六月 揺れる心は匣の中
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01
あのあと、ランサーはまたすぐに訪れた。今度は釣れた魚ではなく、バイト先の魚屋で入ってきた旬の魚を持って。余っていた酒は、二人で飲み切った。というより、ランサーがだいたい飲んだ。私もお酒には強い方だと思っていたが、ランサーはそれ以上、というより底なしだった。サーヴァントだからなのか、それとも生前から強いのかはわからない。
それからだいたい週に一、二度という頻度でやってきた。毎回いきなりやってくるので驚いたが、そのうち慣れた。食材や酒は持ってきてくれたり、一緒に買いに行ったり。魚以外にも肉や卵など、色々な料理を作って振る舞い、その度にランサーは目を輝かせ、美味しそうに食べてくれた。
何度目かの時に、お気に入りの酒屋を紹介した。うちから徒歩五分ほど、家族経営の小さなお店だが、バーが併設されていて、酒の品揃えは幅広く、少し珍しいものも置いてある。ランサーもそこを気に入ってくれたらしく、以来そこでお酒を買うようになった。看板娘のお姉さんとは顔馴染みになったらしい。
冬が遠ざかり、春が近づいてきた頃。一度だけ、雨の日にやってきた事がある。
仕事から帰った日の夜、窓越しの雨音に春の訪れを感じていたら、ふいに窓を叩く音がして、おそるおそるカーテンを開けたら、ずぶ濡れのランサーがいたのだ。正直かなり驚いたが、そのまま追い返す訳にも行かず、中に入れた。床が濡れないように窓際にタオルを敷いて、身体を拭くためのタオルを渡した。傘は持っていなかったらしい。
「いやぁ、参った。突然降り出してな。霊体化しようかと思ったが、服は消えねえんだよなぁ。忘れてたぜ」
頭と身体を無造作に拭きながら、ランサーはあっけらかんと笑う。髪の毛が乱れて少し前髪が下りている。足元に敷いたタオルには雫が滴り落ち、あっという間にじっとりと湿ってしまった。
「悪ぃな、面倒かけて」
「いや、別にいいけど。それより、窓から入って来られる方が心臓に悪かった」
「いきなりだったからな。急いで屋根のある所に入ろうと思ったが、三階なら跳べば手っ取り早いと思ってよ」
「普通、人は三階まで跳ばないからね!? ご近所さんの目もあるし、窓からはマジでやめて」
優先すべきは神秘の隠匿、あと私の外聞だ。いくら大英雄様でも、現代では大人しくしていてもらいたい。
「早くお前さんに会いたかったんだよ」
「はいはいそういうのいいから」
「なんだ、照れてんのか?」
「照れてない! 次窓から来ても入れてあげないよ」
「つれねえなぁ。まあ、仕方ねえか」
それからランサーには一旦霊体化して武装姿に戻ってもらった。濡れた服をコインランドリーに持っていくためだ。脱いだものの中には下着もあったが、できるだけ見ないようにしてトートバッグに詰める。霊体化すると会話が出来なくなるので、ランサーは留守番だ。
コインランドリーで乾燥機に服を放り込み、乾かしているあいだに食材と、あるものを買いにスーパーに行った。
「あ? なんだそりゃ」
家に戻り、乾いた服と、スーパーで買ったものを渡すと、ランサーは怪訝そうな顔をした。
「見ればわかるでしょ、傘だよ。また雨が降った時に、と思って」
持ち手まで真っ赤な傘。本当はもっと無難なものにしたかったのだが、急な雨のためか売場には傘がほとんど残っておらず、仕方なくあった中から選んだものだ。せめて、ランサーに似合う色をと選んでみたものの、買ったあと、男性が使うには派手すぎるかもしれないと後悔した。
「……赤が嫌なら、こっちでも」
私が普段使っている地味な色の傘を指さすと、ランサーはそちらには目もくれず、赤い傘を受け取った。
