仕事でよく分からない事を教えてもらった時期がありました。彼女はわたしの上司であり先輩でした。
「貴方、すごいわ。とっても優秀ね。」
柔らかい声に褒め上手。モチベーションが上がりました。
「誰にだって失敗はあるもの。責めるのではなく育てるのよ。」
誰に対しても分け隔てなく優しい。人を育てるのが上手くて、貴女は凄く生き生きしていた。貴女はあんなにも笑っていて、わたしを祝福してくれたのに。
「出世?おめでとう!何かお祝いしなきゃ!」
誰よりも真っ先に報告しました。自分のことの方に喜んでくれる貴女のリアクションが凄く嬉しくて。
「分からない事はなんでも聞いて、私でよければなんだってサポートするわね。……一人じゃないからね?」
貴女は表情が豊かだ。見ていて飽きない。
「序列B、かぁ。抜かされちゃった。」
貴女は自分も頑張ろうと意気込んでいた。
「Bは慕われているのね。理想の上司ね。」
貴女のように…。貴女に見てほしくて。
「私の仕事までやってくれたの?本当に優秀ね、助かったわ、有難う。」
貴女と会えるのが楽しみで。
「ねぇB、たまには息抜きしたら?オセロとかする?私、黒が好きなの。一緒にやろーよ。」
わたしも黒が好きです。気が合いますね。休憩の合間に何も考えず遊んでいたこの時間が至福でした。
「名無しさんは何が好きですか?」
「仕事!毎日楽しいの。頑張っている自分もまわりも皆好き。もちろん、Bの事も好き。あなたは誰よりも熱心よね。」
そんなつもりは無かったのですが、彼女の言葉があまりに真っ直ぐで…この言葉から貴女が更に頭から離れなくなりました。
早く明日になれと願う日々。行けば貴女に会えた。
「私、神様の秘書になるの。ここから異動みたい。」
物悲しそうな貴女を見るとこちらまで悲しくなりました。貴女の側で仕事がしたかった。仕事以外も教えて欲しかった。
違う。貴女を教えて欲しかった。
いつから変わったのか。
「B様。プレゼンの資料書、有難う御座いました。」
……面食らいましたよ。様ときましたか。
「ふざけてます?」
食ってかかった。
「私は大真面目です。仕事でふざけたり致しません。」
「仕事?」
鷲掴みした肩を離す。なら、プライベートでは…。
「…。」
仕事終わりに会いにいった。貴女は書庫にこもっている事が多いですね。
「…名無しさん。」
「B様?お疲れ様です。」
貴女はまだ仕事をしているんですか?
「手伝いましょうか?ひとりでは大変でしょ。」
「もう終わります。それに…“プライベート”な事ですのでお気になさらず。」
柔らかく微笑む貴女はまるで。
「…貴女は誰ですか?」
「え?」
まるで他人のようだった。
「…?B、様?」
「…貴女は…」
忘れたんですか?
「日が暮れますよ。明日も忙しいでしょ?早く休んで下さいませ。」
仕事じゃないんでしょう。いつまでふざけているんですか?プライベートの貴女は?どこに居ますか?今の貴女はなんだというんですか。
「何故ですか。」
「B様?」
「また一緒に遊びませんか?」
貴女と一緒に過ごしたいんです。
そっと長い髪に触れると貴女とやっと目が合いました。
「貴女とまた居たいです。」
「私は…神さまにつえる、ただの秘書です。」
私が居なくてもまわるのよ。私にこだわらないで。
「仕事が、忙しいんですか?」
いつになく食い気味ね。これは嫌味なのかしら。
「……それなりに、です。」
B様ほどではありません。
「失礼します。」
「………………」
指先からスルリと髪が抜ける。立ち去っていく貴女の背中を見届ける。
「……………………仕事が楽になれば…。」
何かかわるのかも知れない。
それからだった気がする。
私の“価値”が更に下がったのは。
「おぉ、名無しよ。先ほど頼んでいた仕事だがBが迅速に対応して終わらせてくれたぞ。」
「え?」
「報告書、スケジュール管理、書庫の整理。今日はもうやることがないな!」
「…。」
なにもない?
「わ、私は…他に何をすれば良いのでしょうか。」
「何もないと言っただろ。お前はただ、オレの側で尽くせばいいんだ。」
そっとお尻を撫でるこの手を何度切り落としてやりたいと願っただろう。
「オレよりも優秀で楯突いた事がお前の罪だ。…飾り物として過ごす事だな。」
ああ、本当、惨めだなぁ私。
「…帰ろっかな。」
やっと終わった。忙しくないって暇だわ。とても長い時間、あんな人と過ごさなきゃならないなんて苦痛だ。
「神さま面食いよねー。」
「[#ruby=名無し_C#]様が秘書になってからセクハラ減ったよね。ほんとラッキー。」
私は少しでも誰かの役にたててるかな。
久しぶりに村に出た。この賑やかさ。少し気がまぎれる。お買い物って憂さ晴らしにもってこいよね。
「名無し様、お久しぶりです!」
「あら、繁盛していますか?」
偶に私を覚えている人が居てくれる。とても励みになる。やいやい話していると綿菓子を頂いた。
「おいひ…。」
今日はゆっくり歩いて帰ろっかな。疲れてないし。
「こんにちわ〜。」
目の前にBが居た。
「ここに居たのですね。あ、綿菓子、美味しいですよね。」
にこーっと笑って私の前に降り立つ。
「…。」
周りの人々がB様の登場にざわめく。注目の的だ。とても好かれているようで。
「差し上げます。私の食べさしですけど…。」
口紅ついてないかしら。ちょっと失礼だったかも。
「おや、良いんですか?」
何だか嬉しそう。
「(気持ちに余裕が出たのでしょうか)」
だから少し優しくなった?今までの態度は疲れから?お手伝いしたかいがありました。
「…。」
仕事は取られたけど、やってくれたことには感謝よね。腹を立ててはダメ。悪気はないもの。頂いたものだけど食欲なくなっちゃった。
「…?」
綿菓子を渡すとそのまま飛んでいく。
「名無しさん、綿菓子のお礼にお茶でもどうです?」
追いつくの早いなぁ。ひとりにしてよ。
「大丈夫です。今日は有難う御座いました。お疲れ様です。」
「帰っちゃうんですか?」
「ひとりに、なりたいので。」
B様を見ていると昔の自分が過る。今の自分と比べちゃう。…はずかしくなる。
「…わたしは一緒に居たいんですが。」
「また明日、宮殿で会えるじゃないですか。」
惨めになる。
「…私、何やってるのかしら。」
明日なんか来ないでよ。
______________________________________________
2話
______________________________________________
「こんなものを…。」
届いたドレスはあまりに大胆で趣味じゃない。マーメイドドレスだっけ。
「神さまの趣味…最悪。」
胸のあたりがきついし体のラインも出る。豊満な胸って不便だわ。溢れそう。
「……。」
自業自得かな。
同じ課の子に神さまからのセクハラを相談された。まさかと思い、こっそり見ていたら本当にしてるし。現行犯だったので間に入り、神さまに訴えかけた。それが良くなかったのか。
「人間界管理課の皆を別の課に異動しようと思うんだがどうだ?」
左遷もいいとこだ。Bの序列昇級も間近。
「脅しですか?」
「生意気な口を聞くな。全てはお前のせいだ。」
離れたくない子も沢山居る。Bの昇級もかかってる。まるで人質ね。
「…あの子達は関係ありません。」
「果たしてそうか?」
にんまりと笑う神さまが憎らしい。
「生意気なお前がオレに屈するのなら異動の件は水に流してやっても構わんぞ。」
要は私をいじめたいわけね。
「…私ひとりで済むのなら構いません。」
「今日からお前は飾り物だ。」
そこから使いっぱしりに能力に見合わない仕事。理不尽な要求、おさわり、趣味じゃない服装の強要。完全に玩具だ。いつしか仕事の成果で馳せていた私の存在は薄れてゆき、過去の人となった。今ではただの秘書。散々な陰口を聞いている。
「…。」
Bの活躍により人間界管理課は素晴らしい偉業を成し遂げていた。私もあそこに居たのになとふと考えてしまう。羨むときりがないので目を背けることにした。
「お前が居なくても事は進む。」
バカにしたように笑う神さま。私はいらなかったのね。
「Bが居ればお前なんぞ」
そっと耳を塞ぐ。
「お前の取り柄?そんなものはない。」
何百年という年月の洗脳なのかパワハラなのか……私はいつしか自信がなくなっていた。
「お前に価値はない」
私の“価値”はいつから下がったのか。
周りの皆も私を飾りと呼ぶ。
「誰とも仕事なんかしてないもの。」
私を知ってくれている人が居るのか。
もう、皆、忘れただろう。
「せめて邪魔はしないよーに。」
心がけておこう。
「惨めな話、」
1人左遷くらってBの活躍に羨ましさ感じて。Bを見ていたら自分の醜さを実感する。自己嫌悪に陥る。
「おぉ、えろっ…」
「大胆…」
「媚売。」
「何あれ、神さまに取り入る気?」
恵まれた体にこのドレスはあまりに映える。出勤するだけで注目の的だ。
「好きに言ってちょうだい。」
もう聞き飽きたから。
「おは…………………名無しさん?」
扉を開けるとBが居た。妙な間があった。目線の先が男の子よね。どこ見てるのよ。扉を閉めて無視をする。
「ちょっとちょっと。」
人気のない廊下。声が反響する。呼び止められた。
「おはようございます、B様。」
「おはようございます。ところで何故そんな格好を?」
貴女の趣味じゃないはず。
「仕事なので、失礼します。」
手を掴まれ壁際に追いやられる。
「その服、着替えて下さい。」
「…離して下さい。」
神さまの言うことは聞かなきゃ、でしょ?
「嫌です。」
怒っているようにも見える。力が強い。
「着替えるまで離しません。」
今日は強引だ。何故こんなにも怒っているの。
「…。」
ストールを羽織る。
「着替えはありません。お見苦しいものを失礼致しました。」
胸元をストールで隠しBから離れる。
「…。」
久しぶりに触れました。少し痩せた気が…。
「……。」
避けられるなんてもう我慢なりません。
「どこまでも追いかけます。」
逃したりしません。
そして昔みたいに一緒に過ごします。
「届いたのか。」
シュルっとストールを外す。いやらしい目で見てこないで、気持ち悪い。
「下品だこと。」
鏡にうつる自分に嫌気がさす。神さまに取り入りたい子からは媚売りだの取り入る気だの言われた。このドレスお渡しするので是非着てみてちょうだい。
「名無しよ、例の視察に出かける。」
「はい。資料はこちらに用意しています。」
神さまが出掛けるだけで全員がお見送り。全員から慕われている。何も知らないって幸せなんだと改めて実感。
「今日の名無し様、いつもと違うよなぁ。」
「あの人、神さまの秘書だけど、」
序列Cでいれるほど優秀なの?