「ちなみに、なんで赤なんだ?」
「えっ? それは……ランサーの、槍の色、だから、似合うかなって」
恐る恐る理由を口にすると、ランサーは少し考え込むように黙ったあと、「いや、いいぜ。気に入った。有難く使わせてもらう」と言って晴れやかに笑ってみせた。
以降、ランサーは雨の日には姿を見せる事はなく、結局その傘が使われているのを私が見る事はなかった。ランサーの事だ、きっとまだるっこしくて、傘を使ってまで来ようとは思わないのだろう。
それでも春先は晴れの日が多かったので、それなりの頻度でやってきてはいた。ランサーと二人で、料理や酒を楽しみながら、他愛もない話をした。ランサーの食の好みや、バイト先での話、あるいは私の仕事の話やその日の出来事を話したり、適当に借りてきたDVDを観る事もあった。
しかし何度か会ううちに気付いた事がある。ランサーの距離の取り方についてだ。彼は気さくに話しながらも一定の距離を保ち、必要以上には踏み込んで来ないのだ。からかう事はあるけれど、ここぞという時にはスッと手を引き、無遠慮に境界線を越えてこない。
私としては、体質の事もあるのでありがたかったが、仲が良いようでいてどこか遠いようなこの距離感は、少しだけ不思議な感覚だった。私には友達と呼べる間柄の人は少ないのでわからないが、こんなものなのだろうか。と言っても、ランサーとは食べて飲んだらさっさと帰ってしまうので、友達になった、と言うよりは、大型犬を餌付けしたという表現が近いかもしれない。
そういう日々が三ヶ月ほど続き、すっかり暖かくなった初夏の頃。
ランサーが、ぱたりと来なくなった。
最初の一週間は、まあそういう事もあるだろう、と思った。
しかし次の週にも、ランサーは来なかった。だから、それまでランサーが来るからと少し多めに食材を買っていたのを、やめた。
三週目も、来なかった。仕事場で、赤い宝石が入荷してくると、彼の瞳を思い出し、青い宝石では風になびく髪を思い出した。
四週目に差し掛かった頃、もしかして何か身の危険があったのでは、と考えてふとアレがサーヴァントである事を思い出した。サーヴァントは使い魔、いつ消えてもおかしくない仮初の存在。それの身を案じるなんて、マスターでもない自分にそんな権利はない。だいたい、私の家に来ていたのも気まぐれだ。何かあったところで、報告義務もない。
そこまで考えて、私は自分が「寂しい」のだと気付いた。
ああ、なんておこがましいんだろう。この数ヶ月がおかしいくらいだったのだ。元々人付き合いを避けてきたので、孤独には慣れている。寂しいだなんて、何をいまさら。元に戻っただけだろう。そう、自分に、言い聞かせた。
*
爽やかな初夏の空気が、徐々にまとわりつくような湿気を帯び始め、やがて梅雨がやってきた。六月の終わり、ランサーが来なくなってからまる一ヶ月。季節の変化は少しずつ、けれど確実に、私を彼のいない日常に慣れさせていった。
仕事を終え外に出る。時間はもう夜七時を回ろうかというところだが、まだかなり明るい。雨は降っているものの、薄くなった雲の向こうに夕日の気配を感じる。随分と日が長くなったものだ。外は蒸し暑く、家までの道のりを歩いていると、湿気で広がる髪の奥にじわりと汗が沁み、次第にレインブーツの中も蒸れてきた。この不快感から一刻も早く抜け出したくて、足を急がせる。
マンションに着き、傘を閉じながらエントランスをくぐる。コンクリートの床は既に他の住民のこぼした水滴によって濡れており、私の靴底と、払いきれなかった傘の水滴もそこに混ざっていった。