「神さまも何故、名無し様を依怙贔屓するのかしら。」
「神さま面食いだからなー。」
「神さまああいうの好きそう。」
「あの人、ただ側に居るだけじゃない。」
心が疲弊していく。孤独で反論も出来ない。誰も信じてはくれない。
「(いいザマだ名無しよ。)」
天使なのに堕ちていく。
「彼女は立派ですよ、とても優秀です。」
聞き覚えのある声に体が強張る。振り返るとBが居た。
「B様!」
「名無しさんはわたしの尊敬する人です。」
「B様が?」
わいわいキャッキャと騒ぐ人が何人か居た。
「(フォローされたの?)」
はたまた嫌味か。序列BがCを尊敬。社交辞令だろう。
「お気をつけて。」
「…。」
神さまではなく私を見ながらお見送りするBはの表情は今朝と違って優しかった。掴まれた手首がちょっと痛むけど。
「美女って得よね。それだけで誰からも優しくされるんだから。」
そんなもんされた事ないわ。この顔やるから代わってよ。天に居ながら下世話が好きなんて、ひねりのない皮肉よ。
やっと終わった。
開放されたこの時間が好き。昔は帰るの忘れるほど仕事に集中してた。…人間界管理課は今もそれほど楽しいのでしょうね。
「…。」
「B様にほめられたー!」
生き生きしてる。楽しそうな声が耳に入り思わず足を止めてしまった。褒めて伸ばす。Bは守ってくれている。そうね、彼は仕事ができるもの。
「いいなぁ…」
羨むときりがないので、関わらないようにしていた。
帰宅。
「ばっからしい。」
ドレスを破る。二度とこんなものは着ない。お風呂から上がると服を着ないまま羽で自分を包み込む。柔らかい光が心地良い。
「心の治癒は出来るのかな…」
天使の羽には回復効果があるとか。私ひとりだし自分で自分を慰めなきゃ。ぼっち辛い…。
「こんばんわ〜っ。」
窓辺から声がする。うとうとしてた。誰?
「わたしです。」
にこーっと窓辺に胡座をかいて座っている。
「仕事が終わったので遊びに来ちゃいました。」
昔、家を教えたっけ。でも何故ここまで。
「お引取り…下さい。」
むくっと気だるい体を持ち上げ羽を仕舞う。手探りで布を見つけ肌に纏う。
「来るのは卑怯です。」
「来ないと相手にしてくれないでしょ。」
来ても相手にしないわよ。
「どこか具合でも悪いんですか?」
自分で自分を慰めていたの見られたかな。天使って丈夫だから早々怪我もしないのだけど。不思議がられたかな。
「もう大丈夫です。ご心配には及びません。」
愛想笑いを浮かべる。
「随分と笑わなくなりましたね。」
そうだったかな。もう覚えてない。
「どうして気にかけるんです?私なんかを。」
もう良いじゃない。私は離れたんだ。
「話を聞いてみたかったんです。もしかすると貴女にも事情があるかもしれない…。」
おじゃましますと中に入りゴソゴソしてる。
「いっしょにあそびながらでも♪」
オセロを出してきた。よくそこにあるって覚えてたなぁ。
「…。」
破られたドレスを横目に見る。
「貴女の事を教えて下さい。」
この長い期間の出来事を。
「ひとりはつらいですよ。」
ダメよ、さっさと追い返さなきゃ。
でもBって中々しつこいというか、納得しないと引き下がらないから。
「一局だけ。そしたら帰って下さい。」
「冷たいですね。昔は…良く一緒にしたじゃないですか。」
ふと思い出す。懐かしい。色んな事を話しながらやったっけ。
「(覚えていたの…?)」
そういえばとならなければ思い出す事のなかった話。
「私、白で。」
「黒じゃなくていいんですか?」
「B様も黒が好きでしたよね。」
「じゃあ、そのかわりそちらが先で良いですよ。」
「では…。」
パチン、パチン。交互に盤面へ石を打っていく。
「懐かしいです。その手、よく使ってましたね。」
「打ちやすいんです。」
パチン。
「部屋の雰囲気、少し変わりました?」
パチン。
「模様替えをしました。」
「通りで。前はあそこに本棚がありましたね。」
パチン。
「おや、紅茶の葉の種類が増えましたね。またおすすめ教えて下さい。」
パチン。
「あっ、この前の綿菓子美味しかったです。昔も一緒に食べましたね。」
「……。」
パチン。
「行きつけの本屋さん、名無しさんの好きな本が増えてましたよ。」
パチン。
「名無しさんの好きな大浴場、今も合間に行かれてますよね?あそこ気持ちいいですよね。」
パチン。
「貴女は長風呂なので入ると中々出てこなくて、良くのぼせてましたっけ。」
パチン。
「いい仕事をするのに息抜きは必要だと教えてくれました。その通りだと思います。」
「…良く覚えてますね。」
パチン。
「忘れるわけないでしょう?」
___パチン。
「貴女の事ならどんな事だって覚えてます。」
私の負け。
「わたしの大切な思い出です。」
いつもこのパターンで負けちゃう。
「勝っちゃいました。これで通算333連勝!ヤバです!」
わいわいと喜んでるB。そっと手を差し出してきた。
「はい。名無しさん、負けたのでいつものアレ下さい。」
「え?」
そんな事まで覚えてるの?
「…。」
キャンディを取り出しBに渡す。負ける度に渡していた。昔の事なのに随分と覚えていることに感心する。
…私の事をこんなにも覚えていてくれたの?
「…有難う。」
B様は慕われるだけある。人に対して真摯に向き合えあえる人柄だ。信用されていて器も大きい。教えていた子が育つのは今でも嬉しいものね。荒んだ気持ちの中に少し喜びを得た気がした。
「次は賭けをしませんか?」
「賭け、ですか?」
石を回収していき、次のスタンバイをする。
「わたしが勝ったら様をつけないで下さい。」
「…え?」
一局だけと言ったのに。
「遠くにいるような気がして。」
その敬語も、避けるような態度も全部。
「わたしの側に居てください。」
気に入らないです。
「…!」
両手で頬を掴まれ、顔を近づけられる。至近距離で逃げれない。
「…いけません。」
「なぜです?」
「私はB様より下です。貴方は次期、神さまとなるお方です。失礼に値します。」
次の神になりうる存在とまで言われている。まぁあの神がそう簡単に神の座を渡すはず無いだろうけど。
私はあの時の私じゃ無くなった。
「私はただの秘書 です。」
泣きたくなる私は小さく微笑んだ。
「ん〜…えいっ!」
Bはバンッ!とオセロを上に投げ飛ばした。オセロの石が宙に舞う。
「じゃあ、やめましょうっ!!」
…………え?
「神の座も序列もいりません。そもそも出世なんかに興味もありませんし、降りちゃいます!」
降りる?序列を?
「な、何を!こんな詰まらない事の為に降りるなんて神もお許しにはなりません!異常な事です!」
すきょーんとしているが、彼は至って真面目だ。
「いえいえ。わたしは至って正常です。序列だの神の座だの、貴女に比べたらどうだっていいんですよ。」
そんなものいりません。貴女が手に入るなら、簡単に捨てます。
「天界に支配者なんていらないのです。ひとりひとりが協力して最高の天界を作っていくのがいいとおもいます。」
貴女が教えてくれた事です。
「それと、もう我慢はしないって決めたので。」
影が重なる。呼吸がしづらい。唇が重なった事に今気づいた。
「…っ。」
貴方が自分の立場を無くしてまで私を欲する理由が分からない。私はただの飾りでしかない。
「、…。私に…そこまでして頂く価値はありません…!」
「価値?」
誰が貴女の価値を決めたんですか?
誰に何を言われましたか?
「そんなものにこだわる必要ありませんよ。」
だって。
「人それぞれでしょう?振り回されるだけ損です。」
あぁ、泣いてしまいました。何が貴女をそんなに苦しめてきたんでしょうか。
「…、っ、私っ…っ…」
「素直に感じた感情は大事です。」
もう、苦しみたくない。
「っ…、もうっ…こんなこと、したくないっ…」
あんな人の側に仕えたくない。
「…助けてっ……っ。」
やっと素直になりましたね。
「だいじょうぶですよ…。」
貴女が傷ついていたのは…心でしたか。
「必ず、助けます。」
さぁ、どうしてやりましょうか。
「…ゾクゾクして楽しいのです。」
「……ッ、。」
「貴女にいじわるする人は許しません。」
人前で泣いたのは初めてだ。こんなみっともない姿を晒して…なんて勝手なのかな。Bの言葉があまりに頼りがいがあって、思わず寄りかかってしまった。私の為に全て捨てると言ったBの目は本気だった。冗談で言うような彼じゃない。
「…。」
「おはよーございます」
「…っ。」
一緒のベッドに横になっていた。帰らず側に居たのか。
「な、何故…。」
「貴女を放っておける訳無いでしょ。それに…」
むっぎゅーと力いっぱい抱き締められた。痛い。ちょっと苦しい。
「まだちゃん聞けてませんので。」
「な、何を?」
「わたしの側に居てくれるのか。いや……、居てくれますよね。」
はいしか選択肢がない。
「私、…。」
まだ躊躇ってしまう。
「わたしは名無しさんを愛してますよ。」
「…?!」
でないとここまでやりません。
「あ、そんな…」
顔が熱い。髪を撫でるとキスをされた。
「貴女の全てを下さい。」
「……は、い。」
にんまりと笑うBは恍惚としたなんとも満足げな表情をしていた。
「やっと、手に入れました……」
この日をどれだけ待ち望んでいた事か。
______________________________________________
羨むときりがないので目を背けることにした。
「はー名無し(C)様って本当に目の保養だなぁ。」
「だよなぁ。女神ってああいう人を言うのかな。」
……居るだけでいいんだから。
「有難うございます、名無し様。」
「いいえ。またいつでも声をかけてね。」
「あー、名無し様ほんとに綺麗だった。緊張した!」
高嶺の花よね。
「お飾りみたい。」
私の“価値”はいつから下がったのだろう。
いつから私は…。
「本当、綺麗だわぁ。」
「立ってるだけで良いよなぁ。」
そんなものになったのかしら。
「B様、ここミスしちゃって!」
「ここをズバーンとやり直せば問題なしです!」
人間界管理課。いつも賑やかだこと。
「いいなぁ…。」
羨むときりがないので、関わらないようにした。
リムジンから神がおりると斜め後ろからついていく。私の仕事は秘書だ。
「Bよ、報告をしてくれ。」
「はい。」
ペラペラと用紙をめくりながら30分ほど語らえた。情報量が多すぎて皆固まっている。
「わ、わかったもういい。名無し、代わりを頼んだぞ。」
「はい。」
「あ、まだあるんです。」