エレベーターで三階まで上がると、扉が開いた瞬間、微かに煙草の匂いがした。こんなところで煙草を吸っているなんて、一体誰だよ。ただでさえ湿気で不快感の募っていた顔をさらに顰めつつ足を進めると、あろう事か私の部屋の前に、匂いの発生源が立っていた。傍らには、立てかけられた赤い傘。先端からは水滴が垂れ、コンクリートの床に水溜まりを作っている。
「よう」
男は私の顔を見た瞬間、煙草を持った手を上げ、親しげな笑みを浮かべた。その表情に、これまでなかった事にしていた感情が一気に噴出する。
── 寂しかった。
── 何してたの。
── 消えちゃったかと思った。
── 心配したんだよ。
しかしそれらの言葉は喉から上にあがる事はなく、代わりに出てきたのは、それらとは関係のない言葉と、小さなため息だった。
「……敷地内、禁煙」
「おっと、悪ィ」
男は私の言葉を受けて、足で煙草を消した。地面に落ちた吸殻をそのままにする訳にはいかないので、私は火が消えている事を確認して、吸殻を拾い上げてティッシュに包んだ。顔を上げると目が合う。鉛色の景色の中でも、その瞳は変わらず鮮やかだ。
「……久しぶり、ランサー」
口に乗せたその名前が随分と懐かしい響きに感じた。私の言葉にランサーも「おう」と返す。
「傘、使ってくれたんだ」
「ん? ああ、まあな。だってお前、濡れてたら入れてくれねえだろ?」
私が言った事、覚えてたんだ。不覚にも、こんな些細な事で嬉しいなどと思ってしまう。
「ほら、酒買ってきたぜ」
そう言ってランサーはボコボコとぶどうみたいになった手提げ袋を掲げた。また色々と組み合わせを考えず詰め込んだのだろう。袋の中でビンと缶が軽くぶつかり合う音がする。
「はいはい。あり合わせのものでいい?」
「かまわんさ。お前の作る料理は、どれも美味いからな」
期待に満ちた笑顔に、胸の奥がぎゅっと締め付けられ、かと思えばすぐにふっと緩み、じんわりあたたかくなる。顔を見た瞬間に湧き上がった小言たちは、そのゆるやかな熱に溶けて行った。
(続)
あのあと、ランサーはまたすぐに訪れた。今度は釣れた魚ではなく、バイト先の魚屋で入ってきた旬の魚を持って。余っていた酒は、二人で飲み切った。というより、ランサーがだいたい飲んだ。私もお酒には強い方だと思っていたが、ランサーはそれ以上、というより底なしだった。サーヴァントだからなのか、それとも生前から強いのかはわからない。
それからだいたい週に一、二度という頻度でやってきた。毎回いきなりやってくるので驚いたが、そのうち慣れた。食材や酒は持ってきてくれたり、一緒に買いに行ったり。魚以外にも肉や卵など、色々な料理を作って振る舞い、その度にランサーは目を輝かせ、美味しそうに食べてくれた。
何度目かの時に、お気に入りの酒屋を紹介した。うちから徒歩五分ほど、家族経営の小さなお店だが、バーが併設されていて、酒の品揃えは幅広く、少し珍しいものも置いてある。ランサーもそこを気に入ってくれたらしく、以来そこでお酒を買うようになった。看板娘のお姉さんとは顔馴染みになったらしい。
冬が遠ざかり、春が近づいてきた頃。一度だけ、雨の日にやってきた事がある。
仕事から帰った日の夜、窓越しの雨音に春の訪れを感じていたら、ふいに窓を叩く音がして、おそるおそるカーテンを開けたら、ずぶ濡れのランサーがいたのだ。正直かなり驚いたが、そのまま追い返す訳にも行かず、中に入れた。床が濡れないように窓際にタオルを敷いて、身体を拭くためのタオルを渡した。傘は持っていなかったらしい。
「いやぁ、参った。突然降り出してな。霊体化しようかと思ったが、服は消えねえんだよなぁ。忘れてたぜ」
頭と身体を無造作に拭きながら、ランサーはあっけらかんと笑う。髪の毛が乱れて少し前髪が下りている。足元に敷いたタオルには雫が滴り落ち、あっという間にじっとりと湿ってしまった。