「え?」
別室に100部ほど…。よくもまぁこんなに書き記したものだ。
「少し時間がかかりますが良いですか?」
「は、はい。」
場所を移動する。
「名無し様って…綺麗過ぎて本当に絵によなぁ」
「天界一の女神だぞ。当然だろ。」
本当にいい飾り物だよな。
「これです。」
「!」
山積みの報告書。ギョッとしてしまった。
「作るの大変だったでしょう。」
「…。」
Bの声が聞こえない。
「B…様?」
「っ、あぁ、そんな事ありませんよ。」
Bが声に出して読もうとする。それを取り上げた。
「あとは私ひとりでします。B様はお忙しいでしょ?行って下さいませ。」
…ちがう。
「…せっかく。」
ふたりきりになれたのに。
「一緒にやりませんか?その方が」
もっと、そばに…。
「大丈夫です。行って下さいませ。」
違う。違う。違う。
「B様には“ちゃんと”仕事があるじゃないですか。」
私の仕事だってそうじゃない。
「もう少し一緒に」
手を伸ばす。その手を避けるように下がる。
「結構です。行って下さいませ。」
私の仕事をこれ以上とらないで。
「…そう、ですか。失礼しました。」
キィっと扉の音だけが響く。
「…目も合いませんか。」
差し出した手を眺める。
あれからどれほど経ったか。今は秘書という立場の彼女。
まだわたしの序列が下の時、仕事でよく分からない事を教えてもらった時期がありました。彼女はわたしの上司であり先輩でした。
「貴方、すごいわ。とっても優秀ね。」
柔らかい声に褒め上手。モチベーションが上がりました。
「誰にだって失敗はあるもの。責めるのではなく育てるのよ。」
誰に対しても分け隔てなく優しい。人を育てるのが上手くて、貴女は凄く生き生きしていた。貴女はあんなにも笑っていて、わたしを祝福してくれたのに。
「出世?おめでとう!何かお祝いしなきゃ!」
誰よりも真っ先に報告しました。自分のことの方に喜んでくれる貴女のリアクションが凄く嬉しくて。
「分からない事はなんでも聞いて、私でよければなんだってサポートするわね。……一人じゃないからね?」
貴女は表情が豊かだ。見ていて飽きない。
「序列B、かぁ。抜かされちゃった。」
貴女は自分も頑張ろうと意気込んでいた。
「Bは慕われているのね。理想の上司ね。」
貴女のように…。貴女に見てほしくて。
「私の仕事までやってくれたの?本当に優秀ね、助かったわ、有難う。」
貴女と会えるのが楽しみで。
「ねぇB、たまには息抜きしたら?オセロとかする?私、黒が好きなの。一緒にやろーよ。」
わたしも黒が好きです。気が合いますね。休憩の合間に何も考えず遊んでいたこの時間が至福でした。
「名無しさんは何が好きですか?」
「仕事!毎日楽しいの。頑張っている自分もまわりも皆好き。もちろん、Bの事も好き。あなたは誰よりも熱心よね。」
そんなつもりは無かったのですが、彼女の言葉があまりに真っ直ぐで…この言葉から貴女が更に頭から離れなくなりました。
早く明日になれと願う日々。行けば貴女に会えた。
「私、神様の秘書になるの。ここから異動みたい。」
物悲しそうな貴女を見るとこちらまで悲しくなりました。貴女の側で仕事がしたかった。仕事以外も教えて欲しかった。
違う。貴女を教えて欲しかった。
いつから変わったのか。
「B様。プレゼンの資料書、有難う御座いました。」
……面食らいましたよ。様ときましたか。
「ふざけてます?」
食ってかかった。
「私は大真面目です。仕事でふざけたり致しません。」
「仕事?」
鷲掴みした肩を離す。なら、プライベートでは…。
「…。」
仕事終わりに会いにいった。貴女は書庫にこもっている事が多いですね。
「…名無しさん。」
「B様?お疲れ様です。」
貴女はまだ仕事をしているんですか?
「手伝いましょうか?ひとりでは大変でしょ。」
「もう終わります。それに…“プライベート”な事ですのでお気になさらず。」
柔らかく微笑む貴女はまるで。
「…貴女は誰ですか?」
「え?」
まるで他人のようだった。
「…?B、様?」
「…貴女は…」
忘れたんですか?
「日が暮れますよ。明日も忙しいでしょ?早く休んで下さいませ。」
仕事じゃないんでしょう。いつまでふざけているんですか?プライベートの貴女は?どこに居ますか?今の貴女はなんだというんですか。
「何故ですか。」
「B様?」
「また一緒に遊びませんか?」
貴女と一緒に過ごしたいんです。
そっと長い髪に触れると貴女とやっと目が合いました。
「貴女とまた居たいです。」
「私は…神さまにつえる、ただの秘書です。」
私が居なくてもまわるのよ。私にこだわらないで。
「仕事が、忙しいんですか?」
いつになく食い気味ね。これは嫌味なのかしら。
「……それなりに、です。」
B様ほどではありません。
「失礼します。」
「………………」
指先からスルリと髪が抜ける。立ち去っていく貴女の背中を見届ける。
「……………………仕事が楽になれば…。」
何かかわるのかも知れない。
それからだった気がする。
私の“価値”が更に下がったのは。
「おぉ、名無しよ。先ほど頼んでいた仕事だがBが迅速に対応して終わらせてくれたぞ。」
「え?」
「報告書、スケジュール管理、書庫の整理。今日はもうやることがないな!」
「…。」
なにもない?