「悪ぃな、面倒かけて」
「いや、別にいいけど。それより、窓から入って来られる方が心臓に悪かった」
「いきなりだったからな。急いで屋根のある所に入ろうと思ったが、三階なら跳べば手っ取り早いと思ってよ」
「普通、人は三階まで跳ばないからね!? ご近所さんの目もあるし、窓からはマジでやめて」
優先すべきは神秘の隠匿、あと私の外聞だ。いくら大英雄様でも、現代では大人しくしていてもらいたい。
「早くお前さんに会いたかったんだよ」
「はいはいそういうのいいから」
「なんだ、照れてんのか?」
「照れてない! 次窓から来ても入れてあげないよ」
「つれねえなぁ。まあ、仕方ねえか」
それからランサーには一旦霊体化して武装姿に戻ってもらった。濡れた服をコインランドリーに持っていくためだ。脱いだものの中には下着もあったが、できるだけ見ないようにしてトートバッグに詰める。霊体化すると会話が出来なくなるので、ランサーは留守番だ。
コインランドリーで乾燥機に服を放り込み、乾かしているあいだに食材と、あるものを買いにスーパーに行った。
「あ? なんだそりゃ」
家に戻り、乾いた服と、スーパーで買ったものを渡すと、ランサーは怪訝そうな顔をした。
「見ればわかるでしょ、傘だよ。また雨が降った時に、と思って」
持ち手まで真っ赤な傘。本当はもっと無難なものにしたかったのだが、急な雨のためか売場には傘がほとんど残っておらず、仕方なくあった中から選んだものだ。せめて、ランサーに似合う色をと選んでみたものの、買ったあと、男性が使うには派手すぎるかもしれないと後悔した。
「……赤が嫌なら、こっちでも」
私が普段使っている地味な色の傘を指さすと、ランサーはそちらには目もくれず、赤い傘を受け取った。
「ちなみに、なんで赤なんだ?」
「えっ? それは……ランサーの、槍の色、だから、似合うかなって」
恐る恐る理由を口にすると、ランサーは少し考え込むように黙ったあと、「いや、いいぜ。気に入った。有難く使わせてもらう」と言って晴れやかに笑ってみせた。
以降、ランサーは雨の日には姿を見せる事はなく、結局その傘が使われているのを私が見る事はなかった。ランサーの事だ、きっとまだるっこしくて、傘を使ってまで来ようとは思わないのだろう。
それでも春先は晴れの日が多かったので、それなりの頻度でやってきてはいた。ランサーと二人で、料理や酒を楽しみながら、他愛もない話をした。ランサーの食の好みや、バイト先での話、あるいは私の仕事の話やその日の出来事を話したり、適当に借りてきたDVDを観る事もあった。
しかし何度か会ううちに気付いた事がある。ランサーの距離の取り方についてだ。彼は気さくに話しながらも一定の距離を保ち、必要以上には踏み込んで来ないのだ。からかう事はあるけれど、ここぞという時にはスッと手を引き、無遠慮に境界線を越えてこない。
私としては、体質の事もあるのでありがたかったが、仲が良いようでいてどこか遠いようなこの距離感は、少しだけ不思議な感覚だった。私には友達と呼べる間柄の人は少ないのでわからないが、こんなものなのだろうか。と言っても、ランサーとは食べて飲んだらさっさと帰ってしまうので、友達になった、と言うよりは、大型犬を餌付けしたという表現が近いかもしれない。
そういう日々が三ヶ月ほど続き、すっかり暖かくなった初夏の頃。
ランサーが、ぱたりと来なくなった。
最初の一週間は、まあそういう事もあるだろう、と思った。
しかし次の週にも、ランサーは来なかった。だから、それまでランサーが来るからと少し多めに食材を買っていたのを、やめた。