「わ、私は…他に何をすれば良いのでしょうか。」
「何もないと言っただろ。お前はただ、オレの側で尽くせばいいんだ。」
そっとお尻を撫でるこの手を何度切り落としてやりたいと願っただろう。
「オレよりも優秀で楯突いた事がお前の罪だ。…飾り物として過ごす事だな。」
ああ、本当、惨めだなぁ私。
「…帰ろっかな。」
やっと終わった。忙しくないって暇だわ。とても長い時間、あんな人と過ごさなきゃならないなんて苦痛だ。
「神さま面食いよねー。」
「[#ruby=名無し_C#]様が秘書になってからセクハラ減ったよね。ほんとラッキー。」
私は少しでも誰かの役にたててるかな。
久しぶりに村に出た。この賑やかさ。少し気がまぎれる。お買い物って憂さ晴らしにもってこいよね。
「名無し様、お久しぶりです!」
「あら、繁盛していますか?」
偶に私を覚えている人が居てくれる。とても励みになる。やいやい話していると綿菓子を頂いた。
「おいひ…。」
今日はゆっくり歩いて帰ろっかな。疲れてないし。
「こんにちわ〜。」
目の前にBが居た。
「ここに居たのですね。あ、綿菓子、美味しいですよね。」
にこーっと笑って私の前に降り立つ。
「…。」
周りの人々がB様の登場にざわめく。注目の的だ。とても好かれているようで。
「差し上げます。私の食べさしですけど…。」
口紅ついてないかしら。ちょっと失礼だったかも。
「おや、良いんですか?」
何だか嬉しそう。
「(気持ちに余裕が出たのでしょうか)」
だから少し優しくなった?今までの態度は疲れから?お手伝いしたかいがありました。
「…。」
仕事は取られたけど、やってくれたことには感謝よね。腹を立ててはダメ。悪気はないもの。頂いたものだけど食欲なくなっちゃった。
「…?」
綿菓子を渡すとそのまま飛んでいく。
「名無しさん、綿菓子のお礼にお茶でもどうです?」
追いつくの早いなぁ。ひとりにしてよ。
「大丈夫です。今日は有難う御座いました。お疲れ様です。」
「帰っちゃうんですか?」
「ひとりに、なりたいので。」
B様を見ていると昔の自分が過る。今の自分と比べちゃう。…はずかしくなる。
「…わたしは一緒に居たいんですが。」
「また明日、宮殿で会えるじゃないですか。」
惨めになる。
「…私、何やってるのかしら。」
明日なんか来ないでよ。
______________________________________________
2話
______________________________________________
「こんなものを…。」
届いたドレスはあまりに大胆で趣味じゃない。マーメイドドレスだっけ。
「神さまの趣味…最悪。」
胸のあたりがきついし体のラインも出る。豊満な胸って不便だわ。溢れそう。
「……。」
自業自得かな。
同じ課の子に神さまからのセクハラを相談された。まさかと思い、こっそり見ていたら本当にしてるし。現行犯だったので間に入り、神さまに訴えかけた。それが良くなかったのか。
「人間界管理課の皆を別の課に異動しようと思うんだがどうだ?」
左遷もいいとこだ。Bの序列昇級も間近。
「脅しですか?」
「生意気な口を聞くな。全てはお前のせいだ。」
離れたくない子も沢山居る。Bの昇級もかかってる。まるで人質ね。
「…あの子達は関係ありません。」
「果たしてそうか?」
にんまりと笑う神さまが憎らしい。
「生意気なお前がオレに屈するのなら異動の件は水に流してやっても構わんぞ。」
要は私をいじめたいわけね。
「…私ひとりで済むのなら構いません。」
「今日からお前は飾り物だ。」
そこから使いっぱしりに能力に見合わない仕事。理不尽な要求、おさわり、趣味じゃない服装の強要。完全に玩具だ。いつしか仕事の成果で馳せていた私の存在は薄れてゆき、過去の人となった。今ではただの秘書。散々な陰口を聞いている。
「…。」
Bの活躍により人間界管理課は素晴らしい偉業を成し遂げていた。私もあそこに居たのになとふと考えてしまう。羨むときりがないので目を背けることにした。
「お前が居なくても事は進む。」
バカにしたように笑う神さま。私はいらなかったのね。
「Bが居ればお前なんぞ」
そっと耳を塞ぐ。
「お前の取り柄?そんなものはない。」
何百年という年月の洗脳なのかパワハラなのか……私はいつしか自信がなくなっていた。
「お前に価値はない」
私の“価値”はいつから下がったのか。
周りの皆も私を飾りと呼ぶ。
「誰とも仕事なんかしてないもの。」
私を知ってくれている人が居るのか。
もう、皆、忘れただろう。
「せめて邪魔はしないよーに。」
心がけておこう。
「惨めな話、」
1人左遷くらってBの活躍に羨ましさ感じて。Bを見ていたら自分の醜さを実感する。自己嫌悪に陥る。
「おぉ、えろっ…」
「大胆…」
「媚売。」
「何あれ、神さまに取り入る気?」
恵まれた体にこのドレスはあまりに映える。出勤するだけで注目の的だ。
「好きに言ってちょうだい。」
もう聞き飽きたから。
「おは…………………名無しさん?」
扉を開けるとBが居た。妙な間があった。目線の先が男の子よね。どこ見てるのよ。扉を閉めて無視をする。
「ちょっとちょっと。」
人気のない廊下。声が反響する。呼び止められた。
「おはようございます、B様。」
「おはようございます。ところで何故そんな格好を?」
貴女の趣味じゃないはず。
「仕事なので、失礼します。」
手を掴まれ壁際に追いやられる。
「その服、着替えて下さい。」
「…離して下さい。」
神さまの言うことは聞かなきゃ、でしょ?
「嫌です。」
怒っているようにも見える。力が強い。
「着替えるまで離しません。」
今日は強引だ。何故こんなにも怒っているの。
「…。」
ストールを羽織る。
「着替えはありません。お見苦しいものを失礼致しました。」
胸元をストールで隠しBから離れる。
「…。」
久しぶりに触れました。少し痩せた気が…。
「……。」
避けられるなんてもう我慢なりません。
「どこまでも追いかけます。」
逃したりしません。
そして昔みたいに一緒に過ごします。
「届いたのか。」
シュルっとストールを外す。いやらしい目で見てこないで、気持ち悪い。
「下品だこと。」
鏡にうつる自分に嫌気がさす。神さまに取り入りたい子からは媚売りだの取り入る気だの言われた。このドレスお渡しするので是非着てみてちょうだい。
「名無しよ、例の視察に出かける。」
「はい。資料はこちらに用意しています。」
神さまが出掛けるだけで全員がお見送り。全員から慕われている。何も知らないって幸せなんだと改めて実感。
「今日の名無し様、いつもと違うよなぁ。」
「あの人、神さまの秘書だけど、」
序列Cでいれるほど優秀なの?
「神さまも何故、名無し様を依怙贔屓するのかしら。」
「神さま面食いだからなー。」
「神さまああいうの好きそう。」
「あの人、ただ側に居るだけじゃない。」
心が疲弊していく。孤独で反論も出来ない。誰も信じてはくれない。
「(いいザマだ名無しよ。)」
天使なのに堕ちていく。
「彼女は立派ですよ、とても優秀です。」
聞き覚えのある声に体が強張る。振り返るとBが居た。
「B様!」
「名無しさんはわたしの尊敬する人です。」
「B様が?」
わいわいキャッキャと騒ぐ人が何人か居た。
「(フォローされたの?)」
はたまた嫌味か。序列BがCを尊敬。社交辞令だろう。
「お気をつけて。」
「…。」
神さまではなく私を見ながらお見送りするBはの表情は今朝と違って優しかった。掴まれた手首がちょっと痛むけど。
「美女って得よね。それだけで誰からも優しくされるんだから。」
そんなもんされた事ないわ。この顔やるから代わってよ。天に居ながら下世話が好きなんて、ひねりのない皮肉よ。
やっと終わった。
開放されたこの時間が好き。昔は帰るの忘れるほど仕事に集中してた。…人間界管理課は今もそれほど楽しいのでしょうね。
「…。」
「B様にほめられたー!」
生き生きしてる。楽しそうな声が耳に入り思わず足を止めてしまった。褒めて伸ばす。Bは守ってくれている。そうね、彼は仕事ができるもの。
「いいなぁ…」
羨むときりがないので、関わらないようにしていた。
帰宅。
「ばっからしい。」
ドレスを破る。二度とこんなものは着ない。お風呂から上がると服を着ないまま羽で自分を包み込む。柔らかい光が心地良い。
「心の治癒は出来るのかな…」
天使の羽には回復効果があるとか。私ひとりだし自分で自分を慰めなきゃ。ぼっち辛い…。
「こんばんわ〜っ。」
窓辺から声がする。うとうとしてた。誰?
「わたしです。」
にこーっと窓辺に胡座をかいて座っている。
「仕事が終わったので遊びに来ちゃいました。」
昔、家を教えたっけ。でも何故ここまで。
「お引取り…下さい。」
むくっと気だるい体を持ち上げ羽を仕舞う。手探りで布を見つけ肌に纏う。
「来るのは卑怯です。」
「来ないと相手にしてくれないでしょ。」
来ても相手にしないわよ。
「どこか具合でも悪いんですか?」
自分で自分を慰めていたの見られたかな。天使って丈夫だから早々怪我もしないのだけど。不思議がられたかな。
「もう大丈夫です。ご心配には及びません。」
愛想笑いを浮かべる。
「随分と笑わなくなりましたね。」
そうだったかな。もう覚えてない。
「どうして気にかけるんです?私なんかを。」
もう良いじゃない。私は離れたんだ。
「話を聞いてみたかったんです。もしかすると貴女にも事情があるかもしれない…。」
おじゃましますと中に入りゴソゴソしてる。
「いっしょにあそびながらでも♪」
オセロを出してきた。よくそこにあるって覚えてたなぁ。
「…。」
破られたドレスを横目に見る。
「貴女の事を教えて下さい。」
この長い期間の出来事を。
「ひとりはつらいですよ。」
ダメよ、さっさと追い返さなきゃ。
でもBって中々しつこいというか、納得しないと引き下がらないから。
「一局だけ。そしたら帰って下さい。」
「冷たいですね。昔は…良く一緒にしたじゃないですか。」
ふと思い出す。懐かしい。色んな事を話しながらやったっけ。
「(覚えていたの…?)」
そういえばとならなければ思い出す事のなかった話。
「私、白で。」
「黒じゃなくていいんですか?」
「B様も黒が好きでしたよね。」
「じゃあ、そのかわりそちらが先で良いですよ。」
「では…。」
パチン、パチン。交互に盤面へ石を打っていく。
「懐かしいです。その手、よく使ってましたね。」
「打ちやすいんです。」
パチン。
「部屋の雰囲気、少し変わりました?」
パチン。
「模様替えをしました。」
「通りで。前はあそこに本棚がありましたね。」
パチン。
「おや、紅茶の葉の種類が増えましたね。またおすすめ教えて下さい。」
パチン。
「あっ、この前の綿菓子美味しかったです。昔も一緒に食べましたね。」
「……。」
パチン。
「行きつけの本屋さん、名無しさんの好きな本が増えてましたよ。」
パチン。
「名無しさんの好きな大浴場、今も合間に行かれてますよね?あそこ気持ちいいですよね。」
パチン。
「貴女は長風呂なので入ると中々出てこなくて、良くのぼせてましたっけ。」
パチン。
「いい仕事をするのに息抜きは必要だと教えてくれました。その通りだと思います。」
「…良く覚えてますね。」
パチン。
「忘れるわけないでしょう?」
___パチン。
「貴女の事ならどんな事だって覚えてます。」
私の負け。
「わたしの大切な思い出です。」
いつもこのパターンで負けちゃう。
「勝っちゃいました。これで通算333連勝!ヤバです!」
わいわいと喜んでるB。そっと手を差し出してきた。
「はい。名無しさん、負けたのでいつものアレ下さい。」
「え?」
そんな事まで覚えてるの?