三週目も、来なかった。仕事場で、赤い宝石が入荷してくると、彼の瞳を思い出し、青い宝石では風になびく髪を思い出した。
四週目に差し掛かった頃、もしかして何か身の危険があったのでは、と考えてふとアレがサーヴァントである事を思い出した。サーヴァントは使い魔、いつ消えてもおかしくない仮初の存在。それの身を案じるなんて、マスターでもない自分にそんな権利はない。だいたい、私の家に来ていたのも気まぐれだ。何かあったところで、報告義務もない。
そこまで考えて、私は自分が「寂しい」のだと気付いた。
ああ、なんておこがましいんだろう。この数ヶ月がおかしいくらいだったのだ。元々人付き合いを避けてきたので、孤独には慣れている。寂しいだなんて、何をいまさら。元に戻っただけだろう。そう、自分に、言い聞かせた。
*
爽やかな初夏の空気が、徐々にまとわりつくような湿気を帯び始め、やがて梅雨がやってきた。六月の終わり、ランサーが来なくなってからまる一ヶ月。季節の変化は少しずつ、けれど確実に、私を彼のいない日常に慣れさせていった。
仕事を終え外に出る。時間はもう夜七時を回ろうかというところだが、まだかなり明るい。雨は降っているものの、薄くなった雲の向こうに夕日の気配を感じる。随分と日が長くなったものだ。外は蒸し暑く、家までの道のりを歩いていると、湿気で広がる髪の奥にじわりと汗が沁み、次第にレインブーツの中も蒸れてきた。この不快感から一刻も早く抜け出したくて、足を急がせる。
マンションに着き、傘を閉じながらエントランスをくぐる。コンクリートの床は既に他の住民のこぼした水滴によって濡れており、私の靴底と、払いきれなかった傘の水滴もそこに混ざっていった。
エレベーターで三階まで上がると、扉が開いた瞬間、微かに煙草の匂いがした。こんなところで煙草を吸っているなんて、一体誰だよ。ただでさえ湿気で不快感の募っていた顔をさらに顰めつつ足を進めると、あろう事か私の部屋の前に、匂いの発生源が立っていた。傍らには、立てかけられた赤い傘。先端からは水滴が垂れ、コンクリートの床に水溜まりを作っている。
「よう」
男は私の顔を見た瞬間、煙草を持った手を上げ、親しげな笑みを浮かべた。その表情に、これまでなかった事にしていた感情が一気に噴出する。
── 寂しかった。
── 何してたの。
── 消えちゃったかと思った。
── 心配したんだよ。
しかしそれらの言葉は喉から上にあがる事はなく、代わりに出てきたのは、それらとは関係のない言葉と、小さなため息だった。
「……敷地内、禁煙」
「おっと、悪ィ」
男は私の言葉を受けて、足で煙草を消した。地面に落ちた吸殻をそのままにする訳にはいかないので、私は火が消えている事を確認して、吸殻を拾い上げてティッシュに包んだ。顔を上げると目が合う。鉛色の景色の中でも、その瞳は変わらず鮮やかだ。
「……久しぶり、ランサー」
口に乗せたその名前が随分と懐かしい響きに感じた。私の言葉にランサーも「おう」と返す。
「傘、使ってくれたんだ」
「ん? ああ、まあな。だってお前、濡れてたら入れてくれねえだろ?」
私が言った事、覚えてたんだ。不覚にも、こんな些細な事で嬉しいなどと思ってしまう。
「ほら、酒買ってきたぜ」
そう言ってランサーはボコボコとぶどうみたいになった手提げ袋を掲げた。また色々と組み合わせを考えず詰め込んだのだろう。袋の中でビンと缶が軽くぶつかり合う音がする。
「はいはい。あり合わせのものでいい?」
「かまわんさ。お前の作る料理は、どれも美味いからな」
期待に満ちた笑顔に、胸の奥がぎゅっと締め付けられ、かと思えばすぐにふっと緩み、じんわりあたたかくなる。顔を見た瞬間に湧き上がった小言たちは、そのゆるやかな熱に溶けて行った。
(続)