「…。」
キャンディを取り出しBに渡す。負ける度に渡していた。昔の事なのに随分と覚えていることに感心する。
…私の事をこんなにも覚えていてくれたの?
「…有難う。」
B様は慕われるだけある。人に対して真摯に向き合えあえる人柄だ。信用されていて器も大きい。教えていた子が育つのは今でも嬉しいものね。荒んだ気持ちの中に少し喜びを得た気がした。
「次は賭けをしませんか?」
「賭け、ですか?」
石を回収していき、次のスタンバイをする。
「わたしが勝ったら様をつけないで下さい。」
「…え?」
一局だけと言ったのに。
「遠くにいるような気がして。」
その敬語も、避けるような態度も全部。
「わたしの側に居てください。」
気に入らないです。
「…!」
両手で頬を掴まれ、顔を近づけられる。至近距離で逃げれない。
「…いけません。」
「なぜです?」
「私はB様より下です。貴方は次期、神さまとなるお方です。失礼に値します。」
次の神になりうる存在とまで言われている。まぁあの神がそう簡単に神の座を渡すはず無いだろうけど。
私はあの時の私じゃ無くなった。
「私はただの
泣きたくなる私は小さく微笑んだ。
「ん〜…えいっ!」
Bはバンッ!とオセロを上に投げ飛ばした。オセロの石が宙に舞う。
「じゃあ、やめましょうっ!!」
…………え?
「神の座も序列もいりません。そもそも出世なんかに興味もありませんし、降りちゃいます!」
降りる?序列を?
「な、何を!こんな詰まらない事の為に降りるなんて神もお許しにはなりません!異常な事です!」
すきょーんとしているが、彼は至って真面目だ。
「いえいえ。わたしは至って正常です。序列だの神の座だの、貴女に比べたらどうだっていいんですよ。」
そんなものいりません。貴女が手に入るなら、簡単に捨てます。
「天界に支配者なんていらないのです。ひとりひとりが協力して最高の天界を作っていくのがいいとおもいます。」
貴女が教えてくれた事です。
「それと、もう我慢はしないって決めたので。」
影が重なる。呼吸がしづらい。唇が重なった事に今気づいた。
「…っ。」
貴方が自分の立場を無くしてまで私を欲する理由が分からない。私はただの飾りでしかない。
「、…。私に…そこまでして頂く価値はありません…!」
「価値?」
誰が貴女の価値を決めたんですか?
誰に何を言われましたか?
「そんなものにこだわる必要ありませんよ。」
だって。
「人それぞれでしょう?振り回されるだけ損です。」
あぁ、泣いてしまいました。何が貴女をそんなに苦しめてきたんでしょうか。
「…、っ、私っ…っ…」
「素直に感じた感情は大事です。」
もう、苦しみたくない。
「っ…、もうっ…こんなこと、したくないっ…」
あんな人の側に仕えたくない。
「…助けてっ……っ。」
やっと素直になりましたね。
「だいじょうぶですよ…。」
貴女が傷ついていたのは…心でしたか。
「必ず、助けます。」
さぁ、どうしてやりましょうか。
「…ゾクゾクして楽しいのです。」
「……ッ、。」
「貴女にいじわるする人は許しません。」
人前で泣いたのは初めてだ。こんなみっともない姿を晒して…なんて勝手なのかな。Bの言葉があまりに頼りがいがあって、思わず寄りかかってしまった。私の為に全て捨てると言ったBの目は本気だった。冗談で言うような彼じゃない。
「…。」
「おはよーございます」
「…っ。」
一緒のベッドに横になっていた。帰らず側に居たのか。
「な、何故…。」
「貴女を放っておける訳無いでしょ。それに…」
むっぎゅーと力いっぱい抱き締められた。痛い。ちょっと苦しい。
「まだちゃん聞けてませんので。」
「な、何を?」
「わたしの側に居てくれるのか。いや……、居てくれますよね。」
はいしか選択肢がない。
「私、…。」
まだ躊躇ってしまう。
「わたしは名無しさんを愛してますよ。」
「…?!」
でないとここまでやりません。
「あ、そんな…」
顔が熱い。髪を撫でるとキスをされた。
「貴女の全てを下さい。」
「……は、い。」
にんまりと笑うBは恍惚としたなんとも満足げな表情をしていた。
「やっと、手に入れました……」
この日をどれだけ待ち望んでいた事か。
1/3ページ